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川端康成
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もう三時間も前のこと,島村は退屈まぎれに左手の人差指(ひとさしゆび)をいろいろに動かして眺めては,結局この指だけが,これから会いに行く女をなまなましく覚えている,はっきり思い出そうとあせればあせるほど,つかみどころなくぼやけていく記憶の頼りなさのうちに,この指だけは女の触感で今でも濡れいて,自分を遠くの女へ引き寄せるかのようだと,不思議に思いながら,鼻につけて匂(にお)いを嗅(か)いでみたりしていたが,ふとその指で窓ガラスに線を引くと,そこに女の片眼(かため)がはっきり浮き出たのだった。彼は驚いて声をあげそうになった。しかしそれは彼が心を遠くへやっていたからのことで,気がついてみればなんでもない,向側(むかいがわ)の座席の女が写ったのだった。外は夕闇(ゆうやみ)がおりているし,汽車のなかは明りがついている。それで窓ガラスが鏡になる。けれども,スチームの温(ぬく)みでガラスがすっかり水蒸気に濡れているから,指で拭くまでその鏡はなかったのだった。- j. l" g& o; a) ?
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大约三个小时以前,岛村为了解闷,不住地活动着左手的食指,做出种种姿势给自己看。他一边看着,觉得奇怪的是:算来只有这个手指对他正要去找的那个女人还记忆犹新。他越是急着要想起她来,他的记忆就越是模糊得难以捉摸,在这不可靠的记忆中,只有这个手指还保持着那个女人的新鲜的触觉。仿佛正是它要把自己吸引到遥远的女人那里去。他一边想着一边把手指放到鼻子上嗅了一下。然后无意中用这个手指在车窗上划了一个道儿。忽然在这条线上浮现出那女人的一只眼睛。他吃惊得几乎喊出声来。然而这是由于他想得出了神,一清醒他就明白了。原来这是旁边那一行座位上的那个姑娘照在窗玻璃上的影子。因为窗外已是暮霭沉沉,而车厢里开着灯,所以窗玻璃就变成了一面镜子。不过,由于暖气的温度,使窗玻璃蒙上了哈气,要不是他用手指抹了一下,这镜子本来是不存在的。 $ @( }" |8 P, A+ S9 r5 k
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娘の片眼だけは反って異様に美しかったものの,島村は顔を窓に寄せると,夕景色見たさという風な旅愁顔(りょしゅうがお)を俄(にわ)かづくりして,掌(てのひら)でガラスをこすった。7 E* f: l: ^! W
+ y' a$ s% N1 Q- N* f z 尽管姑娘的眼睛只是一只,反而显得异乎寻常地美,而岛村把脸凑近车窗时,却急忙做出一副为了解闷而要观看傍晚景色的模样,用手掌蹭了几下玻璃。 2 P+ J" c0 k, W( M( |
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娘は胸をこころもち傾けて,前に横たわった男お一心に見下ろしていた。肩に力が入っているところから,少しいかつい眼も瞬(またた)きさえしないほどの真剣さのしるしだと知れた。男は窓の方を枕にして,娘の横へ折り曲げた足をあげていた。三等車である。島村の真横(まよこ)ではなく,一つ前の向側の座席だったから,横寝(よこね)している男の顔は耳のあたりまでしか鏡に写らなかった。
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姑娘把身子向前微倾,全神贯注地俯视着躺在她面前的男人。她那有几分严肃的眼神连眨也不眨,就是她专心致志的标志。这从她的肩膀还吃着力就能看得出来。男人的枕头靠着车窗,把腿卷曲在姑娘的身旁。这是三等车厢。她俩的座位不是正在岛村的旁边,而是对着他前排的座位。所以躺在座位上的那男人的脸,在镜子里只能照到耳朵。 : d- z Z" b3 A1 @5 P: s1 G
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; H9 v; v- ]( j 娘は島村とちょうど斜めに向かい合っていることになるので,じかにだって見られるのだが,彼女等が汽車に仱贽zんだ時,なにか涼しく刺すような娘の美しさに驚いて目を伏(ふ)せる途端(とたん),娘の手を固くつかんだ男の青黄色い手が見えたものだから,島村は二度とそっちを向いては悪いような気がしていたのだった。
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1 t* I/ c) {% q' G( S. V) U 姑娘恰好坐在岛村的斜对过儿,岛村满可以直接看到她。但是由于她俩走进车厢时,姑娘有一种清爽而醒目的美,使他吃了一惊,不由得把视线往下一移。这时忽然看见那男人的蜡黄的手紧紧攥住姑娘的手,他便不好意思再朝那边看了。 $ {, j0 l0 i( J. n
