|
|

楼主 |
发表于 2004-3-31 23:00:00
|
显示全部楼层
■《天声人語》 04月01日付
% J+ V: A( ?6 b: e) @) o: _' v
+ A0 G5 I0 A. I3 m/ ^! d: i
% @0 N" U2 v( L t# E$ Z, ^
# r' o" S3 ]" j# m( a, |; y& v) j H. f2 |3 x' [
ワシントンの桜が今満開だそうだ。咢堂(がくどう)・尾崎行雄が、かの地に桜3千本を贈るきっかけになったのは、100年前に開戦した日露戦争だった。 1 W& e# j4 ~: S# P
: v: [5 h3 _4 U, x r& I
, l# r3 }: H1 \: J0 h1 i9 J$ J- i2 o/ g
開戦の翌05年、明治38年に米大統領セオドア・ルーズベルトの仲介があり、日本の勝利で講和となる。東京市長の尾崎には、相応の謝意を表したいという気持ちがあった。「しかし当時、日本人は自力でロシアを負かしたと思つて有頂天になつてゐたから、私の真意を明かにしては事が撙肖胜い人激膜啤⒐堡摔悉筏胜膜俊梗ā何财閱@堂全集』公論社) P" C" S# ^: d5 r! }
' x$ p7 A/ x# O8 U, q0 \0 C
6 W6 b8 ?% l9 ]1 |, [2 `
9 x. N( m% i/ ^; r$ h お礼は本来、政府の仕事だが、内閣は考えていなかったとも記す。やがてポトマック河畔に日本の桜を移植する話を知り、09年、東京市から贈ろうと議会に諮って同意を得る。
/ W3 b! F" j0 U$ r- \$ A
$ @ Y3 ^5 T r/ m4 A3 V: ?0 M! S6 C+ w1 N) l3 J$ I# T
& y0 c: S8 q L) m( z# g 桜はその年に横浜を出たが、到着時には病虫害に侵されていた。全部焼却したことを米代理大使から知らされた尾崎は、少年ワシントンと桜の故事を引いて答えた。「桜の木を焼却して、しかも包まずその事実を語るのは、初代大統領ワシントン以来、米国の伝統的なやり方である。(略)大いに誇つていゝだらう」
: ^2 y ^) c6 d4 c
, G, ]$ z, w5 b% T5 K9 f% T* ^) g x& ?
1 n- I% Q9 O7 x# T: n3 T) O" ~ ワシントンに根付いたのは、3年後に再送した桜だった。その桜が、戦後2度「里帰り」した。その中から育った1本を、東京の公園で見た。周りのソメイヨシノより、つぼみの赤が濃い。隣り合うオオシマザクラの白さに映える。
' r" U5 n' @1 `2 J4 J* D
, Z7 d% g, A3 x" ]6 i' y. p) |! T' Q6 D9 N
3 V9 ^ ]+ Q- b7 \
桜は、日露の戦争のあと米国へ渡り、日米の戦争のあと日本へ来た。幹の表示板には、サクラ・アメリカとある。今は、木の古里ともいえるその国が、戦争をしている。 * O) ^3 l% J9 u1 D
3 M3 G0 L3 H6 s' V- j
8 w' u# U7 [) E' @; J. O1 i
3 r, G$ R, p$ Y4 y+ v0 z
|
|