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新 宿 鮫 大沢有昌
" G- I# g$ n9 Y( d長編ハード刑事小説 書き下ろし5 t/ Z# }8 w- S1 C1 M0 L
, O8 }. y. I+ I3 L( o* p/ O悲鳴は、鮫島が抜いたジーンズとポロシャツを畳んでいる時に聞こえた。鮫島は一瞬手を止めたが、ロッカーの扉を閉め、鍵を掛けた。鍵はマジックテープの付いたリストバンドで、手首に固定する仕組みだ。5 `' L( D) B, ]" ]2 n! u
バスタオルを腰に巻き、ロッカー室を出たところで、再び悲鳴が聞こえた。( X/ Z9 u: L( a' u9 n1 O
ロッカー室が面した廊下の突き当りには、サウナ風呂がある。その手前に、休憩室と仮眠室があった。* L9 a4 o3 D, J
悲鳴は仮眠室からだった。- e4 u% H, f- m# r& p- W" L
仮眠室は二十畳どの広さだが、電球が一つしか点っておらず、ひどく暗い。- W2 }5 @# I8 C1 I: L) I! ^
新大久保の町に近い、雑居ビルの最上階にあるサウナだった。鮫島がこのサウナに足を踏み入れるのは、この二週間で五度目だ。
6 b. P; z2 I* Yサウナは、その種の趣味を持つ連中にとっては、有名な店だった。風呂から出て、休憩室で互いを値踏みしあった後、仮眠室の毛布の間に潜り込む。
6 Q- G' M4 N/ y4 c( q+ [仮眠室からは、いつも厳しい息遣いや規則正しい床の軋み、喘ぎ声が聞こえた。+ ~% b5 }% x' j# N" r
鮫島は仮眠室の前で立ち止った。その暗いがりから転げるように若い男が飛び出してきた。0 `: S# p- t0 |/ h3 L# k0 @
頬が赤くなり、鼻孔を押えた指の間から血が滴っている。
o* v! a$ k: c7 S6 @; e7 N「助けて・・・・・・」" M3 Z& r. M. P2 R
若い男は言う様にして、鮫島の背後に回り込んだ。泣きべそをかいていた。
. x2 x" ?, Z D8 B( w( C2 @) C# O鮫島は仮眠室の出入り口に目を戻した。大柄な男が、若い男の後を追うようにして現れた。若い男も、その男も、真っ裸だった。
4 m9 S. q; F& B" Y7 {' H( g後から来た男は、四十代の始めくらいで、髪を短く刈っていた。若い時は筋肉質だったと思える体に、その後の暴飲暴食を物語る贅肉が張り付いている。胸や腹は色が白く、腕と首筋から上が、よく目に焼けていた。) q; f- c) R8 g
男は鮫島に気づくと、立ち止った。& m. o% s6 k% N4 q; p
「何だよ」
4 @8 W" c: v" n8 V低い声でいった。楽しみの邪魔をされ、怒っているようだ。鮫島が無言でいると、覗き込むようにして鮫島の顔を睨んだ。- \- E! N- F, m" C; A
「なんか、文句あるのか」
; x6 E# k9 X+ a3 `* o3 c; _% |4 d1 I( Z' [# p: G
鮫島は若造と判断したようだ。三十六の鮫島は、実際の年寄り十近く若く見える。理由は、後頭部から襟足の少し下にまでかかる長い後髪だ。体にも贅肉が少なく、ほっそりとした印象を与える。ほぼ毎日、ジョギングを続けている成果だが、決して貧弱な体つきをしているわけではない。5 m' L# o I5 k
鮫島は、足にしがみついて震えている若い男を見下ろした。, E7 }' M) O# L! C1 Z$ p9 ~
「何だ、手前。言いたいことがあるのか」$ l6 h3 _: x( ^- d/ F5 _$ w2 G
「そういうたちなのか」
$ d& x ]9 ^4 I鮫島は、男を見つめ、穏やかに言った。) A7 w8 A4 R+ K2 s0 T0 V
「何だと?」
/ S, {9 q! g: m, }「殴ってするのが、好きなたちなのか?」" p* S! l; A/ g4 H' G8 v
「だからなんだよ。人が好き好きでやってることに口出すんじゃねえ」0 s2 K# Y& H5 l% u+ l% T* g
