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发表于 2004-11-21 07:21:32
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11月21日
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1 X& N7 \/ z: Z" G0 G ふたりの男性に求愛された美しい女性が、心を決めかねて死を選ぶ――。南北朝時代の観阿弥作とされる謡曲「求塚(もとめづか)」の主題だ。
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/ B( d+ _3 \" ]1 e8 Q2 B' ?$ j6 K 文化審議会が史跡への指定を答申した中に「求塚」の元になった悲話が伝わる神戸市の西求女塚(にしもとめづか)古墳が含まれていた。男性ふたりも女性の後を追ったため、女性の墓を中にして三つの墓が築かれたとの伝説がある。
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* K' I+ J% e, i0 G) ^7 q この古墳の一帯も阪神大震災に襲われた。西宮の大学への通勤の足を奪われた大森亮尚さんは、長い距離を歩いた。歩行が難渋した折、古墳の前に佇(たたず)んでしばし憩うと、不思議と足に力が湧(わ)いたという。築かれて千数百年、古墳は何百万もの旅人を見送ってきたのだろう。「私も……歴史の中を歩み続けてきた旅人の一人に過ぎない。が、その一瞬、そのひとりひとりの積み重ねが、古墳の『生』の歴史の証となってきたのだ」(『阪神間の文学』和泉書院)
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* |/ y. Z' y: o4 o# A: D% m 名勝への指定が答申された方には「イーハトーブの風景地」がある。宮沢賢治の作品の源泉をなす岩手県の6カ所の自然景観という。賢治が「イーハトヴ童話」として出版した『注文の多い料理店』の広告用チラシがある。「イーハトヴは一つの地名である……そこでは、あらゆる事が可能である……罪や、かなしみでさへそこでは聖くきれいにかゞやいてゐる」
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7 o9 ]3 q, W5 \ 「名勝」という扱いには、賢治も苦笑するかも知れない。しかし、自然や風景を大事に扱うのは「イーハトヴ」の思いにもかなうことだろう。
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, Y& G$ X% M+ _+ V4 D 悠久の歴史や自然と静かに対話のできる場は、はるかな未来への贈り物でもある。 |
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