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楼主: CSVGF

浮雲

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 楼主| 发表于 2004-12-10 15:04:48 | 显示全部楼层
第十五回 

 Explanation(示談)と、肚を極めてみると、大きに胸が透いた。おのれの打ち解けた心で推し測るゆえ、さほどに難事とも思えない。もウ少しの辛抱、と、哀しむべし、文三は眠らでとも知らず夢を見ていた。
 機会(おり)を窺ている二日目の朝、見知り越しの金貸しが来てお政を連れ出して行く。時機到来…今日こそは、と領(えり)を延ばしているとも知らず帰ッて来たか、下女部屋の入り口で「おッかさんは?」と優しい声。
 その声を聞くとひとしく、文三起ち上がりは起ち上がッたが、据えた胸もいざとなればおどる。前へ一歩、後ろへ一歩、ためらいながら二階を降りて、ふいと縁を回ッて見れば、部屋にとばかり思ッていたお勢が入り口の柱にもたれて、空を向上(みあ)げて物思い顔…はッと思ッて、文三立ち止まッた。お勢も何心なく振り返ッてみて、急に顔を曇らせる… ツと部屋へ入ッてあとぴッしゃり。障子は柱と額合わせをして、二、三寸跳ね返ッた。
 跳ね返ッた障子を文三は恨めしそうにみつめていたが、やがて思い切りわるく二歩三歩。わななく手頭を引き手へかけて、胸と共に障子をおどらしながらあけてみれば、お勢は机の前にかしこまッて、一心に壁とにらめくら。
「お勢さん。」
 と瀬踏みをしてみれば、あどけなく返答をしない。危うきに慣れて縮めた肝を少し太くして、また、
「お勢さん。」
 また返答をしない。
 この分なら、と文三は取り越して安心をして、にこにこしながら部屋へ入り、よきほどの所に座を占めて、
「少しお噺が…」
 この時になッてお勢は初めて、首の筋でも蹙(つま)ッたように、そろそろ顔をこちらへ向け、かわいらしい目に角を立てて、文三の様子を見ながら、何か言いたそうな口つきをした。
 今打とうと振り上げた拳の下に立ッたように、文三はひやりとして、思わず一生懸命にお勢の顔を見つめた。けれども、お勢は何ともいわず、また向こうを向いてしまッたので、やや顔を霽(は)らして、きまりわるそうににこにこしながら、
「この間はまことにどう…」
 もと言い切らぬうち、つと起き上がッたお勢の体が…不意を打たれて、ぎょッとする、女帯が、友禅染めの、眼前にちらちら…はッと心づく…われを忘れて、しッかり捉えたお勢の袂を…
「何をなさるンです?」
 と慳貪(けんどん)にいう。
「少しお噺…お…」
「今用があります。」
 邪険に袂を振り払ッて、ついと部屋を出てしまッた。
 そのあとをながめて文三はあきれた顔…「この期をはずしては…」と心づいて起ち上がりてはみたが、まさかあとを慕ッていかれもせず、しおれて二階へこそこそと帰ッた。
「しまッた、」と口へ出して後悔して後れ馳せに赤面。「今にお袋が帰ッて来る。『おっかさんこれこれの次第…』しまッた、しくじッた。
 千悔、万悔、臍(ほぞ)を噬(か)んでいる胸もとを貫くような午砲(???)の響き。それと同時に「御膳でございますよ。」けれど、ほいきたといッて降りられもしない。二、三度呼ばれて拠(よ)んどころなく、薄気味わるわる降りてみれば、お政はもウ帰ッていて、娘と取り膳で今食事最中。文三は黙礼をして膳に向かッた。「もう咄したか、まだ咄さぬか、」と思えば胸も落ち着かず、臆病で好事(ものずき)な眼を額越しにそッと親子へ注いでみればお勢は澄ました顔、お政は意味のない顔、…咄したともつかず、咄さぬともつかぬ。
 寿命を縮めながら、食事をしていた。
「そらそら、気をお付けなね。小供じゃアあるまいし。」ふととどろいたお政の声に、怖気ついた文三ゆえ、びっくりして首をあげてみて、安心した、お勢が誤ッてお茶を膝にこぼしたのであッた。
 気を付けられたからというえこじな顔をして、お勢は澄ましている。ふきもしない。「早くおふきなね、」と母親はしかッた。「膝の上へ茶をこぼして、ぽかんとみてえる奴があるもんか。三歳児じゃアあるまいし、意気地のないにも方図があッたもンだ。」
 もはやこうなッては穏やかに収まりそうもない。黙ッても視ていられなくなッたから、お鍋は一かたけ頬ばッた飯を鵜呑みにして、「はッ、はッ、」と笑ッた。同じ心に文三も「へ、へ、」と笑ッた。
 するとお勢はきっと振り向いて、こわらしい目つきをして文三を睨め出した。その容子が常でないから、お鍋はふと笑いやんでもッけな顔をする。文三は色を失ッた…
「どうせ私は意気地がありませんのさ、」とお勢はじぶくりだした、だれに向かッていうともなく。
「笑いたきゃアたんとお笑いなさい…失敬な。人のしかられるのがどこがおかしンだろう? げたげたげたげた。」
「何だよ、やかましい!言い草いわずと、さっさとふいておしまい。」
 と母親は火悚尾冀恧蚍扭渤訾埂¥堡欷嗓狻ⅳ獎荬鲜证摔坤獯イ欷骸
