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楼主: niehuiyao

[好书连载] 愛すべき不思議な家族

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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:58:08 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 21


松島和葉が驚いて春道の方を振り向く。葉月を説得しようとしてる最中に台詞を強制終了させられたばかりか、子供が嫌いだと口にしていた春道がこんな得のない申し出を了承するとは夢にも思ってなかったに違いない。
  確かに春道にしても、松島和葉が同席してるので、必要以上に葉月と会話などをしようとは考えてなかった。
  けれど、今回ばかりは多少優しくしてやっても罰は当たらないし、たまにはこんなのもいいかなという気持ちになっていたのである。
  これに大喜びなのは、提案者の松島葉月本人だった。彼女もまた、恐らく断られると諦めつつも、駄目もとで誘ってきたのだろう。
  それが受け入れられたのだから、はしゃぎまくるのも無理はなかった。早速春道と葉月は、スペースにある卓球台を使って対戦を開始する。
  春道が賛成してしまったので、今さら反対とも言い出せない松島和葉が、専用のボードを使用しての得点係を務めることに決定した。
  いくら子供の葉月が相手とはいえ、温泉上がりに卓球なんてしたら汗をかくのは間違いないが、夕食のあとでもう一度入浴する楽しみが増えたと思えばそれほど腹も立たない。
  まさか自分が子供にこんなに優しくするなんてな。卓球のラケットを握り締めつつ、春道は現在の自分自身に驚いていた。
  松島母娘と接してるうちに、無意識の間に春道本人が変わったのだ。そうでなければ、説明がつかない出来事が多すぎる。
「それじゃ、いくよー。手加減しないからねー」

 宿泊を予約した旅館の和室内で、春道は窓際に座って澄んだ星空を見上げていた。
  手加減してやろうと思ってたのに、つい大人げなく卓球で葉月に勝利してしまい、最終的にむくれた葉月と和葉のダブルスと春道が勝負する形になった。
  今度は母親を味方につけた少女が雪辱を果たし、大満足で部屋に戻り晩御飯を食べた。さすが旅館だけあって、なかなかに豪勢な食事で葉月も大喜びだった。
  もっとも味覚音痴な春道には、普段の食事の方が美味しく感じられたが、和やかな雰囲気をわざわざぶち壊す必要もないので黙っていた。戸高泰宏なら、もしかしてポロッと口を滑らせていたかもしれない。
  夕食後、また卓球をやろうと葉月に誘われる。もうひとゲーム少女に付き合ってから、それぞれ再び温泉に入って卓球でかいた汗を洗い流した。
  これだけはしゃげば、幼い少女が疲れないわけもなく、二度目の温泉から母親とともに出てきた頃には瞼は半分閉じられていた。
  本当はもっと遊んでいたそうだったが、明日もあるからと松島和葉が娘を寝かしつけたのである。
  布団は和室の中に仲良く三つ並べられており、無難に真ん中が松島葉月で、入口側が松島和葉となった。残りが春道となり、こうして消灯したあとも、窓際でおとなしく行動してるぶんには二人を起こさなくても澄む。
  それにしてもまいった。つくづく春道は己の小心ぶりを痛感していた。側で妙齢の女性が寝てる事実だけで、目が冴えて眠れなくなってしまったのである。
「……ありがとうございました」
  突然に呟かれたお礼に驚き、春道は慌てて声がした方を向く。ひとりスヤスヤと眠っている松島葉月を背にして、室内に立っていたのは松島和葉だった。
  電気を消した和室を月明かりが照らし、浴衣を纏った美女は妖艶さに満ちている。音もなく畳を歩いてくる仕草は、まるでテレビドラマで人気女優が演じてるかのようだ。
「もしかして……起こしてしまったか」
  書類上だけで家族になったに等しい男が、いつまでも睡眠をとらずに室内でうろうろしてれば気になって当然である。春道にその気がなくても、和葉が危機感を覚えていた可能性も否定できない。
  眠れなくても、せめて布団に入ってジッとしてればよかったかな。そんな後悔が春道の中で芽生える。
「いいえ。最初から眠っていませんでしたから、どうかお気になさらないでください」
  そう言ったあとで、松島和葉は春道の向かいにあった席に腰を下ろした。和室内の窓際は板張りになっていて、そこに対面式の配置で座椅子が二つ置いてある。春道はそのひとつに座っていたのだ。
「ありがとうございました」
  松島和葉が再度、春道にお礼を言ってきた。まるっきり心当たりがないので「お礼を言われるようなことはしていない」と返す。
  そのあとで松島葉月と卓球をして遊んだ事実に気づく。もしかして、元気のない娘を気遣って遊んでくれてどうもありがとうという意味なのかもしれない。だとすれば、素直に受け取っておくべきだった。
  何気に後悔する春道の正面で、和葉は少しだけ顔を俯かせて「兄さんは悪い人ではないのですけれど、少しお喋りなので困ります」と発言してきた。
  これでようやく春道もピンときた。和葉は実兄が、自分と娘に血の繋がりがないことを教えたと気づいてるのだ。その上で何も触れてこない春道に謝意を表したのである。
「いいさ」
  短く応えた春道に、松島和葉もまた「はい」と短い言葉だけを発した。
  その後、松島和葉が布団に戻って睡眠をとるまで、無言のまま二人で闇夜を照らす月を見つめていたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:14:49 | 显示全部楼层
最近都好忙、没有办法跟咖啡见见面-------
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:18:56 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 22

 温泉から戻って以来、松島和葉は以前ほど春道に冷たく当たらないようになっていた。表面上はこれまでとまったく一緒だが、松島葉月が春道に積極的に話しかけたりしても、うるさく注意しなくなったのだ。
  大事な娘にとって、春道は害のない人物と判断したのだろうか。そこら辺の理由は特に不明で、聞くつもりもなかった。変なふうに首を突っ込めば、せっかく好転した状況も悪化しかねない。
  春道の仕事も順調で、ほとんどサラリーマンと同様の時間で一日のノルマが終了するようになっていた。このぶんだと締め切りまでは余裕で間に合いそうだ。
  夕方近くになったところで、春道は仕事部屋から私室に戻る。
  途中で玄関のドアがガチャリと開く音がした。普段より少し遅めの時間に、松島葉月が帰宅してきたのだ。
  春道も出席した授業参観以来、小学校での少女に対するいじめは圧倒的に減少したみたいだった。
  主にいじめの首謀者だった男児が春道の作戦により、どちらかと言えば松島葉月の味方にまわった。元々該当の男児はクラスの中心的人物だっただけに効果は絶大で、面と向かっていじめる生徒はいなくなったらしい。
  これは松島葉月本人から春道が聞いた話だった。元々好きな子ほどなんとやらの心境だったのだろう。首謀者の人間が嫌がらせをやめれば、取り巻きの連中も追随する必要はなくなる。
  大半のクラスメートが、次のターゲットになるのを恐れて葉月をいじめていた可能性が高い。自らの安全が保障されれば、好きこのんで他人を嬲りたがる人間などそうはいない。こうして松島葉月へのいじめ問題は終息したのである。
  以降は同性の友人もできたみたいで、今日みたいに少し遊んでから帰宅する機会も徐々にだが増えていた。それでも午後五時前に帰宅して宿題をしようとするあたり、少女の真面目さがうかがえる。
  ドタドタと階段を駆け上る音が聞こえてきた。もちろん足音の主は、今や春道の娘でもある松島葉月で間違いない。何度も聞いてると、姿を確認するまでもなくわかる。
  周囲を気遣って大人な一面を見せたかと思えば、こうして無邪気で元気な子供らしさを爆発させたりもする。松島葉月という少女は、本当にわからない。
  もしかしたら子供自体がこういうものなのかもしれないが、以前に父親の経験がない春道には知る由もない。
  真っ直ぐに私室のドアがドンドンドンとノックされる。前から思っていたことだが、どうして少女は春道の仕事部屋からノックしないのだろう。ひょっとして、いつも遊んでると思われてるのではなんて心配をしてしまう。
  春道が「開いてるよ」と答えると、今度は遠慮気味にドアが開かれた。先ほどまでの展開なら、おもいきりオープンする方が流れ的にも合ってると思うのだが……。やはり子供はわからない。
「一番が運動会でパパなんだよー」
  どうかしたのか尋ねた春道に対して、少女から返ってきた言葉がこれだった。
  松島葉月は過剰に興奮すると、どうも支離滅裂な発言をする癖がある。確か以前にも似たようなケースがあったはずだ。
「……じゃあ、二番は文化祭でママか」
「もー、パパってば何言ってるのー。お熱でもあるのー?」
  そう言って葉月は、手のひらを春道の額にピタリと当てた。昔ながらの熱の測り方だが、恐らくは過去に風邪を引いた時、母親の松島和葉にしてもらったのを覚えてたのだろう。
  松島葉月の小さな手が離れるのを待ってから、熱があるとしたらお前の方だろとツッコみたいのを抑えて「熱はない」とだけ春道は答えた。
「で、運動会がどうしたのかもう一度説明してくれるか。わかり易く最初からな」
  先ほどの台詞を繰り返されたところでわかるわけもないので、わかり易くの部分を強調して再度の説明を求める。
「うんっ!」
  葉月は元気よく返事をしてくれたが、春道は一抹の不安を覚えつつ相手の話に耳を傾ける。
「えっとね。葉月の学校で運動会があるのー。パパも参加できるのがあるから、それで一番をとってもらうのー」
  完璧に理解したとは言い難いが、ある程度の事情はわかった。要するに、松島葉月の小学校で開催される運動会へ、春道にも参加してほしいと言いたいのだ。
  本音は詳細まできちんと説明してほしいのだが、小学生の女の子にそこまで求めるのは無理がある。
  いや、松島和葉と長年過ごしてきたであろう少女ならば或いは……。
  そこまで考えて春道は左右に首を振る。今は松島葉月の資質について思考してる場合ではなかった。
  葉月は目をキラキラと輝かせながら「もちろん、参加してくれるよね」と、学校から渡されたであろうプリントを春道に手渡そうとする。
  しかし春道は考えた末にそれを受けとらなかった。多少は葉月と会話しても、文句を言われなくなったとはいえ、やはり母親の松島和葉の許可なしに春道が承諾するのはマズい。
  プリントを受け取ってくれない春道を見つめる瞳が、少しずつ潤んでくる。人前で号泣したりしないタイプでも、悲しければ必然的に涙は溜まる。
  この歳になって運動するのはなと、及び腰になっていた春道もそんな仕草を見せられれば決断せざるを得ない。
「わかった。ただし、ママがいいと言ったらだ。駄目だと言われたら、素直に諦めろ」
「パパ、ありがとー」
「いや、まだ礼を言うには……」
「ママが参加するなら、パパも参加するってことだよね。葉月ね、家族みんなで運動会に参加するのって夢だったんだー」
  少女の中ではすでに春道の参加は確定してるらしく、泣きそうな表情はどこへやら。ケタケタと楽しそうに笑っている。
「お昼休みに、パパやママと一緒にお弁当を食べるのー。今から楽しみだよね」
  だよねと同意を求められても、迂闊に「そうだな」と応じたりはできない。あくまでも、松島和葉の許可があることが前提なのだ。
  一応はその点について念を押しておく必要がある。そう判断して春道は、一応は娘である少女に話しかけようとする。
「それじゃ、葉月は宿題をするねー。パパもお仕事頑張ってねー」
  まるで言わなくても結構ですとばかりに、葉月はツッコみを許さない笑顔で手を振る。
「え? お、おい……」
  春道の呼びかけにも動きを止めたりせず、ドアを開けて廊下に出ると、丁寧に葉月はドアを閉めた。
  ひとり唖然とする春道の耳には、部屋の前からパタパタと走り去っていく少女の足音だけが響いていた。
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:19:22 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 22

