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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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发表于 2006-6-26 08:06:38 | 显示全部楼层
2006年06月25日(日曜日)付
4 j$ l4 L  l9 i4 }$ v/ h% ?# @, p7 r
 アナウンサーの金子勝彦さん(71)が東京12チャンネル(現テレビ東京)で、「三菱ダイヤモンドサッカー」の実況担当を始めたのは68年のことだった。週1回、世界のサッカーを紹介する番組は約20年続いた。中高年のサッカーファンは声を聞いただけで、金子さんとわかるのではないだろうか。
1 ~7 v5 O7 J/ d; y0 B6 D* ]: ~/ J1 E3 c) y' w+ J
 番組にとって最初のワールドカップ(W杯)となったのは、70年のメキシコ大会だ。現地からの録画映像に東京で音声を入れ、毎週毎週1年間にわたって放送した。全試合を生中継する現代から見れば、隔世の感がある。- c6 E5 I3 L7 R

' J! @. j  s* X% G2 A 初めての生中継となった74年西ドイツ大会の決勝戦は、参院選の投開票日と重なった。他局が開票速報を流す中、地元西ドイツがオランダを破って優勝を決めた光景を、金子さんだけが日本に伝えた。視聴率は3・7%だった。( n$ j4 Q8 `1 ]7 D4 L( k3 B
! ]5 k8 x# ?. Y# y) U( E' p
 以来フリーに転じてからもW杯にかかわってきたが、01年に肺がんの手術を受けてからは、4年ごとに開かれるW杯が自分にとっての一里塚のように思えてきたという。+ c1 ~2 x# B( T" H8 W5 g! S
/ R  D( j/ @0 X0 l# d* O2 g. C% v
 手術当時は声がきちんと出るか不安で、今回のドイツ大会などはとうてい無理だと思っていた。しかし、次のW杯まではがんばりたいという気持ちのせいか、しだいに健康も回復し、今回の決勝戦はCS放送で実況を担当することが決まった。32年前の思い出が残るドイツの地に来月初め、再び向かう。
; R, t7 I9 e- J7 _, D1 f" t8 Q( g. z1 v+ r0 k: B. G0 p/ w' ~& p5 d4 M
 「W杯がどんなに楽しいものかを、扇情的なことばを使うのではなく、淡々と伝えたい」。4年後の南アフリカ大会については、決勝戦が終わってから考えることにしている。
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发表于 2006-6-26 08:07:55 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年06月26日(月曜日)付 - j! D8 K# W; W; h) s

, Y) t  x; G1 M, i 30年以上前のことだが、通っていた中学校に米国から日本人の女生徒が転校してきた。英語はもちろん完璧(かんぺき)で、2カ国語を滑らかに話すバイリンガルに会ったのは、初めてだった。; V/ J; `' k# a& M8 R) ~! d) g
6 ~/ a. l7 h. K& B/ [! P
 「これが本場の英語か」と驚いた。ところが、休み時間になると、その子が1人の同級生に「○○ちゃん、久しぶりね」と話しかけている。2人は数年前、米東部の日本語補習校で同窓だったという。* R+ c' a/ R/ {) w( G  w3 K. R
5 R' H9 p8 q* r* R) ~& {
 だが、もう1人の子は米国帰りの経験はおくびにも出さず、英語の時間にはわざとカタカナ発音で読んでいた。同質性を重んじる日本社会では目立ってはいけないという処世術だったのかもしれない。9 y( [2 [. i7 M8 }

1 c$ U& [3 O+ e0 B! W 帰国子女が増えた今は、どうだろう。バイリンガルは、英語と日本語を自由に行き来できると思われがちだ。幼児英語ブームや、小学校から英語を教えるのも、バイリンガルへのあこがれが背景にあるからではないか。だが、そんな単純な話ではないようだ。
. }5 {' G: q4 S& K5 O9 p9 w% I) N$ w5 T0 |
 英語学習者向けの週刊紙「朝日ウイークリー」(6月25日号)が彼らのホンネを座談会で特集している。自分がどちらの国の人間なのかアイデンティティーに迷う。英語では明るくオープンなのに、日本語では別人格になる。帰国子女は日本の会社では使えない、という先入観にも直面する。悩みは尽きない。+ G* b' e( Z( T  L) |: g