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1 D: P% Z, Z# C) ^ 鏡の中の男の顔色は,ただもう娘のあたりを見ているゆえに安らかだという風に落ち着いていた。弱い体力が弱いながらに甘い調和を漂(ただよ)わせていた。襟巻(えりまき)を枕に敷き、それを鼻の下にひっかけて口をぴったり覆い,それからまた上になった頬を包んで,一種の頬かむりのような具合だが,ゆるんで来たり,鼻にかぶさって来たりする。男が目を動かすか動かさぬうちに,娘はやさしい手つきで直してやっていた。見ている島村がいら立って来るほど幾度もその同じことを,二人は無心に繰り返していた。また,男の足をつつんだ外套の裾が時々開いて垂れ下る。それも娘は直ぐ気がついて直してやっていた。これがまことに自然であった。このようにして距離というものを忘れながら,二人は果てしなく遠くへ行くものの姿のように思われたほどだった。それゆえ島村は悲しみを見ているというつらさはなくて,夢のからくりを眺めているような思いだった。不思議な鏡のなかのことだったからでもあろう。+ ?1 d8 |% h1 v( x# R
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从镜中看,那男人的脸色已经完全安静了。好像他由于看着姑娘的前胸就放了心似的。尽管是衰弱的体力,却也在微弱的程度上显出一种甜蜜的和谐。把围巾铺在枕头上,一端盖在鼻子下,把嘴捂得严严实实,然后又往上包住了脸颊,仿佛戴上了一个面具。但它老是松下来或者盖住了鼻子。男人的眼睛刚刚一动,姑娘就轻轻地给他整理好。她俩无意中多次重复这个动作,连旁观的岛村都觉得都不耐烦了。还有,裹着男人大腿的大衣下摆也不时地松落下去,姑娘也马上发现,把腿重新裹上。这些动作都是非常自然的。她俩就这样忘了男女有别,看上去仿佛要走向天涯海角似的。因此岛村丝毫没有感到观看一场悲剧那种难过的心情,宛如在看着梦幻的西洋景。这也许是因为事情发生在那奇妙的镜子里的缘故。 # n8 v! S' N7 S c* d! l5 N' ]6 [
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鏡の底には夕景色が流れていて,つまり写るものと写す鏡とが,映画の二重写しのように動くのだった。登場人物と背景とはなんのかかわりもないのだった。しかも人物は透明のはかなさで,風景は夕闇のおぼろな流れで,その二つが融け合いながらこの世ならぬ象徴の世界を描いていた。殊に娘の顔のただなかに野山(のやま)のともし火がともった時には,島村はなんともいえぬ美しさに胸が震えたほどだった。
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在镜子里的底层流动着傍晚的景色。就是说镜底的景物和镜面的影像如同电影的叠印镜头在流动着。剧中人和背景是互不相干的。尽管如此,人物以其透明的虚幻性,风景以其暮色朦胧的流动性却使两者融合在一起描绘出一个别有洞天的象征世界。尤其是正在姑娘的脸上燃起荒山上的灯火时,那种难以形容的美,使得岛村的心都在为之颤动了。
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3 ^, x- Q4 m) k; w/ {2 c2 u 遥かの山の空はまだ夕焼の名残の色がほのかだったから,窓ガラス越しに見る風景は遠くの方までものの形が消えてはいなかった。しかし色はもう失われてしまっていて,どこまで行っても平凡な野山の姿が尚更平凡に見え,なにものも際立って注意を惹きようがないゆえに,反ってなにかぼうっと大きい感情の流れであった。無論それは娘の顔をそのなかに浮べていたからである。姿が写る部分だけは窓の外が見えないけれども,娘の輪郭のまわりを絶えず夕景色が動いているので,娘の顔も透明のように感じられた。しかしほんとうに透明かどうかは,顔の裏を流れてやまぬ夕景色が顔の表(おもて)を通るかのように錯覚されて,見極める時がつかめないのだった。
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远山上的天空还淡淡地残留着晚霞,透过玻璃窗看去,外面的风景直到很远的地方还看得出景物的形状。不过,它的颜色已经看不出来了。连绵不断的荒山,那平凡的轮廓更加平凡了。由于没有什么东西可以特别引人注目,反而形成了一种模糊而庞大的感情的河流。当然这也是因为姑娘的脸庞也浮现在其中的缘故。照出身影的部分,虽然看不见窗外,但是姑娘的轮廓周围则不断地流动着黄昏的景色。因此姑娘的脸面也有一种透明感。不过是否真的透明,一时还来不及把它看个清楚。因为不断流动在脸面后头的黄昏景色造成错觉,仿佛是在脸前流过去的。 $ |' w% A2 R7 r
