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【天声人語】2005年03月08日(火曜日)付
2 j3 ^0 O) j) A' F! ^詩人・栗原貞子さんの「生ましめんかな」は、広島市での被爆の翌年、栗原さん自身が編集した雑誌『中国文化』に発表された。81年に復刻された本を見ると、題は「生ましめん哉」で、副題に「原子爆弾秘話」とある。) d0 L7 ~" N8 E5 I7 U6 g! R
7 l$ I, g) ]- w, [
栗原さんは、この被爆後の出産の様子を人づてに聞いて、詩にまとめたという。夜、旧広島貯金局の地下室で、避難していた臨月の女性が産気づく。「その時、『私が生ませてあげましょう』と言った産婆さんは背中一面と左腕の肘(ひじ)までやけただれていた重傷者だった」(『核時代に生きる』三一書房)。
5 c9 X8 S0 ~2 |7 \: `8 R3 [ z7 ~: v1 _& D7 S Y. G6 j
赤ん坊は生まれたが、産湯の設備はない。夜明けを待って、軽傷の被爆者が「原子野」に出て行き、焼けてくちゃくちゃになった洗面器を拾い、布切れを水にひたして赤ん坊を拭(ふ)き清めた。「母子は被爆した人々に支えられて生きのびたのだった」+ }4 p& C6 _% ~' e& f! @! t; ~
5 c" b* [0 e T. h3 ^$ @- t3 X 後年、この母親が栗原さんに言ったという。「あの時、地下室にいられなかったのに、その時の状況や、私たちの気持ちを、そのまま作品化して下さって」
$ K3 q6 N* e o5 L, M2 z! r" K7 {' Q4 m! @ a7 d) ]
栗原さんが戦後に貫いた反戦、反核、そして反骨の精神は並はずれて強固なものだった。その底には、この詩が象徴する、命がけの命の伝達があったのではないか。未曽有(みぞう)の殺戮(さつりく)が行われた街の深い闇の中で、人々が一つの命を世に送り出すために力を尽くす。そして、新しい命を灯(とも)して、一つの命が消えてゆく。% b- `% O7 B5 N- q- [' D7 z$ ~
{: l8 A& B( Z# B0 b
栗原さんもまた、深い傷を背負いながらも、平和を生ましめんとして力の限りを尽くした。そして、被爆60年の早春に、92歳で逝った。(逝く:いく)
: R: L$ Z. h# ?6 R9 ^" {
, @7 C" d& }9 `; L% Q: E単語:
4 a* d( |$ L1 rこうねん 0 【後年】 3 Q. }/ x: V8 q8 N0 ]
//のちの年。将来。3 H, }8 E' `. X
2 _8 g5 d& ] B- e
2005年03月09日(水曜日)付
: s; C* J. k3 r2 ]+ v昨日の関東地方は、急に春めいて気温が上がった。同時に花粉の飛散も増えたようで、東京での花粉情報は「非常に多い」。街では、マスクをかけた人が目立った。
; D6 q# c2 T( Q+ \: Y4 h2 F3 m
: J K" l& L& }& s8 H スギ花粉の飛散予報が始まったのは、87年の3月9日である。当時は、花粉症と聞いても他人事(ひとごと)のように思っていたが、数年前からは、ごく軽いものの、目がかゆくなったり、くしゃみが出たりすることがある。
; U- G9 \' D' P1 ~3 k8 U: c1 Y+ z" n1 P# Q1 E& m" C, w# A8 \7 F
本紙の全国世論調査では、回答者の3分の1強が、花粉症の何らかの症状を自覚していた。「花粉症だ」と答えた人の割合は、政令指定市や東京23区などの大都市の方が、ほかの市や町村部より高かった。( n0 v4 `. [1 O9 H3 |
+ T. u% i W% A( w; [ v7 s
一種の「都会病」のようにも見えるが、スギ花粉症が医学的に確認されたのは、杉並木で有名な栃木県の日光だった。63年、古河電工の病院に赴任した斎藤洋三医師が、鼻や目のアレルギー症状を訴える患者が春に増えることに気づいた。/ w0 Y8 N, U" u0 S3 p
" K' T! f5 [! ?% \ 日本でのブタクサ花粉症の論文などを読んで、斎藤さんが周りを見回すと、立派なスギが目に入った。スギの木に花が咲くなどとは思いつかなかった。しかし林に入ってみると、ちょっと触れただけでたくさんの黄色い花粉を飛ばす雄花が、小枝の先にびっしりとついていた(『スギ花粉症』すずさわ書店)。 Q' |1 s3 S' I7 p. G% H
& n7 `' U) l* b9 S+ ?: j3 u$ ]( \
花粉症歴・数十年の知人が「スギは伐(き)ってほしい」と言っていた。重症の人は相当つらいのだろうが、やみくもに伐るわけにもいくまい。はるか遠くにある自然を肌で感じた結果が「症状」になってしまうとは。人と社会と自然との、大きな釣り合いの崩れを感じる。 * X9 Z3 g3 ~% f
! D9 y/ [4 p4 }8 u' H
2005年03月10日(木曜日)付 1 i/ ^' e \. m1 x6 t
「居を麻布に移す。ペンキ塗の二階家なり因つて偏奇館と名づく」(「偏奇館漫録」)。永井荷風が長く住んだこの家は、60年前の3月10日の未明、米軍による東京大空襲で焼かれた。
/ Y3 @9 `. }, q# |3 W: s" k( l2 Z
8 ^! g, d5 `1 R 「わが偏奇館焼亡す……火焔の更に一段烈しく空に舞上るを見たるのみ。これ偏奇館楼上万巻の図書、一時に燃上りしがためと知られたり」(「罹災日録」)。荷風は、家々の焼け落ちる様や人々の姿を、その場にしばらくとどまって見ていた。その頃、隅田川周辺の下町一帯では、猛火に追われた人々が逃げまどっていた。
9 K# }$ e+ b9 p; }8 g# T5 C+ m# j I) t! O% a
生き残った人たちが当夜の有り様を描いた絵には、駅構内で幾重にも折り重なったり、川の中を埋め尽くすようにしたりして息絶えた住民たちの姿がある。一晩で約10万人の命が奪われた。
9 X+ q( k1 {; n& H5 V2 [. I; Q+ b+ u3 b9 Z/ k: F' o
「B29約百三十機、昨暁/帝都市街を盲爆」。翌日の朝日新聞の一面トップの見出しだ。大本営発表を伝えたもので、「十五機を撃墜す」とあるが、被害状況の具体的な記述はない。統制下ながら、目の前の大被災を伝え得なかったことを省みて粛然とする。+ l0 U0 z" I8 D
' n9 g7 }+ K6 b2 W$ m! Q この後、米軍は名古屋、大阪、神戸など大都市での空襲を重ね、更には中小都市へも爆撃を加え続けた。東京の地獄絵は、規模こそ違っても全国で繰り返された。
5 ^$ ] T' P0 d, f% t* f5 E7 w& A# w& z% Q1 U
荷風は被災の2日前に、ぶどう酒の配給を受けたという。ぶどうの実をしぼっただけで酸味が甚だしくほとんど口にできないものだった。そして、こう記している。「醸造の法を知らずして猥(みだり)に酒を造らむとするなり。外国の事情を審(つまびらか)にせずして戦を開くの愚なるに似たり」 + E9 ]- L6 M8 b7 C; o# B. ]9 F
- o- C7 Z; j. G5 T2 v$ ?
+ |! t% u* f! J2005年03月11日(金曜日)付 , V4 N$ q8 N [) T6 q
裁判所には、長い間「再審」を求め続けていた元被告たちの姿はなかった。戦時下の最大の言論弾圧事件といわれる「横浜事件」の生き残りだったその5人は、ことごとく他界している。訴えを受け継ぐ遺族らが、東京高裁の「再審開始を支持」の決定を聞いた。: [$ p0 w* s8 h8 K& ]4 @
) l. U. o% D2 Z& C, Z9 Z7 l. Q それにしても、長い年月がかかった。〈捨てし身の裁きにひろういのち哉〉。元被告の元「中央公論」出版部員、木村亨さんが82歳で亡くなる数日前に残した句にも、その思いがこもる。1 l2 f5 \( w' A; ^0 Z
6 @, b i1 N6 T8 k5 P3 m
横浜事件では、中央公論社や改造社の編集者ら多数が、「共産党の再結成に動いた」などの治安維持法違反容疑で神奈川県警特高課に検挙された。拷問が繰り返され、4人が獄死した。: X- X& t8 W) g4 D6 z0 h
: I+ u2 {4 L7 J8 k 昨日、東京高裁は「元被告らは、取り調べ中、拷問を受け、やむなく虚偽(きょぎ)の疑いのある自白をした」と認定した。「(拷問死した)小林多喜二の二の舞いを覚悟しろ」「この聖戦下によくもやりやがったな」などと迫った特高の拷問の記録もある。弁護団長の森川金寿さんは、20年前、木村亨さんから、戦後40年になるのに名誉回復がなされていないと聞き、愕然(がくぜん)とした(『横浜事件の再審開始を!』樹花舎)。, G1 S# x* `' j! i+ h* B
. Y4 E( `6 l1 C7 c8 b5 U+ O9 d$ ?0 k つえをついて高裁に入る91歳の森川さんに、木村さんの妻まきさんが手を添えていた。木村さんたちの悲痛な訴えは、今もしっかり引き継がれているようだ。しかし、いったん失われた名誉の回復にどれだけの歳月と力を費やさなければならないのかとも思う。) q- |5 t9 Z! j. D s
( D, o* m3 e6 R+ d" ? l* ` 再審が決まれば、裁かれるのは、当時の司法であり、国であり、あの戦争でもある。 ) y# e+ R3 H+ C3 ^9 |0 u& Y, h
単語:
4 k- \1 K8 z1 J1 O# `6 Q
4 l" K& U4 O1 xひつう 0 【悲痛】 8 |5 [& C8 s+ _! X( q5 I: i
(名・形動)[文]ナリ
9 w, l) J2 J5 Dいたましいこと。あまりの悲しさやつらさに耐えられないほどであること。また、そのさま。
: V/ Y- a ?' ?6 v* u* t+ ^「―な叫び声をあげる」( P, S5 D5 I K4 e; c
0 H0 J' M6 o& U4 d- ^+ N# q( H/ O7 }0 k7 z) ~- `
【天声人語】2005年03月12日(土曜日)付
! k4 Y7 |: ~) Z7 l0 f樫(かし)と葦(あし)が頑丈さを競い合った。大風が吹いた時、葦は体を曲げ突風に身を任せて、根こそぎにされるのを免(まぬ)かれたが、樫は、抵抗して根っこから覆されてしまった(『イソップ寓話(ぐうわ)集』岩波文庫)。5 P( V, Z' s0 M& v* \) S1 @
$ C2 P6 G. u% z) j8 r3 F7 X; m 強い者に対しては争ったり抵抗したりすべきではないという教えがこめられているという。確かに、葦のしなやかな対応ぶりや、そのしぶとさはいい。しかし風に向かって立ち続ける樫の姿にも、捨てがたいものがある。
- a5 ^6 @& q. T5 u! x% C
! r3 k' t) H% A( F どちらが樫で、どちらが葦というのではない。吹きつけてくる大風をしのごうとして、手だてを競い合うフジテレビとライブドアの姿に、この寓話を連想した。" ^8 L- x* J4 s+ a! `
4 E( z) z) l- n 東京地裁が、ライブドアの主張を認めて、ニッポン放送が予定していた新株予約権の発行を差し止める仮処分を決定した。フジテレビは、今度は、どんな構えでしのごうとするのか。ライブドアは、インターネットという新しいメディアの勢いに仱盲拼螭胜盲皮俊%榨弗匹欹婴稀獒幛稳毡兢撕Bかれた巨大な電波メディアの一つだ。来歴も機能も異なる。
( k" v4 ]+ g$ [; \" I- k2 X! q, B" ?
8 V3 }; y7 W4 \# d- e& \" _ イソップには、狐(きつね)と豹(ひょう)が競い合う話もあった。豹が二言目には体色の多彩さを言い立てるので、狐が言った。「わたしの方がどれ程美しいことでしょう。だって、体ではなく、心が多彩なんですもの」。体の美しさより知性の装いが大事なことを説いているという。
, V3 K2 X% l: w/ M; K" z' ]7 x8 A8 F$ p9 [, m0 {
これも、どちらがどちらと言うのではない。本来、両者の競い合いは、それぞれのメディアの中身でするものではないか。それが、株の数の競い合いになっているところが残念だ。 & v, W# H, @9 I
& V \0 k" a+ a) U6 h: i9 Q# i2005年03月13日(日曜日)付
. {! F( ]1 q, {' Pさすまたは罪人を捕まえる道具である。棒の先端についたU字形の金具で首や胴を押さえ込む。刺股とも指叉とも書く。おなじみ「鬼平犯科帳」では、長谷川平蔵率いる捕り手が悪党一味を追いつめる場面に出てくる。1 m/ h L* `' l/ }% R* f" |
: _/ d. y9 [5 v& u; W' ]
このごろは学校の備品として脚光を浴びる。不審者が生徒や教師を襲う事件が続いて導入するところが増えた。警官を招いて「さすまた講習」を開いた学校も多い。2 j6 V3 A2 u/ _
5 \% |% Z1 J+ m
製造元のひとつ、東京都江戸川区の部品会社「実川製作」では毎週250本を出荷するが、注文に追いつかない。製造を始めたのは4年前、大阪府池田市で児童が殺された直後である。実川享社長(49)が大の鬼平ファンで、捕物の道具に目をつけた。試作した最初の3本はすぐ娘の通う小学校に贈った。
; w) U& U; {9 R# J8 [& a4 j7 H4 Z) U& Z$ Y& h5 b
学校で何かあるとたちまち注文が殺到する。大阪府寝屋川市の小学校で先月起きた事件では「備品のさすまたが身柄拘束に役立った」と報じられ、拍車がかかった。「納入先には幼稚園や病院も多い。何とも物騒な世の中ですね」。思わぬ需要に実川さんもとまどう。
, w+ q6 V& @2 V; | F6 G2 s2 o. u! X$ m
刑罰史に詳しい重松一義・元中央学院大教授(73)によると、さすまたは中世以来スペインなど各国で生け捕りや拷問に広く使われた。日本では実戦の武器という性格は薄い。むしろ幕府の司法権を見せつける「威圧の具」として、奉行所や関所に飾られた。! q6 d/ L+ k- k' \2 c4 F
p) t; E) r7 [2 |& k! m
「学校は安全」という神話が崩れて久しい。教育の場におよそ似つかわしくない道具だが、何か備えがないと不安な時代である。願わくは、学(まな)び舎(や)の守り神で終わりますように。
S' S* f( v' L2 `; f8 r* @5 J$ K8 v, ~# I& k
2005年03月15日(火曜日)付
- _: I1 b3 m# o; Q0 m: Y7 Vその昔、ナポレオンがロシアを攻(せ)めた時、ロシア側はモスクワをもぬけの殻にして逃げた。大火が起こり、冬将軍も迫って、ついにナポレオン軍は退却する。+ N/ |, j+ h7 g
; L% C) X! f o+ n
価値あるものを空っぽにし、迫る敵の意欲をくじく「焦土作戦」を、ニッポン放送が検討中という。主要子会社の株をフジテレビに売ってしまう構想らしい。めまぐるしい動きが続くが、ここでは、今回の攻防とは何なのかを考えてみたい。
( S# e3 {( m# V0 l" T2 F
8 o% r6 ~, b$ ^" X% e2 w n これは、「メディア(媒体)の興亡」なのか。ある時代の最大のメディアが「メディアの一つ」になってゆく。これがメディアの歴史だった。明治以後、メディアの首座を占めた新聞は、戦後のテレビの興隆で、メディアの一つとなった。
( J0 b) N( j. g6 D' `) i' \+ [& v) a
インターネットの興隆で、テレビは存在感の薄い一メディアになってゆくのか。文字、映像、電子情報という三つのメディアが絡み合う興亡の帰着は、その中身も含めた各メディアの競い方と、受け手の選択次第だろう。「メディアの興亡」をはらんではいるが、その帰趨(きすう)を決するほどの争いかどうかは、不透明だ。' M3 L5 U8 o* c
7 G5 d2 N, `) A8 v* |. Y6 A$ R2 [8 t
それでは「新旧の攻防」なのか。新世代の掲げる旗は、いつも旧世代を戸惑わせてきた。世代とは、人類の悠久の歴史の上に個々人の限りある歴史を仱护俊ⅳ窑趣蓼趣蓼辘渭瘒猡馈P约堡趣庖姢à爰却妞韦猡韦丐翁魬椁稀⑨幛樯蓼欷空撙斡肋hの権利であり宿命でもある。その意味では「新旧の攻防」だ。! j; ]- u+ {; D( I4 P
8 G# I2 h9 o3 U0 j6 a 「焦土作戦」は企業防衛の手段という。それが「焦土」にされる会社の社員や家族の防衛にもなるのかどうかが気にかかる。
: u' b! t+ R5 R- F- @
- y1 {+ p$ u0 h5 F1 g V9 f単語:
5 J5 j7 c7 V8 W/ B2 w" X1、モスクワ [Moskva]
6 P# Q2 H2 h1 ^* Yロシア連邦の首都。同国の西端部に位置する。市街はクレムリン宮殿と「赤の広場」を中心に放射状に広がる。同国最大の工業都市であり、芸術・文化・交通の中心地。鉄鋼・機械・車両・化学などの工業が発達。かつてモスクワ大公国・ソビエト連邦の首都。英語名モスコー。9 x; w9 s) Z$ j' I1 Q2 K
〔「莫斯科」とも書く〕 A. v% e3 Z) S7 H
8 i6 g) K& u: U% K4 F/ e
2、もぬけ 0 【▼蛻け/藻抜け】
/ k/ s, c- p/ I z* @ヘビやセミなどのぬけがら。
; f- M- I, @& u6 [- T「蝉の―のやうな姿ぢや/狂言・箕被」
, p4 V5 |& r( |& b$ Q/ _0 h7 S# n3 p F( t- r
3、せいきゅう ―きふ 0 【性急】
6 Q" Z2 q) w5 W1 O; C1 w& P3 S(名・形動)[文]ナリ
5 f& U' K5 i; d/ k# r) f2 D1 l3 a( n(1)気が短いこと。せっかちなこと。また、そのさま。 v* S* f' E7 y9 c; v) n2 o
「―に結論を出す」
% z5 A, x) R9 ?8 n(2)物事が急を要するさま。' f* v; u' {$ v/ X
「―なる要事の残りてありつれば/竜動鬼談(勤)」
3 Q+ M, s( Z; J8 b1 r7 q: k5 r[派生] ――さ(名)
6 D2 a' m% W/ t4 Z3 o1 h: r p: o+ ~, ?3 I
【天声人語】2005年03月16日(水曜日)付
: G9 r3 m/ T. d6 j天動説で知られるプトレマイオスは、2世紀にエジプトのアレクサンドリアで活躍した。地理学者でもあり、本人の作かどうかは不明だが、「プトレマイオスの世界図」が残されている。そこでは、はるか東方のマレー半島はクリューセー(黄金半島)と記されている(『ジパング伝説』中公新書)。
& D# u. i0 Q% T4 e6 K+ k' E. b1 D! d
マレー半島に沿うマラッカ海峡で、日本人などが仱毳骏哎堠`ト「韋駄天(いだてん)」が海伽艘uわれた。浅くて狭い海峡は、以前から海伽伪缓Δ喟kしている。暮れの大地震と大津波の後は、なりを潜めていたというが、犯行を再開したのだろうか。$ W8 [8 R+ A: ~4 ?3 [1 }
# O: @7 v- j! {5 I$ H
海峡に面した町・マラッカの丘には、日本で布教したフランシスコ・ザビエルの遺骸(いがい)が、一時安置されていたという。大佛次郎は、この丘からの町と海峡の眺めを、終戦直後に「帰郷」で書いた。4 i* B5 m2 O/ |, f1 @7 d/ q
