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日语中篇小说《Three children of EVA〉(原版)

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发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层 |阅读模式


EVA的应该知道吧 大家需要的话我这里有中文的可以提供给大家

第一話.... 転校生



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シンジは夢を見ていた。青い髪をした少女の夢を。

制服から伸びる白い手足。いつも通る通学路に立って、赤い目でこちらをみてる。

突然、白い鳩が一斉に飛び立つ。

体が揺さぶられる。



--------------------------------------------------------------------------------

惣流アスカは、隣に住む幼馴染み、碇シンジを起こすことを日課としている

「シンジ、早く起きて。」

「うーん、もうちょっと寝かせて。」

「早く起きなさいよ!」

赤毛の少女は無理矢理布団を剥ぐ。

そのの眼に、少年の朝の生理現象が映る。

「バカ!、変態!」

シンジの頬に強烈な平手打ちが飛ぶ。





--------------------------------------------------------------------------------

それから10分後、アスカとシンジは足早に彼らの通う第一中学校に向かっていた.

アスカは歩きながら考える。



さっき、シンジは誰の事考えていたんだろう。

私?私を裸にしてたんだろうか。

恥ずかしい。でも、それなら嬉しい。



「ねえ、シンジ。さっき、何の夢見てたの。」

「え。」

「ひょっとして、私のHな姿?」

「ち、違うよ!」



え、違うの?じゃあ、何?



「じゃあ何考えてたのよ!」

「何って、そんないやらしい事じゃないよ。ただ、青い髪の女の子が、」



誰、それ。そんな子、私知らない。



「誰よそれ!」アスカはシンジにつめよる。

「知らないよ、知らない子なんだ、ただ、夢の中で、赤い目で僕をみてたんだ」

「本当に?本当に知らない子なんでしょうね!」

「本当だよ!大体、なんでアスカが僕の夢で怒るんだよ。」



なんでって..馬鹿!

でも、シンジが浮気してるんじゃなくてよかった。

まあ確かに、現実に青い髪で赤い目をした子なんていないだろうし。

でも、何で私じゃないんだろう。

シンジには、私だけを見て欲しい。構って欲しい。

だから、毎日起こしに行って、お弁当作って、一緒にいるんだ。

何故?

だって私には、シンジしかいないから。

パパは私を捨てた。ママは私を見ない。

ヒカリは親友だけれども、大切な人がいるし。

じゃあ、私を必要としてくれるのは?



「アスカ、早く行かないと遅刻しちゃうよ。」

時計を見ると、時間はあと数分しかなかった。

「やっばーい。シンジがボケボケッとしてるからよ」

「何だよそれ。ぼけっとしてたのはアスカの方じゃないか」

「とにかく急ぎましょ!」

アスカとシンジは走りだす。



まだ走れば間に合うはず。

あの角をまがれば..



ゴチッ



曲り角に差しかかったシンジが誰かとぶつかる。

絡み合って、二人とも倒れる。

シンジの下敷になって倒れているのは、青い髪の、赤い目をした女の子。

「き、君は..」



シンジの夢の中の女の子!!



「どいてくれませんか。」

「え、あっゴメン!」

よりにもよって胸を掴んでいたことに気付いたシンジが慌てて飛び退く。

「あ、あの本当にごめん」

シンジが手を貸そうとする。

それを無視して起き上がる少女。顔は、無表情。

シンジとアスカが呆然として見守るなか、少女は、すたすたと学校の方へ歩いてゆく。



「ねえ、さっきの子」

「え」

「誰」

「え」

「夢の中の女の子って、あの子でしょ」

「う、うん」

「やっぱり知ってたんだ!」

「え、ち、違うよ!今日、初めてあったんだよ!」

「嘘!」

「ほ、本当だよ!」

「じゃあ、何であの子が夢の中に出てくるのよ。」

「..分からない。」

「分からないって、あんたバカ?」

「...」



嘘ついてるの、シンジ?

それとも、本当に知らなかったの?

何だか、嫌な予感がする。



結局、学校はぎりぎり間に合った。

二人とも無言で走ったからだ。

青い髪の女の子には追い付けなかった。



教室に入ると、トウジとケンスケのいつものひやかしが入る。

「おー、今日も夫婦で仲良う登場か。」

「何だい、息きらしてさ。何かやってたの。」

アスカは、いつもは二人とギャアギャアと(ヒカリが止めにはいるまで)やりあうのだが、今日はそんな気になれない。

無言で二人のスネを蹴っとばして窓際の自分の席に着く。

痛みに声を上げることもできない二人。

そんな彼らを、シンジが気の毒そうに見ながらアスカの前の席に着く。



ミサト先生が入ってくる。

みんな慌てて席に着く。

「男子生徒の諸君!いい知らせよ。」

この先生はいつもニコニコしている。

「女の子の転校生が今日来ました。」

「おおっ」

男子がざわめく。

シンジも興味津津の顔着き。

アスカは、嫌な予感。

「綾波さん、入って来て」

教室に入って来たのは、さっきの青い髪の少女。

無表情に「綾波レイです。よろしく」と言うと、軽く一礼する。

「あっ、君は」

シンジが思わず叫ぶ。

「なに、シンちゃん、お知り合い?」



ミサトは、シンジのことをシンちゃんなんて呼ぶ。

これも嫌いだ。

先生なんだから、碇君、とかせめてシンジ君とか呼べばいいのに。

ショタコンていう噂、ほんとうなんだろうか?

まあ、とにかく今はシンジだ。

何でこんなときに大声上げるんだろう。バカシンジ。



「え、あ、その、、」

赤くなって口ごもるシンジのかわりに転校生が無表情な顔で答える。

「さっき私を押し倒したひと..」

「えーっ」

クラスは騒然、さすがのミサト先生も一歩退いている。



な、なんてこと言うのよ、この女は!



「シンジ、お前惣流だけではもの足りず、」

「やだー、不潔!」

「ち、違うよ、誤解だよ、彼女とは、あの、道でぶつかって...」

その時

「ちょっと!転校生!」

アスカの怒鳴り声にクラスが静まる。

「あんたがシンジにぶつかってきたんでしょう!

