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楼主 |
发表于 2006-10-10 04:03:10
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彼女はその週刊誌の名前を教えてくれた。新聞社系の週刊誌だった。「たしか去年の秋くらいだったと思うわ。私が直接読んだわけじゃないから、詳しいことはよくわからないけれど」# r, g/ ~$ D) Q" H6 c8 a
僕らは小雪の舞うなかで五分ほどタクシーがやってくるのを待った。そのあいだ、彼女は僕の腕をずっと掴んでいた。彼女はリラックスしていた。僕もリラックスしていた。「こんなにのんびりしたのは久し振り」と彼女は言った。僕の方もそんなにのんびりしたのは久し振りだった。我々二人の間には何かしら相通じるところがある、と僕はあらためて思った。だからこそ一目会った時から僕は彼女に好意をいだいていたのだ。+ q+ X, n, u4 [' D) a
タクシーの中で僕らはあたりさわりのない世間話をした。雪のこととか、寒さのこととか、彼女の勤務時間のこととか、東京のこととか、そういうことだった。そういう話をしながら、僕はこのあと彼女をどうしたものかと思い悩んでいた。もうひと押しすれば彼女と寝られるだろうということは僕にはわかっていた。そういうのはただわかるのだ。彼女が僕と寝たがっているかどうかまではもちろんわからない。でも僕と寝てもいいと思っていることはわかった。そういうのは目つきや呼吸や喋り方や手の動かし方でわかるのだ。そして僕としてももちろん彼女と寝たかった。寝ても面倒なことにはならないだろうということもわかっていた。やってきて去っていくだけなのだ。彼女自身が言うように。でも僕には決心がつかなかった。そういう風に彼女と寝るのはフェアじゃないんじゃないかという思いが、頭の隅からどうしても去らなかった。彼女は僕より十歳年下で、どことなく不安定で、おまけにかなり酔っぱらって足がよろけていた。そんなのはしるしのついたカードでトランプ・ゲームをしているみたいなものだった。フェアじゃない。/ F/ N! C* t" v T( Z4 S
でもセックスの領域でフェアネスというものがどれだけの意味を持つのか、と僕は自問してみた。セックスに公正さを求めるんならどうしていっそのことミドリゴケにでもならないんだ、その方が話が早いじゃないか、と僕は思った。
9 K0 T& }# ^, J$ g! a これも正論だった。+ A/ _0 Q$ w7 X, ?" W
僕はその二つの価値観の間でしばらく思い悩んでいたが、タクシーが彼女のアパートに到着するちょっと前に、彼女がすごくあっさりとそのジレンマを解消してくれた。「私、妹と二人で暮らしてるの」と彼女が僕に言ったのだ。
) _3 A1 p W* ~7 o+ f' o* l: A それで、それ以上あれこれと考える必要がなくなって、僕はいささかほっとした。タクシーがアパートの前に止まると、彼女は悪いけれど怖いので、ドアの前までついてきてくれないかと僕に言った。夜おそくになると時々廊下に変な人がいることがあるの、と彼女は言った。僕は運転手に五分で戻るからここで待っていてくれと言って、彼女の腕をとって入り口まで凍った道を歩いた。それから僕らは階段を三階まで上がった。余計なもののついていないシンプルな鉄筋のアパートだった。306という番号のついたドアの前までくると、彼女はバッグを開け、中に手を突っ込んでキイを探し出した。そして僕に向かってどことなく不器用そうに微笑んで、ありがとう、楽しかったわと言った。
9 s x+ z; ?" X, l 僕の方も楽しかった、と僕は言った。
1 K. Z0 ] z0 F( { 彼女は鍵を回して開け、キイをまたバッグに仕舞った。口金の閉まるぱちんという乾いた音が廊下に響いた。それから彼女は僕の顔をじっと見た。黒板に書かれた幾何の問題をじっと見ているような目付きだった。彼女は迷っていた。彼女は戸惑っていた。僕に上手くさよならを言えないのだ。僕にはそれがわかった。. R9 Q( W$ q, y4 L0 x9 j/ ^9 d# C
