ひとつ、アメリカへ行ってやろう、と私は思った。三年前の秋のことである。理由はしごく簡単であった。私はアメリカを見たくなったのである。要するに、ただそれだけのことであった。
それ以外に言いようがない。とりあえず大上段に振りかぶって言えば、最も高度に発達した資本主義国、われわれの存亡がじかにそこに結びついている世界の二大強国の一つ、よかれあしかれ、われわれの文明が到達した、もしくは行きづまったその極限のかたち、いったいその社会がガタピシいっているとしたら、どの程度にガタピシなのか、確固としているなら、どのくらいにお家安泰なのであるか、それを一度しかとこの目で確かめてみたかった、とまあそんなふうにいえるであろう。
出発にあたって、わたしは一つの誓いをたてた。それは「何でも見てやろう」というのである。これは、行くからには何でも見ないとソンや、といういかにも大阪人らしい根性からでもあるが、もともと、私はなんでも見ることが好きな男であったのである。それは私のタチでもあり主義でもあった。東京でも大阪でも、その他どこでも、私はむやみやたらと歩きまわり、むやみやたらとものを見て、そんなことで、あたら貴重な青春を浪費していたのである。
私はかねがねトーマス・ウルフというアメリカの作家を敬愛している。こいつは馬鹿でかい小説を四つか五つ書き、それでポックリ死んでしまった誇大妄想の塊みたいな男だったが、この男もまた私同様の「何でも見たい」病に取り付かれていたらしく、彼の自伝的小説の記述に従うと、深夜、彼はベッドの上に坐って、彼が生まれてこのかた見た橋の数、ビルディングの数、会った人の数などを克明に数え上げて、世界にあるそれらすべてをすませるまでは果たしてあと何年かかるのかと嘆息するのであるが、私にもそんなアホらしいところが大いにあるのだろう。「お前は要するに誇大妄想狂なんだよ」友人はよく私にそう言ったが、私は「なに、ルネサンス的なんだ」と答えて、胸をひと張りすることにしていた。
つまり外国へ行って、いや、べつに行かなくったってよろしい、この日本国のことでもよい、めいめいの趣味、主張、主義にしたがって、上品なところ、きれいなところ、立派なところばかり見る、或は逆に、下品なところ、汚いところ、要するに共同便所のようなところばかり見てくる、私はそんなことはきらいである。世の旅行者というものはたいていその二つ、上品立派組と共同便所組のどちらかに所属してしまうようであるが、これはどうもやはり困りものではないのか。ひとつの社会というやつは、ssssどこだって、美術館だけでできあがっているのでもなければ、どこへ行っても共同便所ばかりというようなこともないのである。美術館もあれば共同便所もあり、山の手もあればスラム街もあり、国会議事堂もあればキチガイ病院もあり、美人もいればシワクチャの婆ちゃんもおり、総理大臣もいればオコモさんもいるのである。それが「社会」というものであろう。
いや、ことは一国の社会についてだけでない。話を横に大きくひろげて、われわれの「西洋」理解についても同じことが言えはしまいか。各人がその趣味、主張、主義、あるいは偶然、必要によってイギリスならイギリスに行く。そうすると、もうそこが彼にとってのただ一つの「西洋」というものになり、それが絶対確実の不変の真理みたいなものになり、なお、やっかいなことに日本に帰りついたあとでも、その真理をふりまわして日本のもろもろを、ああでもない、こうでもないとやっつける。
しかし「西洋」もまたやたらと広いのである、早い話、あの七面倒くさい食卓作法というやつもである。日本国で教えられるところにしたがえば、「西洋」ではスープは手前からすくって飲みますということであるが、それはイギリスでのことであって、フランスへ行けばまったく逆となるではないか。私を「西洋」へ送り出したフルブライト一党はまことに親切な人たちの集まりであって、「テーブル・マナー」の大家と称するオバチャマを呼んで、一席講義を承らせてくれた。オバチャマはザマス口調で、食卓にヒジをつけてお食べになりませんようにとか、くれぐれもお食事のあとで楊子をおつかいになりませんように、あれは日本人だけのすることで「西洋」のお方はおやりになりませんから、と言って何がおかしいのか、ホッホッと上品に笑われたが、なるほどアメリカ、イギリスではそうであった。しかしパリへ行けば、みんな食卓にヒジをつけて、ムシャムシャやっていたし、スペインでは誰も彼もメシを終えるといっせいに楊子を使い出すのであった。パリで、アメリカの女の子がしみじみと語ったことがある。私は小さいときから食卓にヒジをつけて食べないようにと、そればかりしつけられてきた。それが今こうやってヒジをつけて食べていると(私と彼女はレストランで話しているのだった)、私たちがどんなにアホらしいことに精いっぱいになっていたか、どんなに田舎者であったかが判る。彼女はそんなふうに言うのであった。