「お手数をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
  いつにも増して丁寧に頭を下げる松島和葉がそこにいた。夜になって帰宅したと思ったら、娘とは対照的な足取りで春道の私室までやってきたのである。
恐らくは夕食の席で、娘の松島葉月から運動会の件を聞いたのだろう。それ以外に、春道がお願いされる案件など思いつかない。
「いいのか?」
 春道は尋ねた。和葉は以前から葉月とあまり親しくしないでくれと申し出ていた張本人だ。娘の運動会に春道が参加するのを、心から喜んでるとはとても思えない。
「……あの子が何よりそれを望んでいますから。それに貴方は不必要な混乱を起こすのを好まないタイプのようですし、葉月の機嫌を損ねてまで反対する理由がありません」
 淡々と喋っているが、もしかすると松島和葉は、春道をほんの少しだけでも認めてくれたのかもしれない。
 母親のお墨付きを貰った形になったわけだが、今回ばかりは微妙な気持ちだった。何故なら、二十代も後半――しかも職業柄仕方ないとはいえ、ほとんど引き篭もりの男が外で運動をしなければならないのだ。
いっそ、貴方の参加は認めませんと言ってくれた方が、春道にとっては幸せだったかもしれない。
もっともその場合は、元気な少女が泣き喚きながら文句を言いに来るであろうことは想像に固くない。何より春道自身が、和葉の許可さえ得られれば運動会に参加しても構わないと、松島葉月本人と約束してしまったのである。
乗りかかった船。ここ最近で、何度となく春道は自分自身に同じ言葉を与えてきた。一体どこへ向かおうとしてるのか、それは春道本人にもわからない。
「まだ何かあるのか」
 いつもなら話が終わればすぐ退室するのに、今日はまだ春道の私室に座したままだ。実家で身につけたものなのか、綺麗に背筋を伸ばしても何ひとつ苦にしてる様子はない。
「ありがとうございました」
「……何の話だ」
 いきなりお礼を言われてもわけが分からない。この間、実家まで乗せていったことだろうか。頭の中で色々と考えていると、松島和葉本人が理由を告げてくれた。
「……兄は少し、迂闊なところがあるので困ります」
 相手の台詞で、ようやく合点がいった。
「知っていたのか」
「……やはりそうだったのですね」
 今度はやられたと思った。松島和葉は、正確に春道と戸高泰宏の間で交わされた会話の内容を知ってたわけではなかった。要するにカマをかけられて、春道は見事に相手の術中にハマッてしまったのである。
考えてみれば、会話の場に同席してなかった和葉が内容を知ってるはずもない。戸高泰宏氏に負けず劣らず、春道も十分に迂闊だった。とはいえ松島和葉にバレても、こちらが内情を知ったのは不可抗力である。責められる原因にはならない。
それを松島和葉本人も重々承知してるのだろう。春道に文句を言うような様子は微塵もなかった。
「……貴方は私と葉月の関係を知っても、何事もなかったかのように接してくれました。理由を聞きたがるわけでもなく、特別な目で見るわけでもなく、本当にいつもと変わらない態度でした」
 実際はこうして和葉にバレてしまってるので、正確にはいつもと変わらないどころか、そこそこの違和感を発していたと考えて間違いない。
そのことを口にしようかと思ったが、止めておいた。どうにも野暮な気がしたのだ。
「……おかしな人ですね。人と関わりたがらない雰囲気を持ってるのに、他人の娘の世話を焼いたり、かと思えば普通の人なら気になって当然の話題でも興味を示さない」
「興味がないわけじゃないが、聞いたところで俺が口を出せる問題でもないだろ」
 ごく当たり前の発言をしたつもりなのだが、春道の台詞を聞いた松島和葉はクスリと笑う。
「ひねくれてるようで正直。孤独を好んでるようで寂しがりや。本当に珍しい……あまり接した経験のないタイプです」
「……自分の内面を分析されるのは、あまり気持ちのいいものじゃないな」
「そうですね。失礼しました」
「ま、いいさ。それより、今日は随分と饒舌だな。どうかしたのか」
 春道の指摘を受けた松島和葉は、僅かに心外だというような表情を浮かべた。
「常日頃から無口ではなかったと自覚してますが……そうですね。もしかしたら、はしゃいでいる葉月の楽しさが知らない間に移ってしまったのかもしれません」
「やれやれ……そんなにはしゃいでるのか」
「ええ。色々と覚悟しておいた方がいいかもしれませんね」
 最後にそう言い残すと、座った時と同様に優雅な動作で松島和葉が立ち上がる。
何かと騒がしい娘とは対照的に、ゆっくりと和葉が退室していった後で、春道は運動会について考える。
手抜きなんてしたら、大騒ぎするだろうな。苦笑いを浮かべながらも、どこかで楽しみにしている自分自身を発見して、春道はもう一度無人の部屋で苦笑いするのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:19:46 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 23

 そして運動会の当日がやってきた。父兄の参加は児童よりも遅くて構わないのに、朝も早くから春道は何度も松島葉月に起こされた。
  目覚まし時計よりも強烈な朝を与えてくれた少女に、これまた何度もきちんと運動会へ行くと約束させられた。嬉しい反面、万が一の事態を考えると心配でたまらないのだ。
  両親に学校の行事に参加してほしいと熱望した経験がないだけに、どうしてあそこまで喜べるのか春道にはいまいちピンとこない。
  だからといって、少女にねちねちと質問して相手の楽しさを半減させる真似はしない。 性分ではないし、それで喜ぶほどお子様でもない。もっとも相手が葉月だけに、こちらの意図などお構いなしの展開になる可能性も否定できない。
  経緯はどうあれ、春道はきちんと葉月が通う小学校の運動会に参加するつもりだった。交わした約束を破るのもあまり好きではない。その割には、葉月にあまり構うなと和葉から言われていたのに、現在のような状況になってしまっている。
  矛盾を覚えつつも、都合のいいように解釈しつつ、春道は本日の朝食を私室にて頬張る。
  相変わらず美味しい松島和葉の手料理を平らげたあとで、ようやく準備を開始する。
  松島葉月はとっくに登校しているが、それは色々と準備をするためだ。今から身支度を整えても、運動会の開始までには余裕で間に合う。それほど早朝に起こされたのである。
  パジャマから着替えようとしたところで、春道は手の動きをピタリと止める。運動会に何を着ていけばいいのか迷ったのだ。
  授業参観の時みたいに、まさかスーツで行くわけにもいかないだろう。ネクタイ締めて、革靴でグラウンドを走ったりなんかしたらいい笑い者だ。
  ならばどうすればいいのか。子育て経験などありもしないだけに、明確な答えが見つからない。松島和葉に相談するという選択肢も存在するが「どうぞ、お好きなようにしてください」なんて回答が返ってくるのは想像に難くない。
  正解がわからないのなら自分流でいくしかない。一般的かどうかは不明だが、とりあえず春道は部屋着でも使用しているジャージを身に纏った。
  本来ならPC関連の仕事をしてる人間らしく、インターネットなどで検索すればよりベターだったに違いない。しかしこの時の春道には、頭の片隅にもそんな考えは思い浮かんでなかった。
  動きやすい服装が一番なはずだ。そう判断して、春道はジャージで行くことに決めた。あとは移動手段だが、これは車で問題ない。小学校側が近くに、運動会に参加する父兄のために駐車場を用意してくれている。
  田舎なだけに空いてる土地は余っており、役所に使用目的を説明して当日だけ借りたのだ。何故、春道がこうまで事情を知ってるのかといえば理由は簡単。松島葉月から見せられた運動会のお知らせのプリントに、はっきりと記入されていたのだ。
  運動会の開始は午前十時から。私室の時計は午前九時を過ぎたところだ。そろそろ向かっておくか。ギリギリになりすぎると、駐車場が混み合って面倒臭くなるかもしれない。
  ジャージに着替えただけで、他に何かを持ったりせずに春道は私室から廊下に出る。
  階段をゆっくり降りていくも、家の中に人の気配は存在しない。松島葉月が登校したあとも、確かに母親の松島和葉は残っていたはずである。
  念のためにこっそりとリビングを覗いてみるも、やはり誰もいない。恐らくは先に徒歩で、葉月の通う小学校へ出発したに違いない。
  このところ戸籍上は娘になった少女だけじゃなく、夫婦となった母親とも関係は良好だと思ってただけに、少し意外な感じがした。
  もしかしたら松島和葉が春道を待ってくれていて、一緒に運動会の会場となる小学校のグラウンドへ向かうのではないかと想像していたのだ。
  結果は真逆だった。残念な気分と、当然だという気分が混ざり合った複雑な感情が春道の中に芽生える。
  ここ最近、松島和葉が春道に歩み寄ってきたように見えたのは、実家に戻った一件で多少気落ちしていたせいかもしれない。表面上はそう見えなくても、彼女は立派な大人だ。感情をコントロールする術くらい知っていて当然である。
  いないのはどうしようもないので、春道はひとりで葉月の通う小学校へ向かうことにする。車を使うのでたいした時間はかからない。
  玄関で靴を履いた春道は、無人となる家のドアにきちんと鍵をかけてから、目的の小学校へと出発するのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:20:08 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 23