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 楼主| 发表于 2004-12-10 15:05:21 | 显示全部楼层
第十六回 

 あれほどまでにお勢母子の者に辱められても、文三はまだ園田の家を去る気になれない。ただ、そのかわり、火の消えたように、鎮まッてしまい、いとど無口が一層口をきかなくなッて、呼んでもはかばかしく返答をもしない。用事がなければ下へも降りて来ず、ただ一間にのみ垂れこめている。あまり静かなので、ついいることを忘れて、お鍋がランプの油を注がずに置いても、それをいいつけて注がせるでもなく、油がなければないで、真っ闇な坐舗にしょんぼりとして、終始何事をか考えている。
 けれど、こう静まッているは表相のみで、その胸臆の中へ立ち入ッてみれば、じつに一方ならぬ変動。あたかも心が顛動(てんどう)したごとくに、昨日よいと思ッた事も今日は悪く、今日悪いと思う事も昨日はよいとのみ思ッていた。情欲の雲が取れて心の鏡が明らかになり、睡入ッていた知恵はにわかに目をさまして決然として断案を下し出す。目に見えぬところ、幽妙のところで、文三は――全くとはいわず――やや生まれ変わッた。
 目を改めてみれば、今までしてきたことは夢かはた現か…と怪しまれる。
お政の浮薄、今さらいうまでもない。が、過ッた文三は、――実に今まではお勢を見謬(みあや)まッていた。今となッて考えてみれば、お勢はさほど高潔でもない。移り気、開豁(はで)、軽躁(かるはずみ)、それを高潔と取り違えて、意味もない外部の美、それを内部のと混同して、愧かしいかな、文三はお勢に心を奪われていた。
 われに心を動かしていると思ッたがあれがそもそも誤りの緒(いとぐち)。かりそめにも人を愛するというからには、必ずまず互いに天性気質を知りあわねばならぬ。けれども、お勢は初めより文三の人となりを知ッていねば、よし多少文三に心を動かしたごとき形迹(けいせき)があればとて、それは真に心を動かしていたではなく、ただほんの一時感染(かぶ)れていたのであッたろう。
 感受の力の勝つ者はだれしも同じ事ながら、お勢は眼前に移り行く事や物やのうち少しでも新奇な物があれば、目早くそれを視て取ッて、直ちに心に思い染める。けれども、惜しいかな、ほとんど見たままで、別に烹煉(ほうれん)を加うるということをせずに、無造作にその物その事の見解を作ッてしまうから、自ら真相を看破(あきら)めるというには至らずして、ややもすれば浅膚(せんぷ)の見に陥る。それゆえ、そのものに感染れて、眼色を変えて、狂い騒ぐときをみれば、いかにも熱心そうに見えるものの、もとより一時の浮想ゆえ、まだ真味を味わわぬうち、早くも熱が冷めて、いや気になッて惜しげもなく打ち棄ててしまう。感染れる事の早い代わりに、飽きる事も早く、得る事に熱心な代わりに、すでに得たものを失うことには無頓着。書物を買うにしても、そうで、買いたいとなると、矢も盾もなく買いたがるが、買ッてしまえば、あまり読みもしない。英語のけいこを初めた時も、またその通りで、初めるまでは一日をも争ッたが、初めてみれば、さほどに勉強もしない。万事そうした気風であってみれば、お勢の文三に感染れたも、また厭いたも、その間にからまる事情を棄てて、単にその心状をのみ繹(たず)ねてみたら、恐らくはそのような事であろう。
 かつお勢は開豁な気質、文三は朴茂(じみ)な気質。開豁が朴茂に感染れたから、どこか仮衣をしたように、そぐわぬ所があッて、落ち着きが悪かッたろう。悪ければ良くしようというが人の常情であッてみれば、たとえ免職、窮愁、恥辱などという外部の激因がないにしても、お勢の文三に対する感情は早晩一変せずにはいなかッたろう。
 お勢は実に軽躁である。けれども、軽躁でない者が軽躁な事をしようとして得ぬがごとく、軽躁な者は軽躁な事をしまいと思ッたとて、なかなかしずにはおられまい。軽躁と自ら認めている者すら、なおこうしたものであッてみれば、ましてお勢のごとき、まだわれをも知らぬ、罪のない処女がおのれの気質に克ち得ぬとて、あながちにそれを無理ともいえぬ。もしお勢を深くとがむべき者なら、較べていえば、やや学問あり知識ありながら、なお軽躁を免れぬ、たとえば、文三のごとき者は(はれやれ、文三のごとき者は?)何としたものであろう?
 人事でない。お勢もわるかッたが、文三もよろしくなかッた。「人の頭の蠅を逐うよりはまずわが頭のを逐え、」――聞き旧した諺も今は耳新しく身にしみて聞かれる、から、何事につけても、おのれ一人をのみ責めてあえてみだりにお勢をとがめなかッた。が、いかにひいき目にみても、文三のすでに得たいわゆる識認というものをお勢が得ているとはどうしても見えない。軽躁と心づかねばこそ、身を軽躁に持ちくずしながら、それを憂しとも思わぬ様子、醜穢(しゅうかい)と認めねばこそ、身を不潔な境に処きながら、それを何とも思わぬ顔色。これが文三の近来最も傷心な事、半夜夢さめて燈(ともしび)冷ややかなる時、想うてこの事にいたれば、つねに悵然(ちょうぜん)として太息せられる。
 して見ると、文三は、ああ、まだ苦しみがなめ足りぬそうな!
