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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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发表于 2004-2-14 23:00:00 | 显示全部楼层
  02月14日 7 e  J6 i6 F' h/ w* t2 O+ m( s

( _6 [2 N% i% |, i0 s8 K7 Q 日本の地名に最も多く使われている文字は何か。こんな疑問が浮かんだのは、国が進めようとしている「平成の大合併」で、元の自治体の名前が次々と消えているからだ。 4 W9 ~, W" h+ U( p7 Y
9 A: x$ f* g' s0 l% d: i; |8 G
 全国の市町村名を調べると、最多の字は「川」で、216を数えたという。次いで「田」が198、「山」が168で、「大」「野」と続いた(97年4月現在、『日本の地名がわかる事典』日本実業出版社)。 ' y0 d' ~3 R% Q8 ~
7 X- [+ |! h) E" r. y) l$ v
 すんなりと、納得できる結果だと思う。「田」や「野」を流れる「川」の向こうに「大」きな「山」が見えているというのは、古来の日本の風景と、よく重なっている。しかし、やはり、川のような原風景の文字は減りつつある。 ' k( u  x1 r" d( O! [0 K* j9 g

2 Q/ y1 k! Z; _. Q" { 「川上」という名を持つ6町村が88年に結成した「全国川上町村連絡協議会」が、3月いっぱいで解散する。岡山県の川上町や、岐阜、山口の川上村は合併後に名前が変わる。存続するのは、長野、奈良の川上村だけになりそうだ。
+ c1 e. l' u9 [9 m  `  ?8 X) a
, l) X: K% P8 G4 J; W; ? 漢字から、ひらがなに変わる流れも強い。栃木県の喜連川(きつれがわ)町は合併で「さくら市」に、高知の伊野町は「いの町」になる。ひらがなには、元の名にあった漢字への愛着や執着を弱めたり、新しい出発を印象づけたりするといった働きがあるのだろう。同時に、それまでの長い歴史が突然消滅するかのような、のっぺりした感じも漂う。   Y  J7 p5 s) Z* ^9 i
+ K# u( [( z/ r! L0 I
 地名の漢字には東西南北も多く、四方位を合わせると288で、トップの川を超える。大中小も目立つが、小と中とを合わせても、大にはとても達しない。上は、下を上回る。地名には先人の思いもこもっている。
4 m  J! o  ~/ k# g! M% b
( T7 v2 I/ X" g; e8 s# x! A6 Q4 s( Y* f: j6 {! r: F
咦?这里也开始连载啦,那我也来!6 P5 _: Z7 {4 C0 k

7 N5 M! j! \5 Y* z) h3 M1 W: P) o/ B; E! l. Z6 ~4 h
02月15日
! W2 f# l0 K7 i$ I' L; X6 I/ E6 D1 X
 イスラエルの北部にあるガリラヤ湖畔は、キリストの「山上の垂訓」の舞台として知られている。湖の更に先のゴラン高原へ、エルサレムからバスで5、6時間かけて行ったことがある。 3 W. Q& `/ z0 x5 ]1 L
" J5 Y: ~& e. M4 }4 w& A0 b3 |; I
 96年の3月で、たまたまその前月から、日本の自衛隊員が、国連の平和維持活動に加わるため高原に入っていた。イスラエルとシリアに対する国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)への参加である。   k8 U% `5 e- c9 Y, k$ {: H" Q8 p, z# a
. v' z( [# O) b- v5 H% u+ ~4 r3 }
 この時は時間の限られた集団行動だったので、隊員たちとはすれちがっただけだった。しかし、その地に着くまでに通ってきた高原の異様さを思い、隊員や監視軍の人たちの無事を祈った。 + B6 a1 k& ]6 ~! Y0 o7 {- D

& E* Z$ s# ]1 y 道の両側に広がる野の花の群落の中に、おびただしい数の赤と黄色の表示板が立っていた。地雷のありかを示している。場所によっては花の数より多いくらいで、しかも、それが、車の窓から手を伸ばせば届きそうな所に延々と続いている。争いの長さと深さとを思い知らされた。
- a# j5 v6 c1 }$ ?) R! F& n, N$ A) T: Q; G5 f) j, J# b
 昨日、自衛隊のイラク派遣についての政府広報が載った。そこには、派遣についての説明というよりは、「こうなればいい」という、いわば希望のような姿が描かれていた。ゴラン高原に派遣してきたことにも触れていた。しかし、国際社会の合意によるゴラン高原での国連活動への派遣と、今回の米英によるイラク戦争の後の派遣との違いについての説明はなかった。
. v1 e# M5 Z6 ]
# w! J# e! a5 X/ C この日、海上自衛隊も、広島・呉基地を出発した。サマワでは最近、迫撃弾の攻撃が起きた。自衛隊の駐留による治安の変化が起きていないのかどうか、気にかかる。
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发表于 2004-2-15 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》   02月16日付
8 E3 b, y8 t* e5 L3 S* j; s
" P: C; Z" O  ?1 }9 _4 w. N" @: K* G: A0 m0 K% S" q% P4 w
1 v5 ~& \# f' g3 b! N
; [" G# L! W  u9 ~1 K0 P
% M4 ^- D: z( `! S4 G3 e
「冷戦が熱戦になるのを防いだ情熱的で勇敢な男だった」。先週、73歳で亡くなったポーランド出身の男のことを米中央情報局(CIA)長官はそう悼んだ。「裏切り者か、愛国者か」。祖国ではたびたび論争の的にもなった人物だ。
" `/ j9 k  p+ _" V% ]  q: Y( N$ b  _3 D
' ^5 F6 u5 U4 `$ t2 |
; A6 B5 ?) V( U4 g( X9 \
 冷戦期の最も重要なスパイといわれたR・ククリンスキ氏である。ポーランド軍将校だった72年から81年にかけて、機密情報をCIAに流し続けた。 4 O1 Y; d8 G  ?* y! Q+ f7 C* p
4 o3 `6 y* C& ]8 [9 a4 C
* }4 |& j8 p8 e# x0 J

: e0 B1 M  I0 g6 S  x' ]1 @ 民主化を求めた「連帯」の邉婴驈巿Rしようとソ連軍などがポーランド介入を準備したことがあった。彼の情報をもとにカーター大統領がソ連に警告、介入を免れたこともあったそうだ。国際情勢を動かすことしばしばだった。 2 [' X. ]  X1 F$ L; P% i% s
& I; q3 |1 s& n" \: P