それを、あんなこと言って!シンジに謝りなさいよ!」

クラスの全員がアスカの見幕にビビッている

レイは相変わらず無表情のまま、しばらく考えて

「そうね、御免なさい」

感情の読み取れない声でシンジに謝る。

「え、いや、その、僕の方こそゴメン、、」

アスカはまだ何か言い足りなかったが、止めた。

シンジの顔が、なんだか赤くなっているのを見て。



「じゃあ、綾波さんは、そうね、シンちゃんの隣がいいかな。もう知り合い見たいだし。」

「はい」

シンジの隣の席。

繊細な顔立ちと性格で、結構女子に人気のあるシンジの隣が空いている理由は、アスカだ。

アスカに遠慮して、特に女子は絶対に座らない。

シンジがらみのアスカは、恐い。

そこへ、早速因縁のある綾波が座る。

クラスの誰もが、波乱を予想した。



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授業が始まった。

シンジは転校生、綾波レイを眺めていた。

白くてきれいな肌。整った顔。赤い眼。

無表情。



まるで人形みたいだ。 アスカはシンジを見つめていた。

線の細いその少年は、転校生を見ている。

他の女の子を、見ている。



シンジはアスカの視線に気付かず、授業中、ずっとレイを眺めていた。

レイは、前だけを見ていた。



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休み時間にレイは質問攻めにあった。

「どこから来たの?」

「どこ住んでるの?」

趣味は?部活は?異性の好みは?つき合ってた人とかいるの?

レイは事実のみを、やはり無表情に答えていた。



結局、クラスメートが知り得たのは、住所ぐらい。

綾波レイという個人を知るための情報は、殆んど何も引き出せない。



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アスカとシンジは、質問攻めの輪に加わっていなかった。

「シンジ、あんたさっきから転校生の方ばかりみてたでしょ。」

アスカは険を含んだ微笑をうかべている。

シンジは、その険に気付かず半分うわの空で答える。

「うん。」

「きれいな子ね、まるで人形みたい。」

「うん、きれいだよね。」



ムカッ



またシンジはレイの方を見ている。

「ねえ、シンジ。」

「何?」

アスカは瞳をうるませてシンジに顔を寄せる。

まっすぐシンジの眼をのぞき込む。

「私と、どっちがきれい?」

「えっ」

うろたえるシンジ。

「あ、うん、えーと..」

すぐに答えられない。

「なによ、バカ!」

シンジは、今日二度目の平手打ちをくらう。

今度のは、力がこもっていて、更に強烈。

アスカは怒って教室からでていく。

「何おこってるんだよ...」

シンジは途方にくれる。

周りで見ていた者は、いつもの事なので特に気にしなかった。



何よ!何よ!何よ!

あんな無愛想女のどこがいいのよ!



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一方、綾波は窓を眺めていた。

窓に映った自分を眺めていた。

そして、考えていた。

あなたは誰?



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シンジは階段をかけ昇りながら考えていた。

アスカが怒った訳を。

でも、シンジには分からない。少女の考えていることが。

でも、とにかく今のうちに謝っておこう。

でないと、完全にすねてしまう。すると、後でとても苦労することになる。

それは、困る。困るだけでなく、何故か心が痛む。すねているアスカをみるのは。

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思った通り、アスカは屋上にいた。

屋上の手摺の上に立っている。

危なげなく細い手摺の上に立っている。

細くて、きゃしゃで、でもしなやかに伸びている手足。

いつもの快活さが消え、かわりに愁いを帯びた繊細なつくりの顔。

何だか、妖精とか、天使とか、とにかくこの世の存在で無いような感じがする。

でも、シンジは少女を現実の存在にしなくてはならない。

「ねぇ、アスカ」

少女はそのまま立ち続ける。振り向きもしない。

「アスカ」

重ねて呼びかける。

アスカは、手摺から飛び降りる。

屋上の床に。

愁いを帯びた顔は、でもそのまま。

「あの子のこと、気になるの」

真剣な表情でまっすぐシンジの顔を見る。

少年は、その真剣な眼に嘘をつくことができない。

「うん」

「そう、、」

「でも、好きだとか、そんなんじゃなくて..その..」

「その?」

「その、、何か、とても変わってて、不思議な感じがするから..」

アスカは、シンジの顔を見たまま。

沈黙のうちに数秒すぎる。

「まあ、いいわ。」

いつもの快活さが少女の顔に戻る。

現実の存在に戻った少女は、少し、笑う。

「でも、あんまり女の子をスケベな眼でみないでよ。見てるこっちが恥ずかしいじゃない。」

「だから、そんなこと考えてないって!」

シンジは顔を赤らめて慌てている。

アスカはそんなシンジを見てクスリと笑う。



そう、絶対、見ないで、他の女の子は。

考えないで、他の子の事は。

私だけをみて、私の事だけ考えて。



「さぁ、教室にもどるわよ。次の授業が始まっちゃう!」



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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第二話....放課後、二人で<前編>



