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楼主: Jennifer

[经验方法] 連載《天声人語》想看中文版请去看1590楼最新公告

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发表于 2007-10-5 16:20:52 | 显示全部楼层
2007年10月02日(火曜日)付4 O; x! [) C2 d; X6 K6 G: r2 n

' v8 x1 P5 ]0 I  H: } 一頭の鹿が自分の姿を水に映して、立派な角(つの)にうっとりしていた。そこへ突然、猟犬が現れた。森へと逃げたが、自慢の角が枝にからまって邪魔をする。命からがら逃げのびた鹿は、「美しいものはしばしば仇(あだ)になる」と悟ったという。+ p2 {+ K+ X6 I
# J& C6 t' a$ o# [0 l
 古い寓話(ぐうわ)の一節である。鹿を自民党に置き換えれば、見栄えばかりの「角」はもう結構、といったところか。きのうの福田首相の所信表明からは、前任者の掲げた大きな政治理念が消えていた。広げた風呂敷は小さめで、「低姿勢」という国民へのおわびが包んであった。
+ G; ]. S) _2 q' s; v* g! I) C; w' y- w- L0 u3 G
 安倍さんがうっとりした「美しい国」はひっそり看板を下ろし、憲法改正も所信表明から外れた。官邸を飾る書も「凜(りん)」から「和」に変わった。福田さんの「バランスと調整」を象徴する一文字である。
; }" E/ s7 N  j) B0 V1 g6 @5 @% B. `9 H- E  k. O3 Q
 淡々、飄々(ひょうひょう)が持ち味だろうし、自分の言葉に酔うのは禁物だ。とはいえ首相の演説は、総務部長のそれとは違う。平たい言葉の羅列では、せっかく風呂敷から取り出した「希望と安心」も国民の胸には響かない。
" e) m0 h9 h6 R$ [$ z- I
7 b6 `5 b3 E2 x 古川柳に、身上をつぶしながら風流を捨てられない様を揶揄(やゆ)した〈売家と唐様で書く三代目〉がある。総裁選を争った3代目の麻生さんを「粋な唐様文字」に例えるなら、福田さんはさしずめ「楷書(かいしょ)の首相」か。端然としてまじめ。だが人臭さや迫力には乏しい。
) \0 o- B+ G! s1 F$ _9 l) v2 G  h9 A, }- i+ `
 昨日の演説で、その楷書ぶりを再認識した人も少なくあるまい。手堅さは買うにしても、首相が「そつのない総務部長」では国民は寂しい。そのうち独自の「角」が生えてくるのだろうか。
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发表于 2007-10-5 16:21:11 | 显示全部楼层
2007年10月03日(水曜日)付
. p* f1 c( _. e7 l9 y6 Y2 h9 s+ r/ t0 {$ L) v' _
 ざわわ ざわわ……と繰り返す「さとうきび畑」は、好きな曲だ。沖縄の悲しみを、情感を込めて歌う。だが以前から、少し気になっていたところがある。〈むかし 海の向こうから いくさがやってきた〉のくだりである。# H% l# X0 r1 T
* n# i" L3 M3 d5 K  T
 戦争は、海に生まれた台風ではない。「鉄の暴風」と言われる沖縄戦の悲劇は、自然の営みではなく、人間の愚かな営みの果てに起きた。「いくさがやってきた」が呼び起こすイメージは、美しすぎはしないか。やって来たのは、武器を携えた「日米の軍隊」だったのだから。
" ?! `2 s# H& U# t+ d- H* V" k  M- k# o5 l8 }$ h6 m
 日本軍は住民を避難させず、戦いにも駆り出した。軍民混在の戦場は、「ありったけの地獄を集めた」(米軍報告書)と形容された惨状を生む。集団死(自決)も各地で起きた。軍の強制があったことは沖縄では常識である。
1 j: f" S6 a9 g" a1 @5 {8 ]* \# k. K: E* F% Z- L
 その記述が教科書から消されることに、沖縄は怒った。抗議の県民大会は11万人でうねった。「分厚い教科書の中のたった一文、たった一言かもしれません。しかし、その中には失われた多くの尊い命があります」。高校生、照屋奈津美さんの訴えが胸を突く。6 F9 Q9 u: s% H" d# P# H
# c" L1 n  I% E# J0 T; E9 p  a
 大学に進んで、日本史の教師になりたいという。醜くても真実を教科書にとどめ、沖縄の痛みを共有してほしい。そんな願いを込めた、本土への呼びかけでもあっただろう。
0 [8 {( E4 ?2 x( i0 G, ?5 ^8 B" x& w$ a. D
 ざわわ……は、詞と旋律が深い悲しみをたたえ、それゆえに人を癒やす不思議な歌だ。その癒やしの花が、「ありったけの地獄」に根ざしていることは、知っておきたい。島の悲しみが、容易には消えないことも。
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发表于 2007-10-5 16:21:51 | 显示全部楼层
2007年10月04日(木曜日)付6 K: s- k8 F: _# S: Q) T

