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楼主: koume88

日文小説『神様がくれた指』

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 楼主| 发表于 2012-1-11 16:33:53 | 显示全部楼层
 そんな無茶はしない、と言いかけて、必ずしも正確な表現ではないと思い直した。
「前に、二年くらい外国をその日暮らしでふらふら歩いてたことがあるんです。ギャンブルの味はその時に覚えました。負けが払えなくてチンピラに殴り殺されそうになったことがあって、血だらけでゴミのように路地に転がっていたんですよ。親切な老婦人が助けてくれました。見ず知らずの異国人をね」
 昼間は老婦人のことを思い出すと、どうしても感傷的になるのを止められなかった。
「彼女はマルチェラという名前で、ローマの生まれ、色々な民族の血が混じっていて祖先はジプシーだったとも言っていました。彼女の一族は魔女狩りにあうほど霊感に優れている者が時々現れ、占いをよくしたそうです。マルチェラ自身は才能がなかった。子供も親族も誰もいない。一族に伝わるタロット・カードというのを持っていて、私にくれると言いました。私は占いをする力があると」
 辻は黙って聞いていた。
「本当はタロットのデッキは人に譲ったりしてはいけないんですけどね。使い手の霊感や思念や感情や色々なものをカードが吸収しているんです。生き物なんでえすよ。優れたタロットのデッキは。うかつに手を触れてはいけない」
「じゃ、もらってこなかったわけ?」
「いえ、いただきました。形見になってしまったから。持柄の心臓発作で亡くなったんですよ」
「ふうん」
 と辻は真面目な顔でうなずいた。
「じゃあ、あんたはそのばあさんのせいで、占い師になったわけか」
「あなたは、いつ頃、自分の才能に気づきましたか?」
 昼間は尋ねた。
「馬鹿馬鹿しいと思うでしょうけどね。私は誰かに才能があると本気で信じてもらうのは初めてだったんですよ」
「俺はもうほんとにガキの時分から、おじいちゃんの手伝いをしてたね」
 と辻は言った。
「隣ンチに凄腕のスリのジジイがいてよ、面白半分に、孫にね、やらすわけ。ハンガーに背広吊って、揺らさないで財布を抜き取る、なんてのね。孫はどっちも鈍くてダメさ。俺は見込みがあったわけよ」
「才能があった」
「そう」
 辻はギョロリとした大きな目の中になつかしそうな色をちらりと浮かべた。
「ウマがあった。おじいちゃんとは。おじいちゃんのあとをくっちていくのが、何より面白かった。お父ちゃんもお母ちゃんも怒ったけどね。でも、俺たちはやっぱりいっしょにいたよ」
 そうして、一人のスリと一人の占い師が誕生し、現在、顔を突き合わせているというわけか、と昼間薫は思った。
 奇妙な人生。奇妙な二つの人生。
 昼間は辻に手渡されたお札をいつのまにか手の中で細かく折りたたんでいた。そして、辻が博打の話を持ち出したのは偶然なのか、それとも自分の行く先を勘づいているのか、と考えてみた。
「やっぱりチャーハンいただきましょうか」
 昼間は言った。先刻までのトランプ・ゲームへの込み上げてくるような強い欲望がすっかり失せていた。見事に水を差された。
 辻は嬉しそうにニヤリとした。
「じゃあ、ワンタンメンも作ろう」
「あなたの中華は一味違いますね。お宅のお店で作っていたんですか?」
 と昼間は聞いてみた。
「ぜんぜん」
 辻はかぶりをふった。
「なんとなく見て覚えただけ。雑用はさせられるけど、野菜洗ったり、丼運んだりね、鍋なんて触らせちゃくれない。そんな大層な店じゃないんだけどさ、お父ちゃんもあれでけっこう気難しくて」
 肩をすくめるようにして付け加えた。
「息子が跡を継ぐんだよ。あいつは真面目なんだ。手先は不器用だけどよ」
 血のつながらない家族への率直な愛情と、かすかな疎外感のようなものを昼間は嗅ぎ取った。辻牧夫の存在がなまなましく感じられた。こんな立ち話などするのではなかったと急に後悔した。
 本物の盗人。父親を博打で失った少年。
 ごくわずかなエピソードからでも、その人間を全体的に立体的に思い描くことができるのは、天性の資質でもあり、仕事の修練でもあった。好奇心という爆弾も抱えている。
 同居人は、もはや昔話のツルでもタヌキでもなかった。
 ノッポの背中を屈めるようにして、ステンレスのシンクでリズミカルにネギを刻んでいる青年の後ろ姿を、昼間はキッチン・テーブルの椅子に座って黙って眺めていた。
 彼の存在は不快ではなかった。不快ではないという事実は、昼間をかえって不安な気持ちにさせた。
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 楼主| 发表于 2012-1-11 17:20:02 | 显示全部楼层
3
 警視庁の統計によると、スリの被害件数は年々増加している。グラフの上昇カーブに貢献しているのは、外国人や万引き感覚の素人である。催涙スプレーや包丁で武装した外国の暴力スリ団が観光ビザで来日して短期間に荒稼ぎをし、まじめな会社員や主婦が出来心でふと他人の財布に手を伸ばす。その一方で、国産の昔ながらの職人的スリは姿を消しつつあった。
 トキみたいだな、ツシマヤマネコかな、絶滅寸前で希少価値なんだから、せいぜい保護してもらいたいものだ、と西方三太郎は笑っていた。その臼のように四角いゴマ塩頭、ぽっちりと小さい丸い優しげな目、ガニ股の短躯、袢纏の似合う下町職人的風貌を辻は好ましく思い起こしていた。
 西方に会うために、辻は京浜急行線に乗っていた。朝、電話をかけたら、ちょうど今出かけたところで、たぶん行く先は花月園じゃないかと西方の女房が言ったのだ。A級戦の決勝日だからね、と。
 “ガキのスリ団”の探索は、完全に行き詰まっていた。東京から埼玉へ向かう電車を毎日せっせと乗りまわしていても何の成果もなく、千葉方面へルートを広げても変わらず、出所からはや二カ月がたとうとしていた。少年の消えていった新宿の街も歩いた。稼ぎのうちの少なからぬ額がビールや焼酎に消えていた。もう、これ以上、一人で行き当りばったりに捜しまわっても埒があかないことを辻は認めざるを得なかった。
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 楼主| 发表于 2012-1-11 17:20:24 | 显示全部楼层
3
 警視庁の統計によると、スリの被害件数は年々増加している。グラフの上昇カーブに貢献しているのは、外国人や万引き感覚の素人である。催涙スプレーや包丁で武装した外国の暴力スリ団が観光ビザで来日して短期間に荒稼ぎをし、まじめな会社員や主婦が出来心でふと他人の財布に手を伸ばす。その一方で、国産の昔ながらの職人的スリは姿を消しつつあった。
 トキみたいだな、ツシマヤマネコかな、絶滅寸前で希少価値なんだから、せいぜい保護してもらいたいものだ、と西方三太郎は笑っていた。その臼のように四角いゴマ塩頭、ぽっちりと小さい丸い優しげな目、ガニ股の短躯、袢纏の似合う下町職人的風貌を辻は好ましく思い起こしていた。