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4 K4 n Q2 l1 n$ R 汽車の中もさほど明るくはなし,普通の鏡のように強くはなかった。反射がなかった。だから,島村は見入っているうちに,鏡のあることをだんだん忘れてしまって,夕景色の流れの中に娘が浮んでいるように思われて来た。
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车厢里也并不十分明亮,玻璃窗也没有普通镜子那么亮,没有反射。所以岛村看得入神就渐渐忘了那是镜子,只觉得在流动的黄昏景色中漂浮着一位姑娘了。
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2 ?: ]# O9 ]0 Z$ p) o1 s6 l( m2 h# y そういう時彼女の顔のなかにともし火をともったのだった。この鏡の映像は窓の外のともし火を消す強さはなかった。ともし火も映像をを消しはしなかった。そうしてともし火は彼女の顔のなかを流れて通るのだった。しかし彼女の顔を光り輝かせるようなことはしなかった。冷たく遠い光であった。小さな瞳(ひとみ)のまわりをぼうっと明るくしながら,つまり娘の眼と火とが重なった瞬間,彼女の眼は夕闇(ゆうやみ)の波間(なみま)に浮ぶ,妖(あや)しく美しい夜光虫(やこうちゅう)であった。! C/ ^4 \0 N& ]5 V, c$ r- u8 \
; `& t+ N2 D# P. Z' q 灯火就是这时在姑娘的脸上点着了的。这镜中的影像没有足够的亮度去消灭掉点着的灯光;灯光也没有消灭掉影像。于是灯光就从她的脸上流过去了。但是它并没有照亮姑娘的脸。那是远处的一点寒光。当它把小小眸子的周围稍微染红时,也就是眼睛和灯光重叠在一起的一瞬间,她的眼睛简直是黄昏时刻飘荡在海波中的一只妖冶的夜光虫。
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! c7 q2 E% E) D8 q& }" B こんな風に見られていることを,葉子は気付くはずがなかった。彼女はただ病人に心を奪われていたが,たとえ島村の方へ振り向いたところで,窓ガラスに写る自分の姿は見えず,窓の外を眺める男など目にも止まらなかっただろう。
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叶子当然不会察觉有人这样观看她。她的心专注在病人身上。即使她把脸转向岛村,也看不见照在玻璃上的自己,更不会注意到眺望窗外的一个男人。 . y' |* e3 i$ y
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島村が葉子を長い間盗見(ぬすみみ)しながら,彼女に悪いということを忘れていたのは,夕景色の鏡の非現実な力にとらえられていたからだろう。8 o3 U1 g; P4 k% r* ]7 B+ I% j
; W" {+ J0 N' F% O 岛村之所以久久地偷看叶子而并不感到内疚,大概是由于他已被那映着黄昏景色的镜子的幻术吸引住的缘故。 3 m, b1 R$ y4 H$ J* {1 f4 n
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+ C1 W# V4 O- x" f3 a- f だから彼女が駅長に呼びかけて,ここでもなにか真剣過ぎるものを見せた時にも,物語めいた興味が先に立ったのかも知れない。; _) @# U9 y- S9 X7 ?5 t2 a
2 a+ U3 ?) w- y( z1 C 所以,当叶子呼唤站长并且流露出过分迫切的感情时,在岛村心中首先产生的也许就是一种对于传奇故事的兴趣吧。 : l8 {/ s: [; Y* p
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- T+ }6 R+ l }2 k6 n: r その信号所を通るところは,もう窓はただ闇(やみ)であった。向こうに景色の流れが消えると,鏡の魅力も失われてしまった。葉子の美しい顔はやはり写っていたけれども,その温かいしぐさにかかわらず,島村は彼女のうちになにか澄んだ冷たさを新しく見つけて,鏡の曇って来るのをぬぐおうともしなかった。8 K3 m( j, u2 j0 D) M
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火车开过那个信号房时,窗外已经一片漆黑了。外面的风景一消失,镜子也就失去了吸引力。虽然叶子的美貌仍然照在镜子里,尽管她的动作那么温柔,岛村却在她身上重新发现了一种娴雅的冷漠,也就不再檫拭那镜子上又蒙上的水蒸气了。
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