1 `+ \0 W& k5 N' ~ 米国のテキサス州といえば、思い浮かぶのはカウボーイだろうか。西部の荒くれ気質でもあるまいが、この州は死刑が飛び抜けて多い。76年に死刑が復活してから400人目の執行があったと、先ごろ報道された。- W; J& w/ r. T! \& L9 ]) f: m

9 a) {4 Z7 Q" a5 T1 o- o1 J ブッシュ大統領は以前、この州の知事だった。批判されると、「テキサスに来たら人を殺さないよう気をつければいい」と言っていた。西部劇の保安官さながらだが、ことはそう単純ではない。貧困ゆえの犯罪など、米社会の病理が深く潜んでいる。
" K- U" C3 v' i# e" q  i6 A; \3 P
 ブッシュ氏が、執行署名に悩んだとは聞かない。転じて日本の歴代法相は、かなり苦悩したらしい。だからだろう。鳩山法相が、「自動的に執行が進む方法はないのか」という趣旨の発言をした。暴言か、問題提起か、と波紋を広げている。
6 n  G& ^: d: d/ J$ f
. e4 M/ Q! O4 v 「ベルトコンベヤー」「順番通り」などと言葉が過ぎたようだ。だが、法相の苦悩は、遠い世界の話ではない。死刑を命じる大臣の後ろには、主権者がいる。ほかならぬ私たちだ。その、いわば代表として、心の重荷を負うのだから。% s+ d$ ~$ k( A' L. q' ~

( C& [) w( Z  w  {* X* M% X 刑務所で、1500冊もの点訳奉仕をした死刑囚がいたと、矢貫隆さんのノンフィクション『刑場に消ゆ』(文芸春秋)で知った。強盗殺人を犯したが深く悔い、13年間、罪をあがなうように打ち込んだ。
0 a  ?3 I4 a& x, g4 x" ]$ `, q3 D( A, v
 執行の日、刑務官たちは緊張でこわばっていた。「参りましょう」と静かに促したのは、囚人自身だったという。法相だけではない。執行する人の重荷も相当なものだろう。悩みを大臣まかせにせず、死刑制度を考えてみたい。
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发表于 2007-10-7 11:59:20 | 显示全部楼层
2007年10月05日(金曜日)付( ^7 n& |& r; D$ t# v5 {3 `