時間に余裕を持って出たはずが、駐車場は多数の人間で混み合っていた。考えることは皆一緒だなとため息をつきつつ、無事に駐車を終えて小学校のグラウンドへ到着した頃には、児童たちの元気な声が青空の下で響いていた。
  全学年合同で行う運動会。高学年の生徒が低学年の生徒の面倒を見て、微笑ましくも順調に進行されている。
  児童に負けず劣らず保護者の数も多く、ざっと見渡しただけでは、松島母娘を見つけるのは困難だった。
  不審者ばりにうろうろしてると、グラウンドから耳に馴染みのある声が飛んできた。
「パパー」
  短距離走の順番待ちをしている少女が、周囲の目も気にせずにぶんぶんと春道に向かって手を振っている。
  挙動不審ぽかっただけに訝しげな視線を集めていたが、それが一気に四散する。児童の父親だと判明したので、周囲が警戒をといてくれたのだ。
  安堵したのも束の間。今度は別のプレッシャーに苦しめられる。
  大事な娘さんに手を振り返さなくてもいいんですか? 周囲の視線はほぼ確実に、揃いも揃って春道にそう問いかけていた。
  柄ではない。釈明しても、名前も知らない保護者たちに通じるはずがない。かといってここで平然と無視したら、松島葉月は極端に落ちこんで悲しむに決まっている。
  そうなれば、泣きべそをかく女児に同情が集まるのは必然。春道が悪者扱いされるのも必然。とるべき行動はひとつしかなかった。
「葉月、頑張るからねー」
  春道が手を振り返したのを受けて、さらに大きく手を振りながら葉月が叫んだ。より多くの視線を集める結果になり、恥ずかしさで顔が熱くなっていく。鏡を見なくても、真っ赤になってる己の顔が容易に想像できた。
  にこにこ笑顔満開の女子児童が、整列係の上級生に諭されてようやくおとなしくなってくれる。これにより、周囲の視線からもなんとか解放される。
  現場を少し離れた位置で春道は足を止めた。どうせ恥をかいたのなら、松島葉月に母親の居所を尋ねればよかったのである。
  けれど今さら戻ってもいい笑い者だ。自力で和葉を探すしかない。悲壮な決意をして、春道は再度そこらへんをうろうろし始める。
  とはいってもあまり遠くへは動けない。短距離走に参加する葉月を観なければならない。あの少女のことだから、走る直前に春道の姿を確認できるまで探すに決まっていた。
  万が一、その時になって春道を見つけられなければ、後で色々と文句を言われる。それに松島和葉の目的も、運動会に参加する娘の姿を見物することだ。葉月が見え辛い場所にいるとは思えない。
  推測は見事に的中していた。保護者用のスペースの最前列で、地面に敷いたビニールシートの上に膝を折って座っていた。リラックスしきっている周囲とは対照的に、どこか緊張感のようなものが感じられる。
  もっとも松島葉月にとっては、あの状態こそが自らのスタンダードなのだろう。小さい頃に習ったものは、大人になっても覚えてるとよく言われるが、よほど厳しく躾けられたに違いない。それとも根が真面目すぎるだけなのか。
  理由はどうであれ、春道があれこれと指摘する問題ではない。今はとにかく、多少のプレッシャーは我慢してでも、和葉と一緒にいさせてもらうのが得策だった。
  春道は人ごみを掻き分けて、松島和葉が陣取っている場所に辿り着く。
「ここ、いいか」
「ええ、どうぞ」
  短い会話を交わしたあとで、春道は松島和葉の隣に腰を下ろす。二人の間にバスケットが存在してるので、正確には隣とは言えないかもしれない。それでも春道にとっては、至近距離と形容しても構わないぐらいだった。
  私室で会話する場合は離れて向かい合うし、車で松島和葉の実家まで往復した時は葉月がいたのでそれほど意識しなかった。
  今回は状況がまるで違う。多数の人間が集まる場所で、仲良く一緒に座って運動会を見物しているのだ。誰に質問しても、春道たちを夫婦だと答えるはずである。
  柄にもなく春道は緊張していた。女性と交際した経験も、同年代の男性と比べて少ないのが影響してる可能性もある。けれど、これまでこんな気持ちになったりはしなかった。
  どうしてだろうと理由を考えてるうちに、春道は以前よりも松島和葉を意識するようになっていた自分自身に気づく。だからこそ、少し特殊な状況になっただけでうろたえてしまうのだ。
  チラリと横目で隣を見ても、当の松島和葉本人に春道を意識してる様子はなかった。いつもと変わらない態度や仕草で、愛娘の出番を今か今かと待ちわびている。
  事あるごとにこうした姿を見ている春道には、とても和葉と葉月に血が繋がってないとは思えない。何かの間違いではないのかと考えるも、事情を知ってる親族の戸高泰宏の言葉だけに信憑性は高い。
「……頑張って」
  隣から呟きがボソッと聞こえてきた。見れば拳を握り締めた松島和葉が、前方を凝視している。いよいよ松島葉月の出番が目前に迫ってきたのだ。
  前の組がゴールする前に、葉月たちの組がスタートラインのすぐ後ろに整列させられる。低学年の部なので、一年生から三年生までの各クラスからひとりずつ参加している。高学年の部は残りの四年生から六年生までが合同で行われる。
  この方式だと低学年が圧倒的不利に思えるが、運動能力の優劣は年齢で決まらない。年下が年上に勝つなんてのはよくある話だ。どうなるかはやってみなければわからない。
  いよいよ葉月たちの組になり、号令役を務める教師が「位置について」と発する。
  スタートラインに並んでいる児童たちが前傾姿勢になり、準備が整ったところで教師が専用の道具でパアンと合図を出す。
  松島葉月を含めた女児たちが一斉に駆け出し、各々のクラスメートたちが大声を上げて応援をする。
  優勝クラスには豪華商品があるなどの特典はない。このぐらいの年齢は、とにかく勝負事には夢中になる。春道もそうだった。恐らくは隣にいる松島和葉も――いや、もしかしたら違うかもしれない。
  何にせよ、松島葉月も参加している短距離走はスタートしている。全員が全力でゴールへと向かう中、葉月が一歩分周囲より前に出る。それと同時に、娘を後押しするかのごとく松島和葉も身を乗り出す。
  普段は冷静沈着でも、娘が絡めばそれは一変する。まさに我が子を応援する母親の眼差しで、競技が行われているグラウンドを真剣に見つめている。
  道中転びそうになったりもせず、松島葉月は誰よりも早くゴールラインへ駆け込んだ。児童たちの控えてる場所の一角から、わっと大きな歓声があがる。どうやら葉月が所属してるクラスみたいだった。
  少し恥ずかしげに仲間たちにガッツポーズをしてみせたあとで、満面の笑みを春道と和葉にくれた。いじめにあっていた頃の悲しそうな雰囲気はどこにもない。その事実に改めて安堵する。
  こうして午前中の競技はあっという間に消化されていくのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:21:41 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 24

