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ダンス・ダンス・ダンス42 |( \ F/ y; _) y# z5 e
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僕はタクシーを二日借りきって、カメラマンと二人で雪の降り積もった函館の食べ物屋を片っ端からまわっていった。, j8 j* _, r' O3 }" j; R5 \
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僕の取材はシステマティックで効率の良いものだった。この手の取材でいちばん大事なことは下調べと綿密なスケジュールの設定である。それが全てと言ってもいい。僕は取材前に徹底的に資料を集める。僕のような仕事をしている人間のために様々な調査をしてくれる組織がある。会員になって年会費を納めれば、たいていのことは調べてくれる。たとえば函館の食べ物屋についての資料をほしいといえば、かなりの量を集めてくれる。大型のコンピュータを使って情報の迷宮の中から効果的に必要な物をかきあつめてくるわけだ。そしてコピーをとって、きちんとファイルして、届けてくれる。もちろんそれなりの金はかかるが、時間と手間を金で買うのだと思えば決して高い金額ではない。9 Q. K, c3 s4 m$ o; i3 \# w& g
. Q) T& Y3 Y' a' |, u- [それとは別に、僕は自分の足を使って歩きまわり、独自の情報も集める。旅行関係の資料を集めた専門図書館もあるし、地方新聞・出版物を集めている図書館もある。そういう資料を全部集めれば相当な量になる。その中から物になりそうな店をピックアッブする。それぞれの店に前もって電話をかけて、営業時間と定休日をチェックする。これだけ済ませておけば、現地に行ってからの時間が相当節約される。ノートに線を引いて一日の予定表を組む。地図を見て、動くルートを書き込む。不確定要素は最小限に押さえる。
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現地についてから、カメラマンと二人で店を順番に回っていく。全部で約三十店。もちろんほんの少し食べてあとはあっさり残す。味を見るだけだ。消費の洗練化。この段階では我々は取材であることを隠している。写真も写さない。店を出てから、カメラマンと僕とで味について討議し、十点満点で評価する。良ければ残すし、悪ければ落とす。だいたい半分以上を落とす見当でやる。そしてそれと平行して、地元のミニコミ誌と接触してリストからこぼれている店を五つばかり推薦してもらう。ここも回る。選ぶ。そして最終的な選択が終わるとそれぞれの店に電話をかけ、雑誌の名前を言って、取材と写真撮影を申し込む。これだけを二日で済ませる。夜のうちに僕はホテルの部屋で大体の原稿を書いてしまう。
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翌日はカメラマンが料理の写真を手早く写し、その間に僕が店主に話を聞く。手短に。全ては三日で片付く。もちろんもっと早くすませてしまう同業者もいる。でも彼らは何も調ベない。適当に有名店を選んで回るだけだ。中には何も食べないで原稿を書く人間だっている。書こうと思えば書けるのだ、ちゃんと。率直に言って、この種の取材を僕みたいに丁寧にやる人間はそれほどはいないだろうと思う。真面目にやれば本当に骨の折れる仕事だし、手を抜こうと思えば幾らでも抜ける仕事なのだ。そして真面目にやっても、手を抜いてやっても、記事としての仕上がりには殆ど差は出てこない。表面的には同じように見える。でもよく見るとほんの少し違う。
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僕は別に自慢したくてこういう説明をしているわけではない。9 r f5 d9 j3 w, N- ^) k6 S
2 t) ?( ?9 Q2 B5 ~2 j0 I$ W5 }僕はただ僕の仕事の概要のようなものを理解してほしいだけなのだ。僕の関わっている消耗がどのような種類の消耗であるかというようなことを。4 A/ a; c. b5 q& a: h: p4 S
2 i% M5 S" X* @" R, |& \そのカメラマンと僕とは前にも何度か一緒に仕事をしたことがあった。我々は割に気があっていた。我々はプロである。清潔な白手袋をはめ、大きなマスクをつけ、染みひとつないテニスシューズをはいた死体処理係のように。我々はてきぱきと簡潔に仕事をする。余計なことは言わないし、お互いの仕事に敬意を払う。これが生活の為にやっているつまらない仕事だということはどちらもわかっている。でもそれが何であれ、やるからにはきちんとやる。そういう意味で我々はプロなのだ。三日めの夜には僕は原稿を全部仕上げてしまった。
