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发表于 2004-8-31 05:09:50
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08月31日3 r# |, I) P6 P; ?1 h4 J# Z
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開会式は、オリンピックの顔であり、閉会式は背中である。聖火が消え、闇に包まれてゆくアテネ五輪の背中を見ながら、この半世紀に見聞きしてきた五輪の記憶をさかのぼった。 & A: [1 ^+ g5 P+ E. m7 _9 _
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最古は56年のメルボルン大会だ。日本の晩秋に、季節が逆の半球から届くラジオを聞いた。ローマに次ぐ東京の顔は日本晴れのもとにあり、背中では、各国選手が混じり合って一つになったように見えた。メキシコがあり、血塗られたミュンヘンがあった。田中元首相逮捕でかすんだモントリオールがあり、ボイコットのモスクワ、ロサンゼルスと続く。 # \% `% ^2 U! r+ I1 p0 E" l
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ソウルの顔は、ソウルで見た。歓喜に揺れるスタジアムからそう遠くもない「北の国」は静まりかえっていた。間もなくベルリンの壁は崩れたが朝鮮半島の壁はまだ厚い。岩崎恭子さんの「いままで生きてきた中で……」のバルセロナがあり、近代五輪1世紀のアトランタと20世紀最後のシドニーがあった。 ) d9 s# o* Y; V, S
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ロスの頃からか、五輪の顔も背中も、大がかりな機械仕掛けのごてごてしたものになった。主役は人なのだから、人工的な光を多用してテレビ映りを優先するのではなく、生身の人間の姿を追ってもらいたい。 # e, v- V0 t* {; j, V
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昨日の中継では、芝居がかった演出もあったが、マラソンで妨害されても「気にしていない」と銅メダルを受けたデリマ選手の姿が光っていた。アテネでは顔、背中ともに、機械仕掛けから人間への回帰の方へ一歩踏み出したように見えた。 \5 a2 ]' g9 Q- T
1 k7 \* J$ R. q# Y/ | もう一歩進めるなら、開会式は昼間に戻す。08年8月8日には、大陸の陽光に輝く北京五輪の顔を見たい。 |
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