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「源氏物語」の和歌

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发表于 2008-5-31 11:31:31 | 显示全部楼层 |阅读模式
限りとて別るる道の悲しきにいかまほしきは命なりけり
(かぎりとて わかるるみちの かなしきに いかまほしきは いのちなりけり )
                          桐壺更衣   
源氏物語は 死の和歌から 物語の幕があく

桐壺更衣
光源氏の生母。
父大納言の死後、遺言で桐壺帝に入内する。しっかりした後見がないのを更衣の母は心配していた。身分の低い更衣は帝に大いに溺愛されたため、周囲の恨みを買ってしまう。
数々のいじめに遭い、もともと病気がちだった更衣は身も心も衰弱。光源氏が3歳の夏、急に容態が悪化し夜中過ぎに亡くなる。その直前に、「生き延びたい」という和歌を帝に詠みかけた。

「限りとて」は、帝の詞「限りあらむ道」に応えたもの。
「人の寿命は定めがあるものと諦めてはみても」。
「別るる道の」は、「里下がりのために別れる道」と「死出の道」との両意を掛ける。
辞世の歌である。
格助詞「の」は、同時に二つの機能をはたす。
主格を表して、「別路が悲しいこと」。
連体格を表して、「別路の悲しさ」。
そして、第二句と第三句とを結び付けてゆく働きをもする。
「悲しきに」の接続助詞「に」は、
前者の文脈では、原因・理由の意を含んだ順接の働きをして、「別路が悲しいことなので」の意。
後者の文脈では、逆接の働きをして、「別路の悲しさがあるけれども」の意となる。
助詞の「の」や「に」の機能は、最後まで読まないと判断できない。
上の句までの段階では、どちらとも判断できない。
したがって、両意を合わせて読んでいくのが正しい読み方である。
さて、
両意の文脈を呼び込みながら、
下句へと繋がっていくと、第四句「行かまほしきは」の「行く」は、「行く」と、「生く」との両意を掛ける。
「まほし」は希望・願望の助動詞。
「わたしが生きて行きたいと思うのは」。
第一句第二句で既に、
この別れが永遠の別れになることを悟っている更衣が、
再びここで「いかまほし」というのは、限りない生への願望と執着が表されている。
したがって、上句と下句は、逆接の文脈と考えられる。
「悲しいけれど、それはわかっているが、やはり、わたしの生きて行きたいと思う道は」となる。
第五句「いのちなりけり」は、
「寿命であることよ」「最期であることよ」「運命であることよ」等、さまざまな意がこめられている。
一つのことばで表現してしまったら、この句がもっている豊かな表現性が削がれてしまう。
「生きて行きたいのは、
生の道なのでございます」、
「生きて行きたいのは、生の道なのですが、それも叶わぬ寿命なのでございます」等。
『全集』は「別れ路はこれや限りの旅ならむさらにいくべき心地こそせね」<別れはこれが最期の死出の旅路の別れとなろう、
まったく生きていけそうな気がしません>(新古今集、離別、八七二、道命法師)を指摘する。

丰子恺译本:“面临大限悲长别,留恋残生叹命穷”
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 楼主| 发表于 2008-5-31 11:49:23 | 显示全部楼层
宮城野(みやぎの)の露吹き結ぶ風の音(おと)に小萩(こはぎ)が上を思ひこそやれ
                                                                                                             桐壺帝
我が子の身を案じる意の歌。
「宮城野」は歌枕。
宮城県仙台市東部の野、萩の名所として名高い。
ここは宮中の意。
「小萩」は歌語。
子供を暗喩する。
「結ぶ」は「露」の縁語。
「露」は涙を暗喩する。
「嵐吹く風はいかにと宮城野の小萩が上を人の問へかし」(激しい風が吹いているがいかがですかと宮中の小萩の身の上を見舞いなさい)(新古今集、雑下、一八一九、赤染衛門)、
「宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て」(宮中の根本もまばらな小萩は露が重いので風を待つようにあなたを待っています)(古今集、
恋四、六九四、読人しらず)。

丰子恺译本:“冷露凄风夜,深宫泪满襟。遥怜荒渚上,小草太孤零。”
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 楼主| 发表于 2008-5-31 12:01:17 | 显示全部楼层
【鈴虫の声の限りを尽くしても長き夜あかずふる涙かな】
命婦の歌。
「ふる」は「振る」と「降る」との掛詞。
「振る」は「鈴虫」の「鈴」と縁語。
なお、「鈴虫」は今の「松虫」。
虫の声そのものよりも、
「ふる(涙を流しながらずっと暮して来た)」という語句を呼び起こすために、
その縁語である「鈴」すなわち「鈴虫」が出てくる、という小道具の使われ方なのである。


【いとどしく虫の音(ね)しげき浅茅生(あさぢふ)に露置き添ふる雲の上人(うへびと)】
北の方の返歌。
相手の歌の語の「鈴虫」を「虫」、「声」を「音」、「涙」を「露」と言い替えて詠み返す。
「雲の上人」とは命婦をいう。
『紫明抄』は「五月雨に濡れし袖にいとどしく露置き添ふる秋のわびしさ」(後撰集、
秋中、二七七 、近衛更衣)を指摘。
全集は「わが宿や雲の中にも思ふらむ雨も涙もふりにこそ降れ」(伊勢集)も指摘する。

“纵然伴着秋虫泣,
哭尽长宵泪未干。“

”哭声多似虫鸣处,
添得宫人泪万行。“
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