r. m) W- p; |* R 日本人の画家に、土地の歴史を語らせている。「王朝があって、そこへポルトガル人が攻め込んで来て城を作ったのを、和蘭陀(オランダ)人が来て占領し、その後で英国が手を入れたんですね。それから今度は、日本人が来て……この後は、また、どこの国が来るんでしょうかね。樱à郅恚─韦瑜Δ诵·丹ね恋丐坤堡欷伞筡" C& m/ |( V4 E4 o3 K p% z
& x) \/ p; L9 J9 r7 Z
インドネシアとマレーシア・シンガポールを隔てるこの海の要衝は、列強の侵略が交錯する場だった。その奪い合いも終わって久しいのに、昔ながらに海伽嵝肖筏皮い搿=虿à螌澆撙韧瑯敜恕|南アジア全体の目と手で、安全の道を探ってはどうか。
$ @2 w( c& d8 _- ?+ \) I7 m @9 Y, D x
「黄金半島」の周りを、海伽郡沥巍富平黏魏!工摔筏皮瘯r代ではないだろう。9 A8 Y5 R$ f c: i+ l( O8 h
; Y! ^: l1 [- R9 O単語:/ z! c0 z% F, \1 r z6 H, [
1、ようしょう0 【要衝】 6 O4 K2 m2 m5 x% A* A
商業・交通・軍事などの点で、重要な場所。要地。 P+ g" G$ D5 K- a6 ?( a. [
「交通の―を占める」
% u# m% x" f! |: w
+ y$ Z/ I- v/ p. ?7 Q2005年03月17日(木曜日)付 $ m, l$ V: p2 w
バロン西といえば、戦前を知る世代には懐かしい名前かもしれない。本名を西竹一(たけいち)という。男爵(バロン)の家に生まれ、昭和の初め、ロサンゼルス五輪で馬術の金メダルに輝く。軍人として、満州から転じた硫黄島で戦死した。& |; z4 b5 n% J1 D$ _! O6 Y8 ~7 w
; Y. Z8 s8 z& \2 I' L- K: M* K$ y1 z 「五輪の英雄バロン西、出てきなさい。君を失うのは惜しい」。米軍が名指しで投降を呼びかけたが、西氏は抗戦を貫いた。そんな逸話が残る。後の創作とみる説もある。戦死公報によると、西氏が亡くなったのは60年前のきょう3月17日だった。
! F( @, y# M$ C* v" D
; q4 C( L0 N. @; i$ }% K: Z, G7 J ひ孫にあたる丹羽満彦君(17)は先週末、初めて硫黄島に渡った。ぅ庭骏い衰幞椁颍蔡ㄐā⑦z族ら約110人と島を巡った。日米で2万7千人もの将兵が散った島は、歩いてみると驚くほど小さかった。曽祖父(そうそふ)を描いた本は何冊も読んだが、「暗く深い塹壕(ざんごう)や血のしみこんだ浜を歩いて初めて生身の姿を実感できた」と話す。+ F7 t1 K/ d, u3 F6 D6 i
: |1 w: Y3 @5 O1 U$ [" @5 Z
満彦君が登った摺悖à工辘肖粒┥饯扦希叮澳昵啊⑷彰驻稳粽撙狸Lを展開した。山頂にはためく星条旗をとらえた写真は米国では今も名高い。士気を高める効果があるのだろう。同時多発テロ級の大難があると、遺族の集会や篤志を募るビラにあの写真がきまって登場する。6 Q$ P) }& [2 w* b8 G, T
& f3 B, O2 ] q/ U- Y3 T4 I
「硫黄島に寄せる日米の思いは対照的です」と言うのは西氏の長男、西泰徳さん(77)。満彦君の祖父である。「私たちには死を悼む島でも、米国民には勝ち得た栄光を祝う島のようです」7 S5 n q, O% t! u5 }$ V( F
* b$ H# A9 F' i* t" Q7 A 満彦君はこの秋、米国の大学に進む。平和な時代であれば曽祖父が晩年まで楽しんだはずの馬術を、自分も米国で始めたいと考えている。
5 K6 J: Y7 M" w, c7 G7 m/ P) d- d% I; y& w( H) h
単語:
6 s# }) I5 R7 T: l, z. O1、しとう 0 【死闘】 ( y6 o" L5 k- _4 p, z8 B
(名)スル
1 M' H4 y: i6 _# C7 }, u生命をかけて激しくたたかうこと。また、そのようなたたかい。
( I8 Y) x9 T& y4 p「―を繰り返す」
# N5 h. f5 `+ R2 _& s
+ C! q# }8 v4 H& J0 B' n2、はため・く 3
$ s8 @; w0 Z+ o8 t8 L7 X x(動カ五[四]) O+ J& D5 w) c i( a
〔「はた」は擬音語〕0 J( w% E# X1 T
(1)鳴り響く。響き渡る。3 h8 I* T) h0 m F$ S' q, I5 v
「雷おどろしくなり―・き/当世書生気質(逍遥)」
+ X4 t/ W' }% e" u) _(2)布・紙などが風に吹かれてひるがえる。また、はたはたと音を立てる。
" p/ H6 N; Q3 }5 i% O「風に―・く万国旗」
! u# b# T: Z- w+ P1 @) C(3)ゆらゆら動く。
9 S% U! [* w0 ^( A: B9 j6 w+ J「舌は焔のやうに―・き合ひたり/今昔 14」$ X: g; V5 W2 L3 c5 J- B
, w& f% ~ L' K
3、いた・む 2 【悼む】
2 g8 g* F- M: I0 Q(動マ五[四])
; `) o6 T' @6 ]! S6 o1 r〔「いたむ(痛・傷)」と同源〕人の死を悲しみ嘆く。 H" V( b4 i0 e# X: L5 ^# _
「親友の死を―・む」
( V! {. b% T% L
7 V" c2 h" F/ ~7 H" o0 c/ O8 ?【天声人語】2005年03月18日(金曜日)付 . k# e# G- y! W) Q; s! B3 u8 f
- V) u2 E% P% H; c3 lウォーターゲート事件をスクープしたワシントン・ポスト紙のウッドワード氏の著した『ブッシュの戦争』(日本経済新聞社)に、こんなくだりがある。「アルカイダだけでなくイラクも攻めればいい」。9・11同時多発テロの翌日の国家安全保障会議の場で、ラムズフェルド国防長官が述べたという。 n+ o: u2 ^5 N; h5 G* i
+ c& }5 }! v6 z' P; o 「この発言は、ひとりだけの意見ではなかった……ウォルフォウィッツ国防副長官も、テロリズムに対する戦争の第一ラウンドでイラクを主要攻撃目標にするという方針を唱えていた」。その副長官を、ブッシュ大統領が次の世界銀行総裁に指名するという。7 S& ]# M- z) _. w& q1 g$ T! z
% a. n& y+ V$ P/ b8 N6 {
この政権にタカ派的性格をもたらした新保守主義者(ネオコン)の代表格で、結局は見つからなかったイラクの大量破壊兵器の存在を主張していた。それなのに、イラク戦争での「論功行賞」のように国際機関のトップに据えようというのである。
! s s+ S' K( D# ^0 o9 M q& ]) S! T3 L
貧困問題で、国連のアナン事務総長の特別顧問を務めるサックス・コロンビア大教授は「大変な驚きであり、不適切な指名だ」と述べたと伝えられる。日本は世界銀行への主な資金供与国の一つだが、小泉首相はブッシュ氏との電話会談で指名を支持したという。
5 G1 u: {; @9 U% \! U2 Q
" e2 q2 F- H) L! o' { やはり電話で小泉さんがいち早く支持を表明し、その一体ぶりが鮮明になったイラク戦争の開戦から間もなく2年になる。おびただしい人の命が失われたが戦闘はやまない。米軍による「誤射」も続いた。( ~" q* x8 [2 F: m6 ]
8 B; {2 S6 x; |2 X6 D. j" P
「先制攻撃そのものが、とてつもない誤射だった」。ネオコン主導の戦争が、歴史にこう記されない保証はない。 - X: O" i' ^; `1 U% t4 J( x
' l& F a# [& A% U+ J) x+ O$ i1、スクープ 2 [scoop] 2 J( R/ s! U& E8 B. E2 C \
(名)スル
E+ o8 V9 H1 P2 y〔スコップですくいとる意〕報道関係の記者が、他の記者の知らぬうちに重大ニュースをさぐり出して報道すること。また、その記事。特種(とくだね)。
$ Q9 g: J ?) p- P「汚職事件を―する」% O* M( t' |5 |& S
8 a/ n, D$ D5 A: v: Y' [7 P0 g h
2、とてつ 0 【途▼轍】
0 g1 Z# f, {% ^5 ^
' {7 G/ y4 S& |〔「轍」はわだちの意〕すじみち。道理。/ ^5 O- E1 r) I# P+ Z& A; W
――もな・い
0 v( x0 a# t& u4 o. B8 g4 n+ _道理に合わない。とんでもない。とほうもない。9 J: W O* \. { z9 m( w
「―・く大きいスイカだ」
2 Y7 H+ S" g# Y$ T( P t+ s/ |- k) i8 T2 N* U' ]
3、ネオコンサバティブ 【neo-conservative; neoconservative】
, H! f, u) |) v2 x- z) k, A1 G〔新保守主義派の意。ネオコンとも〕9 N+ l( b) L. s! V. o }7 ]5 a
(1)1960~70 年代のアメリカ政界で,リベラル派から転向した保守派のこと。1 ]4 z% ]+ F3 D6 N2 C5 e
(2)俗に 2000 年代初頭のアメリカ政界で,一部保守派のことを,これに批判的な立場からいう語。強い軍事力を背景に,民主主義・自由主義などの世界化を志向する。/ k; _! H" k5 E+ t2 P
" C9 c0 p% S2 `8 ~8 ?2005年03月19日(土曜日)付 * q7 g) l9 ^8 C! t0 u) F# @' h
日付で記憶される出来事がある。何年か後でも、その日どこにいて何をしていたかという話になる。多くの人が3・20で記憶する地下鉄サリン事件は、明日で発生から10年になる。- z9 O/ p$ m+ U/ m# B
& y8 N" i& _/ O8 P5 p) ~2 s あの朝は、東京郊外の家をいつもより遅れて出た。前日に出張から帰り、荷解きしたものを整理していたからだ。都心の駅で外に出たところでヘリコプターが舞うのを見、新聞社に着いて事件を知った。
- i; R/ r0 |: Z" L; z
* g4 O, }/ V; [- ]) d- U いつも通りか、やや早めに出ていれば、どこかで事件に巻き込まれた可能性はある。テレビ画面に映った横たわる人は、自分だったかもしれない。都心に通う人は、そんな思いを共にしただろう。
1 f6 G9 M9 m7 g. ]' @9 B# ~+ o0 v( {+ M, H4 z/ r2 w: E, ~+ ?
翌春、元教祖の初公判があった。判決の時期について「今世紀中は無理ではないか」と社内の会議で述べた。その遠さに周りが少しどよめいたようだった。その後、教団の本拠地だった山梨県の上九一色村へ行き、サティアンと呼ばれた巨大な建屋の群れを見た。富士山のふもとに、これだけ異様なものが立ち並んでいたのに、なぜ犯行を許してしまったのかと悔やまれた。
2 t/ u% H2 Z. {3 a/ D) Y |+ O1 J" r5 \' U9 O( h, v
一昨年と昨年、元教祖の裁判を短時間だが傍聴した。黙して、時に口をもぐもぐしたり、あくびをかみころしたりしている。検察の論告も裁判官の言い渡しも傍聴席の痛切な思いも、はぐらかされているようだった。
; h$ U0 `$ M' N8 o) L9 n9 w; {" j" G$ \+ b- A c
オウムは国の中に国を造ろうとたくらんだ。標的は日本という国家だった。市民は、いわばその身代わりにされた。無差別テロの再発防止だけではなく、被害者や遺族への手厚い支えもまた、3・20が問い続ける課題だ。 : C5 K( E: ?! P- j. A
. [( Y( ^- k( Q/ H% J8 X- s
2005年03月20日(日曜日)付
K; r1 R. p& h' t7 W* {: p. hある午後、街中の食堂でカレーライスを食べていた。近い席に同じ頃座った外国の青年も、カレーライスを食べていた。青年は割りばしでご飯を少しずつつまみ、カレーに浸してゆっくりと口に撙螭扦い搿C螭韦饯肖恕ⅳ撙街猡ⅳ盲俊
( v& b: n6 q e4 ?* [: K5 ^
# F: t' A/ A6 M! ~ 「短い人生。みんな同じ。急ぎすぎて失敗するより、ゆっくり生きた方がいい」。108カ国に8万人の会員を持つスローフード協会のイタリア人会長、カルロ・ペトリーニさんが来日し、そう述べたという。
/ s1 d( A# n c: }% o" `/ v
/ m+ g0 k' V7 J ~) f3 ]% Q! T 協会は、89年にパリで、独特の味わいをもつ「スローフード宣言」を採択した。「私たちはスピードに束縛され、誰もが同じウイルスに感染している。私たちの慣習を狂わせ、家庭内にまで入り込み、『ファーストフード』を食することを強いる『ファーストライフ』というウイルスに」; x. P( Y7 G9 [: i) X0 z
. M0 l( G- f8 c$ p ペトリーニさんの『スローフード・バイブル』(日本放送出版協会)には、和食こそ日本のスローフードとある。「日本人の皆さんには、個性のない食べ物、日本人らしさを損なう食べ物に屈してほしくない」
8 N4 d3 _ N& o' g8 ], @- j
; h* x$ A* P5 z$ w ファストフードの国からは、ライス国務長官が来日し、牛肉の輸入再開を訴えた。それがアメリカの国益の追求ということだろうが、国益には一部の「集団益」になりかねない面もある。「日本の検討のプロセスは信じられないほど遅い」。こんな声もあるというが、日本側はいたずらに急ぐことなく、安全優先の「国民益」で臨んでほしい。
' }1 Q; Z/ I9 N0 U( N' z4 j F5 @8 v9 T1 ^: {
カレーライスを食べ終えてそそくさと席を立ったが、青年の皿には、まだたっぷりと残っていた。
! I$ U) `% N( U9 E* I: P7 F
+ t9 z6 J& k0 u* R: Q0 s \ x% i# J y
J v& I: a% V" o( O
2005年03月21日(月曜日)付 + j. i$ v+ N9 _- }1 R5 f
やはりこの国では、大地震はどこででも起こると考えていた方がいい。昨日の九州北部を中心とする大きな地震で、改めてその思いを強くした。震源の玄界灘では、これまでは地震活動が弱かったという。
9 v. V9 L6 [, {9 n, O
/ U o# O: @8 j( b 玄界灘を望む能古島では、作家・檀一雄が晩年を過ごした。高台には、絶筆の句〈モガリ笛 いく夜もがらせ 花ニ逢はん〉を刻んだ碑があるという。隣の志賀島からは、国宝の「漢委奴国王」の金印が出土している。
. c: o# i; Z: B2 ]7 `1 r F- A" P( _/ a b0 f1 t5 d v
こうした古代や海のロマンに彩られた島々の中で、昨日は、何軒もの家が倒壊したすさまじい被害が映し出された島もあった。震源に近く揺れが大きかったのだろう。救援を集中させたい。 d, @' Z9 u5 f5 U0 m) Q7 l y
7 d, U. G! V' d8 \& G! Y 今回の地震は、阪神大震災以来10年ぶりに百万都市を直撃した。福岡では、記録的な大惨事にこそ至らなかったようだが、現代都市の弱さを見せつけられた。窓ガラスの多くが割れた高層ビルがあった。落ちるガラスは凶器となって地上の人々を襲う。近年、大都市には全面がガラス張りのような新しいビルが増えている。在来型のビルともども、揺れに対する備えを再点検してほしい。5 m3 b) G- s4 q0 [1 ?' Q
2 `* U9 t4 B, H5 s; B8 W, V5 f1 W/ i 「死者1万3千人。避難者700万人」。先月、首都直下地震について、政府・中央防災会議が被害想定をまとめた。最悪の場合には、経済損失は国家予算をはるかに超える112兆円にもなるという。
: u, S. Z+ F( B# I3 S6 N0 i9 U* P# m" y
まずは被災地の復旧が第一だが、今回あらわになった弱点を精査し、全国で対策を進めたい。地震は、忘れていても忘れていなくても、そして、前例があってもなくても襲ってくるのだから。
( x3 ~: f$ g3 t. i( u
- k" X0 M$ D. |( {単語:
+ D9 y8 V. a3 W6 w) m1、ぜっぴつ 0 【絶筆】
6 m/ K# T1 S$ m0 E# W# L1 Y+ e% w(1)生前に最後に書いた文章や絵など。: @" w5 P4 |9 o, S
(2)書くことをやめること。筆を断つこと。
7 E8 t+ h0 _/ S' c4 F6 f m9 ]% ^, o2 z7 M6 L' ?" U9 l8 [/ [
2、ざいらい 0 1 【在来】 / }1 d& b9 S5 `, z
これまでずっとあったこと。これまでどおり。従来。
8 Q5 Q+ I* D" `4 |% S「―の方法」
0 u: W8 }4 J6 Q0 l) S9 W8 R& B% u* e; h1 z: ?8 v5 P
2005年03月22日(火曜日)付
( K0 J, G( j, Q: p- B2 l1 q 折々に小泉首相が「食生活の大切さを子供たちに教えたい」と訴えている。施政方針演説でも2年続けて、「食育」の問題を取り上げた。そう言う首相は、どんなものを食べているのだろうか。; L5 X; j8 S/ }5 N2 r: K5 a
: ?0 t& I$ S5 {# O" } 朝刊の「動静」欄から首相の晩餐(ばんさん)先を拾うと、際だった傾向が浮かび上がる。とにかくイタリア料理が多い。同じ店に中2日の間隔で通うこともある。これに中華が続く。伊・中・和の輪番が基本のようだ。韓国や中東、ロシアの料理は皆無に近い。地域の偏りが目についた。
* A" k, t' c5 Y: x( P
& d6 P! j1 D+ A. b5 ^. v: G) x 首相官邸の担当記者によると、朝と昼は純和風という。朝食はご飯にみそ汁、大根おろし、ちりめんじゃこというのが定番で、お昼はだいたいソバらしい。「ギョーザに目がない」「生野菜は大の苦手」「たくあんやキムチには目もくれない」「カツ丼のカツは全部残す」。そんな目撃証言もある。かなり好き嫌いがあるようだ。
# L" D# I6 ?9 a% B6 C0 Q$ f/ K1 @! h, u1 _: J
平安の昔、栄華を誇った藤原道長は、過食か偏食か、長く糖尿病に苦しみ、食事療法に励んだ。ヘルシー志向の家康は麦飯を好み、臣下にも粗食をすすめたそうだ。
1 g- }7 t7 y* u/ @
2 {3 F3 a) R7 i- V7 P3 j. c, U9 t3 r 戦後で言えば、食通を誇った吉田茂首相は、お気に入りの料理人を官邸に雇い入れ、美食を楽しんだ。せっかちな田中角栄氏は、カツ丼やラーメンといった手軽な品を好んだという。まさに食は人を表す。
. V5 w, L/ t0 K- Q" l4 U+ T& w
. B5 }# s7 L$ ?8 E 先月初め、首相は風邪で公務を休んだ。在任4年で病欠は初めてだ。その後も鼻水やくしゃみが止まらない。どうやら花粉症らしい。医食同源ともいう。「食育」普及のためにも、好き嫌いを見直して、どうかご自愛を。 : t- V9 H8 w1 ]
7 v$ j- x: G1 K E% Z- Z1、い 1 【▼伊】 0 F8 Q f. T7 V. t+ ~9 @
8 A$ Z$ G( T% o, M
「伊太利(イタリア)」の略。& z* M G* l; U8 W, ~
「日独―」: O* ?/ @0 K$ `0 z- [. H
2、ちりめん-じゃこ 5 【▽縮▼緬〈雑魚〉】
& [( f# S/ j5 K4 s. E8 Z: @3 n7 E7 R. p! ?
