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发表于 2008-5-19 10:24:44
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天声人語
4 Y6 J, o4 \3 r$ s2008年05月16日(金曜日)付
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7 S8 @/ T/ B/ o3 b) p: N 風薫る5月だが、明治の俳人正岡子規は毎年、この月がめぐると不安にかられた。脊椎(せきつい)カリエスで長く伏し、5月にはきまって病気が悪化したからだ▼自らを励まそうとしてか、1902(明治35)年5月から、随筆『病牀(びょうしょう)六尺』の新聞連載を始める。苦痛に耐えてつづった中に、「悟り」をめぐる一節がある。悟りとは、いつでも平気で死ぬことだと思っていたのは誤解だった、と子規は言う。逆に〈如何(いか)なる場合にも平気で生きて居る事であつた〉と境地を述べている▼寝たきりの子規は、母と妹の献身的な介護をうけた。自宅で「平気で生き」ながら、35歳で没するまで、病床から盛んな筆をふるった。現代のお年寄りに置き換えれば、母妹に代わる在宅福祉のささえは、訪問介護ということになるのだろう▼だが、子規の心境で過ごすのは難しい時代になっている。在宅サービスの中心になる訪問介護の事業所が、減っているという。介護保険制度の崩壊を招きかねないと、心配する声も聞こえてくる▼2年前に介護報酬が引き下げられた。経営が悪化し、ヘルパーの賃金が減り、離職が増える。使える金の限られる中、負の循環が「安心」を細らせているようだ。だれもがいつかは老いるし、病む。そのときのために、医療も含め、手を打つには今しかない▼手厚い支えもあってだろう、子規は明るさとユーモアを失わなかった。〈枝豆ヤ三寸飛ンデ口ニ入ル〉などと病床で詠んでいる。平気で生きられる――。その穏やかさが、だれの日々にも必要なのは言うまでもない。 |
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