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楼主: koume88

日文小説『神様がくれた指』

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发表于 2008-2-18 19:18:23 | 显示全部楼层
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 楼主| 发表于 2008-2-20 14:58:31 | 显示全部楼层
名医の治療は、膝と手と腕力をフル活用した乱暴狼であった。痛みと恐怖で思わず絶叫すると、やかましいと一喝された。
『なさけない。わめくのは、たいがい男だ』
『子供を産む身体じゃないからですよ』
  脇で見ていた"天使"が同情するように言った。
『今時の男さ。戦争に行ったモンはこんなことで騒ぎゃしないよ』
  老医師は手際よく辻の腕に三角巾を吊りながら断言した。
『わしは右翼じゃないがね、あんたのような男には軍隊教育が必要だと思うね』
『外人部隊にでも志願しますかね』
  白い小さな顔がにっこりと笑った。その頃になって、ようやく辻は"天使"が、紺色のスーツに白いワイシャツ、ネクタイこそ締めていないが、がっしりした黒い革靴という服装なのに気がついた。
『男?』
  間抜けな声を出して目張った。
『気をつけたほうがいい』
  と医師は苦々しく忠告した。
『時々、女だと主張する』
『そういう商売ですから』
『せいぜい商売に励むんだな。三十六万、明日が最終期限。これが最後通牒だ』
『わかりましたよ。期限までに家賃を入れれば、治療費はサービスしてくれますか?』
『この男は文無しかね?』
  医師はあらためて細部を点検するような目つきでじろじろと辻を眺めた。
  文無しだと主張すればタダになるのだろうかと辻は考えた。先ほどの話の流れだと金持ちからふんだくり、貧乏人に優しい、融通のきく医者らしいが。
『払うよ。いくら?』
  辻は簡単に言った。こんなところで借りを作るのはいやだった。それでなくともこの昼間という女性、いや男性にひとかたならぬ世話になってしまった。
『今はあんまり金持ってないけど、ちょっと仕事すりゃあ.....』
  右腕を少し動かしてみて顔をしかめた。だいぶ楽になったものの、まだ相当に痛む。
『全治一ヶ月』
  医師は情け容赦なく宣言した。そして、治療費を告げたが、それは辻の財布の中身で間に合う金額だった。

  三沢医院の玄関を出ると、板塀の門まで、芝生がゆるいスロープで下っている。植え込みや樹木の点在する西洋風の狭い前庭だ。三沢医院は薄緑の下見板張りの西洋館で、隣接するもう一棟がやはりよく似た造りの建物だった。兄弟というよりは親子のように年齢差がある。隣が古い。古いが風格がある。壁のペンキも赤い屋根瓦も三沢医院のほうがきれいなのに、それを安っぽく見せてしまうようなシックな存在感がある。
  もっとも、辻牧夫としては、並んだ二棟の家の造りの違いなど、ほとんど目にも止まらなかった。彼が興味をひかれているのは家ではなく、その住人のほうだった。
  肩はずきずき痛むが、一人で歩けるようになった。半歩先を行く昼間の横顔を眺め、なるほど、男だとわかっていれば女には見えないなと妙な感心をしている。
  おかしな人物だった。容姿も物腰も実に品がいいのに、態度や行動にはどこか堅気ではない図太さがある。だいたい、自分のような者を道端から拾い上げてくれるというのがまっとうじゃない。あらためて不思議になる。商売は何だろう。金の催促をされていたようだが、よほど困っているのだろうか。
『電話をかけますか?』
  昼間がふりむいて尋ねた。
『家に、連絡を』
  はっとした。お母ちゃんはどうしただろうと思うと同時に、不愉快な記憶が鮮烈に甦り、とっさに言葉も出ないほど強い怒りがこみあげてきた。
『誰かに迎えにきてもらいますか?』
  昼間の足は門ではなく隣の屋敷にむかっている。
『そうほうがいいと思いますね。肩の怪我だけじゃないでしょう。暑気あたりか貧血か。あんなふうに意識がなくなるのは』