 西方に会うために、辻は京浜急行線に乗っていた。朝、電話をかけたら、ちょうど今出かけたところで、たぶん行く先は花月園じゃないかと西方の女房が言ったのだ。A級戦の決勝日だからね、と。
 “ガキのスリ団”の探索は、完全に行き詰まっていた。東京から埼玉へ向かう電車を毎日せっせと乗りまわしていても何の成果もなく、千葉方面へルートを広げても変わらず、出所からはや二カ月がたとうとしていた。少年の消えていった新宿の街も歩いた。稼ぎのうちの少なからぬ額がビールや焼酎に消えていた。もう、これ以上、一人で行き当りばったりに捜しまわっても埒があかないことを辻は認めざるを得なかった。
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 楼主| 发表于 2012-1-12 15:58:08 | 显示全部楼层
 選択肢は三つあった。すっぱりとあきらめる。馴染みのオマワリにタレこんで情報交換を持ちかける。助っ人を頼んでもう一頑張りする。K札の線は最初に消した。そして、すっぱりとあきらめるくらいなら、西方一家に協力を要請してもいいのではないかと考えた。西方親分は何十人もの子分を抱えているわけではないが——実のところほんの三人ばかりなのだが——、顔が広く、なかなか結構な情報網を握っている。前に一度尋ねた時は知らないと言っていたが、あれから二カ月のうちに何か耳に入ったかもしれないし、これから入ってくるかもしれない。
 西方が競輪場で仕事をしているなら都合がいい。ぶらりと出かけて偶然出会ったような形でさりげなく話を切り出すことができる。
 花月園は駅から続く坂道を五分ほどのぼり続けた丘の上にある。色あせた、古ぼけた、カジュアルな服——青や茶やグレーのジャンパー、ウールのシャツ、だぶだぶのズボン、野球帽など——を身につけたオヤジやジジイがアルコールとニコチンのにおいをふりまきながら、ぞろりぞろりと行軍する。どれだけ世の中が変わっても、この連中のいでたちは変わらないだろうと、辻はどこか苦々しい思いの入り混じった奇妙な敬意を抱いた。十五年前の川崎とまるで同じだ。
 家から自転車で十分ほどの川崎競輪場には店の定休日によくお父ちゃんと出かけた。子供三人を従えて行くと、お母ちゃんがさほどガミガミ小言を言わないので、よくダシにされたものだ。咲や耕二は喜んでいたが、辻は競輪場は好きになれなかった。実の父親のせいで、博打に係わる場所はどこも本能的な嫌悪感を抱くようになっていた。
 エスカレーターをのぼった先に、巨大な電光掲示板で席の有無を示している特別観覧席売り場があった。客のなりは変わらないくても施設のほうは小綺麗にご立派になっているようで、メイン・スタンド二千円、バック・スタンド千円というのはずいぶんボッてくれるじゃないのと思う。要は西方がどこにいるかなのだが、まだ昼前だというのにバック・スタンドの席はほとんど埋まっているので売り切れると困ると考えて、千円を奮発することにした。
 指定席の売れ行きほどに場内は混雑していなかった。これくらいなら、西方を見つけられるだろうと安心した。せっかく買ったことだし、まず、チケットの席へ行ってみようかと決めた。
 バック・スタンドのてっぺんで係員にチケットに鋏みを入れてもらい、バンクに張り出したガラスの箱のような建物に入る。煙草のにおいが強烈に鼻をついた。机のついた二人掛けの席が横に長く連なり、どこからでも、正面のガラス越しにバンクを広々と見下ろすことができた。
 レースの真っ最中だ。蛍光色の華やかなユニフォームの選手たちがきれいに一列になって、あまり速くない周回を続けている。この高さからだと、バンクの端の傾斜がよくわかる。スタンドに向かってせりあがってくる急斜面を使って、ぐいとダッシュして前に出てゆこうとするレーサーの動きはスリリングで爽快だ。列はばらばらに崩れ、スピードはどんどん上がっていく。特観席の客たちから、うめき声のような地鳴りのような低いどよめきが湧き上がった。興奮が振動となって共鳴している。
 入口近くの最後尾に立ったままの辻は視線をそっとずらして、右端に一人だけいる警備員の視線の動きを確かめた。警備員はむろんレースは見ていない。しかし、それほど熱心に客も見ていない。西方が特別や記念などの大きなレースよりヒラ開催の小さなレースを好むのは、レーサーの脚力同様、警備員、捜査員の量と熱意が落ちるからである。あいつ、一人だけかな?ほかに私服はいないのかな?自分が仕事するわけでもないのにオマワリを捜すのは、もう第二の天性のようなものである。
 レースは終わり、連れのいる客たちの私語がさざなみにようにあたりに広がり始めた。まだ今のレースの着順は発表になっていないのに、モニター・テレビは早くも次のレースの情報を流し始めている。座っていた客たちもぞろぞろと立ち上がっている。何人かが払戻窓口へ向かう。
 この特観席に西方がいないことを辻は確認した。向かいのもっと大きなメイン・スタンドの特観席はがらがらのようだった。おやっさんも金網の口かもな、と辻は考えた。早田のお父ちゃんは、バンクを取り巻いている金網のそばで観戦して大声で選手を野次るのが好きだった。
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 楼主| 发表于 2012-1-17 11:55:04 | 显示全部楼层
 バック・スタンドを一番下までおりで、金網に沿ってバンクのまわりを歩き始めた。金網の周辺に人が多いのは、ゴール付近のメイン・スタンドの方角だ。スタンドの一般席にいる客の顔を一人ひとり確かめながら、辻はゆっくりと進んだ。
「まもなく投票締め切り五分前です」
 というアナウンスが響いた。まだ正午を過ぎたばかりなので、レース間の間隔が短い。車券を買う、そしてレースを見る——おそらく三十分に満たない時間の中で繰り返されるこの動きに素直に従っていないと、この場所では目立つことになると辻は気がついた。波に逆らって動く者、賭けをしない者、これは当然、警備の目をひく。今日は仕事をしないからいい、というものではない。もし西方を見つけた場合、自分にマークがついていれば、彼らの仕事の邪魔になる。
 ゴール付近の金網にも、西方の姿はなかった。3レースが始まっていた。辻はレースが終わるまでじっとしていた。そして、客の流れに従ってメイン・スタンド裏の投票場のほうへ向かった。
 予想屋が四人ばかり店開きしている。人だかりがしているが、よく見ると予想屋の客ではなく、皆、オッズのモニターの客である。黙って、食い入るように、細かい数字の並ぶ高い位置の画面を見上げている。競輪場がにぎやかになるのはレースの終盤のヤマ場だけで、あとは不気味にしんとしている。個々の賭けの予想と欲得と計算と見果てぬ夢の中にひたすら埋没している。他人のことにはあまり構わない。自分と自分の金、そしてオッズとレース、それだけである。スリの仕事場としては上等だ。しかし、どうも気が滅入る。沈黙と喧騒の落差とその繰り返しに神経が苦労する。博打場特有の陰気な熱気にどうしても肌が合わないのである。
 野津を見つけた時には、ほっとした。