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シンジは、放課後の音楽室でチェロを弾いていた。

他には誰もいない。

ただアスカ一人が、聴肖趣筏啤ⅳい搿

ゆるやかな旋律が教室の中を流れ、響き、こだまする。





アスカは、シンジのチェロが羨ましい。

シンジは、少なくとも自分に無い、彼だけの何か、というのを持っている。

それは、シンジを裏切る事はないだろう。

それは、少年に、常に美しい音色で答えてくれるだろう。



でも、私は何もない。



アスカはそう思う。



でも、シンジは,そう思っていないことも知っている。。

シンジは、アスカこそ何でも持っていると思っている。

抜群の邉由窠U、優秀な学力、端麗な容姿、他にも沢山。

なんでもしっかりこなす女の子だと思っている。

ただ、シンジはそれを羨ましいとは、余り思っていない。

アスカは、ただ素質だけに頼って生きてきた訳ではないこと、

そのために、アスカが陰でどれだけ頑張ったか、知っているから。



でも、本当に、私には、私だけの何か、というものがないの。

ただ、みんなに、あるいは学校という社会に見捨てられないように頑張っただけ。

誰も、私のすることで、心から感動したり、快くなったりしない。



だけど、シンジは別。

シンジだけは、何か私がする毎に、喜んだり、悲しんだり、心配したり、笑ったりしてくれる。

心から。



曲が終った。

アスカは微笑みながら、拍手する。

シンジは、可愛いらしく微笑む少女の顔に、照れずにはいられない。

「五歳のときから練習してきて、これだから。あんまり、才能ないよね。」

「でも、私は好きよ。」



好き。無論、チェロの音に対してだ。

なのに、シンジはドキドキする。

ほほ笑むアスカ。

とても可愛らしい少女。

白いほおには夕焼けの赤い光。

こんなとき、シンジはどうしていいか分からない。

ただ、右手を握ったり開いたりしながら、アスカの顔を見つめてる。

アスカも、シンジの顔を見つめている。

そして、

扉から鈴原トウジが入って来た。

「おう、センセイ。こんなとこでデートかい。」

アスカがみるみる不機嫌になってゆく。

「なによ、鈴原!」

「どうしたの?」

つとめて冷静にシンジも訊く。

「惣流、お前、今日当番やろ。」

「あら、そうだっけ。」

「何いうとんねん。ワシ一人にやらすきかい」

「そうよ。」

「そうよって..」

「あんな仕事、あんた一人で十分でしょ。さっさとやりなさいよ。」

「このアマ..」

にらみあう二人。

しかし、トウジの正当な怒りより、いい雰囲気を壊されたアスカの怒りの方が、より深く、大きい。

押されるトウジ。

しかし、勝負は、シンジのこの言葉であっさり決着がつく。

「ちゃんとやらなきゃ駄目だよ、アスカ。僕も手伝うからさ。」

「くっ..。しょうがないわね。」

トウジの逆転勝ち。

ガッツポーズをするトウジ。

でも、あんまり負けた気がしないアスカ。

「じゃあ、まず鈴原はゴミ捨てにいってね。私とシンジは迨盲颏工毪铩!筡

トウジは両手に重いゴミ袋下げて、一人黙々と焼却炉に向かう。

アスカはシンジと二人仲良く澶蚴盲



--------------------------------------------------------------------------------

でも、変ね。当番、なんで鈴原となんだろ。確か、鈴木とだったはずなんだけど。

あっ、そうか、転校生だ。

あの子が入ったんで、順番がずれたんだ。



そこで、あることに気付くアスカ。



転校生、綾波レイ、あやなみ、あ、あや..!

あいつ、今度、シンジと当番だ!



「どうしたのアスカ。急に怖い顔しちゃって。」

「え、ううん、なんでもないのよ」



あとで手帳にメモしとかなくちゃ。



もちろん、この日はアスカも残ってシンジを手伝うのだ。

名目は今日のお返し。

とにかく、あの女は危険だ。

シンジと二人きりにするわけにはいかない。



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レイは、独りだった。

この学校に、まだ馴染めていない。

この世界にも、馴染めていない。

世界は、全てが動く影絵のようにみえている。



確かにレイは、近寄りがたい雰囲気をもっている。

そして、自分からは何もしない。

誘われれば、断らないし(クラス委員長の洞木さんなんかは、特に気にかけてくれる。)、言われればその通りにする。

でも、それだけ。

なにも自分からしない。

話かけられるまで、なにも話そうとしない。

言葉は少なく、すぐ途切れてしまう。

レイといると、すぐ沈黙が漂う。

そして、レイの持つ雰囲気にのみこまれてしまう。

重く、冷たい、清いが、何もない、何も生きられない、苦しい感じ。

そして、いつも無表情でいる。

だから、誰も、ついレイを敬遠してしまう。

だから、レイはいつも独りでいる。

世界は、動く影絵のようだから、

レイは、帰り道、ショーウィンドウに映った自分を見て考える。 私は、誰。

私は、何。

ヒトに通じる言葉を持ってない私は、何だろう。

ヒトに通じるココロを持ってない私は、何だろう。



すると、ガラスに映った自分が問いかけてきた。



私は誰?



あなたは、人形。醜い仮面をつけた、不細工に動く機械仕掛けの人形。



そんなの嫌よ。

だって、私、生きたいもの、もっとヒトらしく。



無理だわ、そんなの。

だって、知らないもの。

何話せばいいか、どう振舞ったら良いか。

だから、出来ないの、人と同じようにすることが。



私らしく、自分らしくすればいいじゃない。

それとも、恐いの、みんなのこと。



ええ、そう。恐い。みんな恐い。



何が恐いの?

本当の自分を知られること?

ヒトのものとはいえない心を知られること?

それで、どんな眼でみられるか恐いの?



そう。

嫌な、恐い眼で見られるよりは、見られない方がいい。

だから、人形でいるの。

赤い眼をした、青い髪の人形。

醜いから、だれも見ない。

もちろん、これはレイの思い込みに過ぎない。



現実には、レイを見ている少年が大勢いる。

そのうちの一人は時々、赤毛の少女の眼を盗んでこっそり見てる。



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ある晴れた日の放課後、アスカは友人の洞木ヒカリに誘われて、最近出来たばかりのアイスクリーム屋に行った。

少し並んで得た、三段重ねの、複雑なトッピングをほどこしたアイスクリーム。

クラスの噂どうり、とてもおいしい。



これは..今度シンジも連れてこなくちゃ!

ん..シンジ?



アスカは、思い出す。



今日は、確か..

シンジが当番の日!

ということは、転校生と二人っきり!

だめ!嫌、そんなの!





アスカはいきなり立ち上がる。

残っている、まだ大きなアイスクリームの塊を一口でたいらげる。

驚くヒカリが、

「どうしたの、アスカ?」と言ったときには、

アスカの姿はすでに遠く、第三新東京市の彼方に消えていた


 

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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第三話....放課後、二人で(後編)



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ある晴れた日、シンジは当番に当たっていた。

相方は、綾波。



シンジは、思う。

女の子と二人きりというのは、いつもドキドキする。

女の子で緊張しないですむのはアスカだけだ。

洞木さんですら、アスカやトウジ、ケンスケ達と連れだって遊びにいったりするのに、面と向かうと緊張する。

心の行き場の無い感じ。

ましてや、今日は綾波と一緒。

言葉も、視線も、やり場がない。

しかも、今日はアスカは洞木さんと、どっかに行ってしまっているし。



レイは、教室に誰もいなくなるまで席に座って、窓の外を見ていた。

シンジが緊張しながら声をかけるまで、そうしていた。

「綾波、当番の仕事始めるよ。」

そこで、初めてシンジの方を向く。

いつも通り、表情の無い顔。



「じゃあ、澶坞j布がけから始めようか。」

「ええ」ただうなずくレイ。

バケツに水を汲みに、廊下の外れの水道まで行く。

バケツに水を汲んで、それを撙证韦膝伐螗浮

レイは斜め後ろに付き添って歩いている。

もちろん、二人とも、無言。

話すにも、話すべきことがない。



バケツは教室の前隅に置かれる。

二人は、ねずみ色の雑布を、水に浸し、絞る。

この時、シンジはようやく、綾波の姿をはっきりと見た。

それが出来たのは、綾波が、雑布から滴るみずがバケツの水の面を乱すのを、見つめていたからだ。

普段は、アスカの目が気になって、或は積極的妨害によってよく見ることの出来ない、綾波の姿は、



肌がとても白い。

アスカの肌も白いが、それは人の肌として,みんなと比べて白いということである。

綾波の白さは違う。

まるで、色が抜け落ちたような白。

聞く所によると、彼女はアルビノらしい。

いわゆる、白子。

髪が青いのも、目が赤いのもそのせいだ。



アルビノは虚弱体質を生みやすいと聞いた。

だからだろうか、体が、首も手足もとても細い。

アスカも細い(シンジにとって、女の子をみるの基準はいつもアスカだ)。

けれど、アスカは若枝のようにしなやかな感じがする。

綾波は、精巧なガラス細工のよう。

掴んだら、壊れてしまいそう。



そんな綾波が、その細い手で、しなやかな指で、ドブネズミ色の雑布を絞っている。

白い、きれいな指の間から濁った水が滴り落ちる。

それには、何か、アンバランスなものがある。

なのに、その絞り方は、意外な事に、とても様になっている。

幼い時に母を亡くしているシンジにとって、それは印象でしかなかったが、

『お母さん』という感じが、綾波の絞り方にはある。



レイは、顔に何か当たっていると感じた。冷たいものじゃない。だから、跳ねた水滴ではない。何か、温かいもの。レイは、シンジの視線に気付いた。



どうして、私をみてるの?

