080323樱饼
あんを薄皮で巻く関東流と、つぶつぶの道明寺粉でくるむ関西風。どちらの桜餅にも欠かせない塩漬けの桜葉は、ほとんどが伊豆の大島桜だという。国内産と聞いてホッとするご時世である。
用薄皮裹馅的关东流,用毛糙的道明寺粉(注:用晒干的糯米饭磨成的粗粉)包馅的关西风。不管是哪种,樱饼总少不了腌过的樱叶,而那樱叶据说用的几乎都是伊豆大岛樱的叶子。听说是国产货,我不由地松了口气——眼下就是这么个世道。
葉の移り香、生地の舌ざわり、あんの甘み。それぞれ、こちらに味わうという心構えがなければ、五感をすり抜けそうな淡さだ。それでいて、開花宣言にも負けない鮮烈な季節感がみなぎる。〈花の日に先んじてこそさくら餅〉丸山海道。
由叶沁入的芳香,由粉引出的舌感,由馅带来的甘甜。但这一切都要有品尝的心境才能感受到,否则淡了吧唧,甚至不触动我们的感官。尽管如此,它还是充满着鲜明的季节感,一点也不输给樱花的开花公告。“樱饼,花未放时须品尝” 丸山海道。
銀座百店会の冊子「銀座百点」3月号で、食の書き手たちが和菓子について語り合っている。君島佐和子さんは「和」のおいしさを「主張してくるのではなく、迎えにいかなくては分からない」と表現していた。
在银座百店会所办的小册子《银座百点》的3月号上,刊登了美食评论家们有关“和菓子(注:日式点心)”的讨论。君岛佐和子女士将“和”之美味表现为“非是自我标榜,须要前去逢迎才能感受”。
それを、平松洋子さんが「気候や風土、文化や美意識と不即不離(ふそくふり)」と受け、岸朝子さんが「和菓子の文化は奥深い。どんな入り口からでもいいからまず入って」とまとめた。
对此,平松洋子女士理解为“因为它和气候及风土、文化及审美意识,不即不离”, 岸朝子女士则总结为“和菓子的文化博大精深。无论你从哪个入口进入都行,首先得进入”。
予期せぬ「入り口」もある。戦争末期、都心にある虎屋の倉庫が空襲で焼け、軍に納めるはずのようかんが焦土に甘いにおいを放った。焼け出された人々は、店の許しを得て銀紙(ぎんがみ)に包まれたお宝を掘り出し、湯気が立つのを泣きつ笑いつ、むさぼったという(黒川光博『虎屋 和菓子と歩んだ五百年』)。
有些“入口”可谓是始料未及的。那是在战争末期,位于市中心的“虎屋(注:店名)”的仓库遭空袭起火,用于供应军队的“羊羹”在一片焦土中散发着甘甜的香味儿。空袭后无家可归的人们在得到了商店的同意后,刨出了那些锡纸包着的宝贝,热气腾腾地,又哭又笑地狼吞虎咽起来(黑川光博《虎屋 与和菓子一起走过的五百年》)。
砂糖の配給は途絶えて久しく、味わうどころではなかったろう。和菓子を存分に楽しむには、うまさを迎えにいけるだけのゆとりが心身に要る。桜葉の芳香に酔い、やれ関東だ、いや関西だと言い合える日々をまず大切にしたい。平和の「和」でもある。
当时糖的配给停止已久,所以吃起来也谈不上什么品尝了吧。可见要想尽情地享用和菓子,自己的身心也得有能去迎接这美味的宽裕啊。我以为首先要珍惜这样的日子:让我们能够沉醉于樱叶的芬芳,能够关东流、关西风地品评交流。因为,和菓子的“和”也是和平之“和”。
关东流樱饼

关西风樱饼

羊羹 |