8 x' M* n8 K1 G, i: Z! [# D" |$ [; O! g
 米国のポーランド系雑誌「ポリッシュ・ニュース」などによると、方法は古典的だ。小型カメラを持ち歩いてこっそり文書を撮影、CIAの代理人に渡していた。81年、米国に亡命するまで家族にも知らせなかった。ソ連崩壊までは米国でも経歴を隠し、偽名を使って暮らした。その間、2人の息子が事故で死んだ。その死が彼の過去に関係あるかどうかはわからない。
% ]& y7 e* s7 [
* h. w" Z  T! d" }" {$ {
8 N6 [+ x3 x2 D+ j8 @! c1 s9 J( s6 ]' S' v" e/ E  q
 彼は自分のことをスパイだとは思っていない。情報提供は自発的で、無報酬だった。ひたすら祖国の解放を願っての行動だった。68年のソ連軍のチェコ侵攻を契機に信念を固めた、と。 4 _9 R2 i2 @* Y" m$ N- ?% m9 Z2 \
  X; A$ _9 i6 n  m
3 @8 R6 P- w/ C" g& K, x5 G
; m/ N( Y3 E: t$ ?2 k' B0 o: R
 スパイを描き続ける作家ジョン・ル・カレ氏が先日、米紙にスパイ論を語っていた。「歴史の巨大な重圧下で個人を表現しようとした人々」と。ル・カレ氏のいう意味でスパイと称されることにククリンスキ氏も異論はないだろう。 1 U2 N4 D9 C+ B- j' }" @. x* e
6 u1 z' t* E" V$ c2 z" c( K5 ~- t& C' u

0 `5 H$ m( `6 M* D+ h; @
7 c* z/ x) X: C* ~
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发表于 2004-2-16 23:00:00 | 显示全部楼层
  02月17日
$ f" @& e* N! [% h 4 ^% f0 ?+ M0 ^( ?# I. S- q
 結果のわかったスポーツを録画で見るのは味気ないものだ。結果がわかっていなくても、録画では生放送の臨場感は弱まる。ところが、意図的に放送の時間をずらす動きが出てきた。 2 i2 R/ k" A/ q, C

1 P# m) X# q* y4 J0 ` 先日の米国グラミー賞の贈呈式は5分遅れで放送された。全米が注目するスーパーボウルの生放送がそもそもの発端だ。ハーフタイムの余興で歌手の乳房が見えてしまい、非難が集中した。そんな「不測の事態」を避けるために時間差放送をした。 ; Z, ~& u" Q$ N; C
- o3 D4 E  X% e6 t1 Y" ?
 このアイデアを競馬中継に持ち込んだのが、映画「スティング」だった。結果のわかっているレースを、あたかも生放送であるかのように見せかけた。あざやかなだましの手口が、爽快(そうかい)な結末へとつながる。 * l" [' x! ]/ w! |4 A4 B

! O$ |( G, D& k$ d2 K 競馬は無理だろうが、スポーツ番組も含めて時間差放送が広がることには危惧(きぐ)を覚える。毒味をして無害であることを確認してから放送する。いま起きていると思っていることが実は5分前のできごとだった。詐欺とはいえないが、だまされているような後味の悪さがつきまといそうだ。
1 y1 m, W" n" K+ }) L/ K5 k( n- }) ^* a
 日本テレビのサブリミナル疑惑が報じられた。1万円札の福沢諭吉の顔のカットをごく短い時間挿入したという。潜在意識に働きかけようとするサブリミナル効果は疑問視されている。とはいえ、画面の小さな操作で大きな影響を与えることがあるテレビが注視の的になるのは、やむをえない。 * G- d" q* o9 C7 a) q7 f+ n2 |0 x
5 G6 c! m  r- u, h$ C! l
 現実と非現実との境界が薄れていく現代、テレビは境界線上をさまよっている感がしなくもない。少なくとも一方の足は、しっかりと現実の方に踏みとどまっていてほしい。
( Z3 J* Q2 B. u% h8 |# |
/ o) d: d( l! o$ v4 w6 U) q单词解读:
( }& W0 B( _3 ~  ~
* z) {! Q+ F5 m6 q6 Nサブリミナル 3 [subliminal]
% t4 W9 W8 d' q/ c. Y
( u( d. T9 g3 E, w$ K% \9 q〔「識閾(しきいき)下の」「潜在意識の」の意〕テレビ・ラジオの放送や映画などに、通常の視覚・聴覚では捉(とら)えられない速度・音量によるメッセージを隠し、それを繰り返し流すことにより、視聴者の潜在意識に働きかけること。
: }7 N* ^$ k4 q& t) K& f* y
0 G- H  B  P4 _! R6 B2 d
  \2 r9 i: c% @  w' H0 W02月18日
9 D# `; p" C3 ^+ R  ?# c
7 j! g& D' S" A9 W+ r( `6 M$ ? 象をめぐる神話や伝説は多いが、「象の墓場」もその一つだろう。死期を悟った象が群れを離れ、墓場に向かう。無数の骨や牙が散らばる墓場に身を横たえ、静かに死を迎える。
: _5 @& u+ y& T; e5 q- b; X) a
5 J5 Y. _" R# ~( Q 誇り高き彼らの最期にふさわしい荘重な光景だ。だが、そのような墓場はないというのが定説で、想像の産物とされる。とはいえ、象の死は劇的に語られることが多い。仲間の死を悲しむ姿が尋常ではないからだろう。
1 S& s/ @/ f9 [' J# `5 @' D( {) I2 A7 T" F: E7 r. c: z. T
 瀕死(ひんし)の象を仲間は何とか助けようとする。倒れると、牙で引き起こそうとする。だめだとあきらめたら、埋葬に取りかかる。足や牙でまわりの土をふりかける。鼻で枝を集めて死骸(しがい)にかぶせていく。埋葬が終わってもその場を立ち去らない。アフリカ象の生態を調べた『野性の巨象』(ハミルトン夫妻著・朝日新聞社)には、3日間も死骸を見守った例が出ている。
& \; v# q* o6 O
( n6 B4 j: |4 H6 o9 B+ N 埋葬は仲間の象だけではない。自分を襲ったライオンを地面にたたきつけて殺した後、やぶから枝を折り取ってライオンの死骸を覆った例もある(『動物たちの自然健康法』紀伊国屋書店)。記憶力が良く、仲間が死んだ場所にさしかかると、後々まで立ち止まるそうだ。 8 d2 D2 B5 u: w' l, t
# P5 i9 q, {  ^1 U. B% I$ T& g6 g
 ボルネオ島に生息するボルネオ象が、独自の進化をとげた「新亜種」らしいことがわかった。2千頭ほどしか残っておらず、絶滅が心配される。アジア象全体でも生息数は3万5千から5万頭程度といわれ、「絶滅危惧(きぐ)種」に指定されている。 * Q  N+ l; C+ E

