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 发表于 2008-5-26 12:31:39
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| 天声人語 6 G, e, {4 ~2 y- X' m$ g9 u: v2008年05月25日(日曜日)付1 @' s1 E7 P% O, A4 v
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 思わぬ所で、思わぬものに出会う。数日前、箱根湯本で大雨をやり過ごした時のことだ。小さな滝のそばの木に、サワガニがいた。苔(こけ)むした樹皮の目の高さあたりで、細い足をぐいと踏ん張っていた▼カニの居場所は海か川と決めつけていたが、水辺の木にいても不思議はない。えさ場なのか、休息中なのか。横ばいの愛敬者にすれば、どこにいるのも生きるための必然だろう▼カニが水から離れぬように、たいていの赤ん坊は寝床か母親の腕の中にいる。赤ちゃんポストの言葉に覚えた違和感は、思えば「樹上のカニ」の比ではなかった。素肌のぬくみと冷たい金属。両者の間には、偶然にも出会わせてはならない落差がある▼熊本市の慈恵病院が、新生児を匿名で預かる「こうのとりのゆりかご」を開設して1年が過ぎた。3月末までに男児13人、女児4人が託されたという。置き手紙などから身元が分かった子が9人。思い直して引き取りに来た親もいたそうだ▼捨てたんじゃない、つながっていたい。そんな親心の「迷い」に、かすかな救いを見る。露と消えかけた命を「ゆりかご」が救ったと信じたい。ただ、障害を持つ子もいたらしいと聞けば、気はめいる▼授かった命は、身を挺(てい)して守るのが生き物の習いだ。子の側も無意識に守られようとする。闇へと走り去る親の背に、生まれて間もない本能はどんな叫びを発したのか。ちなみにサワガニのメスは、50粒ほどの卵を抱き、子ガニが生まれてもしばらくは腹に抱えて過ごす。身勝手も生活苦もない、清流の話である。
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