|
|
发表于 2007-1-3 17:18:03
|
显示全部楼层
【天声人語】2007年01月03日(水曜日)付
毛筆で字を書くことは、めったに無い。何かの折に筆で記名を求められると、少したじろぐ。いざ筆を紙に下ろすと、手加減次第でいかようにも太く、あるいは細くなってしまう頼りなさに戸惑う。そして同時に、力の入れ具合で千変万化する毛筆の融通無碍(ゆうずうむげ)な魅力をも感じる。
, ?# |9 m+ g. O9 ]9 T
, K3 I' P+ k @8 k: O( q5 F4 b 書の世界で生きる達人の作を集めた「現代書道二十人展」を見てきた(東京・上野松坂屋で 8日まで)。それぞれの作風を伝える漢字のみ、あるいはかなまじり、そしてかなが主の作品が並ぶ。漢字の持つ潔さや主張性、かなの、はかなそうでいてしなやかな様がうかがえる。
' o4 ]. ]" _7 w( U* L
+ S, u: Y' O6 }8 P) h 作品に近づいて筆の運びを想像していると、書には現代人が忘れかけたものを思い起こさせるところがあるという気がしてきた。それは、書かれた文言が古来のものというよりは、書が、いわば無数の曲線で成り立っていることから来るようだった。, L4 ^) A3 X' i i: m; s
& X t/ J; ^# U2 T# J. O
文字、特に漢字は直線が印象的だが、人間が書いたものは厳密な直線にはならない。どの線も、わずかにせよ丸みやくねりを持っている。それが、活字とは違って、書き手の独特の息吹を伝えてくる。+ F0 X8 z& O- V- t2 k
3 }( d$ H, `' ^" G. Y
文字を手で書きつづることは、手や筆を翻し、回すことにつながる。これと大きく異なるのは、手で打つ、あるいは指で押すというパソコンなどを使った文字の入力だ。
3 c o: b( ]; _# p# W0 w! j, @5 h- x
文字の世界だけではなく、テレビのチャンネルにしても電話にしても、回すから押すへと変わった。この「押す時代」を押し戻すことは難しいだろう。しかし時には、回すという古(いにしえ)の動作に立ち返ってみたい。 |
|