『ムショぼけってヤツさ』
  辻は正直に言ってみた。
『シャバのスピードに目がくらむのさ』
『へえ』
  昼間は足を止めた。髪と同じ薄い色の瞳が好奇心をたたえてキラリと光った。
『何年、入ってたんです?』
『一年ニカ月』
『それで、目がくらむんですか?』
  刑期が少ないのを馬鹿にされたような気がして、それが妙に面白くなくて、
『あんたも、試してみたらどうだい?』
  すねたように言うと、黙って笑っている。冗談だとでも思ったのだろうか。玄関の鍵を開けて平気で家に自分を招き入れようとするので、不用心もここまでくると相手に何か魂胆がありそうな気がして辻のほうが入るのをためらってしまうのだった。
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 楼主| 发表于 2008-2-20 16:37:50 | 显示全部楼层
『あの三沢という医者の父親は写真屋で、この部屋をスタジオに使っていたらしいです』
  昼間はスーツの上着を脱ぎながら言った。
『明治の頃だから、写真屋なんて洒落た商売ですよね』
  本物の大きな暖炉のある客間だった。広さは十二畳くらいあるだろうか。寄せ木細工の黒ずんだ床の中央には、ペルシャ風のじゅうたんが敷かれ、アイボリーの合皮のソファー・セットが置いてある。艶のある長方形の木のテーブルは飾り気がなく無骨でどっしりしている。テーブルは窓のそばにもう一つ置かれ、やや小さく、背が高く、形は丸い。やはり背の高い木のスツールが一つ添えられている。丸テーブルは黒いクロスに被われ、上には白木の箱と、蝋燭立てのような銀色の細工物がきちんと並べてあった。
  入口の正面の壁に窓が二つ。左側は鎧戸が閉じていて、右側はガラスが内側に開け放たれている。
  右手の壁は作りつけの本棚になっていた。部屋の主はなかなかの蔵書家のようで、辻にはタイトルも読めない洋書がやたらと並んでいた。和書には、占いや宗教に関するものが多いようだった。
  薄暗く、暑い部屋だった。薬草のような妙な匂いがこもっていた。風が抜けるように玄関の戸もストッパーをかけて開けたままにしてあるのだが、申し訳程度に空気が動くだけで、あまり効果はない。
  三人掛けのソファーをすすめられ、入口近くの隅にある引出しのついた猫足の木の台の上の電話を教えられ、自分はあまりここで飲食をしないので飲物はお客用のハーブ・ティーしかないのだが、冷たいほうがよければ冷蔵庫で冷やした水道水——少し古いかもしれないが飲めないことはないだろう——にするかと聞かれた。
  辻は水を注文した。薄紫の透かし彫りのあるタンブラーに入った透明な液体をのどに流し込む前に、
『ヒルマさん、何してる人?』
  と尋ねた。この質問を自分が先にしなければならないのがしゃくにさわったが、水の一杯も薄気味悪いほど部屋も部屋の主も実に正体不明なのだった。
『私?占い師ですよ』
  昼間はごくあっさりと答えた。
  辻は水を飲んだ。カルキ臭くてまずい水だったが、 飲み干したあとでひどくのどがかわいていたことに気づいた。
『あなたは?』
  昼間は聞かれたことに対する礼儀のように同じ質問を返してきた。
『スリをやってた。電車専門』
『肩の怪我は?』
『.....スリにあってね』
  言葉がすんなり出てこないほど、腹の底が怒りで煮えたぎっている。
『そいつらはガキでね、なめてかかってたらぶんなげられたんだよ』
  辻は輪郭のはっきりした薄い唇をきりきりと噛みしめた。
『ガキのくせに、いっちょまえにグループで仕事しやがんだ。冗談じゃねえ。あれは一回や二回じゃねえ。何度もやってる。信じられねえよ』
『それは、災難でしたね』
  昼間は落ちついた口調で言った。
『ガキって、いくつくらいです?』
『高校生かな。わかんねえな』
『警察と病院をいやがったのは、どういうわけなのかな』
『誰が?』
『あなたが』
『そうなの?』
『そうなのって.....。だから、三沢さんのところへ連れてきたんですよ。よほどの事情があるかと思って』
『そうなの?』