⇒ちりめんざこ(縮緬雑魚)
" u% u5 H1 g7 a. U9 K( |ちりめん-ざこ 5 【▽縮▼緬《雑魚》】
K+ P+ J9 l7 n( f' uカタクチイワシ・マイワシ・シロウオ・イカナゴなどの稚魚を煮て干した食品。ちりめんじゃこ。
: y4 k7 u8 F+ B8 r# Q2 X- |& E4 k0 E! G: T! ^# M( K. R8 h$ C
" l) D" N# ?7 o/ E) C; k2005年03月23日(水曜日)付
; H- `% o1 G2 i7 h% }少し前だが、「求む『養犬ホーム』」という投稿が東京管内などの本紙に載っていた。実家で、愛犬が病死し、子犬を飼い始めた。ところが、高齢の両親はけがをしたり、目の具合が悪くなったりした。犬の世話をできなくなったらどうしよう。そんな娘さんの心配だった。
5 A$ q6 _) s$ b& H0 y
1 b# l9 x: H7 K5 d! [* X. k 犬好きのお年寄りには身につまされる話だろう。ペットフード工業会によると、全国で飼い犬は1200万匹を超え、老人世帯は4軒に1軒ぐらいが飼っている。, \: b7 R- B$ g
% L0 ?% f2 C6 G7 \
「老いてから飼う犬という存在は、たんなるペットという以上に……世話をやいてやるべき被保護者であり、そして何よりも安心してひたすら愛することのできる対象なのであった」。そう書いたのは作家の中野孝次さんだ(『犬のいる暮し』文春文庫)。7 S/ q& M1 z6 U$ p
: D" Z. m+ v, F
中野さんはハラスという柴犬(しばいぬ)との日々を描き、ベストセラーになった。ハラスの死後、犬のいない生活に耐えられず再び飼い始める。昨夏亡くなった時、ハンナとナナという親子の柴犬がいた。% P: @1 ]) V8 B1 S% h
- V- c9 a# X# w* o! I* N6 ^
妻の秀さん(77)に電話すると、「8歳と5歳になり、2匹ともとても元気です」。今でも外で足音がすると中野さんと思って門へ駆けていく。「夫も最期まで気がかりだったでしょう。この子たちに天寿を全うさせるまで私も生きなければと思っています」$ b1 O9 f1 ?0 l( {. L' R
& u7 _$ H" V0 @2 N" u
東大教授で獣医学の林良博さんは「犬は老いても、我が身の老いを嘆いたり将来を思い煩ったりせず、現在を満足して生きる」と語る。そんな味のある相棒と共に老いを重ねたい。そう望む人は、この少子高齢の時代に減ることはない気がする。 . f# n. x, s4 R" u# u& d6 l
( Y0 c# z) _8 ^% D! w& v" g
0 P9 h, y# t+ Q2 ]4 n& O! y単語:
0 e+ {9 A _" d& ~' g- n0 V身につまされる
9 h5 b3 w% {6 X9 l他人の不幸などが我が事のように思われる。
: R7 O& C2 x" v! P e
e2 P0 i3 f" Jしばいぬ 0 【▼柴犬】
" ]% \! u- { L( ^1 E6 Z
* n# r/ ?3 t& z7 }( p. `イヌの一品種。日本原産の小型犬。小さく三角形の立った耳、アーモンド形の目を持つ。猟犬・番犬などに用いられる。天然記念物。しばけん。
8 {7 E% m* ?1 Y+ F5 e4 d8 j8 z
, l- q3 h9 [% R1 a1 a' g. t* bさいご 1 【最期】
/ D$ a4 b" |- f' J( G3 v& X5 p: b
3 t/ L/ o# f) s) O7 e+ [2 ?& X〔「ご」は呉音〕死にぎわ。臨終。末期。
6 G+ Y2 y% T) u「―をみとる」「友人の―に立ち会う」「あっぱれな―だった」
- }' g8 T# s* C* |――の一念は善悪(ぜんあく)の生(しよう)を引く
6 |- J7 F4 F4 Z: y( J/ t% ?臨終のときの心の在り方によって、来世の善悪が決まるということ。' K* w- F' v! q( W
――を遂(と)・げる
4 J7 f) i @( e死ぬ。
; i! X0 A: X% K% \: [1 w8 Z! v, L: M1 Z「壮烈な―・げる」# O5 T0 K" J: N# w7 B* F- d
& I" F8 Q$ T1 Y+ z& `! a) }, M
まっとう まつたう 【全う】 + W& [/ A8 ]" `, x2 D& a; r
. A- P. A! O# h# U5 K: ^8 Y
(副): y8 U! {) c2 o$ z# o0 }5 Q
「まったく(全)」の転。
0 d5 C# B/ Y- Z* s1 ~「母に打たれし杖に泣く涙。―杖の痛きにあらず/狂言・泣尼(三百番集本)」, [, F4 L# L1 a9 B% {7 z2 A5 c
→まっとうする
7 `5 a, w$ G7 P. |. c
, E5 E0 O$ \6 I, G0 aしょうしか 【少子化】 # N' C6 g6 @4 |: V' v# r
人口の再生産に必要な水準を下回って出生率が低下すること。高齢化を早めるとともに長期的には人口減少をもたらす。
3 v5 z5 O/ P+ a7 a x; S* y
$ S- T4 F9 i- @: h4 Vまっとう・する まつたう― 0 【全うする】
3 c2 S8 n; B* V2 L1 x- E
. S$ z6 _/ c5 ^4 b! ?* `3 J# q8 T$ L$ {7 h; a5 Z3 p1 b) `8 G
(動サ変)[文]サ変 まつたう・す
0 f; G b4 n" C〔「まったくする」の転〕完全に終わらせる。完全に成し遂げる。
1 ]! X: n2 Z- ?「天寿を―・する」「任務を―・する」「節を―・する」「終わりを―・する」$ H9 s5 U7 E# \! v; C
p0 e$ |; y9 Y: K3 S
. t: }4 L: g* H, g
てんじゅ 1 【天寿】
1 ]5 W2 Q/ A3 n! t% |/ }2 N- S天から授かった寿命。
8 k5 x& l, f0 v3 k: Y% i――を全(まつと)うする
6 e( m0 r |- L, h& F十分長生きして死ぬ。0 V. t% m) ]; t- t8 Z3 c3 M
" c$ j# M8 ^8 p0 q
, H2 {8 Y1 V& j. U; ]4 a* `% N5 L2005年03月24日(木曜日)付 1 k: R( S# [) T/ q
ローマの中心部にあるフォロロマーノには、古代ローマの都市遺跡が立ち並んでいる。そばのローマ市の庁舎も、古代のタブラリウム(記録保管所)の上に築かれていると聞いた。
( m% }- N+ l+ g( ]3 l! r7 P
b' a6 {2 s! ^! `0 f 東京の都庁舎が建て替えられる頃、ローマ市の美術館局長に「東京では、築30年ほどの庁舎を捨て、千数百億円かけて新庁舎を建てるところです」と話したことがある。答えはこうだった。「おじいさんや、そのまたおじいさんがつくったものに手をかけて暮らすのは、楽しく、よいことです」。建物がどんどん新しいものに変わる日本を、都庁舎は象徴していた。
5 D& u( C' H8 n7 u; w
9 c4 v+ e1 E5 P7 ]) k 新旧の都庁を設計した丹下健三さんが亡くなった。『丹下健三』(新建築社)を著した藤森照信さんが「昭和という時代に形を与えた人」と述べていたが、戦後の、その時々の日本を象徴する作品を残した。
0 [9 w9 P% j" i0 y4 S4 K3 U7 f. O, Q3 m6 r6 S# E; D
藤森さんが、丹下さんに尋ねた。「世界の古今の建築家の仕事をたくさん見てこられて、誰が一番と思われますか」。「……ル・コルビュジエとミケランジェロですね」! T9 F" X2 b$ B7 F) S/ x
2 S# F7 T B3 @! e( N7 h6 `2 p$ ? 近代建築の祖の一人とされるコルビュジエには、旧制広島高校時代に図書館の雑誌で出会う。衝撃を受け、建築家を志した。「装飾的なものを一切取り払いながらも、凛(りん)とした美しさを持つその設計に、私はすっかりほれ込んでしまった」(『一本の鉛筆から』日本経済新聞社)。
; o: b6 ~3 Y4 J) G4 }
: D/ V/ v( V" O Q4 Z9 }4 m! J 現代の巨大建築であっても、必ずどこかに凛とした美しさを込めようとしていたのだろうか。この時代に、それを求め続けることの途方もない難しさを、誰よりも味わっていたのかもしれない。 ) w4 v3 H0 d* s* G( V# _8 N+ [
1 o6 ^: @) W' c
単語: T1 b& b) z2 G( N
1、とりはら・う ―はらふ 4 0 【取(り)払う】 6 ~) k1 X! g! Q, w' ~& w9 x, X8 L! Q
4 k3 E% _6 z4 g7 L# B
(動ワ五[ハ四])1 c: Z, F0 o2 [) d2 ?- ^! V: t
残らず取り除く。とっぱらう。
7 [( ]4 j2 U; B/ T5 x* P0 U- }「不要になった足場を―・う」
! j2 E% l8 u* g9 p5 v" D* \[可能] とりはらえる t; q, f9 H6 I8 x Q. l6 l
! p4 P5 h6 @1 n' @) c
2、りんと 1 【▼凛と】 ; g0 G% t, t/ p6 C* \4 ?4 ~
(副)7 f" x; d( j1 f4 O
〔形容助詞「凛たり」の連用形から〕9 O0 A* D5 }: C, x+ f% x
(1)態度や姿などがりりしくひきしまっているさま。1 L" c$ z3 c2 ` D
「―した態度で会議に臨む」「―した、涼しい目元で/幇間(潤一郎)」
- ]6 e3 i h2 J(2)声や音がよく響くさま。
) j) t/ C/ E: }4 ?; ^! U「丑松の―した声が起つた/破戒(藤村)」0 O6 {' ^, r/ _/ L
(3)寒気のきびしいさま。$ V+ ~) R3 V) E2 i- [4 }
, m7 \7 o7 M2 K. l5 R: L2 l3 X0 z3 `2005年03月25日(金曜日)付 + ^4 c2 a* \ x+ v6 g9 K1 y
6 y- X8 Y+ v6 U: A; i; \
パリのエッフェル塔は、大革命からちょうど100年後の1889年に開かれた万国博覧会の際に建てられた。パリでの万博は何度もあって、1900年の博覧会では、英国留学の途上にあった夏目漱石が見物し、エッフェル塔に上った。
9 ], G0 V- z3 H' q
8 W9 y$ d% N- F 「今日ハ博覧会ヲ見物致候ガ大仕掛ニテ何ガ何ヤラ一向方角サヘ分リ兼候名高キ『エフエル』塔ノ上ニ登リテ四方ヲ見渡シ申候是ハ三百メートルノ高サニテ人間ヲ箱ニ入レテ綱條ニ(テ)ツルシ上ゲツルシ下ス仕掛ニ候」(『漱石全集』岩波書店)。
" q8 T, Y4 ?' ? ^& X0 Z1 S' m
# F# _% l% i2 H2 a: } エレベーターによって「箱入り人間」にされた、後の文豪の姿がしのばれる。それから約100年の時が流れた。各国が競い合う科学技術で生まれた品々が並んだ会場は、その時代を映す鏡だった。
) `# }$ x' _% W' S
- {2 Z) s, ]0 O) I 万博のテーマもまた、そうした鏡の一つだ。70年の大阪万博では「人類の進歩と調和」だった。月着陸の翌年で、「人類の」という言い方に、科学の進歩の誇らしげな響きがこもる。しかし科学や産業がもたらした公害は、深刻になっていた。「調和」の方には、とってつけたような感がある。
' ~6 z. J6 `+ P- e- ?* A1 i& U# l- j2 q$ F* ^# j
今日、名古屋の郊外で開幕する愛知万博のテーマは「自然の叡智(えいち)」だという。人間による「調和」の達成は無理とわかったので、今度は自然を頼りにしたいとも読める。「人間の」叡智と言わず「自然の」としたところには、「人類」が過去を省みている様が思い浮かぶ。
( {- f; k/ L4 F, c* Z$ m5 n
0 r: O( Z2 h- `( `) q 漱石は、博覧会は十日や十五日見ても大勢を知るのが関の山、とも書いている。そうだとしても、大勢の一端を知りに、でかけてみたい。 3 S3 i, X1 n; C2 i' W% J9 o
3 T. y0 R- q) Q$ L& Z% E1 B
) S; e1 X) {5 t; h. O$ t$ q; S2 m: F3 R6 ]3 Y! @) v0 v9 n! U, P F
【天声人語】2005年03月26日(土曜日)付 & t: O2 _* p5 w5 N7 _$ v
「犬と雄鳥」「襟巻と金雀児(エニシダ)」「天使」「愚者」。これらはいずれも、昔の騎士団に付けられていた名前である(『新版・西洋騎士道事典』原書房)。「白い隼の騎士団」や「美徳と隣人愛の奴隷の騎士団」もあった。騎士にとっては、馬の背こそが戦場であり、馬は、力と王権の象徴でもあったという。- C6 d" e k( u6 l
- a5 z2 O2 q7 p2 y/ r
いにしえの時代の騎士が、突然、現代日本の空から舞い降りたような様相になっている。ニッポン放送の株を巡るライブドアとフジテレビの争いに、ソフトバンク系の投資会社が参入し、「ホワイトナイト(白馬の騎士)」になぞらえられた。
^7 `& q" [+ ]* B2 w5 P% G( H8 I; S) h: |) _
敵対的な買収を仕掛けられた時に、防衛のための「援軍」になる企業を、そう呼んでいるという。しかし、その「援軍」が生殺与奪の権を握るとしたら、後に災いを招く「トロイの木馬」になる可能性も指摘されている。
4 W* V& A# V9 Q; S+ Z1 t# b$ g' Y% w% w5 i/ F& |* P
ニッポン放送から投資会社に貸し出されるフジテレビの株は「クラウンジュエル(王冠の宝石)」と形容された。電子の回線を張り巡らせた21世紀の市場での厳しい攻防に、馬にまたがった古い騎士と宝冠の物語が絡み合う不思議な取り合わせになっている。
3 U; l8 @5 x5 B( ? I& T: W( q i% a( N, |/ t7 M4 s
白馬の騎士では、聖書の「ヨハネの黙示録」が思い浮かぶ。「小羊が七つの封印の一つを開いた……見よ、白い馬が現れた。それに仱盲皮い胝撙稀⒐虺证盲皮い俊1摔瞎冥蛴毪à椁臁倮紊悉摔丹椁藙倮虻盲瑜Δ趣筏瞥訾菩肖盲俊梗ü餐U)。
: d5 l2 K/ n, |: w: P$ q& ^+ G0 E6 e" ]: s( M, j* t9 C
現代の冠と白馬の騎士とは、どこに、どう帰着するのだろうか。「メディアの騎士団」同士の戦いだ。3 D9 Y" h" X) h* }
2 S1 e. _# ]2 E% Z
【天声人語】2005年03月27日(日曜日)付 6 {) z+ f, O% n2 x
長寿に恵まれると、若いときの仕事に歴史がどんな審判を下すかを知ることができる。プラスの評価を得る者は幸いだ。今月17日に101歳で亡くなった元米国務省高官のジョージ・ケナン氏は、そんな一人である。
. Q+ r; x$ ?) J$ P' \1 h K# A6 Q4 Y: B
第二次大戦後、冷戦初期の動乱期に活躍したケナン氏は、辛抱強い外交でソ連の膨張的傾向をチェックすれば、内部矛盾から崩壊すると予言、「封じ込め」を立案した。日本に対する占領政策を緩やかなものにして、経済復興を重視する路線に転換させた。
9 s( \& x. R' i5 } ?( |( X7 A M' `( t
ソ連の崩壊と日本の経済大国化を、彼は自分の目で見届けることができた。ただし、米外交の過剰な道徳主義や軍事手段の過大評価を戒める提言は、ワシントンでは理解されず、53年に退任に追い込まれた。プリンストン高等研究所に移り、著作を通じてベトナム戦争を批判するなど米外交に影響を与え続けた。$ y" N* |1 L, l2 t; O
6 g& F/ C ~# P) @0 F7 O ケナン氏と言えば、思い出すことがある。同時多発テロ直後、アーミテージ国務副長官に米外交への長期的な影響をたずねたところ、「国務省には、20年先を考える部局がある。政策企画室だ」と胸をはった。
& a% s6 [6 B4 v* p
+ d1 q& x* u9 G$ N Z+ N4 W6 A% ] この政策企画室こそ、若きケナン氏が初代室長を務め、米外交の青写真を描いた部局だった。しかし、米国は、国際社会の合意を待たずにイラク戦争に突入、いまだにイラクの民主化の確たる見通しはない。# f$ |3 q2 S0 G2 ^* H7 n& u
. R+ r& n- K# P: s ]0 n x
国務省の彼の後輩たちは何をしていたのだろう。「私たちは自国についてバランスのとれた見方をすべきだ。自分で思うほど世界を変えることはできない」。ケナン氏が残した言葉である。 # I& ^+ U8 C: Z
6 w8 O9 E& Q% c0 S8 W b9 u
1 y7 ^! ^* { p9 K# a+ j4 p【天声人語】2005年03月28日(月曜日)付 4 z% Q" T% \0 M6 T, `5 ], G0 N
今年ほどマスク着用率の高い年があっただろうか。花粉症の患者を泣かせる快晴で強風の日に、通勤電車の中で数えると、伩亭韦钉盲龋慈摔耍比摔扭堡皮い俊1 Y: l) o0 a( `; H# C) X3 U