男は一歩踏み出した。鮫島は動かなかった。男が鼻白むのがわかった。+ o" g# e9 ` c! m7 `% H
鮫島は若い男に訊ねた。( ~4 j0 J& y6 S
「好きか、殴られてするのが」
$ l3 q& _4 x2 [# l ?# [7 q( V「いやだよう、痛いの嫌いだよ」
! b6 s' p, T6 n2 F- s若い男は激しく首を振った。鼻血が、鮫島の足の甲に散った。
/ y3 V9 S5 i9 `「嫌いだってさ」4 c: ]6 J' S9 o% F7 E" p9 X" e
鮫島は男に目を戻した。
8 V- }0 d$ ~: J- Y% {「この野郎・・・・・・」0 A3 |! o0 q8 `
男は急に淡々とした口調になった。
, N, i- z1 x7 J! o4 ~「ずいぶん、でけえ口きくな、ん?」
/ f- f- M5 l9 g/ V2 G O% |; j首を倒し、鮫島の顔、体をじろじろと見つめた。男の目が自分の左手や頬の辺りに集中して注がれるのを感じた。6 ~* V% f2 Y U
鮫島は、男の職業に見当がついた。やくざではない。やくざならば、こうしたやり取りをする前に、手が出ている。# V* e5 G/ [" s. n3 C0 y5 h7 V" u
「お前、ここに来るってことは、それなりにワケがあんだろう。いいのか?そんなでけえ口きいて、ん?」; _1 V7 Y% K3 ^' q4 C: _' c1 U
鮫島は黙っていた。) W* J3 ~- V' b
「俺はよ、楽しく遊びたくてきてんだよ。おめえみてえのに邪魔されると、仕事のことを思い出しちまうんだよな。どっかでみたツラじゃねえかと思ってさ・・・・・・」" `: }8 Y0 \- C w6 w8 E
「そうかい」
) o. b- D1 R9 H4 i4 H* V7 e. N「そこにちょっと、いてくれや。え?逃げんなよ」5 X* n: K& w) Y! s0 X) S
もう若い男は眼中にないようだった。犬でも追うように、若い男を蹴り、ロッカー室に歩いていく。着替えているサラリーマン風の男を突き飛ばし、振り返った頬にほくそ笑みがあった。
) Z, K0 f% v1 ~' K鮫島がその場を動かないのを見て、満足げに歯をむき出した。ロッカーキィを手首から外し、ドアを開く。
' ^/ W, R6 L' Z# i「行ってろよ」
9 l" N0 h6 M+ c p; H3 o. y- t' r) O鮫島は若い男に言った。
: P6 U. \3 _7 p# s「え?」
7 x/ c S9 Y9 J0 ?「休憩室にでも行ってろ」6 b* F0 F$ U) C& J; g8 v* e7 `5 x
「でも・・・・・・」
4 w' P: b1 F3 R4 v' c, d! I' |- L「鼻を冷やして来い」6 Z7 l, A, z% q8 C
男が開いたロッカーに片手を突っ込むのを見ながら、鮫島は言った。
, q3 H; Q; r# r4 y! y z+ d「すいません」" r* E/ C) S, Y K1 W$ d
若い男はおずおずと鮫島から離れた。不安と怯えが、血で斑になった、色白の端整な顔に浮かんでいる。
: M+ L* O/ T) N. O; n( L% k0 `5 g男が戻ってきた。手に黒皮の警察帳を摑んでいた。
5 C/ i5 x: g7 ^7 V1 Y( Z4 _, M3 D「お」
Z1 M2 J, F5 Z7 c# Y- ~! w- d 穫物がいなくなったことに気づき、男は立ち止った。だが、あとを追うことはせず、手帳を鮫島の顔の前に突き出した。# l- C6 v' F5 s! A
「だから?」
* j, g+ Z' R( ]) b% k2 q1 X4 c それが鮫島の返事だった。
0 `& t6 ]- S ~4 S6 @! s「なめんじゃねえぞ!小僧!」( Z) W) W# A7 l9 k) v
男は怒りを爆発させた。手帳を見れば、鮫島がたじろぐと思ったのが、当てが外れたようだ。