  A3 g% \  y$ f) a 象を墓場に追い込んでいるのは、開発や密猟である。仲間の死を嘆き悲しむ象の姿は、人間の罪深さを映してもいる。
5 R' L* [4 n' G6 c* \$ g( M
5 B0 v4 N2 N  |# Q: b3 F1 M# K( G. a6 B, `3 w# u+ w' E( \; ]
$ P6 B/ ^. m! T# r# K- B7 w: F% I
02月19日 + a# d( P# [% j1 j0 Y- [6 T

6 Q" z& m0 G0 K9 d2 }" h5 w8 S! L
  b) u" j3 C& f) K" } 「事と次第では生命の危険にさらされる海外派兵を行うのであれば、その責任者自らも生命を投げ出すほどの覚悟がなければならないであろう」 9 g0 E6 v, H; ^- u; k
; L" e+ g: c$ X0 d2 b" K
 きのうの党首討論で、民主党の菅代表が手にして小泉首相に迫った本『吉田茂の自問』(藤原書店)の一節だ。日中戦争から太平洋戦争までの外交を吉田元首相が若手外交官らに検証させた機密報告書を小倉和夫・前仏大使が読み解いた。
/ d+ V" r9 A$ y+ z) n3 Q; `1 G7 @: U4 E3 v. _7 Q! u/ @
 いったん兵が海外に派遣されると「事態の急変や相手の挑発によって、『自衛のために』戦闘行為に走ることはとめられない」との記述もある。もちろん当時といまとを同列に論じることはできない。しかし、いまたどっている道が果たしてこれでいいのかとたびたび「自問」することの大切さに変わりはないだろう。 : K, P8 ^: F, c4 G6 {8 i
  n! i" l$ l7 g
 米英のイラク開戦を支持し、自衛隊派遣を決めた小泉首相も、きっと自問を繰り返したに違いない。しかし、菅代表の追及への答えは、これまで何度も聞かされたことの繰り返しがほとんどだった。 / o* @* v& X$ }- X+ G

% e" S, R2 e/ D 「政治闘争は知的な争点、見方・分け方の原理を持っている」というのは、フランスの社会学者P・ブルデュー氏だ(『政治』藤原書店)。政治は、これまでとは別の新しい見方を示して、従来の見方に取って代わろうとする闘争だ、と。小泉首相の「繰り返し答弁」を突破できない民主党は、強力な「別の見方」を示すことができないでいるということか。   p3 J4 t% {3 W+ ^2 ?+ N

' ?) g& v* f0 j! j0 v% g2 O  G 日本外交の失敗を反省する先の著書に戻れば「すべて根本が大切であるということである」という。「根本に誤りがないこと」だ、と。
. O- o6 Y& [2 g# i3 |1 ~+ o8 [6 C" e7 k  h* E( C- t3 b& }
" H7 c& I7 k- l3 M6 {0 e8 L. c( f
02月20日 1 _# q$ J7 B& D' n# C) d: t

; U: ]0 [! ~& k" N6 N$ W フランスでは「死者との結婚」が、まれにあるという。先週、ロイター電は、こう伝えた。 ) S! z1 W) t$ E) c
  q, |8 G7 ?0 K# R
 ニースで、35歳の女性が、18カ月前に自動車事故死した男性と結婚した。し违辚攻匹毪丹螭稀副摔坤螭扦狻⑺饯媳摔确证梁悉盲縼齻幱Qを大切に思っている」と述べた。事故当時ふたりは婚約しており、式の日は男性の30歳の誕生日だった。
% I  g  r" s, _4 m" L
& ^, E' D: Y  d- F0 u4 W/ V0 q8 ? 死後の結婚は、ドゴール大統領の時代に導入された法律で認められているという。世界は様々だが、昔、この国の文豪が「あらゆる人間の知識のうちで結婚の知識がもっとも進んでいない」と書いていたのを思い起こす(『バルザック全集』東京創元社)。 4 s8 ]9 B# B, c! q# w4 `% i

0 B! p3 M0 w' a  d. E1 r 米国では、先週、サンフランシスコ市が同性同士の結婚を認め、市庁舎で数十組の結婚式をした。マサチューセッツ州の最高裁は昨年「同性婚を禁じるのは州憲法違反」としたが、ブッシュ氏は判決を批判した。大統領選の絡みもあるようだ。
8 B8 k( U5 c, p" ?& J7 {" ~7 S( E* W8 Z/ l- B" P+ w; H
 「結婚こそは人間がなし得る最大の探検旅行であり、いつまでもさうなのだから」と記したデンマークの思想家は、今も、そう言うだろうか(『キェルケゴオル選集』人文書院)。
' R# c* E2 g& p) z, y/ l1 A- j" E; g5 B
 日本では、著者自ら「30代以上、未婚、子なしの自分は女の負け犬」と書く『負け犬の遠吠(とおぼ)え』(講談社)が話題になっている。微妙なテーマを、バサバサと切り分けていく独特の語り口に、同意や反発が起きているのだろう。日本の古い文人の言葉を引く。「お前が結婚すればそれが嬉しい。お前が結婚しなければそれもうれしい」(『武者小路実篤全集』小学館)。
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发表于 2004-2-20 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》 02月21日付  ( P( B3 @" _* Y
 9 [1 ]+ v" Q* R& o* B0 ^2 W* F1 y
. e3 k. w) p4 ]9 ]1 z
 いっときに、155人もの人々の命が奪われたのである。オーストリア・アルプスで、出発して間もなく火に包まれることになるケーブルカーに、たまたま仱旰悉铯护啤¥饯尾门肖谓Y果が「全員無罪」だった。
% D9 m! J) ]- }
! e: N; u4 H2 E! O5 T
9 X. L; m9 p0 h2 E5 ~- C6 ?; C# h( m. R% ^& v
 事故のすさまじさと判決との間に大きな落差を感じる。事故と判決とを結ぶ線が容易に引けない。隔てている深い闇を、どう考えればいいのか。
8 L6 u5 r: J+ @4 s& H  e
+ p7 N# [" _5 Q4 W. G1 E& O0 p2 h: I/ Y- _$ l) z2 R