  辻はもう一度繰り返して、左手で坊主頭をかいた。
『ああ、そうだ。酔っぱらいと間違えてトラ箱に入れられたらいやだと思ったんだよ。出てきたばっかりの日にだよ、またオマワリの顔なんて見たくないでしょ』
  昼間はあきれた顔をしている。
『どうも、世話になっちまって』
  辻は助けてもらった礼を言ってなかったことに気づいて頭を下げた。ついでに、言わでものことを付け加えた。
『いつも、そんなに親切なわけ?もし、俺がすげえ悪い奴だったら困んない?』
『勘が頼りの商売でね。本当に悪い奴のにおいはわかります』
『そうかな.....』
  辻は電車の中の少女スリのことを思い出していた。乱暴な少年のことも。いったい誰があの連中に警戒心を抱くだろう。占い師なら予見できるのだろうか。
『電話、かけないんですか?』
  と昼間は聞いた。
一刻も早くかけなければいけなかった。
  壁にかかっている時計を眺めた。白っぽい木の皿のような文字盤のない針の位置は、どうやら五時近くのようだ。中華料理店『早々軒』が忙しくなる時間帯だった。お父ちゃんは孤軍奮闘してるのだろうか。耕二はもう店に出ているだろうか。お母ちゃんは?咲は?自分を連れずに帰宅したお母ちゃんに咲はなんて言っただろうか。
  いや、誰も店なんてやっていないと辻はわかっていた。彼を捜したり、気を揉んだり、みんなでウロウロしているに違いなかった。さあ、早く、連絡を。
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发表于 2008-2-20 21:22:20 | 显示全部楼层
貼完了麽?弄完我給你做一個PDF的
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 楼主| 发表于 2008-2-28 09:56:59 | 显示全部楼层
先谢过楼上的啦,完了找你,估计还要过一段时间,呵呵.
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 楼主| 发表于 2008-3-1 15:39:32 | 显示全部楼层
何をためらっているのだろう。
『あまり長居はすすめませんよ』
  と昼間は言った。
『なにしろ、この家は暑くてね。また具合が悪くなるといけない』
『暑いのは慣れてる』
  辻は独り言のようにつぶやいた。
  昼間は辻の顔をじっと見た。目があうと、何か頭の中身を読み取られたような落ちつかない気分になった。
『何かわかる?』
  辻は尋ねてみた。
『俺の面から、何か読める?』
『迷い。相反する二つの気持ちの闘い』
  占い師は答えた。
『どんな気持ち?』
『さあね。そこまではね。占ってほしいんですか?ここでカードを並べると一時間で一万円必要ですよ』
  金の話題になったので、辻は三沢医師が最終期限だの最後通牒だの言いつのっていたことを思い出した。
『ここ、あの医者に借りてるんだよな?』
『そうです』
  昼間の顔に苦笑のようなものが浮かんだ。
『あんまり、もうかってないの?』
  辻は不遠慮に尋ねた。
『収入を支出が上まわります』
『女?ギャンプル?』
『勘がいいですね』
『そんなの常識じゃないの』
  辻は、あまり、おせっかいなタチではなかった。目の前の小男のように、見ず知らずの人間を気にかけるほど親切でも物好きでもなかった。だから、いつもなら、そんな立ち入った質問は決してしない。
『借りるあて、あるの?』
『運が良ければ』
  昼間は気取った微笑みを浮かべた。その答えは、辻の気持ちの底のくぼみのような部分にすとんと落ちて動かなくなった。
——運が良ければ。
  運が良ければ、手に入る金だ。たしか、三十六万とか言っていた。それが三百六十万だったら、辻もそんな突飛な考えを起こさなかったはずだ。自分がそれを手に入れよう、と。恩返しをしよう、と。
  なぜ、早田家に電話したくなかったのかがその時わかった。早田のお母ちゃにゃ咲が賛成するはずなどないのだから。理解してくれと頼むほうが間違っているのだから。
  仕事がやりたい。
  スリの仕事が。