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 楼主| 发表于 2004-12-10 15:05:51 | 显示全部楼层
第十七回 

 お勢のあくたれた時、お政は娘の部屋で、およそ二時間ばかりも、何か諄々と教誨(いいきか)せていたが、それからは、どうしたものか、急に母子の折り合いがよくなッて来た。取り分けてお勢が母親に孝順(やさしく)する、折節にはきげんを取るのかと思われるほどの事をもいう。親も子も睨める敵は同じ文三ゆえ、こう比周(したしみあう)もそのはずながら、動静を窺(み)るに、ただそればかりでもなさそうで。
 昇はその後ふッつり遊びに来ない。顔を視ればいがみ合う事にしていた母子ゆえ、折り合いが付いてみれば、咄もなく、文三の影口も今は道尽(いいつ)くす、――家内がいつからとなく湿ッて来た。
「ああ辛気なこと!」と一夜お勢があくびまじりにいッて泪ぐンだ。
 新聞を拾い読みしていたお政は眼鏡越しに娘を見やッて、「あくびをして徒然(つくねん)としていることはないやアね。本でも出して来てお復習(さらい)なさい。」
「復習ッて、」とお勢は鼻声になッて眉をひそめた。
「明日の支度はもう済ましてしまッたものを。」
「済ましッちまッたッて。」
 お勢はまた新聞に取りかかッた。
「おっかさん。」とお勢は何かおもい出して事ありげにいッた。「本田さんはなぜ来ないンだろう?」
「なぜだか。」
「憤(おこ)ッているのじゃないだろうか?」
「そうかもしれない。」
 何をいッても取り合わぬゆえ、お勢も仕方なく口をつぐんで、しばらく物思わしげにランプをみつめていたが、それでもまだ気にかかると見えて、「おっかさん。」
「何だよ?」とうるさそうにお政は起き直ッた。
「ほんとうに本田さんは憤ッて来ないのだろうか?」
「何を?」
「何をッて、」少し気を得て、「そら、この間来た時、私がかまわなかったから…」
 と母の顔をみつめた。
「なに人、」とお政はにっこりした、何といッてもまだおぼだなと言いたそうで。「お前にかまッてもらいたいンで来なさるンじゃあるまいシ。」
「あら、そうじゃないンだけれどもさ…」
 と愧(はず)かしそうに自分もにっこり。
 おほんという罪を作ッているとは知らぬから、昇が、例の通り、平気な顔をしてふいとやッて来た。
「おや、ま、うわさをすれば影とやらだよ」、お政が顔を見るよりしゃべりつけた。「今あなたのうわさをしていた所さ。え? もちろんさ、ぎりにもよくはいえないッさ…ははははは。それは情談だが、きついお見限りですね。どこか穴でもできたンじゃないかね? できたとえ?そらそら、それだもの、だから鰻男だということさ。ええ鰌(どじょう)でなくッてお仕合わせ? 鰌とはえ?…あ、ほンに鰌といえば、向こう横町にできた鰻屋ね、ちょいと異(おつ)ですツさ。久しぶりだッて、おごらなくッてもいいよ、はははは。」
 皺延ばしの太平楽、聞くに堪えぬというは平日の事、今宵はちと情実(わけ)があるから、お勢は顔をしかめるはさて置き、昇の顔を横目でみながら、追っかけ引っかけて高笑い。てれ隠しか、うれしさのこぼれか当人に聞いてみねば、とんとわからず。
「今夜は大分ごきげんだが、」と昇も心づいたか、お勢をなぶりだす。「この間はどうしたもンだッた? 何をいッても、『まだ明日の支度をしませんから。』はッ、はッ、はッ、おもい出すとおかしくなる。」
「だッて、気分が悪かッたンですものを、」と淫哇(いやら)しい、形容もできない身振り。
「何が何だか、わけがわかりゃアしません。」
 少ししらけた席の穴をうめるためか、昇がにわかに問われもせぬ無沙汰のいいわけをしだして、近ごろは頼まれて、一夜はざめに課長の所へいって、細君と妹に英語の下げいこをしてやる、という。「いや、迷惑な、」と言葉を足す。
 と聞いて、お政にも似合わぬ、正直な、まうけに受けて、その不心得を諭す、これが立身の踏み台になるかも知れぬといッて。けれども、お弟子がお弟子ゆえ、飛んだ事まで教えはすまいかと思うと心配だと高く笑う。
 お勢は昇が課長の所へ英語を教えにいくと聞くより、どうしたものか、にわかにしおれだしたが、この時母親に釣られてさびしい顔でにっこりして、「令妹の名は何というの?」
「花とか耳とかいッたッけ。」
「よほどできるの?」
「英語かね?なアに、からだめだ。Thank you for your Kind だから、まだまだ。」
 お勢は冷笑の気味で、「それじゃア…」
 I will ask you といッて今日教師にしかられた、それはこの時忘れていたのだから、仕方がない。
「ときに、これは、」と昇はお政の方を向いて親指を出してみせて、「どうしました、その後?」
「いますよまだ、」とお政は思い切ッて顔をしかめた。
「ずうずうしいと思ッてねえ!」
「それもいいが、また何かお勢に言いましたツさ。」
「お勢さんに?」
「はア。」
「どんな事を?」
 おッとまかせとしゃべり出した、文三のお勢の部屋へ忍び込むからだんだんと順を逐ッて、剰さず漏らさず、おまけまでつけて。昇は顎をなでてそれをきいていたが、お勢が悪たれた一段となると、不意に声を放ッて、大笑いに笑ッて、「そいつァ痛かッたろう。」