 昼休みになって、大多数の生徒が親と一緒に昼食をとっていた。もちろん松島葉月も同様である。
  正午からの四十五分は昼休みと定められており、その時間帯だけはクラスから離れて保護者と行動してもいい決まりになっていた。
  なので葉月も友人たちと一時的に離れて、春道や和葉と一緒の時間を過ごしている。
  もふもふと和葉の作ったおにぎりを頬張りながら、一生懸命に話しかけてくるも何を言ってるのかは理解できない。
  そうしてるうちに、母親から「食べるか喋るか、どちらかにしなさい」と注意され、ひとまずは食べることに集中する。しかしすぐにまた同じ展開になる。
  運動してお腹が空きまくっているが、運動会の短距離走で一位になった自慢もしたい。幼い少女の考えはそんなところだろう。だからこそ、先ほどみたいな状態になるのだ。
  小さな口一杯に食物を詰め込み、頬を膨らませてる様子を見てると、どうもハムスターを思い出してしまう。
「ふぇも、はぁふぅひぃ、ふぅおいれふぉ」
  相変わらず、何て話しかけられてるのかはわからない。ただ、口をもごもごさせてる姿はやはり小動物にしか見えない。
  そんなことばかり考えてるものだから、春道の視界の中で、娘である少女の顔が突如ハムスターに変化した。
  首から下は体操着姿の少女なのに、顔だけは巨大なハムスター。不気味なはずなのに、どこか愛くるしさも備わっている。そんな姿に春道は思わず吹きだしてしまった。
  突然の出来事だったので、食事中の葉月のみならず母親の松島和葉も、魔法瓶から紙コップにお茶を入れようとしていた動作を中断する。ここでようやく笑うのを止めた春道だったが、過ぎた時間は決して戻らない。
「何で、パパは笑ったのー。面白いことがあったなら、葉月にも教えてくれないと駄目なんだからー」
  口内の食物を胃袋へ落としてから、松島葉月が春道のジャージの袖を引っ張る。この格好だと浮いてしまうかと危惧していたが、他の父親も似たり寄ったりの格好だった。
  ちなみに松島和葉は七分袖で無地のTシャツに、下はブルーのジーンズという実に動きやすそうな格好だ。もっとも授業参観などならともかく、運動会で着飾ってくる母親の方が今日に限っては少数派になる。
  服装といえば、春道が小学生の頃はまだ女子はブルマーを着用していたものだが、現在では男女ともに同じ形状の半袖、短パンになっている。別に変な趣味はないので、時代の流れと言われれば素直に頷くが、ほんの僅かな寂しさも覚えてしまう。
「だから、何が面白かったのー」
  考え事に耽っていたせいで、松島葉月の相手をするのをすっかり忘れていた。おかげでジャージの袖が、早くも少し伸び気味になっている。春道が反応するまで、ずっと引っ張り続けていたに違いない。
  一応は松島和葉も普段同様に娘の行動を諌めていたみたいだが、運動会でテンションが上昇している愛娘には効果がなかったようだ。
  素直に「お前の顔」とは言えないだけに、気にするなと煙に巻こうとするもなかなか納得してくれない。これは難儀しそうだなと思っていると、都合よくあと少しで昼休み終了を告げるアナウンスがグラウンドに流れた。
  葉月たち児童は所属する学級に戻らなければならず、とりあえずこの問題の解決は後回しになる。
  春道が考え事をしてる間に、昼食を食べ終えて休憩をしていた松島葉月は、多少残念そうにしながらも所定の場所へ戻っていく。
  なんとか助かったな。声に出しそうになって、慌てて途中で引っ込める。葉月はいなくなっても、春道の側には愛娘を溺愛している母親の松島和葉がいるのだ。下手なことは言わないのが無難である。
  とりあえず安堵してから、春道はほとんど昼食をとってない事実に気づく。お腹が空いてなかったわけではなく、葉月やその友人たちの相手をしていてゆっくりしてる暇がなかったのだ。
  ようやくのんびりと食事ができるようになったところで、春道はビニールシートの上に置かれているバスケットに手を伸ばす。中には和葉手製の三角おにぎりが並んでいる。
  バスケットはもう二つあり、そちらにはおかずが多数つめられている。合計三つのバスケットが存在してるが、三人分の食料なのでとりわけ多くもない。
「……いいんですか?」
  左手におにぎりを持ち、右手に割箸を持って本格的に食事をしようとした春道に、思わぬ人物から待ったがかかった。隣に座っている松島和葉だ。
  もしかしたら、これは娘のためだけに用意した昼食ですとか言われるのだろうか。しかしすでに春道は、僅かといえバスケット内のおかずを口にしている。今さらそんな警告を受けるとは考えにくい。
  お互いを見合ったまま、僅かな沈黙が発生する。このまましばらく続くかとも思ったが、春道が要領を得ていないと理解した和葉が先に言葉を続けた。
「もうじき参加予定の父親による短距離走の時間ですけど、運動前にお腹に食物を入れても大丈夫ですか」
「……え?」
  春道は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。台詞内容に驚きを隠せなかったのだ。
「……あの子は、パパからきちんと了承を貰ったと言ってましたけど、まさか春道さんは知らなかったのですか」
「い、いや、もちろん知ってたよ」
  ジト目に近い視線を向けてくる和葉のプレッシャーの前では、そう答えるしかなかった。それに言われてみれば、確か最初に運動会について聞いた時、一番がどうのと言われていた記憶がある。
  万が一聞いてなかったとしても、そこら辺を確認する時間は充分すぎるくらいにあった。きちんと何の種目に参加するか把握してなかったのは、春道の落ち度と言わざるを得ない。
  スポーツ万能とまではいかないものの、運動神経はそれほど悪くないと自負している。こうなったらやるしかない。問題は長年の引き篭もり生活で、どこまで肉体が弱まっているかである。下手したら走ってる途中で足がもつれて派手に転びかねない。
  松島和葉に参加する種目の詳細について尋ねようとしたところで、グラウンド内にその旨を告げるアナウンスが流れた。午後一番の種目が父親による短距離走だったのだ。
  食事しようとするのを制止されて当然である。むしろ助かったと言ってもいい。満腹の状態で全力で走ろうものなら、よしんば完走できたとしても、醜態を晒してしまう確率はかなり高い。
「とりあえず、行ってくるか」
  おにぎりと割箸を元の場所に戻し、春道は座っていたビニールシートから立ち上がる。同じ境遇の父親たちと目が合うと、誰もが「負けませんよ」声高らかに宣言してるみたいだった。皆、自分の子供にいいところを見せようと必死なのだ。
  この機会に父親の威厳でも回復しようと思ってるのだろうか。本物の父親とは言い難い春道にはいまいちわからない感情だった。
  担当の児童たちの案内で、春道たち父親一同は白線――つまりはスタートラインの後ろに整列させられる。春道の順番は前から数えて五番目だった。
  順番待ちをしてる時間で、春道は何気に考える。普通、こうした運動会で保護者が参加する競技といえば、我が子と一緒に二人三脚なんて種目がもっともメジャーかつポピュラーなはずだ。
  何故に運動不足な中年親父連中を集めて、短距離走を開催せねばならないのか理解不能である。本来なら参加を辞退したいところだが、今さらになってそんな真似をしたら松島母娘に何を言われるかわからない。
  そうこうしてるうちに、春道の出番がきてしまった。周囲を見渡せば、メタボリックになりかけのお父さんたちが揃っている。これならなんとかなりそうだ、などと油断は禁物。太っていても運動神経抜群の人間も、広い世の中には多数存在する。
「パパー! がーんーばーってー!」
  どの児童よりも大きな声が、グラウンド上に響き渡った。松島葉月の声援を皮切りに、次々とスタートラインに並ぶ父親たちへ応援メッセージが飛んでくる。
  どうやら学級別に分けられており、この種目も順位ごとの点数がそれぞれに与えられるみたいだった。そんなわけで「葉月ちゃんのお父さん、頑張れー!」と男女問わずに沢山の声が春道に浴びせられる。
  たまにはこういうのも悪くないな。そんなふうに考えれるほど、春道は素直な性格をしてなかった
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 楼主| 发表于 2009-5-13 17:22:05 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 24

児童の父親全員が参加してない点から深読みしてみると、強制参加の種目ではない。そこまで推測できればあとは簡単。要するに春道は、クラス代表のひとりとしてこの場にいるのである。恐らく葉月の奴が立候補したに違いない。
「パパー! がーんーばーってー!」
  先ほどとまったく同じ応援メッセージが、松島葉月の口から発せられる。無責任とはまさにこのことだ。
  代表になってるからには、無様な成績で終われば、直接的には非難されなくても落胆の視線に襲われること間違いない。余計な重圧をありがとう。膨大な皮肉を込めて、是非とも呑気に観戦してる少女に送ってやりたい気分だった。
  安請け合いを後悔しても、とっくの昔に引き返せる状況じゃなくなっている。何故なら、春道はすでに白癬のすぐ内側に並び、スタートの号砲を待ってる段階なのだ。
  春道がどれだけ悲しんでも時計の針は無情に進み、パアンと乾いた音が澄み切った青空へと木霊す。
  こうなればヤケクソだと、春道は一歩目を踏み出す。昔からスタートは得意だったので、いの一番にトップスピードまでギアを入れ替える。チラリと横目で左右を見ても、迫ってくる人影は確認できない。
  一度走り出してしまえば、余計なことを考える余裕もなくなる。児童たちの大声での応援も耳に入らず、視界に移っているゴールテープだけをひたすらに目指す。
  種目が始まるまではあれだけ長く感じたのに、いざ本番になると一瞬である。現役世代とは違い、足が多少言うことを聞いてくれないが、なんとか転倒だけは逃れそうだった。
  走りながらも、心臓がバクバクいってるのがわかる。それこそ学生の頃はこんな距離なんて何でもなかったのに、三十も間近に迫ってくるとこんなにもキツくなるとは想像以上だった。
  日頃の運動不足を本気で嘆きつつも、ゴールは目前。途中から速度が落ちてきたのは、体力の無さゆえである。他の父親連中も同様だったのが救いだった。
  結局、春道は誰にも追いつかれたりせずに、トップを守ったままゴールテープを最初に切る。一位になった嬉しさよりも、もう走らなくてもいい嬉しさが勝ってるのは、立派な中年になってる証拠だろう。
「パパ、かっこいいーっ!」
  人を勝手に学級の父親代表に推薦してくれた少女の歓声が届く。疲れと安堵で、後でとっちめてやろうという気さえなくなっていた。
  やはりブンブンと両手を大きく振ってくる松島葉月に控えめに応じつつ、春道はゆっくりと呼吸を整える。職業、引き篭もりと形容しても過言ではない人間に、短距離走みたいなハードな種目をやらせるのは禁物だ。下手をすると大変な事態になりかねない。
  兎にも角にも、最低限の責任だけは果たせた。これで葉月もクラスメートにからかわれたり、なんて展開にはならないはずだ。肩の荷が下りたところで、改めて春道は大きなため息をつく。
  ゴール地点にいた児童から「おめでとうございます」と声をかけられてから、のんびりと歩いて松島和葉が座っている場所まで戻ることにする。あとは食事をしながら、ゆっくりと観戦してればいいだけだ。
  他にも参加する種目がありますよ。なんて台詞を言われないように祈りつつ、陣取っている地点を目指すのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 12:24:29 | 显示全部楼层
没有人顶~~~
不知道大家喜不喜欢~~~~
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:31:17 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 25

