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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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 楼主| 发表于 2004-4-25 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》        04月25日付; h$ |* B! S* F- }, ?+ ?' j
" g/ A5 j3 w* \( ~
 【こ】小泉さんは明日で首相就任から3年、一区切りではありましょう。俳句や短歌の各句の上に言葉を一字ずつ置いていく折り句をまねて、顧みようかと思います。 * I% F# m7 h; v1 F; f7 Q: V; X

" ~- R5 y4 X  e, ?( T2 D1 b& m( S0 p1 s; L1 Q9 W

6 q& ^1 f% ]6 V5 U: M+ K; J 【い】一番の、岐路は、やはりイラク戦。国論二つに分けてまで、しゃにむに隊を派遣して、ここまでやってきたものの、さて。戦闘の、やむ気配無いかの地では、命散らされる様おぞましく、薄氷の安全、閉じこもる「支援」
3 ?7 e5 Z1 A+ _; ]8 T( L$ C- ^+ }' s0 C3 j" G2 o9 E2 q
+ B" B2 j$ j) v) E5 x
# f, ~" D& ~( A) A
 【ず】ずいぶんと、思い切りよく言葉投げ、始球の式も1度ならず。自民破壊や民営化、三位一体、雨あられ。「やるやる詐欺」とのそしりにもたじろがず、ことの行く末揺れようと、揺らぐことない勢いを、振るうたてがみ、なおも変わらず。 ; j- Z8 X0 j. N, P+ k

6 g! Q1 E5 B& u' @6 d
  ^# y5 i4 F, w  `! D7 }* ^( ^! J& z" P. a8 p3 Z* m4 n
 【み】身をもって、飛んで行った北の国。拉致犯罪を認めさせ、長い断絶の打開に向け、一歩を踏み出すが、一筋縄では行かぬやりとりに、足踏みもまた長くなる。 % i: c9 `$ h0 I7 Y3 p* V6 `

& a8 g7 Z- x2 _4 G
  s, t, O+ `+ Y
' y6 W" [3 }8 \2 v% B2 C 【じゅん】順調とはまだ言えぬ経済だが、どこまで続くかこの人気。「景気対策への取り組み」を「評価しない」が61%あっても、3年間の実績を「評価する」が62%となる、支持模様の不可思議さ。【いち】一衣帯水のアジアより、海のかなたの大国を、近くに描いた地図を持つ。「聞く耳」を、持たなさそうな先方に、引き回されることのないように。【ろう】老後への、備えの要は国民年金と、民には加入を強く迫りつつ、未納・未加入者が足元に居た、灯台内閣の怪 5 Y) @1 l6 u( V0 v
/ |- Q# C) u. O2 b: _" q- r

/ e! C" C3 b" i' P  Z
* z0 h3 A* |# l5 Q 節目節目での国のかじ取りや「信念」に、不安を覚えることの少なくない、「はらはら首相」の千と余日でした。 / e% U6 z: D& I/ ]

; f( c$ X* ^8 `2 I7 J2 i- V/ m$ o/ a( S7 |, X3 }+ B/ x) ^

1 ^- N( a. h8 }! A+ S" p6 p5 _+ Z, D: [3 M# S# l- z
6 m. N, R$ _  j

: @- y7 f* N$ A4 \  w6 V7 T. D3 O: y) y
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发表于 2004-4-25 23:00:00 | 显示全部楼层
  不能改别人的帖子,只好把4月24日的补在这里了。
* d9 s! s. r7 D! }0 ^/ A2 c5 s3 F& j

" o! x* ]( s$ i04月24日 ' e$ _" E/ J( H8 x
  
% b8 G! V1 F- I& Z  ? 「世に銭程面白き物はなし」とは井原西鶴の言葉だが、このごろ「面白い銭」がふえてきた。特定の地域やグループだけに流通する「地域通貨」である。
$ a: X3 H/ g$ T/ |/ \* g; ^( E# Y; p3 H7 R9 L" L
 まず、名前が面白い。温泉の町、大分県別府市で住民グループ「アチチ中央銀行」が発行するのが、「湯路(ゆーろ)」である。群馬県には「しるく」、岩手県には「わらび」があり、茨城県には「ガマの油」からの「ガマール」、と名物や特産品にちなむ独特の命名が、ほほえましい。 + ~* K* L* O* u! Q