僕は壁に手をついて彼女が何かを決心するのを待った。でもなかなか決心がつかなかった。「おやすみ。妹さんによろしく」と僕は言った。" D; N& G) P6 m- i+ j
彼女は四秒か五秒の間、唇をきっと固く結んでいた。「妹と住んでるっていうの、あれウソなの」と彼女は小さな声で言った。「本当は一人で住んでるの」1 K# X/ W$ `9 I! s7 N7 I
「知ってるよ」と僕は言った。
. \1 T, o; Q# N6 C 彼女はゆっくりと時間をかけて赤くなった。「どうして知ってるの?」
8 z# }' K, K) B4 u 「どうしてだろう?ただわかるんだよ」と僕は言った。% ~1 L) \2 V: \7 f/ A0 E' l
「あなたって嫌な人ね」と彼女は静かに言った。
1 ?1 H }0 L0 a$ C 「そうだな、そうかもしれない」と僕は言った。「でも最初に断ったように人の嫌がることはしないよ。何かにつけこんだりもしない。だから何も嘘なんかつくことはなかったんだ」+ B7 ^8 W6 n% `/ S3 M0 C8 f
彼女はしばらく迷っていたが、やがてあきらめたように笑った。「そうね。嘘なんかつくことなかったのね」
8 T* A2 X+ e7 C0 R* N 「でも」と僕は言った。
9 v, X! L- T |0 q- H% i, o: |+ _ 「でも、とても自然についちゃったの。私も私なりに傷ついたのよ。さっきも言ったように。いろんなことがあって」3 C; S8 B/ ~# l+ b A8 ^
「僕だって傷ついている。キース・へリングのバッジだって胸につけてる」
& r% H/ s8 i6 L+ U0 J 彼女は笑った。「ねえ、少し中に入ってお茶でも飲んでいく?もう少しあなたと話がしたいわ」+ ^9 _, w4 Y/ }4 j! @. K( g9 ?
僕は首を振った。「有り難う。僕も君と話がしたい。でも今日は帰るよ。どうしてかはわからないけど、今日は帰った方がいいと思う。君と僕は一度にあまり沢山のことを話さない方がいいような気がする。どうしてだろう?」
- ?$ H$ r" Y/ X' ` 彼女は看板の細かい字を読む時のような目つきでじっと僕を見ていた。「うまく説明できない。でもそういう気がする」と僕は言った。「話すことが沢山ある時は少しずつ話すのがいちばんいいんだ。そう思う。あるいは間違っているかもしれないけれど」
/ h1 u" i3 [1 k4 i& c" K 彼女は僕の言ったことについて少し考えていた。それから考えるのをあきらめた。「おやすみなさい」と言って彼女は静かにドアを閉めた。1 Y; M. `9 d, q) P/ x# p1 M1 r
「ねえ」と僕は声をかけてみた。ドアが十五センチほど開いて、彼女が顔を見せた。「また近いうちに君を誘ってみていいかな」と僕は聞いてみた。- F4 E# p0 d% R% m7 B
彼女はドアに手をかけたまま深く息を吸いこんだ。「たぶん」と彼女は言った。そしてまたドアが閉まった。/ {9 V' k; [. p, Y6 L- T; N/ N
タクシーの運転手は退屈そうにスポーツ新聞を広げて読んでいた。僕が一人でシートに戻ってホテルの名前を言うと、彼はびっくりしたようだった。
( F9 K% S* A( q# c6 ` 「本当に帰っちゃうんですか?」と彼は言った。「てっきりあとはいいから帰ってくれって言われると思ったんだけどね。雰囲気的に。普通は大体そうなるんだけど」 K* |7 ?3 m& C# X, \
「だろうね」と僕は同意した。6 z2 p {& G2 W c% \1 d- X! p! Y
「長年こういう商売やってると、まず勘は外れないんだけどなあ」& U6 _; R3 p' T9 Y
「長年やってれば外れることもある。確率的に」
2 J: p0 V: ^. _6 c7 O' c3 N8 R 「そりゃそうだけど」と運転手はちょっと混乱したような声で言った。「でもお客さん、少し変わってるんじゃないかな」. [- L# G8 X( v9 r8 y6 V! V
