取材·文=原 智子
昨年の夏頃から、渋谷周辺が「ビットバレー」と呼ばれるようになった。渋谷近辺にインターネット系のベンチャー企業が多く集まっていることから、このあたりをアメリカにあるハイテク産業地区「シリコンバレー」に見立てたわけだ。
「ビットバレー」という名前は、発祥の地渋谷をそのまま、というか無理矢理英訳した「Bitter Valley」とデジタルの世界に縁の深い言葉「Bit」を併せてできた造語である。ほとんど駄洒落のようなネーミングだが、この言葉が誕生すると渋谷近辺のネットベンチャーはメディアや経済界から熱い視線が注がれるようになった。なお、ビットバレーはこの1年間にその規模を大幅に拡大し、渋谷から東京周辺に集結しているネット関連を中心としたベンチャー企業のコミュニティを指すようになった。
■20代の社長が続々誕生
ビットバレーから生まれたベンチャー企業は「サイバーエージェント」「ネットエイジ」「メンバーズ」などなど、やたらとカタカナの並ぶ会社名をもつところが多いのが特徴だ。M&A(合併·買収)も常時行われ、会社組織や資本関係もめまぐるしく変わっている。社員たちは寝る間も惜しんで働く猛烈な仕事ぶりで、深夜でも煌々と電気がついているネットベンチャーのオフィスの近くでは植物の植生に変化が起きているというジョークもあるほどだ。
なによりインターネットの世界に疎かった一般人を驚かせたのは、ビットバレーのベンチャー企業の社長たちの若さだろう。30代の社長はもちろん、まだ20代の若者が社長を務める会社が実にたくさんある。たとえばソフトバンク社長の孫正義氏の弟でネットビジネスコンサルティングを行っている「インディゴ」の孫泰蔵氏は27歳、ネット広告会社の「サイバーエージェント」社長の藤田晋氏は今年27歳、ネット関連の総合サービスを行っている「オン·ザ·エッジ」の堀江貴文氏が28歳。さらにもっと若い社長も続々と誕生中だ。
日本人は起業家精神が乏しく、ベンチャー企業は少ないとよく言われてきた。ましてや、20代の若造(?)がベンチャー企業の社長に収まるなどほとんど考えられないことだったはずなのだが、この20代社長の大量発生は何を意味しているのか。ここ数年の間に日本の若者が突然変異を起こして、ベンチャー精神溢れる人種に変化したのだろうか。
■インターネットが若者を変えた?
この大きな「変化」にはインターネットが大きく絡んでいる。彼ら20代のビットバレーの社長たちは1994年前後に大学生だった。1994年とはインターネットが商用化された年であり、慶応大学湘南藤沢キャンパスにインターネットの専用回線がつながれたコンピューターが並びだした年であり、このとき、多くの学生がインターネットに大きなビジネスチャンスを感じ取ったのである。たとえば、ビットバレーのあるベンチャー企業の20代社長K氏は慶応の学生ではなかったが、インターネットを体験したくて、わざわざ藤沢キャンパスを訪ねていった。そこで、彼はビジネスパートナーとなる慶応の学生と出会い、ビジネスの世界に入っていった。
またインターネットビジネスのトータルソリューションを手がけているベンチャー企業の社長H氏は大学2年のときにインターネットの可能性に気が付くとすぐにマッキントッシュのパソコンを買ってインターネットに接続した。そして数人の友人とホームページ制作のビジネスを始めたのである。子どものころから起業家志望だったH氏は、インターネットと出会ったときに「起業のためのモチベーションと中身がそろった」と感じたという。
もっとも、彼ら全員が初めから野心満々の「起業家」志望だったわけではない。「会社を立ち上げるのはとても大変で、気が休まるときはない。大企業に入って自分が好きな仕事ができるのならそれが一番いい。ただ、大企業に入ったらやりたいことをやるのに10年かかってしまうかもしれない。やりたいことをやるためには起業するしかなかった」とD氏は語る。
なお、20代の若者がベンチャーに挑戦するようになったのは、それまで絶対とされていた価値観が次々と崩壊していくのを高校·大学時代に目の当たりにしたことが影響しているという見方もある。大銀行や大手証券会社がつぶれ、各企業ではリストラが断行され、盤石と思われた終身雇用でさえあっさりと崩れていった。「どうせ大企業に就職しても大きなリスクがあるのなら、ベンチャーで自分の力を試したい」といった考え方が、一気この世代に広がっていったのだ。
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今年の5月ごろからネット関連株が低迷を続けると「ビットバレーのネットベンチャーには実体がない」といった批判が起きた。確かに、ビットバレーがもてはやされる中で、安易な考えでビジネスを始める若者も存在するだろう。
しかし、インターネットを中心に新しいビジネスがビットバレーを中心に生まれていることは確かだし、なによりもそこに働く若者たちの中に新しい価値観を持つ者が大勢出現していることは紛れもない事実だ。ビットバレーは、変化しつつある日本社会の可能性を探る「実験室」として注目の場所なのだ。
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