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发表于 2003-12-2 23:00:00
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たとい虫けらであろうと、相手は容易に放してはくれない。今まで通り、近所に場所を見つけて、コツンコツン五、六回食らわせて、今度こそ阿Qも参ったろうと思って、初めて満足して、意気揚々と引き上げる。ところが阿Qの方でも、ものの十秒もたたずに、やはり満足して、意気揚々と引き上げる。彼は、われこそ自分を軽蔑できる第一人者なりと考えるのである。「自分を軽蔑できる」ということを省けば、残るのは「第一人者」だ。状元(科挙の最高階の試験に一番で及第した者)だって「第一人者」じゃないか。「おめえなんか、何だい」だ。
阿Qは、かくも種々の妙計によって怨敵を征服した後、朗らかになって居酒屋へ飛び込み、ニ、三倍引っ掛け、そこでまたふざけたり言いあったりして、またも意気揚々となって、朗らかに地蔵堂へ戻ると、ごろっと大の字になって寝てしまうのである。もし金があると、彼は賭博へ行く。ひとかたまりの人間が地面に蹲っていて、阿Qは、汗みずくで、そのあいだに割り込んでいる。かけ声は彼のが一番高い。
「青竜(ちんろん)へ四百」
「そら‥‥‥開ける‥‥‥ぞっ」胴元が壷の蓋を取る。これも汗みずくでうたっている。「天門(てんめん)だ‥‥‥角は戻し、人(れん)と穿堂(ちょわんたん)はまけ‥‥‥阿Qの銭はもらったぞ‥‥‥」
「穿堂へ百‥‥‥百五十」
阿Qの銅銭は、このようなうたい声のなかで、徐々に別の汗みずくの人間の懐へ流れてゆく。しまいに彼は否応なく人垣から押し出されてしまう。そして人垣の後ろで、他人の勝負を気にしながら、しまいまで見ている。それから未練そうに地蔵堂へ戻る。翌日は、瞼を腫らして仕事に出て行くのであった。
ところが「人間万事、塞翁が馬」だ。阿Qは不幸にして一度勝った。しかし彼はほとんど失敗したのである。
それは未荘の祭りの夜であった。その夜は吉例の芝居がかかり、舞台の付近には吉例によって野天の賭場がたくさん開かれた。芝居の鉦太鼓も、阿Qの耳には、十里も遠方のように響いた。彼には胴元のうたう声だけが聞こえていた。彼は勝ちつづけた。銅貨が小銀貨に変わり、小銀貨が大銀貨に変わり、大銀貨の山ができた。彼は有頂天であった。
「天門に二両」
誰と誰とが、何のために喧嘩をはじめたのか、彼にはわからなかった。怒鳴る声、殴る音、足を踏み鳴らす音、無茶苦茶な混乱がしばらく続いた。ようやく彼が起き上がってみたときには、賭場もなければ、人もいなかった。体中が痛むようだ。どうやら殴られたり蹴られたりしたらしい。数人のものが、不思議そうに彼の方を見ている。魂が抜けたようになって、彼は地蔵堂へ戻った。心が落ち着くと、彼の銀貨の山が失われたことに気がついた。祭礼あてこみの賭場は、よそ者が多い。尻の持って行きどころはないのだ。
真っ白い、キラキラ光る銀貨の山、しかも彼のものである銀貨の山‥‥‥それが失われた。せがれに持って行かれたのだ、と考えて見ても面白くない。自分は虫けらなんだ、と言ってみても、やはり面白くない。こんどばかりは、彼も失敗の苦痛を嘗めなければならなかった。
だが、彼はたちまち、敗北を変じて勝利となすことができた。彼は右手を上げて、力いっぱい自分の横面を二つ三つ続けざまに殴りつけた。飛び上がるように痛かった。殴った後は、心が落ち着いて、殴ったのは自分であり、殴られたのは別の自分のような気がしてきた。まもなく、他人を殴ったと同じような‥‥‥痛いことはまだ痛かったが‥‥‥気持ちになった。満足して、意気揚々と彼は横になった。
彼はぐっすり睡った。
第三章 続勝利の記録
しかし、阿Qは、常に勝利は占めていたものの、有名になったのは、趙旦那に殴られて以来のことである。
彼は、組頭に二百文心付けを払って、プンプンして横になったが、そのあとで、考えた。
「いまの世の中はでたらめだ。倅が親を殴る‥‥‥」と、たちまち、趙旦那の威風堂々たる姿が目に浮かんだ。しかもその趙旦那が、今では彼の倅である。どうやら彼は得意になってきた。そして、起きあがって「若後家の墓参り」を口ずさみながら、居酒屋へ出かけていった。そのときの彼の気持ちでは、趙旦那は、人よりも一段高尚な人物であった。
