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 楼主 |
发表于 2004-12-10 21:41:08
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荒木由美子さん  - 5 -& C0 j9 r% }" i3 r9 f  P: \' ^% }! ~ 
 
, U$ e) A3 |5 `# i! ^$ b在宅から入院へ5 t! p! O* D1 B0 W& B 
 
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$ F& \8 d: @2 g6 h1 D ◆気持ちにメリハリ  
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" ~; m9 A% @( j 義母(タレントの湯原昌幸さんの母、吉(よし)のさん)を在宅介護して、これ以上は無理だと思ったのは、アルツハイマー病発病から6年ぐらいたったころです。 5 g& ?3 c& g; r7 ]+ a 
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 でも、当時、高齢者向けの施設は今よりずっと少なかった。いろんな病院を見に行っても空きがなかった。1年がかりでやっと、病院が見つかりました。 2 d. S, n! M9 { 
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 その後、老人保健施設に移りました。当時は、老人保健施設は3か月しかいられないというルールがあって、病院と行ったり、来たり。 $ l) C! D- p8 H0 n 
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 入院してからも毎日、面会に行きました。1日でも行かないと、「由美ちゃんがどこかにいなくなっちゃった」と夜眠れなくなるのです。看護師さんが自宅に電話してきて、「ね、いるでしょう」と言うと、ようやく安心して寝る。  
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  f$ l/ A1 P: p; `  V( Y9 y+ y2 I どういうわけか、痴呆(ちほう)が進んでも、私のことだけはわかりました。「普通は実の娘の名前も忘れてしまうのに」と看護師さんにも驚かれました。あまり「由美ちゃん」「由美ちゃん」と言うので、病院の先生や看護師さんまで私を「由美ちゃん」と呼んだほどです。  
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9 m: z8 r) {4 l5 L1 j% X. i そんな風だから、私は家にいても、「寝たのかしら」「食べているのかしら」といつも義母のことが気になりました。毎日、病院に通うことなんか、全然苦になりませんでした。  
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 在宅介護と違って、気持ちの切り替えができます。面会中の5時間は義母の看護師さん、家に帰る時には息子のお母さんになる。  
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; G( V; n( @8 G4 V+ A1 Z 第一、子どもに熱が出た時は病院に電話して、「きょうは行けません」と言えば済む。在宅介護では、子どもがかぜをひこうが、私が自律神経失調症になろうが、24時間365日休みというものはありません。  
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 それに、病院では、同じように面会に来ている家族と仲良くなります。「私がおばあちゃんを見ててあげるから、喫茶店でお茶飲んできて」と言ってくれる人がいます。今まで、たった1人で家の中で介護していたので、小さな親切が涙がでるほどうれしい。病院に行けば、彼女に会えると思うと、病院通いが楽しみになります。  
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1 y# G0 Y7 E! h 今、家庭で介護していて、毎日がつらくて不安でしようがないという方に「家族だけで背負わなくていいのよ」と言ってさしあげたいと思います。(タレント)  
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 (2004年7月5日 読売新聞 無断転載禁止) |   
 
 
 
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