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楼主 |
发表于 2012-2-6 11:19:20
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鮫洲商店街は、京急の線路に並行して、青物横丁から鮫洲の先までだらだらと長く続いている。電気屋、八百屋、米屋、花屋、コンビニ、喫茶、駅前商店街にありそうな店は一通りそろっていて、床屋も当然ある。ヘアサロンと呼べそうなガラス張りの洒落た店、続き物の漫画単行本の在庫が豊富なオーソドックスな店、その二軒に営業的にどう対抗しているのか不思議な「西方理容店」は、平屋のトタン屋根に黒ペンキの色も薄れかけた達筆の手書きのやけに大きな木の看板をのせ、曇りガラスとトルコ石色のタイル壁がなんとも前時代的な外観だった。
西方の女房の父親が建てた家で、生きていたら三沢のじいさんと話が合うのではないかと辻は考えた。西方理容店の二代目はめったに店に寄りつかないゴロツキの婿さんではなく、鮫洲小町と常連の年寄り連中にあがめられる美人の娘の清美だった。
店の正面のドアではなく、脇の小道に面した裏口の戸をノックもせずに押し開けて中に入る。土間から狭い台所を通り、一年中しまわれることのない置きごたつのある茶の間を通り、納戸のような窓のない四畳半にもぐりこんだ。ここで西方一家は獲物の金勘定と分配をする。仕事の細かい取り決めをする。
茶の間では、床屋の客でもある博打仲間が、懐具合によって点5から点10のレートで麻雀を打つ。花札をする。西方は、理容店を支えているのはかみさんの色気ではなく、彼の怪しげな人脈であると公言してはばからなかった。博打仲間が始終出入りすることによって、スリ仲間の出入りが目立たなくなる。仕事の話の時に博打仲間に邪魔されないようにするのはおかみさんの裁量だった。
しばらく待つことになるな、と辻は折りたたみ式の小さなテーブル一つだけの暗い和室で電灯もつけずに、ゴロリと横になった。いつのまにか眠ってしまったらしい。
「ちょっと、いやだね。声をかけてよ。裏からこっそり入ったりしてさ」
清美の声に目をさました。
白いぽっちゃりした瓜実顔に、目も眉も口もおっとりとした和風美人である。これほどの容色の持ち主が、なぜ西方のような不細工な犯罪者と一緒になったのか不思議な話であるが、西方に言わせると、あれは実は大変な女で俺ほどの度量と技巧の持ち主でなければ亭主はつとまらない、となる。清美が時折気にいった男をつまみ食いしては亭主に打ち明け、それでこの夫婦はうまくいっているらしい。西方の自慢まじりの愚痴を辻はあまりまじめに聞いたことがなかった。他人の女房の話など聞くものではないと思っている。
「会えたの?」
清美はいつも舌がからんだようなゆったりとしたしゃべり方をする。ある種の男にとっては魅力なのだろうが辻は耳障りだと思う。
「会えたよ」
簡単に答えてそっぽを向いた。それでも、西方の女房を嫌いなわけではなかった。いくら浮気を重ねても、西方と西方の仕事に忠実で信用が置けるのは承知している。
「相変わらずそっけないのね。あんた、その気になればモテるだろうに」
窓のない暗い部屋で二人きりでそんな話はしたくないよと困っていると、鈴木隼人がひょっこりと顔をのぞかせた。
小柄で細身で精悍で競馬の騎手のような雰囲気の二十歳の若者で、茶色のラム革のレザー・ジャケットもジーンズも辻にはただの小汚い普段着にしか見えないが、かなり値の張る古着だという。即配便のバイト代や仕事の分け前をすべて衣類とバイクにつぎこんでいると西方はなげいていた。
隼人は西方の遠縁に当たる。不良というのではないが、人嫌い、学校嫌いの子供で、高校に入ったものの一月も行かずにやめて、定職につく気配もなくぶらぶらし、実家で持って余されていた。いっしか西方の家に出入りするようになり、技を駆使して金を稼ぐことを覚えた。もともと得意なバイクの技。新たに仕込まれたスリの技。
「よう。えらい荒稼ぎするじゃねえか」