不思議なことに、それ以来、人々は彼にたいして急に特別の尊敬を払うようにみえた。阿Qとしては、それは彼が趙旦那の親父だからだと考えたかもしれないが、実際は、そうではなかった。未荘では、通常、阿七が阿八を殴ったとか、李四が張三を殴ったというようなことは、一向珍しくはない。ただ、趙旦那のような有名な人と関係のある場合にはじめて、彼らの噂にのぼるのである。ひとたび噂にのぼると、殴った方が有名な人だから、殴られた方もそれにつれて有名になる。むろん、非が阿Qの方にあることは言うまでもない。何故か。趙旦那に非のあろうはずがないからだ。では、非がありながら、なぜ人々は彼をとくべつ尊敬するのか。これは難しい問題である。つらつら考察するに、阿Qが趙旦那と同族だと称するからには、たとえ殴られたにしろ、ひょっとすると幾分ほんとうかも知れぬという疑いがあって、当たらず触らずに尊敬しておいた方が無難だという気持ちからであったかもしれない。そうでなければ、孔子廟に備えられた太牢(牛)のように、豚や羊と同じただの畜生でありながら、聖人が箸をつけられたがために、先儒たちも妄動できない、というような関係であったかもしれない。
その後は多年、ともかく阿Qは得意であった。
ある年の春、彼はほろ酔い機嫌で街を歩いていた。すると、陽だまりの塀ぎわで、ひげの王が肌脱ぎになって虱を取っているのがめについた。それを見ると、彼も急に体が痒くなった。このひげの王というのは、禿があるのとひげが濃いのとで、人々から「ひげの禿の王」と呼ばれていたが、阿Qだけは「禿」を抜いて呼び、しかも、非常に軽蔑していた。阿Qの意見では、禿は奇とするに足りないが、この頬から頤(おとがい)にかけてのひげだけは、実に奇妙千万で、見られたザマじゃない、というのである。そこで阿Qは、彼と並んで腰をおろした。これがほかのひま人連だと、阿Qはうかつに近寄りはしない。このひげの王だけは、そばへ寄っても怖くはなかった。むしろ、彼が腰をおろしてやったのは、相手が光栄に思っていいくらいなものである。
阿Qも、ぼろ袷を脱いで、ひっくり返してみた。洗い立てのせいか、それとも見方がぞんざいのせいか、長いことかかって三、四匹つかまえただけであった。ひげの王はと見ると、一匹また一匹、二匹また三匹、後から後から口へ入れて、ピッピッと噛んでいる。
最初、阿Qはがっかりした。そのうちに、癪にさわってきた。見られたザマじゃない。ひげの王でもあんなに多いのに、自分にはちっともいない。これでは面目丸つぶれだ。一、二匹でかい奴をつかまえたいと焦るが、さっぱり見つからない。やっと中くらいのを一匹つかまえて、いまいましそうに厚い唇のなかへ押し込んで、懸命に咬むと、ピッと音がしたが、ひげの王ほど高い音でなかった。
彼は、禿のひとつひとつをまっ赤にして、着物を地面へ叩きつけるなり、ペッと唾を吐いてどなった。
「毛虫野郎め!」
「禿犬、そりゃ誰のことだ」ひげの王は、さげすむように眼をあげて言った。
このごろでは、阿Qは、人からも尊敬もされるし、自分でもお高くとまっていたが、それでも、喧嘩ばやいひま人連の前へ出ると、おずおずしてしまう。ところが今日に限って、馬鹿に元気がよかった。こんなひげだらけの野郎に、言いたい放題を言わせておけるか。
「きくだけ、やぼよ」彼は立ちあがると、両手を腰にあてて言った。
「揉んでもらいたいのか」ひげの王も、立ちあがって、着物をきながら言った。
阿Qは、彼が逃げるのだと思った。いきなり飛びついて、拳骨をふりあげた。その拳骨が相手へ届かぬ先に、相手の手に握られてしまった。引かれる拍子に、阿Qはよろよろとよろめいた。たちまち辮髪をひげの王につかまれ、塀のところへ連れて行かれて、例の調子でこずかれた。
「君子は口は出すが手は出さず」阿Qは、頭をゆがめて言った。
ひげの王は君子ではないらしかった。一向構わずに、連続五回小突いて、それから力いっぱい突き飛ばしたので、阿Qは一間も前にのめらされた。ひげの王は、ようやく満足して立ち去った。
阿Qの記憶では、おそらくこれは最近第一の屈辱事件であった。なぜならば、ひげの王は、そのひげ深いという欠点のために、これまで彼から馬鹿にされこそすれ、彼を馬鹿にしたことはなく、いわんや手出しなどしたことはなかったからである。しかるに、いまや彼に向かって手を出したのである。実に意外なことだ。まさか世間で噂するように、皇帝が科挙を廃止されて、秀才も挙人もなくなったので、それで趙家の威風が地に墜ちて、従って彼までも馬鹿にされるようになったのだろうか。
阿Qは途方に暮れて立っていた。