「そうかな」と僕は言った。そんなに僕は変わっているのだろうか?7 y$ a: P" }7 ^$ I
部屋に戻って顔を洗い、歯を磨いた。歯を磨きながら少し後悔したが、結局そのままぐっすりと寝てしまった。僕の後悔は大体いつもあまり長くは続かないのだ。
4 }/ Q/ z/ F% `" n 朝、まず第一に僕はフロントに電話をかけて、部屋の予約を三日延長した。問題はなかった。どうせ今の季節はシーズン・オフなのだ。それほど混んではいない。
6 G; z: W0 ~9 X& K, X% W それから新聞を買ってホテルの近くのダンキン・ドーナッツに入り、プレイン・マフインを二つ食べ、大きなカップにコーヒーを二杯飲んだ。ホテルの朝食なんて一日で飽きる。ダンキン・ドーナッツがいちばんだ。安いし、コーヒーもおかわりできる。
' K5 ]' ~0 f1 _9 ^- L) A' O 次にタクシーを拾って図書館に行った。札幌でいちばん大きい図書館に行ってくれと言うとちゃんと連れていってくれた。図書館で僕は彼女の教えてくれた週刊誌のバックナンバーを調べてみた。ドルフィン・ホテルの記事が出ているのは十月二十日号だった。僕はその部分のコピーをとって、近くの喫茶店に入り、コーヒーを飲みながら腰を据えてそれを読んでみた。& k% c( Z# d+ l. H5 p& M
わかりにくい記事だった。きちんと理解するまでに、何度も読みなおさなくてはならなかった。記者はわかりやすく書こうと精一杯努力していたが、その努力も事態の複雑さの前には歯が立たなかったようだ。おそろしくいりくんでいるのだ。でもまあじっくりと読めばおおよその輸郭はわかってきた。記事のタイトルは「札幌の土地疑惑。黒い手がうごめく都市再開発」とあった。空から写した完成間近のドルフィン・ホテルの写真も載っていた。
3 c0 C% `$ W: c 要約するとこういうことだった。まずだいいちに札幌市の一部で大規模な土地の買い占めが進行していた。二年ばかりの間に水面下で土地の名義が異様に動いた。地価が意味もなくホットになってきた。記者がその情報を得て調査を始めた。調べてみると、土地は様々な会社によって買われていたが、その大方は名前だけのベーパー・カンパニーだった。会社の登録はしてある。税金も払っている。しかしオフィスもないし、社員もいない。そしてそのべーパー・カンパニーは別のぺーパー・カンパニーに繋がっていた。実に巧妙に名義上の土地転がしが行われていた。二千万で売られた土地が六千万で転売され、それが二億で売られていた。様々なぺーパー・カンパニーの迷路をひとつひとつ辛抱強く辿っていくと、行き先はひとつだった。B産業という不動産を扱う会社だった。これはリアルな会社だった。赤坂に大きなファッショナブルな本社ビルを持っている。そのB産業はおおっぴらにではないがA総業というコングロマリットに繋がっていた。鉄道やらホテル・チェーンやら映画会社や食品チェーンやらデパートやら雑誌、クレジット金融から損害保険までを配下に収める巨大企業だった。A総業は政界にも巨大なパイプを持っていた。記者はもっと先まで追求した。するともっと面白いことがわかった。B産業の買い占めていた地域は札幌市が再開発計画を進めていた土地だったのだ。地下鉄の建設や、庁舎の移転や、そういう公共投資がその地域に行われることになっていた。その資金の大半は国から出ることになっていた。政府と北海道と札幌市が話しあって再開発計画を練り、最終決定に達した。場所や規模や予算、等々。ところがいざ蓋を開けてみると、その決定した地域の土地はこの何年かの間に誰かの手でしっかりと買い占められていた。情報がA総業に流れたのだ。そして計画が最終的に決定する以前から、土地の買い占めが地下深く進行していた。つまりその最終的な決定は最初から政治的に決定されていたのだ。 |
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