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发表于 2008-9-17 07:50:41
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2008年9月14日(日)付8 U) F2 w9 F" K' [' g, g7 d
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新人のころ、自分の記事が初めて載った朝の感激を、1月の小欄で「文章に羽が生え、読者のもとに飛んでいく気分」と書いた。世の中は広い。羽どころか「エンジン付きの言葉」があった▼高校生の「手話によるスピーチコンテスト」で、慣れぬ審査員を務めた。最終選考に残った女子10人は、多くが健聴者である。事前に目を通した原稿の出来にかかわらず、ご本人が音声と手話の二刀流で発する内容はどれも、別物の勢いで迫ってきた▼伝えたいという思いが声に乗り、手に移るのだろう。豊かな表情も加わり、言葉は飛ぶ力を増す。耳と目に届く情報は濃密だ。車いすマラソンの描写では走者の汗が光り、難聴少女の物語では4歳の「紗良(さら)ちゃん」がそこにいた▼さて審査である。一人芝居さながらの、情感と抑揚たっぷりの熱演に高めの点をつけた。ところが、ろう者の審査員たちはそういう子に辛い。「自分の手ぶりに酔ってはだめ。正確に伝わってこその手話です」。なるほど、耳をふさげば情報はがぜん心細くなる。手の動きに目を凝らすしかない▼身ぶりは会話を弾ませるが、それで話の筋が変わるものではない。手話の真価は、筋を外さず漏らさず、相手に届けるところにある。「心は熱く、手は涼しく」が勘所らしい▼手段が何であれ、思いが伝わる喜びは大きい。こうして書き連ねる文章は、悲しいかなエンジンの無い紙飛行機。メディアの風に乗って目元までは飛ぶが、はて、読者の心に無事降りているのやら。せめて羽だけはぴんと伸ばして手放したい。 |
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