「お疲れ様でした」
  陣取っていた場所に戻るなり、松島和葉はわざわざ立ち上がって春道を出迎えてくれた。短距離走は想像以上に疲れたが、こんなふうに美人な女性に労をねぎらってもらって悪い気はしない。
  奇妙な縁で知り合ったとはいえ、一応は目の前の女性と春道は夫婦なのである。
「……座らないのですか」
  立ったままボーっとしてる春道を、松島和葉が訝しげに見つめてくる。想像世界から不意に現実へ引き戻され、必要以上にうろたえてしまう。半分声を裏返させながら「何でもない」と答えておく。
  すぐにビニールシートへ座ると、春道に倣って和葉も再び腰を下ろした。
  何気に違和感を感じて周囲を見渡すと、慌てて目を逸らす中年男性の姿が複数発見できた。もちろん春道に興味を持ったわけではなく、彼らのお目当ては隣にいる松島和葉で間違いない。それだけの美貌なのである。
  運動会当初から覚えていた違和感みたいなものは、児童たちの父親連中からのやっかみの視線だったのだ。
  自分たちにも好きで結婚した奥さんがいるだろうに。そんな感想を抱きながらも、春道はどこか得意げな気分になるのだった。

 午後の競技が佳境にさしかかりだした頃、スックと松島和葉がいきなり立ち上がった。
「少し行ってきます」
  何事かと戸惑っていると、松島和葉はそう告げてきた。恐らくはトイレだろうと判断し、春道は「わかった」とだけ返した。
  それから結構な時間が経過しても、松島和葉は戻ってこない。思わず下世話な推測をしてしまうが、相手に失礼だと浮かんだ考えを頭を左右に振って放棄する。
  お弁当も満足に食べて、体力もある程度回復している。だが近日中に筋肉痛になるのは、ほぼ決定してるも同然だ。どうせ避けられないのなら明日にでもなってほしい。明後日以降だと嫌でも老化を思い知らされる。
  毎日こまめに運動でもしようかなと、満腹感でまったりしつつも考える。健康のためにもなるし、一石二鳥だ。
「ぱぁーぱぁー!」
  怒声ともとれる叫びが、春道の耳に飛び込んできた。完全に不意突かれた形になり、普段の倍ぐらいの勢いで驚く。
  考え事を強制中断させられた春道は、声の主を探す。誰が呼んだかはすでにわかっている。わからないのはどこにいるかだ。
  こっちこっちと呼ばれた方を見ると、そこには互いの足首をタオルで縛った松島母娘の姿があった。
  他にも同様の格好をした児童と保護者のコンビが多数おり、これからどんな競技が行われるかは容易く想像がつく。母親と娘の二人三脚だ。
  列に並んでる女性チームの後ろには、男子児童と父親による二人三脚のコンビが控えていた。どうやら性別で組み分けをしているらしい。
  この種目もそれほど参加人数は多くなく、各クラスから男女五名ずつといった程度だ。松島葉月の性格から察するに、恐らくこの競技も立候補したに違いない。
  初めて両親が揃って参加してくれる運動会だけに、はりきりたいのかもしれない。もっとも、ただの運動好きなんて可能性も考えられる。どちらにせよ、運動会は児童たちが主役であり、その中のひとりである少女が楽しんでいるのなら問題はない。
  あっという間に松島母娘の順番になり、同じ学級や同学年の女性チームとスタートラインに並ぶ。なんとしても活躍したい松島葉月は、見るからに力が入っている。
  担当教師による合図で、各自まずは最初の一歩を踏み出す。二人三脚は、走り出してしまえば意外とそのままの勢いでゴールまで行けるため、スタート直後が肝心だった。
  それがわかっているらしく、松島和葉は前に出たがる娘を絶妙にコントロールしつつ、慎重かつ順調な滑り出しとなった。
  逆にスタートダッシュを狙ったペアは、意図に反して見事にコース上で転んでしまう。まだ年齢が低い女子だけに、泣きそうになる児童も存在していた。
  そんな中、松島葉月と和葉の母娘はゴール地点目指して一直線に突き進んでいる。このままいくと、トップも現実味を帯びてくる。決して熱血タイプではないのに、何故か観戦にも力が入ってしまう。
  二人三脚が途中まで進んだ頃、不意に春道は誰かに肩を叩かれた。ビックリして振り返ると、そこにいたのは松島葉月の担任である女教師だった。
「少しお話があるんですけれど、お時間いただいてよろしいですか」
  まさか、また葉月がいじめられたりしてるのだろうか。しかし少女にそういった様子は見受けられないし、あえて春道に隠してるとも考えにくい。
  とにかく担任教師を邪険にしたりもできないので、春道は頷いて相手の要求に応じる。
  松島母娘は二人三脚に熱中してるため、こちらに気づいてない。競技中に声をかけるわけにもいかないし、仕方ないので黙って春道はこの場を一時離れることにした。

 運動会が行われてるグラウンドと対極に位置する校庭まで来たところで、ようやく前を歩いていた女教師が足を止めた。
「自己紹介がまだでしたね。私は小石川祐子と言います」
「……高木春道です」
  周囲を見渡しても、活気溢れる場所とはとても思えない。こんな人気のない場所でする話なのだから、さぞや重要な案件なのだろう。そう身構えていたのに、女教師の第一声は自己紹介だった。
  これから本題に入るに違いない。きちんと話を聞くために集中してるのに、どうしたのか小石川と名乗った女担任は一向に口を開こうとしない。それほどまでに言い辛いとは、一体どんな問題が発生してるのか。
「葉月ちゃんのお父様は……その、失礼ですが、名字が違うんですね」
  春道は思わず「はぁ!?」と叫ぶところだった。緊張して身構えていたところに、先ほどの発言である。もしかして、当たり障りのない会話から始めて、後々に本題へ突入しようという意図なのだろうか。だとしたら、付き合っておいた方がいい。
「昔から夫婦別姓にしてましたからね。別に他意はありませんよ」
  柄ではないが、愛想笑いを浮かべながら女教師の問いかけに答えていく。重要な話題に移るのを緊張して待ちながら、春道は頭の片隅で二人三脚の結果はどうなっただろうなんて考えるのだった。
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:31:45 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 25
「あれー……パパ、いないよー」
  一等賞になった商品のボールペンを、パパに早く見せたいとせがむ娘と一緒に松島和葉は保護者の控え場所まで戻ってきていた。
  和葉が準備したビニールシートや昼食が入ったバスケットはそのままに、高木春道の姿だけが見えなくなっているのだ。
  競技に参加する前はもちろん、二人三脚の途中で横目で確認した時も確かにひとりで座っていた。じっくり観察したわけでもないが、変わった様子も別段見受けられなかった。
「お手洗いに行ったのではないかしら」
  考えられるのはその程度しかなかった。和葉の言葉を聞いた葉月は、曇らせていた表情をパッと晴天に変える。
「そっか。それならすぐに戻ってくるよね」
  にこにこしながら同意を求めてくる娘に、和葉もまた微笑みながら「そうね」と応じる。
  それにしてもと和葉は思った。いくら葉月が人懐っこくて、父親の存在を熱望してたとはいえ、まさか高木春道が娘からここまで好かれるようになるとはまったく想定してなかった。
  いつ終焉を迎えるかわからない夫婦関係だけに、最初はあまり葉月と深く関わらせるつもりはなかった。幸いにして相手も子供に興味はなさそうだったし、冷たいかもしれないが、そうすることで娘が心にダメージを負う危険性を少しでも減らせると判断した。
  しかし葉月のいじめ問題発覚を契機に、その方針はあっさりと崩れ去ってしまう。見事なまでに解決して見せた高木春道に、娘はこの上ないほどに傾倒した。
  このままでは危険だと判断し、二人の仲を引き離そうと試みたものの、愛する葉月からの反感を買っただけ。逆に和葉と娘の関係が、一時的にせよ危うくなってしまった。
  どうしたらいいのかわからなくなっていた矢先に、勘当されていた実家に戻るはめになったのである。そこで実兄の戸高泰宏が、高木春道に和葉と葉月の関係を暴露してしまう。
  しかし高木春道はあれこれ詮索しようとはせず、口だしもしてこなかった。まるで和葉の思惑があるから、己はいらぬ口を挟むべきではない。そう言ってるようだった。
  本音はどうか知らないが、相手の対応は実際ありがたかった。意図せずに内情の一部を知ったからといって、すべてを説明する義理も責任もない。けれど、事実を葉月に教えると脅されれば、和葉は高木春道の要求にひとつの例外もなく応じたに違いない。
  単純に思いつかなかっただけかもしれないが、それでもそんな悪質な真似をするタイプの人間でないことは確かだ。そう判断した和葉は、ある程度高木春道を信用して付き合っていこうと決めた。
  異質な夫婦関係であっても、交わした約束が有効である限り夫婦である事実に変わりはない。それならば、少しでも娘が喜ぶ方向へ行こうとシフトチェンジしたのだ。
「パパ、遅いね……」
  葉月の言葉で和葉は我に返る。考え事をしていたので気づかなかったが、トイレにしては時間がかかりすぎてる気もする。かといって、わざわざ探索する気にはなれない。お腹の調子を崩して、トイレにこもっている可能性も否定できないからだ。
  とりあえず、もう少し待つべきだと思ったが、葉月は早く高木春道に二人三脚で一位になった自慢をしたくて仕方ないようである。
  ほとんど制約のない保護者と違って、学校に所属している葉月は定められている規則に従わなければならない。新たな種目が始まれば、クラスの待機場所へ戻る必要がある。
「わかったわ。ママが少し探してくるから、葉月はここで待っていなさい」
  放っておけば今にも「探しに行ってくる」と言い出しそうな娘の機先を制して、和葉は自らそう切り出した。
「うんっ! 葉月、ここで待ってるね」
  しょげそうになっていたのが嘘みたいに、明るい口調で葉月が応じる。勤め先では冷静沈着な女性として通ってる和葉も、この笑顔だけには弱かった。
  周囲には他の大人たちも多数いるので、ひとりで残しておいても心配はない。和葉はもう一度娘を見たあとで、ビニールシートから立ち上がる。
  探すと告げて出発したまではいいものの、当てなど何ひとつない。適当に歩いたところで見つかるはずもなく、諦めかけていると葉月と同じ学級にいる児童の母親と遭遇した。
  都合がつけば保護者同士の会合に参加していたので、その女性とも面識はあった。話好きと評判になってるだけあって、ひとりで歩いていた和葉にすぐさま声をかけてくる。
「娘から聞いてたけど、松島さんの旦那さんって結構男前なのねぇ。うちの人とはえらい違いだわ」
  そうした目で高木春道を見たりしてなかったので、和葉は「そうですか」としか答えようがない。自宅でもほとんど見かけたりせず、和葉が部屋を訪ねた時には、大抵セットされてないボサボサ髪で目元まで隠れてるので容姿の良し悪しなど判別がつかなかったのだ。
  もっとも和葉自身がそうした色眼鏡で見られるのを嫌うので、誰が相手でも外見をどうこう言ったりはしないし、応対の仕方を変えたりもしない。そうした態度が気取ってると、学生時代に一部の女生徒から反感を食ったりもしたが昔の話である。
「でも気苦労が絶えなさそうよね。さっきも担任の女の先生と二人きりで歩いてたわよ。あれはきっと人気のない校庭へ向かってたのね。何をするつもりなのかしら」
  悪戯っぽい笑みを浮かべて、顔見知りの他児童の母親がそんな台詞を口にしてきた。親切心で教えたわけではなく、面白がってるのは明らかだった。
  普通の奥さんなら怒るところなのかもしれないが、和葉と春道の夫婦関係はおよそ常人には共感できないぐらいの異質なものだ。好意で結ばれてるわけでもないので、そんな話を聞いても嫉妬したりしない。
「そうですか。ありがとうございます」
  和葉が何ひとつ変わらぬ表情でお礼を言うと、相手は拍子抜けしたような感じで「え、ええ……」と戸惑い気味に応じた。
  その後は言葉を発するでもなく、そそくさと立ち去っていった。恐らくは仲の良い他の母親に、このことを言いふらしてまわるつもりなのだろう。
  勝手にすればいい。先ほどの女性にはそれで済むが、高木春道に関しては一応探しておくべきだと判する。ジェラシーどうのこうのではなく、もしかしたら娘の葉月についての話し合いをしてる可能性もあるからだ。
  人気のない校庭へ向かっていたのではないか。そういう情報を手に入れたので、とりあえずはそちらへ行ってみることにする。それでいなかったら、諦めて葉月が待ってる場所へ戻ればいいのだ。
  この小学校は結構敷地が広く、同じ校庭といってもまったく手入れされてない林のようなところも存在する。なるほど。確かに密談などをするには丁度いい。
  そんな感想を抱きつつ、目に見える範囲だけを捜索していく。すると、程なくして高木春道と女担任の姿を発見できた。
  他人の会話に、ズケズケと入り込んでいくのはさすがに気が引ける。ひとまずは様子見をするべきかもしれない。そう思った和葉の耳に、葉月の担任である女教師の驚くべき言葉が風に乗って届いてきた。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:32:34 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 26