! R' j3 n# G9 G3 } ぴりりと利かせた風刺は、川柳の命だろう。〈江戸っ子の生まれそこない金を貯(た)め〉も、ワサビの利いた一句である。金離れが良く、宵越しの金など持たない気っ風(ぷ)は、あの時代の粋とされた。
% L' O( E6 e, E0 N1 @0 _
5 I7 I; T* h, v 粋な江戸っ子なら、喜ぶより困ったのではないか。出資法違反容疑で警察の捜索を受けた「エル・アンド・ジー」のことだ。ネット上などに独自の市場を開き、そこで使える疑似通貨を、「使っても減らない金」と宣伝して会員を募っていた。! O" {/ E2 j$ e& L- j+ L
1 `( A; J4 \, J- g
 使い切っても、また全額補充してもらえる。その疑似通貨を「円天」と称していて、天から降るカネを思わせる。眉唾(まゆつば)のカネを客寄せにして、巨額のカネ(本物)を集めていた。年利36%の配当をうたって、全国の5万人から1000億円を集めたというから驚く。+ q& [( i9 G, ]. p
# k: j6 b( h8 ]! ^! r2 b' U+ {5 w3 ?
 集めた金は配当に回し、自転車操業を続けていたらしい。だが資金が尽きたのか、いつしか配当も疑似通貨になった。天から降る金も無尽蔵ではなかったとみえ、今はそれも止まっている。
' `, d/ @( r; T; N; V. l
" Z/ Z$ b- J! B7 e 金を作るには「三角術」が必要だと、夏目漱石は皮肉っている。義理をかく、人情をかく、恥をかく、の三角だという(『吾輩(わがはい)は猫である』)。さらに道義と順法も欠いた「五角術」が、この会社の錬金法だったのだろう。
) h1 J, y% |: A1 B' Q; ^0 V! j
5 m/ i6 N! s% N8 G& W/ e 金銭への淡泊さを粋がりつつ、江戸っ子にも〈これ小判たった一晩居てくれろ〉の本音はあったようだ。冒頭の句からは、小金持ちへのやっかみも透けて見える。隠しきれない人間の性(さが)だろう。そこに付け込む「五角術」が、手を替え品を替え、生き延びている。
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发表于 2007-10-7 11:59:44 | 显示全部楼层
2007年10月06日(土曜日)付' O8 G( T) T, H; _" ?

( W+ X8 L& b+ C$ P. H リベラルな言論人だった清沢洌(きよし)は太平洋戦争中、日記をつけていた。『暗黒日記』の名で知られるそれの最初の日に、言論が窮屈になって「お上への評論はけしからん」ということになり、「言論報国会」ができた、という旨を書いている。- |' g& |& R! T' |1 r6 R3 d% W
7 `# ]- X6 b8 p* h7 I# F
 記憶の彼方(かなた)の一節を思い出したのは、日本相撲協会のおかげだ。朝青龍騒動で協会を批判したとして、先月、元NHKアナウンサーの取材証を没収した。「評論家」の肩書でテレビに出演したのが、「けしからん」と気に障ったらしい。
$ K  ], Z4 F% O& ^2 S$ p+ C  k( j1 ?
 ひいき筋以外は無用、とでも言いたかったのか。言論統制との声もあって、さすがに処分は取り下げた。だがこの件で、協会に付いていた「疑問符」はさらに膨らんだ。続いて明るみに出た、けいこ中の力士の急死が、大波のように協会の旧体質を揺さぶっている。
8 \# z+ u+ u; q5 \0 S, L" u* a
/ l) r. |0 m2 D6 W5 ~# c その協会が昨日、力士の師匠、時津風親方の解雇を決めた。師匠の責任は無論重い。だが協会は、初めはことを軽んじ、黙殺していた。文部科学省の苦言で一転、躍起になった。事実をきちんと調べたのか、と疑問は残る。& Z! M' t' t  [; x9 i1 M+ F! H

( H6 |( y9 t% B- _ 「回し団扇(うちわ)」という言葉が角界にある。行司がいったん上げた軍配を、思い直して逆の力士に上げ直すことだ。ぶざまな右往左往は、差し違えより恥ずかしいとされる。  G- v& A( P) B' ~" W1 `

