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楼主 |
发表于 2008-11-28 14:49:35
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正午に客が来ることになっていた。予定通りに来て見料を払ってくれれば一万円が手に入るはずだが、今更一万円を手に入れてどうなるというのだろう。
午前五時に帰宅して、蒸し風呂のような二階の部屋で四時間ばかり熟睡して汗を一リットルばかりいて目覚めた。パジャマが二枚目の皮膚のように全身にぴったり貼りついていてひどく気持ちが悪い。気持ちが悪いのは肌だけではない。胃袋も頭も、ぐいともぎとってゴミ入れに捨ててしまいたいくらい不快な存在だった。まさに、この頭は不要だと昼間は思った。二日酔いの多くは自己嫌悪とともに味わうものだが、今朝は自己嫌悪に陥れるほど自分の心身に執着がなかった。神様に頼んで、もう少しまちもな水準の頭と交換してもらおう、それまではこの布団から起き上がるのをやめようと考え始めた。
しかし、だらだら寝そべっているには、あまりに暑すぎた。それに、ゆうべの「エブリ・ナイト」でのことを思い出さずにいることもできなかった。姉に借りた五十万円をパーにしてしまったのは、まあ、いい。真剣勝負の結果、武運つたなく敗れ去ったのなら、まあ、いい。酒を断りきれずにのんきに泥酔して、いつのまにか紙クズをふりまくように捨て去ってしまったのはあまりと言えばあんまりだった。
必要な金なのだ!
にもかかわらず、自分はあの金をカジノにわざわざ捨てに行ったのではないかという気がした。姉に恩義を感じたくないなら姉に近寄らなければ良いのだ。姉ではなく義兄に頼むつもりだったことは言い訳にならない。
ああ、そんなことは、もうすべてどうでもいい。自分が優柔不断で無計画で見栄っぱりなろくでなしなことは前々からよくわかっているし、もう一度再確認したところで、この壮絶な頭痛やむかつきが減るものでもなかろうに。
昼間は布団からのそりと起き上がった。
この和洋折衷の古風な西洋館の二階は二間続きの和室だった。襖を開けはなって、二部屋の窓という窓も常時開けはなって、一番風の通りの良い場所に敷き布団だけの万年床をこしらえてある。もうじきここで眠れなくなると思うと恨みがましいような奇妙な愛着を覚える小さないように寝床であった。
昼間は寝床から一番近い北向きの窓辺に歩み寄って、ギシギシといやな音をたてる鎧戸を壊さないように気をつけながら、いっぱいに開け広げた。まぶしい晩夏の光に目がくらむ。晴れ上がった空が何やら青い怪物のように圧倒的な迫力でのしかかってくる。そのまま首を垂れて視線を落した。
二つの建物の中間にある門の扉は開いていた。自分が五時に帰ってきた時は閉めておいたので、三沢医師が開けたものと思われる。三沢は頑健な年寄りらしく早起きで、夏は六時頃に目覚めて、狭い芝生の庭で、うーふーとうなりながらストレッチ体操のようなものをやっている。さて、あのじいさんのところへ何時頃出頭して、ここを出て行くことを告げようかと考えていると、門をくぐって入ってくる人物が目に止まった。
少し猫背のノッポの男で黒いベースボール・キャップをかぶり、ブルー・ジーンズにダンガリー・シャツ、黒い大きなショルダー・バッグを肩からさげている。
夢で見た人物が現実に姿を現したような奇妙な感覚に陥った。昨日、新宿の街角で拾ってきたスリの男が、今、なぜ、またここにやってくるのだろう。しかも、彼はためらいがちにゆっくりと歩いていて、あたりをうかがうように落ちつかなげにきょろきょろと視線をめぐらし、一度足を止め、また歩き出し、また足を止めた。彼の職業のことを思うと、まさにトラブルが服を着て訪ねてきたようだったが、昼間はなぜか嬉しいような気持ちがした。
気になる男だった。家まで連れてきながら深く事情も聞かずに中途半端に放り出してしまったようで、ずっと心のどこかで引っ掛かっていた。上から声をかけようとした。名前も聞いていないことに気づいた。おーい、スリくん、と呼ばわるわけにもいくまい。スリくんは、またのろくさと歩き出し、こちらではなく、隣の三沢医院の建物のほうへ向かった。
なんだ、診療にきたのか、肩でもひどく痛むのかなと思い、男が三角巾を吊っていないことに気づいた。嫌な予感がした。嫌な予感はもうこりごりだが、怪我が悪いのなら心配だし、彼が三沢を脅したりユスったりしないという保証はどこにもない。
昼間はよろめきながらパジャマを脱ぎ捨てた。緑の濃淡のチェック・シャツにハーフパンツという一番手近にある服を急いで身につけた。コップ一杯の水で頭痛薬を五錠ばかり飲んで、しかるのちに、そのすべてをさっぱりと吐き出してしまいたいという強烈な欲望にかられたが、少し辛抱することにした。
