2007年08月28日(火曜日)付
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3 a6 \9 @; t! R, `江戸後期、不人気な田沼意次(おきつぐ)に代わって幕府老中に就いたのは、白河藩の名君と聞こえた松平定信だった。そして「寛政の改革」を行う。田沼時代のコネと賄賂(わいろ)による人事から、能力と人柄を重んじる方法に改めた。) z# k- Z9 Q, v% q
2 L( S6 \" Y% i( Z" Y+ O" |; U) T 「見出(みいだ)し」という言葉が、当時流行したそうだ。人を見いだす。今で言えば「抜擢人事」である。家格は不問。そのかわり、人物の吟味には相当な手間ひまをかけたらしいと、歴史学者山本博文さんの著作に教わった。
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; P( R, n8 N( r, v2 W 前回の組閣では論功行賞を重んじたらしい安倍首相が、定信のひそみに倣ったかどうか知らない。だが、不出来な大臣に悩まされた後悔から、今回は、かなり慎重に人物を吟味したとみえる。
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7 R) s* j, K8 G; t# k N" k" j/ Q8 o, w 政治とカネにからむ、さらなる醜聞は命取りになる。「身辺」の検査とともに、忠誠という「心辺」の調べも怠りなかったに違いない。前の大臣らは、閣議での雑談あり、頭越しの「続投しません」発言ありで物議をかもした。このうえ軽んじられては面目はついえてしまう。6 ~6 k7 a' p& Q7 e9 [ A7 M
& E- T" \0 r+ S% ]6 T 定信の「見出し」は、今の「サプライズ人事」でもあろう。今回なら舛添厚労相か。参院選の後にも、歯に衣(きぬ)着せない批判を首相に浴びせていた。起用が挙党一致と映るか、受け狙いの外連(けれん)に見えるかは紙一重だろう。: |6 @; i: K" s
/ u( C6 s/ P5 x3 g: {, ~ 「1000万人といえども吾(われ)ゆかん」が首相の座右と聞く。この故事には「省みて正しいと確信できれば」と条件がつく。そう思えばこその内閣改造なのだろう。首相の確信と民意との距離はしかし、リフォームで歩み寄れるほど近くはないと見受けるのだが。 |