+ ^ k+ f; ]4 @+ l" b; t# [2 Q! [ 外国にも花粉症はある。だがアジア諸国を除けば、春先にマスク姿が街にあふれる国は多くない。米ワシントンで働く日本人男性は「こちらではマスクで街を歩く人はついぞ見ない」と言う。米国では大半の薬局がマスクを扱わない。花粉症に悩む同僚の米国人にマスクを薦めたが、「重い伝染病の患者みたい」と嫌がられたという。/ c9 G9 w( A2 [
3 Q! r- A! j& h- D8 e, {( P 「マスクまでして出勤しない。この国ではせきやくしゃみが止まらない日は休む」。ドイツ在住の日本人男性も言う。ロンドンやパリでもマスク姿を大勢見かけることはないそうだ。
" u& c7 }; [2 X+ E% ]9 U5 [2 F H1 s) P6 ^- A# } r( o4 j# ~
そのぶん欧米では、日本のマスクの季節が格好のニュースになる。歩道を行くマスクの群れを描写して米紙は「手術室に向かう外科医の集団かと思った」と伝えた。豪紙は数年前、「政府に抗議する有権者の一斉行動みたい」と報じた。大げさな書きぶりだが、よほど珍しいのだろう。
, U2 V9 g1 `, R1 [, M) F2 w( L% M4 W/ N& y; B
創業明治29年の衛生用品大手「白十字」によると、日本でマスクが普及したのは、スペインかぜが猛威をふるった大正半ば。それまでは工場労働者の粉じんよけだった。かつては口もとを覆う横長型が多かったが、いまは鼻からあごまですっぽり隠すカラス天狗(てんぐ)型が主流だ。
5 y( z* {: J9 _; t7 x* l1 ~5 G8 V
# ]. o4 R) L5 z 欧米でも近年は、テレビや新聞が「花粉予想」を伝える。専門家が「症状緩和にはマスクが効果的」と薦めてはいるが、普及の兆しはまだないようだ。
3 V, y1 U: d$ q- w0 z( |- `& k w* L, G8 \4 v; I/ |% l& T- S* m4 Z
2005年03月29日(火曜日)付
( S% ]; N8 b% d% Q1 P' a最近の言葉から。「島が壊れた。泣きたいよ」。福岡沖地震で多くの民家が崩れた玄界島で、漁協役員がもらした。漁期のさなかに事実上の全島避難が続き、漁業の島が呻吟(しんぎん)している。2 H- c; R" V- c2 g5 r4 }
6 a9 r- }# V( U! \ 地下鉄サリン事件から10年たった。「私
0 X2 m! O+ `! bたち被害者はずっと置いてきぼりのまま、時間が止まっています」。出勤途中に事件に遭い、今も後遺症に苦しむ女性は、国による救済の乏しさを訴える。
2 h9 h; [/ o* ^! i8 q* o* P
U) e2 J# E+ T8 L3 \+ q 60年前の東京大空襲を、作家の早乙女勝元さんは12歳で経験した。皇居の安否には言及しながら、市民の被害を「其(そ)ノ他」で片付けた大本営発表にこだわる。「『死は鴻毛(こうもう)よりも軽しと覚悟せよ』とは、軍人勅諭の一節だが、民草と呼ばれた国民の命は、鳥の羽よりも軽かったのである」$ o6 G) n4 C. o) v9 E; Z5 ?) J% t
3 ]; p1 \" I3 |& Z
ハンセン病問題の検証会議が、隔離の実態を最終報告書にまとめた。「真理子よ そのお前は標本室にはいないのです 真理子よ 今どこにいるのです」。元患者で盲目の詩人、桜井哲夫さんは、堕胎手術で失った娘に詩で呼びかける。標本までもが、ひそかに処分されていた。2 F5 \2 ~ E6 A/ X
. v/ H1 r& U/ ~: Z 「日本橋の上に高速道路なんぞ通したのは、どこのどいつだって、今だって思ってる」と話す写真家、富山治夫さん(70)は、東京・神田生まれ。江戸っ子の反骨が、ライフワークの社会戯評「現代語感」を支えた。
0 L; q8 b2 z+ F3 m- n+ J ]4 F3 X: s* O- L0 G3 p& i( q" U
『悲しき熱帯』で知られる文化人類学者のクロード・レヴィ=ストロースさん(96)が久々に仏メディアに登場した。今後の予定を問われて言った。「そんなこと、聞くもんじゃないよ。私はもう現代社会の一員ではないのだから」
Z3 v9 j$ |( [% I# A5 `7 v; g
: J5 \3 ^/ |0 U( Y3 N単語:
; W5 S7 C5 n. t' N [+ L. q1、たみくさ 2 【民草】 /人民。
6 t/ i, g) _% I6 W+ ]1 R民の増えるさまを草にたとえた語。あおひとぐさ。民の草葉。たみぐさ。# X8 b1 i# ? B/ S+ @; w0 @
3 \8 R& u* g# b% t4 m' h' `9 B民草の声をきく/倾听人民的声音。; S$ m6 B* _& `* o
/ x' U' K- Z5 O9 X: S
2、はんこつ 0 【反骨/▼叛骨】 Q2 k8 f% I# N. x6 I
不当な権力や世俗的風習に反抗する気概。2 I% x" ~3 N# Q8 _2 y
「―精神」「―の士」
0 C0 X4 b3 u2 s9 V4 I5 Y* o; t
/ S% U0 h3 l$ S& g3、えどっこ 0 【江戸っ子/江戸っ▽児】 $ c9 K$ q% \- {
: i* m! j, V2 @5 A! A
(1)江戸で生まれ、江戸で育った人。東京生まれの人にもいう。江戸者。7 H1 u* D) N3 o: f' w7 K- u: j$ u
「ちゃきちゃきの―」
# G1 R, o# V0 o. ^(2)江戸特有の言葉。江戸弁。東京弁にもいう。) m: x8 ?5 n, s3 d7 N9 U6 `: e
「わざと―を使つた叔父は/明暗(漱石)」* Z: e. v! l6 J5 b6 t
――は五月(さつき)の鯉(こい)の吹き流し
: G- K( e. j6 H% D' P; B江戸っ子は言葉づかいは荒いが、腹に何もなく気持ちはさっぱりしているということ。また、江戸っ子は口先ばかりで内容がないという意にもいう。6 r* O9 d, _, t8 v( v# j% W
――は宵越(よいご)しの銭(ぜに)は持たぬ 2 M4 }; K; q' i% U* M- M* o. o
江戸っ子の金ばなれのよいことを誇らしくいう言葉。
5 g0 S2 B9 ^+ I# W$ ]' d6 c( e/ {3 h7 O
【天声人語】2005年03月30日(水曜日)付
" b* v( m' w1 Fイスラム圏では遺体は土葬される。来世での再生を信じる教えからか、火葬にはしない。遺体は浄(きよ)められ、生成りの布で覆われ、棺(ひつぎ)に納められる。
- T+ b2 H5 C; n* N& r: Z
c+ N" k! S7 {6 Q- Y6 G( Z& x 地震や津波で亡くなった場合は作法が異なる。死の際の着衣のまま、傷や血の跡も消さないで葬られる。むごいようだが、イスラムの世界では、天災の犠牲者は特別な意味を持つという。
, ^! j5 V m4 K8 A9 j7 [; G病気や老衰(ろうすい)でなく、天変地異(てんんぺんちい)で亡くなると、幼児でも老人でも殉教者として扱われる。たとえば聖戦ジハードで命を落とした殉教者と高貴さにおいて同列で、そのままでも十分に清らかだという。) m$ N* ]+ r2 s, o3 k. l
! H0 j: @( G3 T 以上の知識は先月初め、インドネシアのスマトラ島で取材したときに教わった。訪れたアチェでは、村々にまだ死臭が漂い、毎日数百もの遺体が掘り出されていた。ぅ荪甏巳毪欷椁欷亢。à啶恚─⒌坤肖郡朔eまれていたのを覚えている。3 ~' ^4 T0 [3 \9 y& D. i, m4 ]
6 t3 a2 m2 _# w- @1 F 津波の襲来から3カ月しかたっていないスマトラ島を再び大地震が襲った。「ゆうべはだれもが津波の幻に取りつかれた。家族みんなで最上階の部屋に移って夜を明かした」。地元の大学教授ユスダル・ザカリアさん(46)は電話口で話した。市街地では、高台へ逃げる車やバイクの衝突事故が未明まで続いたという。* J# I5 x% p7 l3 g8 h/ R
- w9 ~! |, n4 e+ q
あれほどの大地震の後だから、もう心配はない。そう楽観していた人が少なくなかったはずだ。津波による遺体の回収もまだ終わっていなかった。被災地の人々はいま、無力感に沈んでいることだろう。キリスト教徒もいるが、イスラム教徒の多い地域では、新たな「殉難者」たちを送る葬礼が本格化していく。
1 v5 y. q3 X) f j X
3 x t% K0 U: ^! e+ z. T% C2005年03月31日(木曜日)付 0 ]; Q, x" h* ?4 ^8 @
スマトラ島沖の地震では、住民が各地でパニックに陥ったと報じられた。地震後、津波を恐れた人たちが焦って高台を目指し混乱したという。
+ ]" E* P9 J1 K. W. i1 S; f9 V
- n* |; C( L& s パニックは、時には群肖摔瑜雸R死などの惨害をもたらす。しかし、人々のパニックへの傾きを、単純に「不合理な行動」とは言えない。2 Y# C. {; K+ C- [
( ~' X8 r& u+ S9 v7 A; @2 d8 z q
冷戦の頃、戦域核兵器の配備がとりざたされていたオランダで、住民がパニックに陥ったという。きっかけは、空軍基地に原爆が投下された場合を想定したラジオ番組だった。「いつか核攻撃があるかもしれない」という現実の不安と、仮定の世界のラジオ番組とが重なってしまったのだが、人々が混乱するのはむしろ自然で、無理からぬものだったと思う。
) z3 r$ o2 ^% V( S( [- }4 ], K% Z
スマトラの場合も、大津波襲来への不安はかなり大きかっただろう。地震の起き方によっては、それも十分ありえたのだから、ひたすら海から逃げようとしたのは理にかなっている。問題は、正確な情報の速やかな伝達と、住民への的確な指示があったかどうかだ。
7 p `. E" e4 G
) H6 D! B! ^- `5 k Q3 N+ W 今回は、気象庁が素早く各国へ津波情報を発し、大津波の時の苦い経験が、情報の支援では生きた。しかしインドネシアなどでは、警報の発令と伝達や住民への指示に問題があったようだ。
3 }* q6 M0 a2 x0 q* \0 L6 u% ^3 b: J$ v& u* P$ s- R) V9 o
約700年前にスマトラに上陸したマルコ・ポーロが『東方見聞録』(東洋文庫)に記す。「皆さんをびっくりさせるに違いない異常な事態がある……この土地がはるか南方に位しているため、北極星も北斗七星も共に見えない」。はるか赤道直下の島々へ、情報だけでなく支援も厚く届けたい。 9 g! W& N1 l- K! S3 O
+ z5 y" K m% E# s }9 b' d
: V, i k6 u+ j
とりざた【取り沙汰】/谈论,议论。, }5 R) @ |- b
8 `2 B2 r7 {, N7 f2005年04月01日(金曜日)付 2 O3 q& D% |- [7 u! Y9 P4 l9 C
5 I" O |! j! Z% D
小枝の先に、ほんのり白いものが見えた。濃い紅のつぼみがほどけて生まれたばかりの、ひとひらの桜だった。- ]" ^4 r1 [' m+ d: q
& v3 X% y( q* a$ _2 K+ K 開花した範囲を示す曲線が日ごとに広がるこの時節に、新しい年度は始まる。今日からは、これまでとは違った土地や職場、学校で生活を始める人たちも多い。列島の各地で、様々な期待や希望、そして不安が行き交っている。 e- I' \5 \8 D! |. D1 W: ]
/ S: h8 H, b2 u8 n9 Z7 m2 O
「枕草子」に「あたらしうまゐりたる人々」というくだりがある。今日は、多くの「新しう参りたる人々」にとっても、それを受け入れる側の人にとっても、記憶に残る一日になるだろう。
: a. W) h" f) i# z1 d7 d* C' j: @4 m: Z; E8 e" I7 V
毎年4月1日ごろ、作家・山口瞳さんの文章が広告の形で新聞に載った時期がある。新社会人への、はなむけの言葉がつづられていた。当方は、すでに旧人の部類だったが、夜の止まり木で先輩に語りかけられているような懐かしさを覚えることがあった。/ L" k1 }8 R* U5 \$ Y: z0 E, A% X1 ^
' v5 @) L' ~1 K' h+ r8 z
「踏み込め、踏み込め! 失敗を怖れるな!」「此の世は積み重ねであるに過ぎない」「諸君! この人生、大変なんだ」「会社勤めで何がものを言うのかと問われるとき、僕は、いま、少しも逡巡することなく『それは找猡扦埂护却黏à皮い搿筡
* p c2 U& I3 V& U! v" D& [# J
9 I' w# o3 k1 ` これは、新人に向けた形をとってはいるが、勤め人全体への励ましとも読める。新しい年度の初めごとに、山口さんは自らの時間を巻き戻し、自省しながら世の「江分利満氏」を励ましていたように思われる。それが旧人の胸にも響いた。95年春は「一に忍耐、二に我慢、三四がなくて五に辛抱」。その夏に、山口さんは亡くなった。今年で10年になる。 * I) I# m- ]& ?* ]: ]* K; b
6 J; ^" U4 w c5 _単語注解:
5 q- {4 A5 L+ `8 o) e7 }1、はなむけ 0 【▼餞/▼贐】
/ W: q6 J" k2 M- W2 l5 i8 O( z5 O, k& r I2 A5 T- \) X9 V
〔「馬の鼻向け」の略〕旅立ちや門出に際して、激励や祝いの気持ちを込めて、金品・詩歌・挨拶(あいさつ)の言葉などを贈ること。また、その金品や詩歌など。3 v& n. \, i1 j* {* _. d
「卒業生に―の言葉を贈る」
1 c6 K2 ^5 M' ^- d: v
^' e2 T, ~8 ?( a/ ]+ C2、とうほう たうはう 1 【当方】
; w+ l! ?9 t1 \* Wこちら。自分の方。
0 p* o, q2 M+ v! B, @, H6 z+ _! y⇔先方6 \7 A( n, e/ `
「―に異存はありません」- r' j4 I, x4 o1 n5 O, [$ n
5 T/ v0 z: D+ `% L: ^6 B) U( {いぞん【異存】//异议、反对意见。
5 @! |1 Q g8 Q {) z/ C5 c/ F' c/ f& G, B/ E
3、せんぽう ―ぱう 0 【先方】 & |3 v9 Y: _, v- n4 C+ g P6 w) R
/ U6 u( F, \7 O0 J! V4 N, C, I
(1)相手の人。相手方。+ c: f4 I2 O( ~& E' n
⇔当方
/ X" p8 k( B' J/ E- \0 R「―の意向」
4 D" q0 j( B, G" ~: t(2)先のほう。むこう。6 \% \/ @6 r( H: U5 H% D
; I4 B5 M1 Q7 Q; }8 [ q* ~
2005年04月02日(土曜日)付 9 Z1 y% ^/ g# H& I5 `1 `; ~, i+ T
「私の生涯は波瀾に富んだ幸福な一生であった。それはさながら一編の美しい物語(メルヘン)である」。アンデルセンは、自伝『わが生涯の物語』(岩波文庫)を、こう書き出している。ちょうど200年前の1805年4月2日に、その生涯は始まった。" R2 ^* D: L; U v
0 y+ u5 o3 P0 \% D7 X7 h$ h" u
「みにくいアヒルの子」「人魚姫」「マッチ売りの少女」「絵のない絵本」。世界中の子どもだけではなく、大人になってしまった子どもの心にも生き続ける物語を数多く残した。
. W1 ~* n# E0 }+ w8 ^2 S# r
0 _4 r. a5 F' ?5 j 貧しい少年時代に始まり、童話作家として広く世に認められるまで、確かに「波瀾に富んだ」道を歩んだ。しかし「幸福な一生」と「美しい物語」には、すぐにはうなずけない思いがある。
! R; i- o/ A t! C) }$ `9 _* b6 J' b* |
アンデルセンの作品が持ち続けてきた大きな魅力の底の方には、深い孤独が感じられる。生家には複雑な人間関係があり、俳優への夢は挫折する。みにくいアヒルの子や、マッチを売る少女の際だった孤立感が、幼い頃の作者と重なって見える。9 [6 o- c' r) a [4 p) `
& F( D: y% k) P5 l
彼は、繰り返し外国への旅に出た。帰る時に「デンマークを思うと、私を待ちかまえている悪意に身の毛もよだつ思いだった」と記す。異国での孤独感は旅の味わいを深め、故国での孤独は心の傷を深めたのだろうか。+ i: g- g2 Z. E
7 V8 V& T A5 H5 _
しかし、その深い孤独感は、たぐいまれな叙情の才と出会う。双方が絡み合ってつむぎだされたのが、読み捨てることのできない恐ろしさを備えた「美しい物語」ではなかったか。その幸撙食龌幛い葐婴撙趣颉感腋¥室簧工群簸螭坤韦猡筏欷胜ぁH松斯露坤斡挨膜晏恧ο蓼辍⒄iまれ続けてゆくだろう。
! H+ k- \: a' Z: S; ~
: t7 }( Z& k3 \5 L M- G単語:4 a" O* b5 c7 R9 c
1、せいか 1 【生家】 ( m6 n5 \7 C1 s
(1)その人の生まれた家。
4 n4 p& p0 k7 U( A+ @# l% @「鴎外の―」
5 t5 j; _: U$ w: P+ k S: D/ s(2)実家。さと。1 z) w: m2 b1 f6 O8 y
2、たぐい【類】& ?: w7 J) v4 T$ ^8 Y
(1)〔おなじ種類〕
+ `% h4 Z# Z2 ?# i6 d9 R! {¶この類には関心がない/斤宸匯窃音購伉.