7 u# H8 r( x3 Q6 g& i. _1 k* { オーストリアでは事故当時、ケーブルカーの安全について、一般的な危険防止規定はあったが、火災に関する具体的な安全義務の規定はなかったという。判決は「火災は不幸な偶然が重なって起きた」とした。偶然という「答え」の、とらえどころのなさがもどかしい。 ( t/ N4 _( P* b5 k
% z  ^' W4 o  y* u4 b

7 j: H3 d1 @( S' d' a: e8 y, H6 L/ N
 英紙によれば、裁判官は「判決は必ずしも全員に受け入れられるものではないでしょうし、激しい批判にさらされることはわかっています」と述べた。そして続けた。「しかし、我々は真実を発見するためにすべてのことをした。これは、ご遺族にとって敗北ではありません。しかし被告人は無罪です」。行き場のない憤りから来る敗北感は否めないが、控訴審を見守りたい。 " I0 q1 p- Z/ w* T

) {) b) T9 j5 h2 f, [! d
! b2 S7 P, U7 [9 [1 J
2 a  z* X2 R# G% e6 a 事故の直後、急報を受けて現地へ向かう家族と入れ替わりに留守宅に届いた絵はがきを思い出した。「おかーさん おにーさん 元気? 二人でさみしくない? 奈央は毎日とてーも充実した日々を送ってるざんす/新しい発見が多くてすごく楽しいです。今、旅日記つけてるので楽しみにしてて下さい」
- ^; l) d3 W# [7 h4 s6 B5 E# }/ H2 ~$ A3 U. V2 O$ O2 L

* G' i! Y1 p# H
9 U$ A! F7 n7 S4 w1 I1 d 中学2年の奈央さんは、父とともに事故に巻き込まれた。消印は惨事の2日前だった。
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发表于 2004-2-21 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》 02月22日付
5 l) c' p; e1 I( D; ~ % U( s* k) t. i) Z3 Q# H
 $ o- I/ N7 v1 ^4 Q$ P5 z4 I
$ e2 R7 T2 d$ }2 y7 ]  F
 「どんな魚にしろ魚を捕るのは一種のいわれなき殺生だと考えていた」。アメリカの独立宣言を起草した委員のひとり、ベンジャミン・フランクリンの『自伝』の一節である(岩波文庫)。
; n; x& Q+ Y; O" {9 q
, Y6 \% s7 u, t: j  y  C+ j) R& J( {1 l" q) L; K7 J6 m
  U- S) g+ k. I& y/ f7 w
 肉食をやめていた彼は、ある時、大きな魚が腹に小さな魚をのみ込んでいることを思って、宗旨変えする。「お互に食い合っているなら、私たちもお前たちを食っていけない訳はあるまい」。そして、こう続ける。「人間とは、まことに都合のいいものである。したいと思うことなら、何にだって理由を見つけることも、理屈をつけることもできるのだから」。
% J: v  {3 a9 i2 m8 ?: L8 x% i
% a9 Z/ X: f0 i/ C- f; x( A7 F% B( @, M$ d; H& I9 Y3 D3 J% C/ ?

7 d0 ]! u9 ~5 c& q 独立から、2世紀余の時が流れた。時代も世界も大きく変わっている。ところが、このフランクリンの述懐が、なぜか、今の米大統領のしていることと、どこかで重なり合うような気がしてならない。
: d7 d) F2 W. g6 m, S% a5 f0 u, V# t. E! P1 h0 K
3 u$ l% g& L$ N+ k( \9 k4 @# h
% O: V$ c6 p6 W( [! c; X/ j6 r% G
 イラクの大量破壊兵器の存在が怪しくなると、フセインの圧政を打倒した意義があったとの論になる。次は、開戦前の情報に疑いの目を向ける。そして、その検証の結果が出るのは、大統領選後の来年になる見通しなのだという。
% J! ^% E! l& h
6 C0 b% S+ w5 i" D3 M& `
' N. F3 e9 \4 f& Z2 Q6 ~0 w  d5 L" R* ^( h2 w5 Z' l' V: M! B
 検証は、情報収集の仕方や情報機関のありようだけではなく、情報をもとにして開戦を決めたところにも、要るのではないか。「来た、見た、勝った」は、ローマのカエサルの戦勝報告とされている。「情報が来た、見た、始めた」のがブッシュさんか。「来た、見た、やめた」という判断は、有り得なかったのだろうか。
* f  k: {. C7 [* t/ P: H+ L9 `' H
! p! }) Z+ Z; U# l% z, X: E2 h
6 W- a3 X3 T1 O, c3 e+ d0 R
 「よい戦争もなければ、悪い平和もない」。フランクリンはこんな言葉も残している。
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发表于 2004-2-22 23:00:00 | 显示全部楼层
& L  w5 X; X2 y* F( V

. {% |0 o! `5 m2 x* V% ?--------------------------------------------------------------------------------
* r7 c0 l# \. o" }5 \; L( ~2 Z$ @5 [7 w
8 ?, Z$ `0 p/ n/ U: {& ], J8 b9 Q6 m5 g; [" T: |. u- w+ [# O$ X

, ^' B, x# I7 H) B7 p& Z■《天声人語》     02月23日付 ' ~# W0 W8 y. |6 i8 k1 H6 \
 
" v2 f$ U6 d6 c* Q. r7 l# |; H5 P# X4 `) H0 }
 貧しさというのはわかりやすい。実感としてもそうだし、数字でも表しやすい。戦後、ほとんどの国民が飢えを経験したような国では、なおさらである。 " {# B# ^- P8 P& |# q

