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楼主 |
发表于 2004-12-10 21:38:48
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荒木由美子さん - 2 -( T% M' B7 d5 }" B8 G" Z
* N2 W. k! g. m- _8 E, x痴呆進み攻撃的に M1 F8 s0 e/ i$ @. e- R
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( H$ b. P1 h% ]& s8 C+ I ◆義母の人生も学ぶ
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8 U4 M: c$ v% }2 K9 @& u; u+ N' W* U 夫(タレントの湯原昌幸さん)と私は13歳違いです。夫の母(吉(よし)のさん)と私となると、43歳も年齢が離れていて、おばあちゃんと孫のよう。一般的な嫁しゅうとめの関係ではありません。 / E, o; i/ B9 G. b- G; I
- Q1 _# D0 S& k+ D3 x 「由美ちゃん、由美ちゃん」と、義母は常に私を頼りにしていました。私も、糖尿病の義母のために栄養士に指導を受けて、三度三度、カロリー計算した食事を作っていました。 ) e" S. L0 f( u3 M% y( L5 k \1 p
m1 X7 D% q) a: s9 z; m7 U+ ^ しかし、それも、アルツハイマー病の介護に比べれば、大変なことではなかったのです。 5 F8 f6 T! M$ q( I
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息子が5歳になって幼稚園の送り迎えがはじまると、義母の様子がおかしくなってきました。 0 P% h, h6 p( T( e+ y
5 v U. _8 N* @1 m! O0 X ]3 Y 子どもを幼稚園に送っていったのに、「ブラブラとどこに行っているの」「朝からブラブラしている」という。 2 J ]5 k! ?8 X* g
7 K" b0 F% j. @! k: s6 I) D6 [ 日曜日なのに病院に行くこともありました。主治医から「たびたび病院にやってきます。ぼけのはじまりかもしれません」と電話があって、検査をしてもらいました。最終的に痴呆(ちほう)の远悉膜蓼筏郡ⅳ蓼坤椁埭堡巫磻Bなので、病院に着くころには正常になっているという繰り返しでした。 % [6 D: \8 v, F# L3 a2 Z, V
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普通の物忘れではないと思ったのは、攻撃的になったことです。
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$ m0 k) p- H' E' ~5 M N+ J. F 孫の顔を見ても「若い男をつれてきた」「こんな若い男をつれてきてどうするの」。 % M4 s) I6 D3 Y! {
4 e! p W; f/ K1 v" E! `0 x. f5 [. R ごはんを食べていないとか、ものが無くなったと言う分には対処のしようがあります。しかし、宅配便や郵便局の人が来ても、「若い男を由美ちゃんが連れこんだ」と言うのだからどうしようもない。否定するしかありませんが、そうすると、ますます攻撃的になる。 " D$ D2 z8 G+ T- j F3 R, _
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しまいには、息子である夫も「若い男」となり、夫が部屋にいても「若い男が二階にいる」と言い出した。
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0 W5 l0 D6 q* S* r2 L 由美ちゃん大好きだったのが、由美ちゃんが自分ひとりのものではないことを恐れるようになり、自分以外の人間を攻撃することに転化してきた。
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% D: _/ z' x+ @: |% I: O 義母は昔、義父の女性関係で苦労したそうで、そうした思いが痴呆になってから噴き出してきたのです。 2 e( m' [ N, a: V; V
1 F. ]) |2 A6 p 痴呆の症状は、その人の歴史や過去の思いから出てくるもののようです。義母のお世話をすることは、義母の人生を学ぶことでした。
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0 n. u1 y a' ?5 g! |8 {, o (タレント)
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; ^# W* ~; ^! [, M! N) W (2004年6月14日 読売新聞 無断転載禁止) |
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