「なにそン時こそちっとばかしおかしな顔をしたッけが、半日もたてば、また平気なものさ。なンと、本田さん、ずうずうしいじゃアありませんか!」
「そうしてね、まだわたしの事を浮気者だなンぞッて。」
「ほんとうにそんな事もいったそうですがね、なにも、そんなに腹がたつなら、ここの家にいないがいいじゃありませんか。わたしならすぐ下宿か何かしてしまいまさア。それを、そんな事をいッて置きながら、ずうずうしく、のべんくらりと、大飯を食らッて………ているとはどこまで押しが重たいンだか数が知れないと思ッて。」
 昇は苦笑いをしていた。しばらくして返答とはなく、ただ、「何にしても困ッたもンだね。」
「ほんとに困ッちまいますよ。」
 困ッている所へ勝手口で、「梅本でござい。」梅本というは近処の料理屋。「おや家では…」とお政は怪しむ、その顔もたちまちにこにことなッた、昇のいいつけとわかッて。
「それだからこの息子はかわいいよ。」片腹痛い言(こと)までいッてやがて下女が持ち込む岡持の蓋を取ッて見るよりまた意地の汚い言をいう。それを、今夜に限って、平気で聞いているお勢どのの心持ちがわからない、と怪しんでいる間もあればこそ、それッと炭を継ぐ、吹く、起こす、燗(かん)をつけるやら、鍋をかけるやら、またたく間に酒となッた。
 あいのおさえのといううるさい事のない代わり、洒落、担ぎ合い、大口、高笑い、都々逸(どどいつ)の素じぶくり、替え歌の伝授など、いろいろの事があッたが、うるさいからそれは略す。
 刺身の調味(つま)のみになッておくびで応答(うけこたえ)するころになッて、お政は、例の所へでもゆきたくなッたか、ふと起ッて坐舗を出た。
 と両人差し向かいになッた。顔を視合わせるともなく視合わして、お勢はくすくすと吹き出したが、急にまじめになッてちんと澄ます。
「これァおかしい。何がくすくすだろう?」
「何でもないの。」
「のぼる源氏のお顔を拝んでうれしいか?」
「あきれてしまわア、ひょッとこ面のくせに。」
「何だと?」
「きれいなお顔でございますということ。」
 昇は例の黙ッてお勢を睨め出す。
「きれいなお顔だというンだから、ほほほ」と用心しながらあとすざりをして、「いいじゃア…おッ…」
 ツと寄ッた昇がお勢のそばへ…空で手と手がひらめく、からまる…と鎮まッた所をみれば、お勢はいつか手を握られていた。
「これがどうしたの?」と平気な顔。
「どうしもしないが、こうまず俘虜(いけどり)にしておいてどッこい…」と振り放そうとする手を握りしめる。
「あちちち」と顔をしかめて、「痛い事をなさるねえ!」
「ちッとは痛いのさ。」
「放してちょうだいよ。放さないとこの手に食い付きますよ。」
「食い付きたいほど思えども…」と平気で鼻歌。
 お勢はおそろしく顔をしかめて、甘たるい声で、「よう、放してちょうだいといえばねえ…声を立てますよ。」
「お立てなさいとも。」
 といわれて一段声を低めて、「あら(引)本田さんが(引)手なんぞ握ッて(引)ほほほ、いけません、ほほほ。」
「それはさぞ(引)お困りでございましょう(引)」
「ほんとうに放してちょうだいよ。」
「なぜ? 内海に知れると悪いか?」
「なにあんな奴に知れたッて…」
「じゃ、ちッとこうしていたまえ。大丈夫だよ、淫褻(いたずら)なぞする本田にあらずだ…が、ちょッと…」と何やら小声でいッて、「…ぐらいはよかろう?」
 するとお勢は、どうしてか、急に心からまじめになッて、「あたしァ知らないからいい…わたしゃァ…そんな失敬な事ッて…」
 昇はおもしろそうにお勢のまじめくさった顔をながめてにこにこしながら、「いいじゃないか? ただちょいと…」
「いやですよ、そんな…よッ、放してちょうだいといえばねえッ。」
 一生懸命に振り放そうとする、放させまいとする、暫時争ッていると、縁側に足音がする、それを聞くと、昇はわれからお勢の手を放して大笑いに笑い出した。
 ずッとお政が入ッて来た。
「叔母さん叔母さん、お勢さんを放し飼いはいけないよ。今も人をつかまえて口説いて口説いて困らせ抜いた。」
「あらあらあんな虚言をついて…ひどい人だこと!…」
 昇は天井を仰向いて、「はッ、はッ、はッ。」
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 楼主| 发表于 2004-12-10 15:06:50 | 显示全部楼层
第十八回 

 一週間とたち、二週間とたつ。昇は、相かわらず、しげしげ遊びに来る。そこで、お勢もますます親しくなる。
 けれど、その親しみ方が、文三の時とは、大きに違う。かの時は華美から野暮(じみ)へと感染(かぶ)れたが、このたびは、その反対で、野暮の上塗りが次第にはげてようやく木地の華美に戻る。両人とも顔を合わせれば、ただ戯れるばかり、落ち着いて談話などした事さらになし。それも、お勢にいわせれば、昇がよろしくないので、こちらでまじめにしているものを、とぼけた顔をし、剽軽(ひょうきん)な事を言い、軽く、気なしに、調子を浮かせてあやなしかける。それゆえ、念に掛けて笑うまいとはしながら、おかしくて、おかしくて、どうもたまらず、唇をかみ締め、眉を釣り上げ、真っ赤になッても耐え切れず、つい吹き出して大事の大事の品格を落としてしまう。果ては、何をいわれんでも、顔さえ見れば、おかしくなる。「本当に本田さんはいけないよ、人を笑わしてばかりいて。」お勢は絶えず昇を憎がッた。