: M. t: M2 J( t+ o  M しかし、複数の言語と文化に触れた経験から、「たぶんどの国に行っても、その国を理解しようという許容範囲が広いと思う」(英字紙記者)という面もある。外国語の能力よりも、そうした心の柔軟さこそ、彼らから学ぶべき点かもしれない。
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发表于 2006-6-29 10:49:08 | 显示全部楼层
2006年06月27日(火曜日)付
) {+ l" [. G2 K: \& X- s+ T: j' W
1 F: C( z1 W/ u4 S 「その時、父が私の手を離したのです」「父親なら離すまい……それはコマロフスキーだ」。ロシア革命を挟む激動期を舞台にしたデビッド・リーン監督の映画「ドクトル・ジバゴ」の印象的な一場面だ。
! g7 N5 L) k+ Q: Q2 W- ?: B  W. s5 x) ?& j6 _
 子供の頃、混乱の中で手を離して迷子にさせたのは実の父ではないはずだと、主人公ジバゴの兄が、ジバゴの子と思われる若い娘に語る。我が身に危険が迫った時に手を離して逃げるか、離さないか。そこに一本の線が引かれていた。* ^+ F+ x/ w+ S  C' ]  r& c( M
; {* p: o$ s7 v/ I0 Y$ L
 母の手が離れた——。昭和20年5月、米軍の東京空襲の猛火の中で、青年は手をつないで逃げていた母を見失う。生と死が分かれた。その責めを負い続けて長編詩「炎える母」を著した詩人・宗左近さんが、87歳で亡くなった。
& B, T% `6 ]6 v( e
6 V! P3 g$ g; ^ 「いない/母がいない/走っている走っていた走っている/母がいない」。母や戦死した友を詠んだ詩は、戦火で奪われた幾多の命への鎮魂でもあった。- j4 o6 K9 J, H( |4 l( B

0 r1 f, E) S4 N% R* y 宗さんが編んだ詩集に『あなたにあいたくて生まれてきた詩』(新潮文庫)がある。子供から詩人までが登場するなかに、小学1年生の作もある。「あさがおさん/おげんきにいますか/はい/いますよ」。宗さんは記す。「この人間の自然への呼びかけと、この自然の人間への語りかけ、これこそが詩です」
. a# Y, `6 ?, N+ o$ L; }% G% n1 s" [- @" S& W
 「あのねママ/ボクどうして生まれてきたのかしってる?/ボクね ママにあいたくて/うまれてきたんだよ」。3歳の子が話しかけてきた言葉を、母が書きとめたという。命への切ない思いの底には、地上で焼かれたあの日のことが深く刻まれていたのだろう。
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发表于 2006-6-29 10:51:06 | 显示全部楼层
2006年06月28日(水曜日)付
6 R7 ~6 [+ M& m! ]( O) R7 [  }) V6 ^
( N4 M* s  ~, _+ B% W3 b 半世紀近く前のことである。学校からの連絡や保護者の短文を載せたガリ版刷りの学年通信が、時折配られた。ある時、万葉集から山上憶良の歌を引きつつ我が子への愛をつづった、ひとりの母親の随想があった。
; G2 }/ Y$ D9 S* f; j
) `0 o0 X: i' S/ D! C  C8 G: W0 I2 S8 C 〈銀(しろがね)も金(くがね)も玉もなにせむに優(まさ)れる宝子にしかめやも〉。母親の率直さに驚きながらも、大きな愛に包まれているだろうこの生徒の家を想像した。# m0 z1 u% {7 }