* N- a: R# ?5 P- T' C8 h: z4 d+ r3 H3 Y; y. A$ e, a
(2)〔並ぶもの〕匹敌.% L# n& d R8 {
¶世に類がない名器/稀世珍宝
9 d" g3 n8 S8 N+ c¶彼女は類まれな才能をもっている/她具有罕见的才能。
, d; G: |9 q! z1 P/ A% k6 u) u5 O ?" Y& c
2005年04月03日(日曜日)付 5 q& Q: I1 {' u- l1 v% g9 T
新球団・楽天イーグルスの試合をきのう、本拠地の仙台で見た。新装の球場ではトランペットなど鳴り物を使った応援は禁止である。そのぶんバットの音が客席まで心地よく響いた。
' T9 j' M" M( @2 d& \6 S- {0 [& Q9 o# `" [
王者西武を相手に楽天が快勝した。産業界の浮き沈みを思わせるような試合展開だった。銀行を辞めてネット事業にこぎ出した起業家が、先代の遺訓にしがみつく鉄道王を倒す。新と旧の対決に場内がわいた。5 ?* d( p8 m% N9 K" g1 D6 X: @" k
0 [ r' _+ C4 D8 Z 職業野球が生まれた昭和の初め、大半の球団が新聞社か鉄道会社を母体にしていた。戦後は映画や自動車などの業種が仱瓿訾埂G懽婴滹嬃悉司Aき、金融や民放も参入した。その間に不動産やスーパーなどが退場した。
/ c. D( |) j5 }$ @
5 [( T& P% G' Q" ?9 s0 N 米国時間の3日には、大リーグも開幕する。あちらの球団は、オーナーがめまぐるしく代わる。かつては、銀行家やビール王など野球好きの富豪が球団を買った。それが次々、ディズニーなど有名企業の手に渡った。近年は、球団を債権のように扱う投資家たちが買収戦に忙しい。ひいきチームの所有者がだれか、長年のファンでも混乱する。9 V' B! s( l ?2 n O' U1 M
6 y5 l3 K* j0 j3 T4 i7 V; M
お隣の韓国でもきのう、プロ野球が幕を開けた。昨年は兵役逃れの不正で大揺れだった。中南米や台湾などでもプロ野球は盛んだが、ジャイアンツやタイガース、イーグルスといった球団名は世界各地にある。名前を決める際、本場の米国流にならうところが多いのだろう。
8 G( l5 B, s* x0 W# H8 x( f2 F3 ~0 h* h, ]9 Q! O
プロ球団が仙台を拠点にするのは28年ぶりだという。産業の栄枯盛衰は世のならいだが、景気や株価に左右されず、この地にしっかりと根をおろしてくれたらと願う。
7 F3 \6 N! @& T K: |! \0 i
' }, ]; l4 c; K* i) }: g0 n
+ U1 X5 W2 `! s2005年04月04日(月曜日)付 9 t9 a% H) V" k4 G# b4 u; J4 Z
ポーランドの古都クラクフは、中世の町並みを今もなお色濃く残している。後にローマ法王ヨハネ・パウロ2世となるカロル・ボイチワは、クラクフ郊外の町バドビツェで生まれた。
- J7 H3 h9 X% \. m6 {& S J4 P& l
; @7 w3 t( [( E: U( }- h 近くには、後に強制収容所がつくられたアウシュビッツがある。数年前、クラクフを流れるビスワ川のほとりに立って、三つの町の位置関係と法王の人生に、呙膜胜膜胜辘蚋肖袱俊4 j& J! ]0 u4 R; D% Y) r2 o
( h$ {8 r7 t( t3 Q `- L6 f
ナチス・ドイツがポーランドに侵攻して第二次世界大戦が始まった時、カロルは哲学科の学生だった。独軍によって大学は閉鎖される。ドイツで強制労働をさせられる国外追放を避けるため、クラクフ郊外の石切り場で働いた。0 i7 o# D0 A2 ?$ z& r, y* {
0 s0 L) a0 {0 o6 @, I" ]* z
「聞いてごらん。ハンマーが規則正しく石を打つ音を……ある想いが私の内で育って行く。仕事の真の価値は、人間の内面にあるのではないだろうかと」。自作の詩について、法王は後年、「当時の異常な体験がなかなか適切に表現されている」と自伝『怒涛に立つ』(エンデルレ書店)で述べている。
' t' m. L* x! F: ]0 l1 @. g
2 V k# X7 ?# P, N$ y& C やがて地下活動で神学を学び、司祭になり、クラクフ大司教を務めた。法王としては、故国で民主化を求める「連帯」を励まし、教会が封印してきたことを謝罪し、イラク戦争に反対した。歴史と平和についての明確な発言と行動が際だっていた。, H" M) V" |0 o T
: Y4 h! [( x, I; Z, ?- {" `# J
10年前、バチカンで法王と握手する機会があった。若き日にハンマーを握ったかもしれない手には、厚みがあった。「戦争は人間のしわざです。戦争は死そのものです」。81年に広島で発した言葉が、その手から伝わってくるようだった。
! v& q* {; Q) c5 f4 R4 o7 [
& `2 ^: }+ o5 x$ p4 N# u; \( R単語注釈:, B. \& v# X4 X
1、しさい 1 0 【司祭】 /牧师。. C) Q, B8 } k, x7 I& S, g
! r: S& o8 v, a* {! W K5 q6 o+ V; H& F〔priest〕キリスト教の聖職位の一。ローマ-カトリック教会では司教の下位。ハリストス教会・聖公会では主教の下位。サクラメント(聖礼典)を執り行う。
( {& z/ i8 R6 ?) p
9 w W9 E: p7 S1 t& J2、れんたい 0 【連帯】 / z' ^5 S: k, i* p! _7 I
# u& \0 \2 h7 r8 {
(名)スル
3 ?% P* @' V" ~5 I0 u) e3 G! l(1)お互いが、結びついていること。気分が一つになっていること。
+ r9 h) L' v- b' L「―感」
1 r6 }' B s6 m3 S(2)二人以上の者が共同で責任をとること。) T3 g2 q. a6 A+ B
「―して債務を負う」
& _; ^' i6 q6 D! e) F/ N/ l3、ほうおう ほふわう 3 【法王】 ( ]" ~' _: ^- V' u# H% R- n
(1)仏法の王、すなわち釈迦のこと。法皇。
5 M5 P, w, P v7 V7 R" @& c(2)766年、称徳天皇が僧道鏡のために作り与えた官職。法皇。
+ m" y) l/ _$ {9 v/ x(3)「法皇(1)」に同じ。1 ~# s0 G9 I5 v0 {) J( k
(4)「教皇(きようこう)」に同じ。
# B5 B. ?, Q8 m' d# b# E4 U' ?% Q" w
r: Y' _- d1 e3 z2005年04月06日(水曜日)付 + W: f* `( j. z1 l: a! n4 v& C/ A
「政治は国民のもの」。55年の自由民主党の結党大会で採択された「立党宣言」は、この言葉で始まっている。後に中曽根総裁のもとで編まれた『自由民主党党史』は、この一句を、リンカーン米大統領の「人民の人民による人民のための政治」を一語に集約したものと記した。
# w( h; G- k( K' H7 a, c) N h$ Z
この党が、一貫して「政治は国民のもの」としてきたかとの問いには、大きな疑問符を付けざるを得ない。長期政権特有の金や権力の奪い合いも多かった。しかし国政選挙での結果は、この党に政権のほとんどを委ねてきた。( S+ O! m" S, \& `1 s( K
2 E/ I. `1 e+ ]7 n) E
結党50周年を機に憲法改正をめざす作業で、「新憲法」の「要綱」がまとまった。とはいえ、「自衛軍の保持」や「国防の責務」など、国民の意識との隔たりが大きそうな点は多い。1 [+ {5 K, |+ U2 e
% G1 c( k& X0 i2 o9 u
改憲推進の中心に居る中曽根さんは昨年、自ら「中曽根版・戦後昭和史」だという『自省録』(新潮社)を出版した。「『政治というものは、なるべく手を出さないで事態を見ているのがいい』、つまり『無為の政治がいい政治』という誤った民主主義政治の理解が、政治家の中にさえあります」
. M" S$ t& L/ d# i: o2 |( K8 f& v/ z7 `* n& c. T o% a. B d
「或ることをなしたために不正である場合のみならず、或ることをなさないために不正である場合も少くない」。こちらは、古代ローマ皇帝マルクス・アウレリウスの『自省録』(岩波文庫)だが、なすか否かはいつの世も難しい。
' q+ b0 B- y6 K4 J% e$ ^
- m6 f$ l& a3 s* r. j/ O 中曽根さんの本の副題は「歴史法廷の被告として」。強い意志と自負を感じるが、あの「政治は国民のもの」の理念からは、それないのか。未来の歴史を左右する重い作業だ。 . D% _& U# ]' T2 d% U8 y
0 o8 v$ H4 J& o8 R6 t6 u
【天声人語】2005年04月07日(木曜日)付 7 V* Z* @% ?! |0 _+ |* `9 f: R
戦艦大和が沖縄へ向けて出撃する日、吉田満少尉は遺書をしたためた。「私ノモノハスベテ処分シテ下サイ 皆様マスマスオ元気デ、ドコマデモ生キ抜イテ下サイ」
. B: q6 _7 u9 L+ f+ m6 E' D/ D' M& M$ ~' }
その翌日、1945年、昭和20年4月7日、大和は九州沖で米軍機の猛襲を受け沈没した。世界の列強と競って建造した軍艦の象徴だった巨艦の最期は、軍国・日本の敗北をも象徴していた。
+ N0 D' z/ Q& j
, o8 a% N$ Y( ~ I2 K- N 奇跡的に生き残った吉田氏が、終戦直後にてんまつを記した『戦艦大和ノ最期』は、時を超えて読み継がれてきた。大学を出たての青年の記述は、今も鮮烈だ。5 t6 ^8 \7 X$ ?! @2 p# |+ h3 Z
9 \ A- b3 B7 S) L
「時ニ『大和』ノ傾斜、九十度ニナンナントス……アナヤ覆ラントシテ赤腹ヲアラハシ……火ノ巨柱ヲ暗天マ深ク突キ上ゲ……全艦ノ細片コトゴトク舞ヒ散ル」。漂流中、一本の縄ばしごをつかみ助け上げられた。
/ T# {* ~7 f5 }4 u3 K) k8 s* D+ ]% g; Z$ @& R
漂流者で満杯の救助艇では、こんなこともあったという。「船ベリニカカル手ハイヨイヨ多ク、ソノ力激シク……ココニ艇指揮オヨビ伣M下士官、用意ノ日本刀ノ鞘(さや)ヲ払ヒ、犇(ひし)メク腕ヲ、手首ヨリバツサ、……敢ヘナクノケゾツテ堕チユク、ソノ顔、ソノ眼光、瞼ヨリ終生消エ難カラン」4 Q4 k; e) {/ J+ G
% T1 U/ c! _5 c5 e6 K
吉田氏は戦後日本銀行に入り、支店長や監事を務めた。『吉田満著作集』の年譜を見る。詳細な記述の中で、あの4月はこう記されている。「沖縄特攻作戦に参加。生還」。参加と生還の間に一文字もない。しかしその字間に、どれほどおびただしい修羅があったことか。大和の最期に限らず、あらゆる戦場で命を奪われ、また命を削られた人たちの慟哭(どうこく)を思った。
3 J- y: i* ^+ A! C3 t8 f( C% I3 x9 `+ I4 @& u2 n
単語:
& E$ c/ Y' }2 a* I0 i5 ~* {6 I1、しゅら 1 【修羅】 5 [. r/ B) U z% v# k& w% O7 u
" m5 u' \! Z: o' g# F7 C[一]〔仏〕「阿修羅(あしゆら)」の略。: w" G _/ w6 Y2 Q, M5 I6 ~4 U
[二]
2 R Z, M. {; T# K3 Z' n; \(1)〔仏〕「修羅道(しゆらどう)」の略。$ E9 |) }6 P. x. f3 s2 {! g
(2)激しい戦闘。闘争。争い。
/ N1 d( X2 b* [$ m# k「―の巷(ちまた)」. H5 Z' _) M6 M4 G; g" H
(3)大石・大木などを甙幛工胲嚒P蘖_車(ぐるま)。, R7 y/ f3 d/ e7 N, S! F0 {8 d
(4)滑道の一。丸太を縦に並べて半円形の溝を作り、その中を滑らせる木材甙幛畏椒ā8 S) k6 w; d; I r! P7 J
) d8 z* A$ S5 a- E5 \, w2005年04月08日(金曜日)付
/ r( r( B$ E3 m: S* j! W4 ]東京では、2日続けて初夏を思わせる陽気となった。咲いたばかりと思っていた桜が、場所によっては散り始めた。6 D6 e) }4 ]6 K
& C3 w" d2 y8 J$ t4 a% p
昨日都心の公園では、時折強く吹き抜ける春風に仱盲苹à婴椁撙瑜盲皮い俊V車欷纬>v樹の枝を離れた春落ち葉と絡み合う。それも興趣だが、風よ、せめて2日ほど吹かずにおれないかという思いもした。
8 z8 P0 n1 a# N8 r- W; ?+ k x, V
5 t0 j- {/ V: W( b 『源氏物語』に、風に散る花を惜しみつつ姫君や女房が歌を詠むくだりがある。「桜ゆゑ風に心のさわぐかな思ひぐまなき花と見る見る」。桜ゆえに風が吹くたびごとに心も落ち着かない、思うかいのない桜とは知りながら(『新日本古典文学大系』)。! [+ f) d m# Y
f/ W( o/ }* I3 { 桜の花は、過ぎ去った人々の姿や思いを、後世の人々がしのぶよすがでもある。「手折り来し花の色香はうすくともあはれみたまへ心ばかりは」。この良寛の歌は、西行法師の墓前で詠まれた。西行の作「仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば」に応じたという(宮柊二「良寛の人と歌」)。
/ y$ P5 Q/ ^, x% g& G3 U3 n0 e- I# W6 J- M) ^ z
〈さまざまのこと思ひ出す桜かな 芭蕉〉。桜のタイムカプセルのような作用は、人が自らの生を振り返るのを促す。1年前や、そのまた1年前のことを桜が思い起こさせる。以前にはあって、今は無くなったものや人を思う。あるいは、前には無くて今あるものや人を見やる。! F2 |+ ]9 j2 h) D0 `3 e
- S. l/ i! Y9 P4 B f1 S
桜前線は、来週には新潟辺りに達するという。地震では多くのものや人が失われた。今年の桜は、つらい思いを誘うかもしれない。しかし、そういう年こそ、律義に花開く桜の姿が、人々の力を呼び起こすようにと念じたい。
7 ^* Y" n/ u2 R I! N+ G: o1 G' e. t1 T7 L# `7 d
単語:
?9 o8 u. _* Y* F$ Y8 d8 E1、りちぎ【律義】 2 K: Q& N. u% r4 e% D3 v& ~
[忠実な]忠实;[実直な]じっちょく,诚实、正直;[まじめな]规规矩矩
- K1 F3 T% [! u+ a- f; J+ T
0 J4 y4 T; u8 W2、ねん・じる 0 3 【念じる】 6 {3 u& r; B. H& v
(動ザ上一)
) K; K5 B, Z! _1 R% z9 T( }0 ?〔サ変動詞「念ずる」の上一段化〕「念ずる」に同じ。
+ |, Z7 v8 m3 F5 g+ c6 W「成功を―・じる& M: r% ^8 I6 }2 N* x" H) n/ L) b
+ o- t( L0 T0 x/ }; n1 ]% c) R8 p5 P
# S+ W. s& j/ l7 S6 ?' j. p, e% d+ l
ねん・ずる 0 3 【念ずる】 2 W3 t/ W$ Y) D& C3 q
) u7 d, ~, \" J, x! ?* I(動サ変)[文]サ変 ねん・ず
& J W; D2 [ E4 _. G4 k(1)ある事柄・事態などの実現を強く思い願う。こうあってほしいと心の中で祈る。
& h6 Q6 q. k% f/ {8 n( n1 C- q" Z" ?「合格を―・ずる」「子供の幸福を―・ずる」$ N) w% E' m" Y" E2 ^' i
(2)神仏の名、経文、呪文などを、心の中で唱える。
- x( g- n5 B/ ^2 Z「仏ヲ―・ズル/ヘボン」
& l+ N, b% O' L9 ?4 o! h. L(3)苦痛・悲しみなどをじっとこらえる。
1 H' L" Q7 W9 \' n7 W「中に心さかしき者、―・じて射むとすれども/竹取」
$ z& ]/ H; ^- ~. P% o/ i9 L: R7 l( I% x$ [
2005年04月09日(土曜日)付 1 n; m% m8 }2 P3 z. \2 q
東京都議会よりも多い136人もの議員がいる秋田県の市の名前は? 話題になった頃ならともかく、今でもすぐに「大仙市」と答えられる人は県外では少ないだろう。8 p2 Z3 V' U& }% S4 ~. g
% V0 r3 R, T" V7 J0 g2 I 合併の特例制度を使ってマンモス議会となったことに「税金の無駄遣い」という声が上がったのは当然だが、新しい市の名前が決まるまでの経過をたどると、途中で消えた公募作に面白いものがあった。大仙市とは違って、一度聞いたら忘れないような作もある。2 V- l: Z- R- @6 d) g2 T
- q' }8 |. Q& F E2 e いかにも米どころらしいのが、おこめ市、和米(なごみ)市、あきた旨米(しまい)市。おばこ市、ドンパン市の民謡調があり、すみよい市、げんき市、みんななかよ市、夢未(ゆめみ)市といった願望型もある。すっぱそうな夢星(ゆめぼし)市もあった。冗談半分や、ひやかしの応募も多いのだろうが、人々がその土地に託す思いの一端が表れているようにも見える。
) R7 L! D, ?% N' m
; M/ V# r9 N$ L6 p* C2 @0 Y 各地の自治体などのホームページから、選考途中で消えた名前を拾ってみた。癒(いや)市、うつく市、ねこじゃら市、せせらぎ市、夢野市、自然多(しぜんおお)市、とまとまつたけ町、愛市、ざわわ市、こころ市、希望市、未来市、幸福市。
5 X: l, r' e- n# z
9 Q! O+ u3 X; a 先日、たまたま通り掛かった高校で、入学式をしていた。道路に面した校門の柱に、新1年生のクラスごとの名簿が張り出してあった。見るともなしに目をやると、どこかで見た文字が幾つもある。愛、もうひとり愛、希望、大希、未来富。
( f+ ?# n2 S$ @+ _% f/ H
2 E6 t0 `1 v% x( f2 a 愛と希望で豊かな未来を——。現実には、手にし続けるのが難しいからこそ、名前にそれを託したい。街であれ人であれ、門出に込める思いには、通ずるものがある。 + a# s+ b( [/ N/ g, L1 A
3 W' R: Y {! h* K j2 C" e2005年04月10日(日曜日)付
0 L t7 Z# G+ S3 F2 L) V* R ^/ ]19世紀末、アイルランドにチャールズ・ボイコットという名の農地管理人がいた。強権ぶりに小作人たちが反発し、示し合わせて、彼の発する命令はおろか朝夕のあいさつも無視する作戦に出た。不参加とか不買の抗議行動を意味するボイコットはこれに由来する。
$ P: y: g# |8 F5 q" p- k# }8 t w/ B+ w
日本製品に対するボイコットが中国で激発している。きっかけは教科書検定や国連改革など最近の日本の動きにあるようだが、狙われる側はたまらない。アサヒビールや味の素などが一部の店で撤去された。ジャスコやイトーヨーカ堂は窓や広告板を割られた。昨日、北京では「日本製品排斥」を叫ぶデモ隊が、日本大使館や和食店に押し寄せた。
+ g3 ~& T! k. h5 i+ c2 Y, g% t
$ g6 d4 n x8 q3 j 不買の標的とされた企業の大半は、中国紙に「歴史を歪曲(わいきょく)する教科書に援助した」と名指しされているが、これは誤報である。和食店やスーパーはたまたまデモの沿道にあり、日本の象徴として目についたらしい。* U, D- J% R9 {" i5 ^8 L
6 Y- N4 V. X' x: J# a
日貨排斥は明治末期からアジア各地で何度も起きた。70年代初め、タイでは日本の象徴としてデパートの大丸が狙われた。米国との貿易摩擦の季節には、日本車がこれ見よがしにたたき壊された。( f, H7 m3 o5 A- S
7 a, q, U+ {: o4 x2 j' q8 V4 e その米国もいま息の長いボイコットを浴びる。イラク政策に憤る不買の波は、中東だけでなく欧州や南米でも静かに続く。外食ではマクドナルド、飲料ならコカコーラあたりが常に標的となる。
& I% i8 u& A: p0 r8 ~# j1 @$ k! o j) x2 o- _
あのボイコット氏は結局、小作人の抵抗で土地を追われ、不名誉を歴史に刻んだ。今回の事態も、対応次第ではさらにこじれてしまう。なにより外交の機敏さ、冷静さが問われる。 7 o3 J2 o* T8 |% x0 h3 z
! u5 I0 R: U! l8 M
: x; e) O$ L& Q/ @2005年04月11日(月曜日)付
" u( Y) ]. ~3 D' c1 z9 {% B1 h京都に住む岡村美弥子さんは1日に3千歩しか歩けない。重さ2キロ以上のものは持ち撙婴扦胜ぁ%供`ツケースなどは、一瞬たりとも持てない。階段は大の苦手だ。それでも毎年のように1人で海外に出かける。
+ }8 v9 ^7 a9 w/ d" ?