 こうお勢に対うと、昇は戯れ散らすが、お政には無遠慮といううちにも、どこかしっとりとした所があッて、戯言をいわせれば、言いもするが、また落ち着く時には落ち着いて、随分まじめな談話もする。もちろん、まじめな談話といッた所で、金利公債の話、家屋敷の売り買いのうわさ、さもなくば、借家人がさらに家賃を納(い)れぬ苦情――皆つまらぬ事ばかり。一つとしてお勢の耳にはおもしろくも聞こえないが、それでいて、両人の話している所を聞けば、何か、談話の筋のほかに、男女交際、婦人矯風(ふじんきょうふう)の議論よりは、はるかにおもしろい所があッて、それを目顔で話し合ッて娯(たの)しんでいるらしいが、お勢にはさっぱりわからん。が、よほどおもしろいと見えて、そんな談話が始まると、お政はもちろん、昇までが平生の愛嬌はどこへやらやッて、お勢の方は見向きもせず、一心になッて、あるいは公債を書き替えるごく簡略な法、あるいはだれも知ッている銀行の内幕、またはお得意の課長の生計の大した事を蝶々と話す。お勢は退屈で退屈で、あくびばかり出る、起ち上がッて部屋へ帰ろうとは思いながら、つい起ちそそくれて潮合(しおあい)を失い、まじりまじり思慮のない顔をしておもしろくもない談話を聞いているうちに、いつしか目が曇り両人の顔がかすんで話し声もやや遠くこもッて聞こえる…「なに、十円さ、」と突然鼓膜を破る昇の声におどろかされ、震え上がる拍子に目を看開いて、せわしく両人の顔をうかがえば、心づかぬ様子、まずよかッたと安心し、何食わぬ顔をしてまた両人の話を聞き出すと、また目の皮がたるみ、引き入れられるような、快い心地になッて、睡(ねむ)るともなく、つい正体を失う…だれかに手あらく揺すぶられてまた愕然として目をさませば、耳もとにどっと高笑いの声。お勢もさすがににっこりして、「それでも睡いんだものを」と睡そうにいいわけをいう。またこういう事もある、前のように欲ばッた談話で両人は夢中になッている、お勢は退屈やら、手持ちぶさたやら、いびつにすわりてみたり、かしこまッてみたり。耳を借していては際限もなし、そのうちにはまた睡気がさしそうになる、から、ちと談話の仲間入りをしてみようかと思うが、一人が口をつぐめば、一人が舌を揮(ふる)い、蝶々として両つの口が結ばるという事がなければ、嘴を容れたいにも、さらにその間隙が見つからない。その見つからない間隙をようやく見つけて、ここぞと思えば、さて肝心のいうべき事が見つからずまごつくうちにはや人に取られてしまう。経験が知識を生んで、今度はいうべき事もかねて用意して、じれッたそうに插頭(かんざし)で髪をかきながら、ようやくの思いで間隙を見つけ、「公債は今いくらなの?」と嘴をはさんでみれば、さてわれながら唐突千万! 無理ではないが、昇も、母親も、肝をつぶして顔を視合わせて、大笑いに笑い出す。――今のは半襟の間違いだろう。――なに、人形の首だッさ。――違えねえ。またしても口をそろえて高笑い。――あんまりだから、いい! とお勢はふくれる。けれど、ふくれたとて、きげんを取られれば、それだけつまり安目にされる道理。どうしても、こうしても、かなわない。
 お勢はこの事を不平に思ッて、あるいは口を聞かぬといい、あるいは絶交するといッて、おどしてみたが、昇は一向平気なもの、なかなかそんな甘手ではいかん。圧制家(デスポト)、利己論者(イゴイスト)と口ではのろいながら、お勢もついその不届き者と親しんで、もてあそばれると知りつつ、もてあそばれ、なぶられると知りつつ、なぶられている。けれど、そうはいうものの、ふざけるもまんざらでないと見えて、たまたま昇が、お勢の望む通り、まじめにしていれば、さてどうも物足りぬ様子で、こちらから、遠方から、危うがりながら、ちょッかいを出してみる。相手にならねば、はなはだきげんがわるい、から、余儀なくその手を押さえそうにすれば、たちまちきゃッきゃッと軽忽(きょうこつ)な声を発し、高く笑い、遠方へ逃げ、例の睚(まぶち)の裏を返して、べべべーという。すべてなぶられてもいやだが、なぶられぬもいや、どうしましょう、といいたそうな様子。
 母親は見ぬ風をして見落としなく見ておくから、歯がゆくてたまらん。老巧の者の目から観れば、年若の者のする事は、すべてだらしなく、手ぬるくてさらに埒が明かん。そこで耐えかねて、娘に向かい、おごそかに言い聞かせる、娘の時の心掛けを。どのような事かといえば、皆多年の実験から出た交際の規則で、男、取り分けて若い男という者はこういう性質のものであるから、もし情談をいいかけられたら、こう、花を持たせられたら、こう、なぶられたら、こうあしらうものだ、など、という事であるが、親の心子知らずで、こう利益(ため)を思ッて、言い聞かせるものを、それをお勢は、生意気な、まだ世の態(さま)も見知らぬくせに、明治生まれの婦人は芸娼妓でないから、男子に接するにそんな手管はいらないとて、鼻の頭であしらッていて、さらに用いようともしない。手管ではない、これが娘の時の心掛けというものだと言い聞かせても、そのような深遠な道理はまだ青いお勢にはわからない。そんな事は女大学にだッて書いてないと強情を張る。勝手にしなと肝癪を起こせば、勝手にしなくッてと口答えをする。どうにも、こうにも、なッた奴じゃない!