なに?

私、何かおかしなことしているのかしら?

なんなの?

分からない。



分からないから心を閉ざす。

無表情な顔は、心を守る鎧。



でも、シンジの視線は、レイの心に入り込んで来る。

好奇の目でもなく、

何か避けているような、

あるいは、

目を合わせたくないけど仕方無しにみてるような、

そんな今までレイが受けてきた、

彼女を脅えさせるような視線とは違ったから。



シンジの視線は、何か、温かい、憧れるような視線。

それはレイの心を温める。

レイの体温が上がる。

白磁の肌が赤く染まる。



シンジは、綾波の頬が赤く染まったのを見た。

自分の視線に、彼女が気付いたことを悟った。

初めて見る綾波の感情のかけらに動揺する。

シンジの顔も赤くなる。

「じ、じゃあ、まず前の澶槭盲长Δ!筡



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二人は、黙々と作業をこなす。

お互いに気まずい。

必要最低限しか喋らない。

澶蚴盲⒙窑欷炕騺Kびかえる。

ゴミの袋を持って、中庭の焼却炉に向かう。



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今、レイの頭の中には、一つの疑問がある。

隣を歩いている少年に訊いてみたいことがある。

それが、頭の中で、どんどん重みを増してゆく。

焼却炉にゴミを放り込んだ時、レイはその重みに耐え切れなくなった。



レイは、シンジの顔をまっすぐ見る。

また赤くなるシンジ。

シンジが眼をそらせるまえに、レイは訊いた。



「どうして、私の方見てたの?」

「えっ」



どうしてって..

綾波のほうから話しかけてくるとは思わなかったシンジ。

動揺して、頭が廻らなくなる。

言い訳を思い付かない。

だから、思ったことを正直に告げる。



「あの、綾波の雑布の絞り方、」



え、雑布の絞り方?

何かおかしな絞り方してたかしら。



予想外の言葉に、レイは緊張する。

表情は、さらに冷たくなり感情を許さない。



「なんか、上手だね。『おかあさん』て感じだった。」



おかあさん。

その言葉を口にした時、シンジの顔から照れが消えて、憧れに似た感情が浮かぶ。



お母さん..私、お母さんの事、よく分からない。

ずっと一人だったから。

でも、嬉しい。

よく分からないけど、多分これは嬉しいことだと思う。

嬉しくてもいいことだと思う。

碇君の顔を見てると、そう思う。



見れば、レイの冷たい無表情が、融けてゆく。

表情が柔らかくなってくる。

唇は、いますぐにも微笑みを浮かべんばかりで、

ほおは茜色に染まる。



それを見て、シンジは必死で、言葉を継ぎ足そうと考える。

会話が途切れないように、表情がまた凍り付かないように。



「綾波って、結婚したら、いい奥さんになれそうだね。」



結婚。好きな人と一緒になること。

ずっと一緒でいられるぐらい、好きになるということ。

それは、分かり合って、求めあうということ。

私を分かってくれる人って誰?

碇君?

あなた、私のこと、分かってくれる?

それで、ヒトでないような私の心を知って、

それでも求めてくれる?



..いいえ、やっぱり、それはないと思う。

誰も、分かってくれるはずがない。

分かったとしても、求めてくれるはずがない。

だから、今までずっと、私は一人きりだった。



思考がめぐり、

レイは悲しい気持ちになってしまった。

冷たい思いが、また表情を凍てつかせる。



それを見て、シンジは慌てる。

「あ..何か悪い事言ったかな、ゴメン」



レイは、目の前の少年を見る。

とても慌てている。

謝っている。

そうさせたのは、私。

なんだか、とても悪い事した気がする。



「いいえ、あなたは何も悪い事、言ってない。」

「でも..」

君は、また感情のない、冷たい表情をしてる。



「なに?」

「とにかく、ゴメン。」



また謝ってる。

彼を悲しくさせてしまった。

私は、悪い子だ。

心が、醜い。

でも、どうしたらいいんだろう。

どうして、彼は謝っているんだろう。



分からないから、レイは、心の殻にひきこもる。

それは、無表情な顔。



--------------------------------------------------------------------------------

その後、シンジとレイは、黙々と残りの作業を続けた。

とても、気まずい。



--------------------------------------------------------------------------------

シンジは、レイの顔を見る。

冷たく何も寄せつけない無表情な顔。

そして思い出す。

さっき見ていた顔を。

可愛らしい女の子の、照れているような顔。



とても、不思議だ。

惹かれる。

気になる。

どうしても、気になる。

もう一度、見てみたい。

その思いは、少年の声になる。

だから、

「どうして、いつもそんな顔してるの?」



「えっ」

そんな顔って、



「もっと笑えばいいのに、さっきみたいに」



笑う?

私、笑ってた?

いつ?

恥ずかしい。



「そしたら、もっと可愛いのに」



シンジは、もちろんこんな台詞を言える性格ではない。

むしろ、人一倍、言えない性格だ。

でも、この時は、綾波の笑顔への欲求の方が、強かった。

だから、言った。



「そうしたら、もっと可愛いのに。」



可愛い?私が?笑うと?



レイは,少年の言葉を考える。



彼は私に、笑って欲しいらしい。



シンジの目を見て、考える。



そして、信じる。少年の、找猡颉

それに、さっき、嫌な思いをさせた、その償いに。

人が笑っているところを、思い出しながら、おずおずと

微笑んでみた





シンジは見た。

綾波が、笑っている。

かすかにだけど、でも、それは余りに可愛いらしく。

冷たく凍っていたものが、暖かく融けて、

張りつめたものが、消えて

とても安心できる、魅力的な笑顔だった。

そして、この方が、いつもの造られたような無表情より自然だと思える。



だから,シンジも微笑んだ。

笑うことが出来た。二人で、互いに微笑む。



--------------------------------------------------------------------------------

そこに、アスカが入ってきた。

息を切らせて。

そして見たのは信じがたい光景。



微笑むシンジの、前で、転校生が、笑ってる! 「あれ、アスカ、どうしたの?」

「え、あ、あの、ちょっと忘れ物しちゃって」



とりあえず誤魔化すアスカ。

自分の机までゆくと、中に手をつっっこんで、探し物をするふりをする。

そうしながら、転校生の顔を盗み見る。

いつもの通りの無表情な顔。



でも、さっき見たのは、錯覚じゃない。

あいつ、確かに笑ってた!



