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NHK大型节目ProjectX视频及文字资料15个

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发表于 2008-1-15 21:53:16 | 显示全部楼层 |阅读模式
^_^,朋友们啊,有兴趣的朋友们就来看看吧。不过是自己听的,难免有不足之处,希望大家互相交流哟。视频有需要的话联系我
1運命のゴビ砂漠
果てしなく続く、ゴビ砂漠。滑らかな曲線。風に舞う砂塵。砂の表情は美しい。しかし、砂は狂暴な牙を持つ。町を飲み込む(吞噬)砂嵐。家や田畑を砂が覆い尽くす。砂漠化が進む中国。毎年、百万人が暮らしの場を奪われていた。立ち上がったのは95の日本人だった。砂漠に百万本のポプラを植え、森に返る前代未聞のプロジェクト。「夢に駆けよ。」5000人の日本人が続いた。バブルにて疲れた社長が駆けつけた。窓際(被冷落)のサラリーマンも勝負に出た。しかし,想像を絶する世界が待っていた。砂は70度。灼熱の太陽が照りつけた。掘れば崩れる蟻地獄。困難を乗り越え、育てたポプラ。そこに突然の洪水を襲った。
不毛の大地 襲うの砂嵐 95歳の執念 日本人砂漠に挑む 心の闇 窓際族 天命はどこにある 悪魔の傷 謎の死 非情の洪水 絶望 やればできる、やらなければできない 育てポプラよ

女:よ、素敵ですね。御伽噺(おとぎばなし)みたい。
男:ねえ、砂漠はねえ、自然環境の厳しさはらくだを見てわかれるんです。このこぶ(驼峰)はね、食べるものは少ないために、脂肪をここで蓄えるんですね。
女:この顔にも砂漠に生き抜く工夫があるんですね。
男:まつげが長いです。耳の中に毛が生えている。この砂嵐で、砂を入るのを防ぐのね。それから、鼻の穴を自由に窄めることもできる。それだけね、ラクダの体を進化させ、しまうほど砂漠の自然環境というのが厳しいんです。
女:はい。プロジェクトX挑戦者たち。今日は中国ゴビ砂漠の緑化にたちあがった国際プロジェクトの物語です。中国では毎年、実に、東京都一つ分が砂漠化しています。そこにポプラ百万本を植えようと挑んだ人々のプロジェクトです。
男:挑戦したのは95歳の日本人の男性と5000人のボランティアの方々です。参加した人それぞれ人生を変えるほどの厳しい戦いになりました。