$ K' i5 A0 ~/ v; E 手帳を鮫島の頬に叩きつけようとした。一瞬早く、その手首を鮫島はつかんが。
1 v+ `. y' S! Q( T. m 「上等じゃねえか、この野郎!署に来てもらおうか。叩きゃ、なんか出るだろう」
& C4 b- E# U$ L; j5 Z4 L 男は手を振り解き、鮫島の首をつかんだ。鮫島の顔を引き寄せる。
( B0 r" g# a: f5 z$ f+ U: h 「やめとけよ。そんなもの珍しいかねえよ」
6 e$ C, Z1 D" U% r$ p+ V% B! m 「何?」
8 i Q, \! n5 E$ q 男は鮫島の目を覗き込んだ。その時になって、ようやく何かを感じ取った。' q8 g9 O: H- n8 L5 f' r* }7 P
一見、二十七、八の若造に見える、長髪の男の目の中に、見かけとは違う何かを嗅ぎつけた。そして、鮫島の正体に気づいた。
) r0 r) \- P9 m/ V「手前―」
8 W5 B* l6 E" O 男は息を吸い込んだ。
; M/ l! c) N- d: i' b( j8 \5 H# v' f 「う、嘘だろ」
' }& S) j2 N [: |+ O 「人の縄張り踏み込んで、帳面ちらつかすんじゃねえよ」
. x* Y6 f- J$ h 鮫島は、男の手をゆっくりと首からはがした。手首を強く締め付けてやる。男の顔には、しまったと言う表情が浮かんでいた。* I) f4 w ?+ E% N. }0 b
鮫島がその目をまっすぐ見ると、男は視線を床に落とした。# m% @4 _% m4 j& r
口元がわなないている。
+ z7 L; _9 Q. s6 ^3 w1 f 「あ、あの野郎がさ、どうもおぶやってんじゃねえかと思ってさ、つい調べようって・・・・・・」
% x3 U, Z: u6 L* o' D, ` 「素っ裸で入るサウナ風呂で板の間稼ぎか?」
7 C, n/ |. q. q 男は口をつぐんだ。瞬きをして、焦ったようにいった。
2 L6 F" z8 z' O! }0 c! E; I& U 「ど、どこだよ、新宿か?」) V/ a: q- A* G3 L; d
「俺が言えば、あんたもいう。マズいのじゃないか?」, U" {7 t9 P R: ]; ]' [
「そ、そうだな。マズいよな。こんなところで裸の付き合いしちゃな・・・・・・」
/ E9 Q- F6 D, Z3 R% G; o 鮫島は男の手を離した。6 ^3 d1 g* Y' P' u* P K
「悪さすんなら、地元でやってくれ」 c9 @6 w, C' d8 G: e% ^! C2 G2 P1 g" x
男は言葉に詰まった。; b/ x. a) m* k# K$ M, Z1 Y f9 _
「あばよ」# e, a. D( k# L' B. b6 Q
鮫島はいった。男が口を開いた。
- v8 g' t0 i. y% _, J) _ 「あばよ」
: w X: \9 g4 z; D* O4 G/ g 鮫島はもう一度いった。' \, V: c$ H8 q/ v, O
男は口を閉じた。句やげな表情が暗い翳となって、一瞬その顔をよぎる。が、何もいわずに、あとじさった。数歩離れたところでくるりと向きを変えると、ロッカー室に飛び込んだ。/ z% W& b7 P7 x6 h! E
ロッカーを開け、鮫島を幾度も振り返りながら、下着をつける。: {$ M8 K% v: c% V
男が羽織ったワイシャツにネクタイを引っ掛けるのを見届け、鮫島は歩き出した。
4 v: y4 V9 F2 x, k サウナ室をのぞき、温水と冷水のある風呂場をのぞき。捜している顔はなかった。% F* \! A& R- E& t
仮眠室の前まで戻った。
. a! `! F- F, c3 c& O' V" i 中に入って捜すのは、毎度のことながら、厄介だった。! ~$ s0 h7 q. Q6 D5 Y: I
もつれ合っている男同士の仲間に引きずり込まれそうになったり、覗きと間違われて怒鳴られたことが幾度もある。% x3 G5 x& M( z& Q8 d6 _/ H0 b) l
仮眠室にも、捜している男はいなかった。7 A9 B. @6 J! ^& ]$ e0 `