辻は長い身体を横たえたままでニヤリとした。青年は堅苦しく無言でうなずいた。いつも寡黙で、警戒心の強い野生動物のような目をした青年が辻は好きだった。
隼人は“アンカー”だった。獲物を受け取って安全なところへ持ち去り、財布を始末する。新人がつくポジションだが、現行犯逮捕のスリの犯罪性質上、引き抜き役の次に危険である。誠実さも期待される。犯行後、人目につかないところで財布から二、三枚札をちょろまかしても誰にもわかりはしないのだ。
「おまえが最初に帰ってくるとは思わなかったよ」
辻は言った。
「初めのほうでイケると、先に帰される。俺も、角田さんも」
隼人はボソリと言った。
「あとはオマケってわけか」
辻の言葉を受けて、
「でかいのを一発じっくりと狙う」
隼人は説明した。西方と野津のベテラン・コンビで、ビッグ・チャンスを待つわけだ。経験が浅く、人目につきやすい体型や雰囲気の隼人と角田は一つの現場に長く置かないほうがいいのかもしれない。
「どのぐらい、イケたのさ?」
清美が犯罪者の女房らしく、おっとりした顔立ちに似合わぬ伝法な口をきくと、
「まだです」
隼人は木で鼻をくくったような返事をした。自分の手持ちの金は勘定してあるはずだが、西方より先に女房が知る必要はないと思っているのか、全員の顔がそろい合計金額を出すまで本日のアガリはわからないという意味なのか。
茶の間のほうから地響きをたてて、元相撲取りの角田の巨体が現れると、清美は肩をすくめるようにして店のほうへ姿を消した。
「マッキー!」
古い安物の建材の西方理容店がぐらぐら揺れそうな大声で角田は叫んだ。
相撲取りは——相撲取りになろうと夢みた男は、こんなににぎやかなお調子者であってはいけないのではないかと、角田に会うたびに辻は考える。
「あんだ、指名手配になってますよ。どうしちゃったんですか?」
二つばかり年上なのに中途半端な敬語を使うのは、スリとしての辻の技量と実績を認めているせいだろうが、下手に出られると、こちらもつい威張りたくなる。
「ボリュームを下げろよ。馬鹿野郎。これから俺の歓迎パーティーをやるってわけじゃねえだろ?」
「やってあげてもいいですよ。ねえ、見てたでしょ?今日はいい景気でしたよ」
角田はうきうきと言った。
「馬鹿野郎」
と辻はもう一度繰り返した。今度は口先だけではない馬鹿野郎呼ばわりだった。同業者の華麗な仕事ぶりをあまりに見せつけられるのは面白くない。自分があまりパッとしなくて、助力を求めに来ていたりする場合は特にそうである。
角田は、相撲部屋をクビになったあと、牛丼屋で無銭飲食をしてK札に突き出されそうになったことがあって、たまたま居合わせた西方が勘定を払ってやった。以来、忠実なセントバーナードのように新しい“親方”に仕えている。
西方のあと、野津が最後に戻ってきた。この地味な男が席に加わると、すべて駒がそろったという雰囲気になる。
折りたたみ式のフォーマイカのテーブルの上にそれぞれ獲物の現金を置く。威勢がいいわりに角田は持っていない。ちょっと寂しそうな顔になっている。彼は何十年西方の下にいても、ガードなどの補助的な役割しか果たせないだろう。彼の巨体の功罪はほぼ等しい。あまりに素直になつかれていて西方も振り切れないのだろうが、一家に不可欠の人材ではない。隼人は違う。あれは鍛えれば使える。
「二百二十一万八千とんで三十二円」
隼人は自分で数えた金額を口にした。札束と小銭は三つの山に分けてあり、入れておいた封筒に薄く鉛筆で書かれた数字を几帳面に読んでいく。
「4R前、投票場の財布、現金六十一万四千三百三十五円、当り車券一枚、配当六千三百二十円の二万張りで百二十六万四千円、計百八十七万八千三百三十五円。4Rレレース中の財布三個、まとめて、三十三万九千六百九十七円。以上です」
獲物の山分けというより、経理報告みたいだと辻は呆れた。
西方と野津は金額については、そんなに細かい報告はしなかった。総計をざっと述べただけ。西方が十二万。野津が二十九万。しかし、仕事の手順と成果はそれぞれ詳しく語った。 |
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