「アスカ、探し物見つかった?何かひどく慌ててたけど」

シンジがアスカの手元を覗きこもうとする。

「え、あっ、あったわ」

何も持っていない手をシンジに隠しながらアスカは言う。

「ほら、家の鍵忘れちゃってさ、あれがないと夜中まで家に入れないもんね。それよりシンジっ、当番の仕事は?」

「ああ、あとは日誌つけるだけだよ」

「じゃあ、さっさと書いちゃお」



アスカは日誌を教卓の上から取ると、自分でつけ始めた。

「ア、アスカ..」

「どうせこんなの、いつもおんなじ事しか書かないんだから、誰が書いたって一緒よ。それよりさあ、新しく出来たアイスクリームの店ね、とってもおいしいの。帰りによっていこ!」

「アスカ、行ってきたんじゃないの?」

「まだ食べ残してるのがあるのよ。」

「そんなに食べると太っちゃうよ。」

「失礼ね!私は食べても太らないの!」

「まあ、いいけど..」



アスカは日誌を書き終えると、教卓の上に放り投げた。

「じゃあ、行こう。」

アスカはシンジの手を掴んで、教室を出ようとする。

なるべく早く、転校生からシンジを引き離さなくてはならない。

「アスカ、カバン持ってないよ。」

「あれ」



カバンを取りに行ったシンジの目に、綾波が映る。

綾波は、無表情に、所在無く立っている。

「綾波も一緒に来る?」

瞬間、アスカはとても嫌そうな顔をする。

なにか、転校生を断る 理由を考える。

でも、何も思い付かない。

どうしよう?



「私、いい」

綾波は、そう告げる。

「あらそう残念ね、じゃ、行くわよシンジ」

アスカは、シンジの服を引っ張りながら、もう教室を出かかっている。

シンジは,一人残される綾波を見る。

その白い顔はただ無表情で、微笑みのひとかけらもない。

「じゃあ、これで当番の仕事は終わりだから。帰り道には気をつけてね、また明日」



手をふるシンジ。

でも、綾波は何も返さない。



後髪ひかれる思いで、シンジは教室を出た。



--------------------------------------------------------------------------------

シンジ達が賑やかに教室から出ていった。

レイはまた一人になった。

レイはアスカのことを考える。



赤い髪した女の子。

惣流さん。

とてもきれいだった。

碇君と、とても仲良さそうだった。

それで、とても私のこと嫌がってた。



--------------------------------------------------------------------------------

「なんでそんなに急いでるんだよ、アスカ」

アスカはシンジの袖を引っ張ったまま、学校の門を出ていた。

そこで、はじめて袖をはなす。

そして、シンジに質問する。



「ねえ、転校生と何話してたの」

「ああ。綾波って、いつも笑わないから、だから、笑ってみたら、って言っただけなんだけど。」

「あの子が転校してきてから結構経ったけど、笑ったの、初めてみたわ。ホントに、話した事って、それだけ?」

「うん。」

「ふーん。シンジって、あの子に気に入られてるんじゃない?」

快活そうにアスカは言う。

「そんなことないと思うんだけど..」



しかし、そこでシンジは、不覚にも照れてしまう。

みるみる不機嫌になるアスカ。



「あの子に気にいられて、そんなにうれしい、シンジ?」

一見朗らかそうで、しかし怒りが护盲垦匀~。

その怒りは、鈍感なシンジの心にも伝わった。

見れば、アスカのこめかみに血管が浮きだしている。

いつもなら、ここでシンジは大慌てする。

そして、なんとかして、アスカをなだめようとする。

(そして、大抵失敗する。)



しかし、今日は違った。

何故か、静かな気持ちでアスカの顔が見れた。

そして思う。

アスカも、起こった顔も可愛いけど、やっぱり笑顔の方がいい。

だから、言う。

「アスカも、笑った方が可愛いと思うよ。」



えっ。

今、なんていったの。

可愛いって?

シンジが、私に?



アスカの顔が赤くなってゆく。

西の空の太陽のように。 予想も出来なかった、シンジの言葉。

いつも言われてみたいと思ってた言葉。



でも、引っかかるものがある。



でも、なんで、どうして、今なの。

それに、アスカ、も、ってどういうこと?

嬉しい。

たしかに嬉しいんだけど。

素直に喜べない感じ。



でも,いいや。今は、素直に..



「どうしたの、アスカ?」

うつむいたアスカにシンジが声をかける。

「ううん、なんでもなぁい。」

そういって、少女は顔を上げる。

少年の望んだ、笑顔で。





そして

「こんな可愛い女の子の笑顔が見られたのよ、シンジ、今日はおごってね。」 --------------------------------------------------------------------------------

レイは、一人で帰り道をあるいていた。

家は、この商店街をぬけた、街のはずれ。

ショーウインドウには、夕日に照らされた自分が映っている。

醜いと思ってた自分の姿が。



私、可愛いかな?



ガラスに向かって、笑って見ようとする。

そのとき、向こう側にいた店員と目があう。

そそくさと立ち退くレイ。



可愛いということ。

可愛いものは、見て快い。

嫌がられない。



しばらく考えていたレイは、やがて決心した。

数軒先の、女の子向けの店に入ってゆく。

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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
 

第四話....異変

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その日、アスカを起こしたのは、枕元のアンティーク調の目覚し時計では無かった。

ギリギリと痛む腹痛だった。

たまらなく痛い。

しかも、もよおすものがある。

アスカはベッドから出ると、よろよろと、しかしなるべく急いで、便所に入る。

入るなり、いそいで下着をおろし、しゃがみこむ。

壁の向こうでは、目覚し時計がなっている。



原因は分かっている。

昨日、アイスを食べすぎたせいだ。



ああ、お弁当つくらなきゃいけないのに

それでシンジを起こしに行かなきゃいけないのに。

どうせ今日も、なかなか起きないんだろうし。

だから、こんなことやってる場合じゃ..

イテテ..

なんだか、情けない..

もののはずみだからって、二度もあんなに食べなきゃよかった..



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今朝に限って、シンジは独りでに目が覚めた。

時計をみると、もう8時をまわっている。

いつもなら、とっくにアスカが来ている時間だ。

まだ少し寝惚けている頭で部屋を見回す。

アスカの姿は、どこにもない。

台所にいってみると、父親であるゲンドウが、新聞を読みながら漬物をおかずにご飯を食べているだけ。



「父さん、アスカ、来てない?。」

「いや、来ていない。」

新聞から、顔も上げずに答えるゲンドウ。



彼は、アスカが来ても、特に新聞から目を離すことはない。

しかし、アスカは、いつも必ず父さんに愛想良く挨拶してから、シンジの部屋に向かう。

(無愛想な返事しか返ってこないのに。)

だから、ゲンドウが来ていないと言うなら、まだアスカは来ていないのだろう。



この時間になってアスカが来ない。

記憶を辿っても、特に今日何かあったと言う事は無い。

だとすると、アスカに何かあったのだろうか。

シンジは急いで着替えると、朝食もとらず家を飛び出した。



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アスカの腹痛はようやく収まりつつあった。

腰をあげて、トイレットペーパーに手をのばして..