 西方の一の子分で、年齢は三十七、八。こめかみあたりがややハゲあがった、ラッキョウを逆さまにしたような顔。青いプラスチックの小型ペンシルを耳に差し、片手に投票用紙、片手に小銭、鼠色のウールのシャツをだらしなくズボンの上に出し、世間に詫びを入れているような猫背の姿勢はいつも通りだ。
 バック・スタンド裏の投票所の短い列についていて、小銭だけでケチな車券を買った。ゆっくりと引き返す時に、やや離れて立っていた辻と目があい、表情の乏しい穏やかな顔に電光のような驚きが一瞬さっとよぎった。マッキー!と言いかけて、とっさに声を飲み込んだ。こちらは目に見えない程度に小さくうなずいた。そして、窓口から投票用紙を一枚取ると、オッズのモニターの人だかりにまぎれこんだ。
 スリ団の仲間は現場では決して知り合いに見えてはいけない。自分が仲立ちして野津と西方を結びつけてはいけないと、辻は素早く自制したのである。
 予想通り、西方はまもなく姿を現した。視線が西方の動きを露骨に追わないように注意しながら、辻は自分の勝手な都合で、相手の職場にのこのこ乗り込んできたことを今さらのように恥ずかしく思った。スリのチーム・プレーのデリケートさを忘れたとでも言うのだろうか。ほんのわずかの呼吸の狂いが命取りになる。長すぎる凝視、一瞬のよそ見、集中力の欠如。早田家や西方一家の前から行方をくらましている辻牧夫の存在は、まさに、そういう、失敗の原因に結びつくものだった。
 しかし、西方は辻を見なかった。目に入らなかったのではなく、目に入れなかったのだ、と辻は確信し、同じく早田勘介の弟子である年配の男への尊敬を深めた。
 西方はカモをマークしていた。特に目立った動きをしているわけではなく、ただ、一人の男のあとを一メートルほどの間隔をあけてゆっくり歩いているだけなのだが、同業の者、そしてスリ担当の優秀な刑事なら、彼の狙いは一目瞭然だった。
 カモは四十代とおぼしき、スリムな体型の男で、黒のタートルネック・セーターの上に、ラフなカットのグレーの千鳥格子のスーツを三つ目のボタンをはずして気障に着こなしていた。あごひげを薄く伸ばし、日焼けした、一昔前の二枚目という容貌は、ヒモに転身した元映画俳優か、ホストに転身した元モデルといった、独特の色気と水っぽさが漂っていた。女がらみのアブク銭のにおいがぷんぷんするのである。いいぞ、と辻は胸がときめくのを感じた。まさに、スリに逢うために生まれてきたような男だ。
 カモ氏は鞄の類は持っていなかった。スーツの右ポケットに丸めて差した競輪新聞を抜き取って一度何かを確認するように眺めたあと、オッズのモニターを一分ばかり見つめていたが、ようやく投票用紙をとって記入し、窓口に並んだ。西方もワンテンポ遅れてすべて同じ行動ととった。
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 楼主| 发表于 2012-1-17 15:37:36 | 显示全部楼层
 野津は壁際の椅子に座って、競輪新聞に首を埋めながら、時折オッズのモニターに目を走らせていた。あとの二人の子分、巨体の角田と韋駄天の隼人の姿は見えなかった。
 辻はカムフラージュ用に競輪新聞を買ってくればよかったと後悔しながら、投票用紙で間に合わせて、モニターの前の人込みで、カウント・ダウンの始まったスリ劇の開幕を待った。ここでやるのだろうか?投票所の付近は警備が厳しいと聞いているが、もちろん、そんなことは西方は百も承知のはず。オマワリの目を求めてキョロキョロしたくなる衝動を必死でこらえて、西方一家の一員になったように余計な気配を消すことに専念した。残念だった。スターティング・オーダーからはずされた三割バッターのような気分がした。ヒラ場のチーム・プレーなどもっとも縁遠い仕事なのに、やはり、いざ現場に立ち会うと、自慢の指先にうずきを覚える。
 ここでやるのだ。百八十五センチ、百九キロの巨体の元相撲取り、角田の姿を視界の左端にとらえて辻は納得した。色白でふくよかな童顔の二十六歳の青年は、スクール・バスに乗り遅れそうな子供のようにあわてた顔でのしのし歩いていた。相変わらずのウドの大木めが。野津の爪の垢でも煎じて飲んで、ポーカー・フェイスの稽古を積めよ。おまえさんは息をしてるだけでも目立つんだよ。
 カモ氏の順番がまわってきた。角田はぎりぎり間にあったのだろうか?それとも?カモ氏はスーツの左ポケットから二つ折りのぶあつい財布を出して、一万円札を三枚、窓口に差し出した。なかなか景気がいい。ちっちっ、もったいねえ。辻は自分の財布から金が飛び去っていくような未練を感じた。早くやらねえから三枚もなくなっちゃって。
 カモ氏は釣り銭と車券を受け取ると、くるりとこちらに向きなおり、ゆっくりした足取りで歩き始めながら、釣り銭だけを手早く財布にしまいこみ、その財布と車券を左ポケットにつっこんだ。まさに、その瞬間が無防備であることを辻は経験から知っていた。財布を元の位置に戻した直後、持ち主の頭の中から財布の存在が完全に消え失せる。
 カモ氏は足を止はしなかった。足の向かう方向を変えた。おそらく無意識のうちに。そのくらい、野津の動きは自然だった。カモ氏の進路をさえぎるようにふらふらと横切ったのだが、締め切り間際の窓口をまっすぐに目指す男の足取りに見えた。カモ氏は自分が並んでいた列に押し戻されるような形になった。西方はもう車券を買い終わっていた。まわれ右をした彼の身体はカモ氏にぴったりと並んでいた。財布のあるカモ氏の左ポケットと西方の右手が並んだ。西方の手の動きは辻には見えなかった。おそらく、誰にも見えなかったはずだ。角田の巨体がブロックしている。そして、いつのまに現場に馳せ参じたのか、自慢の古着のライダー・ジャケットを薄い肩にひっかけた隼人が競輪新聞を広げてブロック、そして——。
 その一瞬だけ一点に交わった関係者が、三々五々に散った。隼人は二つ折りの競輪新聞を四つ折りにし、右手をジャケットのポケットに突っ込んでいた。韋駄天と呼ばれているが、五十メートルを七秒で走るらしいが、バイクに乗せるとさらにそのスピードへの傾倒が增すらしいが、今は馬鹿にゆっくりと歩いている。口笛でも吹きたいような顔つきで。こいつも、ポーカー・フェイスにはまだまだだと辻はおかしくなった。
 仕事は成功のようだ。そして、カモ氏がよくよく鋭い目と記録の持ち主でないかぎり、犯人グループの誰の姿も脳細胞に刻まれていないだろうと思った。
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 楼主| 发表于 2012-1-17 15:54:29 | 显示全部楼层
 西方一家のその日の仕事は、4R前後に集中することになった。4Rは、大本命が落車失格する波乱の展開になり、六千三百二十円の好配当になった。その荒れたレースの終盤に、メイン・スタンドのホーム・ストレッチ金網そばで、西方は大胆に三人もの財布をズボンの尻ポケットやジャンパーのポケット、リュックサックの中からつかみだした。
 レースの終了時には、財布のリレー役であり始末役でもある鈴木隼人の姿は消え失せていた。
 西方は人の流れに従ってメイン・スタンド裏まで歩き、屋台のラーメン屋の丸椅子にのっそりと腰を下ろした。辻は隣の椅子が空いているのを見て、しばし迷ってから座った。