0 K" b) v( Q3 i/ [  H# h, m2 v 昨日の処分に「回し団扇」などないとは思うが、これで千秋楽、では考えが甘い。むしろ体質改善に向けての触れ太鼓にすべきだろう。ただでさえ減っている新弟子が、部屋で泣き泣き「暗黒日記」をつづるようでは、角界の将来も暗い。
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发表于 2007-10-7 12:00:35 | 显示全部楼层
2007年10月07日(日曜日)付
4 _* O+ C0 {1 \( ]6 a* ?
+ }" `" p/ h: k" n 美食家の北大路魯山人はマスを好んだ。「素人目には一見似たものではあるが、味からいえば鮭(さけ)より鱒(ます)の方がはるかに優(まさ)る」と書く(「星岡(ほしがおか)」昭和7年10月号)。茶漬けにした汁が「とても鮭の及ぶところではない」そうだ。# |( A" {! t# S+ X9 F3 C2 p* _* m
5 m1 U5 u) v8 k- C
 「味覚は体験に学ぶほかなし」とする魯山人が今に現れたら、この不思議なマスをどう料理しただろう。東京海洋大の研究チームが、ヤマメの両親にニジマスを生ませてみせた。- d  \. A8 S3 N, I  Z( J
' K" L. P, s# \, A& h* [$ {
 生殖にかかわる特殊な細胞をニジマスから取り出し、ヤマメの稚魚に入れる。すると、オスの稚魚はニジマスの精子、メスは卵を持つヤマメに育ち、かけ合わせたらニジマスができた。代理の親から生まれた魚だ。% `8 X4 [0 p' I* ^

4 _/ {; u# B, X0 S0 I8 ~% T 研究者は「5年後にはサバからマグロを」と語る。世話のしやすい小型魚に大きな魚を生ませれば、養殖は安上がりとなる。いっそメダカで狙ってほしいが、近縁であることが「手品」の条件らしい。ヤマメとニジマスほどではないものの、サバとマグロも近い。
  C( ^4 n7 D% D4 Z6 o' j, q% h: Y- e0 j: s9 o$ G
 魯山人は、なぜかマグロには冷たかった。「まぐろそのものが下手ものであって、もとより一流の食通を満足させる体(てい)のものではない」と断じている。トロを出され、親はサバなんです先生と講釈を聞けば、ひっくり返るに違いない。0 ^7 ]; K/ w& J5 x, K% K
/ B; P+ e+ X! D( l
 魚に強弱はあっても上下はない。サバにすれば、マグロの脂身がこうまで珍重されるのは解しがたいことだろう。何をうまいと感じるかは人それぞれだが、多数派の好みで魚の価値が決まり、その序列を科学までが追いかける。なるほど「陸の都合」は全能だ。
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发表于 2007-10-10 12:31:49 | 显示全部楼层

2007年10月08日(月曜日)付

2007年10月08日(月曜日)付8 c4 F( J; v, m% z/ C/ O

1 Q4 M) J5 d) k" u8 f" } 「今まで子どもの空に包まれていたものは、じぶんたちの世界の半分にすぎなかったのです」。ドイツの児童文学『ふたりのロッテ』(岩波書店、高橋健二訳)の一節。別れた両親に一人ずつ引き取られた双子が、偶然出会って姉妹だと確信し、親のよりを戻そうとする物語だ。
5 o0 N- |$ z  ?5 }; y4 M7 t% t
7 I, o8 N& \0 V$ `3 G' a5 ~ 人種にもよるが、双子は出産100回にほぼ1組とされる。二つの人生はもつれながら次第に離れ、それぞれの終着を迎える。ロッテとルイーゼのように9歳で重なる人生もあれば、7歳で離れるそれもある。/ p* c- Z# k+ s- ]9 q
7 n) z! \, Y' [# ~* G
 下半身がつながって生まれたベトナムの双生児は、88年の分離手術でベトちゃん「と」ドクちゃんになった。一昨日、兄のベトさんが亡くなった。分離前から脳を患い、26年の生涯はベッドの上だった。/ ?) i6 _2 l+ E: g1 Q

6 ]2 o+ {  ~% g9 ~, t 弟のドクさんは右足一本ながら、松葉づえで社会生活を送る。病院で働き、昨年12月には結婚もした。きのう営まれたベトさんの葬儀では「兄が私にくれた人生を精いっぱい生きてゆく」と語った。, h, h9 N! o9 I% s7 f
6 i  j5 M9 }8 G  `) W
 ベトナム戦争で、米軍は大量の枯れ葉剤を空中散布した。ゲリラが潜む密林と食料源を根絶やしにするためだ。薬剤には猛毒のダイオキシンが含まれ、生まれ来る「子どもの空」を今も覆っている。ベトさんたちは被害の生き証人だった。% J( i, d; ~! R0 j3 ?