 けれど、母親が気をもむまでもなく、幾ほどもなくお勢はわれから自然に様子を変えた。まずその初めをいえば、こうで。
 この物語の首(はじめ)にちょいとうわさをした事のあるお政の知己「須賀町のお浜」という婦人が、近ごろ娘をさる商家へ縁付けるとて、それを風聴かたがたその娘を伴れて、ある日お政を尋ねて来た。娘というはお勢に一ツ年下で、姿色(きりょう)は少し劣る代わり、遊芸は一通りできて、それでいて、おとなしく、愛想がよくて、お政にいわせれば、如才ない娘で、お勢にいわせれば、旧弊な娘、お勢は大きらい、母親がひいきにするだけに、なお一層この娘をきらう。ただしこれは普通の勝心をさせる業ばかりでなく、この娘の陰で、おりおり高い鼻をこすられる事もあるからで、縁付けると聞いて、お政はうらやましいと思う心を、少しも匿(かく)さず、顔はおろか、口へまで出して、ことごとく慶びを陳べる。娘の親も親で、慶びを陳べられて、一層得意になり、さも誇貌(ほこりが)に婿の財産を数え、また支度に費ッた金額の総計から内訳まで細々と計算をして聞かせれば、聞く事ごとにお政はかつ驚き、かつうらやんで、果ては、どうしてか、婚姻の原因を娘の行状に見いだして、これというも平生の心掛けがいいからだと、口をきわめて賞める、嫁いる事がそんなに手柄であろうか、お勢は猫が鼠を捕ッたほどにも思ッていないのに! それをその娘は、恥ずかしそうにうつ向きはうつ向きながら、おのれも仕合わせと思い顔で高慢は自ら小鼻に現れている。見ていられぬほどに醜態をきわめる! お勢はもとよりうらやましくも、妬ましくもあるまいが、ただおのれ一人でそう思ッているばかりでは満足ができんと見えて、おりおりもさも苦々しそうに冷笑ッてみせるが、あやにくだれも心づかん。そのうちに母親が人の身の上をうらやむにつけて、わが身の薄命を嘆ち、「どこかの人」が親を蔑ろにしてさらにいうことを用いず、いつ身を極めるという考えもないとて、苦情をならべ出すと、娘の親は失礼な、なにこの娘の姿色なら、ゆくゆくは「立派な官員さん」でも夫に持ッて親に安楽させることであろうといッて、あざけるように高く笑う。見ように見まねに娘までが、お勢の方を顧みて、これもまたあざけるようにほほと笑う。お勢はおそろしく赤面してさも面目なげにうつ向いたが、十分もたたぬうちに座舗を出てしまッた。わが部屋へ戻りてから、始めて、後れ馳せに憤然(やっき)となッて「一生お嫁になんぞ行くもんか」と奮激した。
 客は一日打ちくつろいて話して夜に入ッてから帰ッた。帰ッた後に、お政はまた人の幸福をいいだしてうらやむので、お勢はもはや勘弁がならず、胸につもる昼間からの鬱憤を一時に霽(はら)そうという意気込みで、言葉鋭く言いまくッてみると、母の方にも存外な道理があッて、ついにはお勢もなるほどと思ッたか、少し受太刀になッた。が、負けじ魂から、滅多には屈服せず、なおかれこれと諍論(いいあらそ)ッている、そのうちにお政は、何か妙案を思い浮かべたように、にわかに顔色を和らげ、今にも笑い出しそうな目つきをして、「そんな事をお言いだけれども、本田さんなら、どうだえ? 本田さんでも、お嫁に行くのはいやかえ?」という。「いやなこった」、といッてお勢は今まで顔へ出していた思慮をことごとく内へ引っ込ましてしまう。「おや、なぜだろう。本田さんなら、いいじゃないか。ちょいと気がきいていて、小金もちっとは持ッていなさりそうだし、それに第一男が好くッて。」「いやなこッた。」「でも、もし本田さんがくれろといッたら、何といおう?」といわれて、お勢は少したゆたッたが、うろたえて、「い、いいやなこッた。」お政はじろりとその様子をみて、なに思ッてか、高く笑ッたばかりで、再び娘を詰らなかッた。その後はお勢はことさらに何食わぬ顔を作ッてみても、どうもうまくいかぬようすで、ややもすれば沈んで、目を細くしてどこか遠方をみつめ、恍惚(うっとり)として、夢現の境に迷うように見えたこともあッた。「十一時になるよ」、と母親に気を付けられたときは、夢のさめたような顔をしてため息さえついた。
 部屋へ戻ッても、なお気が確かにならず、なに心なく寝衣に着代えて、力なさそうにべッたり、床の上へすわッたまま、身動きもしない。何を思ッているのか? 母の端なくいッた一言の答えを求めて求め得んのか? 夢のように、過ぎこした昔へ心を引き戻してこれまで文三ごとき者にかかずらッて、良縁をも求めず、いたずらに歳月を送ッたを惜しい事に思ッているのか? あるいは母の言葉の放ッた光にわが身をめぐる暗闇を破られ、始めて今が浮沈の潮界、一生の撙味à蓼霑rと心づいたのか? そもそもまた狂いだす妄想につれられて、われ知らず心を華やかな、娯(たの)しい未来へ走らし、望みを事実にし、現に夢を見て、うれしく、畏ろしい思いをしているのか? 恍惚(うっとり)とした顔に映る内の想いがないから、何を思ッていることかすこしもわからないが、とにかくややしばらくの間は身動きをもしなかッた、そのままで十分ばかりたッたころ、忽然として目がうれしそうに光りだすかと思う間に、見る見る耐えようにも耐え切れなさそうな微笑が口もとに浮かび出て、頬さえいつしか紅を潮(さ)す。閉じた胸の一時に開けたため、天成の美も一段の光を添えて、艶なうちに、どこかからりと晴れやかに快さそうな所もありて、さながら蓮の花の開くのを観るように、見る目もさめるばかりであッた。突然お勢は跳ね起きて、うれしさがこみあげて、ただすわッていられぬように、そして柱にかけた薄暗い姿見に対い、ぼんやり写るおのが笑顔をのぞき込んで、あやすようなまねをして、片足を浮かせて床の上でぐるりと回り、舞踊でもするような邭i(あしどり)で部屋の中を跳ね回ッて、また床の上へ来るとそのまま、そこへ臥倒れる拍子に手ばしこく、枕を取ッて頭にあてがい、渾身(みうち)を揺すりながら、締め殺したような声を漏らして笑い出して。