/ x# X! O  `8 Q! _( S# j* K
! p$ R% e% a& g9 b5 t* G' e. n; E8 w
 最近ではあまり聞かれなくなったが、エンゲル係数という言葉がある。家計の支出のなかで食事代が占める割合だ。高ければ高いほど貧しいとされる。戦後まもないころは60%を超えていた。以来、下がり続け、現在は平均して20%ちょっとになった。
9 R; _- w* b: k
: s# m% x: E3 ]. [' p
) F2 @2 E1 E- L! P8 G* a/ W
# l) V2 |# A/ m' F' O5 w: n 豊かさはどうだろうか。世界第2の経済大国と日本がいわれるとき引かれるのが国内総生産(GDP)だ。米国についで2番目に大きい。1人あたりにすると、円の強弱にも左右されるが、先進国中5番目前後に落ちる。さらに商品を買う力を計算に入れた購買力平価に換算すると、10位以下になる。こちらの方が実感に近いかもしれない。 , u, s: u3 p' R6 J& X* i0 v
0 \6 g8 j) l1 `$ J0 d7 w0 |

( o0 p6 d, M5 C5 x* l' O9 T7 B4 f! I  z0 i
 国の経済力と個々の国民の経済力とは必ずしも一致しない。そのうえ、貧富の格差が大きくなっているといわれる。生活保護を受けている人は10年前の1・5倍近くになった。失業率が高まった。賃金格差が広がった。それらを例に橘木俊詔著『家計からみる日本経済』(岩波新書)が詳述している。 0 z+ o' P5 V+ p$ Z+ _: {

  z' e* O- g$ a
2 G8 Z7 N% h0 |8 ~
* S! Q1 c& M! s; ^$ o 以前、本紙(大阪)に、62歳の無職の人からこんな投書が寄せられた。「3人家族のわが家のエンゲル係数は50%を超えて」いる、といって食費を切りつめる生活を紹介し、年金の一律引き下げをやめてほしいと訴えていた。
: T3 z8 b' S1 H6 n+ @$ d# b. j9 z8 K( e! i6 B4 o1 l$ D" w( F# E" ]2 h; b

9 J  R) S" p2 D% {
4 X% `# N, \! K0 ~8 f# U4 r2 G. Z 先週、GDPの高い伸び率が報じられた。朗報かもしれないが、同時に、豊かさの中身を考え直していく時代だろう。 ! s8 P" h% L" }+ ~) |6 {/ x* V
9 x/ o0 t1 Q+ k  |* o' o. r

7 f, t3 e. c. \& J! W8 N; t6 ~) a 
( @, F9 D) P- _/ `8 n5 A7 q3 d( v6 E; [) Z( c2 t
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发表于 2004-2-23 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》     02月24日付
$ K! ]: t- I6 j0 c2 l- l
9 n, U/ n: O4 @+ Z3 p. R% w- j6 i69年、ケニアの乾燥地帯の貧しい村で生まれた。16人の兄弟姉妹がいたそうだ。幼い頃の記憶はひもじさばかりで、母が歌で子どもたちのひもじさを紛らし、寝かしつける毎日だった。
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% q, f; V/ `! M1 ?; _' y
 77年、国連の食糧援助機関、世界食糧計画(WFP)が彼の通う小学校で無料の給食を始めた。「トウモロコシと豆の温かい食事だった。家では食べられないものだった。皆興奮した」。あの食事が彼に「力と意志」を与えてくれたという。「あのときの学校給食がなかったら、いまの私はなかったでしょう」
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! T5 S0 u% P/ e  l, R' o* H% a- n2 e, i; V- d3 g0 a
 シドニー五輪の男子1万メートルで銀メダル、昨年のベルリン・マラソンで2時間5分を切る世界最高記録で優勝したポール・テルガトさんである。早々にアテネ五輪マラソンのケニア代表に選ばれた。 * X* u; R5 x" g* x
$ p$ g' Y6 }- K  T$ t3 \, {+ o

, Z3 w2 I' g3 u  ]% b4 U+ f0 K" i! C! ]
 WFPは先月、テルガトさんを「飢餓撲滅大使」に任命した。彼にとっては、恩返しの機会を与えられたことになる。彼は語る。「1日1食の給食が飢えた子どもの人生を変えることができるのです。ドルでいえば1食たった9セントです」 % d/ l+ t0 o' C0 f7 {
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 WFPは40年以上にわたって現地政府と協力しながら、学校給食プログラムを進めてきた。資金難に悩みながらも、年間約1600万人の子どもを援助している。それでも世界で3億人にのぼるといわれる飢えている子どもの5%にすぎない。
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( F0 k' N# u; I( q; W
 「飢餓撲滅大使」として活動を始めるテルガトさんは、自分の半生を語ることがそのまま啓発になることだろう。マラソン選手としては、4月のロンドン・マラソンを経て、アテネ五輪で金メダルを目指す。 . a/ J6 k2 S7 S$ O
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发表于 2004-2-24 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》 02月25日付   ]0 y/ m* Y( N9 R1 r/ h8 S
0 r( `) l4 G5 n' y3 _, w# A

9 j7 Q1 N! W0 o" C' q$ `$ B" ` ! D/ [, \& E2 @" j
  t: \; B9 S3 k1 i
 「日本はいま十字路に差しかかっている」とアナン国連事務総長が指摘したのは99年11月、東京の国連大学での講演だった。「数年のうちに日本国民が行う選択は世界の人々に影響を与えるだろう」と語った。
) ~8 c% c- g2 e6 z
7 e$ y+ f* ]7 o' l0 y" ?1 F- \6 \1 ^9 W

" g. G+ b! I. s+ X あれから約5年、来日したアナン氏は昨日、国連事務総長として初めて国会で演説をした。本人も言うように「決定的な時期」の演説で、ときに率直に、ときに婉曲(えんきょく)に語りかけた。
1 W  t" F# l4 W5 D' _! u& z( F9 ]' ]* f& K* A/ R& k
" O, u2 m( K; c6 F+ G  |( m! i1 S# B
9 e/ P8 [+ v5 _) ~6 I8 o$ E
 氏は「多極主義を確固として信じておられる皆様」と呼びかけた。「皆様とは私たちのこと?」と顔を見合わせた議員もいたかもしれない。国会論戦で、国連との協調と日米同盟重視とを使い分けて防戦につとめた小泉首相はどうだったろうか。 + f2 s! x7 a' d; f) D( t6 V
; p) E5 J9 e. r) b9 G; z
1 H: L! R. h5 r9 x$ ]( g- I