  どうしても、やりたい。
  あんなガキどもにしてやられたままで、引き下がれない。俺だって、やれる。もっとうまくやれる。あいつらを見つけてやる。絶対タダじゃおかない。プロの仕事がどんなものか思い知らせてやる。
  思考をさえぎるように、突然、電話のベル音が鳴り響いた。辻はぎくりと身をすくめた。早田家と電話が頭の中で一つに結びついていたので、一瞬、咲かお母ちゃんが彼を咎めだてするためにかけてきたような錯覚に陥ったのだ。
  昼間が応答した。当然、昼間への電話だった。どうやら、相手は馴染みの客らしく、占いの予約をとりつけている様子だった。常連の客がいて、予約が必要だとあれば、かなり流行っている商売ということになる。
  支出が収入を上まわる——と昼間は言っていた。あながち嘘ではないかもしれない。人が金を必要とする理由は数限りなくある。女かギャンブルかと冗談めかして尋ねたが、家族の病気のような深刻なものかもしれないし、まったくただの浪費なのかもしれない。
  受話器を置くと、昼間はこちらを振り向いた。
『ちょっと金策の電話を二、三かけます。それから、たぶん出かけることになると思う』
  出ていってくれと、ほのめかしていた。
『わかった』
  辻は肩をかばうようにゆっくりとソファーから立ち上がった。
『本当に助かった。世話になった』
  どうやって、昼間に金を渡そうかと考えていた。自分に三十六万を調達できるかどうかはともかくとして、のこのこ戻ってきて手渡したところで素直に受け取ってくれるかどうか。昼間より早く"金策"を成功させて、大家の三沢に直接渡してしまえばいいか。
『家に、帰りますね?』
  昼間は素行不良の中学生に対するように、心配そうな口ぶりで尋ねた。
『ああ、そうだな』
  辻はおせっかいな教師に対するように気のない調子で答えた。
『待っている人がいるんでしょう?』
  昼間が重ねて聞いた。
  待っている人たちはいる。そんなに一生懸命待っていてくれなければいいのにと思う。
  迷い。相反する二つの気持ちの闘い。
  帰りたい。帰りたくない。
  返事をするタイミングを逃したが、昼間もそれ以上は追及せずに、地下鉄の駅までの道順を丁寧に説明してくれた。
  玄関で別れをつげた辻が背を向けてから、
『ねえ、もし、行くところがなかったら.....』
  昼間の声が呼びかけてきた。
  辻が振り向くと、
『いや、行くところがないのは、こっちのほうかもしれないですね』
  栗色の髪を肩まで垂らした小男はそうつぶやいて、どこか寂しそうに笑った。
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 楼主| 发表于 2008-3-1 16:43:04 | 显示全部楼层
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    夏の夕暮れの空はまだかすかに青さを残して明るかった。路地の空気はぬるいお湯のようで、三沢屋敷の向かいに並ぶ古い民家の料理のにおいがたちこめていた。しょうゆの焦げるにおい、魚のにおい、揚げ油のにおい。夕飯は何だろうと想像すると、いやおうなく早田の家を思い出して、ふと柄にもなく里心がついた。
  夕暮れ時というのは、子供が家に帰る時刻で、そんな遠い数多の幸福な記憶が脳細胞にしみついていて、大人になったのちも家の灯を恋しくさせるのかもしれない。早々軒の赤提灯。夕飯はいつも店の料理で、ラーメン、チャーハン、スブタ、ギョウザ・ライス。遊び場から咲といっしょに家路につき、咲といっしょに食卓についた。耕二が生まれるまでは二人きりの時が多かった。お父ちゃんもお母ちゃんも店に出ていたし、おじいちゃんはたいてい留守にしていた。
  咲は食べない子供だった。よくそれで生きているなと不思議になるほど特定のものをぽっちりしか食べない。ラーメンは麺だけ。ギョウザは皮だけ。スブタはタケノコとニンジンだけ。チャーハンはみじん切りのネギをきれいに選り分けてから、まずそうに御飯をモグモグと噛んでいてなかなか飲み込まない。咲の残したものを辻は全部たいらげて、そのことをお母ちゃんに黙っていたが、咲が営養失調で死んだら自分のせいだとひそかに怯えていた。咲の好きなイチゴ大福やジャムパンをお小遣いでこっそり買って食べさせたりしていたものだ。