昭和47年(1972年)国交が回復した中国からパンダがやってきた。全国で熱狂的なパンダブームが沸き起こった。そのころ、ひっそりと暮らす男がいた。遠山正瑛。当時65歳。鳥取大学を退官したばかりだった。長い老後の生き方を考えあぐねていった。どうしても行ってみたい場所があった。国交が結ばれた中国だった。中国は国土の砂漠化に苦しんでいた。毎年、東京一つ分の土地が砂漠になっていた。遠山は鳥取砂丘で戦ってきた男だった。終戦直後、そこは作物の育たない不毛の土地だった。水をかけても、砂が吸い尽くし、嫁殺しといわれていた。遠山は山梨の貧しい寺の生まれ、園芸学の学者として食糧難を救いたかった。もろ肌脱い(はだぬい)で、砂丘に立った。毎日重い水受けを担ぎ、通った。県や農林所の役人は笑った。砂丘で農業ができれば、太陽が西から昇る。砂地での農業のやり方を必ず見つけてみせる。その姿に学生たちが手伝い始めた。農家も集まり、教えを求めた。遠山はスプリンクラー(旋转式灌溉设备)を日本初めて導入、ラッキョウ(韭菜)、長薯、大根、砂地を畑に変え、遠山は砂丘の父と呼ばれた。「苦しんでも、やらなきゃいけないと言う目標があるんだ。物事やってみにゃ、わからんだ。やらずにおいて考えるだけだめなんです。」
1984年、77歳になった遠山は中国に向かった。各地で砂漠化が進んでいった。町を砂嵐が襲っていた。太陽を隠し、田畑を埋めた。鳥取とは比べ物にならなかった。毎年百万人が暮らしの場を奪われているとした。武者震い(激动,兴奋)がした。「ようし、これならやりがいがあると一生の仕事にもなる。目標のない人生は闇だ。ただ生きてるだけ。」遠山には秘策があった。クズの種。成長の早いクズを植え、砂の移動を食い止める。中国の研究者の協力を得、二日がかりで、クズの苗3000本を植えた。「クズよ芽を出せ,大きくなれ。」しかし、苗は翌朝、すべて消えていた。放牧の飢えた羊の仕業(しわざ)だった。草がだめなら,木だ。乾燥地に強いポプラを百万本植える途方もない計画を立てた。挑戦の舞台はゴビ砂漠の一角クブチ砂漠、四国ほどの大きさだった。鳥取砂丘で戦った若き日を思った。「やればできる、やらなきゃできない。」91年2月、有志が集い、東京に事務局を開設、全国から植林ボランティアを募集した。気軽に参加できるよう八日間のツアーとした。予想を超えて60人の応募があった。
福島県郡山市、造園会社の社長、塩田修二。忙しい毎日に疲れ、息抜きのつもりで応募した。「砂漠に木を植えようとみたいだね。新鮮だよね。まあ、とにかく,あのう、一遍見てこようぜって。」会社員、主婦、学生さまざまなメンバーが集まった。現地まで50時間の旅。砂漠が近づくにつれ、みな観光気分ではしゃいでいった(欢闹)。遠山は黙り込んでいた。クブチ砂漠に到着。砂漠がとてつもなく広かった。突然砂塵が渦巻いた。こんなところに植えるのか。みんな言葉を失った。そのとき遠山が声を発した。「5年間で百万本の木を植える。裸の大地に緑の服を着せよう。」塩田は唖然とした。「あ、後ずさりするような、そんなふうな気持ちだったね。ほんとに自分たちがねえ、こういうふうなところをあのう植林するのかと」この旅が塩田たちメンバーの人生を変える戦いになるとはまだ誰も気づいていなかった。


女:ここがゴビ砂漠です。世界で三番目に広い砂漠になります。この中の一角に四国ほどの面積のクブチ砂漠がありまして、ここに百万本のポプラの苗を植えようという計画なんです。
男:ちょっとこの砂を見てください。これ、砂漠の砂です。
女:きめが細かいんですよね。こんな見たいにさらさらさらってしていますね。
男:って砂漠、風が吹くとすぐこの砂嵐になるんです。
女:はい
男:日本に来る黄砂。
女:はい。
男:これが飛べるんですよ。ええ、はるばると。
女:ってそこに植えたのは厳しい環境でも育つと言うポプラの苗なんですね。苗の時はこんなに小さいですが、三四年で、たた三四年で、こんなに大きく育ちます。
男:ひろく大地に根を張るもんですから、水分を吸収しやすい。
女:はい。
男:そうですね。それに成長早いですね。
女:さて、植林を始めるメンバーたちの前に、砂漠の厳しい自然が立ちはだかります。

