▼風薫る5月だが、明治の俳人正岡子規は毎年、この月がめぐると不安にかられた。脊椎(せきつい)カリエスで長く伏し、5月にはきまって病気が悪化したからだ
虽说香飘5月,可是对于明治时代的俳句作家正冈子规来说每年的这个月就开始不安起来。因为脊椎骨疡长期卧床,而且在5月这个顽疾会恶化。
▼自らを励まそうとしてか、1902(明治35)年5月から、随筆『病牀(びょうしょう)六尺』の新聞連載を始める。苦痛に耐えてつづった中に、「悟り」をめぐる一節がある。悟りとは、いつでも平気で死ぬことだと思っていたのは誤解だった、と子規は言う。逆に〈如何(いか)なる場合にも平気で生きて居る事であつた〉と境地を述べている
大概是作为对自己的鼓励,从1902年(明治35年)5月开始,他的随笔【病床六尺】开始在报纸连载。在长期忍耐病痛的同时,围绕【感悟】他有这样写过一节。子规说,人们觉得感悟是指任何时候可以平静地死去,其实这样的理解是一种误解。相反,【不管什么样的情况都要平静的活着生活】来叙述自己的心境。
▼寝たきりの子規は、母と妹の献身的な介護をうけた。自宅で「平気で生き」ながら、35歳で没するまで、病床から盛んな筆をふるった。現代のお年寄りに置き換えれば、母妹に代わる在宅福祉のささえは、訪問介護ということになるのだろう
躺倒了的子规,受到母亲和妹妹细致入微的看护。在自己家里【平静的活着】着,直到到35岁死亡为止,一直在病床上积极地写着文章。如果换成是现代的老年人的话,取代母亲和妹妹的,就是可以在家接受服务的上门看护吧。
▼だが、子規の心境で過ごすのは難しい時代になっている。在宅サービスの中心になる訪問介護の事業所が、減っているという。介護保険制度の崩壊を招きかねないと、心配する声も聞こえてくる
但是,要照着子规的心境过生活的话,现在可就难了。据说现在以家庭服务为中心的上门看护的事务所,正在不断减少。还不断听到难免哪天看护保险制度崩溃的之类担心的呼声。
▼2年前に介護報酬が引き下げられた。経営が悪化し、ヘルパーの賃金が減り、離職が増える。使える金の限られる中、負の循環が「安心」を細らせているようだ。だれもがいつかは老いるし、病む。そのときのために、医療も含め、手を打つには今しかない
2年前看护的报酬下降了。经营不断恶化,上门服者的工资也减少,离职的人不断增加。在有限的可以使用的金额中,不断的亏损使得【安心】这样的感觉变的越来越微弱。总有一天谁都会老,会生病。为了将来,包含医疗制度在内,只有从现在开始采取措施。
▼手厚い支えもあってだろう、子規は明るさとユーモアを失わなかった。〈枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル〉などと病床で詠んでいる。平気で生きられる――。その穏やかさが、だれの日々にも必要なのは言うまでもない。
大概是因为有坚强的后盾支持,子规并没有失去他的开朗和幽默。还在病床上唱着【将毛豆往上抛三寸飞入口中】之类的。平静的活着--。当然,不管是谁,每天都需要这样的恬静的渡过。 |