/ A- _* n/ D4 s- T2 _# R+ J お年寄りの手助け、草むしりや清掃、朗読やパソコン指導などの奉仕活動をしたお礼に支払われることが多い。受け取った通貨で別のサービスを受けたり、物と交換したりする。地域の助け合いやボランティア活動促進のための潤滑油である。さびれ気味の商店街の活性剤としても期待される。 + o/ q0 j, k) U' y8 J8 @+ k
) m$ U! r5 I9 f: X* j4 x
 埼玉県川口市で昨年発行された地域通貨「キューポラ」は、一部がラオスの子ども支援にまわる。希望者がキューポラ募金箱に寄付し、それが換金されて今年1月「ラオス援助会SALA」に託された。地域通貨同士で交換できる仕組みをつくる動きもある。様々な面白い試みが進んでいる段階だ。 ) p  t& Q: j0 }: k+ ?; |
2 x6 ^* f. V0 j& S3 E" E
 本物のお札を発行している日銀も温かく見守っている。昨夏、福井総裁は「新しい価値を生み出し、地域社会の発展につながる」と述べて、歓迎の意を表した。総務省も今春から、地域通貨のシステムモデルづくりを始めた。
- j! H( S+ ?# A: h% Y: a4 m" f$ w2 K& p- c' c# S1 `( p
 消えていく通貨も少なくない。しかし、知恵を出し合って多様な人間の輪をつくっていく動きと見れば失敗にくじけることはない。
0 S4 T; X1 k' l, C% ~. t& f/ u& h9 m( A8 }. t3 J
' K1 ]' ?# P, f9 I
04月26日
) q& `. t4 G0 Y& e5 n
7 j- V, t+ g& Z2 R* [ 何がどうなって起きたのか、まだはっきりしない。中国との国境に近い、北朝鮮の駅での列車の大爆発である。情報は乏しいが、極めて閉鎖的なこの国が事故を公表するのは異例だ。   }8 F, A1 T) `  k  Y2 d! Y
2 P: [! h5 u& u- A/ J
 いつ、どこまで公表するか、体制内ではやりとりがあったのだろう。それは、発生から今日で18年になる、旧ソ連のチェルノブイリ原発事故のことを思い出させた。 . G, O5 x% R! M$ H
0 p1 k% c. `* f& f) @" K
 異常放射能を検出し事故を推定したのは北欧の国々だった。西側の問い合わせに、当初ソ連は事故と認めなかった。しかし大爆発で死の灰は国境を軽々と越え、否定しきれなくなる。
. O' o, u1 r* R+ O9 O5 B# c7 `* M' V! L- h; p
 現場を取材したプラウダ紙のウラジーミル・グーバレフ記者は、事件の背景にある官僚体制を痛烈に批判する戯曲「石棺」を書いた。事故を追う検事と関係者の会話で進行する。 0 ~' M1 y; C) B1 ~, S0 {

% G# r3 K' P; J3 v 「哕灱紟煛☆稳摔悉い谋茈yしたのですか/検事 日曜日(27日)の昼だ。千台ものバスが2時間半でみんな撙螭溃紟煛·扦狻ⅳ胜激工哎楗弗枪恧筏胜盲郡韦扦工iいても1時間でみんな逃げられたのに/検事 政府の委員会が着くのを待っていたんだ/技師 委員会は違う決定をすることができたのですか/検事 だれも決定できなかったのだ/技師 できなかったのですか、決定したくなかったのですか/検事 決めなかったのだ」。事故の約5年後にソ連は崩壊した。
1 }0 X0 I2 F4 Z  k5 L8 O& o+ T% ?
 爆発事故の被害は相当深刻のようだ。重い懸案での追及は緩まず進めるとして、今そこで苦しむ人々には手を差し伸べたい。人や物や情報の行き来から、固く閉じた殻に透き間ができることもある。
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 楼主| 发表于 2004-4-27 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》         04月27日付0 i! I: \5 U% K- x4 r

6 H/ T5 g) n' S2 v! o$ n# _9 u 殺人などの刑事事件の審理に市民が加わる裁判員制度法案が凶h院を通過した。今の国会での成立が確実で、5年後に実施の見通しという。
( {; n# y1 J# F4 f  u- e5 f# h2 ]7 \! m- J$ L2 m

1 u5 r1 n. L$ k& ]; Q5 P$ a$ d6 h+ |
! F! D6 d* p2 a4 D5 s/ J 「裁判の知識もないのに、死刑・無期などの審理をするなんて、責任が重いと思った」。先日、東京本社版の「声」欄に載った高校生の意見だ。成人に達している5年後を見据え、自分のこととしてしっかり考えている。厳しい守秘義務や、罰則を科す理由を問い、締めくくる。「私は、この抽選にあたりたくない」 6 f! Q. o. A! M8 f. Y$ D
) H7 w& K" y6 V# X
; ^" U+ i( _5 ~0 o  N
' j7 F8 v8 b7 F
 死刑や無期が絡む裁判は、限られる。しかし、その抽選にあたった時に背負う重みは相当のものだろう。先月の本社の世論調査によると「裁判への国民参加の賛否」では賛成が反対を上回ったが、「選ばれたら参加したいか」では「したくない」方が多かった。 9 Q! f& h7 R3 H* I

" g7 G+ c" l, L8 K6 Z4 s6 h  a7 \9 U3 ?