「ネギ味噌がうまいぞ」
 無視されたかと思いきや、西方はボソリと声をかけてきた。
「ああ、そう」
 辻はネギ味噌ラーメンを注文した。ここからだと、A2の払戻窓口が正面に見える。
「どうだい。さっきの穴は」
 辻は世間話のように尋ねた。
「俺は、ハズレだ」
 西方も同じ調子で答えた。しかし、その言葉には言外の含みがあることに辻は気づいた。4Rの前と最中に計四個の財布をせしめている。一緒にスリとった車券があるのかもしれない。その中に当りがあるのかもしれない。もし、あのニヤケたスーツ野郎の車券なら、これは大きい。
 払戻窓口にぽつりぽつりと人がやってくる。大穴とは、当る人が少ないというこちでもある。西方は音をたててズルズルとラーメンをすすりながら、窓口の金額と人相風体をチェックしている。
「うまいよなあ」
 辻は箸を動かしながらつぶやいた。
「そうだろう」
 西方はうなずいた。ラーメンの話でないことをおやっさんはわかってるな、と辻は思った。
 制服姿の警備員が連れだって歩いてくる。一瞬、緊張したことを西方に悟られなければいいと思った。警備員は払戻窓口を見張っている。こちらには背を向けている。もうスリの被害は届いているだろう。さっさと立ち去ればいいものをまだやるつもりかと、辻はいささか呆れながら、熱いスープをすすった。
「今日はいかんね」
 西方は首をふりながら言った。
「もう一レース打ったらお帰りだな。家に帰るしかないわな。あんたはどうする?電車賃ぐらいは残ってるんだろ?」
「そうだな」
 辻は言った。そして、立ち上がった。鮫洲の家で待っていろという、西方の合図に従うつもりだった。
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 楼主| 发表于 2012-2-6 11:19:20 | 显示全部楼层
4
 鮫洲商店街は、京急の線路に並行して、青物横丁から鮫洲の先までだらだらと長く続いている。電気屋、八百屋、米屋、花屋、コンビニ、喫茶、駅前商店街にありそうな店は一通りそろっていて、床屋も当然ある。ヘアサロンと呼べそうなガラス張りの洒落た店、続き物の漫画単行本の在庫が豊富なオーソドックスな店、その二軒に営業的にどう対抗しているのか不思議な「西方理容店」は、平屋のトタン屋根に黒ペンキの色も薄れかけた達筆の手書きのやけに大きな木の看板をのせ、曇りガラスとトルコ石色のタイル壁がなんとも前時代的な外観だった。
 西方の女房の父親が建てた家で、生きていたら三沢のじいさんと話が合うのではないかと辻は考えた。西方理容店の二代目はめったに店に寄りつかないゴロツキの婿さんではなく、鮫洲小町と常連の年寄り連中にあがめられる美人の娘の清美だった。
 店の正面のドアではなく、脇の小道に面した裏口の戸をノックもせずに押し開けて中に入る。土間から狭い台所を通り、一年中しまわれることのない置きごたつのある茶の間を通り、納戸のような窓のない四畳半にもぐりこんだ。ここで西方一家は獲物の金勘定と分配をする。仕事の細かい取り決めをする。
 茶の間では、床屋の客でもある博打仲間が、懐具合によって点5から点10のレートで麻雀を打つ。花札をする。西方は、理容店を支えているのはかみさんの色気ではなく、彼の怪しげな人脈であると公言してはばからなかった。博打仲間が始終出入りすることによって、スリ仲間の出入りが目立たなくなる。仕事の話の時に博打仲間に邪魔されないようにするのはおかみさんの裁量だった。
 しばらく待つことになるな、と辻は折りたたみ式の小さなテーブル一つだけの暗い和室で電灯もつけずに、ゴロリと横になった。いつのまにか眠ってしまったらしい。
「ちょっと、いやだね。声をかけてよ。裏からこっそり入ったりしてさ」
 清美の声に目をさました。
 白いぽっちゃりした瓜実顔に、目も眉も口もおっとりとした和風美人である。これほどの容色の持ち主が、なぜ西方のような不細工な犯罪者と一緒になったのか不思議な話であるが、西方に言わせると、あれは実は大変な女で俺ほどの度量と技巧の持ち主でなければ亭主はつとまらない、となる。清美が時折気にいった男をつまみ食いしては亭主に打ち明け、それでこの夫婦はうまくいっているらしい。西方の自慢まじりの愚痴を辻はあまりまじめに聞いたことがなかった。他人の女房の話など聞くものではないと思っている。
「会えたの?」
 清美はいつも舌がからんだようなゆったりとしたしゃべり方をする。ある種の男にとっては魅力なのだろうが辻は耳障りだと思う。
「会えたよ」
 簡単に答えてそっぽを向いた。それでも、西方の女房を嫌いなわけではなかった。いくら浮気を重ねても、西方と西方の仕事に忠実で信用が置けるのは承知している。
「相変わらずそっけないのね。あんた、その気になればモテるだろうに」
 窓のない暗い部屋で二人きりでそんな話はしたくないよと困っていると、鈴木隼人がひょっこりと顔をのぞかせた。
 小柄で細身で精悍で競馬の騎手のような雰囲気の二十歳の若者で、茶色のラム革のレザー・ジャケットもジーンズも辻にはただの小汚い普段着にしか見えないが、かなり値の張る古着だという。即配便のバイト代や仕事の分け前をすべて衣類とバイクにつぎこんでいると西方はなげいていた。
 隼人は西方の遠縁に当たる。不良というのではないが、人嫌い、学校嫌いの子供で、高校に入ったものの一月も行かずにやめて、定職につく気配もなくぶらぶらし、実家で持って余されていた。いっしか西方の家に出入りするようになり、技を駆使して金を稼ぐことを覚えた。もともと得意なバイクの技。新たに仕込まれたスリの技。
「よう。えらい荒稼ぎするじゃねえか」
 辻は長い身体を横たえたままでニヤリとした。青年は堅苦しく無言でうなずいた。いつも寡黙で、警戒心の強い野生動物のような目をした青年が辻は好きだった。
 隼人は“アンカー”だった。獲物を受け取って安全なところへ持ち去り、財布を始末する。新人がつくポジションだが、現行犯逮捕のスリの犯罪性質上、引き抜き役の次に危険である。誠実さも期待される。犯行後、人目につかないところで財布から二、三枚札をちょろまかしても誰にもわかりはしないのだ。
「おまえが最初に帰ってくるとは思わなかったよ」
 辻は言った。
「初めのほうでイケると、先に帰される。俺も、角田さんも」
 隼人はボソリと言った。
「あとはオマケってわけか」
 辻の言葉を受けて、
「でかいのを一発じっくりと狙う」
 隼人は説明した。西方と野津のベテラン・コンビで、ビッグ・チャンスを待つわけだ。経験が浅く、人目につきやすい体型や雰囲気の隼人と角田は一つの現場に長く置かないほうがいいのかもしれない。
「どのぐらい、イケたのさ?」
 清美が犯罪者の女房らしく、おっとりした顔立ちに似合わぬ伝法な口をきくと、
「まだです」
 隼人は木で鼻をくくったような返事をした。自分の手持ちの金は勘定してあるはずだが、西方より先に女房が知る必要はないと思っているのか、全員の顔がそろい合計金額を出すまで本日のアガリはわからないという意味なのか。
 茶の間のほうから地響きをたてて、元相撲取りの角田の巨体が現れると、清美は肩をすくめるようにして店のほうへ姿を消した。