  咲のことを考えると、だんだん胸が重たくなってきた。まっすぐ帰るか——九分九厘その気になりかかったが、右腕を吊っている三角巾が目のはしをかすめると、やり場のない怒りがまたもやもやとこみ上げてきた。
  みっともねえ!と思うのだ。自分がついていながらお母ちゃんの財布をむざむざとスリとられ、追いかけたらこの始末。もちろんにぎやかな笑い話で終わるだろうが、愛情に満ちあふれた早田家の茶の間の笑い声を想像すると、いてもたってもいられないような気分になる。あのガキ連中にしてやられたままで、おとなしくスリから足を洗って堅気の職につく気にはなれなかった。
  うどん屋のわきを左に折れて、車通りの多い細い道をだらだらと下ると、煉瓦タイルで舗装された商店街に出る。一ツ木通りだ。右へ行くと赤坂駅、左へ行くと赤坂見附駅。
  立ち止まって一つ大きく息を吸うと、繁華街の雑多な空気が肺から全身にしみわたるようで、飲食店の看板も、行き交う人々や車の列も、いきいきと輝きを増して見えた。雑踏が好きだった。先ほどは目まいがするほど苦痛だった色や光やにおいなどの刺激が心地好く感じられ、あらためてシャバを肌で意識した。気持ちが開けていくのがわかる。はずんでいくのがわかる。世界が自分と自分の指の動きを待っていてくれるのがわかる。
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发表于 2008-3-11 14:50:16 | 显示全部楼层
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发表于 2008-3-13 17:58:00 | 显示全部楼层
很长啊。。。我拷下来慢慢看。。
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 楼主| 发表于 2008-3-15 10:04:45 | 显示全部楼层
むずかしい計画だった。一年ニカ月のブランクと利き腕の怪我——すなわち、ふらつく足と、にぶった勘と、痛む肩と、右ほどは達者でない左の指という悪条件で、一晩のいつに三十六万なる金額をどうやってスリとるか。
  やはり、"長箱"がいいだろう。昔の言葉で長距離列車で行うスリのことだ。
  新幹線に乗ろう。

  八重洲北口のみどりの窓口で、グリーン席の窓際の乗車券を買い求める。八月半ば過ぎの夕方ということで、列車はかなり混雑しており、一時間半ほど先の新大阪行きひかり号のチケットがようやく手に入った。本当はもっと先まで行く列車のほうが良かった。長く乗れるほうが何かと融通がきくのだ。まあ、仕方がないさ、前もって慎重にプランニングした仕事ではない、いきあたりばったりでやってみるさと心を決めた。
  肩の治療費と新幹線代で、手持ちの金がだいぶ乏しくなった。一万五千三百十二円。全財産を確認してからジーンズの左右のサイド・ポケットにばらしてねじこみ、山手線で上野まで出た。アメ横の文房具、雑貨屋、洋品店などをまわって買物をする。必要な物は、事務用封筒、超薄手のビニール手袋、保存用ビニール袋、ハンカチ、帽子。それから、コンビニを二軒まわり、剃刀や電池やお菓子など小さな安い物を数度に分けて買い、レジ袋をたくさん入手する。いらない物は捨て、必要な物だけショルダー・バッグに収め、三百五十円で買った黒いベースボール・キャップのひさしを後ろにまわして丸刈りの頭にのせた。
  この髪型は、見るからに犯罪者か極道だ。目立つ。せめて人並に生えそろうまでは悪事に慎めという刑務所の餞別のようだ。スリは決して目立ってはいけない。
  腕が長い、視界が広い、といった利点もあるが、百七十九センチの身長を時々邪魔に思うことがあった。とびきりノッポというわけではないが、やはり人より少し高い。少し目立つ。だから、背中を丸めて、ややうつむきかげんに歩く。