/ U7 ]& d: i7 K- k! C$ C 体温と痛みを共有した兄弟も、人生は「等分」とはいかなかった。弟は各国で講演し、枯れ葉剤の非道を訴える。兄は同じことを、病床から無言で発信し続けた。ただ生き延びて、身をもって告発する。余人にできない重い務めを立派に果たした。
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发表于 2007-10-10 12:33:18 | 显示全部楼层

2007年10月09日(火曜日)付

何事につけても中国の歴史や故事はスケールが大きい。親孝行ひとつ見てもなかなかのものだ。古今の孝行話を集めた『二十四孝』には、身をなげうって親に尽くす孝行息子らが顔を並べる。
# h+ M8 }. I# C
0 }. n! ~9 K3 f5 e# b/ e* m 真冬に魚を食べたがる母親のために、王祥は川の氷に腹這(はらば)って、氷を解かして魚をとった。郭巨は母とわが子を養えず、子を生き埋めにして母親の食いぶちを保とうとした。呉猛は、母親が蚊に刺されないように、自分は裸になって寝た。蚊をおびき寄せるために体中に酒を塗ったというから、恐れ入る。- e4 c. B. q  ~9 W) \
) w' F$ F" E4 z, p
 いずれ劣らぬ24話だが、息子が老母を敬うタイプが名高いのは、世の琴線に触れるからか。だが今の日本は、それとは逆の親不孝が横行しているらしい。厚生労働省が高齢者への虐待を調べたところ、息子からの暴力が最も多いことがわかった。
+ @# x; u' Y/ r% y* ^5 d: u5 Q3 v- N9 P7 a9 c
 家庭内の加害者の37%は息子で、夫、娘の各14%を引き離す。被害者の約8割は女性というから、息子が老いた母につらく当たる実態が浮かび上がる。
# m; ]: E9 ]: b8 T: r! W" ?" J% U& ]2 m2 I% H( w+ b* X4 U' \
 親子2人暮らしで虐待が起きる例は多いと聞く。介護が必要な場合、衣食住の心得に乏しい息子は追いつめられやすい。孤立の中で、親への恩愛が憎悪へとねじれていく。虐待者の心の淵(ふち)を思えば、それもまたつらい。
" M2 B: O- A5 R+ U1 }8 y' i
- P+ n+ |! }2 V1 I$ J1 P 『二十四孝』は落語にもある。こちらは親不孝息子の、付け焼き刃の孝行談だ。蚊をおびき寄せようと酒を飲んで寝たが、目が覚めても刺されていない。実は老母が夜通し団扇(うちわ)であおいでくれていた、という話。親を困らせるのも、この程度なら罪は軽いのだが。
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发表于 2007-10-10 12:33:48 | 显示全部楼层

2007年10月10日(水曜日)付

ベトナム戦争報道で名をはせた写真家の沢田教一は、約2万コマのネガを残した。それを丹念に調べた人がいる。激しい戦闘の中でも必ず、初めの数コマは何も写さずに「空撮(からど)り」されていた。
( y. o% {3 O1 x3 E7 {; v8 X" g( h) V" f: |# a: {, ?
 フィルムがきちんと巻き上げられているかを確かめた痕跡だ。目の前で起きることを「逃さない」ための、プロ魂だろう。だが魂を込めた記録が日の目を見ないこともある。たとえば、ロバート・キャパ。第2次大戦のノルマンディー上陸作戦の写真は、助手の現像ミスであらかたが無に帰した。
: t2 [3 ?' _( E* ?) e0 `4 u$ J6 N, `" J1 M4 Y+ t# C
 キャパは地団太を踏んだという。もし、それが「遺作」だったら、天国でも悔しがったに違いない。ミャンマー(ビルマ)で逝った長井健司さんの撮った映像は、まさに命と引き換えの遺作だった。軍事政権の手で闇に葬られては、ジャーナリスト魂は怒りで震えるだろう。
6 V) L( A! J& e; y+ q6 k7 h$ _8 Q# F5 o
 テレビ各社が先ごろ報じた映像には、現場からビデオカメラらしいものを持ち去る治安部隊の姿があった。当局がカメラを隠している可能性は、きわめて高い。
  L, n9 n. k/ _# s% B- H3 A* x; O+ s% T3 U- m! i) v$ j7 ^3 v
 民衆の苦難や悲劇を写す。それは「レンズを向けた人々から多くを託されること」だと、かつて、ある写真家から聞いた。シャッターを押したその瞬間に、伝える義務を背負う。被写体の悲しみが深いほど、義務は重いと。+ d6 C" i+ \0 b* H. {