「マッキー!」
 古い安物の建材の西方理容店がぐらぐら揺れそうな大声で角田は叫んだ。
 相撲取りは——相撲取りになろうと夢みた男は、こんなににぎやかなお調子者であってはいけないのではないかと、角田に会うたびに辻は考える。
「あんだ、指名手配になってますよ。どうしちゃったんですか?」
 二つばかり年上なのに中途半端な敬語を使うのは、スリとしての辻の技量と実績を認めているせいだろうが、下手に出られると、こちらもつい威張りたくなる。
「ボリュームを下げろよ。馬鹿野郎。これから俺の歓迎パーティーをやるってわけじゃねえだろ?」
「やってあげてもいいですよ。ねえ、見てたでしょ?今日はいい景気でしたよ」
 角田はうきうきと言った。
「馬鹿野郎」
 と辻はもう一度繰り返した。今度は口先だけではない馬鹿野郎呼ばわりだった。同業者の華麗な仕事ぶりをあまりに見せつけられるのは面白くない。自分があまりパッとしなくて、助力を求めに来ていたりする場合は特にそうである。
 角田は、相撲部屋をクビになったあと、牛丼屋で無銭飲食をしてK札に突き出されそうになったことがあって、たまたま居合わせた西方が勘定を払ってやった。以来、忠実なセントバーナードのように新しい“親方”に仕えている。
 西方のあと、野津が最後に戻ってきた。この地味な男が席に加わると、すべて駒がそろったという雰囲気になる。
 折りたたみ式のフォーマイカのテーブルの上にそれぞれ獲物の現金を置く。威勢がいいわりに角田は持っていない。ちょっと寂しそうな顔になっている。彼は何十年西方の下にいても、ガードなどの補助的な役割しか果たせないだろう。彼の巨体の功罪はほぼ等しい。あまりに素直になつかれていて西方も振り切れないのだろうが、一家に不可欠の人材ではない。隼人は違う。あれは鍛えれば使える。
「二百二十一万八千とんで三十二円」
 隼人は自分で数えた金額を口にした。札束と小銭は三つの山に分けてあり、入れておいた封筒に薄く鉛筆で書かれた数字を几帳面に読んでいく。
「4R前、投票場の財布、現金六十一万四千三百三十五円、当り車券一枚、配当六千三百二十円の二万張りで百二十六万四千円、計百八十七万八千三百三十五円。4Rレレース中の財布三個、まとめて、三十三万九千六百九十七円。以上です」
 獲物の山分けというより、経理報告みたいだと辻は呆れた。
 西方と野津は金額については、そんなに細かい報告はしなかった。総計をざっと述べただけ。西方が十二万。野津が二十九万。しかし、仕事の手順と成果はそれぞれ詳しく語った。
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 楼主| 发表于 2012-2-6 11:29:45 | 显示全部楼层
「4Rのあと、A2の払戻窓口を張ってて、例のラーメン屋な、万張り六十三万て見当のジジイを見つけたんだが、警備の野郎が二人もずっとマークしてて手が出せなかった。マークがきつくなってた。やれないこともないが今日はまあまあの収穫があったから無理はしない。ジジイは6Rで半分くらいスッちまって、頭に血ィのぼって騒ぎだして、やかましくて、みんな見やがるもんで、あぶねえからよそいったよ。でも、惜しいカモだから、野津に張らせた」
「9Rの前、A1の投票所からつけて、スタンドに向かう途中でやった。じいさん、ズボンの尻ポケットとジャンパーの右のハンド・ポケットに札をナマでつっこんでて、追い越しざまにうまいこと両方盗れた。全部じゃないけどな、盗れるだけ盗ったよ」
「ついてねえよな?ついてるくせによ?」
 西方は皮肉ると豪快に笑い出した。
「どうやって……?」
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 楼主| 发表于 2012-2-8 09:36:13 | 显示全部楼层
 興味で目を鋭い光らせて隼人が尋ねるので野津は手真似で簡単に実演してみせた。
「ここに新聞、ここから、こうやって手を持っていって、こう、それで、こう……」
 野津は進学塾で英語を教えている。優秀な教師なのではないかと辻は思う。スリになったきっかけも西方との縁も辻は知らない。尋ねたことはあるが西方が言葉を濁したので、それ以上追及していない。
 西方一家はみんな副業を持っている。角田も、週日の半分くらいは日雇いの土木作業に出かけている。西方すら、気が向けば、客の髪を洗ったり、髭を剃ったり、蒸しタオルを用意したり、無駄話をして嫌がられたりしている。
 無理な仕事をしないように、と西方は常々言っている。捕まらないスリが一番うまいスリだと言っている。しゃくにさわる台詞である。俺は捕まったよ。一人で電車に乗って、ちまちま稼ぐだけで、二百万を越える獲物なんてめったにお目にかからないよ。でも、そんなパート感覚の仕事はしたくない。辻はぼんやりと考え込んでいて、西方が話しかけているのに気がつかなかった。同じ言葉を繰り返したらしい。
「一緒にやる気になったんだな?」
 辻はぎょろりと目をむいた。
「だって、そうだろ?おめえさんがわざわざ見にくるんだからよ」
「悪かったよ。ムショぼけらしい」
 辻は謝った。
「現場に行くこたなかった。最初からここ来りゃ良かった」
 見たい気持ちもどこかにあったんだ、と辻は思った。保護が必要な天然記念物のように正統で古典的なスリの仕事を。本物のチーム・プレーを。
 じゃあ、何かい?というふうに、西方は辻の顔をじろじろ見ていた。仲間にはならない、だが、ただで手を貸してほしい、という頼みは、はなはだ虫がいいように思われた。それでも、辻は話した。
「まだ、そんなガキどもを追っかけてんのかい」
 西方は気にいらなそうに首をぐりぐりまわしながら言った。
「気が済まねえんだ」
 辻は低いがはっきりした声でささやいた。
「たいがい、しつけえな」
「忘れっぽい奴にゃ向かないよ、この仕事」
「まあ、そうだよな」
 西方は笑った。
「で、どうすんだよ?おめえさん、そいつら、見つけたらさ」
 ひどい目にあわしてやる、と考えていた。毎日、毎日、もう二カ月近くも考え続けていた。空想上ではもう何千回とあの暴力少年の横っ面に一発食らわせてザマアミロと叫んでいたが、現実はザマアミロのザまでも言えないうちに身体中の骨をガタガタにされるに違いなかった。暴力で勝てる相手ではない。
「その連中を現行犯でとっつかまえて、所沢に渡してやるかい?」
 黙ったままでいると、西方が提案するような口調で質問した。
 所沢というのは、警視庁捜査三課のベテラン刑事で、辻の天敵だった。こいつらがスリを働きました、とガキどもを所沢のもとへ引っ張っていったら、どんな顔をしやがるだろうと辻は考えた。パッと見は高校生くらいの普通のガキだ。こちとらは前科一犯、本職のバリバリだ。
「所沢は喜ばねえだろうよ」
 辻は渋い顔で言った。
「俺のほうにワッパかけるかも」
 連中を現行犯で逮捕するにも、巧妙な罠か、卓越した腕力が必要だった。
「俺がジャムみたいにグチャグチャにつぶしてあげますよ」
 角田が突き押しと張り手のポーズをとっておそろしげな申し出をした。
