|
北越雪譜
$ \" w/ g2 ?0 n0 R" Q4 K3 V鈴木牧之 9 p3 L i3 v! y: v% F6 ?2 U1 B8 E) l
(手先に触れたのは、何とまさしく熊だったのです) ^3 V1 O5 R/ U% Z! X2 _, c- B
2 D8 S' z( m9 ^9 F$ {4 Z
私が二十の年、薪を取ろうと橇を引いて山に入った二月のはじめのことでした。村に近い所は皆伐りつくしてあって、たまたまあっても足場が悪いのです。そこで、山一つ越えてみると、薪になる柴がたくさんあったので、自在に刈り取り、橇歌を歌いながら束ね、橇に積んで縛りつけ、やって来たほうへ下っていきました。' G; g# R, l8 ]7 D2 x
すると、柴が一束、橇からころげ落ち、谷を埋めた雪の割れ目にはさまってしまったのです。捨てるのも惜しく、柴の枝に手を掛けて引き上げようとしましたが、びくともしません。落ちた勢いで深く突き刺さったのだろう、ならば重い方から引き上げようと、腹ばいになって両手を伸ばして持ち上げようとしたところ、力余ってひっくり返り、雪の割れ目から遥かの谷底に落ちてしまいました。雪の上をすべり落ちたので幸い怪我もなく、しばらくは気を失っていたようでしたが、だんだん頭がはっきりして、上を見上げると雪の屏風を立てたようで、いまにも雪崩が起きるのではないかと生きた心地がしません。しかも暗いので、せめて明るい方に出ようと雪に埋まった狭い谷間をつたって、ようやく空が見える所に来ましたが、谷底の雪の中、寒さはげしく手足もかがまり、一歩も進めなくなりました。このままでは凍え死んでしまうと励ましながら百歩ほど行ったでしょうか、滝のある所に出ました。四方を見ると、谷は行き止まり、まるで甕に落ちた鼠のようで、どうしようもなく茫然とするばかりでした。
. D4 G/ u# v( y" W3 f s ふと側を見ると、ちょうど潜れそうな岩穴があり、中には雪もないので入ってみると少し暖かでした。その時思い出して腰を探ってみたのですが、握り飯の弁当もいつのまにか落としてしまったようです。これでは飢え死にしてしまう、といっても雪を食べれば五日や十日は生き延びられるだろう、そのうちに村の者が橇歌を歌いながら来るはずだ、大声上げて呼べば助けてくれるにちがいない、それにしてもお伊勢様と善光寺様にお願いするしかないと、しきりに念仏を唱えますと、日も暮れそうで、ここを寝床にしようと、暗がりを探り探り入ってみると次第に暖かくなります。なおも探った手先に触れたのは、何とまさしく熊だったのです。
5 Q$ R6 V: V! f# e0 |. q7 B びっくりして胸も裂けそうになりましたが、逃げるに道なく、どうせ命の際、死ぬも生きるも神仏にまかせようと覚悟を決め、「あのう、熊どの。わしは薪取りに来て谷に落ちた者です。帰るには道がなく、生きていくにも食い物がない、どうせ死ぬ命です。引き裂いて殺すのならば殺しなさい。もし情があるならばお助けください」とこわごわ熊を撫でました。すると、熊は起き直ったようでしたが、しばらくして前に進み、私を尻で押しやるので、熊のいた跡へ坐りますと、その暖かさときたらコタツにあたるようで、体中が暖まって寒さもとんでしまいましたので、熊にあれこれ礼をのべ、なおもお助けくださいと言いますと、熊は手をあげて私の口へ何度も軽く押し当ててきます。蟻のことを思い出して舐めてみますと、甘くて少し苦い感じです。しきりに舐めますと気分爽快、喉も潤いまして、熊の方は鼻息を鳴らして寝入ったようです。そうか、私を助けてくれるつもりだなとほっとして、それから熊と背中合わせに横になりました。家のことばかりが気になって、なかなか寝つけませんでしたが、あれこれ思っているうちに寝入ってしまいました。
8 k) [2 c$ r7 A7 E- @% v* j さて、熊の身動きに目を覚ますと、穴の入り口が見えます。夜が明けたので、穴から這い出て、帰れる道がないか、山に登れる藤蔓でもないか、とあちこち見回してみましたが、ありません。熊も穴を出て滝壺に来て水を飲みましたので、その時、初めて熊を見ると、なんと犬七匹分もある大熊でした。また元の穴へ戻ったので、私は穴の入口に坐って橇歌の声がしないかと耳を澄ましていましたが、滝の音ばかりで鳥のさえずりすら聞こえません。その日もむなしく暮れて、また穴に一夜を明かし、熊の手に飢えをしのいだのです。しかし、それから何日たっても歌は聞こえず、心細さといったら言いようがありません。けれど、熊はしだいに馴れてかわいくなりました。
! ]" _$ p$ q5 m: `! ~ r( Z0 | 人の心は、物に触れて変わるものです。はじめ熊に遭った時は、もはやこれまでと死ぬ覚悟を決め、命も惜しくなかったのに、熊に助けられてからは、次第に命が惜しくなり、助ける人がいなくとも、雪さえ消えてしまえば、木の根や岩角にすがってでも家へ帰ろうと、雪の消えるのばかりを待ちわびて過ごしていました。熊は飼い犬のようになり、はじめて人間の貴さを知ったようです。谷合なので雪の消えるのも里よりは遅く、ただ日が経つことばかりが嬉しかったのですが、ある日、穴の口の日の当たる所で虱をとっていますと、熊が穴から出てきて、袖をくわえて引っぱるのです。どうするのかと引かれていきますと、はじめに滑り落ちた辺りに着き、熊は前に進んで自在に雪を掻き掘り、一筋の道を切り開きました。どこまでもとついて行くと、また道を切り開いて、人の足跡のある所に到着しました。熊は四方を振り返ると、走り去ってしまい、行方は分からなくなりました。
, O R1 M, F$ D- T, O% a そうか、私を案内したのだと、熊の去った方を伏し拝み、何度も礼を言い、これはまったく神仏のおかげと、お伊勢様、善光寺様を拝み、うれしくてどこをどう通ったかも分からないまま、火が点った頃、家にたどり着きました、ちょうど近所の人々が集まって念仏を唱えているところでした。両親ははじめびっくりして、幽霊ではないかと大騒ぎです。それもその筈、髪はボーボーに伸びて、顔は狐のように痩せていたのです。幽霊と騒いだのもすぐに笑い話となり、両親はもちろん、人々も大喜びでした。私が薪取りに出て四十九日目の法事も、にわかにめでたい酒盛りとなったのです。
1 x0 X% h" I( ?& @# e4 M0 _(「熊、人を助く」より)0 F9 e, u8 i$ b/ E7 D% B
, s, w/ S( t* [/ }4 l: U【注 释】6 N1 i, q! I4 O' M) M8 v
伐り尽くす:砍伐完6 t/ w* [, u8 y' d
気を失う:失去知觉; i; H0 D" n- o( k% G4 U! I+ j( k
かがまる:冻得伸不直
2 ?7 h2 k0 C% i; S: V甕に落ちた鼠:瓮中之鳖
5 y1 t( l# s; V# v( K# P' s耳を澄ます:侧耳静听
# X. c" A: P& Z; \! L2 Z- D- g一夜を明かす:度过一个夜晚) n" H% M9 y. R, H& _
0 X9 s8 ?# ?! d. A, N+ P[ 本帖最后由 nic 于 2007-2-24 00:02 编辑 ] |