 松島葉月の担任を務める女教師に呼び出されたまではいいものの、肝心の重要な話はまったくでてこない。もうとっくに松島母娘が参加していた二人三脚も結果がでてる頃だろう。いい加減に苛々してきた春道は、単刀直入に尋ねることにした。
「そろそろ本題に入ってもらえませんか」
  春道の発言を受けて、松島葉月の担任を務める女教師の表情が一変した。
  ようやく本題に入ってくれるらしい。そう思ってホッとしたのも束の間だった。小石川祐子と名乗った女担任の次の台詞は、全然予想していなかった驚愕をもたらした。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
  ……何だ。一体全体何がどうなってるんだ。内心で春道はパニクっていた。無理もない。松島葉月に関する話だと思っていたら、いきなり告白をされてしまったのだ。これでビックリするなという方が無理な相談だ。
「……な、何かの罰ゲームですか……?」
  なんとか平静を保とうとしたが、こうした状況に慣れてないだけに声がどもってしまう。どうしてこんな事態になってるのか、未だに理解不能である。
「そ、そんなんじゃありません。へ、変な意味じゃなくてですね……」
  その台詞で春道はピンとくる。
「ああ、人間的に好きになったとかですか。どうしてそう思ったかは知らないですけど、そんな風に評価してもらえるほど人間はできてないですよ」
  考えてみればおかしな話なのだ。前方に立っている女教師と会ったのは、葉月の授業参観での一回だけだ。しかも些細な立ち話をごく短時間した程度。告白などの展開になったりするわけもない。
  だがこれで納得した。恐らく松島葉月のいじめをなんとかしたのを春道だと知って、お礼でも言いたいのだろう。しかしおおっぴらに謝罪すれば、自分ではいじめを処理できませんでしたと、事情を知らない人間にまで暴露するようなものだ。
  そこで思いついたのが、人気のない場所でお礼を言うことだったに違いない。春道とて、悪戯に葉月がいじめられてた問題を蒸し返すつもりはないし、解決したのは自分だと自慢する気もほとほとなかった。
  頭の中で結論が出たおかげで、春道はだいぶ冷静さを取り戻していた。あとは素直にお礼の言葉を受け取って、運動会を行っているグラウンドへ――。
「――いいえ、違います。そうじゃなくて……愛してるんです」
  おもいきって告白しちゃいましたとばかりに、小石川祐子は顔を真っ赤にしている。勝手に言い切ったみたいな感じになられても、春道にはどうしていいかわからない。
  ひとめ惚れなぞ経験のない春道には、相手の思考回路がまるで理解できなかった。一度しか会っておらず、しかもロクな会話をしてないのに愛してるなんて言える時点で、違う人種なのではないかとさえ思ってしまう。
「……本気ですか」
  戸惑いつつも、やや呆れ気味に尋ねた春道に女教師は勢いよく頷いた。教職についてはいるものの、今の対応からしても精神年齢は実年齢より幼いのかもしれない。松島葉月と大差ないようにも感じる。
「……申し訳ないですが、俺には妻がいるんで無理です」
  妻がいなくても、こういったタイプの女は苦手なので付き合うつもりはなかった。だから童貞なのかもしれないが、性経験をしたいがためだけに付き合ったりするのはより失礼になる。
「そういう男っぽいところが、いいんですよね。ますます憧れちゃいます」
  まだ若そうに見える外見どおり、大学を出てすぐ教職へ就いた女性なのかもしれない。
「正直、私……奥さんより満足させてあげる自信ありますよ」
  舌なめずりでもしそうな勢いで、小悪魔みたいな笑みを浮かべる。顔立ちもどことなく年齢より若く見えるので、可愛い系の女性として仲間内の男性からは人気も出るだろう。
  しかし、こういったタイプの女性は同性にはあまり好かれない。春道が学生時代の頃、こういった女子がクラスにいた。男子生徒にチヤホヤされる代わりに、どことなくほかの女生徒からは煙たがられてるように見えたものだ。
  おまけに奥さんより満足させれるなんて台詞を、平然と口にしてくるあたり他人の物を極端に欲しがる人種である可能性が高い。
  本来ならこうした女性とは係わり合いになりたくないのだが、松島葉月の担任を務めてる女教師だけにそうもいかない。適当にあしらった挙句、春道以外の人間に影響が及んだりしたら洒落にもならない。
「葉月ちゃんのお父さんがその気なら、今夜にでも時間を作れますけど?」
  女性経験のない春道にとって、魅力的すぎるお誘いなのは確かだ。けれど童貞歴もここまでくると、若い頃と違って焦りはすっかり消えている。むしろ一生このままでもいいや的な、変な余裕さえ生まれていた。
  さらに奥さんより満足させてあげると言われても、比較対象となるべき体験がないのでいまいちピンとこない。したがって春道には、あまり有効な誘惑手段とはならなかった。
「どうですか?」
「遠慮しときます」
  再度、今夜の逢瀬について尋ねられた瞬間、きっぱり春道は拒絶の返事を相手へ差し出す。
  直後の視界に映ったのは、唖然とする女教師の顔だった。もしかして、誘った相手に断られた経験がないのかもしれない。
  悪いことをしてしまったかなと一瞬思ったが、よくよく考えれば悪いのは春道ではなく、既婚者の男性にモーションをかけてきた女教師の方だ。印象どおりの男らしさを発揮した形になったのだから、向こうもこれでスッパリ身を引いて――。
「どうしてですか!?」
  ――くれなかった。ヒステリック気味に叫び、下手をすると春道に掴みかかってきそうな剣幕だ。
「確かに綺麗な奥様ですけど、女は顔だけじゃないでしょう! 色々と他にも見るべきところが――」
「だからって不倫は駄目だろ」
  あまりに相手が子供じみてるので、ついつい春道も地がでてしまった。さすがにまずかったかと若干慌てるも、大木を背にしている女教師はお構いなしだった。
「不倫するのが怖いのね、この臆病者! 奥さんより私に魅力を感じておきながら、せっかくのチャンスをふいにするなんて信じられないわ!」
  春道からすれば、あまりに乱暴な発言をする正面の女性が、小学校の教師になれている事実の方がずっと信じられない。
「……悪いけど、別にチャンスだとか思ってないぞ。大体、自分の奥さんの方がずっと魅力的だしな」
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:32:57 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 26
――ガクッ!
  意図せずに高木春道と娘の女担任の会話を盗み聞きする形になっていた松島和葉は、二人の死角になっている木の陰で危うく体勢を崩し、地面へ倒れこみそうになってしまった。
  なんとかギリギリのところで踏み止まれたので、高木春道たちには和葉の存在がバレなかったみたいである。
  本当に危なかった。それというのも、高木春道が変な台詞を恥ずかしげもなく堂々と口にするからだ。もう少しで「え?」と素っ頓狂な声まであげるところだった。
  本心からの台詞かどうかは不明だが、和葉を驚かせるには十分すぎるほどのインパクトがあった。もっとも、高木春道本人はこの場に当人がいると思ってないからこそ、あのような発言ができたのだろう。
  ますます簡単に二人の前に出るわけにはいかなくなった。先ほどの台詞を聞いてたと判明すれば、高木春道だけではなく和葉まで変に気まずくなってしまう。聞かなかったことにするのがよりベターな選択である。
「な、何ですか、それ。女をバカにするのもいい加減にしてください!」
  高木春道の心情を正確に理解するのは不可能だが、迷惑がってるのは表情を見れば明らかだった。確かに和葉の目から見ても、あの女担任の行動はまともと言い難い。 運動会の最中に職務を放棄した挙句に、児童の保護者を誘惑してるのだ。
「別にバカにしてるつもりはなく、素直に思ってることを言ってるだけなんだがな」
  高木春道の言葉で、幼稚な女担任がさらに激昂する。優しい両親のいる裕福な家庭で、我侭いっぱいに育てられた女性なのかもしれない。相手が自分の意のままにならないだけで怒るなんて、未熟もいいところだ。
  他人が自分の想像どおりに行動してくれること自体が稀なのである。すべてがすべて、頭の中で思い描いたように展開するなら、現実世界で苦労する人間など誰ひとり存在しなくなる。
  先ほどまで大騒ぎしそうな勢いだったのに、今度は急に女担任が押し黙った。ようやく諦めたのだろうか。高木春道はそう判断したみたいで、心なしか顔に安堵が浮かんでいる。
「……ずいぶんと奥さんを愛してるようですけど……私、知ってるんですよ」
  思わせぶりな口調に、隠れている和葉が眉をしかめる。学校行事以外であの女教師と会話をした覚えはないし、昔からの友人だったりもしない。
  娘がこの小学校に入学してなければ、赤の他人としてそれぞれの人生を過ごしていた確率が非常に高い。間違っても重大な秘密を打ち明けたりするような相手ではなかった。
  何を言い出すのかと、高木春道のみならず和葉も耳を澄ませる。
「葉月ちゃんの血液型……お父さんともお母さんとも違いますよね? 本人はその意味に気づいてなかったようですけど、お二人からは生まれるはずのない血液型です」
  小石川祐子という名前の女教師の口から発せられた事実に、和葉の背筋が寒くなる。確かにそれは女担任の指摘どおりだった。
  最初に高木春道の血液型を聞いた時、本心では最悪だと絶望した。和葉と一緒だったのである。せめて葉月と一緒だったなら……何度もそう思った。
  けれど娘に父親――高木春道の血液を尋ねられた時、和葉は素直に教えた。本人が自発的にこの意味に気づく頃には、物事をある程度理解できる年齢になってるだろうと予測したのである。
  そうなってから和葉は、娘に出生の秘密をすべて打ち明けるつもりだった。一時は高木春道が口を滑らせたりしたらどうしようなどとも考えたが、そういうタイプではないとわかって最近では安心するようになっていた。
  ところが、まさかこんなところに乱入者が存在するとは砂粒ほども予想してなかった。まだ真実を打ち明けるには、葉月は幼すぎる。女担任がどういうつもりで言ったかは知らないが、マズい展開になりつつある。
  嫌な予感が頭を離れず、全身にべっとりと汗をかく。いっそこのタイミングで姿を現して、相手を怒鳴りつけてやれば――いや、それだと向こうが逆上して葉月にすべてをバラす可能性がでてくる。それだけはどうしても避けたかった。
「――だから?」
  酷く冷たい声が高木春道の口から発せられた。夫婦となってるだけあって、それなりに会話をしてきたが、あんな態度も口調も初めてだった。
  威圧的な雰囲気に押されたのか、女担任がその場から一歩後退りする。
「だ、だから……お、奥さんは隠し事をしてたんですよ。葉月ちゃんは貴方の本当の娘じゃないんです!」
  高木春道のどこがそんなに気に入ったのか、気後れしてるのに小石川祐子は引く素振りを見せない。
「そんなのとっくの昔に知ってるよ。けど、血の繋がりってそんなに大事か? アンタは両親と血が繋がってないと言われたからって、今までの思い出全部を嘘だったと思うのか。違うだろ。子供じみた発言は止めろ」
  高木春道の発言は、和葉が驚くほどに言いたいことを代弁してくれていた。
  完全に立ち入る隙はないとこれで悟ったのか、ギリッと唇を噛みながらも女教師は両目に涙を溜めている。
「葉月にその事実を暴露したいなら勝手にすればいいさ。けど、その時はそれなりの代償を払ってもらうからな」
「……じょ、女性を脅すんですか……?」
「脅してるつもりはねえよ。最初に問題発言をしてきたのはそっちだからな。くだらない真似は止めた方がいいぞっていう忠告だ」
  最近は女性に言い争いで負ける男も多いと聞くが、小石川祐子との一件にかんしては、完全に高木春道の勝利だった。
「べ、別に葉月ちゃんに言うつもりはありませんよ。私だって、そこまで鬼じゃないですから」
  負け惜しみだとしても、本心からの言葉に思えた。これでとりあえずはひと安心といったところだ。
「その代わり……奥さんには別です」
「奥さんに……って、ますます言っても無駄だろ。何を考えてんだ」
「葉月ちゃんの件じゃありません」
  今度はこっちが攻勢になる番だとでも言いたげに、精神年齢が低いと想像できる女教師が笑みを浮かべた。
「ここで密会してた事実を懇切丁寧にご報告してあげます。子供の運動会を途中で放り出して、人気のない場所で私を口説いてましたってね。嫌だって抵抗したのに、旦那さんが無理やり――なんて言葉も付け加えたら一体どうなっちゃうんでしょう」
  ……そろそろ頃合だろう。そう判断した和葉は二人に向かって一歩足を踏み出す。
「……別にどうもなりません」
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:35:13 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 27