「紙が無い!」



トイレの扉をすこし開けて、母を呼んでみる。

「ママ!」

誰も呼びかけに応じない。

もう一度呼んでみる。

「ママ!」

聞こえてくるのは、目覚し時計の音ばかり。



ママはもう出かけちゃったんだ..

どうしよう..

この恰好で物置までいかなくちゃいけないの?

うう..嫌だな..

でも早くしないと、

もうお弁当どころか、学校すら間に合わない。

シンジはまだ寝てるんだろうな..

おじさまがわざわざ起こすとは思えないし..



--------------------------------------------------------------------------------

アスカの家は、マンションの、碇家の隣。

シンジはインターフォンを押して、「碇ですけど」と呼びかける。

誰もでない。

扉を叩いてみる。

「すいません、碇ですけど、おばさん、アスカ、いませんか」

やはり、誰もでない。

静かに、ドアのノブを回して見る。

抵抗無く、回る。

ドアをそっと開く。

玄関を覗き見る。

一足、アスカの靴がある。

少女の愛用の靴。

去年シンジが、アスカの誕生日に贈った靴だ。

すると、アスカはまだいるのか。



耳をすますと、どこかで目覚し時計のベルの音が聞こえる。



「すいません、碇ですけど、お邪魔します。」

返事は返って来ないが、シンジはそのまま上がり込む。

キッチンの傍らの廊下を歩いていると、テーブルの上に置き書きがある。



「今日は遅くなります

キョウコ」



やはり、キョウコおばさんはもう出かけてしまっている。

すると、アスカは?

「アスカーっ、いないのーっ?」

呼びかけながら、目覚しの鳴るアスカの部屋に向かう。

すると、廊下の途中でシンジを呼ぶ声がする。

「シンジ..」

弱々しい少女の声。

それはトイレから聞こえてくる。

「アスカっ、どうしたの?」

トイレの扉越しに尋ねるシンジ。

少女はそれに答えず、自分の要求を伝える。

「シンジ..紙持って来て..」



シンジはアスカの告げた場所からトイレットペーパーを取って来て、トイレの前まで戻って来る。

そして、どう渡そうかしばし考える。

「アスカっ、紙、扉の前に置くから..」

「..駄目、おしり上げれないの..」

「えっ、じゃあどうやって、」

「..少しドアあけて、そこから手を伸ばして、私に渡して。

絶対、覗かないでよ..」

いつもなら元気良く、というか、すごい見幕で言う台詞も、今日は弱々しい。

シンジは、なるべく顔をそむけながら、言われた通りに紙を渡す。

「アスカ、大丈夫?」

「うん、大丈夫だから、キッチンに行ってて..」



シンジは、アスカの言う通りにキッチンに戻る。

そこには、さっきの書き置きがある。



「今日は遅くなります

キョウコ」



アスカの話だと、おばさんは、勤め先の研究所からの帰りが、しょっちゅう遅くなる上に、朝早く出かけることもしばしばだそうだが。

テーブルの上には、それしかない。

朝食の用意も、なにもない。

もちろん、シンジは知っている。

アスカは、自分の食事を自分で作っている。

三食全て。

その他の家事も、全て彼女独りの仕事。

知ってはいたけれど。

改めてこの何もないテーブル、ぽつんと置かれた書置を見ていると、さむざむとしてくる。



廊下の向こうで水の激しく流れる音、しばらくして扉の閉まる音が聞こえる。

シンジが、姿の見えないアスカに呼びかける。

「アスカ、大丈夫ーっ」

「..着替えてくるから、しばらくそこにいてて..」



しばらくして、廊下の向こう側を走り抜けるアスカが見える。

タンクトップに、下は下着だけの姿で。

慌ててテーブルに向き直るシンジ。

目覚しの音が止まる。



シンジの家も、父と子の二人だけ。

また父ゲンドウも家を空けることが多い。

いても、二人の交流や会話が、弾むとは言いがたい。

しかし、それは二人の(特に父親の)性格的不器用さからくるものだ。

言動の端々に、お互いに気遣っているのが(彼らなりのやり方でではあるけど)透けてみえる。

それに、アスカがよく「作りすぎた」オカズなどを持って碇家に混じってくる。

アスカがいると、碇家はとても活気づく。

特に、シンジは気詰まりから開放されて、とても楽しそうだ。

だから、ゲンドウは、恐らくシンジのために、アスカを歓迎している(その応対は、一見無愛想極まり無いが)。

時折、ゲンドウは、自分では全く食べないクッキー(しかも、結構高価な品を)などを持ち帰る。

アスカと二人で食べるようにと。



しかし、シンジは、アスカの母に歓迎された覚えは無い。

それどころか、娘と話したり出かけたりしているのも、ほとんど見たことが無い。

ここは一体、どういう家庭なんだろうか?

未だに、分からない。



--------------------------------------------------------------------------------

「おまたせ」

振り向くと、そこには制服を着たアスカが立っていた。

表情は笑顔だけれど、顔色は悪い。

「今日は休んだら、学校」

「でも、私、皆勤だから。それに薬も飲んだし、」

「でも..」

「まだ間に合うでしょ、時間」



確かに、まだ歩いても間に合う時刻。



「じゃ、行きましょ」



--------------------------------------------------------------------------------

アスカはなんとか遅れずに学校に着いた。

でも、ほとんど意地。

教室に着くなり机につっぷしている。

「痛むの、アスカ?」

「..うん..」

顔色は、家にいたときより悪くなっている。

とても苦しそう。

「やっぱり、アスカ、保健室に行こうよ」

「でも、私..」

「アスカっ!」

思わず強い調子で言うシンジ。

周りの人間何人か振り向く。

強い好奇の目を向けている。

でも、シンジは気付いていない。

ただ、アスカを見ている。

アスカの意地は、痛いのと恥しいのと、うれしいのとで、折れた。

かぼそい声で、うなずく。

「..わかった..」



--------------------------------------------------------------------------------

保健室の先生、赤木リツコ、はアスカを見て言い放つ。

「お腹壊してるわね、冷たいものの食べすぎよ。」

ベッドに寝かされているアスカが身体を小さくする。

「まあ、この薬飲んでしばらくすれば直るから、碇君、だったかしら。あなたは教室に戻りなさい。あとは私が看てるから。」

「でも..]