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1 g' J( y, m% K( f7 Y# Z; @1 ^四日めは予備に空けておいた日だった。仕事も終わったし特にやることもないので、僕らはレンタカーを借りて近郊にでかけ、一日クロスカントリー・スキーをした。そして夜はふたりで鍋をつつきながら、ゆっくり酒を飲んだ。のんびりとした一日だった。僕は原稿を彼に託した。これで僕がいなくても他の人間があとの仕事を引き継いでやってくれることになっていた。寝る前に僕は札幌の番号案内に電話をかけて、ドルフィン・ホテルの番号を聞いた。番号はすぐにわかった。僕はベッドの上に座りなおしてふうっと溜め息をついた。まあこれでまだいるかホテルが潰れていないことだけはわかった。一安心と言うべきだろう。いつ潰れても不思議はないホテルだったのだ。僕は一度深呼吸をしてから、その番号をまわした。すぐに人が出た。まるで待ち構えていたみたいに、すぐだった。それで僕はいささか混乱した。何だかちょっと手際が良すぎる。
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電話に出た相手は若い女の子だった。女の子?おいよせよ、と思った。いるかホテルはカウンターに若い女の子がいるようなホテルではないのだ。
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6 b6 n; f1 t" y9 {/ N「ドルフィン・ホテルでございます」と彼女は言った。
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7 {/ {8 z" t3 C7 w) `8 J6 }僕はよく訳がわからなかったので、念のために住所を確認してみた。住所はちゃんと昔どおりの住所だった。たぶん新しく女の子を雇ったんだろう。考えてみれば特に気にするほどのことでもない。予約をお願いしたい、と僕は言った。6 ^6 H# D5 Z$ P' M
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「ありがとうございます。少々お待ち下さい。ただいま予約係におまわしいたします」と彼女ははきはきした明るい声で僕に言った。
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予約係?僕はまた混乱した。ここまでくるとどうにも解釈のしようがない。いったいあのいるかホテルに何が起こったのだ?
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7 ^$ q/ u/ ]8 l2 v. h! f5 h「お待たせいたしました。予約係でございます」とこれも若そうな男の声がした。てきぱきとした愛想のいい声だった。どう考えてもプロのホテルマンの声だ。僕はとにかく三日間シングル・ルームを予約した。名前と東京の電話番号を教えた。
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「かしこまりました。明日から三日間、シングル・ルームをお取りいたします」と男が確認した。! m- ~2 Z7 V, C2 c2 [, g+ Y
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それ以上話すべきことも思いつかなかったので、僕は礼を言って、混乱したままの状態で電話を切った。電話を切ってしまうと、余計に混乱の度合いが深まった。そしてしばらく電話機をじっと眺めていた。誰かが電話をかけてきて、それについて何かを説明してくれるんじゃないか、というような感じで。でも説明はなかった。まあいいや、なるようになるさ、と僕はあきらめた。実際に行ってみれば全てははっきりする。行ってみるしかない。いずれにせよ、そこに行かないわけにはいかないのだ。他に特に際だった選択肢があるわけでもないのだ。! s5 w( y9 A/ X6 r. w, L
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僕はホテルのフロントに電話して札幌行きの列車の出発時刻を調べてもらった。昼前のちうどいい時間に一本特急があった。それから僕はルーム・サービスの係に電話をかけて、ウィスキーのハーフ・ボトルと氷を持ってきてもらい、それを飲みながらTVの深夜映画を見た。クリント・イーストウッドの出てくる四部劇だった。クリント・イーストウッドはただの一度も笑わなかった。微笑みさえしなかった。苦笑さえしなかった。僕が何度か笑いかけてみても、彼は動じなかった。映画が終わり、ウィスキーもあらかた飲んでしまってから、僕は電気を消して朝までぐっすりと眠った。夢ひとつ見なかった。 |
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