$ p( d) w9 M! F7 Q. q+ g6 X 憶良の歌は、子どものかけがえのなさや、やむにやまれない親心を表している。そうには違いないが、いにしえの世からこの歌が光り輝き続けていることの裏には、この宝の、一筋縄ではいかない扱いの難しさがあると思う。
" }1 N; u" N: l5 k$ L& P+ b4 C1 L* {  E5 S& Z6 W3 A. O2 T: V
 親は、子のためと思って、時には厳しく子どもに接する。子どもは、従うか、無視するか、抵抗する。子が、親の厳しさを自分のためと思うか、親自身のためと思うか。この辺りが一つの分かれ目だろうが、厳しさの案配は悩ましい。1 H8 N! ^- X' f& }
0 H  U, X, v+ O; F( e
 「おとなは、だれも、はじめは子どもだった。(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)」(サン=テグジュペリ『星の王子さま』岩波書店・内藤濯訳)。大人は必ず子どもを経て親になるが、子どもに親の経験はない。当たり前のことだが、難しさの根本は、こんなところにあるのかも知れない。$ _9 p9 @) _. t3 K
$ X+ t/ D0 i+ @$ q' E
 サン=テグジュペリは、こうも述べている。「子ども時代、だれもがそこから出てきた広大な領域!」(『戦う操縦士』みすず書房・山崎庸一郎訳)。それぞれがたどってきた広大な領域を思い起こしながら、ゆっくりと、深呼吸でもしてみようか。
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发表于 2006-6-29 11:07:56 | 显示全部楼层
2006年06月29日(木曜日)付7 W* |& l5 D" Z3 d, ?4 _

. L, K7 V6 L, u% i2 `# Q0 w( _ 「もし完全になりたいのなら」とイエスが言う。「行って持ち物を売り払い、貧しい人々に施しなさい」。更に弟子たちに述べた。「はっきり言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」(聖書・新共同訳)。
/ z' H% V6 I, R8 l" O  s" x5 u, `6 O2 G( |, j9 U. w0 A
 世界第2位ともいわれる米国の富豪で、著名な投資家のウォーレン・バフェット氏が、4兆円余りの資産を寄付するという。その大半は、マイクロソフトのビル・ゲイツ会長夫妻の財団に贈られる。「税金を払って財務省に任せるより、夫妻の財団はお金の効用を最大化してくれる」2 Y2 n7 r4 D+ _# e
) p. w# o3 h  r
 これまでも、ブッシュ政権の掲げる遺産税廃止など、相続負担を減らす動きを批判してきた。経済格差を助長し、資産家の子どもを甘やかすからだという。2 L( t+ Q! {3 v. q! J# P, V+ U/ U" G5 H
3 b" G, t$ D% R1 h) q8 [0 ~
 米国での株の暴落による大恐慌のさなかの30年に生まれた。小さいころから数字に強い興味を示す。天気のよい日には、家の前を行き交う車のナンバープレートを記録して一日をすごした(R・ローウェンスタイン『ビジネスは人なり 投資は価値なり』総合法令出版)。3 f& v& d# C( t$ w6 ~
9 A- n. e6 o3 b7 i2 \0 V0 N5 \
 お金への興味も強かった。5歳のとき、家の前にガムを売るスタンドを設けて通行人に売った。9歳のころには、ガソリンスタンドの飲料の販売機にたまるビンのふたを数えて遊びながら、人気の銘柄を調べた。& o; }5 }$ E" d- f* }* W$ U; O