  早田のおじいちゃんはよく言っていた。おめえは派手でいけねえ。派手な服など着たこともないし、派手な言動もしない。それでもなぜか人目をひく。日本人離れした長い手足に、浅黒いそげた頬、鋭い大きな目。あんまり男前になるなよ、と子供の頃、おじいちゃんに妙な忠告をされたものだ。女に顔を覚えられるからな。女がカモなんだからな。腕力、走力において男に劣る女を、スリは狙うのである。犯行を気づかれた時にふりきって逃げやすいターゲット。男より女を若者より老人を。身体的弱者を襲わないなどというきれいごとを言っていたら、プロのスリは務まらない。
  それでも、伝説の名人早田勘介は、盗人の仁義を重んずる昔気質の紳士的スリの生き残りであった。暴力を嫌った。カモが決して気づかない神業のような軽妙なタッチを誇りとした。金額の多少より、いかにしてそれを手に入れたかという点にこだわった。あんな人はもういない、と辻は思う。あんな腕のいい、あんな古臭い考え方のスリはもういない。今日、これから辻がやろうとしている"ブランコ"という手口などスリの技とは断じて認めなかった。ただの置引きだと吐き捨てる。
——なあ、おじいちゃん、今日はね、ハンディー、ノルマ、タイム・リミットと三拍子そろってんだよ。勘弁してくれよな。
  辻は胸の中で言い訳した。
  彼もまた、一番身近で育てられた弟子だけに、頑固な職人気質と古めかしい犯罪美学の持ち主なのだった。
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发表于 2008-4-9 09:53:06 | 显示全部楼层
へー?まさか?--玉木宏と小池徹平の映画の原作?
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 楼主| 发表于 2008-4-14 10:21:31 | 显示全部楼层
新幹線には独特の匂いがある。グリーン車にはまた少し違った独特の匂いがある。余計に払っている料金分のぜいたくな匂いがあると辻は思う。
  進行方向に向けて真中からやや後ろ、左側の座席だった。悪くない。ショルダー・バッグを足元に投げ出し、シートを少し倒して寄りかかり、キヨスクで買った漫画週刊誌を開いた。三角巾は目立つのではずしておいた。退屈そうな表情を作って、前後と右に客がやってきて座るのを待った。
  新幹線グリーン車の"長箱"は、仕事場とする東京近郊の電車の"箱"以上に運が必要だった。いくつもの電車を乗り換え、カモを値踏みし、タイミングを図って近づく、という回転の良さがない。一発勝負の博打に似ている。自分の周辺に豊かな金脈が存在するか否かにかかってくる。ただし、確率は高い。特別料金を払っても十分に見合うだけの、十数万円という稼ぎが期待できる。運が良ければ数十万円。一千万円入りの手提げバッグにぶつかったスリの話もあるくらいだ。
  東海道新幹線のグリーン席の乗客の多くはなかなか良い財布を持っている。そして、赤ん坊のように他愛いなく眠る。あるいは、本や雑誌に音楽にノート・パソコンに没頭する。他人には徹底して無関心だ。そして——。
  夏場、男性諸君は、財布の入った背広を脱いで窓際の座席のフックに掛けておく。そこは自分の領分だと信じている。自分の座席内の場所だから安心だとごくあたりまえのように思い込んでいる。
   
  ひかり三三七号は東京駅を発車した。
  前の座席には四十前後の中間管理職風の男が座った。背広は脱がない。隣はパステル・グリーンの立襟のスーツを着て、女性アナウンサーのように行儀良く膝をななめにそろえた小柄な老婦人だ。後ろは空席だ。新横浜で乗車してくれるといいが。今のところ、この席にはあまり運がついていない。
  やはり、本職の"箱"で勝負すべきだったかなと、自分の弱気を少し後悔した。一発勝負に勝つためには、最低でも博多の二往復くらいは必要だった。まあ、いい。だめなら、自分から出歩いて見つけるまでだ、通路を歩きながら。トイレを待ちながら。ホームに降りながら。機会はある。この車両の網棚に幸運が転がっている可能性だってあるのだ。