広大の砂漠で植林が始まった。日差しから身を隠す場所はなかった。砂は70度に焼けていた。観光気分は吹き飛んだ(飞到九霄云外)。掘っても掘っても崩れ落ち、腕がしびれた。まるで、あり地獄だった。砂嵐が起こり、みな顔中を覆った。とんでもないものを見つけた。人の骨だった。かつて、日本軍が攻め込み、戦闘があった現場と知った。気がつくと地元の人が訝しげに(可疑的)見ていた。作業の手が止まった。そのとき、遠山が号令を走った。「おい、はじめ、はじめはじめ。」遠山はこのとき84歳。自らスコップ(铁铲)を振るった。その姿を見つめる男がいた。造園会社社長の塩田だった。塩田は植木職人から身を起こした。バブルの時代が塩田をやり手の社長に変えた。次々とできるゴルフ場に木を植え、芝生を張った。面白いように設けが転がり込んだ。もっと働けと社員を怒鳴り、鬼社長といわれた。一日17時間働き、夜は酒。ついに体を壊した。気分転換のつもりできた砂漠だった。老いてなお、先頭に立つ遠山を見て、眠っていた職人の血が目覚めた。みんなに声をかけ、植え方を教えて回った。
砂に埋まったバスを汗を流して仲間と押した。砂漠の中で自分がちっぽけ(小的,不起眼的)な存在に思えた。「ほんとにあのう、砂丘のねあのう、こんなところにひっくりがえして、あのう満天の星を見る、本当だよ。スーってこんな気持ちがねえ、吸い込まれるように」2000本のポプラを植えて、塩田の八日間の旅は終わった。日本に戻った塩田に家族は目を見張った。鬼社長が恵比須顔になっていた。「ストレスなんかなくなってしまって、元気になってくるんですね。好きなことしてると、丈夫になるもんだね」
クブチ砂漠。遠山はポプラの苗を見つめていた。ボランティア植えた木が1年間でわずか8000本。このままでは目標まで100年かかる。ある日,枯れたポプラを見つけた。不思議な傷跡が次々と見つかった。誰がやった。激怒(げきど)した。放牧のヤギに仕業だった。大切な木をなぜ食わせるのか。飼い主の中国人の家に乗り込んだ。泥作りの家だった。現れた男が言った。木を見ていても、飯は食えない。遠山は思案した。この地の人にも植林の大切さをわかってほしい。手伝ってもらえれば、森作りのスピードも上がる。

[ 本帖最后由 caycay 于 2008-1-15 21:57 编辑 ]
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 楼主| 发表于 2008-1-15 21:57:33 | 显示全部楼层
東京の事務局は中国人に賃金を支払い、参加してもらうことを決めた。30万本の大植林計画を立てた。高齢の遠山にかわり長期間砂漠に住む現場監督が必要だった。みなしり込みした (退缩,胆怯)。そのとき手を上げた男がいた。会社社長の塩田だった。塩田は砂漠に行ってから、金儲けとストレスばかりの人生に疑問を感じていった。とんでもない行動に出た。社長の座を部下に譲った。社員は仰天(ぎょうてん)した(吃惊)。このとき塩田は43歳だった。砂漠に向かった。地元の人200人を雇い、30万本の植林を開始した。一気に木が植わり始めた。塩田は首をかしげた。あまりにも早い。試しに苗を引っ張ると、簡単に抜けた。穴が浅かった。一本いくらの手間賃。みな多く稼ごうと、やっつけ仕事だった。これでは枯れる。怒って、次々と苗を抜いた。作業員が塩田を囲み、にらみつけた。「けんかなりますよ。なんで俺がやったのを抜くんだと。これあさいから、だめなんだと」金だけではみな動かない。塩田は中国人と酒を酌み交わしながら、切々と語った。森が育てば、あなたがたの暮らしは必ずよくなります。翌朝、中国人たちの動きは見違えるようだった。深く穴を掘り、丁寧に苗を植え始めた。一月後、30万本の苗木は見事根付いた。「いや、うれしかったね。これもこれもこれもみんな大丈夫だというね。」日本から次々と来る新たなボランティア。一人顔色のさえない男がいた。大阪の大手企業に勤める東城憲治、職場で追い詰められていた。中途入社で、管理職を目指したが、担当したソフト開発の仕事が肌に合わなかった(不中意,不如意)。ある日、机が窓際に移され、つい立てで囲まれた。リストラを迫られた。休みを取り、逃げ出すような砂漠に来たが、役割を見つけられずにいった。遠山が声をかけても、しずんでいた。そして、この年、異変が起きた。根付いたポプラがなぜか次々と枯れ始めた。