1 Q4 M2 j0 F9 c0 { r2 j, h 股関節の病気で、右足に人工関節を入れたのは40代だった6年前だ。そのころ旅行会社で添亞Tなどの仕事をしていた。旅の仕事はできなくなったが、遊びでは行けるはずだ。そう思って工夫をこらす。
* l! `/ n, _6 B# |; A$ R; J9 w* C+ D( g: k) z5 F: N6 w* [
スーツケースは自宅からタクシーの哕炇证诉び出してもらう。空港では台車につかまって歩く。到着地にタラップがありそうなら、リフト車で降ろしてくれるよう頼んでおく。ホテルの部屋では、開け閉めしやすいようにスーツケースを置いてもらう。
2 S$ M" O* r! E$ f$ o* l% Z7 T# w/ X1 }3 x# B
「かつて障害のある人の海外旅行は冒険だった。今は、行けるところではなく行きたいところへ、と望む人も多くなった」と言うのはJTMバリアフリー研究所の草薙威一郎さんだ。空港や駅が使いやすくなり、航空会社や旅行会社の受け入れ態勢もかなり整ってきたという。
& |: y4 Y8 ?% n# \' ^- j
. X- ?1 {/ a S/ X- c 「すべての人には旅をする権利がある」と政府の観光政策審議会が提言したのは10年前だった。「旅をする自由はとりわけ障害者や高齢者など行動に不自由のある人々にも貴重」と述べていた。障害の種類や度合いによって違いはあるだろうが、やっと「旅の権利」が現実のものになりつつあるということか。
0 F, Z% F( M3 E% k
& w1 M: S* X- E `& s6 ]1 J 岡村さんはこの夏、モンゴルに行こうかどうか迷っている。「郊外への道が悪いと、人工関節がもたない。その見きわめが欠かせないのです」 1 @8 [6 J- n* i$ p
7 F. n# I0 Y+ x. J6 n& j
1 ]6 u4 {7 u- G6 D7 K$ m+ F5 S2005年04月12日(火曜日)付
/ f" d& x+ S, m7 |. O「悲しい出来事で洞窟(どうくつ)の存在を大人たちは初めて知った。もっと早く知っていれば防げたと悔やまれる」。鹿児島市の洞窟で死亡した生徒4人が通っていた中学校の校長先生が、朝会で述べたという。
2 ^% x, G" [- O: @: a" l% c+ a: A4 D6 G
この洞窟が、第二次大戦での壕(ごう)だったとすれば、約60年もの年月が流れている。そのどこかで、大人の目が届き、惨事の現場にならないような手だてがとれなかったものか。
1 Y4 m8 p' c G5 j! A [% h' P5 A+ _! F0 Q% C. s; Z3 b
4人とも13歳だった。心身ともに急成長する時期だ。日常から、一歩別の世界へ踏み出したくなる思いは、多くの人に覚えがあるだろう。洞窟は、奥には危険が潜んでいることを感じさせつつ、誘いかけてくる。太古の時代の祖先が、そんな場所ですごしていたというような、尾てい骨の記憶を呼び覚ます。
7 Z0 y' O1 W9 c" R! ~
) y9 d4 W0 X$ U3 Y0 _% Z 校長は、こうも述べた。「チャレンジする気持ちは若者らしく、頼もしく感じる。冒険には危険がつきまとうことを認識した上で臨むことが必要です」9 f9 l0 b* a& ?8 b" x# ]# Z: `
0 I" X) {+ }$ M. O9 r7 G チャレンジという言葉からは、十数年前のアメリカ映画「スタンド・バイ・ミー」を思い起こした。12歳の少年たち4人が、小さな冒険の旅へ出る。夜の闇や恐怖と戦いながら成長してゆく姿が、映画の題名になったベン・E・キングの歌とともに、見る者に強く訴えかけてきた。「夜の闇が あたりを包み/月明りしか 見えなくても/ぼくは 怖くない……君がそばに いてくれるなら……」(『スタンド・バイ・ミー メモリアル』)。3 Y* }8 b/ u$ M
, T2 J1 S& u" i3 D( F& T
つい先日まで、そばに元気で居た4人が、今は居ない。朝会での黙祷(もくとう)では、立ち上がれない生徒もいたという。 0 `3 @' K! Z# h; F# `4 @
# W! P$ N' T& l* S! I, w) Q# s, x" G3 j# m1 H( c
2 l- F( k) I0 G9 p
2005年04月13日(水曜日)付 % m4 ], w+ R$ G
春の交通安全邉婴保等栅蓼切肖铯欷皮い搿¥い膜猡韦长取ⅳ扦悉ⅳ搿¥筏贰⑿拢蹦晟椁筏ぷ婴椁ⅳ预瑜预瑜嚷劋长à皮饯Δ士冥证辘茸闳·辘堑坤蚨嗓毪韦蛞姢毪取⑻丐摔长螘r期は、車の哕灓闲膜蛞啢幛皮人激Α
! G i# Y6 @' C2 [7 D9 t' A( b
r5 r. Q% K& m' d5 ^ 交通ルールを守らなければ命が危ないと、幼い子に教え続けることは必要だ。哕灓工敕饯摔狻⑹丐椁胜堡欷小⑾嗍证坤堡扦胜苑证稳松馕¥Δい人激铯痪Aける必要がある。しかし交通ルールを唱えるだけで万全とは言えない。' e3 @0 z2 `, ^- K5 O$ P
) p. d, O( u7 Q0 x: | 事故を減らすには、事故が起こりにくい道をつくるという考え方もある。オランダが発祥という、人と車の共存をめざす道路「ボンエルフ」である。「生活の庭」と訳されるこの道では、たとえば車の速度を抑えるために、道の途中にハンプ(こぶ)と呼ばれる盛り上がりをつくる。9 J# N1 V2 k9 G b
9 k9 \7 g3 e' g( p" e
このハンプに出合ったのは、オランダではなく、エジプトのカイロ郊外だった。突然ガクンと車体が持ち上がり、ドンと落ちた。しばらく行くとまた持ち上がる。スピードを出させないため、学校の近くなどにこうしたこぶをつくっていると聞いた。もし高速で仱晟悉菠皮い郡椤⑿n撃は相当あっただろう。
1 m+ c; \& h7 ^3 H' i
$ c( `& {9 y; U$ X5 _: E 日本にも、ハンプのある道ができている。事故が減った道がある一方で、学校の近くに作られたハンプにつまずいて転んだ人もいるという。# u1 Z2 n$ B2 }6 ?4 L
% a* s5 H2 V- B4 L8 b+ H( |3 S$ \) g 事故対策には、万能薬は無い。表通りだけでなく、狭い路地をも疾走するような車に有効な「車外ブレーキ」を考案できないものか。季節ごとの安全邉婴扦悉胜⑼辘侨·杲Mむべき差し迫った課題だ。 ' [! d% [% O8 I9 \0 S% `
) E) p% c" I! Y単語:
2 H; n; F: n8 L' |しっそう 0 【疾走】
, q8 G+ Z# D2 _ Y f$ t7 e! Q(名)スル, @5 c5 ~) s4 F+ S+ r+ r
きわめて速く走ること。9 [. [$ M4 j. @6 ^, F4 I4 @; |
「軽やかに―するスポーツ-カー」「全力―」3 W+ V+ V- G4 ?# i
- n9 \" S9 ]- C9 }0 u4 w3 zつうねん 0 【通年】 % S, `' J$ ~) E
一年を通じてのこと。
7 ?3 R4 q* @5 y「―営業の山小屋」
# l; D6 g2 Y- x8 j- M0 C
5 C" k& e# L* a( O$ f) k: y
0 _( s: [( W0 z6 l* ?; S2005年04月14日(木曜日)付
' }+ x+ T/ X$ }「大江(だいこう)に歌罷(や)めて 頭(こうべ)を掉(ふ)って東し……」。後に中国首相となる周恩来が「揚子江に歌うのをやめ、意を決して東の日本に向かい」と詠んで国を出たのは1917年、19歳の秋だった。
) r5 S o7 o; z* D8 N. T: Y+ G# Q& N
翌春、東京高等師範学校を受験したが落ちる。気晴らしにでかけた日比谷公園で、ふたりの小学生の女の子が草花を植えながら遊んでいる姿に接して感動した。「中国人は口を開けば『東洋(日本)は襤褸(ぼろ)の邦』というが、よく考えれば、日本がどうして襤褸であろう」(『周恩来 十九歳の東京日記』小学館文庫)。
4 w6 F: F& S/ t5 N0 @, ~0 |9 K: p6 u0 C& E6 c
故国で聞いた日本と直接触れた日本とは違っていた。この若い日の「発見」は長く心に残ったのではないか。
/ l$ x" c1 A+ }- i8 s
1 v5 N5 m$ {8 g5 x 中国で反日デモが広がっている。投石、飲食店の打ち壊し、暴行などの犯罪を治められないのでは反日の動きと国との関係も疑われる。今の日本の実像を知った上での暴走とも思えない。3 ]3 d7 b) n4 q( `# \3 s1 `
+ u$ A' E* h6 h" l! I/ v
周首相は日中国交正常化の20年近く前に述べた。「最近の六十年の歴史では、中日両国の関係はよくありませんでした。しかし、これは過ぎ去ったことであり、また過ぎ去ったこととしなければなりません……われわれの子孫に、このような歴史の影響をうけさせてはなりません」(『新編 周恩来語録』秋元書房)。否定を避け相手を呼び込む。懐の深さと老練な術(すべ)を思わせる。! D- G1 I# |: }) Z
- ~/ H% D0 B& e7 D4 N) F+ I
そして続けた。「われわれ自身の内部から平和の種子を見出さねばなりません。その種子はあると思います」。過熱する中国だけではなく、「われわれ」の一方である日本の側も、改めてかみしめたい言葉だ。
, `6 }3 o. _+ L" {& g _3 u) D& J. k2 s. S. K
単語:( \ n; S) [0 @+ A* J
ふところ 0 【懐】
$ X3 G2 V# w2 ] i
/ F4 s0 r7 K. q4 k
9 s" b7 d9 s/ [1 N' J/ g& W7 T9 E(1)衣服、特に和服におおわれた胸のあたり。
7 k- C# L7 z! M7 o「財布を―に入れる」" |- W! _" R: r% p# q+ p0 V
(2)山などに周りを囲まれた所。
) I K% j. x. k& ^ l8 u「山の―」
T" P; z* J% g8 U(3)(1)に入れて持っている金。所持金。
1 D1 J7 Q% \: I$ n1 O「人の―を当てにする」「―がさびしい」
$ T: W0 E0 m w(4)胸中。心中。腹。
' i* Y( _" O& n7 d2 H5 U, S「―を見すかす」
( [" O0 s9 y( |) ?$ n) q3 f; N(5)外部から隔てられている所。内部。内側。/ m0 U2 y& }; x+ ?/ Q9 F' N
「敵の―深く入る」. }+ I, M- J1 ?7 w0 D
(6)「ふところご(懐子)」に同じ。
$ C( j! S: y! r, n$ I! ^ y* N4 V「そこをば―といふばかりにおほし立て奉りしかば/宇津保(蔵開下)」+ ?) d! J' C: a: i0 y6 p
――が暖か・い 8 g6 ?+ e9 D- ?+ t2 Z+ |# y1 F$ _8 i
所持金がたっぷりある。) I' c6 N2 q, i) @3 L
――が痛・む
& t5 z2 d8 v& j0 ]出費のために、所持金が減り負担となる。
1 m" A- a1 A% q! n6 i7 r5 z& t# a――が寂し・い 7 b; Z3 f" y! m
金を少ししか持っていない。懐が寒い。& T/ \8 B" w- z
――が寒・い
+ x% b- V9 b1 m9 n* W「懐が寂しい」に同じ。
( t8 c9 ^1 K0 N0 s" Y% P: k――が深・い
# l3 L: K7 ^* X5 ]) W7 X(1)度量が広い。包容力がある。3 L1 x7 d O. F. l
(2)理解や能力に幅がある。
6 g7 A4 A& }# z(3)相撲で、身長が高く、両腕の長い力士に見られる能力で、四つに組んだとき、両腕と胸とで作る空間が広く、相手になかなかまわしを与えないことをいう。" b# l& x8 l5 ~, K7 S
――にする
3 H% r7 x& F# P6 |6 |, S) P* j携行する。懐中する。また、手に入れる。
) q' i7 @4 @* z) w4 l――を痛・める
- O0 F' T% H4 R自分の金を出す。自腹を切る。
; O+ \" O( d+ w( v% c. }8 s- P6 ?――を肥(こ)や・す # q% z* U% G5 H% T6 B7 U" o/ V
不正な方法で利益を得る。ふところを暖める。私腹を肥やす。5 s ^ X2 J. F! O' G9 C
「不正融資を斡旋して―・す」6 Z+ O! h I* t
% }2 N0 ~# u( R% C2 o8 x' K
5 e/ t' N0 N2 l8 V' r- f# d2005年04月15日(金曜日)付
* B/ H" W* @: w* v: ~7 o
! E2 ?! r* h% p; r7 ]6 B! Z——何人も、国籍を離脱する自由を侵されない。この憲法22条に着目したのが、井上ひさしさんの小説「吉里吉里人」だった。農業問題に不満を持った東北の寒村が、日本国憲法をそっくりもらい日本から分離独立してしまおうという話だ。
+ G: L! h/ }: A8 O& B
* R2 Y* ~: U$ X4 ?0 F 現実の世界では、国籍の離脱には相当の覚悟や準備が要るだろう。一方で、国際化を反映して、日本の国籍を求めて訴える人が続いている。
/ K$ W z7 t; U, M* e
2 u. T" ]# l$ E/ D: }2 G9 t 両親が法律上の結婚をしているかどうかで子どもの国籍取得を区別する国籍法の規定は違憲とする判決を、東京地裁が出した。法の下の平等を定めた14条に違反する、と。6 o( d# C$ N: x" s+ i
# F: ]: o* C8 V
訴えた男児は7歳、母はフィリピン人、父が日本人だ。「3人は、完全同居ではないものの内縁関係にあり、家族としての共同生活と評価できる」とした。「価値観が多様化している今、『父母が婚姻関係にある家族こそが正常で、内縁関係は正常ではない』などと言うことはできない」とも指摘した。国籍認定の幅を広げる判決だ。
( a" G7 \9 I' E. b# N0 }$ m1 N$ }: F. Y$ M& c
国籍法は84年に改定された。それまでは条件の一つは「父が日本国民」だった。「父または母が」となって20年ほどにしかならない。日本の社会と時代とを映す鏡のような法律だ。
$ [4 d5 z0 y) H6 S/ d0 X, o2 b
& @7 O2 M$ U3 `* q+ t 「私たちは国籍を、日本人でないことも、選べる。逆に言うと……日本人であることを選び直さなきゃだめなんですね」。井上さんが以前、「吉里吉里人」に込めた思いを本紙に語っていた。多くの日本人にとっては、生まれて以来の国籍は、空気のような存在だが、選び直すと考えれば、その重さが少しは実感できる。 " x n) x/ @ \8 ]3 H! s
. V% C3 Z, [- H- B+ S! _5 I2005年04月16日(土曜日)付
T5 w! v( R0 ?! w9 W r19世紀フランスの詩人ロートレアモンの「マルドロールの歌」に、印象的な一句がある。「解剖台の上でミシンとこうもり傘が出会ったように美しい」。異種のものの思いがけない出会いで、あやしいまでの詩情が生まれる。6 l8 Y+ S* s& s! @# L% ~/ o. }
+ L$ m, W& J! q0 }$ P4 d
芸術の世界ではないのに詩情を感じさせる方程式がある。アインシュタインが導いたE=mc2だ。E(エネルギー)はm(質量)×c(光速)の2仱说趣筏ぁ%ē庭毳`という燃えさかる炎のような力と、物と光とが、簡明な式で出会っている。0 o+ y! V- v: g' N
; p/ L" [2 q+ Q S. d4 n9 N 「質量もエネルギーも、同じものが異なる形であらわれたものです……とても小さな質量が、とても大きな量のエネルギーに変換されるかもしれないことを示しています」(『アインシュタインは語る』大月書店)。この方程式につながる特殊相対性理論の発表から100年がたった。
3 x9 e1 T. g8 b# T( N5 X. T) J$ f2 [# P6 o
アインシュタインは、1922年、大正11年に日本を訪れ、1カ月余滞在した。「相対性博士」は各地で講演し、大歓迎を受けた。帰国に際し、朝日新聞に謝辞と希望を寄せた。
. Z6 A! _* s# _1 T' w8 S: j( y% f* K# o+ ]' g* l+ c
「特に感じた点は、地球上にも、まだ日本国民の如く……謙譲にして且つ実篤の国民が存在してゐることを自覚した点である」。山水草木は美しく、日本家屋も自然に叶(かな)い独特の価値があるので、日本国民が欧州感染をしないようにと希望した。
: z) H7 V1 D' q4 _+ X% q
0 V) c8 ?% `9 |$ u* N, W その日本国民と山河とを、後に原爆が襲う。ナチスが先行するのを恐れて、原爆の開発を米大統領に進言する手紙に署名したことを悔い、戦後、平和を訴え続けた。そして50年前の4月18日、76歳で他界した。
4 X8 D3 T5 N F3 d9 B4 i( E$ M: I
1 f) F5 @% D" {. I: F+ j, G9 x s2005年04月17日(日曜日)付
2 c$ q4 h {8 K" ^6 Oベストセラー小説「電車男」の主な舞台は、東京近辺の通勤電車である。主人公が思いを寄せる女性は、夜の車内で酔漢にからまれ、朝は朝で痴漢に遭う。3 K, }4 p" ^- L" i' b/ e5 S, }
. }. m' r5 j/ J8 p3 ?
痴漢の多さで知られるJR埼京線が今月、朝のラッシュ時に女性専用車両を設けた。10両編成の1両目が男子禁制とされた。すぐ隣の一般車両から観察すると、女性車両はゆったりと空いて見える。女性たちは心おきなく携帯メールを楽しみ、気がねなく座席で化粧をする。ぎゅうぎゅう詰めの男性客は、ねたましそうだ。
5 S4 A" o3 U" y: m6 z
( O" `( Q# Y! t. H7 r1 \, T; e6 \ 女性車両には1世紀近い歴史がある。都心を走る「婦人専用車」が中央線に登場したのは明治の末。朝夕の混雑にまぎれて女子学生に恋文を手渡す行為が問題とされた。男子学生を遠ざけ、痴漢を寄せつけない策だった。終戦直後の「婦人子供専用車」は、殺人的な混雑から女性を守るのが狙い。当時は列車に冷房などなく、今とは比較にならない込み方だった。( V! n' h* V# l w% A, y
" I- o+ h0 k: w, z/ d& h
昭和40年代にシルバーシートがお目見えして、女性車両は姿を消す。復活したのは5年前、痴漢の被害が増えたためだ。
" P9 V; f8 B5 v( v% L8 V; M ]6 T* C1 I+ X n0 q) l
女性車両の導入が進んだ関西では、各線で被害が減った。首都圏でも連休明けの5月9日から、主な私鉄や地下鉄が朝の女性車両を始める予定だ。4 b' c6 f0 e: i' }) B. B% \
6 D+ j' G( p, W6 W
導入済みの路線ではどこも、男性から不満が出る。「混雑する」「不平等だ」。兵庫県の神戸電鉄は昨春、男性からの苦情に応えて、導入2カ月で女性車両の咝肖驕pらした。男女隔離のほかに解決策はないものか。埼京線の込んだ車内で思いをめぐらせたが、妙案は浮かばなかった。 5 x9 U0 w: p% m4 E
1 \/ T' l0 n# \; K6 f' }
/ [. ?+ }8 X1 B! K
04月18日(月曜日)付
, |! n* g( X. e" tロボットが物陰に隠れている人間を見つけ出し、狙いを定めて銃を撃つ。SF映画のような現実が、戦場の日常風景になりそうだ。米軍は、イラクでの治安対策に、地上を走行する無人兵器を投入する計画を進めている。; A5 F A" s& ^7 Y
- O2 h, H( r8 x ゴーカートくらいの大きさの胴体に、暗視装置付きのズームレンズを積み、機銃を装備する。荒れ地を仱暝饯ā⑩熖蹙Wも突破する。こんなものに追っかけられたら、たまらない。: e! R, B/ z' U% Y' b# C) ^8 t
1 A" ?' q9 q6 c# u* Y# m; Q
ロボットには食料も訓練も必要ない。攻撃されても、機械がこわれるだけだ。イラク戦争の泥沼化で犠牲者が止まらず、採用兵員が募集目標を下回り続けている米軍にとっては、兵士の代用にもなる。; S" F' _' t4 v! O# w% c: _: |
+ a1 \3 k4 X9 v( X8 r1 d* @1 {
愛知万博では、トランペットを吹くロボットが人気者だ。今や、お掃除ロボットも現れた。そんなニュースの中で、戦闘用ロボットの話は気持ちを暗くさせる。
' h) F% K6 Q1 a. m
# O, p5 h, V T/ ^7 S M' D4 \ 「ロボットは人をきずつけたり、殺したりできない」。漫画家の故手塚治虫さんが、半世紀前に「鉄腕アトム」の中で定めたロボット法第13条である。SF作家の故アイザック・アシモフ氏も同じ頃、ロボット工学三原則のひとつに「ロボットは人間に危害を加えてはならない」をあげた。
2 z$ o* d# S7 ]2 j* R2 ^7 P- q1 E! E1 s* S1 O' @5 a; X
ところが、現実の人間は、科学の力でとんでもないロボットをつくり出してしまった。戦闘用ロボットは、人間が遠く離れた所から操作するが、戦闘員と一般民肖趣巫R別がちゃんとできるのだろうか。巻き添えになるイラク市民がさらに増えるのではないか。自国兵士の死傷者数のみに神経をとがらす今の戦争を象徴する兵器の登場である。 + k& ?9 o4 Z* F+ O0 Z+ s/ K
! x) y# H8 V" u5 _, c7 H$ H+ }' Y2 |( J( o1 U) ]7 P
0 O' ?* i9 J$ X; K7 y; }/ \# T, s6 f5 R& e
【社説】2005年04月18日(月曜日)付
8 L! R6 u7 }( C7 u5 U+ P( _0 B1 ]. i# ~: U
3 y+ v2 H! Y; ` 日中会談 「愛国無罪」の危うさ G7 人民元だけの話ではない
9 \8 H" p3 M6 C コラムはクラブA&Aで!