& j: I$ c3 B6 k: w$ L) C% w 99年の講演も、多数の国とのつきあいを重んじる多極主義が主要なテーマだった。「日本は強力に多極主義を進めている。そして国連を外交の基軸にしている」とたびたび言及、高く評価した。国会での言及も、嫌みやお世辞でなく、期待も込めた確信なのだろう。 * |: ^4 o, d" ]/ w: F+ o
3 h: r3 R. h  x9 }4 Y' j
* `& z* h; l( `+ P1 R9 V! e; v  d0 r: x; x

! s9 Y2 @5 i5 X, g" P# \ 「軍事行動を語り始めるときは、外交の失敗のサインだ」。当時そう語ったアナン氏が、今回は「いつ武力の行使が認められるのか、そして誰が承認するのか? 各国が独自に行うのか、それとも共に行う方が安全か?」と問いかけた。イラク戦争に至った「外交の失敗」への批判と反省とがうかがえた。
) P. ]- O! n1 e- v& s
; I- r/ c- l. c1 j0 p2 j0 j/ c$ B* n

9 c0 S( a% ^# j8 R: P 日本のイラク復興支援の「表明」には敬意を表し、「困難な議論を経」た自衛隊派遣にも言及した。5年前の「十字路」から、その後、日本がたどった道を直截(ちょくせつ)に論評することはなかった。
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发表于 2004-2-25 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》                02月26日付
6 v  R$ F1 H! \7 ?# A6 E/ m$ p) L1 o. Y3 `( z* i: O- l' g
ある日の午後、すいた電車に仱旰悉铯护俊H珕Tが座れるくらいだから車両に30人ほどだろう。見回したが知り合いはいないようだ。しかし、もしコンピューターのネットワークでつながっている人同士を同じ色の線で結んだとしたら、色とりどりの線が車内でもつれあったことだろう。 - I8 l3 D- W$ \) F

) p) K  ]. }9 p1 v5 S- Z( r
  A3 N' ?! r7 q8 [3 i3 s( ]  p. a  \9 O6 q( i! P1 {
 インターネット接続サービスの「ヤフーBB」から流出した契約者情報は約460万人分という。全部が本物とすれば、これまでにない数だ。県の人口でみると、静岡と福岡の間ぐらいになる。全国の同じようにすいた電車の車両にも、被害者が1人は仱盲皮い肟倍à馈
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发表于 2004-2-26 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》  02月27日付  p6 g; m7 a, x9 i1 e6 c4 }3 u- J/ w5 Z
 
# H+ I3 d; [" R: F 
; r! y3 M  e( a# o$ I) o& k8 }2 W$ W& w3 W1 j# y
 最近の言葉から。女優の岸惠子さんが戦時下に「子供を止(や)めた日」を思い出す。「直撃弾を受けて燃えあがり、身もだえする我が家を、松の木に登って見ていた私は、顫(ふる)えてはいたが悲壮感など微塵(みじん)もなく、『今日で子供を止めた』と思った。大人の言うことを聞いて急拵(きゅうごしら)えの防空壕(ごう)に避難した子供達(たち)は、爆風による土砂崩れでみんな死んだ」と。 # Q! N2 c3 S7 _8 K) T

  m  Z4 _" \- F! M3 ?
" i$ U7 y( t! v2 {0 ]: T8 |' N0 C) l. o7 ?( y0 o# N* y
 「ひとをにくんだり、さべつしたり、むりに言うことをきかせようとしたり、じぶんのこころに戦争につながるそういう気もちがないかどうか。じぶんの気もちと戦争はかんけいないと考えるかもしれないが、それでは戦争はなくならない」とは詩人の谷川俊太郎さん。 7 h% p8 h3 R2 Q5 k

1 K* A" e+ v' P: M2 c/ s# B
3 G* t' q& K5 U9 ^; \# i4 e; j! H" h' r* Z" ^! v# O
 相次ぐ児童虐待について東京都三鷹市の子ども家庭支援センター相談員佐伯裕子さん。「最初に気付くのは現場の相談員。実際の危険性が10あって、相談員が8を感じ取っても、上に報告されるごとに危険性の認識が薄まっていきがち。いかに現場レベルで連携できるかがかぎ」 ; X$ p5 v* L' T# M

+ |4 E, c( C* r4 f. m
) }9 \7 m5 t$ b1 q% K! q" R3 A' K7 ~
3 x2 q; }8 `/ S) ^% z# ^ 「火をおこせ」が口癖の日清食品社長安藤宏基さんは飽食の若者に「原始人さながら木をこすり、実際に火をおこしてみなさい、ということです。私は手を豆だらけにして3時間かかりました」 / Q3 p$ l# R3 {! t
: G! f, A0 P  ?8 Q0 T

+ |3 f* O2 H5 _9 N
" V% i+ m2 e: D バースコーディネーターの大葉ナナコさんは「体が変わると心が変わる。意識が変わると細胞が変わるんです」 . n( |0 @% Q6 c) ]3 |2 b
- D3 T' z9 S; _

$ c+ b# X/ q6 E- u8 z& n2 d
1 j' H2 M2 E/ f8 ~: j. S5 _) ^ 電話がなく手紙で予約を受ける民宿を岩手県で経営する坂本久美子さんは「一日も退屈したことはないわ。都会にはない貴重なものがあるから、わざわざ遠くから来てもらえるのかな」と。
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发表于 2004-2-27 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》 02月28日付  
  N. c+ R* j  A" I0 B 
5 ?1 U. _, a, d! u! A% c( I5 p7 Q* @& Y2 p3 G
 「なんのため、こげん責苦ばデウスさまは与えられるとか」。遠藤周作が江戸時代の苛烈(かれつ)なキリシタン弾圧を描いた小説『沈黙』に出てくるせりふだ。信徒は問うが、神は答えない。
! B# K) j+ k/ N" x( N- G
% |9 b( T/ J% R- ~- d$ r6 n  K; t  D+ E& P8 h
, a! a/ P7 Y, m& ^
 「最終解脱者ならだれよりも人の苦しみがわかるはずだ。なのになぜあなたは、被害者の苦しみがわからないんですか」。かつての弟子は99年、法廷でオウム真理教の「教祖」松本智津夫(麻原彰晃)被告を問いつめた。彼は不機嫌そうに黙り込んだ。以来、沈黙を続けた。
  Z+ ?6 l- J' h! F$ M% }- B) N3 Q7 ?! q) r! z& [8 H  w