 暴力に暴力で対抗するのは、辻の流儀に反していた。あの武道の心得のある少年を元相撲取りにノシてもらって、ハイ終わりというわけにはいかない。しかし、どこかで角田の力を借りなければならないだろう。あの少年が暴力を振るわないように押さえつけておいてもらうために。ボスはたぶん彼ではない。辻が本当に用があるのはボスだった。まさか、あの抜き取り役の女の子じゃないだろうが。
「あいつらをぶっつぶしたいとか、パクりたいとか、それだけじゃねえんだよ」
 辻は西方の顔を見て言い出した。
「あいつらが何やってるのか知りたいんだよ。マジでうまいんだよ。きれいなチーム・プレーをする。あんたらみたいにさ」
 最後の一言が西方の気持ちを動かしたようだった。気持ちを害されたというべきか。
「たまたま、じゃねえのか?」
 西方はぶすっとした顔でいうと、現金がドサリと積まれたテーブルを見やった。これだけの稼ぎができるのか、とでも言いたげに。
「万引きならわかるよ。たまたま、うまくいくこともあるだろうさ」
 辻はそう言って、ちょっと言葉を切った。
「でも、スリだぜ。チームのスリだぜ。全員、どう見ても十代だ。学校や塾やゲーセンが教えてくれるようなぎ技じゃない。誰が教えたんだ?教えた奴は絶対プロだ。腕のいい本物のプロだ。俺たちが知ってるような奴だ」
「ふむ」
 西方はうなずいた。
「ま、おまえさんがそこまで言うなら、昔の知り合いに少し当ってみようか」
「頼むよ。おやっさん」
 辻は頭を下げた。欲しいのは西方の人脈と情報、そして、いざという時の角田のバカ力。目的は果たしたはずだが、どうも、あまりすっきりしなかった。じれったい。自分の思いが皆に伝わっていない気がする。皆は、あのガキどもを見ていないから、わからないのだ。なんと言うべきか、あの一種異様な、あのまがまがしさ!少年少女の皮をかぶった、巧みなスリの技と遠慮のない暴力。プライドの問題だけではない。自分がとらわれているのは、それだけではない。
「何かわかったら連絡する。どこに掛ければいい?おめえが今いるとこに電話はあるのかい?」
 西方に聞かれて、辻は一瞬返事につまった。電話は、ある。昼間薫の占い用の客間に置かれた年代物の電話が。
「泊めてもらってる奴の仕事場の電話なんだよ」
 辻は言った。
「俺から掛けるよ。ちょくちょく連絡入れるから」
「女か?」
 西方の問いに辻はまた一瞬考えた。迷うこともなかったが。すぐに、きっぱりとかぶりをふった。
「男だよ」
 西方は疑わしげにしばらく辻は見つめていた。それから、ぼつりと口にした。
「なんで帰んねえんだよ?」
「事件の最中に?」
 質問に質問で答えると、なんの事件だってんだよと西方はつぶやいて鼻で溜め息をついた。
「これが終わらないと堅気にはなれないね」
 辻は言うと。
「別にいいじゃねえか。無理に堅気にならなくても」
 西方は断固たる口調で言い切った。
「おめえさんはいい腕があるんだ。要は稼げりょいいだ。生活できりょいいんだ。そうだろ?」
 辻はうなずくよりは唇をすぼめてみせた。早田家の連中が同じことを言うかどうか。
「なあ?」
 西方は辻の目を正面からしかととらえると、かつて聞いたことがないような糞真面目な声でささやいた。
「おめえ、早いとこ、さっちゃんを嫁にもらってやれよ」
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 楼主| 发表于 2012-2-8 15:48:22 | 显示全部楼层
5
 今やインタネットが各種の占いのニーズに応えてパソコンの画面に性格診断やら本日の運勢やらをすらすらと呼び出すご時世なので、生身の占い師としては客の五感に強烈にアピールする演出を工夫する必要があった。オカルト色を強めるか、リラクセーションの路線で行くか、昼間薫は迷っていた。むろん、ケース・バイ・ケースなのだが。神秘と刺激を求めて来る客もいれば、慰めとくつろぎを欲してやまない患者もいる。
 アイドル路線にも当面活路を見出せるかもしれない。マルチェラは北キタを始めとして芸能人の顧客をかなり持っていた。赤坂という芸能色の強い土地柄と趣味のギャンブルなどを通じた人脈によるものもある。最近、アイドル雑誌で、ゲストの誌面占いの連載を引き受けてから、客の年齢層がずんと下がってきたのを感じてきた。「赤坂の姫」にアイドル御用達というブランドが加わるのが良いことなのか悪いことなのか、アルチェラにはまだわからなかった。
「で、「スペシャル6」のミキは、恋愛相談とかするんですか?彼氏の名前とか言うんですか?」
 三人掛けのソファーに座った三人の制服の女子高校生のうち、一番ご面相の悪いのが、先ほどかあ懲りもせずに質問をぶつけてくるので、アルチェラはついに曖昧な返事をやめた。
「医者や弁護士と同じでね、私は占い師にも守秘義務があると思うのですよ」
「なにそれ?」
「プライバシーの保護です」
 保護すべきプライバシーがあるとは見えない、鳥類を思わせる尖った顔と痩せた身体の少女は遠慮なくチッと舌打ちました。
「一時間のお約束ですが、どなたのお話をうかがいましょうか?」
 マルチェラはゆkっくりとうながすように尋ねた。
 鳥顔の少女は、隣に座っている、丸々とした身体にオカッパの髪がまるで金太郎のような少女と顔を見合わせた。
「私が予約した松崎でェ」
 鳥顔は威張った声で名乗った。
「とりあえず、このコなんだけど」
 と金太郎を肘で小突いて、ずるそうな表情をさっと浮かべた。
「ええと、岡田が三十分占ってもらって、それで、そのあと、私が三十分。学割で三千円ずつ払うってことでェ」
 占いの仕事は時給六千円というわけではなく、一人観るのと二人観るのとでは労力が倍違う。対話がメインで低料金の街占ならそんな気難しいことは言わないが、きちんとカードを並べる宅占では願い下げた。
 少女はもう一人いる。量の多い長い髪の毛に埋もれているような、下ばかり向いている女の子。
「そちらの彼女は?」
 マルチェラは念のために尋ねた。三人目に十分のオプションな要求されたら困る。
「え?このコォ?」
 松崎はなんて馬鹿なことを聞くのだというように眉を吊り上げた。
「別に悩みとかないし。ただ、ついてきただけで。ね、永井、帰れば?」
 最後の言葉は当人に向けられ、永井と呼ばれた少女はビクリと身をすくめてソファーから腰を浮かせた。
「三人、二十分ずつ。でなければ、一人が一時間としましょう」
 マルチェラは嫌がらせのように提案した。松崎のあまりに他人の思惑を考えない言動に腹が立ったためだが、言ったとたんに後悔した。この年齢の少女たちの、特に学校という狭い世界の力関係をみくびってはいけない。松崎は露骨に気分を害した顔をし、永井は怯えた様子で挨拶もせずに立ち上がって帰ろうとした。
「座れよ」
 岡田が永井の手を乱暴に引っ張って男の子のような口調で命令した。
「おまえ帰ったら、あたしら二人、観てもらえなくなったら、どうするんだよ?」
 どうするんだろう、とマルチェラは思った。殴ったり蹴ったりすることはないだろうが、しかし、今時の普通の格好の中高生を甘く見てはいけない。
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 楼主| 发表于 2012-2-8 16:17:10 | 显示全部楼层