『あのねえ、あなた、お仕事は何をなさっているのかしら?』
  隣の老婦人が話しかけてきたのは、まだ列車が新横浜に到着する前のことで、辻はまったく不意をつかれてドキリとしてしまった。きれいに切りそろえた白髪のオカッパ。遠慮のない明るい丸い目をしていて、人なつこくニコニコ笑っている。ただの世間話のとっかりに しては、心臓に悪い台詞だと辻は腹を立てた。だいたい、新幹線の、それもグリーン席では世間話など仕掛けないのが暗然のルールである。ルール違反をするのは決まってこういうおめでたい顔つきのばあさんなのだ。
『色々と、ね』
  辻は面倒臭そうにつぶやいた。少しでも隙を見せると、ばあさんはかさにかかってしゃべりつづけるかもしれない。
『ええ。色々、ね』
  相手は落ちつきはらって繰り返した。
『今の若い人は色々というのが好きよね。私の息子も、色々が大好きでねえ。色々と商売に手を出して一時はビルを十個くらい持っていたことがあったわ。今は三つくらいに減ってしまったけれど、それでもまだ懲りずに色々をやっているわよ』
  息子がビル三つのオーナーということは母親もやはり金持ちだろうか、上品な身なりだし、骨ばった指にはめているエメラルドは本物だとするとまことに巨大だが、これはもしかするとネギをしょったカモがすりよってきて自己紹介をしているのかもしれないと、辻はひそかに舌なめすりした。
『父親がそんなだから孫もビジネスマンなの。今日は私が帰るからってお弁当を作ってくれてね、まあなんてカワイイと思ったら、九百八十円も払わされたのよ』
  老婦人は丸い目をくりくり動かした。
『なんで九百八十円もするのか、さっぱりわからないの。見せてくれないの。開けてびっくりの玉手箱なんですって。どう思う?私はなかなか商才があると思うのだけど』
  辻もそう思った。
『あとでいっしょに食べましょうよ』
『いや。俺はさっき食ったばかりだから』
『そんなこと言わないでよ。私、何が入ってるのかと思うとドキドキしちゃって、こわくてきっと開けられないわ。お願いだから、ぜひ、つきあってちょうだいよ』
『孫って、年、いくつよ?』
『四歳よ。男の子。父親そっくりなの』
  断固として断る口実を考えているうちに、列車が新横浜に到着し、後ろの席に二人連れが座った。窓際に父親らしき男が陣取り背広を脱いでフックにかけてくれたのはありがたかったが、隣に十歳くらいの女の子がいる。子供は目ざとい。いやだなと思う。
  商才のある四歳児の祖母はしゃべりつづけていた。もし、仕事をする必要がなかったら車中の暇つぶしには格好の話だった。彼女の人生は波瀾万丈であり、それを語りつくす術を心得ていた。静岡駅を通過する時、ばあさんはやっと十八歳だったが、空襲で家を焼け出されて戦後に一家で奈良に越し、女学校で数学の教師と熱列な恋愛を始めたところだった。辻は狸寝入りを始めた。目を閉じてから五分ほどして、ようやく朗朗としたソプラノの声が『あらまあ』と一オクタープ低くつぶやいてとぎれ、静寂が訪れた。待ちかねた静寂だったが、どうも居心地が悪かった。隣の席からは身動きする気配が伝わってこない。偽の寝顔をいつまでもじっと見つめられているようで、頬のあたりの筋肉がぴくぴくとひきつれてきそうだった。
『ねえ、パパ!』
  その時、後ろの席の女の子がかん高い声で叫んだ。辻の心臓ははねあがった。
『あたし、凍ったみかんが食べたくなった』
『そんなもの、どこにあるんだい?』
  とパパは眠そうな声で返答し、辻は本日の運勢について再び悪い予感を抱いたのだった。
  列車は浜松の駅を通過した。隣の老婦人はすやすやと眠っていた。辻は起こさないように気をつけながら、シートをいっぱいに倒した。老婦人は半分くらいしかリクライニングをしていないので、シートの背もたれの隙間から後ろの席がよく見えた。パパはガラス窓に頭を押しつけて熟睡していた。その娘はコミックスに没頭していた。ようやく仕事のできる環境が整ったようだった。好機を逃してはいけない。一分後には老婦人が目覚めるかもしれないし、女の子が凍ったスイカを欲しがるかもしれない。