& }( l- C# K5 x* A6 E; { フランスの哲学者フーコーは、次のような状況を黙認しておくのは危険ではないか、と述べた。「裁判官らが不安から解放され、自分は何の名において裁きを下しているのか……そして、自分は、裁きを下している自分は一体何者であるのか、そういった数々の疑問に頭を悩ますことから免れて、単身、裁決に携わり続けている」(『ミシェル・フーコー思考集成』筑摩書房)
9 k  t/ o) }" i. {3 o2 B/ I4 I) Y0 R" R% I' E# w

8 c# w1 w$ @: k1 {. S1 L8 X+ j9 d& x3 P
 裁判官を裁判員と変えてみる。根源的な、とも言える数々の疑問と正面から向き合い続けられるのかという不安も生まれる。
$ E4 `- F$ k- i2 x' x# z
( U" j+ s7 Y6 F
3 t8 N7 F: S' i' t+ S
3 W3 L. x3 M) I1 {4 b8 D( G 司法への市民参加は、時の流れだろう。順繰りにせよ、国民に、人を裁くという新しい責務を求める法案である。残された国会の論議が十分尽くされるかどうか見守りたい。   _6 F( B) |) {9 X- ^

( l8 H9 L. Z! v, Y/ P
/ T7 X0 P/ v) ^" C
7 Q) u( W$ z& r! s' }: {7 l
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发表于 2004-4-27 23:00:00 | 显示全部楼层
04月28日付 8 W0 A  x& L' F, V% ~$ g7 {8 x
 
3 S' Z$ I% i# M$ a& `3 e$ N
$ O. v$ s# b- q9 i 最近の言葉から。「この孤児院の少年たちはあなたの息子であり、あなたがここに戻ってきてまた会えることを祈っています。あなたがとても必要です」。バグダッドの孤児院から、イラク人質事件の被害者、高遠菜穂子さんへのメッセージ。 ) N( |# z7 c  {) J! N" T

# R& e% X4 l/ s* w. h" }2 J7 ?* ^9 H% p4 o- d- w3 ?
: j8 u* _; ^/ H4 m' Q5 @
 北海道在住の作家、倉本聰さんは人質被害者の家族を励ます手紙を書いた。「国益はたしかに大切ですが、しかし『国格』――人格に相当する国格は国益に勝る一国の尊厳だと僕は思います。国益を重視して、人質を救出する最大の選択肢を最初から放棄してしまうこと。いかなる理由があろうとも、政府のとった今回の態度には、激しい憤りを覚えます」 7 B- j# E+ u2 ]* l( f
7 W5 }! P, R! z
  }$ a3 f5 t7 m
. b5 ~' U$ R' j, i# m, h
 「テロという不寛容への、不寛容による反撃とは別の、第三の道を探したいと願う市民が現れるのは、国際化された民主主義社会で当然のことです」と作家の大江健三郎さん。パウエル米国務長官は「より良い目的のため、みずから危険を冒した日本人たちがいたことを私はうれしく思う」 6 Q% t  k2 w2 G
, b& N& A) D7 e& p' v4 ^5 G
. D. X# F  {! `$ B: k& q/ }/ v

1 `$ P& e+ E, k8 l; [ 「見定めるのは難しい。言えるのは我々は頑強であり、これからも頑強であり続けるということだけだ」。イラク情勢の早期沈静化の可能性について、ブッシュ米大統領。 ; W# N. m) k, U; c: e* _
" |! j1 L3 n! K# V" d
# E$ Q+ r$ z' Q# x9 {8 M
5 ^  x% H& G. r" I! R
 「米国との友好関係は深めるべきだが、同盟とは一方的な忠栅扦悉胜ぁ%啸楗螗工瑜脖兢沃浅闪ⅳ工毪猡韦馈埂¥长欷稀ⅴ榨楗螗工涡峦庀啷撺伐Д
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发表于 2004-4-27 23:00:00 | 显示全部楼层
汗~~我還以爲是CD呢
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 楼主| 发表于 2004-4-28 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》      04月29日付2 X% k4 {+ Z( c5 V$ ]+ n$ c  K& m- Q+ P

6 O$ m& h) n. t. T* ], q9 ]: e. ]3 d0 ^
6 f# ~, x7 a- z- g
「僕本月本日を以て目出度死去仕候……」。明治文壇の異才、斎藤緑雨は、100年前の4月、37年の生涯を閉じた。知人に口述筆記させてあった死亡広告が、死の翌日、新聞に載った。
$ X1 z% O) M2 I  d3 \1 x- t  Q% e) F0 @