 松島葉月の担任を務める女教師に呼び出されたまではいいものの、肝心の重要な話はまったくでてこない。もうとっくに松島母娘が参加していた二人三脚も結果がでてる頃だろう。いい加減に苛々してきた春道は、単刀直入に尋ねることにした。
「そろそろ本題に入ってもらえませんか」
  春道の発言を受けて、松島葉月の担任を務める女教師の表情が一変した。
  ようやく本題に入ってくれるらしい。そう思ってホッとしたのも束の間だった。小石川祐子と名乗った女担任の次の台詞は、全然予想していなかった驚愕をもたらした。
「私……貴方のことが好きになっちゃったみたいなんです」
  ……何だ。一体全体何がどうなってるんだ。内心で春道はパニクっていた。無理もない。松島葉月に関する話だと思っていたら、いきなり告白をされてしまったのだ。これでビックリするなという方が無理な相談だ。
「……な、何かの罰ゲームですか……?」
  なんとか平静を保とうとしたが、こうした状況に慣れてないだけに声がどもってしまう。どうしてこんな事態になってるのか、未だに理解不能である。
「そ、そんなんじゃありません。へ、変な意味じゃなくてですね……」
  その台詞で春道はピンとくる。
「ああ、人間的に好きになったとかですか。どうしてそう思ったかは知らないですけど、そんな風に評価してもらえるほど人間はできてないですよ」
  考えてみればおかしな話なのだ。前方に立っている女教師と会ったのは、葉月の授業参観での一回だけだ。しかも些細な立ち話をごく短時間した程度。告白などの展開になったりするわけもない。
  だがこれで納得した。恐らく松島葉月のいじめをなんとかしたのを春道だと知って、お礼でも言いたいのだろう。しかしおおっぴらに謝罪すれば、自分ではいじめを処理できませんでしたと、事情を知らない人間にまで暴露するようなものだ。
  そこで思いついたのが、人気のない場所でお礼を言うことだったに違いない。春道とて、悪戯に葉月がいじめられてた問題を蒸し返すつもりはないし、解決したのは自分だと自慢する気もほとほとなかった。
  頭の中で結論が出たおかげで、春道はだいぶ冷静さを取り戻していた。あとは素直にお礼の言葉を受け取って、運動会を行っているグラウンドへ――。
「――いいえ、違います。そうじゃなくて……愛してるんです」
  おもいきって告白しちゃいましたとばかりに、小石川祐子は顔を真っ赤にしている。勝手に言い切ったみたいな感じになられても、春道にはどうしていいかわからない。
  ひとめ惚れなぞ経験のない春道には、相手の思考回路がまるで理解できなかった。一度しか会っておらず、しかもロクな会話をしてないのに愛してるなんて言える時点で、違う人種なのではないかとさえ思ってしまう。
「……本気ですか」
  戸惑いつつも、やや呆れ気味に尋ねた春道に女教師は勢いよく頷いた。教職についてはいるものの、今の対応からしても精神年齢は実年齢より幼いのかもしれない。松島葉月と大差ないようにも感じる。
「……申し訳ないですが、俺には妻がいるんで無理です」
  妻がいなくても、こういったタイプの女は苦手なので付き合うつもりはなかった。だから童貞なのかもしれないが、性経験をしたいがためだけに付き合ったりするのはより失礼になる。
「そういう男っぽいところが、いいんですよね。ますます憧れちゃいます」
  まだ若そうに見える外見どおり、大学を出てすぐ教職へ就いた女性なのかもしれない。
「正直、私……奥さんより満足させてあげる自信ありますよ」
  舌なめずりでもしそうな勢いで、小悪魔みたいな笑みを浮かべる。顔立ちもどことなく年齢より若く見えるので、可愛い系の女性として仲間内の男性からは人気も出るだろう。
  しかし、こういったタイプの女性は同性にはあまり好かれない。春道が学生時代の頃、こういった女子がクラスにいた。男子生徒にチヤホヤされる代わりに、どことなくほかの女生徒からは煙たがられてるように見えたものだ。
  おまけに奥さんより満足させれるなんて台詞を、平然と口にしてくるあたり他人の物を極端に欲しがる人種である可能性が高い。
  本来ならこうした女性とは係わり合いになりたくないのだが、松島葉月の担任を務めてる女教師だけにそうもいかない。適当にあしらった挙句、春道以外の人間に影響が及んだりしたら洒落にもならない。
「葉月ちゃんのお父さんがその気なら、今夜にでも時間を作れますけど?」
  女性経験のない春道にとって、魅力的すぎるお誘いなのは確かだ。けれど童貞歴もここまでくると、若い頃と違って焦りはすっかり消えている。むしろ一生このままでもいいや的な、変な余裕さえ生まれていた。
  さらに奥さんより満足させてあげると言われても、比較対象となるべき体験がないのでいまいちピンとこない。したがって春道には、あまり有効な誘惑手段とはならなかった。
「どうですか?」
「遠慮しときます」
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 楼主| 发表于 2009-5-18 14:35:51 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 27