  辻は窓に身体の正面を向け、夜景に見入るようなふりをしながら、左手を窓とシートの隙間に差し入れて、ゆっくりと伸ばしていった。指先がフックに掛けた背広に触れる。ひにゃりした布地の感触を楽しみながらさらに指を伸ばし、背広を揺らさないようにしてふくらんだポケットを探した。やはり、内ポケットだ。財布の感触。窓ガラスを鏡代わりに使って老婦人がおとなしく眠っていることを確かめる。列車の揺れに逆らわないようにリズムを身体に刻み込むようにイメージし、人差指と中指でチョキを作り、その二本の指で端をはさんでそっとポケットの中から持ち上げていく。
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发表于 2008-4-18 11:17:04 | 显示全部楼层
不错的文章哦
谢谢搂主
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发表于 2008-4-18 13:56:41 | 显示全部楼层
谢谢楼主分享
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 楼主| 发表于 2008-4-29 10:05:13 | 显示全部楼层
背中をツンツンと小突かれた。
  まったく予期していなかっただけに思わず悲鳴が漏れそうになったが、声を出さなかったのはプロのたしなみだった。
  ふりむくと、シートの背もたれの上に、すばしこそうな目つきの女の子の顔があり、細かい腕を伸ばしてマーブル・チョコレートの筒の先で辻の背中をもう一度つつこうとしていた。
  見られた?まさか?信じられない!気づかれるほど大きく背広を揺らしただろうか?
『ねえ、何が見えるの?』
  と女の子はマーブル・チョコレートの筒をぶらぶら振りながら、のんびりと尋ねた。『暗くても何か見える?夜は暗闇を電気の光しか見えないからつまんないってパパはあたしを窓んとこに座らせてくれないの』
  辻は、リスかハムスターを思わせるような女の子の細かい顔をつくづくと眺めた。バレたのではなかったか?それはそれで、なかなか信じられないことだった。
『看板を——数えてたんだ』
  思いついたことをでたらめに口から出したら、女の子は興味深そうに目を細めた。
『いくつ、あった?百六十個?』
『まだ始めたばかりだから、ただの六個』
『なんだ、つまんないの。ねえねえ、しりとり、やんない?ポケモンの名前しりとり』
  やらないときっぱりと断って女の個を撃退し、シートのリクライニングを隣と合わせて隙間を埋めた。
  どうも厄日だな、と思った。ツキがない時は無理をしないほうがいいのだが、ここで弱気になるのも悔しかった。後ろの背広が格好のターゲットなのだが、恐るべき番犬少女がついている。前の座席のフックには背広がかかっていない。辻の視線は隣の席の老婦人が膝に抱えるようにしている小型のボストン・バッグに吸いついた。狙わないのは馬鹿げていた。いつかく千金、の可能性だってあった。
  名古屋まで三十分あまり。気づかれた場合逃げ場がないのが"長箱"の恐さだった。彼女とは話をしている。顔を覚えられている。目を覚ましたら、たぶん彼女はバッグを開けるだろう。トイレに行ってハナカチや化粧道具を出すため。何か飲み物でも買おうと財布を出すため。それから、そうそう、商才のある孫のお弁当を食べようと取り出すため。バッグを開ける可能性はほぼ百パーセント。財布がなくて隣席の若者が姿を消していたら、トイレの隅々まで乗務員といっしょに捜しにくるだろう。問題はどのあたりで、彼女がお目覚めになるかということだった。行く先は終点の新大阪だと言っていたが。
  危険といつかく千金の可能性をはかりにかけて、可能性の魅力にわずかに傾いた。初めて早田のおじいちゃんの手伝いをして財布のリレーを受け持った七歳の時から、常に大金奪取の可能性に魅せられていた。あと五分だけ待とう。いや十分。その時、まだ彼女が眠っていたら、一か八か勝負に出てみよう。
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