2 E  ~; J0 |" n( H 先日起訴された村上ファンドの前代表も、9歳で投資を始めたという。幼い姿には通じ合うところもある。しかしプロとしての姿勢には、大きな違いが出たようだ。
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发表于 2006-7-2 13:05:44 | 显示全部楼层
2006年06月30日(金曜日)付
8 I5 C3 G7 T. p* p  e  V; c* J
7 J6 i( l9 j9 ]! b 最近の言葉から。「サッカーはみんなで一汗かくのが何より楽しい……これからも生涯現役でプレーできたらありがたい」。甲府市の元教員、丸山芳弘さんは91歳。サッカー歴77年で、ワールドカップの歴史より1年長い。今も練習試合に参加する。
1 i6 @" x0 D1 S0 p+ V$ C1 H1 l
4 v6 k4 d7 p; w5 W2 f- O( m3 E" p 日本代表は1次リーグで消えた。「自分が知りうるすべてを使ってチームを導いてきたつもりだ。悔いることも恥じることもない」とジーコ監督。「一時的に離れるが、日本と別れるわけではない」と言い残して成田を飛び立つ。
! o* g7 B5 b4 g% ~; ]: v/ `2 b3 s3 ~; w
 沖縄慰霊の日の追悼式で、高校3年の池彩夏さんが自作の詩を読んだ。「米軍の戦闘機は/耳をつんざく爆音を落とし/勝手気儘(きまま)に飛びまわっている/いったいぜんたい/沖縄戦はどこに消えたのか」
& ~4 v* M+ M0 Q5 o: {9 p0 W
% m6 I* C# W  q 下校途中の娘を殺害された広島市の木下建一さんは、報道機関に談話を出す時、娘の名を「あいり」とかぎかっこを付けて記してきた。「あえて強調しました。娘は『広島の小1女児』ではなく、世界に1人しかいない『木下あいり』なんです」
; J& M2 v/ P7 y* j. Y: P8 {0 g& l3 ~+ Q6 t# ~5 d
 「Takashiの影響でドイツ各地に大雨が……」。昨秋、欧州の気象図に日本人らしき名が現れた。3万円弱で低気圧の命名権を購入したのは徳島市の気象予報士、橋本隆さん。「雨の被害がでたらどうしようかとどきどきしてたんですけれど、何事もなくよかった」# y6 I& d/ ~) K5 b2 j
" C1 Z, Z, t, k
 青森県弘前市の東目屋中学校のリンゴ園では、生徒が「自分の木」を決めて育てている。「リンゴを通して子どもの心が育っていく」と校長。どちらもが、たわわに実りますように。
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发表于 2006-7-2 13:06:19 | 显示全部楼层
2006年07月01日(土曜日)付: C$ N, h& W3 H: y5 ^+ U0 E1 ]
# E  M, r3 Q/ u; n9 V( H
 ビーフ、ジュークボックス、ラブミーテンダー。ワシントンでの日米両首脳の記者会見で、「笑い」が起こったという場面だ。
( s) W. m  ^6 a$ [! S
6 x/ r8 A" u, |7 J ブッシュ氏は、日本が米国産牛肉の輸入を再開することに礼を述べたうえで、首相も牛肉を食べて非常においしいと言ってくれたと付け加えた。ブッシュ氏からすれば、輸入再開は、相手が「卒業旅行」に携えてきた、おいしい手みやげだったのではないか。' ^& L, F( ~) O( a: ~6 O

+ a0 j  U# V, W0 W/ O エルビス・プレスリーの大ファンの小泉氏に、大統領はジュークボックスを贈ったという。「最初にかけたのは何でしたっけ、『ハウンドドッグ』?……うん、彼はエルビスが大好きなんだ」' M+ }. S5 l! G! |1 S

: w  {: w6 Q2 X0 w7 h! D 小泉氏は、そのプレスリーの曲名を口にして会見を締めくくった。「サンキューベリーマッチ、アメリカンピープル、フォー・ラブミーテンダー」
% j; S' U, L1 B8 U/ K* {. A* m
4 ~. A, Y' S, L( X 相手の趣味を考えて何かを贈り合うのは、はたから見ていてもほほえましい。そこで起こる「笑い」なら明るいが、この会見での「笑い」には、ひっかかるものがある。親しさを強調したいのは分かるのだが、公の場で見せつけては、心地よいジョークにはなりにくい。- Y8 @- e& j5 g$ M  O* ~
( P4 {5 Q& @' `2 n/ ~
 日本には、地元の了解は後回しにしたままの米軍再編や、冷え切った東アジアの外交など、難問が山積している。一方の大統領の支持率は低迷している。ふたりは、そろってテネシー州のメンフィスを訪ね、プレスリーの邸宅「グレースランド」を見学した。『好きにならずにいられない』は首相の好きな曲の一つだというが、ふたり並んだところで口にする場面は、あまり想像したくない。
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发表于 2006-7-2 13:07:01 | 显示全部楼层
2006年07月02日(日曜日)付6 T3 A* V& n  j2 S! {
1 F) }. J4 w- J  f% X0 q
 「やがて、山塊に縁取られた巨大な容器に、水が満々とたたえられ、残照をあびて盛りあがり、あふれんばかりになっている光景がひろがった」。辻原登さんが昨年、本紙に連載した小説「花はさくら木」の一節だ。主人公の一人、田沼意次が京から琵琶湖畔に向かう時の状況を、こう描写している。
& G) @" Y# B% A7 K+ }7 R5 Y$ H
1 B1 Y" B& D; p6 [4 x3 \0 S" o 現代でもJR湖西線の鈍行列車に乗れば、1時間近く車窓を占拠する湖の大きさが感じられる。その北西岸、滋賀県高島市マキノ町の浜辺が今年、「快水浴場百選」の一つに選ばれた。水質や景観などをもとに、環境省が全国から選んだものだ。
4 J2 u; i# H+ V. h6 m! D5 R/ x* z6 d/ J5 X5 X+ e: [3 q9 O* T
 海水でなく、「快水」としたのは、川や湖も選考対象にしたから。しかし淡水で選に入ったのは、マキノ町だけだった。海に比べ、川や湖は生活排水の影響を受けやすいためだという。
  L* `6 g  p- U9 w6 k
6 T" x/ j. I' r7 _ 7月に入ったきのうは、各地で海開きや山開きの行事があった。マキノ町でも浜開きの神事が執り行われ、水の安全を祈願した。小雨交じりの曇り空で、残念ながら観光客の姿はまばらだった。
7 y5 o0 g, @; }
) {6 I- U* r; _9 D ちょっと水に入ってみたが、まだ少し冷たい。透明度はさすがで、ゴーグル越しに大きなコイ2匹が泳いでいるのが見えた。クラゲがいないのもうれしい。プール感覚だが、もちろん塩素臭さはない。水からあがっても肌がべたべたしないのが心地よい。まさに、快水だった。: `: ?0 E+ v4 O