女:スタジオには砂漠の植林のボランティアに参加した塩田修二さんと東城憲治さんにお越しいただいています。どうぞ。
塩田さん、何で砂漠に行こうって思われたんですか。
塩田:あれね。まあ、私の仕事が、いや、それ、忙しかった部分もあるんですけれども、もう医者のほうからもね。あんたこういうふうに生活してると後10年でおしまいだぞとこういわれてね。
男:社長辞めたときは、周りの人、社員や家族になんとおっしゃっていました。
塩田:まあ、阿呆じゃないのか?と。まあ、ほんとに素直にも家族からのほうからもね、周りからも言われました。それは。
男:この写真はええ東城さんご自身が写した職場の写真だそうですけれども。
東城:はい、そうです。上司二人が、セッティングをしてましたね。今日から君の席はそこだよ。っていわれて、会社もその理由言わないし、それで、精神的に、苦しい思いしたんですけれども、その分、家族にも、負担かけてしまって、
男:家族の皆さんなんとおっしゃっていますか。
東城:職場でも耐えているお父さんの顔を見て、恐怖感を覚えたんじゃないですか。
男;塩田さん、あの砂嵐ですね。すごいですね。
塩田:目、口、鼻、耳ねえ、もういたるところにそれのもう砂がねもうみんな入ってきます。だから、その時期に、こうやってね、もう砂、あのうあれをやり過ごすしかないです。もう、その自分も帰る方法ももうわからなくなってしまいます。
男:せっかく根付いたポプラが枯れ始まりましたね。
塩田:がっかりしましたね。まあ、いろいろ原因もあるんですけれども、あの、その年によって、雨が少ない年とか、あの常にその一定ではないですから。こう乾燥がやっぱり続くと難しいですね。
男:雨を降らせるわけには行きませんから。あのう、暮らせる分けないですね。
塩田:だめですね。
女:さて、水不足で枯れはじめたポプラの苗 プロジェクトはこの困難に総力を挙げて、立ち向かいます。

ポプラを枯らすな。日本から駆けつけたボランティアが懸命のバケツリレーをはじめた。来る日も来る日も、乾いた苗に水を運んだ。遠山は一人あることをはじめていた。無駄枝の剪定だった。砂漠でたくさんの枝が水を奪い合うと木は枯れる。植えた木、数十万本もの剪定が必要だった。「病院の大手術と同じなんです。間違ったら、だめなんです。」現場監督の塩田は膨大な剪定をある男に託した。窓際の会社員東城憲治だった。塩田は言った。じみだけれど、大切な作業です。森を育ててくれませんか。東城はたじろいだ?(畏缩)。そのとき、日本でのつらい日々がよみがえった。自分を変えたい。答えは決まった。「自分がやると思った。困難が自分自身を強くする。してくれる。」
翌朝から東城はポプラの林に通いつめた。生い茂る、無数の無駄枝を地に這って切り落とした。暑い日ざしを浴びながら、一人戦った。砂嵐が吹くと、虫のように丸まって耐えた。一人で十万本の剪定を終え、ポプラは少しずつ勢いを増した。窓際社員であることがちっぽけなことだと思えてきた。ポプラのように、強く生きる自信が生まれた。「ポプラは砂漠にね好き好んで浮気じゃなくて、与えられた環境の中で自分のこう、持てる生き方をね、しようと知ってる。ポプラを育ててるつもりがポプラに育てられたなあ。」95年8月プロジェクトはついに目標に達した。百万本目のポプラを遠山が植えた。思いがけない人物が現れた。国家主席、江澤民だった。砂漠の緑化を感謝した。遠山は言った。まだまだつづけます。
しかし、次の夏、砂漠に大雨が降った。砂を飲み込み、激流となって砂漠を縦横無人(肆意)に流れ始めた。翌朝、ポプラの林からごうごうと(轰隆隆)不気味な音がした。それを聞いた東城、林の奥、音に向かって走った。衝撃的な光景に立ち尽くした(停步)。流れ込んだ激流が砂を飲み込み渦巻いていた。ポプラの林が真ん中をえぐりとられていた。徹宵に育てた3万本が流された。駆けつけた塩田が崩れこんだ。「一生懸命植えて根付いた木がね、やりやれた思ったときに流されてしまった。本当に残念ですね。胸が痛いですね。」みな沈み込んだ。そのとき、遠山があらわれ、いった。続けさえすれば成功だ、やめたときが失敗だ。やればできる、やらなければできない。みな立ち上がった。砂との格闘を再開した。東城は生き残った林に向かった。枯れた木、手入れすべき木、状態をくまなく (毫无遗漏地)調べ始めた。一本ずつ記号で表し、一月がかりで十万本の記録を作った。膨大な作業だった。それを見た塩田はたまげた(目瞪口呆)。「かも何ページにもあってね、これはもうただならぬ人(不一般,不寻常)だった。」自分も負けられない。塩田は日本で仲間を増やし砂漠で自分の植林の技、叩き込んだ。十年間で300回5000人のボランティアが砂漠で汗を流し続けた。そして2001年ついに300万本に達した。十年前、不毛の大地だった砂漠がプロジェクトによって緑の衣で覆われた。誕生したポプラの森に遠山は向かった。森の奥に分け入った。遠山は育てたポプラの幹をじっと抱きしめた。

