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发表于 2008-6-23 10:28:12
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2008年6月18日(水)付5 i, l; i5 t% ]" N/ Y4 h, S( D
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ドクダミの花が土手を埋めていた。その人が「深くゆるゆると流れて」と書いた水面が、ヤツデやシュロの葉陰にのぞく。JR三鷹駅に近づくと、玉川上水の両岸は小ぎれいな遊歩道になり、武蔵野の面影は薄い▼太宰治が60年前の6月、いつ落ちてもおかしくない線香花火のような生を終えた場所だ。愛人との入水は13日深夜。ひもで結ばれた両人が下流で見つかったのは19日の朝、くしくも太宰39回目の誕生日だった。桜桃忌も明日で60回目となる▼来年は生誕100年でもあり、ちょっとしたブームらしい。読者は増え続け、人物論もにぎやかだ。三鷹市は、太宰行きつけの酒屋跡に文学サロンを開いた。人気漫画家が表紙を手がけた『人間失格』(集英社文庫)は1年で21万部売れたという▼4回の自殺未遂と薬物中毒。この「弱さ」をどう見るかで、太宰像は変わる。三島由紀夫は「治りたがらない病人などには本当の病人の資格がない」(『小説家の休暇』)と嫌った▼青春期の弱さを死ぬまで持続するには強さが要ると、評論家の奥野健男は文学全集の解説で弁護した。「感じやすく、傷つきやすい、けれど真実を鋭く感じとれる裸の皮膚を、恥部を守り通した」と▼社会としっくりいかない不安を、太宰はごまかさず、人生と作品に刻んだ。人間の内面をさらす「強い作品」は熱く読み継がれる。自他の弱さを知り尽くした者だけが語れることもあろう。弱さと向き合えない若者、明日が見えない時代など、あの世でほおづえをつく太宰に、問うてみたいことは多い。 |
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