) C8 ^. _- y5 x/ p2 \! h7 Q& Q" j こんな、いい環境のせいなのだろうか。自分の流した水がすべて、この「巨大な容器」に入るのかと思うと、湖岸の宿でも洗面やシャワーの際、ふだん以上に気をつかっている自分に気づいた。
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发表于 2006-7-5 17:14:19 | 显示全部楼层

【天声人語】2006年07月03日付

 夏のボーナスで、ひと息ついた。この時期、そんな勤め人は多いだろう。お金というのは不思議なもので、目の前にあれば使いたくなる。それが自分の金なら散財もご愛敬だが、公費なら話はそうはいかない。
0 v) s. c3 F% o9 }1 Z  v; z/ f+ @/ O+ |( `( B8 I+ A4 |+ V
 先ごろ国会で気になる質疑を聞いた。警察の捜査費問題だ。捜査費のうち国費分が00年度決算の約80億円から、04年度には約26億円に激減していた。5年間でほぼ3分の1だ。同じ期間に都道府県費の捜査用報償費も約6割減っている。* U% s" V2 t4 m2 r( d7 P7 x) @

2 C. ~! I% ?3 s0 ?2 D4 y$ J: f0 o9 B, ] 本来は、協力者への謝礼や追尾中の駐車代といった経費にあてる金だ。それを各地で組織的に飲み食いに回していて世論の批判を浴びた。その途端、しぼんだ。まるで、もともと多すぎて、浪費を招いていたように見えてしまう。# U! G4 {* I" h0 d# {
# S% S, R, s6 w# a2 O
 不自然さを問われた国家公安委員長は減った理由を並べた。情報収集に長じたベテラン捜査員が大量に退職したから。インターネットやDNA鑑定など捜査の手法が多様化したからなどなど。わかったような、わからないような。もやもやする思いでいたら、面白い報告書を見つけた。
# U* M! ?, e% Z6 |; W+ X4 C0 |5 i; I0 O6 `) W
 高知県の監査委員4人が今年2月にまとめた。捜査費の急減を「適正に執行されているものであれば、なぜここまで減少したのか理解に苦しむ」と指摘している。調べた事例も具体的だ。3人の捜査員が同じ日に同じ店で別々の協力者に会ったが、領収書の発行番号は連続していた。出張先から帰る日に駅の売店で協力者への謝礼品を買ったなどなど。
" v" _( O6 i% o/ G7 b5 s* I
9 R: X# h: N8 z6 J" C! g 改めて自分のボーナスの明細を見た。公費になる納税額を確かめずにいられなかった。
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发表于 2006-7-5 17:16:33 | 显示全部楼层

