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楼主 |
发表于 2005-6-22 14:30:16
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井の中の蛙 + Q6 F9 a( g( l
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前漢が亡び、王莽が新という国を立て、次いで後漢が興るころ、馬援
4 @, b( Q( |+ Y3 m I1 u# M4 Dという人材が中国にいた。馬援、字は文淵というが、祖先は前漢の武帝
" c5 Q# f! ]: w! D, Pの時の官吏となり、援の三人の兄は、いずれも才能があったため官吏と
4 h) [( T. y8 Q5 q8 f- ?なったが、援だけは大志を抱いて暫く官途につかず、祖先の墓の守りを& S- R2 o2 t) z. y) g: d N5 n
していた。
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& O+ B# \0 c: k! U* W% V のちに郡長になり、罪人を送って都の裁判所へ行きかけたが、援はこ0 [3 [" y1 e+ K6 H! ^" ` k
の囚人を憐れんで途中で逃がし、自分も罪を恐れて北の方へ亡命した。
2 r$ F0 K+ ]7 Tのちに赦されて農業と牧畜に従事したが、瞬く間に大金持ちになり、食
) ]) h( b; e8 c w客も多く、援の家の仕事をして生計を立てている家が数百軒にものぼっ& \$ A, F. t- V8 G0 l! O7 v/ \' M
た。援は、+ _. _% _8 g% P4 T) s' v/ K
& t( ~5 T/ I9 [ 「およそ金持ちで立派なのは、それを人に施す人だ、でなければ、, y- e9 W7 z2 k! T) D* Z5 Z
ただの守銭奴に過ぎない。
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といって、財産全部を人にわけてやり、自分はボロをまとって、また( v! b4 e; R; n1 w' R6 c# ^
仕事に励んだ。( [2 a' ^" ~1 `
% ?! p8 Y, |. i. P. Z% a# l 王莽の新が亡び、後漢が興ると、援は兄の員とともに都にのぼり、官) P# t1 c9 p% P+ v. p7 Z
吏になった。ところが隴西(甘粛)大名隗囂は、援の人物に惚れ込み、; U, X, S6 y; d! y) y2 O
連れ帰って将軍にし、何事も相談した。% q. l- G: x# m7 z; H0 |
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このころ、公孫述は蜀(四川省)の地で帝と称していた。囂は一体ど! }- h, C7 k! C' u; M h5 f& X9 j
んな人物か、援に見に行かせた。援と述とは同郷で、もともと仲良しだ
; C% W1 @ ]) K- Xったので、「おれが行ったら、とんで来て手を握り、むかしのようにオ
0 P! L' {( Q5 o! \レ・オマエで話ができるだろう」と楽しみにして出かけた。/ A3 W2 q; W% y* Q5 o8 |+ C9 C- H
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ところが、公孫述は階段の下へ武装した兵士を並べ、威張り反って援3 f2 K/ e' `7 M3 Z+ e
を引見した上、, p* ^0 V* Z: V E8 ^! h
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「昔のよしみで、お前を将軍にしてやるから、ここへ留まれ。」
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と、もったいぶった口をきいた。援は思った、「天下の雌雄はまだ決
* S6 d. b2 ~5 ~+ ?2 g, xしていないのに、公孫述は礼を厚くして天下の国士賢者を迎えようとも/ A! b; o+ O7 J9 Q
せず、こけおどしの威張り方で、威厳を作ることに精一杯だ。こんな奴# H, l7 {; J4 x) ?4 y' [
に天下のことがわかってたまるか」と早々に辞して帰り、囂に告げた。
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「あの男はまったく井蛙(井の中の蛙)です。小さな蜀の地で、
8 P3 h- [( A+ J; C& l いばる能しかない奴です。相手にしない方がよろしい。」* o& H w9 P1 [3 u+ h0 o
. [, I* X2 Q' `+ p そこで囂も、公孫述と親しくするのをやめた。
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3 t6 C% v. ?9 c9 i, S+ u, y のち、援は囂の命を受けて都にのぼり、世祖光武帝に会った。世祖は
# ~ b( i! ^7 ]$ P9 c1 Y: O* F言った。. Q% t. T. ~) o6 P' y2 V4 U
3 M+ K+ Q- w7 b0 l「卿は二帝の間を行ったり来たりしたようだが、どういう訳じゃな。」0 I, k( h1 u) c6 ]+ p/ S
6 p& u, w) _5 T' C 援は謹んで答えた。7 ^/ `; Y J4 V
0 D. E; i/ z7 X9 }, z8 f 「今は君が臣を選ぶばかりでなく、臣も君を選んで仕えます。
: w3 k* P7 S# M3 q 公孫述は武装兵を置いて、私と会いました。9 o1 N' u( z; p8 _+ Z7 C
しかし陛下は今、私が刺客かも知れませんのに、
$ x& ~, B& W$ _ 護衛もなく私と会われたのには感激しました。」* V+ G$ r8 w6 I. W* H1 p1 a. F B
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帝は笑って言った。
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5 @5 @& I) {, h9 a1 t 「見ればわかるよ。! P. H2 z$ J8 Q% A! h
卿は刺客じゃなくて、説客だし、天下の国士だよ。
! j* X' I! f K0 D0 \, x2 }. [# ^ そんなことをしては失礼に当たるからね。」. D" G# U2 q5 Q$ y* `
(『後漢書』馬援伝)! z2 @& U3 n, [5 \7 n
1 Q, M1 i+ {4 A" p$ J. f, |) x* E 『荘子』の「秋水篇」にもう一つ、こういう話が載っている。& p. A0 l, ] C" O' b
――北海の海神が言った、「井蛙(井の中の蛙)が海を語ることができ% b# p0 ^; k1 H( Q, G0 z+ I s: R
ないのは、自分の住んでいるところにこだわるからだ。夏の虫が、とも% u6 \1 R& W. l$ y3 k% c9 Z+ W
に氷のことを語るに足りないのは、夏のことしか考えないからだ。一方
C, G4 j% L6 b2 K% \6 `! Q5 ]のことしか知らない人と、道について語れないのは、自分の習った教え( T' p) n7 V8 M. R
に束縛されるからだ・・・」と。! f0 v; N' ]& O( `( B
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無為自然、天地とともにあることをもって、尊しとする荘子にとって; ] F! h% U3 x% D7 y2 s0 V: E
は、仁とか義とか礼にこだわる儒教の徒は「ともに語れぬ」者どもだっ
4 \8 e, x3 J# F- `, Hたろう。 |
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