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日中会談 「愛国無罪」の危うさ
* U8 r8 p) M/ H9 [( i5 \5 t/ E3 @9 n) s
溝は埋まらなかった。反日デモがおさまらないなか、北京で行われた外相会談で、町村外相は日本大使館などへの破壊行為に遺憾を表明し、諏gで迅速な対応を求めた。中国の李外相は「法に基づいて処理する」と述べたものの、謝罪と受け取れる発言はなかった。責任問題は決着していない。
9 o; ]4 C7 T- o# P! h# d
, Z. a7 q2 r) x- T h+ z$ ^4 u 中国ではこの日も、瀋陽総領事館がデモ隊の投石を受けた。北京の日本大使館、上海の総領事館に続いてのことだ。中国側は、反日デモが度重なる破壊行為に及び、日本人のけが人さえ出ていることを軽く考えすぎていないか。
' T% L# x: S, F) H4 G1 H* g5 w" Y' i2 U/ l
李外相はその一方で、小泉首相の靖国神社参拝や教科書問題が中国人民の感情を傷つけたと指摘した。 ; Y) a7 x, J' M& a
; I" w0 L4 ]* g E0 s. j
繰り返し述べるが、われわれも歴史問題の重要性を主張してきたし、日本にも反省すべき点があると考えている。 + Q' R/ M: D1 G' I1 Z9 \1 K
8 Q% F& C7 b1 D! b, U
だがデモによる暴力行為が続き、中国当局がその責任を認めないという態度をとり続ける限り、そうした指摘は説得力を失うに違いない。歴史を直視し、中国との関係を重視しようとする人々にも逆風になってしまう。
+ k4 y! |7 x& S
- N% G. k$ q4 R) u w 上海では、日本人だというだけで2人の男性が襲われてけがをした。いま中国には8万人近くの日本人がおびえながら暮らしている。この人々が安心して過ごせるよう、しっかりとした措置を改めて求めたい。 ; d" W5 p5 o I
" u' c9 O: Y- h1 _2 V0 ?! {# V 中国政府はこれまでも、「歴史問題への日本の誤った態度に不満を持つ市民の自発的な抗議活動だ」「責任は中国側にはない」などと述べてきた。まるで暴力行為に走ったデモ隊を擁護するかのような発言だ。それが、暴力デモが止まらない素地になっているのではないか。 + j- F4 |, f& ]) {7 C
, t$ }) b! |, z2 C' [: s 一連のデモで、参加者たちは「愛国無罪」と叫んでいる。愛国主義の行動に罪はない、という意味だ。そう叫べば、政府が手を緩めることをデモ参加者たちは知っている。共産党や政府自身が「愛国」を宣伝してきたからだ。
4 x4 }& G& _+ `, F6 p8 D& n2 ?, _6 X3 e
市場経済に移行するなか、共産党は社会主義のイデオロギーに代わって、経済発展と民族主義を旗じるしに掲げた。 - r* L5 x$ O+ ~+ x) E5 w3 |
$ q `9 F. X& W- F" j( i
「愛国主義は人民を動員、鼓舞し、団結させる旗であり、人民共通の支柱である」。94年、党が布告した「愛国主義教育実施綱要」の前文の一部である。 8 p; [/ O% e0 ^# L, F1 S
; l1 z, o, |8 p4 e" z# k. D' p
このキャンペーンが政府を逆にしばり、反日デモでの破壊行為を真っ向から批判することや、謝罪することを難しくさせているのだろう。
; A$ e( k: Z- G
9 Y2 b9 r0 ~5 `7 O! h# p6 L E だが、それでは法治国家ではない。李外相が「いかなることを処理する際も法律に基づいて行う」と述べたことを注視していきたい。
, M1 F+ X! k* o; }: y: e5 U
/ A( m# `; S2 f6 o# G, Y さまざまなレベルで対話を続けていくことが合意されたのは歓迎したい。とくに、日本側が提案した小泉首相と胡逄喂抑飨趣问酌椈嵴劋悉激窑趣鈱g現すべきだ。お互いの建前は建前として、トップにしかできない腹を割った対話が求められている。 , @% |! E4 d! g
% d0 F3 g$ N5 F# R$ ~G7 人民元だけの話ではない * p [! V8 ?% d4 e# J. h
* o( C4 C$ o* K( Q6 o8 U ワシントンで開かれた主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)は、名指しこそ避けたものの、中国に為替政策の見直しを促すことなどを盛り込んだ共同声明を採択した。 $ ^* q) G! W0 _! v
4 F R3 R& C* A( q, `1 \4 p# j$ l 声明は「為替レートの柔軟性を欠く主要な国・地域」について、より柔軟性を高めることが望ましい、とした。持って回った表現だが、言いたいことは明らかである。人民元について、変動相場制のような貿易の実態や市場の見方を映す仕組みに変えるよう求めたのだ。 9 Q3 h1 m6 T- [2 g( k8 \
: M0 d' J: W. Q6 i/ V" l& o
中国の輸出高はいまや日本を抜き、ドイツ、米国に次ぐ世界第3の規模だ。そんな貿易大国が下落傾向のドルとの固定相場制をこれからも続ければ、安値輸出で世界を脅かしかねない。
7 }6 x* [5 i! v, N6 Y0 E( k5 |2 p# \% P3 Y. U4 B% S4 f( S
会議では、米国のスノー財務長官が中国に対して、より強硬な文言を盛り込むよう迫った。これに対して、このところのG7にゲストとして招かれていた中国が出席を見送っていたこともあり、日本などが表現を抑えさせたようだ。 1 d* y! y1 ?" |1 k
& w& P" b. M9 B3 R- L0 g 米国内には、中国からの輸入が膨らみ、米国の貿易赤字の4分の1が対中貿易で生じていることへの不満が高まっている。米議会には、為替制度を標的にした制裁法案まで出されているという。
3 B! k# U9 Q1 T/ |0 D4 y7 U% \
0 O2 P) r' R$ ~. s- ^$ W; ^ これまで、経済面でも存在感を高める中国について、世界貿易機関(WTO)などの国際的な枠組みに取り込む「関与政策」がとられてきた。G7がゲストとして中国を招いてきたのも、そうした路線に沿ったものだ。 ! L6 h! K- w* k8 L# {. @
7 R+ j5 z! `$ x+ K
だが、原油価格が高止まりし、世界的な景気拡大への楽観論は薄れてきた。「いつまでも甘い顔はできない」というのがG7の空気だろう。 , @, `. g4 Q" K! ?$ M5 R; v: I
7 |# d& f4 V5 E4 d. S7 ]1 q7 U 中国にすれば、まだまだ発展の途上にあり、先進国と競い合ううえである程度の通貨安が必要という思いがある。
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急速な経済成長を支えるには石油などの資源を海外から調達するしかない。輸出に力を入れて外貨を稼ぎ出す「貿易立国」を目指すのは、かつての日本も歩んだ道である。 0 ^+ r4 T0 ]5 \$ a6 g
# Q$ m) T2 W/ f8 p! r しかし、冷戦が終わって以来、世界は民主主義と市場経済をもとにした国際化の時代を迎えている。途上国といえども、経済的にも政治的にも、このルールを守ることが強く求められている。
$ K6 J- |7 F/ _2 y( `8 _3 \7 R* i0 l; h1 p1 c
自由貿易のメリットを享受して経済力を高めようというのなら、貿易の根幹にある為替制度を自由なものにするように努めるのは当然だろう。また、特許や著作権など知的財産の侵害といった「暴走行為」が許されるはずもない。 " U/ I( F [; S8 N" }% I8 {$ _4 m' c3 x
: h# ` Q! U1 [0 z 政治でも同じことだ。日ごろは政治的な表現が制限されている社会で大規模な反日デモが起きても、「官製デモ」としか映らない。いま期待されるのは、投石など過激な行動の取り締まりにとどまらず、より自由な政治システムを実現することである。 & o1 ~* o( y- g3 m- U
c! g: @5 X* F4 M3 e2 Y' i
内と外で起きていることはコインの裏表だ。自由化に向けて思い切った舵(かじ)を切るよう中国は求められている。 # }/ i- a* \$ e- I3 T" Z) x6 p
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, P; H4 l, I# `( W2005年04月19日(火曜日)付 " u$ q! O0 I" I \# I9 u
万里の長城の東の起点・山海関は、北京の東約300キロの渤海沿いにある。地勢の険しい古来の兵争の地で、「天下一の関所」とも言われた。
K* ?& x# z: w0 ?9 M Z; A7 ~
- p- ]" y8 }/ z% W 第二次大戦後50年にあたる95年の終戦の日の直前、江沢民主席は、山海関近くの滞在地・北戴河で、本社と会見した。青年を対象に進めている愛国主義教育については、こう述べた。「歴史を正しく認識し、忘れないように教育することにあり、両国に不和をもたらす意図は全くない」
' ], s& K! ~) J( |% x4 q: ?+ h5 @0 F1 t
それから10年後の今、中国から声高に届く、愛国主義の行動に罪はないという「愛国無罪」には、両国の不和にまでつながりかねない危うさを感じる。そしてもう一つ、デモ隊が日本を見下して言う「小日本」については、山海関から海を望んだ時の思いがよみがえってきた。
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山海関は、西から延々と続いてきた万里の長城が、ついに海に入る地点だ。その海のはるかかなたには、見えはしないが日本列島がある。ユーラシアという世界最大の幅を持って横たわる陸地から望むと、地理地形の上からは、列島は大海に浮かぶ細いひもか縄のようにも思われる。. ]6 R6 Q1 p, A+ \
]& G, N( D/ T2 I0 b5 R 中国の長い歴史と文化を誇る人たちが、日本に対して、ある種の優越感を覚えたことは、想像に難くない。その日本に侵略され支配されたという屈辱と、負わされた傷とは、半世紀ぐらいで癒えたり消えたりするものではないとも思われた。
3 |* P3 S* w( Q: s, x6 V
* ]! ?% f% o2 a2 D; c 街頭での「小日本」の裏には、屈折した大国意識と群集心理が感じられる。群肖椤⒗à肖窑趣辘吻嗄辘藨盲繒rにも、声高に「小日本」と言うのだろうか。 5 s8 R; {+ W- I$ W/ }1 t
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単語:
8 _8 C4 c) n `# p7 v1、こわだか 0 【声高】 - ^9 V8 u% |$ V* e
# D2 H0 Z9 a( A8 d* G1 s a
(形動)[文]ナリ
5 z" ^( n8 [$ T5 j+ U声を高くはりあげるさま。声が大きいさま。
( \: [" S" G$ s* d3 x. G「―にののしる」「故意(わざ)と―に読み出したが/浮雲(四迷)」
& e+ ^8 X4 }% O: y" ~6 l, N: i9 ?' x" x/ {4 S/ l: H+ s' a! I5 J2 |
2 b- h5 C1 T& }2 A2 S& g【社説】2005年04月19日(火曜日)付 - ]3 |2 j/ I5 U, f& h; f7 z& E& @
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ライブドア これで「想定内」ですか 中国への脅し 足元を揺るがすな
% P- ^ k& c2 z# E: D% h/ i コラムはクラブA&Aで!
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ライブドア これで「想定内」ですか
/ Z, C0 q# x' j/ Y& u; r1 p
5 L; ]4 O, c3 ~8 M# z ニッポン放送株をめぐり2カ月半にわたって対立してきたライブドアとフジテレビが、資本と業務面での提携に合意した。オフィスばかりか茶の間の話題までさらった買収劇は、ひとまず幕を閉じる。 0 c7 |3 l+ i z/ p
- ?5 y1 s# ]! j- r! k フジはライブドアが集めたニッポン放送株をすべて買い取る。さらにライブドアの株も引き受けて大株主になる。
, m, D: B4 i0 n
( y2 t, \! v. G" b6 o このほか放送とインターネットの融合を目指し、フジとライブドアによる委員会を設置するという。しかし、こちらは何をどうするのか、明らかでない。
5 B- W: [! ~) Q' s$ v: T3 z
2 d! r7 f; v; y/ [6 W8 g 放送の世界をのみ込む勢いで、さまざまな構想を語った堀江貴文氏である。この決着は思惑違いなのか。それとも、口癖の「想定の範囲内」なのか。
, {- h: o; Q. B. ?) Q$ |
0 U/ H1 ~& N; ]3 q ニッポン放送が大量の新株予約権を出してライブドアの攻勢をかわす奇手こそ裁判所にはね返されたものの、資金力に勝るフジ側の粘り勝ちのようだ。 6 {# C/ o! n0 Y m
! F- a4 o8 c1 R6 @0 @3 i とはいえ、この対立が人々の耳目を集めたのは、目先の変わったビジネス活劇だったからだけではなかろう。日本の社会や企業経営の将来にかかわる大テーマがいくつも盛り込まれていたからだ。 ) ^( o/ e a. r
e- U( Y3 H# q+ e9 r 新興企業が歴史も実力もある大会社の支配を目指し、その原資は米国の投資銀行から調達していた。日本の企業社会では異例のできごとだ。
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4 j4 z7 B+ }2 Y; d8 Z. I 時間外取引という予想外の手法まで使って大量の株を集めたことは、資本市場の底の浅さやルールの不備を浮き彫りにした。争いは法廷に持ち込まれ、経済界、政界、学界を巻き込んで、「会社とは何か」という大議論が展開されたのも画期的なことだろう。
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# y d1 f1 ^7 b1 R 新しい時代の風を企業社会に吹き込む役割を果たしたのは間違いない。
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ただ、ここにきての和解劇を見ると、ニッポン放送をもてあそんだだけに終わった感は否めない。だからこそ、堀江氏に対して「初めから売り抜ける狙いだった」との批判もくすぶる。 1 l8 w; I+ C8 P6 F& ]& t9 p" |
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堀江氏が否定したいのなら、フジとの業務提携を形ばかりのものにするわけにはいかない。着実に収益を上げて社会に評価される事業を育てる。「マネーゲーム」などというレッテルを張られないためには、それしかないだろう。 & {. N8 @) J) H
b" \2 n5 i+ C2 A0 V8 s
フジにとっても、「勝ち戦」とはしゃいでいる時ではない。買い戻し価格は、公開買い付け(TOB)の水準を大きく上回った。会見でこの点を突かれたフジの日枝久会長は「内心忸怩(じくじ)たる思いはある」と語った。安値でTOBに応じてしまった企業の中には、株主から経営責任を問われているところもある。
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3 k4 E; L, l8 m; n" q4 L8 k そもそも、この争奪戦を招いたのは、規模の小さいニッポン放送がフジの大株主だといういびつな資本構造があったからだ。これでニッポン放送の株式を公開したら、グループをたやすく支配される危険は分かっていたはずだ。 1 O6 m) [$ v: e) d! K5 F5 ]/ s y! i
* e2 c; y' P) k6 s こうした無理が多額の費用や株主間の不公平を招いたのなら、「忸怩たる思い」ではすまされまい。 ( E; t& L @4 |% a" u
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中国への脅し 足元を揺るがすな
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郵便で刃物を送りつける。金属弾をガラス扉に撃ち込む。中国公館や日中友好を掲げる団体を標的にした犯罪が、日本の各地で相次いでいる。 ! G( r+ ~3 K8 B( s7 ^+ H) a
( q- f* G% v9 t2 x9 F7 w
反日デモで日中関係がいちだんと険しさを増すなかで、暴力で報復しようとするかのようだ。中国での暴力デモに強く抗議する一方で、こんな卑劣な行為にも強い怒りを覚える。
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/ E1 T- |# P0 j+ U 長崎と大阪にある中国総領事館に先週、カミソリの刃が入った封筒が送られてきた。大阪の総領事館には薬莢(やっきょう)が入った封筒もきた。「反日デモが続けば、中国の留学生に危害を加える」と封筒の裏に書いてあった。
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この数日、犯行はより直接的なものになった。
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東京の中国大使公邸の正門に赤い塗料が吹きつけられた。大阪の総領事館には男がガラス瓶を投げた。警官に取り押さえられた男の服が燃え上がった。 - \5 |" [. r) g$ g
. a6 b) F4 b* m% J 昨日、東京の日中学院のガラス扉に金属弾4発が撃ち込まれた。神奈川県藤沢市の日中協会事務所にもパチンコ玉のようなものが撃ちこまれた。 0 A8 _1 t4 S- S. `. a4 f
0 _% Q9 P$ L6 E) C7 k) ] この種の犯罪は、正体がわかりにくいことをいいことに、無法の度を増す。警察は犯人の摘発に全力を尽くさなければならない。
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& o3 ?- `! l0 _ 金属弾が撃ち込まれた日中学院は、国交正常化前から民間で中国語教育に取り組んできた老舗(しにせ)だ。学生の大半は日本人だが、日本語を学ぶ中国人もいて、同じ建物には中国からの留学生約200人が住む寮もある。 A" @/ N/ I+ C
$ M* h) ]& ?9 n- \3 c& r 事件の後、弾痕を白い紙で隠した扉を開けて入ると、「中国語を学んで、日中友好の架け橋になろう」と中国語で壁に掲げてあった。 ) o5 u' r2 e$ ^4 z0 T: h: t
# N: M& m5 d5 l3 a7 r) A; n
作家の魯迅や周恩来元首相の例を引くまでもなく、日本で学んで中国に帰る若者は、中国にとっても日本にとっても将来の大切な財産だ。中国語を学ぶ日本人も、友好と経済関係の発展に貢献してくれるに違いない。そういう人たちを怖がらせることが日本の利益にならないことは、はっきりしている。 1 L: l7 r0 | z @
, `# ^; m- e/ [3 |: U, f5 v, O 物陰に身を隠して、攻撃しやすい相手に被害を負わせる。こんな陰湿な犯罪は論外としても、「中国の反日デモが先におきた。少々の反発は当然だ」と暴力を容認する向きがあるとすれば、とんでもない間違いだ。
# q# l8 p+ y j/ i! K, I9 _* P q+ @# Y
反日デモで日本大使館や料理店が襲われたからといって、同じ暴力で報復するというのではあまりに不毛ではないか。
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互いに民族主義をあおり、暴力がエスカレートしていく愚は避けたい。いかなる暴力も許してはならないことを日本は示すべきだ。 $ z1 K2 C& N4 s# B( c& @
' j+ M& R% O! i 北京を訪れた町村外相は、反日デモによる日本の公館の被害や邦人が負ったけがに対する謝罪と賠償を求めた。その時にこうした犯罪行為が続いては、日本の主張を足元から崩すことになりかねない。そんな国益を害する行為は何としても防がなければならない。
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2005年04月20日(水曜日)付 : X1 o, w- y- Z( l6 I6 c
見出しに大きく「和解」と刷られた新聞各紙を見ていて、諺(ことわざ)を題材にしたブリューゲルの絵が思い浮かんだ。ライブドアとフジテレビという現代のメディア同士の攻防が、16世紀の欧州の画家が描いた寓意(ぐうい)の世界と、なぜか通い合う。: r$ e% P( j+ I/ r# ~. u- ~
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「大きな魚は小さな魚を食う」という絵は、大魚の腹にのみ込まれた中ぐらいの魚が、さらに小さな魚をのみ込んでいるさまを描いている。力の強い者が弱者(じゃくしゃ)を支配するという諺で、日本ならば弱肉強食か。攻防の始まりは、この諺の逆で、小さな魚が大きな魚をのみ込むのか、という緊迫感があった。! p5 ^3 m' O& X }) b( {, I
4 n# Q1 R4 K1 A# \, { ブリューゲルの大作「ネーデルラントの諺」には、数多くの諺を表す人や動物や風俗が画面いっぱいにひしめいている。「一本の骨に犬二匹」は、ふたりの人間が地位や財産で争うたとえだ(『ブリューゲルの諺の世界』白凰社)。
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「仔牛が溺れてから穴をふさぐ」は、事件が起きてから対策を立てる。「歯まで武装」は完全武装、「燃える炭火の上に座る」は、落ち着かないさまだ。司法の場で負け続けたフジ、ニッポン放送側の対応ぶりを思わせる。8 q4 S2 Y) g3 @" e5 [