診療所の待合室のドアを静かに閉めた。待合室には患者の姿はなく、薄い壁越しに診療室から三沢医師の大きな筒抜けに響いてきた。患者が三角巾をはずしっぱなしにしておいたことを叱りつけている声だった。診療室のドアをノックしようとして、ふと思い直して待合室のソファーに腰を下ろし、耳にすませた。
スリの男の声は、低くて小さく聞き取りにくい。反対に三沢医師の声はすこしボリュームを下げてほしいほど勇ましくびんびんと鳴った。
「なんだって?昼間さんの家賃がどうしたというんだ?」
あまり物に動じないほうだと思うのだが、この時ばかりは号令をかけられたように腰が浮いて半分立ち上がった。
スリの男が何かつぶやいた。三沢が吠えるように返答した。
「三ヶ月分の三十六万円だが、あんたがそれに何の関係があるんだ!」
昼間は立ち上がって壁にすりより、ぴたりと耳を押し付けた。
少し長い沈黙のあと、言いにくそうにスリの男が口にした言葉が今度は聞き取れた。
「持ってきました。ここに、届けるようにって、彼が・・・・・・」
言葉は聞こえたが、意味を理解することができなかった。昼間という男がもう一人いて、その知らない分身が知らないうちにそんな結構な命令を下したのだろうか。
チーとチャックの開くような細い音、パサパサと紙が鳴るような音。お金を出している様子だ。今、自分がヤモリのように壁に貼りついていることを中の二人が知ったらどうだろう?それより、今、この待合室に三沢の患者が入ってきたら、どうしよう?
「しかしだね」
と三沢は怪しむように言った。
「なぜ、あんたが、だね?昼間さんはどこにいるんだね?」
「ちょっと調子悪いみたい。俺はゆうべは泊めてもらったんだけど、ヒルマさんが外から帰ってくると、それ、さっきなんだけど、貧血っつうか、暑気あたりっつうか、動けなくなっちまってサ、それで、俺が肩をどうせ診てもらうから届けるってことにしたワケ」
「よし。確認しよう。どうぜ受け取りも渡さんといけない。二階で寝てるのかね?」
「寝てるよ。もし少ししてから行ってやってよ。よく眠ってるからさ」
じゃね、とスリの男は軽く挨拶して立ち上がったようだった。
昼間は壁から離れた。待合室のドアを開けて廊下に出て音をたてずに閉めた。それから三沢医院の玄関を出て、庭で足を止めて、少し迷った。家の二階でおとなしくのびていたら、降って湧いた幸運のシナリオ通りに三沢がやってきて受け取りを渡してくれるのかもしれない。しかし、それでは、シナリオライターの意図は一生わからないままで終わる。
「こんにちは」
と昼間は三沢医院の玄関から出てきたノッポの男に声をかけた。先方は幽霊でも見たように文字通りギョッとして、大きな目をいっぱいに見開いた。
「また会えるとは思いませんでしたよ」
姉が聞いたら気障だと罵りそうな台詞を口にして、昼間は人生にはずいぶん面白いことがあるものだなあと感心した。
「よもや、あなた、貧血と暑気あたらいで寝ている病人を放り出して、出ていったりしませんよね?」
「もしかして・・・・・・聞いてた?」
スリの男は非常に低い声で尋ねた。
「私の病状は、正確には暑気あたりじゃなくて二日酔いです」
昼間は質問には答えずに訂正を入れた。
廊下を歩む嵐のような足音がして、やがて三沢医師の大きな身体が玄関から飛び出してきた。
「昼間さん!」
三沢は昼間の鼻先に人差指をつきつけた。
「あんたは、貧血っつうか、暑気たりっつうかで、二階でよく眠っているはず・・・・・・」
「――なんですけどね、あそこは暑いんですよ。外よりもっとね」
昼間は三沢の言葉をさえぎった。
「領収書はあとで頂きに上がります。冷房のきいた店で冷たいものでも飲んで少し頭を冷やしてきますよ」
「おい、待て。どうも気にいらんな。あれは変な金じゃないだろうな」
三沢は険しく目を光らせて、昼間と辻を交互ににらみつけた。
「変な金って何です」
「警察に追いかけられるような類の金だ」
「大丈夫です。姉から借りたものです。心配だったら、電話番号を教えますので確認して下さい。檜山法律事務所の経営者の一人で、弁護士です。檜山冬美と言います」
昼間はてきぱきと話した。胸のむかつきが少しマシになっていた。
「ほう。お姉さんが弁護士の事務所をやってるのか。本当かね。そういや、保証人の友人ってのも弁護士だったな。まあ、色々な人生があるもんだな」
三沢は皮肉たっぷりにうなずいた。
「そう、色んな人生がある・・・・・・、みんなが三沢さんみたいに言ってくれると、ありがたいですね。」
昼間のほうは大真面目にうなずいた。そしてあとでうかがいますとまた繰り返して、今にも隙を見て逃げ出しそうな隣のノッポの男の無事なほうの腕を引っぱるようにして、門へ向かって歩き出した。
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