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发表于 2006-10-10 04:00:38
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僕はそのメモをコートのポケットに仕舞った。
C7 G; k2 A! l9 P/ g 今度は彼女が僕の目をじっと見た。「私のこと、変な風に思わないでくださいね。こういうことするの初めてなんです。規則を破ったりするのは。でも本当にそうしないわけにいかないんです。その理由は後で話しますけど」$ K: U8 x2 D' R, Z$ s
「変な風に思ったりしないよ。だから心配しなくていい」と僕は言った。「僕は悪い人間じゃない。あまり人には好かれないけれど、人の嫌がることはしない」
' R v/ _$ d( j i 彼女は手の中でボールペンをくるくるまわしながら、それについて少し考えていたが、僕の言った意味はよく理解できなかったようだった。彼女は口もとに曖昧な微笑を浮かベ、それからまたひとさし指を眼鏡のブリッジにやった。「じゃあ、あとで」と彼女は言った。そして僕に営業用の会釈をしてから持ち場に戻っていった。魅力的な女の子だ。そして2 ~$ [% | g( ], }# a
精神的に多少不安定なところがある。
& p6 w1 c9 u6 ]- R6 d5 w 部屋に戻ると冷蔵庫からビールを出して飲み、デパートの地下食料品売り場で買ってきたロースト・ビーフのサンドインチを半分食べた。さて、と僕は思った。これでとりあえずの行動が決定されたわけだ。ギャがローに入り、何処に行くのかはわからないにせよ、状況がゆっくりと動き始めた。悪くない。+ s; D" O9 `9 M
僕は浴室に行って、顔を洗い、また髭を剃った。黙って、静かに、何の唄も唄わないで髭を剃った。アフター・シェーブをつけ、歯を磨いた。そして久し振りにじっと鏡の中の自分の顔を眺めた。大した発見はなかったし、別に勇気も湧いてこなかった。いつもの僕の顔だった。2 ^( h/ s* C- N8 L
僕は七時半に部屋を出てホテルの玄関でタクシーに乗り、彼女のメモ用紙を運転手に見せた。運転手は黙って肯いて僕をその店の前まで運んでくれた。タクシーで千円ちょっとの距離だった。五階建てのビルの地下にあるこぢんまりとしたバーで、ドアを開けると程よい音量でジェリー・マリガンの古いレコードがかかっていた。マリガンがまだクルー・カットで、ボタンダウン・シャツを着てチェット・ベイカーとかボブ・ブルクマイャーが入っていた頃のバンド。昔よく聴いた。アダム・アントなんていうのが出てくる前の時代の話だ。& U% `" G. a: G) e9 v: C
アダム・アント。- S! H/ H9 r3 f% [1 P
なんという下らない名前をつけるんだろう。僕はカウンターに座って、ジェリー・マリガンの品の良いソロを聴きながら、J&Bの水割りを時間をかけてゆっくりと飲んだ。八時四十五分をまわっても彼女は現れなかったが、僕は別に気にしなかった。たぶん仕事が長引いているのだろう。店の居心地は悪くなかったし、一人で時間を潰すのには馴れていた。僕は音楽を聴きながら水割りをすすり、飲み終えると二杯めを注文した。そして特に見るべき物もないので、前に置かれた灰皿を眺めていた。
+ ^* x# f' p& l. N- |& g 彼女がやってきたのは九時五分前だった。「ごめんなさい」と彼女は早口で謝った。「仕事がのびちゃったんです。急にたてこんだうえにかわりの人の来るのが遅れたもので」
* K5 Y+ Z3 Y, T: S" `+ m 「僕のことならかまわないよ。気にしなくていい」と僕は言った。「どうせどこかで時間を潰さなくちゃならなかったんだ」* _8 T$ j% ?% T' I% v
奥の席に移りましょうと彼女は言った。僕は水割りのグラスを持って移動した。彼女は革の手袋を脱ぎ、チェックのマフラーを取り、グレーのオーバーコートを脱いだ。そして黄色の薄いセーターとダーク・グリーンのウールのスカートという格好になった。セーター姿になると、彼女の胸は思ったよりずっと大きいことがわかった。そして耳には上品な金のイヤリングをつけていた。彼女はブラディー・マリーを注文した。