- ?% h2 i( l# D
+ L# s2 ^; z2 t 明治改元の前年の1867年に生まれ、戯作者(げさくしゃ)仮名垣魯文に学ぶ。小説の他、ユーモアと皮肉を利かせた警句で知られる。正直正太夫、登仙坊などとも称した。
, C5 N2 Z% N" g1 ~# H- ], {# H7 U4 \6 T: F% V+ ~

8 E' ^& c5 _* `/ z+ `  z
/ R1 @7 E+ E% ]/ C9 z1 X% S# ^ 死の2カ月前、日露戦争の開戦直後、出征する弟を、肺患の高熱を押して駅に送る。そして「平民新聞」で非戦論を展開する幸徳秋水に「急ニ僕モ非戦論デモ書キタクナツタ」と手紙を書く。「他ノ見送人ハ……万歳ダノ大勝利ダノト喉ノ裂ケルヤウナ声ヲ出シテ居マシタ」。兵士たちは「人々ノオダテニ仴磨啤ˉ渐伐颇谛磨衰辖瘗A勲章ノ夢ヲミテヰルノデス」(『斎藤緑雨全集』筑摩書房)
0 [& g; A; `$ }* c
2 h2 O! Y1 t, ]) ^5 ^* A# @/ h' }4 y2 S0 W/ Y8 B: T7 H

( x2 Z4 B# g: H3 s" l こんな警句もある。「正義は呼号すべきものなり、印刷すべきものなり、販売すべきものなり。決して遂行すべきものにあらず」
' a0 g/ }6 a- P( J7 m# T2 }. c6 }3 i) @( I0 R# D

; E  k8 v; ~. I! Z! W3 h3 x
; s% b2 b; h: @( d2 U% s* ? この毒舌家ならぬ毒筆家には敵も多かったが、森鴎外や幸田露伴と交わりがあった。樋口一葉が日記に記す。「正太夫としは二十九 痩せ姿の面やうすご味を帯びて唯口もとにいひ難き愛敬あり」「逢へるはたゝの二度なれと親しみは千年の馴染にも似たり」(『明治文学全集』同)。緑雨は、同じように貧しかった一葉の葬儀や死後の出版に尽力した。
3 N# G% ?! k$ Z+ X( ?; ]; b0 Q+ I3 y; e' h2 s9 k
2 Z3 W: H% A3 K! b: z
; \* }3 Q  K3 l5 ^. o: x
 緑が日に日に濃くなってゆく。昨日、東京の都心では昼前に雷鳴がとどろき、いっとき、大粒の雨が落ちてきた。この新緑のころに降る雨が、緑雨である。
8 S# h% J3 }# C4 u( h2 C& P0 Y3 l5 W3 l+ a6 a5 o( v6 s
3 R8 _3 t1 `4 i

. l. q* L( t* n1 E% \
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发表于 2004-4-29 23:00:00 | 显示全部楼层
04月30日付
' c* M" \  `, N' a* D 
/ A7 I  d* R; ^2 y, @/ V/ ^! Z: s' ^
 店に入るとまずお茶が出てくる。お茶を飲みながら食事を待つ。水と同じでおかわり自由、食後にも欠かせない。日本人の生活にお茶がいかに溶け込んでいるかの証しだろう。海外で飲み物はすべて有料という経験をしてみると、お茶文化の独特さに改めて気づく。 2 k$ X, q$ d9 H0 J

. d; M7 S5 Z1 C6 G8 K$ D0 {4 y6 ?- z  V6 H$ p, w' g( }

# t- |) N0 F+ L お茶の飲まれ方も多様になってきた。お金を払って飲む機会も増えている。売れるかどうか疑問だった缶入り緑茶が出始めたのは約20年前のことだ。やがてペットボトル入りも加わり、清涼飲料水の主力商品になった。500ミリリットル入りのペットボトルに換算すると、緑茶だけで年間35億本ほどが出回っている。 * E: N3 H% F2 C- K$ W+ C- v7 `
+ r8 [4 w4 f+ e7 p! a; f

) c# b, k! E* ?1 ?5 I# U# z5 x- M
, k& ^& `6 D2 J* K5 b8 J" @ 丁寧にいれた緑茶をゆっくりと飲む。そんな「喫茶店」もふえている。好きな銘柄の煎茶(せんちゃ)や抹茶を選んで和菓子とともに味わうことが多い。コーヒーや紅茶を飲む店とは違った落ち着きがある。 + Z2 u' c$ {4 ]: x' g6 Q" H