( P/ t; E: G! [- Q その務めを残して、長井さんは旅立った。当局が返さないのは、都合の悪い何かが写っているからなのか。自由の乏しい国である。レンズが最後に見たものと、弾圧の下から市民が託したものに、日を当てなくてはならない。
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发表于 2007-10-12 14:33:08 | 显示全部楼层

2007年10月11日(木曜日)付

作家の井上ひさしさんは、執筆が遅いので名高い。自ら「遅筆堂」を名乗るほどだ。あるとき、締め切りの言い訳に窮して、「田舎のお袋が死にました」。担当者は、まんまとかつがれた。早く帰郷するように上野駅まで車で送ってくれた、と自戒を込めつつ回想している。
  O2 T# e2 M& Z; ^+ c# H5 _& c# D$ K
 井上さんも驚くだろう。「身内に不幸が…」と嘘(うそ)を言うなどして、有給の服喪休暇を取っていた京都市の職員42人が処分された。5年で計127回にのぼっていて、給与の過払いは100万円を超えるらしい。
5 [' q( d6 K  A  \! Z# _- J2 b
( e* k3 R% ]/ B7 d この間に12回という剛の者もいた。ある年は5回も身内を「冥土へ送っ」ていた。「不幸続きで気の毒に思っていた。休暇のために『死なせた』とは思ってもみなかった」と上司は困惑気味だ。; q7 F6 n3 l; D: [, A6 j( T
1 Y+ h; }2 K3 z3 l! f2 X2 J
 不心得者の「犠牲」になったのは、おじ、おばが大半という。なるほど彼らは重宝な存在だったかもしれない。父母は2人、祖父母なら4人が相場だが、おじ、おばは数に決まりがない。何度も嘘がつけるし、「死なせる」罪悪感も親兄弟より薄い。職場の掲示や香典もないから、お手軽でもある。* Y5 E. D2 l/ N5 i
; Z1 T# X7 S$ q5 \# L! ?8 A' X( k! R
 とはいえモーセの十戒は「殺すなかれ」を説き、仏教の在家の五戒も「不殺生」を第一に置く。でまかせとはいえ、身内を人身御供にして休む日の朝、寝覚めがよろしいはずもないと思う。
2 L: x# D) |* F3 I2 C8 I: V. W$ P8 E; b1 B) e0 {1 e. B
 井上さんも、気分は重かった。上野駅で担当者が手渡してくれた紙包みには、香典の5千円札が1枚。あの時ほど筆の遅さを悔やんだことはないと、短い随筆『原稿遅延常習者の告白』で猛省している。
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发表于 2007-10-12 14:34:30 | 显示全部楼层