アスカはあんなに苦しそうな顔してるし、その目は「いて欲しい」と言ってる。

「ただの下痢だから大丈夫よ。さあ、戻って、授業が始まるわ。」

「..はい..」

アスカの眼が恨めしそうにシンジを見てるが、こうまで言われては仕方が無い。

シンジは保健室の白い扉を締めて、教室に戻る。

気になるけど、仕方がない。



--------------------------------------------------------------------------------

アスカは、ベットの上で保険室の扉が閉まるのを見た。



あああ、下痢だなんて情けない。

それにバカシンジ、あんなにあっさりひいちゃって。

もっと粘ってくれたらいいのに。

大体、一緒にいたくて無理して学校来たのに..

これなら、もっと重病のふりして、家で看病して貰ったらよかったかな..



アスカが一つだけほっとしたことがあった。

渡された薬は、正露丸ではなかった。



--------------------------------------------------------------------------------

レイは慌てて、学校への道を走っていた。

無論、見ためは平静そのもので動揺のかけらもない。

今日の朝は、慣れないことをやったので、支度に時間がかかってしまった。

だから、遅刻ギリギリ。

相変わらず無表情な顔に一筋の汗が伝う。



でも、そのおかげで教室にためらいなく入ることができた。

今日のレイは、いつもと違うのに。



教室にいたクラスメート達は、教室に入って来る綾波をみた。

いつもの無表情な綾波だが。

何か違う。

遅刻寸前に来たからか?

白い顔がわずかに上気しているからか?

いや、違和感はそんなところから来ていない。

では、何が違う。



目ざとい男子生徒相田ケンスケが、いかなる時も手放さないビデオカメラのレンズ越しに、みつけた。

綾波レイの、いつもと何が違うのかを。

赤いリボン。

それが二つ。

それが、綾波の頭に揺れている。

いつもは、ぼさぼさと乱れている、青い髪。

きれいにとかされて、そこに赤いリボンが二つ。



レイのリボンの話が、ひそひそと、しかし迅速にクラス中に伝わって来る。

みんな、レイを見る。



レイは、皆の視線に脅える。



なにか、とても恥しいことをしたみたい。

やっぱり,止めとけばよかった..



レイは、シンジの姿を捜す。

しかし、シンジは、いない。

席にも、どこにも。



とても恥しい。

とても怖い。



レイは、うつむいて、自分の席へ急ぐ。

傍目には、無表情な顔して、つかつかと自分の席に歩いて行ったようにみえる。

皆の頭には同じ疑問。

そんな綾波が何故、おしゃれを?



そこに、シンジが入って来た。

浮かない顔で、自分の席にゆく。

つまり、レイの隣に。



レイは、机に向かって、俯いていた。

恥しくて、顔が上げられない。



こんなこと、やめとけばよかった。

こんなこと、やめとけばよかった。



そればかり考えていた。



席に着いたシンジは、クラスの雰囲気がいつもと違うのに気が付いた。

授業前の、あの雑然とした雰囲気が無い。

かわりに、こちらの方を注目している。

自分かと思ったが、視線は自分を通り越している。

そして、行き着く先は、綾波。

シンジも、綾波をみる。

しばらくは、何も分からない。

そして、気付く。

綾波の頭のリボンに。



いやだ、碇君こっち見てる。

はずかしい..



泣きたくなるレイ。



「綾波、そのリボン、」



シンジがレイに話しかける。

クラス中が成行きを見守る。

レイはますます俯く。



「可愛いね、良く似合ってるよ。」



レイが顔を上げる。

驚いた顔でシンジを見る。

そして、はにかみながらお礼を言う。

「あ、ありがと..」







そこにいた全ての人間は、綾波の人間らしい表情を、初めて見た。

誰もが驚いていた。

そして、クラスの約半数、つまり男子全員が、綾波を、可愛いと思った。

それも、とても。

授業開始のベルが鳴った。



--------------------------------------------------------------------------------

一時間目の授業は、担任の葛城ミサトの英語。

ミサトも、今日のクラスの異変を感じていた。

クラスの、特に男子の注意が、ある一点に向けられている。

その一点とは、綾波レイ。

レイは、いつもと違って、リボンをつけている。

そして、ちらちらと碇シンジのほうを見ている。

シンジはうわの空。

そして、ミサトの手元には、惣流アスカが保健室で寝ているとの知らせが届いている。

ミサトは、大体の事情が把握できた。



そして、今日は実験してみることにした。

シンジが、アスカのバックアップ無しに、どれだけ質問に答えられるかを。

「...。じゃシンちゃん、次の質問に答えてね。」





「...分かりません...」





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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层


「ねえ、どうして,リボン?」 朗らかな、声。

快活そうな、笑顔。

でも、その瞳は笑ってなどいない。

鋭く問い詰める眼。

責めるように、レイの方を見ている。



「ねえ、どうして?」



重ねて問うアスカ。

レイは、アスカの視線の重圧に耐え切れなくて、うつむいてしまう。

野菜サンドの、かじった断面が見える。

赤いトマトのスライス。きゅうり。レタス。芥子入りマヨネーズ。白い、パン。



「ねえ、訊いてるのよ、答えてよ」



アスカは、なおも問いただす。

うつむいたままの、レイ。

そのただならぬ様子に、ヒカリと、さすがのシンジも気付く。



「アスカ、まあ、いいじゃない、女の子なんだし」

「そうだよ、綾波だって、たまには」



二人は、慌ててとりなす。

顔には汗まで浮かんでいる。



「なによ、ただ訊いただけじゃない!それとも、私が何かした?!」

「いや、別に..]

アスカの機嫌は、目に見えて悪くなっていく。



なによ、シンジまで!

そんなに、その子が大事な訳!



確かに、アスカはただ訊いただけ。

他愛もないことを、訊いただけ。



それでも、シンジには分かった。

アスカは、綾波を追い詰めていた。



分からないのは、なぜアスカが綾波が追い 詰めるのか、その理由。

そして、どうしてあんな質問で、綾波が追い詰められるのか、その原因。

分からないけど、確かめようもない。



とにかく、アスカをなんとかなだめようとするシンジとヒカリ。

「まあ、いいじゃない。たいした事じゃないんだし。」

アスカは立ち上がる。

レイを指さして

「たいした事ないんだったら、答えてくれてもいいじゃない!」

「アスカ、そんなにいうことないでしょ、綾波さん、困ってるよ」



レイは、うつむいたまま。



うつむいたその顔から、一粒の涙がこぼれて、夏の陽を受けて光り、白い手を濡らした。

それを同時に見た三人の世界は、一瞬停止した。



次の瞬間、それは、アスカの怒りに火を注いだ。

「なんでアンタ泣くのよ!私がなにかした?!」

「アスカ!」

さすがに強い調子でアスカをとがめるシンジ。

その前に立ちはだかるように、レイとの間に割って入る。



シンジがアスカを咎めている。

他の女の子を庇っている。

その事実がアスカの心を飽和させる。



「なによ、みんなで転校生庇っちゃって!シンジ、そんなにその子が大事?!」

「なに言ってるんだよ、そういうことじゃないだろ」



分かってるわよ!