% t8 d0 y& U1 f7 O) c/ n$ r4 z: Y+ C6 D& a2 \

9 [9 a' X% ^& l 日本茶インストラクターという名のお茶のソムリエも現れた。99年、日本茶業中央会が創設した資格だ。歴史や栽培法などの知識を問う1次の筆記試験に、2次試験では実技が加わる。産地はどこかといった品質鑑定やお茶のいれ方が試される。これまでに千人以上が資格を取ったという。
6 q4 W" n* W( m+ ?5 _9 U9 g
. f5 p+ ^. `6 v, T# M, q9 F2 c% ^5 n  a& P: p2 W

  @2 p1 `1 y9 B0 D9 G/ | 日露戦争後、英語で『茶の本』を著した岡倉天心は述べる。西洋人は平和な時代の日本を野蛮国と言い、戦場で大々的に殺戮(さつりく)を始めると文明国だと言い始めた。だったら野蛮国のままで構わない、と皮肉を込めて日本の美を説いた。その代表が「茶の美」だった。 + a3 `8 c6 m6 L( n

  p4 v. [: e" `8 [- D8 H+ w7 I) e/ l: ~9 g4 ^5 S

$ X1 X5 j4 O3 B# t 彼の思索の跡をたどりながら、香り高い新茶を飲むことにしようか。
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发表于 2004-4-29 23:00:00 | 显示全部楼层
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% r# L0 R$ P9 V
4 i/ z5 ?7 b6 _" v; n
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发表于 2004-4-30 23:00:00 | 显示全部楼层
05月01日付 7 H' `  w( X" s% V
, F' c# m- N! @% S
  d, x1 j" r# |

1 g. ~( s9 H* K PACE(パーチェ) PACE PACE……。「平和」という言葉を連ねた横断幕が、テレビ画面いっぱいに広がる。
9 l7 i% M4 Q! g7 k1 B
' D! u' Q. q2 T3 z$ A  g' t( I4 o9 d* d
+ T- W: l1 d; e
 イラクのイタリア人人質の解放を求めて、家族や市民数千人がバチカンのサンピエトロ広場でデモをした。しかし、軍の撤退を求めるシュプレヒコールなどは無く、PACEの文字が、人々の内の切ない思いを無言で語っているようだった。 . h9 ~) k4 `+ M5 x+ y

$ J% F1 c, i' o6 I* w$ D
9 h5 t8 M4 X8 E- |# i+ H: K0 \; b( k/ f7 ]* A* b. B
 ブッシュ米大統領が、大規模な戦闘の終結を宣言してから、1日で1年になる。しかし、戦闘は、まだ激しく続いている。特にファルージャでの、住民を巻き込んだ大規模な米軍の攻撃は、終結宣言のむなしさを改めて印象付けた。
* f9 ]8 k6 ]! f- A3 Z  R4 Z8 }- u! T6 ^% ?# [) V1 M+ {
/ q: P6 a! m( z
* R0 c7 p$ x1 Z! @
 「テレビでモスク攻撃の様が見えるではないか」。イラクでの暫定政府樹立の仲介という重い役目を担う国連事務総長特別顧問のブラヒミ氏は、ファルージャ攻撃について、語気を強めた。「米国は右手と左手でまったく異なる動きをしている」という国連幹部もいる。一方の手で国連に仲介を求めながら、利き腕では相手をたたく。アナン事務総長も、米国に自制を求めた。
, |4 }: _7 P4 _, a( w4 P8 d& }+ V; d0 }, }  q/ S
0 o4 l& @4 S- P# H/ A5 a1 U, R
  d+ h5 z, N& H- N$ h9 v; q; W
 国連の2代目の事務総長だったハマーショルドは、日記にこう書いている。「暴力行為。規模の大小にかかわらず、それは苦がにがしいパラドックスである。死は意味深く――しかも殺戮は無意味なのであるから」(『道しるべ』みすず書房)。61年、動乱調停でコンゴへ行く途中、搭仚Cが墜落、死後ノーベル平和賞を受けた。 1 V! @! F4 I$ j& w( _$ Q( r

3 N2 x" s) C, i, v$ k9 S
" |' u: D/ e9 {  Q4 i
7 l  F, m' p1 C* ]5 q: S ローマから届く無数のPACEに、自分の思いを重ねた人は、世界各地に居たはずだ。
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发表于 2004-5-1 23:00:00 | 显示全部楼层
05月02日付 * _8 K7 R  z; |/ y6 o& A

3 |0 u3 u9 l$ D4 `) S9 Z; V6 i1 A. F. F* U  c
$ T! I8 U6 E  n# K6 f9 F- k1 g* V
 死者たちは何を語りかけるのか。米国では、増え続けるイラク戦争の戦死者の扱いをめぐり、論議が起きている。
; E9 h' M! P# z4 @0 T) q  l& `% I( _+ b& O4 R: Z
/ S$ Y' W! @/ l% S/ L( [
' s0 k4 g/ x0 U- y2 N0 ^* p
 30日夜、米ABCテレビのニュースショー「ナイトライン」は、イラク戦争で死亡した700人を超える米兵の名前を延々と読み上げた。画面には彼らの写真が次々と流れ、終了までに40分を費やした。
( N4 L0 C; x/ n. W9 s6 m; s& n2 Q- e
( `$ V, f- x! o# l% f8 S8 c