再度、今夜の逢瀬について尋ねられた瞬間、きっぱり春道は拒絶の返事を相手へ差し出す。
  直後の視界に映ったのは、唖然とする女教師の顔だった。もしかして、誘った相手に断られた経験がないのかもしれない。
  悪いことをしてしまったかなと一瞬思ったが、よくよく考えれば悪いのは春道ではなく、既婚者の男性にモーションをかけてきた女教師の方だ。印象どおりの男らしさを発揮した形になったのだから、向こうもこれでスッパリ身を引いて――。
「どうしてですか!?」
  ――くれなかった。ヒステリック気味に叫び、下手をすると春道に掴みかかってきそうな剣幕だ。
「確かに綺麗な奥様ですけど、女は顔だけじゃないでしょう! 色々と他にも見るべきところが――」
「だからって不倫は駄目だろ」
  あまりに相手が子供じみてるので、ついつい春道も地がでてしまった。さすがにまずかったかと若干慌てるも、大木を背にしている女教師はお構いなしだった。
「不倫するのが怖いのね、この臆病者! 奥さんより私に魅力を感じておきながら、せっかくのチャンスをふいにするなんて信じられないわ!」
  春道からすれば、あまりに乱暴な発言をする正面の女性が、小学校の教師になれている事実の方がずっと信じられない。
「……悪いけど、別にチャンスだとか思ってないぞ。大体、自分の奥さんの方がずっと魅力的だしな」

 ――ガクッ!
  意図せずに高木春道と娘の女担任の会話を盗み聞きする形になっていた松島和葉は、二人の死角になっている木の陰で危うく体勢を崩し、地面へ倒れこみそうになってしまった。
  なんとかギリギリのところで踏み止まれたので、高木春道たちには和葉の存在がバレなかったみたいである。
  本当に危なかった。それというのも、高木春道が変な台詞を恥ずかしげもなく堂々と口にするからだ。もう少しで「え?」と素っ頓狂な声まであげるところだった。
  本心からの台詞かどうかは不明だが、和葉を驚かせるには十分すぎるほどのインパクトがあった。もっとも、高木春道本人はこの場に当人がいると思ってないからこそ、あのような発言ができたのだろう。
  ますます簡単に二人の前に出るわけにはいかなくなった。先ほどの台詞を聞いてたと判明すれば、高木春道だけではなく和葉まで変に気まずくなってしまう。聞かなかったことにするのがよりベターな選択である。
「な、何ですか、それ。女をバカにするのもいい加減にしてください!」
  高木春道の心情を正確に理解するのは不可能だが、迷惑がってるのは表情を見れば明らかだった。確かに和葉の目から見ても、あの女担任の行動はまともと言い難い。 運動会の最中に職務を放棄した挙句に、児童の保護者を誘惑してるのだ。
「別にバカにしてるつもりはなく、素直に思ってることを言ってるだけなんだがな」
  高木春道の言葉で、幼稚な女担任がさらに激昂する。優しい両親のいる裕福な家庭で、我侭いっぱいに育てられた女性なのかもしれない。相手が自分の意のままにならないだけで怒るなんて、未熟もいいところだ。
  他人が自分の想像どおりに行動してくれること自体が稀なのである。すべてがすべて、頭の中で思い描いたように展開するなら、現実世界で苦労する人間など誰ひとり存在しなくなる。
  先ほどまで大騒ぎしそうな勢いだったのに、今度は急に女担任が押し黙った。ようやく諦めたのだろうか。高木春道はそう判断したみたいで、心なしか顔に安堵が浮かんでいる。
「……ずいぶんと奥さんを愛してるようですけど……私、知ってるんですよ」
  思わせぶりな口調に、隠れている和葉が眉をしかめる。学校行事以外であの女教師と会話をした覚えはないし、昔からの友人だったりもしない。
  娘がこの小学校に入学してなければ、赤の他人としてそれぞれの人生を過ごしていた確率が非常に高い。間違っても重大な秘密を打ち明けたりするような相手ではなかった。
  何を言い出すのかと、高木春道のみならず和葉も耳を澄ませる。
「葉月ちゃんの血液型……お父さんともお母さんとも違いますよね? 本人はその意味に気づいてなかったようですけど、お二人からは生まれるはずのない血液型です」
  小石川祐子という名前の女教師の口から発せられた事実に、和葉の背筋が寒くなる。確かにそれは女担任の指摘どおりだった。
  最初に高木春道の血液型を聞いた時、本心では最悪だと絶望した。和葉と一緒だったのである。せめて葉月と一緒だったなら……何度もそう思った。
  けれど娘に父親――高木春道の血液を尋ねられた時、和葉は素直に教えた。本人が自発的にこの意味に気づく頃には、物事をある程度理解できる年齢になってるだろうと予測したのである。
  そうなってから和葉は、娘に出生の秘密をすべて打ち明けるつもりだった。一時は高木春道が口を滑らせたりしたらどうしようなどとも考えたが、そういうタイプではないとわかって最近では安心するようになっていた。
  ところが、まさかこんなところに乱入者が存在するとは砂粒ほども予想してなかった。まだ真実を打ち明けるには、葉月は幼すぎる。女担任がどういうつもりで言ったかは知らないが、マズい展開になりつつある。
  嫌な予感が頭を離れず、全身にべっとりと汗をかく。いっそこのタイミングで姿を現して、相手を怒鳴りつけてやれば――いや、それだと向こうが逆上して葉月にすべてをバラす可能性がでてくる。それだけはどうしても避けたかった。
「――だから?」
  酷く冷たい声が高木春道の口から発せられた。夫婦となってるだけあって、それなりに会話をしてきたが、あんな態度も口調も初めてだった。
  威圧的な雰囲気に押されたのか、女担任がその場から一歩後退りする。
「だ、だから……お、奥さんは隠し事をしてたんですよ。葉月ちゃんは貴方の本当の娘じゃないんです!」
  高木春道のどこがそんなに気に入ったのか、気後れしてるのに小石川祐子は引く素振りを見せない。
「そんなのとっくの昔に知ってるよ。けど、血の繋がりってそんなに大事か? アンタは両親と血が繋がってないと言われたからって、今までの思い出全部を嘘だったと思うのか。違うだろ。子供じみた発言は止めろ」
  高木春道の発言は、和葉が驚くほどに言いたいことを代弁してくれていた。
  完全に立ち入る隙はないとこれで悟ったのか、ギリッと唇を噛みながらも女教師は両目に涙を溜めている。
「葉月にその事実を暴露したいなら勝手にすればいいさ。けど、その時はそれなりの代償を払ってもらうからな」
「……じょ、女性を脅すんですか……?」
「脅してるつもりはねえよ。最初に問題発言をしてきたのはそっちだからな。くだらない真似は止めた方がいいぞっていう忠告だ」
  最近は女性に言い争いで負ける男も多いと聞くが、小石川祐子との一件にかんしては、完全に高木春道の勝利だった。
「べ、別に葉月ちゃんに言うつもりはありませんよ。私だって、そこまで鬼じゃないですから」
  負け惜しみだとしても、本心からの言葉に思えた。これでとりあえずはひと安心といったところだ。
「その代わり……奥さんには別です」
「奥さんに……って、ますます言っても無駄だろ。何を考えてんだ」
「葉月ちゃんの件じゃありません」
  今度はこっちが攻勢になる番だとでも言いたげに、精神年齢が低いと想像できる女教師が笑みを浮かべた。
「ここで密会してた事実を懇切丁寧にご報告してあげます。子供の運動会を途中で放り出して、人気のない場所で私を口説いてましたってね。嫌だって抵抗したのに、旦那さんが無理やり――なんて言葉も付け加えたら一体どうなっちゃうんでしょう」
  ……そろそろ頃合だろう。そう判断した和葉は二人に向かって一歩足を踏み出す。
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