 この狂気じみた事のあッた当座は、お勢は憶するでもなく恥じらうでもなく、ただ何となく落ち着きが悪いようであッた。何か心に持ッているそれを悟られまいため、やはり今までどおり、おさなく、あどけなくあしらうと、影では思うが、いざ昇と顔を合わせると、どうももうそうはいかないと云いそうな調子で。いう事にさしたる変わりもないが、それをいう調子にどこかいままでにないところがあッて、濁ッて、いや味を含む。用もないに坐舗を出たり、はいッたり、おかしくもないことに高く笑ッたり、だれやらに顔を見られているなと心づきながら、それをわざと心づかぬ風をして、磊落(らいらく)に母親に物をいッたりするはまだな事、昇と目を見合わして、うろたえて横へそらしたことさえたびたびあッた。すべて今までとは様子が違う、それを昇のいる前で母親に怪しまれた時はお勢もぱッと顔をあからめて、いかにもきまりが悪そうに見えた。が、そのきまり悪そうなもいつしか失せて、その後は、昇に飽いたのか、珍しくなくなったのか、それとも何か争いでもしたのか、どうしたのかわからないが、とにかく昇が来ないとても、もウ心配もせず、来たとて、一向かまわなくなッた。以前は鬱々としている時でも、昇が来れば、すぐ冴えたものを、今は、その反対で、冴えている時でも、昇の顔を見れば、すぐ顔を曇らして、冷淡になって、あまり口数もきかず、すべて仲わるい従兄弟同士のように、遠慮気なくよそよそしくもてなす。昇はさして変わらず、なお折節には戯言など言い掛けてみるが、いッても、もウお勢が相手にならず、もちろんうれしそうにもなく、ただ「知りませんよ」とあちら向くばかり。それゆえに、昇の戯(ざれ)ばみも鉾先が鈍ッて、大抵は、泣き眠入るように、眠入ッてしまう。こうまで昇を冷遇する。そのかわり、昇の来ていない時は、おそろしい冴えようで、だれかれの見さかいなく戯れかかッて、詩吟するやら、唱歌するやら、いやがる下女をとらえて舞踊のまねをするやら、飛んだり、跳ねたり、高笑いをしたり、さまざまに騒ぎ散らす。が、こう冴えている時でも、昇の顔さえ見れば、不意にまた目の中を曇らして、落ち着いて、冷淡になッて、しまう。
 けれど、母親には大層やさしくなッて、騒いでしかられたとて、鎮まりもしないが、悪まれ口もきかず、かえッて憎気なく母親にまでだれかかるので、母親も初めのうちは苦い顔を作ッていたものの、ついには、どうかこうか釣り込まれて、叱る声をくずして笑ッてしまう。ただし朝おこされる時だけはそれは例外で、その時ばかりは少し頬をふくらせる、が、それもそのほどが過ぎれば、われからきげんを直して、華やいで、時には母親に媚びるのかと思うほどの事をもいう。初めのほどはお政も不審顔をしていたが、慣れれば、それも常となッてか、後には何とも思わぬ様子であッた。
 そのうちにお勢が編み物の夜稽古に通いたいといいだす。編み物よりか、心やすい者に日本の裁縫を教える者があるから、昼間そこへ通えと、母親のいうを押しかえして、幾たびか幾たびか、掌を合わせぬばかりにしてぜひ編み物をと頼む。西洋の処女なら、今にも母の首にしがみついて頬のあたりに接吻しそうに、あまえたねだるような目つきで顔をのぞかれ、やいやいとせがまれて、母親は意久地なく、「ええ、うるさい! どうなと勝手におし、」とすかされてしまッた。
 編み物のけいこは、英語よりも、おもしろいとみえて、隔晩のけいこを楽しみにして通う。お勢は、全体、本化粧がきらいで、これまで、外出するにも、薄化粧ばかりしていたが、編み物のけいこを初めてからは、「みんなが大層作ッて来るから、わたし一人なにしない…」ととがめる者もないに、われからいいわけをいいいい、こッてりと、人品を落とすほどに粧(つく)ッて、衣服もなりたけ美いのを撰んで着て行く。夜だから、こちらのでよいじゃないかと、美(よ)くない衣服を出されれば、それをいやとは拒みはしないが、何となくきげんがわるい。
 お政はそわそわして出て行く娘の後ろ姿をいつも請けにくそうに目送る…
 昇はいつからともなく足を遠くしてしまッた。
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 楼主| 发表于 2004-12-10 15:07:20 | 显示全部楼层
第十九回 