休憩室には、長椅子が並び、テレビが付けっぱなしになっている。0 L6 z( k+ [' m: ]% |" V2 z. j
裸足に蝶ネクタイの制服をつけたボーイが、飲み物や軽い食事を出すカウンターに寄りかかってテレビを眺めていた。$ G+ x6 |- ^: ?2 W" |' h
傍らに張り紙がある。
9 l9 v8 i: m* c; D 「ボーイの仕事には、お客様へのサービスは含まれておりません」
+ d* Z$ H+ E' D# m 長椅子に寝転がっている幾つかの顔を見渡すと、鮫島は奥にある化粧台の並んだ部屋に入った。安物の化粧品の匂いがした。
8 x S( z& P5 Z& p: M+ j# r7 q 鏡と洗面台が一列に並び、化粧品を置く棚が蛇口の上に作られている。若い男は、一番奥にある化粧台の前に座り込んでいた。! {6 Z/ P* W3 r" G
鼻血はもう止まったようだ。鏡の中の腫れた顔を、情けなさそうに見つめている。
% ^. w, Z r9 ?7 X y$ a* ~1 h 鮫島が背後に立つと、はっとしたように振り返った。
2 s1 l3 k8 Z! @: Q 「奴は帰った」
2 U/ d" M; L" H 「よかった」5 e7 |/ f) H! p$ y$ L. Y
鮫島が言葉少なにいうと、若い男は両手で顔を挟んで呟いた。; G& r# b7 H# D5 h3 C
「よく来るのか、ここに?」% P& O+ w* j0 ^- K' e1 W% E: [
鮫島は訊ねた。9 ~0 a6 k0 f: n& x
「ううん」7 n2 L6 n' |, x
若い男は首を振った。, A' ~5 z' U7 ^# j( W- L+ ~* K6 S
「月に一度か、二度。どうして?」" L- a2 c( G- s: `3 b; B9 j
どうしてが、舌足らずの甘えた口調になった。
3 ^9 @2 {3 ~* s 「奴とは初めてか?」
9 Z: u2 ~% g6 I' O9 T) E: b8 K+ G 「ウン」4 ], |5 M5 v1 C3 w4 |/ v5 N4 x
こっくりと頷いた。& Y" z% n9 O1 g! h* c) H2 F% R
「でも、前に見たことあった。細いのが好きみたい。あんなだとは思わなかった」 m/ a! Q" F" {2 e
鮫島はあたりを見回した。化粧台を使っている者は、他にはいない。
' {/ A& a! V5 ^' B 「木津という男を知らないか。痩せてるが、よく日に焼けてて、左肩に刺青がある」
0 s& N1 Z2 c$ K. w/ h. ^ 「どんな刺青?」; h+ |6 E) h5 D3 K! p3 _* e
「蠍の刺青だ」
3 R) Z6 v' @4 U- b/ z8 a 若い男は目を見開いて、鏡の中の鮫島を見つめた。
% |" i# v Q# r, O! x 「あなたの彼氏?」. V" [* F' y9 M+ L& ]$ G
「の友達だ」
6 a4 D2 l2 e+ {0 a 鮫島は目をそらしていった。
: r; C `) C# E* `# P 「そう・・・・・・」
* U6 g' m5 i0 s9 H; r. U 不意に膝の裏側を撫でられ、鮫島は下を見た。若い男が右手の親指の爪を立て、鮫島の膝の裏側を擦っている。
- R+ o5 ~! x* t& U$ S2 S! L 「知ってる。それに、あんた好き」* l9 r, t! U" o( b' _$ k* I
鮫島は顎の先をかいた。
6 A/ A/ u% S7 p 「悪いな。今日は時間がない。今度会おう。どこで木津に会った?」
2 b1 o9 f9 P( x: G# H 「いつ?」/ f% j3 }, G. D4 o9 U8 ~
「来週はどうだ?」
6 m6 w1 _4 J; K" {, {4 [6 m ? 「来週はいつ?」 {6 G$ ^, l- Y# k: K6 D0 _/ w9 T
「今日と同じ金曜」+ _7 I& S1 |$ r- l" n% X$ I% j' W
若い男はこっくりと頷いた。% ^; L! e% |8 ?1 v% _+ ]