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「親指の上で世界を回す」は、何もかも意のままに支配する人、「うまく世渡りしたいのなら、身をかがめねばならぬ」は、出世のために狡猾(こうかつ)な手段を使う。株の「時間外取引」が狡猾かどうかの見方は分かれるだろうが、この一撃は、世の経営者や株主をぎくりとさせた。1 C% Z8 F) I6 U4 \
5 Q. G2 ~9 b* E& e0 t+ `" f 両者「痛み分け」の和解だという。一方で、巨額の利益を得た米証券もある。巨利を腹に収めた大きな魚は、もう遠くを泳いでいる。
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( {* G2 J a- z& K; D社論:2 A2 v; L' M ~2 D) Y6 E
日中首脳会談 大きな利益を目指せ
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中国の胡逄危ē诈`チンタオ)国家主席と小泉首相が22日に会談する方向で調整が進んでいる。インドネシアで開かれるバンドン会議50周年の首脳会議に出席する際、会って話そうという計画だ。
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% Y5 `! d* W! x/ a2 q 訪中した町村外相と李肇星(リーチャオシン)外相らとの会談は平行線に終わり、溝の深さを再確認する結果になった。
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2 n, V+ Y, t0 `) w I 「外相会談と首脳会談は違ってもいい。日中の友好、大局的考えに立ってやるなら意味がある。非難の応酬のような会合にはしない」と小泉首相はいう。賛成である。
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. ~+ b% J, _8 b$ F& N いまの日中関係は、外相レベルで公式論のぶつかり合いを仱暝饯à毪韦想yしい。ここはどうしても首脳の出番だ。
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まず、現状をこのまま放置できないことを互いに確認しあう必要がある。
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/ q4 H- d7 e* Q7 U& U4 a4 A$ M% b 週末ごとに万単位の人々が中国各地で反日デモに参加し、日本の公館や商店などが襲われる。デモがほとんど規制されず、被害への謝罪もないことに日本側の反感がふくらむ。
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こうした悪循環を断ち切り、関係修復への転換点とすることだ。 . A: ~ Y2 R2 X1 T+ V5 B
3 V4 k1 r4 [1 F2 }, G! ]$ Z2 { 対立が深刻になれば、双方とも失うことばかりなのだ。不買邉婴浞慈栅舜碳い丹欷苿菏辜娬い筏胜毪热障灯髽Iの経営は難しくなるし、失業者が増える。中国の国際的な信用は損なわれる。3年後の北京五輪への影響を心配する声さえ出始めている。 & q8 `- H' |$ Z# i0 \
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両首脳が話さなければならないのは反日デモの問題ばかりではない。東シナ海のガス・油田開発をめぐる対立も、このまま放置して日本側が試掘まで突き進めば、緊迫せざるを得ない。 6 a. A6 S, M2 h3 k# w" u9 P- k
- T" K4 a+ i. G4 `3 k7 ?$ H. _% D h 台湾問題でも、日米が中国の対応を懸念する立場を表明したことに中国側は反発している。逆に中国の軍備近代化は日本の心配の種だし、積極的な資源外交の展開は脅威とさえ映っている。
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' g( E6 C$ Z" K P+ ]- |+ }# G' r9 O2 R 結局のところ、両首脳が突きつけられているのは、それぞれの内なるナショナリズムをどう制御するかという、根底にある問題なのだろう。
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対立よりも協力によって得られる利益の方がはるかに勝る。そのことを両国民に説得し、一歩でも前に進むための足がかりを築かなければならない。
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# W& _( f8 ?9 n/ l+ P6 B' B それだけに、胡主席には反日デモが引き起こした破壊行動について率直に非を認め、われわれを納得させてほしい。
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小泉首相は、歴史認識でもっと意を尽くした説明をする必要がある。日本政府が踏襲している95年の村山首相談話はこのように述べている。 1 l1 i( d7 `' S, u
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「わが国は国策を誤り、植民地支配と侵略によって、とりわけアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えました。痛切な反省の意を表し、心からのお詫(わ)びの気持ちを表明します」 2 j3 W9 B L2 G' `5 g2 Y5 z3 a3 W/ N
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この言葉と、中国侵略の責めを負うべきA級戦犯が合祀(ごうし)された靖国神社を首相が参拝することは、どうしても相いれない。これをそのままにして根本的に関係を改善できるとは思えない。 3 w& s( l9 l/ r
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単語:; y' F2 }7 n' I; c2 c$ P0 b+ U
あいいれない あひ― 【相▽容れない】 r6 \- D; u8 S0 o% q* d
(連語). @! G, |3 h9 x( [& A5 ~
立場や考え方が相反していて、互いに受け入れられない。両立し得ない。/ b# e# }' y# k8 } y
「―ない立場」「組織と―ない思想の持ち主+ p/ S$ h5 V: U/ v! X
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' d* g: G4 T# D. A2005年04月21日(木曜日)付 . T3 l7 z) }" m& I7 f* n. ` B
領土は、東京の上野公園よりも少し小さい。以前、この世界最小の国・バチカンの内側に行ったことがある。
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+ P) [. L3 b$ u- H. w) U9 V7 f 小さいながら駅があり、銀行、マーケットにテニスコートもあった。電話交換の修道女には約10カ国語を聞き分ける人がおり、放送は35カ国語で流していた。国家の小さな模型のような現場は見られたが、法王庁の中心部分には近づけなかった。
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) n+ f7 y2 e' w: \0 ]) c1 Y$ x 約11億人に及ぶカトリック教徒の頂点に立つローマ法王に、ドイツ人のラツィンガー枢機卿が選ばれた。ナチスの青少年組織ヒトラー・ユーゲントに義務的に入っていたことがあり、第二次大戦の終戦時には米軍の捕虜だったという。
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新法王に決まる前「入りたくはなかったが、当時は仕方がなかった」と述べた。この経歴に抵抗を覚える人は少なくないだろう。しかし新法王に今問われるのは、若い日にナチズムの波をかぶった点ではない。自らの負の体験をもとに、21世紀の世界に何ができるかではないか。% e$ J( G; k! r6 U9 M2 P
4 H1 X. }4 C% h* v* W1 A5 P% _# H 新法王はベネディクト16世となった。6世紀の聖人ベネディクトゥスは、欧州の修道院の根幹をなす規範を作った。彼を慕って多くの弟子が集まったが、嫉妬(しっと)され、命をねらわれた。毒入りの飲み物を勧められた時、祈りをささげることで無害なものにしたとの伝説もある(『聖者の事典』)。8 I& T+ W* S& {( R1 c
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前法王のヨハネ・パウロ2世は、故国ポーランドでナチスによる占領を体験し、抵抗しながら宗教家への思いを培った。それとは対極の側で青年期を過ごした人が、すぐ後をつぐ。終戦から60年という時の移ろいを感じさせられた。 : q$ f6 o' C/ b
( a+ u0 t: X0 O# j: k8 O. q! G単語:' f5 g! \) e4 X
1、バチカン [Vatican] ; H' a' R& d" u/ N
z6 T& L5 d; p' H(1)イタリアの首都ローマ市内にある、ローマ教皇を元首とする世界最小の独立国。六世紀に教皇庁が置かれて以来ローマ-カトリック教会の中心となり、一四世紀以降、中部イタリアを領土として支配。1870年イタリアに併合されたが、1929年ラテラノ協定により独立。バチカン宮殿・サン-ピエトロ寺院などがある。観光国としても有名。首都バチカン。面積0.44平方キロメートル。人口一〇〇〇(1992)。正称、バチカン市国。
3 N, Y) U. Z+ C/ x& t6 l4 c(2)ローマ教皇庁の別称。
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5 K' b3 c* `" H4 `: A' D6 c- |2 K2、うつろい うつろひ 0 【移ろい】 2 V1 W4 x+ i+ F: E: x# y
〔動詞「移ろう」の連用形から〕
, f% {/ o# ?# i(1)移り変わること。& h# S7 h# p" d" i) o9 \3 j
「季節の―」
3 @- W. }1 q( O; B4 A; |2 ^, S2 E(2)盛りのときが過ぎること。
; _5 i' U4 y' F, p- U「美貌(びぼう)にも―が見える」
( `1 Y3 s$ P" g/ W1 z(3)居場所を変えること。転居。
+ J& j6 l& y( v9 A9 p1 S5 i「まだ対面し給はねば―もえし給はず/宇津保(国譲上)」0 [" g& R3 c7 @$ V
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2005年04月22日(金曜日)付
! i8 N+ |2 g( F半世紀ほど前の街の情景だから、失われて久しいのかもしれない。しかし、まだどこかに残っていそうな気もするのが、三好達治が書いた子供の声の話である。
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「毎朝向いの家で元気な子供の声がきこえる。食事がすむと『いって参りまあす』というのが聞える」。昼になれば「ただいまあ」が、手にとるように聞こえる。露地一つを隔てて隣接しているからで、親しいつきあいはなくとも様子が分かる。宏壮な邸宅に居ては、この風味は味わえない。「私には大厦(たいか)高楼に住まいたい希望はない」(『月の十日』講談社文芸文庫)。
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現代風の大厦高楼とも言える高層マンションの27階から、植木悚蜉dせる籐(とう)製の台二つが降ってきたという。大阪府警は、高さ77メートルの自宅のベランダから投げ落としたとの殺人未遂の疑いで、大阪市内の78歳の住人を逮捕、送検した。
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, x9 e4 Q6 j! P( M 「ベランダの掃除をしていたら台につまずき、腹が立ったので投げた」と供述したというが、一つは自転車に仱盲皮い颗预吻绑姢颏工幛俊B浃沥刻à悉窑婴毪盲茐湫韦筏皮い俊¥长螭省该挨ぁ工悉郡蓼椁胜ぁ# ~& t, B2 D h4 v
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塔のような高層の建物に上って感じるのは「近景の欠如」だ。地上のものは、遠景になってしまう。樹木は見えても枝は見えない。人は見えても顔は見えないし、声も届かない。
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: F2 y# J4 l& H# }9 s$ A( } こうした地上からの隔絶感をむしろ楽しみ、地面の近くでは得難い見晴らしを味わう人も多いのだろう。高さは、日本の暮らしに新しい形をもたらしたが、ありふれた物を、いつでも一瞬のうちに凶器に変える力をも備えている。 ! C" e2 ?* c4 ^' z8 i9 |
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9 X2 s1 ?, C) r* C; e$ M$ ~* w2005年04月23日(土曜日)付 o9 g" y) p4 B8 [" e
「50年前、バンドンに集まったアジア・アフリカ諸国の前で、我が国は平和国家として、国家発展に努める決意を表明しました」。今も、その志にいささかの揺るぎもないと、小泉首相はジャカルタで演説した。
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% O$ o6 e& \+ s4 f 50年前のバンドン会議の日本代表は、首相ではなく、高碕達之助・経済審議庁長官だった。その演説を本紙はこう伝えている。「わが日本が国際紛争解決の手段としての戦争を放棄し、武力による脅しを行わざる平和民主国家であることを、この機会に再び厳粛に宣言する」。大戦後の講和会議から4年、アジア諸国とまみえる場で、新憲法の精神が強調された。6 X! G" f( U( \+ i% [2 D
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ジャワ島のバンドンは、さわやかな風が吹き渡る高原の街だという。かつて支配していたオランダ人は「ジャワのパリ」とも呼んだ。しかし過酷な植民の歴史は、この街を「火の海」にしたこともあった。
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独立宣 言後の1946年、再植民地化をたくらむオランダの攻撃に遭い、インドネシア共和国軍はバンドン市の南部に火を放って山岳地帯に逃げた。人々の愛唱歌「ハロ・ハロ・バンドン」は、バンドンを奪い返す誓いの歌だという(『インドネシアの事典』)。# J- [4 |1 o. ?4 Y
$ z# a3 i+ P( e 支配され侵略された側では、その思いは世代を超えて伝わってゆく。相手国の過去を許したとしても、忘れはしまい。相手が忘れることは、許し難いだろう。
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7 c2 _7 x! t- g+ ]; K0 w 小泉首相は昨日、日本のアジア諸国に対する植民地支配と侵略について「痛切な反省とおわび」を表明した。「決して忘れてはいない」と伝わったのかどうか。耳を澄まして、答えを待ちたい。 ! W [! s$ v, k [ C
" ?5 p7 H# b' F* x% E2005年04月24日(日曜日)付
% |# Q( t" W# m9 a1 ]1 i" v1年近くテレビ界をにぎわせた血液型番組のブームがひとまず去った。「最強血液型大実験」「血液型まるごと3時間」。そんな番組をこの春はほとんど見かけない。7 z$ w1 G( A% y$ |! P8 ^; i% a
9 J" ]* e7 D, E- W4 _ ABO式の血液型で性格を四つに分けてしまう血液型远悉稀榍挨槔Rり返し批判されてきた。科学的根拠がないとか、偏見を助長するなどと退けられても、しばらくすると息を吹き返す。
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1 L/ ~) c3 a0 N# ]$ g$ I$ ?' k 「紫式部はきっとA型、徳川家康はO型か」と推理を楽しむ分には害もあまりない。だが今回は、どういうわけかB型が集中的にからかわれた。芸能人や幼稚園児を実験台に、B型のふるまいや対人関係をあげつらうような番組が目についた。) D; a6 G( P# G( P8 M
9 f4 N# t3 l1 x3 J8 ?8 f" x, N6 F 「血液型で人の優劣を決めつけないで」「信じ込んだ子供が血液型でけんかする」。視聴者の声を受け付ける放送倫理・番組向上機構には昨春から今年2月までに、苦情が200件も寄せられた。娯楽番組のつもりで見て、不快に感じた人が少なくなかったらしい。
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最近では韓国でも人気のようだが、日本ほど血液型が話題にのぼる国も珍しい。それなのに献血に寄せる関心は下がっている。いま年間の献血者は全国で560万人ほど。20年前の7割にも満たない。
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3 n$ u* }+ Y3 A: N; S! X 四季を通じて最も献血者が少ないのは春先という。進学や異動で気ぜわしいからか。おまけに今年は花粉症で人々の足が遠のき、来月にはヤコブ病対策の献血制限も本格化する。この春、日本は全体に貧血気味である。日本赤十字社によると、血液型占いがテレビでどんなに盛り上がっても、献血意欲は少しも上向かないそうだ。
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- \. O6 S: V# q$ n% N: V" ]5 E) v( D7 |1 Q! J; c$ S
. F) z' p a6 g4 N. z$ w' T【天声人語】2005年04月25日(月曜日)付 ' M9 m2 ^% @8 o2 m* I% {' J5 K5 V
きのう1日で36人の新しい市長が生まれた。うち29人は市町村合併に伴うものだ。4月だけで、合併による首長選は約80カ所を数える。国じゅうの行政区画が、日に日に書き換えられている。
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/ _2 Q( o" M- C( r ミニ統一地方選ともいえる選挙ラッシュは、政府の財政支援をあてにした「駆け込み合併」の多さを物語る。優遇措置が手厚いうちに、もらえる金はもらっておこう。そんな心理も働いている。
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! n- ^% e; p' U* `$ o 3町村と一緒になって10万人を超えた市の市長選で、自民党の性鹤h員が公共事業をいっぱいやると叫んでいた。聴肖狻福茨曛皮未笱Г蛘T致しろ」なんて声援していた。まるで合併さえすれば、お金がわき出るかのようだった。だが、そんな見込みはどこにもない。
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6 y2 l$ q; x/ C 合併で確実なのは、選挙のあり方が変わっていくことだ。自民党の森喜朗前首相は先日の派閥総会で言った。「これまでの町長や議員さんのような後援会のまとめ方は、大きな市の市長には不可能だ」。その結果、地縁や利権に根ざす連呼型選挙は通じにくくなる。' ^% J* J$ n4 a
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この変化を加速させようと、前三重県知事の北川正恭氏らが、自治体選挙へのマニフェストの導入を呼びかけている。数値目標や達成期限を入れた公約で、住民と直接契約しよう、と。投票する人々も政策の優先順位や採否の判断を迫られる。選ばれる側と選ぶ側に「双方向の責任」が生まれる。* @! V U7 {' e# M
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もはや「お任せ民主主義」ではいられない。こんなふうに住民の意識が変化したとき、初めてその合併は成功といえるだろう。たとえ、お金が目当ての駆け込み合併だったとしても。 % \* Q; r- q) h( e# ?( \# D
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5 G0 _6 n! p% V$ \9 [* t2005年04月26日(火曜日)付
4 Z- ` I* c0 S# V- P8 H& t踏切での衝突事故でもなければ、電車同士の衝突でもない。それなのに、これほどまでに多くの犠牲者が出てしまったのはなぜなのか。兵庫県尼崎市のJR宝塚線(福知山線)での脱線事故の現場は、最近の鉄道事故では見られなかったような、すさまじいものとなった。
0 t( j7 a' m. R1 g0 z& B& L- b- ? z+ S- d0 i }
マンションに衝突した車両の車体は、まるでブリキのようにくねって、ぺしゃんこになった。現場近くの線路では、車輪が石を踏みつぶしたような跡がみつかったという。原因究明を迅速に進めてもらいたい。9 ^8 e# N( p9 K/ E
9 Q% i( d7 Q/ e. I7 c. Y' i. I
電車がいつもより速いスピードで走っていたという伩亭卧挙猡ⅳ搿J智挨务kで行き過ぎて戻ったために遅れが出て、取り戻そうと急いでいたとの推測もある。宝塚線は、尼崎駅で他の線と接続しており、わずかなダイヤの乱れが仱耆毪煜趣温肪 |
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