【天声人語】2006年07月04日(火曜日)付

 ワルシャワで、キュリー夫人の生家跡に行ったのは厳冬期の2月だった。雪道の先にある「キュリー夫人博物館」を巡りながら、物理学、化学と二つのノーベル賞を受けた人の幼い日の姿を思い描いた。
) ]1 q6 g, Q( x; \3 n; V
) Q+ }/ B7 }- X% t* m1 [0 A 成人してパリの大学に学んだが、極貧状態だった。娘エーヴの『キュリー夫人伝』(白水社・河野万里子訳)に、こんな一節がある。「七階の屋根裏部屋が凍りつくこともあった……石炭の蓄えは、すでに尽きている。だが、これぐらい、なんだというのだ。ワルシャワから来た娘が、パリの冬ごときに負けてたまるか」4 Y& Y+ Q1 Q/ |
# d; W3 K  E  w& u7 l
 重ね着してベッドに入り、毛布の上にも服を重ね、その上にいすまで置いたという。苦学力行の末にラジウムの分離に成功し、科学の新しい世界を開いた。7 }/ ]* d$ a* E. p. h

& L) v0 d* t6 R ラジウムの製法で特許を取る道があると知らされた時、情報を独占しておくのは「科学の精神に反する」と断った。私利よりも公を優先する思いがしのばれる。  m* F: d! j0 ]- u) `4 K0 n9 y

6 n* K- W% k6 B; u 年々膨大な研究費を計上する現代日本では、公的研究費の不正流用が繰り返し発覚している。早大理工学術院の松本和子教授は900万円を教授名義の投資信託口座で運用していたという。+ `' d$ v  \# }8 b) q( ]6 M4 J+ Z

4 |& I0 o8 o0 x5 q( L% T" p 「科学には、おおいなる美がある……実験室にいる科学者は、単なる技術者ではありません。まるでおとぎ話を聞いたときのように胸を打たれて、自然現象の前で目を輝かせている子どもでもあるのです」。このキュリー夫人の言は、おおいなる美に至るには純な心が要る、とも聞こえる。白血病のため66歳で逝ったのは、1934年の7月4日のことだった。
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发表于 2006-7-5 17:17:18 | 显示全部楼层

【天声人語】2006年07月05日(水曜日)付

 「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」。芭蕉の「おくのほそ道」の冒頭だ。この「月日は永遠の旅人……」の一節からは、月日の上を歩む人もまた旅人かといった連想も浮かんでくる。
2 K2 Y/ J) L  S: m+ b7 V* w' |$ O" J- u* l! x# p) f1 `% @
 「人生とは旅であり、旅とは人生である」。サッカーの日本代表、中田英寿選手の「引退宣言」の見出しに、そんな文言があった。29歳の青年と、「人生とは旅……」との取り合わせに、面白みを覚えた。; }9 Y) d2 J( o  G3 n& E/ |

" v8 q; {  ?" S4 r5 F) U' ?# o: R4 W 確かに、サッカーの世界では、多くの旅を重ねてきた。国内にとどまらず、外国に進出した。日本選手のさきがけのひとりで、時代のフォワードだった。* I9 y) P, N; I. y3 d/ _

# j4 q, z8 P6 J+ C4 v# X, X9 h& F ゲームでの働きも、その風貌(ふうぼう)にも、独特の存在感があった。何かに噛(か)み付いてゆく、たけだけしさを備えていた。その姿が見られなくなることには、一抹の寂しさがある。しかし「中田英寿の旅」は、まだこれからも続く。
- r- F7 p2 b) w; i) h7 L) h! M- t" _
 歌集「独り歌へる」に、「私は常に思つて居る、人生は旅である」と記したのは、若山牧水だった。サッカーとは懸け離れた世界に住んだが、やはり、独特の働きと風貌とを備えていた。牧水は続ける。「我等は忽然として無窮より生れ、忽然として無窮のおくに往つてしまふ、その間の一歩々々の歩みは実にその時のみの一歩々々で、一度往いては再びかへらない」
8 t8 H; i5 C' q. a- k) ]5 e- B" r
4 q4 m0 A: x$ F& s( F 月日は永遠であり、途絶えることがない。人の方は、世代というもので連綿と連なっているが、ひとりの人間にとっては、一度行き着けば繰り返しは無い。その一度だけの、いわば片道の旅の重さや悲哀や妙味を、改めてかみしめた。
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发表于 2006-7-6 15:30:11 | 显示全部楼层