向こうから男がやってくる。阿Qの敵がまた現れたのだ。これも阿Qの大きらいなひとり、つまり銭旦那の長男である。この男は、以前、城内へ行って、西洋の学校へはいった。それから、どういうわけか、また日本へ行った。半年たって帰ってきたときには、足も西洋人のようにまっすぐになっていたし、辮髪もなくなっていた。そのため、母親は十数回泣きわめいたし、細君は三回井戸へ飛び込んだ。そのうちに、母親はこう言ってふれ廻るようになった。「あの辮髪は、悪者のために、酒で酔いつぶれたところを切られてしまったんです。えらいお役人になれるはずでしたが、今じゃ髪が伸びるまでお預けです」しかし阿Qは、その話を信用しなかった。あくまで「にせ毛唐」と呼び、また「毛唐の手先」と呼んでいた。彼に出会うと、必ず腹の中でひそかに罵倒した。
ことに阿Qが「深刻に憎悪」したのは、カツラの辮髪であった。辮髪がカツラであるに至っては、人間としての資格がゼロである。彼の細君が四回目の飛込みをやらないのは、これもよからぬ女に違いない。
その「にせ毛唐」が近づいてきた。
「坊主頭、驢馬(ろば)の‥‥‥」いつもなら阿Qは、腹のなかで悪口を言うだけで、口に出して言わなかったが、あいにく、むしゃくしゃの最中で、仕返しをしたくてうずうずしていた際とて、ついうっかり低い声が口から漏れてしまった。
意外や、この「坊主頭」は、ニス塗りのステッキ‥‥‥つまり阿Qの言う葬い棒‥‥‥を携えていて、ずかずかと彼の方へ寄ってきた。その瞬間、阿Qは打たれるものと覚悟を決めた。全身の筋肉をこわばらせて、肩ばかり突き出して待っていると、案の定、パンと音がして、確かに頭をやられたような気がした。
「あいつのことなんで」阿Qは、そばにいた子供を指差して、言い訳を言った。
パン、パン、パン!
阿Qの記憶において、おそらくこれが最近第二の屈辱事件であった。さいわい、パンパンの音がしてからは、もう彼はそれで事件が落着したような気がして、むしろさばさばした。しかも「忘却」という祖先伝来の宝物が効果を現しはじめた。ゆっくり歩いて、居酒屋の門口まできたときには、もう彼は幾分上機嫌にさえなっていた。
すると向こうから、静修庵の若い尼さんがやってきた。阿Qは普段でも尼さんを見ると、唾を吐きかけたくなる。まして今は屈辱事件の直後である。記憶が甦ってきて、彼は敵愾心にもえた。
「俺は今日、どうも日が悪いと思ったら、やっぱりおまえの面を見たせいだったな」と彼は思った。
彼は尼さんの行く手に立ちはだかって、思い切り唾を吐いた。
「カッ、ペッ!」
尼さんは、見向きもしないで、首を垂れたまま歩いていく。阿Qは、ずかずか歩み寄って、突然手を伸ばして、尼さんの剃りたての頭を撫でた。そして、ゲラゲラ笑いながら、
「坊主頭、早く帰れ、和尚さんがまっとるぞ」
「なにさ、手出しなんかして‥‥‥」尼さんは、顔じゅう赤くなって、そう言いながら足を早めた。
居酒屋にいた連中が、どっと笑った。阿Qは、自分の手柄が賞賛を博したので、ますます意気揚揚となった。
「和尚ならいいが、おいらが手を出しちゃいけねえかよ」彼は、尼さんの頬をつねりあげた。
居酒屋にいた連中が、どっと笑った。阿Qは得意になり、この見物人たちに満足を与えるために、もう一度力を入れてぎゅっとつねった。そして、ようやく手を放した。
この一戦によって、彼はひげの王のことをきれいに忘れた。にせ毛唐のことも忘れた。今日の一切の「不摺工纬黏蛉·盲郡瑜Δ蕷荬摔胜盲俊¥饯紊稀⒉凰甲hなことに、全身がパンパンやられたときよりも軽くなって、ふらふらして今にも舞い上がりそうな気がした。
「跡取なしの阿Q!」遠くの方から尼さんの半分泣いている声が聞こえる。
「ハッハッハ」阿Qは、十分の得意さをもって笑った。
「ハッハッハ」居酒屋にいた連中も、九分の得意さをもって笑った。
第四章 恋愛の悲劇
一説にいう。ある種の勝利者は、敵が虎のごとく鷹のごとくなることを願い、かくてはじめて勝利の喜びを感ずる。もし羊やヒヨコのようだと、むしろ勝利の味気なさを感ずるのだ。また、ある種の勝利者は、一切のものを征服した後に、死ぬものは死に絶え、降伏するものは降伏して「臣某恐惶恐懼頓首頓首」となった暁には、彼にはもはや敵もなく、対者もなく、友もなく、自分だけが上位にいて、ただ一人、ぽつんとして、うら淋しく、取り残され、かえって勝利の悲哀を感ずるという。しかしながら、われらの阿Qは、そんな弱虫ではない。彼は永遠に得意である。これまた、中国の精神文明が世界に冠絶する証拠の一つであるかもしれない。
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