' q5 F1 n; _0 y1 F3 \1 N 戦死者を政治的に利用し、反戦意識をあおっているとの批判が出た。読み上げたキャスターは「番組のねらいは、戦争反対でも戦争支持でもない」と反論、制作者は「数字として計算される戦死者から、顔も名前もある一人の人間に戻ってもらう儀式だ」と語る。
! V7 w( r4 F( G0 T- V  I5 T$ g* P
8 Y  |, f" A4 G/ ?/ t8 }
! b4 r- z' C; @4 i& H6 m
) m, C% F3 t- t' [# y 少し前には、イラクで死んだ米兵の遺体を納めた棺(ひつぎ)の本国帰還を撮影した写真がインターネットで流れ、新聞やテレビが紹介した。情報公開法に基づいて入手された写真だった。国防総省やホワイトハウスは不快感を表明し、公開の制限を指示した。星条旗にくるまれた棺は、米国民の感情を深く揺さぶる。その感情が「反戦」に揺れることを政府は恐れるのだろう。 & P9 p  z0 h/ P0 b  J# R' v

% j* r9 _& T: u+ j; [
! b1 E5 D; n8 @7 k7 G/ ?  E# `# Q7 g( ~0 f1 E
 第二次大戦後まもなく、日本の詩人はこんな詩を書いた。「わたしの屍体を地に寝かすな/おまえたちの死は/地に休むことができない/わたしの屍体は/立棺のなかにおさめて/直立させよ」(田村隆一「立棺」)。戦争による膨大な死者たちの無念の思いがにじみ出る。 5 C" q8 K; A6 R9 c0 ], U' H: I' E
, k% s/ R3 u& j3 K) C2 i( A
, ^7 J5 ~7 |* O( ?& E5 y! x2 @8 G4 {

8 d: d+ f3 d; }7 `3 V  L 生き延びた者たちが、死者の思いをくみとらざるをえない。米国の人々も、いま真摯(しんし)に死者と向き合おうとしているのだろう。そのとき、死者たちは何を語りかけてくるのか。
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发表于 2004-5-2 23:00:00 | 显示全部楼层
05月03日付 1 w5 P; s: g% M7 [4 o( y$ ]- T
 ) R& g3 ^. S! W8 l/ t
 
0 {% h1 g* j8 K9 }* |: j
- `  `" F  A$ B! M5 R2 z" _3 | 「俺はきょう、虫の居所が悪かった」。それだけで配属されたばかりの自衛隊員を次々殴り倒す。トイレ掃除にぞうきんも使わせず、素手でさせる。さらには便器をなめさせる。陰湿ないじめを受けた後輩がついに先輩に殺意を抱く。
( l2 v9 z9 V" @
: w& J% k, S- j/ A0 @
7 T3 K2 n8 g! U3 W" j' T3 f& b) V( s/ ^. t) b" l
 自衛隊にいたことがある作家浅田次郎さんの短編集『歩兵の本領』(講談社文庫)には、1970年ころのそんな話が出てくる。まだ旧軍出身者がかなりいた時代で、理不尽な制裁の伝統も残っていた。
4 [$ w( w( J' ~7 `6 Y: C' d  d0 j
: z& ^8 H0 J+ d5 m4 X
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( p; f, m0 A  S/ q7 k% N 旧軍の日常を描いた古典ともいえる野間宏の小説『真空地帯』(52年)を思い浮かべる。そこに描かれる光景は、そのまま浅田さんの小説につながる。野間の表現では「人間ハコノナカニアッテ人間ノ要素ヲ取リ去ラレテ兵隊ニナル」「兵営には空気がないのだ」 3 n) Z3 G' T2 {  c( o7 @8 W3 L' _