$ U3 H  T5 }( n! b$ C9 h( h0 s( g6 q' E( i+ T' n
 神の沈黙は、重くて深い。しかし「教祖」の沈黙は何と皮相であることか。反論の言葉も見つからず沈黙に逃げ込んだ、としか見えない。
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& ^' Y3 Z) V# p
8 v8 y% i( _# V6 Q) B( m4 B, C+ |0 ^5 f) ]
 死刑を言い渡された昨日の法廷でも、松本被告はもぐもぐと口を動かしはしたが、意味ある言葉を発することはなかった。「あまりにもあさましく愚かしい限り」と被告を断罪する裁判長の言葉が、一瞬でも彼の頭にとどまる気配さえなかった。
1 N5 X% j6 j/ s2 l# f5 _0 m! {, Y3 A8 o) f9 o

/ _) O! C8 t# ?6 }0 o6 ~
4 ]8 k3 h6 \4 \' k" W2 I' M& t" @ 豊かさをめざして疾走した戦後日本がたどりついた80年代は、どこか空虚感も漂っていた。「豊かな社会」のかかえる空洞に、オウム真理教は「超現実」の別世界をつくり、若者らに「にせの充実感」を与えようとした。この宗教組織をテロへと向かわせた責任者は松本被告である。
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1 p) d: u6 U( [8 x; b, L* G3 L% V( i. V! w
 小説『沈黙』の主人公の司祭は、煩悶(はんもん)の末、踏み絵を踏む。自分が拷問に耐えられないからではなく、信徒を拷問から救おうとする「愛の行為」だった。煩悶のかけらも見えない松本被告には、沈黙を破って謝罪や悔悟の言葉を期待することさえむなしいのか。
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发表于 2004-2-28 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》  02月29日付
; B& a! ^2 o) Z6 L6 a4 c
" ]& K4 ^0 Z6 _2 u" z+ O- s6 X: |8 z2 Q$ @& u  F+ p  @
 
" _3 Y; o& }! {# h1 n% d8 @. t9 q& W& L& q
 マグロ漁船の第五福竜丸が、ビキニ環礁での米国の水爆実験で被曝(ひばく)して、明日で50年になる。水爆による初めての犠牲者となった無線長、久保山愛吉さんが、その瞬間を記している。
4 K& h$ f  I, M
! l& w& h2 O% u0 ^* U$ _# ~3 q8 y' Z- J3 p1 h
# Z4 F, Z. ^& k& o. C) A
 「朝食をとり、それから機関部員室で雑談中、推定三時五十分ごろ、丸窓が日の出のように明るく輝いた。高木君は、『日が出たよ』と話しかけた。しかし輝きは西方だつた」。久保山さんは、被災から半年後に亡くなる。この文は、死後間もなく『中央公論』に「絶筆 死の床にて」と題して発表された。
9 n5 R: a, E7 H( @+ `% M/ Y' q( ^" M3 g: |

# R: O+ ]4 t1 r' C1 J" G. g
2 i+ K# y2 H. @5 g1 j% `7 w 同じ頃『婦人公論』には、妻すずさんの「夫の死をむだにしないで下さい」が載った。「私は、これからさきのことを考えると、何から何をどうしてよいのやらサッパリわかりません。けれども水爆の実験を、金輪際やめて頂きたいということだけは、ハッキリと申上げることが出来ます」 * l& |4 N- A, z" k
7 g7 l7 ]- m+ I5 A# @1 s+ p5 F) l5 m9 g
8 {% g# W; L$ c

$ H* S8 W$ D- E; x 「原水爆の被害者はわたしを最後にしてほしい」。愛吉さんの言葉を胸に、すずさんは、被曝を機に広がり始めた原水爆禁止邉婴肆Δ蚓·贰ⅰ钙胶亭握Zり部」とも言われた。 % y' p) r, h* z! h! T* `( d$ ~
/ J; L* r6 M9 v8 u( d+ c& P

! i: v' i7 `& K) l4 b( o& W& E. d( ]5 p
 昨日、東京の夢の島にある福竜丸の展示館に行った。一角に数本のバラが植えてある。愛吉さんは航海の合間に、自宅で熱心にバラなどの草花を育てていた。その世話をすずさんが引き継ぐ。そして93年のすずさんの死後、株分けされた。「愛吉・すずのバラ」として展示館以外にも広がっている。
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. G; h7 B+ p$ n
' t7 b& g! }% S7 j9 |
2 U; o0 ?3 N* x1 F9 x3 m; I$ Q: w うずくまるかのようなバラの上を、潮風がゆるやかに渡ってゆく。しゃがみこんで見ると、幾つもの芽がふくらみ、伸びようとしていた。
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发表于 2004-2-29 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》  03月01日付 : C( v% `0 \+ n6 e/ ]0 d
6 U+ p. h) z2 f4 G+ M

8 a8 e9 V) G0 h % v; m: a7 e4 x1 u6 a/ p

! z: a: A$ n" f! f; A ふすまの下張りには、しばしば雑多な紙が使われる。いらなくなった紙の再利用も少なくない。そんな下張りがときに「歴史の宝庫」になる。 5 Y( b: n( Z% ]! b# Z' \
3 t1 n+ @- L( D; T$ C
" L. Q7 n. ^2 H! Q

2 N8 k) E9 _' q/ x1 [; S; N 先週、76歳で亡くなった歴史家の網野善彦さんに発見をもたらしたのも、ふすまの下張りだった。網野さんらのチームが能登半島の旧家に残る史料を整理していたときのことだった。蔵に残るものからは旧家は豪農だと思われていた。しかし、大商人でもあったことが下張りに使われた領収書などからわかった。 6 B+ Y0 E  O$ D* s
& T9 k0 J; V2 j

