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2008年11月3日(月)付
タイムズスクエアといえばニューヨークのど真ん中、隠れもない繁華街である。騒々しい街の安売りの本屋で、18歳のドナルド・キーンさんは源氏物語に出会った。日米開戦の前の年のことだ
时代广场位于纽约市中心,是众所周之的繁华地带。日美开战的前一年,18岁的罗纳尔多金在这附近一条喧闹街道的廉价书店里发现了《源氏物语》。
日本人の書いたものを買っていいのか、迷ったそうだ。だが、分厚い英訳本はめっぽう安かった。釣られて買うと、宝がつまっていた。引き込まれるように読むうちに、日本への目が開いていく。そして戦後を、日本文学の研究一筋に歩んできた
据说他也曾犹豫过是否要买日本人写的书。但是那厚厚的英译本实在太便宜了,受此诱惑买下了这本书之后视之为珍宝。金如痴如醉的阅读这本书,渐渐了解了日本。进而在战后开始潜心研究日本文学。
▼そのキーンさんに文化勲章が贈られる。86歳を迎えた今年は、折しも源氏物語の千年紀にあたる。舞台の京都をこよなく愛した人でもある。功績を讃(たた)えるのに、これほどふさわしい年はない
今年迎来86岁高龄的金被授予文化勋章,恰逢源氏物语问世一千年。金还特别喜欢此书的舞台背景京都。
今年表彰他的功绩真是太合适不过了。
▼先駆者ゆえの幸運も、苦労もあったと聞く。外国人の研究者は珍しく、有名な作家にほとんど会えた。半面、いつまでも外国人扱いされた。30年ほど前の小欄は「いつになったら私の仕事を、日本文学の“紹介”ではなく“研究”と言ってくれるのでしょう」という嘆きを載せている
听金说他既有身为先驱者的幸运,同样也有辛劳。其一,身为稀有的外国研究者,几乎和所有的名作家见过面。另一方面,无论何时总是被当作外国人对待。约30年前本栏也曾登载过这样的感慨‘何时我的工作才能被称为研究日本文学而非介绍日本文学呢’。
▼反省をこめてだが、日本の文物に取り組む西洋人に、我々は「青い目の」などと枕詞(まくらことば)をつけがちだ。キーンさんは10年ほど前にも、「日本語で講演しているのに、名刺をくれる人は必ず裏のローマ字表記の方を示す」とやんわり異議を申し立てている
虽说也在反省,但是对于潜心研究日本文化的西方人我们总是冠以‘金发碧眼’之类的枕词。大概是10年之前金也曾委婉地表达过异议‘虽然我是用日语演讲,但是给我名片的人一定拿着标有罗马音的反面递过来。’
▼大学時代に学んだ肝心なことは「読み、考え、なぜそれらが古典とされているかを自分で発見すること」だったと近著に書いた。励まされる思いで「あの源氏物語」に挑む決意をするのもいい、きょう文化の日である。
金的近作中写道大学时代学到的最重要的是‘读书,思考,以及自己发现为什么那些书被成为古典’。如果能受此激励下决心挑战一下‘那本源氏物语’也不错,今天是文化日。 |
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