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发表于 2005-6-20 14:49:31
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人間万事塞翁が馬 2 J4 D3 H- K3 W+ K9 X Y
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昔、中国の北方に住む異民族を総称して胡と言い、漢民族から大変恐) T' c3 z9 q ~( Y c q
れられていた。これはその胡の地との国境に位置する城塞の辺りの話で( M- ^9 I# t1 K% P) s* K
ある。+ q/ p) w, a, g i- {3 L7 P
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この地に占術などに通ずる老翁が住んでいたが、ある時いわれもなく- `7 C' c0 s# T: U8 {1 i) s
翁の馬が胡の地に逃げてしまった。南船・北馬と言われる北の大地で馬
! q, a! V& K% I7 h, q# K$ K' l( P7 t& |を失ったことを、近所の人が気の毒がって慰めに来てくれた。すると翁
! a; L; K Y6 b* Pは一向に気にとめる様子もなく言った、
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# l9 `2 C. T* ?, s! d( n$ ]" e 「これがどうして幸福に転じないことがありましょうや。」
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8 k/ R% J8 Z' P( b I& @2 ~ 果たして数カ月もたつと、その馬はどうしたわけか胡の良馬を連れて; O; H1 l' Q% I. y- l
帰ってきた。人々は早速お祝いの言葉を言いに来たが、/ m N3 Z1 b4 M
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「これがどうして禍に転じ得ないと申せましょうか。」
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と、少しも嬉しそうでなかった。
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翁の家は良馬に富むようになったが、やがて侎Rの好きな息子が、馬% y( X1 M# Z& [% |' g1 ~
から仱曷浃沥乒嗓喂扦蛘郅盲皮筏蓼盲俊%鹰氓长摔胜盲肯⒆婴蚩砂隲8 \+ i, g& t1 G& d' A5 h
に思った村人は、また翁を慰めにやって来た。' w9 d5 S3 k% Q( O) G6 p
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「いやいや、何でこれが幸福にならないことがありましょうや。」8 n7 @* N% x3 n: i3 n2 u3 s
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翁は依然として平気の平左であった。5 f. D6 B+ K, R$ a; B
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その後一年たった頃、胡人が城塞に雪崩れ込んで来た。村の若者とい: m1 q9 l) h* O
う若者は弓を引いて戦い、十人の中で九人までも戦死した。しかし翁の
: g9 V4 A( J' u" Z) E2 r( p息子は不具者であった為戦争に駆り出されず、父子ともに無事であった3 ~% d% Y/ D: }0 T
という。
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この話は『淮南子』の(人間訓)にあるが、この前にも同じ趣旨の話& `/ k1 E) c. `/ H, { x1 g( {
が載っている。* H: [$ B* r# \9 Y% N
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昔、宋の国の善根を積んだ人の家で、¥驻ぷ优¥虍bむという吉% R; O4 \% L" J1 L9 s% w3 C2 q
祥が二度もあった。だがその度に父と子が順に盲目となると言う不幸な- G6 a6 b [$ S, Q' C
結果となった。しかしその後、楚の国に攻められ、並の人間は全て酷い- z, b. A2 V) C4 l
目にあったとき、この父子だけが盲目の故に生命を完うしたばかりでな0 l8 {1 B4 k( E- D- |9 ^$ @) ~
く、戦い終わったあと目が見えるようになったと言うことである。% a9 F, ^- D* `( ]7 B
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, D: z0 [ l! n2 B いずれも「禍福は糾える蠅の如し」(「史記」南越伝、「漢書」賈誼伝等4 M. Y# X) p9 K& e9 M6 _0 L
の類語から転じて出来た語)の良いサンプルであって、「人間万事塞翁
3 C: r8 d& q, B0 G1 q) a/ yが馬」は前の話から出て、“人間の吉凶禍福の定まり難いこと”を意味% e; s- y& c: U ]1 O3 p7 W6 R
してる。なお単に、「塞翁が馬」とも言う。
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元僧飢熙晦機の詩に「人間万事塞翁が馬、推枕軒中雨を聴いて眠る」
) F e4 g% g4 O(推枕軒は晦機の居室のこと)とあるが、これがこの語を最初に用いたも
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3 J3 h" e5 g* y3 ~8 L 上の二つの話は禍福がただ転換することや、人生の偶然性を指してい
% r! S/ u( z+ N: X% J0 ~) Fるように思われるが、『淮南子』の本意は“偶然と見えることも皆人間
# I0 b3 m7 }" B) Bが自ら招くものだ”と言うところにあるらしい。, [: `; E, G+ C2 Y
& I* B8 K- ~8 W( H% Y3 r それは〈人間訓〉の書き出しの一部に、“それ禍の来るや、人自らこ9 m! g$ F- J: v* O; \4 a1 |
れを生ず。福の来たるや、人自らこれを生ず”とあるからである。 |
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