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* }, h! |  z9 p* b 自衛隊は旧軍から「脱皮」して様変わりを重ねてきたようだ。最近では、安定した公務員、あるいは災害救助や国際貢献で注目を浴びる職場として志願者が多いそうだ。世間の見る目も変わり、もはや「真空地帯」とはいえないのかもしれない。
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 浅田さんは「ろくでなしの荒くれ者が多かった」ころの自衛隊に愛着を感じている。その愛着をひきずったまま、小説形式でイラク派遣の自衛隊に「撃たれても撃ち返すな」と呼びかけた(日本ペンクラブ編『それでも私は戦争に反対します。』平凡社)
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* |" o6 L4 |$ u 「世界一ぶざまで滑稽な軍隊」だが、誇りがある。「それは、五十何年間も戦をせず、一人の戦死者も出さず、ひとつの戦果さえ挙げなかったという、輝かしい不戦の軍隊の誇りだ」と。
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 楼主| 发表于 2004-5-3 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声人語》         05月04日付& D+ J3 t0 m% Z% y! E9 a( p
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& }% C& X6 H7 A- c8 `4 G( q 晩年のアインシュタインに寄り添ってきた「最後の恋人」といわれる女性の日記が米国で見つかった。女性は、81年に80歳で亡くなったチェコ出身のジョアンナ・ファトバさんである。
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 ナチスから逃れて亡命したアインシュタインの米国での落ち着き先がプリンストン高等研究所だった。ファトバさんはプリンストン大学の図書館員だった。ただし二人のつながりはそれだけではない。 % U2 Z3 h9 m8 m' O

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( f: W" e# B! `2 \4 p1 H9 l 「アインシュタインはプリンストンでは決して安らぎを得なかったと思う。彼は戦前のヨーロッパを懐かしがっていた。ファトバさんは、彼をひきつける旧世界に属していた」という友人の見方をニューヨーク・タイムズが紹介していた。二人が初めて会ったのは戦前のベルリンだったが、それ以前の縁もあった。
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 ファトバさんの夫の母ベルタ・ファンタ夫人は、20世紀初頭のプラハでは高名だった。文化人が集うサロンを主宰していた。若きアインシュタインも出入りしていた。プラハに暮らす作家のカフカは、このサロンでアインシュタインに会い、相対性理論に関心を持ったという。 + _( Y0 b0 l2 `9 P* f
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- W' B, O$ h" \4 \0 Z+ M+ k プラハはモーツァルトが愛した街でもあった。1787年の歌劇「ドン・ジョバンニ」初演はこの街だったし、交響曲38番は通称「プラハ」で知られる。アインシュタインは古き良きヨーロッパ文化を体現するプラハの匂(にお)いを、ファトバさんからかぎとってもいたのだろう。 7 z4 x& t! d6 c- k% V

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 1日から欧州連合(EU)が東へ南へと大きく拡大した。プラハにも祝祭気分があふれたという。新参者ではあるが伝統豊かな古都でもある。 ( P& U& x& @/ s/ X

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发表于 2004-5-4 23:00:00 | 显示全部楼层
05月05日付 0 S6 @% r/ E  p0 c

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+ ?- x6 H& d( \' _ 「自分の著述は時が経(た)つにつれて忘れられるであろうが、この書物だけはきっと人々の記憶に残るにちがいない」。トルストイが、そう語ったという『文読む月日』(ちくま文庫)を、時に開く。
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+ W$ @6 x/ ]% x* Q 1日を1章にして1年分、古今東西の警句に本人のものも加えて編んだ大冊のアンソロジーだ。「5月5日」の章には、子供や、子供と大人に関する文が並んでいる。   o/ I/ P* ~1 O/ Q5 Q$ x
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$ V! f$ _% V: |& L8 j$ g 「子供らに対しては、彼らが成人してからも何一つ付け加える必要のないほど完全に理解できる事柄だけを教えるようにしなければならない」「子供との約束は必ず守れ、さもないと彼を虚言に慣らすことになるであろう」。大人に、厳格さや厳密さを求める印象が強い。応えきるのは、難しい。
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 トルストイには、子供と大人の問答形式の作品「子供の智慧(ちえ)」もある。宗教、国家、教育など人生の大きなテーマに、子供の真っすぐな視点を使って鋭く迫ろうとする。その中で「真理というものは子供の唇から流れて出ます」と、ある母親に語らせている。
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 子供とは、世の柵(しがらみ)をまだよく知らない存在とも言える。知ってしまった方が繰り出す「建前」と、知らない、あるいは知りたくない方が突き出す「真理」との間で揺れ続けるのが人の世か。   ~  P6 [- \( L8 X

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& u: v: m  Q, u4 i$ M5 r5 B+ ~: z7 N8 h' y! U- X, J! q
 昨日、通り道の幼稚園で、こいのぼりを見た。まごい、ひごいは泳いでいたが、そばの小さな青いこいは、体がロープに絡まって尾ひれの先しか見えない。世の柵に絡まったようで気の毒だが手は届かない。せめて5日には、ショウブの束をこいに見立て、ゆるりと泳がせたいと思った。
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发表于 2004-5-5 23:00:00 | 显示全部楼层
5月6日は新聞休刊日のため、「今日の朝刊」ページは更新がありません。
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发表于 2004-5-6 23:00:00 | 显示全部楼层
■《天声(てんせい)人語(じんご)》
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4 P- m& U  v0 _" U- B& i
" B& _6 [& ]  U% o- l+ I4 J9 H% i1 |; C  L& g0 g: v( o" G