「今日と同じ頃。待ってるからね」) F1 B* u. V9 v
「で、木津に会ったのは?」2 |2 r( v. I: d/ H) Y
「西新宿の『アガメムノン』て店。刺青、見せてくれた」/ ?# S& q" {, q) [( \4 r8 O
「したのか?」
& s0 w0 E+ n4 o8 h; ^: m 若い男は首を振った。" `: [. P/ `7 N
「恋人と一緒だった」
1 a8 @% l+ |& d. s7 D6 d: F 「君がか?」; i6 J0 h( B- S. G: d
「あっち」
$ P9 n, N( ]' E! t* b2 D: ~ 「そうか」3 P, p( H9 e, g5 D! r
鮫島は頷いて、若い男の薄い肩に手をおいた。若い男はその上に自分の掌を重ね、にっこりと笑った。
7 K! |3 M) n. z4 W 「今度ね」1 I( E4 B! y& I
「ああ・・・・・・今度な」; i6 A2 a! _- ]2 `6 j2 _
若い男の股間が力を得ているのに気づき、鮫島は再び日をそらした。体格に似合わず、その大きさは、さっきの男の倍近くある。
# X/ ?$ u$ _% D! O& ~* E ロッカー室に戻った。男はいなくなっていた。( {0 ?1 F7 H# o. w3 a
鮫島は自分の借りたロッカーを開き、ブリーチのジーンズと白いポロシャツを着けた。
1 n6 [/ a- d1 d8 Z 腕時計は午後九時十分を指していた。それを見たとき、約束を思い出した。
' n( T- d( U. s' B- `" w3 Q 「フーズ・ハニイ」のライブが九時に終わる。そのあと晶を迎えにいく約束だった。
6 \ s, l9 n& r8 x0 G アンコールが三曲、十五分として、楽屋に戻り、楽器の始末などでバタ付くのに十分。
3 X' m0 [- T5 |, [- L 九時半にはライブハウスに辿りついていないと、晶は機嫌を悪くする。今夜のことは、三週間前からの約束だった。
9 w9 b: G0 J [% X0 E/ {2 M& s 守れない約束はするな、が晶の口癖だった。約束をしたあげく破れば、厳しい追及を受けることになる。しかも今夜のことは、珍しく鮫島の方から言い出したのだ。7 s9 v4 z/ b4 I9 U- C: R( H
鮫島は靴をはくとエレベーターに乗り込んだ。約束は、今朝の時点で完全に忘れていた。むろん、それを晶に告げるわけにはいかない。晶の癇癪はバンド仲間でも有名だ。以前、酔ってライブハウスに紛れ込み、晶の歌の前奏を邪魔したチンピラの頭を、酒壜で殴りつけたことがある。& S2 U) d" ^" K0 C- J
ビルを出て、鮫島は塚の迷った。晶のライブがあるTECホールの入ったTEC会館は歌舞伎町2丁目だった。場所でいえば、新大久保駅と新宿駅の中間、やや新宿よりといったところだ。 e, v9 z- x2 N+ e
タクシーではかえって間に合わない。歩くか、それとも山手線で新宿まで一駅乗るか。東口から歌舞伎町に抜ける歩道が混雑しているのは目に見えていた。& R/ z+ Z" H0 I3 i
その時、高田馬場の方角からやってくる内回りの山手線の緑の車輌が見に入った。* o! W1 U7 L7 d% O
鮫島は走り出した。車輌はホームに入りかけている。8 U8 n8 Q0 D( o9 _; d) ?
切符を買う余裕はなかった。ジーンズのヒップポケットから警察手帳を引き抜き、改札の駅員に見せて、階段を駆け上がる。
j) g8 E3 p7 A0 s0 R m 電車はホームで停止し、扉を開いたところだった。飛び乗った直後に扉が閉まった。
9 W9 x9 i* x4 H 汗が背中に噴出した。サウナ風呂に行って、結局、洋服を脱いで着ただけだ。
0 [% Y( q9 L; p- q だが、それなりの結果は得た。, Y# \+ U& i, p" f: c
鮫島は扉にもたれかかると、近づいてくる新宿の町並みを見下ろした。 |
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