男:塩田さん、あの砂漠がほんとに緑になりましたね。
塩田:ええ、なりました。ほんとに最初はね、何もなかったところだけどもやり続けることによって、あれだけの緑になりましたね。
男:東城さん、
東城:本当に木漏れ日(こもれび)があって、すがすがしい森の雰囲気があってうれしかったですね。育ったとおもって。
男:塩田さん、途中、挫け(くじけ)そうなことがないですか。
塩田:やっぱりあのう洪水でポプラがターってながされてしまった時ですね。ポプラの死骸ですよね。あれを見たときには、本当に切なかったですね。
男:東城さん、こう、地に這いながら、こうあったら、たいへんでしょう、剪定。
東城:2週間することなると、腕がしびれてきて、痛みが始まるんですね。朝方に、痛みで目が覚めて、しびれて目が覚めて、動かない手を庇いながら、食事を作って、剪定ばさみを持って、鋸(のこぎり)を持って、そうし始めると痛みはなくなるんですね。
女:スタジオにはもう一人ゲストをおこしいただきました。このプロジェクト率いた遠山正瑛さんです。
遠山さん、難しい、ってわかっていらしたのに、挑戦しつづけたのは、どんなお気持ちからだったんですか。
遠山:知らず知らずやってみればできる、やってみなければだめ。机の上で理論をしってるだめ。私はだから、子供のころから、現場地に、いいと思ったらやってみる。なぜかとわかってなければ、やってみる。なぜできたかやってみる。
男:これで、森は完成ですか?
遠山:いいえ、まだまだ。まだまだ。後200年はかかる。一日も休まない、毎日働く。
これからも、この、砂漠を緑が植える仕事は続けていらっしゃいますか。
遠山:ええ、やります。
男:おいくつまでやりますか。
遠山:わからない。神様行かなきゃ時。あせらず、あきらめず、あきらめず、これが大事なんだ。

砂漠に植えた300万本のポプラは今美しい森になった。木陰に小さな花が咲き、砂漠に生き物の姿が現れた。ポプラが砂の移動を止め、森の辺りに畑が生まれた。麦、かぼちゃ、とうもろこし、地元に豊かな実りをもたらした。社長の座を捨て、植林に挑んだ塩田修二さん、今年、新たな組織を立ち上げた。現在中国の3箇所の砂漠で木を植え続けている。窓際の会社員だった東城憲治さん、妻の貴美子さん砂漠に行くたび、明るくなる夫の姿を見ると、喜んでいる。「気持ちも充実して、元気な帰ってくれるような様子を気がする」去年東城さんは中国の大学に特別研究員として招かれた。中国人による植林を大学と共同でスタートさせた。「これはね、いくらとおもう。足りるということもないですよ。まだ、大きな困難に出会うなあと思ってるんです、楽しみにしてるんです。」今、中国各地で30を越える日本人組織が砂漠の緑化に挑んでいる。そこに、まもなく、96歳になる遠山正瑛さんの姿がある。今も挑戦する人々に語り続けている。「考えること、考えたら、いいと思ったら、やること。考えても、やらなきゃだめ。」人々の人生を変えた豊かな森がここに広がっている。
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 楼主| 发表于 2008-1-15 21:58:57 | 显示全部楼层
先放一个,大家看看哈
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发表于 2008-1-16 01:00:42 | 显示全部楼层
呵呵,谢谢楼主分享!
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 楼主| 发表于 2008-1-16 09:30:41 | 显示全部楼层
共同进步嘛。^_^。希望多支持哟
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