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发表于 2006-6-6 13:37:11
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【天声人語】2006年06月06日(火曜日)付
捜査機関への出頭を覚悟した人の姿を、何度か見たことがある。口達者な人も、逮捕される時が近づくとだまりがちになった。昨日の、村上ファンドの村上世彰代表の場合は違っていた。
做好准备被送往检察机关的人看到过好几个。即使能言善道的人在临近被捕时,也往往会变得沉默无语。但是昨天看到的村上基金会的村上世章代表却不是这样。
とうとうと謝罪した、とでも言えばいいのだろうか。東京地検に逮捕される前の記者会見の映像では、弁舌の巧みさは以前とあまり違わなかった。
在被东京地方检察机关逮捕之前的记者见面会的录像里,他雄辩的口才一点也不逊与以往,可以说是滔滔不绝的谢完罪的吧。
ニッポン放送株の売買を巡るライブドアとのやりとりにインサイダー取引があったという容疑を認めたが、「もうけようと思ったのではない」と述べた。残念ながら、にわかには信じがたい。自らを「証券取引市場のプロ中のプロ」と呼びながら、インサイダー情報は取りに行ったのではなく「聞いちゃった」と、素人であるかのように語る。罪の意識をどこまで持っているのだろう。
他承认了关于日本广播股份买卖交易中,与活力门有内幕交易的嫌疑,他说〔我不是为了赚钱〕,但是遗憾的是不能让人马上就相信。一边声称自己是〔证券交易中的专业中的专业人员〕一边却像业余人员一样说自己不是去套取内幕交易的消息,〔我只是偶尔听到了〕,他到底对自己所犯的罪认识到了多少呢?
会見でやや気になったのは、これまで関連した企業の名を語る時の口ぶりだ。常に金を運用する対象と見ているせいか、株券という紙に印された社名を記号のように口にする印象を受けた。企業を形作る生身の人々やその家族への思いが株券より薄いように見受けられたが、思い過ごしだろうか。
在会见时让人有点在意的是,在说道至今为止的关联企业时的口吻。是不是他把他们经常作为资金运转对象来看待的缘故呢,给人感觉就是把印在股票上的公司名像一个符号一样挂在嘴上。看起来对公司成员以及对家人关爱远比股票来得少,这难道是我多想了吗?
「西国立志編」として明治初期に翻訳され、青年たちを鼓舞激励した英国の著述家スマイルズの『セルフヘルプ』に、こんな一節がある。「諸悪の根源は金それ自体にあるのではなく、金を『偏愛』することにある」(下谷和幸訳・野間教育研究所)。
作为〔西国立志编〕在明治初期被翻译过来的、鼓舞激励青少年的英国作家塞缪尔•斯迈尔斯的小说
《自助》中有这么一节,「万恶的根源不是来自金钱本身,而是来自对金钱的『偏爱』」(下谷和幸译.野间教育研究所)
村上ファンドもライブドアも東京の六本木ヒルズに陣取っていた。丘にそびえる「立志伝の塔」にまた一つ暗雲がかかった。
村上基金会也好活力门公司也好,都在东京的六本木新城里安寨扎营了。高耸在土丘上的「立志传之塔」又被一片乌云给笼罩了。 |
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