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結婚なんてしないと思っていた。別に男性に興味がなかったから、といわけではない。ひとりの生活があまりにもしみついてしまっていたからだ。社会人になってから、もともと人付き合いがあまり得意でなっかた私は、学生時代の友人とも自然と会わなくなった。同僚とはそこそこ付き合うけれど、一人でいるほうが断然気楽だということに気づいた。会社が終わって、ひとりでレイトショーを観手、ひとりで食事をする。バーで一杯飲んで帰る、という習慣もついた。ひとりでいる時間が長くなると、部屋にもこだわるようになった。お気に入りの家具が見つかるまでアンデイークショップを何軒も回ったり、小さなべランダには好きな花や植物を絶やさないように世話をしたり、、、、、、。
( x, A3 p' }% m8 b0 M! f3 B胸躍るようなこともなかったけれど、眠れなくなるほど悩むこともなかった。平板だけれどおだやかな日々を過ごしていた。気がつくと、私は30歳をとうに超えてしまっていて、こんなふうにして私は年取っていくんだ、ま、それもいいか。そう思っていた。9 t# x( Q- P E, S
その私が、今、成田にいる。となりには、一応、男性がひとり。そう、私は今、新婚旅行に行くための搭乗手続きに並んでいるのだ。 T) L/ k. J$ u+ J+ a% H5 Z
私、ほんとに結婚したんだっげ。結婚式をやらなかったせいか、ちっとも実感が湧かないな。
8 ]4 I/ n7 m |6 |" V. _7 l2 L+ c「ちょっとトイレ行ってくるね。荷物お願い」. |! q) W4 N* f
搭乗手続きを終えて、私はその場を離れた。彼はちょっと心配そうに、「迷子になるなよ」と言った。
5 P9 @9 ?) Y2 b$ z6 |「僕、緊張してて。すいません」! l! k7 X+ D; N' l# {" l
友人の紹介初めて会ったとき、こわばった顔で彼はそう言った。手に握り締めた白いハンカチは、汗でぐっしょりと濡れていた。太い眉とあごヒゲ、大きな身体。第一印象クマ?! k/ i6 m; l# p+ p
やさしそうだけど。。。。。。だめだ、この人とはありえない!そう思っていたのに。7 W- W X/ L) t# F5 Y
トイレには思ったより人が並んでいた。時間がかかってしまって、私は急いで彼のところへ戻ってきた。
# N5 k r5 ?" B; l# r' u6 ]あ、いたいた。人ごみの中に彼の大きな背中が見えた。私を探しているらしい。初めて会ったときみたいに緊張した顔で、彼はふたつのスーツケースを持ってうろうろしていた。色違い,サイズ違いのお揃いのスーツケース。この旅行のために、と彼がプレゼントしてくれた。結婚式なんて要らないよ、と言う私に、彼は「新婚旅行だけは」と言い張り、行くことになったのだった。+ r, @- g( M. v
大小ふたつのスーツケースが並んで歩いている。大きいのが彼、小さいのが私。その光景が、なんだか胸の奥にツンときた。9 M, W8 A/ e8 U; h6 ^
「ごめん、お待たせ」3 B9 |5 r2 R, }
振り返った彼は、額いっぱいに汗をかいていた。
. X- ]$ ^+ D/ K( u6 h「なんだ。いた」
% z$ m3 G- U# ]/ ], Q9 @0 b4 Vほっとしたように彼の顔がみるみるほころんだ。
0 c$ y# d% ~6 {$ Q' ]「いるよ、ここに。ずっと一緒だよ」/ f. M: } p0 u0 J d
そう言おうかと思ったけど、なんとなく気恥ずかしくて言えなかった.
: n' k7 P& A) o, G8 ~0 m「もう行かないとね」, m! P1 w; H5 K1 [; R' O
顔を隠すように手を伸ばし、私は、小さいほうのスーツケースの持ち手を握った。さっきまで冷たかったシルバーの持ち手は、彼の体温であたたかくなっていた。) T1 C6 Z. R+ _) a" m
これからはふたり。ふたりなんだ。
! @* A2 b. V. N2 s3 c私は、初めて実感が湧いてきていた |
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