天声人語2006年07月06日付

 サッカーのせいか、昨日はいつもより早く目が覚めた。テレビをつける。ドイツとイタリアの熱闘の隅に「北朝鮮がミサイル発射」の速報が流れている。やってしまったか。愚かなことだ。2発、3発と数が増える。他国の方角にミサイルを放つ。相変わらずの傍若無人ぶりに憤りつつ、日本のどこかに落ちないかと不安がよぎった。
: m+ W% l0 {9 g- ^! d$ h+ B6 S, X& w
5 X0 k) L; z' _, o この国が信用できないことは拉致問題でも分かっているが、その統治の実像はなかなか見えない。一国の基本を定める根本法は憲法だ。03年刊の『北朝鮮憲法を読む』(リイド社)を開く。' F- d, A8 j4 _! E
+ n" l% }9 ]4 D/ q5 I6 Q
 著者の翻訳家・保田剛さんによると、98年の改正で序文が付けられた。「朝鮮民主主義人民共和国は、偉大な領袖(りょうしゅう)金日成同志の思想と領導を具現したチュチェの社会主義祖国である」と書き出される。7 N1 w6 {  t+ K2 e1 t1 [. T
" y: U! p( B7 ^; P9 C0 t
 「金日成同志は、『以民為天』を座右の銘とし、常に人民と共にあって」との一節もある。中国の古書に「王は民を以って天と為し、民は食を以って天と為す」とあるという。「つまり、古来より、為政者にとって最重要課題は、『国民を飢えさせることなく、食べさせること』にあった」' x8 C5 X0 u) Z$ @
- w, O) U1 ]! h, r1 T; z& m8 I( d
 北朝鮮の飢餓問題が指摘されて久しい。時に伝えられる都市や農村の写真などを見ていると、素朴で穏やかな表情で写っている人々の奥に、もの言えぬ人々の気配がある。9 X$ G' s/ w4 a, r0 b0 Q8 S9 f
5 D5 X2 K& h6 y4 v
 国民は、自国が何をしているかも、世界からどう見られているのかも知らないのだろう。この国には、国際的な約束を破ってミサイルの発射を命じた者たちがいる一方で、耳目を閉ざされた人の群れがある。
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发表于 2006-7-7 15:16:08 | 显示全部楼层

【天声人語】2006年07月07日(金曜日)付

 通り道の小さな図書館の入り口に、あおあおとした一本の笹(ささ)が立てられていた。脇の机には、赤や青の短冊の束と鉛筆が置いてある。誰もが、七夕の願い事を書いてつるしていいらしい。
1 L# N4 P- z0 e' O/ ~" i6 h) f
0 j& T- ]! z2 K% Q0 F# L7 J! o8 ` 幼い字の短冊が幾つもある。悪くない風習だと思って見ていると、警備の人が寄って来て言った。「久々に、書いてみませんか」。久々過ぎてまとまらないということにして遠慮したが、駅の方へ歩きながら、あれこれ考えてみた。
4 A! k- V. i* v# T$ [, E
; _( ]+ M  Y+ D: i$ k" t$ I& h' K 〈あの国の指導者が、早く省みますように〉。北朝鮮がミサイルの発射を認めたが、その言い方が相変わらずだ。「わが軍が行った通常の軍事訓練の一環である」。確率の大小はともかく、日本海上空を飛ぶ飛行機を撃墜しかねない危険なことをしておいて、「通常」とは。. w( H. O- L# m6 s& a: Z7 J