 カモミール・ティーを出して、ソファーでしばらく雑談した。何を占ってほしいのかを尋ねる。その質問を邪道とする占い師もいるが、マルチェラはそこまで見栄を張らない。会話の間に、客の性格や問題の背景について情報を仕入れる。客がおしゃべりだとすすんでしゃべる。寡黙な場合は、口調、表情、身振りなどから推察する。
 金太郎は片恋のアプローチ法、鳥顔は自分の女優としての素質を知りたいそうだ。三人とも、マルチェラが名前を知らない私立高校の一年で演劇部だという。永井は占いのテーマを尋ねても答えなかった。膝の上で両手をぎゅっと握りしめ、うつむきかげんだった顔をいよいよかたくなに傾けて、こちらを見ようともしない。かわいそうに。これは、松崎と岡田にせいぜいリップ・サービスをして気をよくさせて、永井への攻撃の鉾先を鈍らせなければ、とマルチェラは心に決めた。
 ティー・タイムの情報収集が終わると、客とともにソファーから窓際のカード・テーブルに移動して占いに入る。ここから先は、すべてが儀式である。
 円形のカード・テーブルは直径一メートルほどの大きさで背が高い。やはり背の高い木のスツール二つとともに、神宮前のカフェのお古を頂戴してきた。黒い長いクロスで覆い、月の満ち欠けの浮き彫りのある白木の箱を中央にきっちりと置いている。
 客をスツールに座らせると、テーブルの隣の丸い木のワゴンの上の真鍮のハーブ・キャンドルに点火する。タロット占い師はよく香を薫くが、昼間薫は強い匂いが苦手なので、ハーブ・キャンドルを好んで用いる。水を張った小さな器にエッセンシャル・オイルを数滴垂らし、下から蝋燭の火で暖めて香りを流す。今日はラベンダー。
 客の向かい、窓を背にした、もう一つのスツールに自分も腰掛け、厳粛な手つきで、白木の箱の蓋を開けて、タロット・デッキを箱から取り出す。空いた箱のみを、上段にキャンドルののったワゴンの下段に収める。
 一人の少女のカードが並べられている時、あとの二人はやや後方の左右に陣取り、まるで護衛のようにかしこまって立って眺めていた。
 昼間薫はトランプ・ゲームのちょっとしたイカサマの手口に通じているが、それを応用してタロット・カードを偶然のように思い通りに並べることもできた。完璧にやるためにはあらかじめ仕込んでおかなければいけないが、いきなりでも多少のトリックはできる。ただし、トランプ・ゲームでイカサマをやってもバレさえしなければトラブルはないが、占いでイカサマをやると、どうも、そののち体の不調をきたすのだった。強烈な頭痛、胃の鈍痛、全身的倦怠感など。その時だけは、昼間も占いの神様の存在を信じてしまうのだった。
 松崎と岡田にはイカサマをするまでもあるまいと判断した。タロットのことは詳しくなさそうだ。出たカードは予想通り平凡で否定的なものだったが、拡大解釈をして、おおいに期待と希望を抱かせてしまう。口先だけのイカサマは心も体も痛まない。
 そして、永井。
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 楼主| 发表于 2012-2-10 11:58:03 | 显示全部楼层
「あなたが本当はどんな人なのか。思いがけない発見があるかもしれなせんよ」
 占いのテーマを語らない永井に、あなたの内面探索をしますと予告すると、少女は初めてふいと顔をあげた。すっとうつむいていたからわからなかったがずいぶん大きな瞳だった。黒目の分量が多すぎて表情がぼやけたような目だ。
 マルチェラは一瞬息を止めた。非常に強い感情の波動を感じた。永井の無言と無表情な目の奥に、隠されている、押し潰されている、何かの大きな感情?
 全身が緊張し、神経がとぎすまされ、集中力が高まっていく。一対一、気合で渡り合うという点で、占いは武道に似ている。ただ、自分の気合で相手を打ち負かすわけではないので、武道というより波乗りのたとえのほうがいいかもしれない。相手の感情や思念の波を追いかけて全身を浸して、翻弄されないように飲み込まれないように、バランスをとって運ばれていく。
 永井がシグ二フィケイターを選んだ時点で、占い師はサーフボードが足からするりと離れるのを感じた。冷や汗が出る。悪い予感だ。何かがある。この少女には何かがある。それも、大変良くない何かが。
 シグニフィケイターとは、質問者や質問内容を象徴するカードのことだ。占いに先がけて一枚、客に選んでもらう。
 タロットの一デッキは通常七十八枚で、一般に有名な大アルカナ二十二枚、トランプに似た四種のスートの数札と人物の絵札の小アルカナ五十六枚である。
 アルチェラは、シグ二フィケイターに数札は使わない。三十八枚のカードを円形テーブルに並べ、気になる一枚を選んでもらう。好きなカード、目が魅きつけられるカード、直感で自分と結びつきそうなカード。タロットに詳しい人ならカードの意味を考えて選んでもらってもいい。
 永井は初め気がなさそうに、ただぼんやりしており、「早くしなよ」と松崎にせかされると、急に集中力を増して、ぱっと一枚をピックアップした。
 大アルカナの「吊された男」。
 シグニフィケイターにこれを選ぶ人は非常に珍しい。過去にあったかどうか、マルチェラは思い出せなかった。
 カードの絵は、若い男が木製の絞首台に片足をくくりつけられ、宙に逆さ吊りになっている。マルチェラの使う古典的なマルセイユ・タロットは、子供の絵のように素朴で稚拙な絵柄なので、二本の木の股に棒を差し渡した絞首台はリアルなものではないし、吊されている男の表情はのんきでどこか楽しげである。人をおちょくっているような奇妙な冗談のような、不思議な芸当のような……。
 それでも、やはり、不吉なカードである。殉教のカードなのである。死や悲劇をそのまま暗示するものではないが、光よりは闇について語るカードである。
 なぜ、「吊された男」なのだろう?少女永井はタロットのカードの知識があるのだろうか。
「どうして、このカードを選びましたか?」
 マルチェラはなるべくさりげない口調で尋ねてみた。永井はまたぼんやりと押し黙っていたが、やがて、ぽつりと、
「さかさまの感じが……」
 とつぶやいた。思ったよりも低い声だった。思ったよりも率直な響きがする。ひねくれたタロット・マニアではない。彼女の中の何かが「吊された男」と共鳴するようだ。さかさまな感じが——好きなのだろうか、快いのだろうか、気に掛かるのだろうか。
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 楼主| 发表于 2012-2-10 14:31:14 | 显示全部楼层
 木と木の間に片足でぶらさがって、さかさまになって、らくらくと、ただ世の中を眺めていたらどんな気分だろう、とマルチェラは考えた。「吊された男」について、そんなふうに考えたことは一度もなかった。
「吊された男」を手元に残して、カードを集め、よけておいた四十枚を加えて七十七枚にして裏向きにざっとテーブルに広げた。シャッフル(カードを混ぜる)してくれと永井に言う。松崎たちのするのを見ていたので、両手でのろのろとかきまわす。すぐにやめてしまった。カードに触れるのがいやだという雰囲気である。
——やめましょうか?
