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发表于 2005-6-22 13:35:46
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虎穴に入らずんば虎子を得ず
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4 D5 i2 H/ f: {3 Z* f' }( K4 S 「漢書」を顕したのは後漢のはじめの班彪・班固・班昭の父子である
9 q) E0 r' W; R2 aが、彪を父にもち、固と昭を兄妹とする班超は、この一家ではいささか
! a3 p6 l7 P; v& y毛色の変った存在だった。なかなか勇壮活溌な生れつきで、およそ系統
, `3 P! g, i p. h8 kだった学問とは縁がなさそうにおもわれるのに、いざとなると意外に弁3 Q* |0 Y; o+ \" z2 h" e
舌がたつし、書物もたくさん読んでいる。もともと清貧をもって聞えた- [" \' A0 v u" i6 i& J8 B+ g4 C
家柄のうえに、厖大な資料集めに家産を傾けてしまっていたから、班超/ [+ V0 ]( ]4 }) k0 N" ^0 |
もこと志とちがい、退屈な役所勤めをしてどうにか口すぎをしていた。
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% a' R( f0 q! @+ M そして時に、
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) p, p( J6 E; y8 n 「男と生れたからには、傅介子・張騫のように、0 @9 `$ T; n- j" v0 X2 \" y0 g
手柄を西域でたてたいものですね。
7 y; u1 R2 s3 V: `( X- z8 g5 z4 m: m それで大名にとりたてられれば、わが志なれり。8 \/ `# ?) O& i8 ~% S: J
いつまでもこんなつまらない事務なんか執っていられますか。」
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というような、平凡な事務屋の度肝を抜くような大きなことを言うの
6 h/ x; L& R1 G7 t- C' O4 ~! Z% ^5 T/ n8 }だった。こんな調子だから、小役人など尋常に勤めあげられようはずが" k7 p( F4 _3 ~" Q% _3 a
ない。ついに事に坐して免職されている。浪人生活に入ってからは、西5 Z3 f4 Y+ s/ n; k. x7 o% r
域往来の商人や、気概を尊ぶ遊侠の士と交わり、静かに機会のくるのを
9 Z- W* ~* T' e待っていた。
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その知識と能力を見出されて、はじめて西域に武名をとどろかしたの$ I$ Q7 T0 c+ V- S+ S4 m
は四十に手のとどく頃だったが、それからの班超の西域経綸ほど、華々) Q( ~; J! o% Z& O. X. C# |
しいものはない。彼の往くところ、どんな困難にぶつかっても、おのず
! }$ g( e4 S5 z! E3 x oから道が開けるかのようだった。0 k- v, w3 d7 ^% x# C
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例えば、天山南路と天山北路の分れ道に当る、本土に一番近いオアシ; b J8 q. I& ]' X; e2 f
ス国ゼン善で示した、あらゆる緊急の事態への対応ぶりにうかがわれる" ~" k2 K1 n- O d( A
ように。――
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! P/ y) p' R# E) e 最初のうちゼン善から手厚い待遇をうけた班超の一行は、或る日手を# S: x x1 G0 o. Y, L( D4 t2 _/ {1 G
翻すように悪くなった彼らの扱いを、どう解していいのかわからなかっ
+ E0 R' ?# O. i J5 K0 {) Oた。給仕女に至るまで、眼の青い美姫から中年の山だしに変っているで+ t6 N3 h' O( W; G$ V
はないか。一同ただあっけにとられてぶつぶつ不平を並べているばかり6 N: j- O) v6 r& ?3 T' f5 P ]
だったが、超ははたと膝を叩いて、5 ? e6 c. U) C; D3 f
( U- \8 l0 a9 a* E- e8 x0 i& u. V 「我々には秘しているが、さては、匈奴の使者が着たに相違ない!」4 H! Z1 T9 x, k4 m$ l7 |
- Y# e1 O# J( c( i' ? さっそく、王城へ壮士の一人を走らせ、王の信任厚い侍従を呼びよせ
# x; D* E( y7 b* K( w0 @& k9 n; a7 h# ]ると、, J) ?% r/ {( H- Q, V
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「匈奴の使者はどこにいる?」
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; f+ \8 y: z0 I5 _ 鎌をかけて訊きだしておいて、奥の間に押込んでしまう。そして、三
+ M" k" c3 V3 j+ b# l" J十六人の壮士をことごとく大広間に集め、上等の肴はないが、まずは盛: c. ^+ R' e: X# ^' J
大な宴を張ったのだ。ここであらたに匈奴の使者が到着し、王が彼らに) n+ ?9 [- m5 g8 m7 f `1 @
誼を通じている事実を告げて、( ?. q& k) Z+ e" q; j' r. b
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「それからのわれわれに対する冷遇は諸君承知のとおり。
8 @6 F3 Q/ v5 ~1 x* Y; L ] 手を拱ぬいてこのままゼン善の術中におりいり、3 S, o# v/ ]7 d2 t( i( r+ R! D* p: u
匈奴の国におくられ、狼の餌食などになっていられようか。+ X6 n) e( @& J n
意見のある者は誰でもいい、遠慮なく言ってみよ。」/ I* i, u- j$ H' k
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一座の重苦しい沈黙を破って頭だった者が一人にじり出て、
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/ a, L6 {/ p$ u, g& _+ S 「もともと命はあずけてある、お役に立つならどんなことでも。」5 v( l9 p5 Y- E1 {; r# ~0 Q, a9 L
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班超はずいっと睨みまわし、
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「虎穴に入らずんば虎子を得ず、
! X1 W: o6 t! S, ?% R: p 匈奴の宿舎に火を放って夜襲を仕掛けよう。
1 B& g( c7 m( A' I: G 味方がわずか三十六人の無勢とは夢おもわない奴らは、
/ z' t! x, C ?' O1 _* n6 w! U7 P 上を下への大騒ぎとなろう。」0 i, c* l$ w5 n; p' z: q
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言葉に応じて、てんでに獲物をひっ掴んだ命知らずどもは、闇のなか
/ h5 i5 t! U, n) f0 Z5 Aへ消えて行く。折から吹きつのる風に仱袱啤⒐膜虺证盲渴摔斉hの
: k0 A% j# A {$ a5 G; bうしろへ隠れれば、あとの者は門の両脇に伏せる。火があがると同時に
- A8 q5 I2 n6 ?6 W1 I* z* O- D鼓を鳴らし簸紊颏ⅳ病⑹钉螖长蚪詺ⅳ筏摔筏郡韦坤盲俊%讥笊皮琝- M) @# o* \( U1 v1 ~* p* F
屈伏したのは、いうまでもない。' w* @( W- |' k; \( L
(「後漢書」班超伝)1 P7 N: N6 K4 R* g
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) ?+ P9 i- V: t; [1 r' s' o1 a傅介子(漢の昭帝の時、西域鎮圧に功を立てた人物)& B* `8 h p: R) j
張騫(漢の武帝の時、匈奴の勢力を駆逐して西域諸国を服属させた人物) |
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