5 b, U' H" k" E y9 h5 b 飲み物が来ると、彼女はそれをとりあえず一口すすった。食事は済んだかと僕は訊いてみた。まだだけれど、それほどおなかは空いていない、四時に軽く食べたから、と彼女は答えた。僕はウィスキーを一口飲み、彼女はブラディー・マリーをもう一口飲んだ。彼女は急いでやってきたらしく、それから三十秒ほどじっと黙って息を整えていた。僕はナッツをひとつ手に取ってそれを検分して齧り、またひとつ手に取って検分しては齧りというのを繰り返しながら、彼女が落ち着きを取り戻すのを待っていた。! e: F8 X" Y& |) Q3 f5 y7 q
彼女は最後にひとつゆっくりと溜め息をついた。すごく長い溜め息だった。自分でも長すぎると思ったのか、あとで顔を上げて神経質そうな目で僕を見た。1 t5 P/ M) J y* A# P
「仕事が大変なの?」と僕は訊いてみた。, X$ a" z$ E# G7 l- R
「ええ」と彼女は言った。「けっこう大変なんです。まだよく仕事に馴れてないし、ホテル自体開業して間もないから、上のほうもいろいろピリピリしてるし」6 C- R3 `2 A+ y- p2 ], c
彼女はテーブルの上に両手を出して、指を組んだ。小指に一本だけ小さな指輪がはまっていた。飾り気のない、ごくあたり前の銀の指輪だった。僕と彼女は二人でしばらくその指輪を見ていた。「その古いドルフィン・ホテルのことなんですけど」と彼女は言った。「でも、あなた、取材とかそういう関係の人じゃないですよね?」8 O7 {/ b% }( K8 t2 @4 B2 q
「取材?」と僕はびっくりして聞き返した。「どうしてまた?」
, d- n6 X. v0 P3 N( b 「ちょっと訊いただけ」と彼女は言った。
; q, F- c, ~" ]: Z2 A 僕は黙っていた。彼女は唇を噛んだままひとしきり壁の一点を眺めていた。
$ o2 z, }% d$ s- H7 k3 @, b" g 「少しごたごたがあったらしくて、それで上の方がすごく警戒してるんです。マスコミのことを。土地の買収とか、そういうことで……。わかるでしょ?そういうの書きたてられるとホテルとしては困るわけ。客商売だから。イメージが悪くなるでしょう?」/ `3 m+ E' q% ]: e0 {: \
「これまでに何か書かれたことはあるの?」; o4 h, Z. l( x0 C( z, g
「一度、週刊誌にね。汚職まがいのこととか、立ち退き拒否してた人を会社がヤクザか右翼を使って追い出したとか、そういうようなこと」
& k1 R, g/ z, b6 w) L$ ` 「それで、そのごたごたに昔のドルフィン・ホテルが絡んでいるわけ?」
2 v5 J; O, B8 Y* q 彼女は小さく肩をすくめて、ブラディー・マリーをすすった。「多分そうじゃないかしら。だからマネージャーもそのホテルの名前が出てきて、警戒したんだと思うの、あなたのことを。ね、警戒してたでしょう?でも本当に私それについては詳しいことは知らないんです。ただこのホテルにドルフィン・ホテルっていう名前がついたのは、その前のホテルとの絡みがあったからだって話は聞いたことがあります。誰かから」/ V+ C( X; f, Q9 J* M6 T; k0 l
「誰から?」
$ _1 t8 s: ^' u& a" l) ^% r 「黒ちゃんの一人から」+ d( Z) e5 D# e* s" p6 [- Z: M
「黒ちゃん?」6 _4 m& V+ {0 \
「黒服を着た連中のこと」9 [, m3 o. R- {* s$ [
「なるほど」と僕は言った。「それ以外に何かドルフィン・ホテルについて耳にしたことはある?」5 Q& o! p# t% `
彼女は何度か首を振った。そして左手の指で右手の小指のリングをいじった。「怖いんです、私」と彼女は囁くように言った。「怖くてたまらないの。どうしようもないくらい」 S! F, @, D8 Q. m
「怖い?雑誌に取材されることが?」
( r. a" x. d! q* ]8 R* Y 彼女は小さく首を振った。そしてしばらくグラスの縁に唇をそっとつけていた。どう説明すればいいものか、思い悩んでいるみたいだった。
* D+ |1 H) Z; N7 r 「違うんです。そうじゃないの。別に雑誌のことなんてどうでもいいんです。だって、雑誌に何が出たって私は関係ないもの。そうでしょう?上の方の人が慌てるだけだわ。私が言ってるのは全然別のことなの。あのホテル全体のこと。あのホテルには、つまりね、何かちょっとおかしいところがあるんです。ちょっとまともじゃないっていうのかな…歪んでいるところがあるの」5 c, e6 s- L& z1 k: ^. ?- @
彼女は黙った。僕はウィスキーを飲み干し、おかわりを注文した。そして彼女のためにも二杯めのブラディー・マリーを取った。