 言葉が喉元まで出かかった。
 カードのカッティングを始めた少女の手さばきは、ゆっくりだがなめらかだった。二人の友人のようにカードをこぼしたり裏返したりすることが一切ない。カードを扱い慣れている?なぜ?もちろん、トランプ・ゲームが好きなだけかもしれない。手先が器用なだけかもしれない。
 カッティングを終えてカードを受け取る時永井の目をじっと見つめた。一瞬ビクリと肩を揺らしたが、大きな瞳の表情は相変わらずぼんやりとしていて、空でも見上げるように漠然と占い師の顔を眺めている。
 なぜ、その時、中止しなかったのか、マルチェラは自分でもよくわからなかった。好奇心とおせっかいは職業病のようなものだが、もう一つ、運命的な偶然を信じてしまうのも占い師の性だった。永井が自分のところにやってきたのは、運命によって定められた何らかの必然性があるのではないか——?
「あと六枚、カードを使います。上から順番に取ります。それでいいですか?」
 七十七枚のタロット・カードを永井に示してみせた。すぐにうなずかないので、
「もう一度カッティングしますか?自分で好きに抜き出してもいいです」
 永井はのろのろとうなずいた。マルチェラがカードを渡そうとすると、のろのろとかぶりをふった。松崎でなくても、いらつきそうな煮え切らない少女だ。
 マルチェラは上からそのまま六枚取った。ユングのスプレッドをする。一枚目は先ほどの象徴カード。その右斜め上に二枚目、その隣に三枚目、象徴カードの右に四枚目、隣に五枚目、象徴カードの右斜め下に六枚目、隣に七枚目。
 オープンにして並べ終わると、まずカードの顔ぶれを見て全体的なイメージをつかむ。あやうく呻くところだった。一枚をのぞいて全てが大アルカナだ。大アルカナはどれも強い意味を持つカードなので、スプレッドに多く現れる時は、その占いを重視しなければいけない。大アルカナが多い時は運命が“決定的”であり、小アルカナが多い時は“流動的”とも言われている。
「特にテーマを設けない占いの場合、私はこのスプレッドをよく用います。あなたがどういう人間であるのか。カードによる内面的な探索です」
 マルチェラはゆっくりと話し始めた。
「この「吊された男」が、あなた自身を表します。セルフと呼びます」
 一枚目のカードを指差した。
「このカードに関連して、他のカードを読んでいきます」
 むずかしいのはカードをいかに読むかだけではなく、客にどう伝えるか、そして今のようにあまり好意的ではない野次馬がいる場合はさらに細かい配慮を必要とする。
 二枚目、三枚目のカードを指差して、
「この位置のカードは、あなたがどのように育ってきたか、どんな教育をされ、どんな価値観を作ってきたかを示すものです。アニマと呼びます」
「「愚者」の逆位置と「月」。もともとのあなたは、外からの影響を受けやすい、とても柔らかな心の持ち主です。無防備でそれゆえに不安定で、多くの声に耳を傾けてきた結果、今は混乱と不信の中にいます」
 占い師はわざと断定的な物言いをした。しかし、永井は表情を変えずに、ただじっと二枚のカードを見つめている。
 アニムス、と四枚目、五枚目のカードを呼んで、
「これまでの教育によって、現在のあなたが日常的にどんな行動をとるかを示します」
「「戦車」の逆位置と「塔」」
 一度言葉を切って笑顔を作った。
「ちょっと物騒なカードが出ましたね。この取り合わせには破壊の匂いがあります。あなたは何か日常的な行動で“暴走”しているかもしれない。行き過ぎなところがあるかもしれない。あるいは、何か思い切ったとんでもない行動をすることによって、現状を打破しようとしているのかもしれません。隠れた衝動かもしれません」
「マジ?」
 と松崎が反応した。
「永井、いきなりキレるかもしんないって」
「おとなしいヤツのほうがヤバいよね」
 と岡田が同調した。
 永井は頭を半分後ろにネジ曲げ、友人がどこまで本気で言っているかを探るような目つきをした。松崎が鼻を鳴らして低く笑った。その蔑むような笑い声にむしろほっとした気配を見せて永井は肩を落とした。
 マルチェラは突然わけのわからない不安に襲われた。こんな通り一遍のリーディングでいいのだろうか。何か大きな情報を見落としていないか。
「最後の二枚は、チャイルドといい、あなたが真に人生に求めているもの、必要としているものです」
「カップの2、「恋人たち」の逆位置」
「カップ——聖杯は人間の感情を表すスートです。一枚きりの小アルカナなので、逆に大切なカードと見なします。「恋人たち」は選択のカードと呼ばれていますが、この場合、人間関係を意味するように思います」
 カップの2は愛や友情のカードだが、永井という少女が愛や友情を求めていると口に出すのは、なぜか残酷な気がした。
「あなたは、あなたのまわりにいる人々をとても大切にします。仮に困難な状況になっても断固として守り抜こうとする……。あなたにとって、友人や恋人との関係が何よりかけがえのないものなのです」
「永井にカレシなんていないよ」
 岡田が避難するように声をあげた。
「恋人がいるかいないかはわかりませんが、恋に関する少し複雑な暗示があります」
 永井は急にイヤイヤをした。かぶりをふるというより、まさに子供がダダをこねるような幼い仕種で初めて意思表示をしてみせた。
「そんなこと……ない」
「当んないってサ」
 松崎が言った。マルチェラは笑った。読みようによければ、マゾヒスティックで無鉄砲な性格の永井が、もつれた恋愛関係による破壊的な暴走をしていることにもなるのだ。
「アニムスの「戦車」と「塔」が示す破壊のイメージについて、もう一度違うスプレッドで試してみましょう」
 とマルチェラは申し出た。破壊の暗示がただの願望に過ぎないのか、現実に始まっているのか、どの程度のスケールなのか。すげてが思い過ごしなのか。
 永井はまたイヤイヤをした。
「もう、いい。いらない」
「いいんだって。もし、時間余ってるんならあたしがもう一回聞きたいこと……」
 松崎が割り込むように言い出した。
 気になる子だとマルチェラは思い、顔を伏せてしまった少女のほうをじっと見つめた。
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发表于 2012-2-13 12:13:44 | 显示全部楼层
楼主不能发个TXT之类的版本么..
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