* k1 c4 b- }. r9 I
" Z9 u/ I" h% w& f+ n 「日本史の常識」をくつがえすような大胆な説を次々提示してきた網野さんは、会うたびに「私は正統派ではありませんから」と語っていた。蔵に保管された史料からは表向きの歴史しか見えてこない。従来の歴史学はいわば「蔵の史学」ではないかとの思いはあっただろう。
2 D- V. i& W  e- Q7 e
4 t: [6 o9 J: v! c/ X
( n- q7 F6 }! z" Y& i2 K7 W* u2 S; R5 e: G2 l5 G1 Y' l. o
 「百姓=農民ではない」と言い続けた。江戸時代までは、百姓というのは文字通り様々な仕事をしている人々だった。やがて百姓は農民を指すようになり、農民や農村中心に語られる日本観が定着していく。その見直しを唱えた。
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, d' C! \: S3 x" H; E( F* X5 ~9 y3 Z. I! l& l: P* R5 U3 e
 海に囲まれた島国の閉鎖性、という見方も批判の的だった。物も人も海を利用して活発に移動した島国の開放性を強調した。網野史観では、日本社会はかつて実にダイナミックで、多様だった。そして豊かな可能性を秘めていた。 * C, C' o) j4 `

2 u! j) h9 s/ p# C, |2 ?7 w: A1 J+ v. Z8 W" q" [: r& d$ H  q/ I
+ Z# T3 y# x7 c4 o7 ^! E8 v+ ]
 「負けた人間にしかわからないことの方が人間にとって大切なことがあるのではないか」。そう言いながら、歴史のかなたに忘れ去られていく人々を掘り起こし、刺激的な日本観を示し続けた人だった。
- w* S) q! A5 `$ @' s# I
; N$ h8 h# {( E/ j; E2 y5 v0 \
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发表于 2004-3-1 23:00:00 | 显示全部楼层
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5 I; u$ Q0 t  ?8 k+ s
3 J7 S0 g4 ~( n7 ]- y
8 d4 S( J1 q. B5 `4 _% w! ~■《天声人語》  03月02日付 / v% G* T% ?1 w+ _1 r
 
! ~) o7 [. ^- y. U6 O6 Y
  y0 R3 r; o2 a( c" L 色彩があふれる現代、白凑妞瘟Δ摔悉盲趣丹护椁欷毪趣ⅳ搿j幱挨呜Nかさに、あるいはまっすぐに訴えかける力強さに引き込まれる。
8 E/ q6 \- g1 i; O. g) j; n# ]' l3 c& ~( {7 E. K8 X  W
5 Z# G# C) z  J) L; f+ {
* {7 ~2 W3 L3 F+ W& T
 白摔瑜氡憩Fは、過去や記憶にかかわることも多い。懐かしさに誘い込まれることも、しばしばだ。「近代写真の生みの親」と題した「木村伊兵衛と土門拳」展(東京・有楽町朝日ギャラリーで3日まで)を見て、改めてその思いを強くした。
' r: e/ t3 R* k/ r; i% a7 ]; v2 i2 y: ]9 k
% |& T2 H5 l3 Z* A& |, S9 F
8 }4 F/ S3 \# N: S1 _4 U
 子どもの風景が印象的だ。たとえば土門の「傘を回す子供」。唐傘ならではの「遊び」の光景は微笑と郷愁を誘う。木村の「東京・江東」も下町の駄菓子屋の雰囲気をあざやかに切り取っている。対照的といわれる二人の作風だが、子どもへのまなざしは通い合う。
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7 M+ J: q6 B* B- ]8 b
 都市の廃墟(はいきょ)を撮り続けた写真家、宮本隆司さんの『新・建築の黙示録』(平凡社)は、88年の木村伊兵衛写真賞の受賞作を再編集した本だ。「撮影とは闇の中で光と感光材を出会わせることである」という宮本さんは、デジタル写真全盛のいまも白凑妞伟凳易鳂Iを続ける。「光は闇があるからその存在がある」と闇の意義を説く。 , L0 W9 X% Y2 v3 D8 }" y
; q$ r( h; _$ c+ t; |; m; H/ e( x  P* L
4 R7 m% ?0 X/ j! e6 V3 a
9 s; \7 J$ y' Y$ O4 D9 X6 B  L
 以前、青木保さんも文化人類学の立場から闇の重要さを呼びかけたことがある。光は生命や善の象徴であり、祭りでも主役として光彩を放ってきた。その光の輝きを際だたせるのが、死や悪の象徴である闇だった。しかし日本の都市は陰影をなくし、闇を奪ってきた。「もっと闇を」という趣旨だった。 6 C" |8 T6 Z* E3 M0 Y& v  W
- t' X0 Y, k- o& J5 u; w
. v& u* w' F9 b. B
! {# Q2 a) ^4 K& m
 光と闇、白と趣伍gを行き来する。一見単調な邉婴沃肖恕o限の味わいが生まれることもある。
  @  Y2 p& h& {. Q( s' U4 `$ C' M% d  G5 S- n! G: ?8 T( o
5 f5 u' x# F, W2 U7 J; V- I
 # P. r% ?5 y4 g3 @/ M' H

! G1 z6 L' m* |* L
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发表于 2004-3-2 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》03月03日付
# w1 l# a# k/ A 
# A8 M  N8 r* R6 Y) n0 k ( Z- a( F8 b. l8 d. r

0 l' u4 o3 T2 l% W 華やかで穏やかな今年の米アカデミー賞授賞式に多少の波紋を投げかけたとすれば、長編ドキュメンタリー賞の「フォッグ・オブ・ウォー」(E・モリス監督)だろう。ベトナム戦争を指揮したR・マクナマラ元国防長官への23時間に及ぶインタビューを基につくられた作品である。
1 T& S8 J! b4 v! P- i( C! y* J; \" K6 `$ R

! W# q; ~, v8 H% a3 l5 ~9 l9 c2 e$ @, }, s4 n, W: E
 受賞あいさつでモリス氏は、イラク戦争をベトナム戦争に対比し「40年前、この国はウサギの巣穴に落っこちて多数の人間が死んだ。いままたウサギの巣穴に落ちていくのではないかと心配だ」と述べた。
2 j- u: V% q- O* S0 q7 L, F
# L+ I' ^& p# f6 {/ ~! n# [- f& i& G) B" ^
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 映画公開を機に、87歳の元国防長官に改めて注目が集まっている。母校のカリフォルニア大バークリー校で先月催された討論会への参加は、とりわけ興味深いものだった。というのも、バークリー校は68年の「学生の反乱」の拠点であり、ベトナム反戦邉婴巫瞍饧い筏ご笱Г我护膜坤盲郡椁馈
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