2007年10月12日(金曜日)付

春先から、房総半島にある棚田を保存する活動に参加してきた。この秋とれた玄米を、先日、送ってもらった。棚田育ちに特有の、やや小粒なコシヒカリである。稲を立派に育てた小さな田は、いまごろ、ひと仕事を終えた穏やかさで、秋の陽(ひ)に憩っていることだろう。: @: x( \# m% m8 i* A) h
! L# E2 J; o% P0 U0 Y( ]! a
 冬枯れの土手を焼き、春に畦(あぜ)を塗り、水がぬるめば代(しろ)を掻(か)く…。「米」の字を分解したとおり、米作りには八十八回、手がかかるという。我が手が面倒を見たのは、その1割にも足りない。農家にお任せだった。それでも米粒を手にすくえば、しみじみと愛着がわく。
4 h- Y- `: w- a* @2 F  ~- ?6 C! q0 a- c& a& x' u
 久しぶりの玄米飯は、土鍋で炊いた。水でざっと洗い、一晩浸して火にかける。炊き上がった色はさえないが、精米で消える栄養をたっぷり纏(まと)っていると思えば、一粒ひとつぶが輝いて見える。
6 w/ Y2 k& \! e# E1 {0 @( d7 X5 E% _$ _
 〈一日ニ玄米四合ト 味噌(みそ)ト少シノ野菜ヲタベ…〉は宮沢賢治の『雨ニモマケズ』の一節だ。この「四合」が、戦後すぐ、「三合」と書き換えられて教科書に載った。食糧難の折、四合は多すぎると横槍(よこやり)が入ったらしい。米にとっては誇らしい時代だった。4 C+ ?# \3 X1 E1 R% {# f# l2 |

! m0 s: g# q; s- y0 i 消費の減ったいまは、一日三合あったら食べきれまい。減反を重ねても余り、価格は下がる一方だ。農家は高齢化が進んで先行きは厳しい。市場開放という大波の中に、棚田などの零細な米作りは消えかかっている。
$ q% C$ k+ ~' {- d, @, p: R! i$ u( G1 h8 J
 稲作には日本の歴史や文化、精神が溶け込んでいるという。その尊さを担うように、猫の額のような田んぼは、40余キロの玄米を実らせた。来年また会えればいいと思う。
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发表于 2007-10-16 15:04:46 | 显示全部楼层

2007年10月13日(土曜日)付

芭蕉の研究などで知られた国文学者の井本農一さんが、兄弟の名前について書いている。農業をさせたかったのか長男を農一と名付けた父親は、弟には工次、その下には商三という名前をつけたそうだ。* j, V& M! {* `' N
7 U, k, L7 P2 d) Z9 u2 S
 だが井本さんは、長じて文学の道へ進む。工次さんは工業をやらずに農学部へ。商三さんの方が工学部を出て技術屋になった。〈父のもくろみは見事に外れてしまったわけである〉と、微苦笑のにじむ筆致でつづっている。
: d0 b+ ^2 @7 y$ N. U
4 R# @, v% C/ \1 D& v* f 親が子の名に込める思いは、時をへても変わらない。近ごろは“個性派”が、はやっているようだ。ただし、読みづらい。「雪月花」「美星空」「騎士」といった字面だけでは、見当もつかない。「せしる」「うらら」、それに「ないと」と読むそうだ。出産を控えた女性向けの雑誌には、同様の名前が数多く紹介されている。/ W/ c) r7 w# Y

* E/ \) c# U) X$ i) B 女児の名の「“子”離れ」が言われて久しい。このごろは男児の斬新さにも目を見張る。漢字の意味は美しく、音の響きは滑らかに。「名は体を表す」を願っての、一生ものの贈り物である。唯一無二のものに、という思いが親に強いらしい。
! e! r8 b: R6 Z6 h
4 i/ a/ d9 E# c3 W) n" o7 V+ } 名前はしかし、珍しいからと秘蔵はできない。自分のものでありながら公に供し、他人も使う。“個性”が強すぎると他人の使い勝手は悪くなりがちだ。
7 ~6 ?. D; P6 \* ^3 f6 e" A0 n- c* v0 t/ B
 娘たちに茉莉(まり)、杏奴(あんぬ)と洒落(しゃれ)た名をつけたのは森鴎外だ。片や夏目漱石は筆子、恒子…と並べた。問われれば漱石をひいきにしつつ、いまの親のセンスに、わが古さを思う。どの子も贈り物が気に入るように、祈りながら。
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发表于 2007-10-16 15:05:23 | 显示全部楼层