 お勢はいったんは文三をはしたなく辱めはしたものの、心にはさほどにも思わんか、その後はただ冷淡なばかりで、さしてつらくも当たらん、が、それに引き替えて、お政はますます文三を憎んで、始終出て行けがしにもてなす。何か用事がありて下座敷へ降りれば、家内じゅう寄り集りて、口を解いておもしろそうに雑談などをしている時でも、皆言い合わしたように、ふと口をつぐんで顔を曇らせる、といううちにも取り分けてお政は不きげんな体で、少し文三が出ようが遅ければ、何をぐずぐずしているといわぬばかりに、こちらを睨めつけ、時には気を焦(いら)ッて、聞こえよがしに舌鼓みなどを鳴らして聞かせる事もある。文三とても、白痴でもなく、瘋癲(ふうてん)でもなければ、それほどにされんでも、今ここで身を退けば眉を伸べて喜ぶ者がそこらに沢山あることに心づかんでもないから、心苦しいことは口にいえぬほどである、けれど、なお園田の家を辞し去ろうとは思わん。何ゆえにそれほどまでに園田の家を去りたくないのか、因循(いんじゅん)な心から、あれほどにされても、なおそのような角立った事はできんか、それほどになっても、まだお勢に心が残るか、そもそもまた、文三の位置では陥りやすい謬(あやま)り、お勢との関繋がこのままになってしまッたとは情談らしくてそうは思えんのか? すべてこれらの事は多少は文三の羞を忍んでなお園田の家にいる原因となったに相違ないが、しかし、重な原因ではない。重な原因というはすなわち人情の二字。この二字にしばられて文三は心ならずもなお園田の家に顔をしかめながら留まッている。
 心を留めて視なくとも、今の家内の調子がむかしとは大いに相違するは文三にもわかる。以前まだ文三がこの調子を成す一つの要素であッて、人々が目を見合わしては微笑し、幸福といわずして幸福を楽しんでいたころは家内全体に生温い春風が吹き渡ッたように、すべて穏やかに、和らいで、おちついて、見る事聞く事がことごとく自然に適ッていたように思われた。そのころの幸福は現在の幸福ではなくて、未来の幸福の影を楽しむ幸福で、われも人も皆何か不足を感じながら、あながちにそれを足そうともせず、かえって今は足らぬが当然と思っていたように、急かず、騒がず、優游(ゆうゆう)として時機の熟するをまっていた、その心の長閑(のどか)さ、ゆるやかさ、今おもい出しても、閉じた眉が開くばかりな… そのころの人々の心が期せずして自ずから一致し、同じ事を念い、同じ事を楽しんで、あながちそれを匿そうともせず、また匿すまいともせず、胸に城郭を設けぬからとて、言って花の散るような事はいわず、また聞こうともせず、まだ妻でない妻、夫でない夫、親でない親、――も、こう三人集まッたところに、だれが作り出すともなく、自ずからに清く、穏やかな、優しい調子を作り出して、それに随(つ)れて物を言い、事をしたから、人々があたかも平生のわれよりは優ったようで、お政のような婦人でさえ、なおどこかたのもしげな所があったのみならず、かえってこれが間に介まらねば、あまり両人の間が接近しすぎて穏やかさを欠くので、お政は文三らの幸福を成すになくてかなわぬ人物とさえ思われた。が、その温かな愛念も、幸福な境界も、優しい調子も、うれしそうに笑う目もとも口もとも、文三が免職になッてから、取り分けて昇が全く家内へ立ち入ったから、皆突然に色がさめ、気が抜けだして、ついに今日このごろのありさまとなった…
 今の家内のありさまを見れば、もはや以前のような和らいだ所もなければ、おちついた所もなく、放心に見渡せば、すべて華やかに、にぎやかで、心配もなく、気あつかいもなく、浮々(うかうか)としておもしろそうに見えるものの、つらつら視れば、それは皆衣物で、*裸*軆(はだかみ)にすれば、見るも汚らわしい私欲、貪婪(どんらん)、淫褻、不義、無情の塊である。以前人々の心を一致さした同情もなければ、私心の垢を洗った愛念もなく、人々おのれ一個の私をのみ思ッて、おのが自恣(じし)に物を言い、おのが自恣に挙動(たちふるま)う。欺いたり、欺かれたり、戯言に託して人の意を測ッてみたり、二つ意味のある言をいってみたり、疑ッてみたり、信じてみたり――いろいろさまざまに不徳を尽くす。
 お政は、いうまでもなく、死灰(しかい)の再び燃えぬうちに、早く娘を昇に合わせて多年の胸の塊を一時におろしてしまいたいが、娘が、思うように、如才なくたちまわらんので、それで歯がゆがって気をもみ散らす。昇はそれを承知しているゆえ、後の面倒を慮って迂闊に手は出さんが、罠のと知りつつ、油鼠のそばを去られん老狐のごとくに、遅疑しながらも、なおお勢の身辺を回って、横目でにらんでは舌ねぶりをする(文三はなぜが昇の妻となる者は必ず愚かで醜い代わり、権貴な人を親に持った、身柄のよい婦人とのみ思いこんでいる)。お政は昇の意を見抜いてい、昇もまたお政の意を見抜いている。しかも互いに見抜かれているとほぼ心づいている。それゆえに、ことさらに無心な顔を作り、思慮のない言を言い、互いに瞞着(まんちゃく)しようと力(つと)めあうものの、しかし、双方共力は牛角(ごかく)のしたたかものゆえ、優りもせず、劣りもせず、挑み疲れて今はすこしにらみ合いの姿となった。すべてこれらの動静(ようす)は文三もほぼ察している。それを察しているから、お勢がこのような危うい境に身を処きながら、それには少しも心づかず、私欲と淫欲とが爍(れき)して出来(でか)した、軽く、浮いた、汚らわしい家内の調子に仱护椁欷啤⒑涡膜胜铯蜓预盲皮细咝Δい颏工搿ⅳ饯螛斪婴蛞姢毪取⑹证蚴亭瓢沧筏皮い椁欷胜胜搿
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发表于 2005-12-29 09:30:31 | 显示全部楼层
有中文的吗?我找了很多网站都没有
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