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发表于 2006-2-28 13:03:01
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2006年02月28日(火曜日)付3 n+ q- i. t# }+ u" v, K/ i
0 Z r% p2 N9 k- Q$ o 手の指先をすぼめて空に向けたような形の聖火台から、すっと炎が消える。トリノ冬季五輪の幕が閉じた。テレビ画面の濃い闇の向こうから、大会の幾つもの場面がよみがえってきた。+ v' ^- U, Y4 H% Q" }
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人々はアルプスを背にしたポー川のほとりの街に集い、雪と氷と風の中で競った。成功と勝利があり、失敗と敗北があった。歓喜と失意とがあった。様々な国の旗が翻り、獲得メダルの数が注目された。しかし国ごとの区別が五輪の眼目とは思えない。 r& Y* D3 D0 D2 N, m
, A; @, @' |/ k1 t1 c% c やはり、記録と自らの限界に挑む選手たちの姿が胸に残る。それぞれの顔や手や足の動きに輝きが宿っていた。( Q8 U* B: P! N P
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その光をかげらせるものもある。商業主義や見せ物化、薬物汚染の根は深い。しかし、過去何よりもその輝きを奪ったのは戦争だった。1940年の「東京五輪」は幻に終わった。
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9 s, h6 \+ i7 n 同じ時代にトリノで、反ファシズム活動を理由に逮捕された詩人チェーザレ・パベーゼが流刑地で書いた。「今日という日に川から霧が湧いて、美しく/都会へ流れこむ……帰ってくる価値はあるのだ、たとえ変り果てても」。遠い獄舎でトリノを思っている(河島英昭『叙事詩の精神』岩波書店)。
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! e4 r" x7 P! p. G4 d4 b' A2 \: ~3 L' \ そんな歴史もあるこの街で昨秋、ポー川のほとりに立った。そばには釣り糸をたれる人が居た。白くにごった水がゆったりと流れてゆく。ファシズムと戦争がこの地を覆った時代を思いながら、「平和の祭典」を慌ただしく準備する街を歩いた。大会を無事に終えて聖火が消えたトリノの街に、詩人の夢見た穏やかなたたずまいは、もう戻ってきただろうか。 |
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