+ t( D! X  H# k. V2 F( V: e4 l7 P% \: Q1 ~6 z. y% d& T. t2 z
 電気(でんき)ショック、性的(せいてき)虐待(ぎゃくたい)、目隠(めかく)し、後(うし)ろ手(で)しばり……。拘束(こうそく)した人々(ひとびと)に対(たい)する、これらのおぞましい行為(こうい)の報告(ほうこく)は、最近(さいきん)流(なが)れたイラクの刑務所(けいむしょ)での映像(えいぞう)についてではない。フセイン元(もと)大統領(だいとうりょう)が既(すで)に実権(じっけん)を握(にぎ)っていた二(に)十(じゅう)余(よ)年(ねん)前(まえ)の拷問(ごうもん)についての、人権(じんけん)団体(だんたい)アムネスティ・インターナショナルの記述(きじゅつ)である(『世界(せかい)の死刑(しけい)/拷問(ごうもん)情報(じょうほう)』大陸(たいりく)書房(しょぼう))。
7 Q4 n$ }# X5 b6 w- l  g" @7 G) K! ~$ s, L' V: \) Z( z
! S  \" s- H# T8 C

* j" `4 u. Y- Z" a. M  X3 ] この報告(ほうこく)にある行為(こうい)と似(に)た映像(えいぞう)や報道(ほうどう)を見聞(みき)きして、イラク戦争(せんそう)への疑念(ぎねん)が一層(いっそう)深(ふか)まった。戦争(せんそう)に、こうした行為(こうい)が伴(ともな)うことを歴史(れきし)は繰(く)り返(かえ)し示(しめ)してきた。それを知(し)らないはずはないのに、「民主(みんしゅ)化(か)」すると言(い)いつつ、圧政(あっせい)の時代(じだい)に戻(もど)るかのような行為(こうい)を自(みずか)らがしていたとは。
& F. n; ?/ r3 p+ E, f) N* s4 m+ X: [+ e* J2 r

1 Z: \" I3 Y( R# N1 d. w8 D6 ^0 o6 v% v2 b- V; j
 「国(くに)として遺憾(いかん)の意(い)を表(あらわ)すべきだ」「アフガンでの拘束(こうそく)者(しゃ)に対(たい)してかねて問題(もんだい)視(し)されていたことが表(ひょう)になった。組織(そしき)的(てき)な問題(もんだい)だ」。米紙(べいし)でも厳(きび)しい論評(ろんぴょう)が目(め)につく。 8 D! r* b; w$ k8 v" `- u

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$ ^$ w0 m" B  x$ v% Q: a- \3 M/ O' V
 ラムズフェルド国防(こくぼう)長官(ちょうかん)が「非(ひ)アメリカ的(てき)行為(こうい)だ」と述(の)べたことについて、ワシントン・ポスト紙(し)は、米国(べいこく)人(じん)だけが、こうした行為(こうい)を免(まぬか)れられると思(おも)うのは考(かんが)え違(ちが)いだと指摘(してき)した。 . H) Q: ^% E0 M3 r) Z( R

: \6 m+ Y  ?, C7 {! C
; a) k8 G+ K: `' ?1 p6 p! _3 B/ }/ H3 i+ \) ?7 x- v$ K5 F; F
 「9・11の前日(ぜんじつ)までには受(う)け入(い)れられなかったことが、今(いま)やほとんど当(あ)たり前(まえ)になってきている」。テロ対策(たいさく)などを名目(めいもく)に米国(べいこく)などが人権(じんけん)を侵害(しんがい)していると、アムネスティの事務(じむ)総長(そうちょう)が批判(ひはん)したのは、1年(ねん)近(ちか)く前(まえ)だった。虐待(ぎゃくたい)の土壌(どじょう)になったのだろうか。
" k9 D4 L. e/ G. n8 t. I2 ]
+ \* s* W5 S, l- \! R! u5 K' y
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/ h/ @4 `" u. h' t( y) c 今(いま)、虐待(ぎゃくたい)と書(か)いたが、虐待(ぎゃくたい)は塀(へい)の外(そと)や動物(どうぶつ)に対(たい)してもある。情報(じょうほう)の吐露(とろ)や自白(じはく)を強要(きょうよう)するための虐待(ぎゃくたい)ならば、「拷問(ごうもん)」の方(ほう)が、ことの性格(せいかく)を、より明確(めいかく)に表(あらわ)すのかも知(し)れない。
7 f  y0 p$ h* @+ I+ o9 Q4 ]& y
) O8 O$ G/ ~- _1 p
, O/ R: s+ {+ K- u2 z  j: U+ T2 ?! }
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