2007年10月14日(日曜日)付

仁孝天皇の皇女和宮(かずのみや)が、大行列で江戸に下ったのは1861年(文久元年)初冬。翌年、15歳で徳川14代将軍家茂(いえもち)に嫁いだ。幕府の権威を保つための政略結婚だったが、和宮は同い年の若将軍と相愛の夫婦になった。
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 家茂は長州征伐の陣中で病没する。20歳の亡きがらは、妻がねだった西陣織と共に江戸に戻った。和宮は〈うつせみの唐織衣(からおりごろも)なにかせむ綾(あや)も錦も君ありてこそ〉と泣き崩れたという。
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6 n( \; p3 }& q0 f8 j! h 上野の東京国立博物館で「大徳川展」を見た(12月2日まで)。将軍家のほか、尾張、紀伊、水戸の御三家に伝わる品々には、天皇や公家をも制した武威が宿るかのようだ。東に「落ちる」前の和宮が宮中で着たらしい打ち掛けも、初公開された。6 C  q3 J, p5 I" V8 R% n
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 関ケ原の戦いと明治維新。二つの「乱」に挟まれた2世紀半の太平は、武家文化に余裕と落ち着きをもたらした。徳川宗家の18代当主、徳川恒孝(つねなり)さんは「沈んだ美意識」と表現する。国宝級の刀剣がたたえる輝きは「未使用のすごみ」だろうか。
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( z$ B9 R( A; ^; q 格式を重んじる幕府のひざ元では、実を貴ぶ町人文化が開花した。食品や雑貨は、関東の物産より、洗練された上方の品が「下り物」としてあがめられた(中江克己『江戸ことば100選』青春新書)。和宮はさしずめ、究極の下り物ということになる。
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8 f/ y1 J8 Z% u6 N- l9 @3 l 公家に寺社、武家、大衆、そして舶来と、文化の担い手がそろう江戸期。それらの競い合いや交流に、めりはりの利いた四季が彩りを添えたことだろう。キンモクセイが香る上野公園を帰りながら、日本文化の豊かな根を思った。
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发表于 2007-10-16 15:06:06 | 显示全部楼层
前日が新聞休刊日でしたので、この日の「天声人語」はありません。ご了承ください。
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发表于 2007-10-16 15:06:38 | 显示全部楼层

2007年10月16日(火曜日)付

兵庫県の但馬地方で農業を営む奥義雄さん(72)から、今年はキンモクセイの花が遅かったと便りをもらった。電話で聞くと、身近な自然を観察しながら、長く日記をつけてきた方だという。
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% r# h; D) [  M/ D4 l- t いつもなら9月19日ごろから甘い香りが漂うのに、今年は気配がなかった。あきらめかけた10月3日にやっと匂(にお)ってきた。ここ35年で、これほど遅いのは初めてという。「酷暑の影響でしょうか。自然の歯車がおかしい」と案じておられた。1 z9 z/ ~" ?9 B2 N

$ {5 F! ^! P0 P& t! ^ 9月の残暑も記録的だった。暑さだけではない。雨無しの日が長く続き、降れば滝のように叩(たた)きつける。そんな、「渇水か豪雨か」の二極化も著しい。自然の歯車の、もろもろの変調の背後に、地球温暖化の不気味な進行が見え隠れしている。- O4 l1 K/ t3 l; z! ~7 j6 o
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 その温暖化が、米国の前副大統領アル・ゴア氏へのノーベル平和賞で、くっきり輪郭を現してきた。もうだれも目を背けられないという焼き印が押された。氏は「伝道師」を自任して啓発を続けている。今回の受賞は、その評価を超えて、世界に「今すぐの行動」を求めた鐘の音でもあろう。
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. ]$ N* i, o$ U" D 「上農(じょうのう)は草を見ずして草を取る」という言い習わしがある。良い農夫は雑草が芽を出す気配を知って摘み取る、の意味だ。「中農は草を見て草を取り、下農は草を見て草を取らず」と続く。
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 温暖化に対し、私たちに「上農」の聡明(そうめい)さはなかったようだ。せめては「中農」の愚直さで向き合わないと、地球は危うい。下農にはなるな――キンモクセイの遅咲きは、自然の鳴らす、ひそやかな鐘とも聞こえる。
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