5 |5 r) H* n" p6 W' [, u. W; r( s 「どんな風に歪んでいると感じるわけ、具体的に言って?」と僕は訊いてみた。「もし何か具体的にあればということだけれど」 W) L7 ~3 H: m+ y
「もちろんあります」と彼女は心外そうに言った。「あるけれど、それを上手く言葉にするのがむずかしいんです。だからそれについては今まで誰にも話したことがないの。感じたことはすごく具体的なんだけど、いざそれを言葉にしてみるとそういう具体性みたいなのがどんどん薄れていっちゃうんじゃないかという気がするんです。だから上手く話せないの」
( R& S# H' B6 d! B 「リアルな夢みたいに?」% v7 H4 K7 ?4 }/ m0 ~
「夢とはまた違うの。夢というのは、私もよく見るけれど、時間が経つと後退していくの。そのリアルさが。でもあれはそうじゃない。いつまで経っても同じなんです。いつまでもいつまでもいつまでも、リアルなの。いつまで経っても、そこにそのままあるの。さっと目の前に浮かぶんです」% w) T: I2 b& j/ Q) c+ P4 v
僕は黙っていた。 e1 `5 V: S7 b4 s; n, i
「いいわ、何とか話してみます」と彼女は言って、酒を一口飲んだ。そして紙ナプキンで口を拭った。「一月だったわ。一月の始め。お正月が終わってちょっと経った頃。その日私は遅番でーー遅番ってあまりやらないんだけど、その日は人がいなくて仕方なかったわけーーそれでとにかく、仕事が終わったのが夜中の十二時ごろだったの。その時間に仕事が終わると、会社がタクシーを呼んで、みんなを順番に家に送り届けてくれるの。もう電車もないから。それで、十二時前に仕事が終わって、私服に着替えて、十六階まで従業員用のエレベーターで上がったんです。十六階には従業員の仮眠室があって、私そこに本を忘れてきたからなの。別にそんなの明日でもよかったんだけど、まあ読みかけだったし、それにもう一人いっしょのタクシーで帰ることになっていた女の子の仕事がちょっと手間取ってたんで、だからまあいいやついでだからと思って取りに上がったの。十六階には客室とは別にそういう従業員用の設備があるんです。仮眠室とか、ちょっとやすんでお茶を飲むところとか。だからちょくちょく行くことあるんですo: G1 O& x2 P c( ^" O6 V
それでね、エレベーターのドアが開いて、私ごく普通に外に出たわけ。何も考えないで。ほら、そういうことってあるでしょう?いつもいつもやり馴れていることとか、行き馴れている場所とかって、特に何も考えないで行動するでしょう、反射的に?私もさっとごく自然に足を踏み出したの。考え事してたんだと思う、何かきっと。何だったかは覚えてないけど。コートのポケットに両手を突っ込んだまま、廊下に立ってふと気づくと、あたりが真っ暗なの。まったくの真っ暗。はっとして後ろを見ると、エレベーターのドアはもう閉まってるの。停電かな、と思ったわ、もちろん。でもそんなことありえない。まず第一にホテルはしっかりした自家発電装置を持ってるの。だからもし停電があったとしても、すぐにそっちに切り換えられるわけ。自動的に、ぱっと。本当にすぐに。私もそういう訓練に立ち会ってるから、よく知ってるの。だから原理的に、停電というのは存在しないの。それにね、もし万が一、自家発電装置も故障したとしても、廊下の非常灯は点いてるはずなのよ。だから、こんな真っ暗になるわけがないの。廊下は緑色の光で照らされているはずなの。そうでなくてはならないの。あらゆる状況を考慮しても。" H. E, f3 B" @) z4 W/ v" W
ところが、その時、廊下は真っ暗だったの。見える光といえばエレベーターのボタンと階数表示だけ。赤いデジタルの数字。私はもちろんボタンを押したわよ。でもエレベーターはどんどん下に行っちゃって、戻ってこないの。やれやれと思って、私はまわりを見回してみたの。もちろん怖かったけれど、でもそれと同時に面倒だなあとも思ったの。どうしてかわかる?」
" e% F: }9 Q! r# S 僕は首を振った。
: E/ n: ^2 ]; ~ 「つまりね、こんな風に真っ暗になっちゃうというのは、何かホテルの機能に問題があったということでしょう?機械的にとか、構造的にとか、そういうこと。するとまたえらい騒ぎになるのよ。休日返上で仕事させられたり、訓練訓練で明け暮れたり、上がぴりぴりしたり。そういうの、もううんざり。やっと落ち着いたばかりなのにね」" }. s' T, s- A
なるほど、と僕は言った。 |
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