また、飯時の飲み物についてもそうである。これは案外知られていないことであるが、アメリカ人はメシを食いながらコーヒーを飲む。これはまさに食いながらであって、ビフテキの一片を口に放り込んでおいてコーヒーを一口飲み、ついでサラダを摘み上げるといった具合にやってのけるのである。私と前記アメリカの女の子がパリであるときこれをしたら、まわりのフランス人がみんな眼をむいて、この田舎者の礼儀知らずめ!といったふうに私たちを見た。私も彼女もいたずら好きだったから、それからも機会あるごとにそいつを試みようとしたが、これはたいへんに困難なことであった。フランスのレストラン(私と彼女が行ったような安レストランに関する限り)は、コーヒーのたぐいなど供さないのである。では、何をメシどきの飲み物として供するのであるかというと、これはいわずと知れたブドー酒である。同じものがちょっと北へ行ってドイツ、デンマークとなるとビールに化ける。いや、同じアメリカ大陸だって、メキシコへくだれば、もう誰だってビフテキにコーヒーを混ぜるような途方もないことはしないのであって、やはりこれも、あのすてきなメキシコ製のビール・セルベザスということになるであろう。
ついでに、もう一つ、飲みもののことを書こう。どこの国へ行っても、その国民が好む飲みもの、ホッと一休みするときに飲むもの、日本でいうならお茶にあたるものが必ずある。(私はこれを「国民飲料」と呼ぶことにしている。)アメリカでなら、これはさしずめドラッグ・ストアで飲む一〇セントコーヒーであろう。イギリスでなら、あそこは紅茶ならでは夜も明けぬ国だから、もちろんあの牛乳入りの甘たるき紅茶。フランスへ行くならカフエ・オー・レ、あるいはカフエ・クレーム、スペインならチョコレート、イタリアではエスプレッソ・コーヒー、ギリシアは小さなコップに入ったトルコ風コーヒー・メキシコのこともついでにまた言っておけば牛乳入りコーヒー......
これが「西洋」なのである。というと、私の言いたいことはもはやお判りであろう。旅行者が「西洋」へ行く、あるいはそこに住みつくということは、「西洋」なんていう抽象的存在は日本にいるインテリのオツムのなか以外にはどこにもないのだから、彼は「西洋」のどこかの国へ行って、そこに住みついているということになる。そこは、たとえば紅茶の国だったとする。そこではひとびとは、あたかも紅茶だけが人類が飲みうる唯一の飲みものであるかのように、そいつを来る日も来る日も飽きもせずに飲んでいることであろう。これがどんなにアホらしいことであるかは、ヨーロッパを一国一日か二日の割合で飛行機で旅行をしてみるとよく判る。一時間前には老いも若きもがえいえいとしてチョコレートを飲んでいたのか、今度は紅茶である。どこへ行っても、誰に会っても紅茶を飲みましょうということになる。旅行者はそいつを滑稽に思うだろう、トーヘンボクめ、たまにはコーヒーでも飲めばいいじゃないか、と憤慨し、たくさえなるかもしれない。しかし、やがて彼自身も来る日も来る日も紅茶の波にもまれているうちに、そいつが絶対無比の飲みもの、いわば真理にまで上昇する。そして、いつのまにか、彼は他の国のもろもろを、その真理を通して眺め始める、批判し始める、やっつけ始める。いや、まだある。彼はやがてその心理を抱いて、故国に帰るだろう、故国のもろもろをその真理でもって快刀乱麻に切り捨てて行くことをはじめるのかもしれない。
ことは「西洋」に関してだけではないのである。アジアについても、アフリカについても、同じことがひょっとしたら今言えるのではないか。かつて英国帰りが英国の眼を通して故国を眺めたように、われわれは、今、たとえばインドならインドを通して故国を遠メガネで捉えているといったふうなことをやりはじめていはしまいか。インドにはネルーというそれこそ真理のような人がいて、インドはその点ではまさに便利な国であるが、ネルーはネルーであって、われわれではないのである。
こんなふうに言うと、私がアメリカに行くまえ、「何でも見てやろう」という誓いをたてたことは、それはそのままアメリカからの帰途、ヨーロッパ、アジアをぐるりとまわって、できるかぎりいろんな国、いろんな社会を見てやろう、というぐあいに私が考えていたことになる。その通りであった。アメリカという「西洋」の一角に行くなら、その本場であるヨーロッパを見ることは私にとって必然であった。ヨーロッパへ行くなら、私の所属するアジアを見ることは必然であった。とにかく、私は「何でも見てやろう」と思った。国会議事堂から刑務所からスラム街から金持ち街から豪華ホテルから簡易宿泊所からカテドラルから広告塔から何から何まで、そしてまた、コーヒーの国、ビールの国、ブドー酒の国、チョコレートの国、紅茶の国、可能なかぎりのさまざまの国、さまざまの社会、そこに住み、うごめくさまざまの人間、それらすべてを見てやろう、私は誇大妄想狂あるいはルネサンス人である私にふさわしく、そんなふうに考えたのである。 |