# Y8 u) U- A9 g* `4 c 古い映画に、こんなせりふがあった。「俺(おれ)は地中海の水平線上にうたれた巨大な疑問符なのさ」(『ゴダール全集』気狂いピエロ)。ジャンポール・ベルモンドが口にすれば味わいもあるが、この「朝鮮半島にうたれた巨大な疑問符」はいただけない。
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: l3 r" U. v! F# b5 A- |; @& U 〈増税を言う前に、税金の浪費をなくしますように〉。衆院の国政調査活動費や科学研究費の流用、官製談合、天下りの害などが絶えない。〈輸入を再開するなら、正確な産地表示が伴いますように〉。米国の牛たちには、罪も恨みもないけれど。
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/ ?; j# F5 Y+ n: _' o9 T& U 〈みんなが健康で過ごせますように〉。この辺りが万人の願いか。王貞治監督が入院した。「逆境に強い王さんですから」と長嶋茂雄氏。〈病を乗り越えた姿が、早くグラウンドで見られますように〉
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发表于 2006-7-8 16:43:55 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年07月08日(土曜日)付 1 |1 Z$ R& _' Z+ F  m
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 ある人が何事かを起こすか、何事かを言ったとする。そのことを聞き知った側の反応は、おおむね二分される。「まさかあの人が」と「やはりあの人なら」の二通りだ。
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# ^) E- g+ ]+ }2 L0 W6 f やはりあの人ならと思ったのは、6日夜の自民党幹部との会食であったという小泉首相の発言だ。「プレスリーの館に行っている時にテポドンが飛んで来なくて良かった」  u4 D$ U0 o2 @) X

1 D8 x1 u+ H) L  t; z3 U 確かに、歌ったり、ものまねしたりしてはしゃいでいる時に発射されれば、大きな批判を受けただろう。しかし、首相が「ラブ・ミー・テンダー」などを口ずさんだ時、ミサイル発射の準備は進んでいた。いわば「知らぬが仏」の状態だった。
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 「どこが(自衛隊の派遣可能な)非戦闘地域で、どこが戦闘地域なのか、いま私に聞かれたって分かるわけがない」。3年前、首相は国会の場でそう言ってのけた。今回は、あんなにはしゃいでいる場合ではなかったとでも言うのが普通ではないか。自衛隊員や、国民の安全を、ひとごとのように語るさまに、今更ながらあきれる。) i5 C- }0 F! V
' K. R; J8 }* k1 B$ x; Q
 会食の出席者からは「首相は運が良い」という声があがったという。他にどんな発言があったのかはつまびらかではないが、運の良しあしという話だろうか。党の幹部数人が同席していたという。首相に忠告などしても「馬耳東風」ときめこんでいるのか、それとも「糠(ぬか)に釘(くぎ)」、あるいは「同じ穴の……」ということか。
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$ Q  R. |! n! u3 s9 F: G 内閣の官房長官が繰り返し北朝鮮を非難し、制裁の検討を表明しているのとは裏腹な、政権党の軽い一面がうかがえる。国政が、首相の運頼りではたまらない。
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发表于 2006-7-9 17:02:52 | 显示全部楼层
【天声人語】2006年07月09日(日曜日)付 ) f. ^9 b  K7 ]8 H$ e
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 仙台市で今月6日、「歴史的町名復活検討委員会」の初会合が開かれた。「美しい響きをもった、昔の町名がなくなってしまったことに、さみしい思いをしている」。会の冒頭、市長はこう述べた。
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 肴(さかな)町や本材木(もとざいもく)町など、伊達政宗の時代にまでさかのぼった町名の復活が検討される一方、懸念の声もある。住民にとっては、運転免許証などの住所を変更しなければならないし、名刺や会社案内の刷り直しも必要になるからだ。
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0 w6 Z9 j+ m/ j* s$ p 「住居表示に関する法律」が62年に施行されて以来、古い町の名前が全国で次々と消えていった。それを復活させようという試みが各地で始まっている。先駆けとなったのは金沢市だ。大坂冬の陣で活躍した藩士の名をとった「主計(かずえ)町」を99年に復活させた。推進条例を制定し、名刺などを刷り直す際に限度額内で補助する制度もつくった。
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1 k+ B' v4 y1 y) D5 {2 \! s5 C 大分県豊後高田市でも昨年、半世紀ぶりに昔の町名が復活した。長崎市は来年にも、長崎くんちの祭事に参加する単位の町名を復活させる見通しだ。
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& o  {6 R' }9 O2 k 古い町名を知る人が少なくなり、現在の町名の方が定着しつつあるという側面もある。しかし、あまりにも個性のない名前が多い。「市街地の地名をみんな『中央』と名付けてしまった都市でも、遅すぎることはない。カネとヒマはかかるだろうが、自らの大切な拠り所である地名を取り戻そう」(今尾恵介『住所と地名の大研究』新潮選書)。
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 住民の協力を得ながら、町の名前を考えていくことは、地域の人々のつながりを再生させるきっかけの一つにもなるのではないか。
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