赤ひげ:その女は親元へ帰せといったはずだぞ。
女主人:うちじゃ、この女一人が稼ぐんですよ。そっちの女はお茶ばっかりひいてて、三日に一人の客も取れやしないんだから。
赤ひげ:しかし、その女はソウ毒だ。客を取らせてはならん。
女主人:それじゃその稼ぎの分くださろうっんですか。おっしゃるどおりにしてたら、それこそこっちの口が干し上がっちまいますよ。
赤ひげ:では、牢屋の臭いご飯でも食うか。
女性:あたし、お母さんとこにいます。ここのほうがいいんです。家へ帰ったって...
隣の声:この恩知らず!(叩く音)
女性:あたしなんかより隣の子を助けてやってください。まだ十二かそこからのねんねなのに客を取らないからって...
女主人:お黙り!余計な口叩くんじゃないよ。
きん:さあ、何とかお言いよ。うんとかすんとかいったらどうだい、こら!おとよちゃん、さ、謝るんだよ。早く、さあ!何て子だろう、可愛げがないったらありゃしないよ。なんだい、その目つき、こうしてやる、こら
赤ひげ:やめんか!
きん:何だい!あーら、まあ、先生!でもね、こりゃ、お医者さんの出る幕じゃないんですよ。ま、ちょっと、これ、見てくださいよ、これを。この餓鬼、せっかく着せてやったこの着物をほら、こんなにずたずたにしちまったんですよ。
赤ひげ:こんな子をそんな飾り立てて、何をさせる気だったのだ?
きん:あたしゃね、このおとよって子にはずいぶん恩をかけてるんだ。この子のお袋がシジミ売りに来てうちの表でぶつ倒れて、それっきり。身寄りはなし、その上、この子まで引き取ってやったんだ。いわばあたしはこの子の親代わりだ。何をしょうと他人様にとやかく言われる筋はありませんよ。(女の子は床拭く)また始めやがった、面あてがましい。この餓鬼はね、最初にここを拭かせてから何かって言うとこの板の間を拭いてばかり嫌がる。
赤ひげ:熱があるな。(保本、女の子の額に触れる。女の子、逃げる)
きん:それ見な、こいつは、こういう餓鬼だ。人の恩を仇で返すつむじ曲がりさ。
保本:ひどい熱です。
赤ひげ:うん。(きんへ)この子は養成所で引き取るぞ。
きん:冗談じゃないよ。人の物をただで取り上げる気かい、こいつ!誰かっ、誰か来とくれ!
男達:何だ何だ何だ!どうした姉さん、何かあったのか。
きん:体のいい泥棒さ、この藪医者がね。病気だなんていいがかりつけてこの子この子を取り上げるって言うんだよ。
男一:とんでもねえ
男二:おう、大体手めえは目障りだ。頼みもしねえのにこのシマに鼻を突っ込みやがって。
男三:さあ、とっととうせろ。二度ときやがったらただじゃ済まねえぞ
赤ひげ:わしは医者だ。病人のいる限り来る。
男一:なに?変な意地を張ると一生片輪になるぜ。
赤ひげ:貴様達もよく考えろ。下手な医者の手にかかると命が危ないというではないか。わしは命は取らないが、手足の二本や三本、へし折るぐらいのことはやりかねんぞ。
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