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发表于 2008-4-21 12:40:00
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2008年04月21日(月曜日)付6 |2 n* v% |7 s s$ a& W- L& U( ^
9 N! u p, @ M" `. ~8 }- q フランスの詩人ネルヴァルに「蝶(ちょう)」という長い詩があって、故・井上究一郎が訳をつけている。〈蝶、ひらひらとぶ、茎のない花、網に摘む花……〉。緑の草の上を、愛の思いのように飛び過ぎていく。だが美しさゆえに不幸がくる、と詩は続く▼詩人の想像に相通じる、茎のない花、花のない茎が、この春、各地で痛ましい姿をさらしている。美への嫉(ねた)みでもあるまいが、切ったり、踏み荒らしたりする犯罪が後を絶たない▼前橋では今月上旬、目抜き通りのチューリップ約千本が切られた。警戒を強めたものの、再びやられた。2度目の事件では、根の近くまでえぐったものもあった。「憎悪を感じる」と言う緑化担当者の印象が恐ろしい▼福岡、静岡県でもチューリップが荒らされた。静岡の花は、落命した女性サーファーを偲(しの)んで仲間が植えたものだ。「花に嵐」のたとえもある。風雨に散るならやむを得ないが、蛮行の果てでは、故人も仲間も悔しいだろう▼他人を信じにくい世の中になりつつあるのか。きのうは長野の善光寺で、本堂にスプレーの落書きが見つかった。寺は、五輪聖火リレーの出発地を辞退したばかりである。境内は24時間、善男善女が自由に入れるそうだ。だが「善」ばかりでないなら、見直しの声も出かねない▼かくて、おおらかさの灯(ひ)は一つ、二つと消え、人を見たら泥棒と思えとばかりに、世は息苦しさを増していく。疑心暗鬼の影さす中に、皮肉な金言だけがてらてら光っている。やりきれない流れに、花荒らしも落書きも一役を買っている。. t; @9 s) t, ? l8 r
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法国诗人内尔巴尔(没有查到正确的音译)有一首叫做《蝶》的长诗,已故的井上究一郎配上了翻译。“蝶,翩翩起舞,(它是)无茎的花,摘到网中的花……”。(蝴蝶)仿佛爱的思绪一样飞过绿草地。但是诗里也流露出因为美丽而不幸的意味。
; w6 {% W$ ?* Y8 u& y, o 与诗人的想象相似,无茎的花、无花的茎在这个春天,在各地以苦痛的姿态开放着。不至于嫉妒它的美丽,但是剪断、践踏等的罪行始终没有结束。% j* o8 S' F7 D
在前桥这个月上旬,繁华街道上的大约一千支郁金香被剪断。虽然加强了警戒,但还是再次被盗。在第二次的事件中,有些甚至几近根部都被挖断。绿化负责人说“感到憎恶”,他给我的印象都变得可怕。
8 ]2 Z1 a6 u% T2 a 福冈、静冈县也发生了郁金香被虐事件。静冈的花,是萧香陨落的女冲浪选手的朋友为了追念她而种植的。有“花的暴风雨”的比喻。如果是天灾那没办法,但是是野蛮行径的结果,不管是已故之人还是朋友都会气愤至极吧。; z+ H3 k# h# p9 Z: d
是不是已经到了很难信任他人的世道呢?今天在长野的善光寺,发现了正殿中的涂鸦。这座寺也刚推辞作为圣火传递的出发点。听说寺内24小时善男信女出入自由。如果不仅仅只是“善”的话,可能就会出现重新认识的呼声吧。于是,豁达的灯一盏、两盏的熄灭,看见谁都觉得像小偷,世间越发沉闷压抑,让人无法呼吸。猜测多疑的阴影中,只有讽刺的金玉良言在闪闪发光。在这束手无措的浊流中,不管是对虐花还是涂鸦都会起作用。
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[ 本帖最后由 wwlannie 于 2008-4-22 12:27 编辑 ] |
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