分かってるわよ!

シンジの言ってることも、

シンジの正しいことも!

でも、私が嫌いなのは、怒ってるのは、そんなことじゃない。

どうして、分かってくれないの!



アスカは手にしたパンを床に投げつける。

シンジを見る目に涙が溢れてくる。

「バカ!嫌い!」

シンジの頬に平手打ちをくらわす。

そのまま、踵を返して屋上の入口のドアに駆け寄る。

思いきりひらいて、中へ。

勢いのついたドアが、反対側のコンクリート壁にぶちあたって、金属製の大きな音をたてる。

その音のむこうに、階段をかけ降りる音が聞こえる。

赤くなったほおに手を当てて、呆然とするシンジ。 レイはまだうつむいて、泣いていた。

こらえようとして、それでも涙は出て来た。



ヒカリは、レイを優しく慰める。

「もう、いいのよ。気にすることないわ。無理に答えることじゃないもの。」

そう、あれはどうみてもアスカが悪い。

悪いのはアスカの方なのだけれど..

ヒカリは、慰めながら、レイに、レイが泣いている事に、軽い嫌悪感を感じずにはいられなかった。

そして、

「これで、顔拭きなよ」

と優しくレイにハンカチを差し出す、シンジにも。



遠くで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴りはじめた。



--------------------------------------------------------------------------------

教室に戻ったシンジは、アスカが教室に戻っていないことを知った。

授業はもう始まっている。

こっそり周りのクラスメートに訊くと

「泣きながら学校飛び出していったそうだぜ。また夫婦げんかでもしたの?」

と言う。

それを聞いたシンジは、いきなり立ち上がり

「先生、僕ちょっと急用がありますので!」

と告げ、

あっけにとられた教師が

「おい、こら待て碇!」

と言ったときには、かばんも持たずに教室を飛び出していた。

レイは、もう泣いてはいなかったが、そんなシンジを悲しげに見ていた。 --------------------------------------------------------------------------------

アスカは、走っていた。

走りながら、泣いていた。

そのうちに、怒りの感情が消えていった。

悲しい気持だけが残った。

足はいつのまにかとぼとぼと歩いていた。



嫌い、嫌い、嫌い



にぎやかな、市街地を通り抜けた。

眼の前には、丘があった。

街を取り巻く七つの丘の一つ。

その丘を登った。

その上には、展望台があった。

手摺りとベンチがあるだけの、展望台。

街が一望出来るところ。

見上げれば空が大きく広がるところ。

なのに、いつ来ても、誰もいない、寂しいところ。



アスカは、風雨に汚れたベンチに、そのまま腰かける。



嫌い、きらい..

嘘..とても好き..シンジ



シンジはきっと来てくれる。

私がどんなに隠れても、捜し出してくれる。

だから、私はこうして待ってる..



--------------------------------------------------------------------------------

シンジは、まずアスカの家に行った。

鍵が、かかっている。

インターフォンに呼びかける。

「アスカ,聞いてる?返事して、アスカ!」

ドアを叩いてみる。

「アスカ,アスカっ」

誰も応じない。

隣の自分の家から電話をかけてみる。

「はい!惣流です。ただいま留守に..」

電話にも、でない。

鍵が、かかっている。

いままでにアスカが、シンジをそこまで締め出したことはない。

だとすると、別のところにいるのか?

アスカが他に行くとしたら?

学校の、屋上以外で?



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レイは、授業が終わると、誰にも何も言わずに、鞄を持って早退した。

何人かはそれを見ていたが、誰も何も言わなかった。



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シンジは、街のなかを、アスカを探して歩きまわっていた。

レイはとぼとぼと街の中を通り抜けた。

シンジとレイはすれ違ったまま。



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レイは、丘のそば、丘のトンネルを抜けて走る鉄道の横にある、自分の高層アパートに帰ってきた。

壁紙すら張られず、灰色の鉄筋コンクリートがむき出しになった壁。

備え付けのプラスチックの箪笥。

灰色の事務用机。

スチールの本棚とベッド。

白いシーツ。無地の、緑色の毛布。

昨日買ったばかりの、鏡。

鏡の前に立つ。

リボンを、ほどく。

捨てようかと思って、思い直し。

そのまま床に投げ出す。

そして、ベッドに、横になる。



どうして、こんな事になったんだろう?

どうして、答えられなかったんだろう?

なぜ。

恐かったから。

惣流さんが?

違う、碇君が。

碇君に、知られてしまうことが。



なにを?

自分の、気持。



もう、学校行きたくない。

このまま、消えて、なくならないかな。



--------------------------------------------------------------------------------

アスカは何も感じず、なにも考えずに、ただ、シンジを待っていた。

空が赤くなってきた。



--------------------------------------------------------------------------------

「あ、キョウコおばさんですか、僕です、碇シンジです!」

「..碇?..ああ、隣の。何か、御用?」

「あの、アスカがいなくなっちゃたんです、それで、」

「ここにはいないし、行き先も知らないわ。それじゃ、実験の途中だから私はこれで」

「あの、ちょっと待ってください!おばさ..」



--------------------------------------------------------------------------------

レイは、窓に目をやった。

自分の影を見た。

影はささやく。



人形に、戻ったら?



その影の一部が動いたような気がした。

次の瞬間に気が付く。

我にかえる。

動いたのは,窓の向こう。

丘の上、展望台の辺り。

目を凝らすと、人影が見える。

立ち上がり、窓を開けて良く見る。

赤い髪にみえる。

青い制服を着ているように、見える。

気になる。



--------------------------------------------------------------------------------

陽は落ち始めていた。

アスカは寒さを感じた。



ずっと待っているのに、

どうしてシンジは来てくれないんだろう。



--------------------------------------------------------------------------------

シンジは、アスカを探して、気が付けば、街外れの丘の麓に来ていた。

遠くに街の喧騒、すぐ近くには列車の音が聞こえる。



--------------------------------------------------------------------------------

アスカは、誰かが階段を登って来る音を、聞いた。



やっと、来てくれたんだ!



心が嬉しさで満たされる。

でも、顔には出さないようにする。



こんなに、私を待たせたんだ、うんとすねてやろう!



それでも、シンジは、私に構ってくれるはず。

私の機嫌をとろうとして、見当はずれのことをしたり、言ったりして..



アスカは、その様子を思い出して、クスリと笑う。



ごく近くで、草を踏みつける音がした。

期待に胸を膨らませたアスカ。

なんとか、嬉しさを表に出さないようにする。

なかなか、出来ない。

それでも、なんとか怒った顔を作って、振り向く。





そこにはシンジではなく、レイが立っていた。



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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第六話....展望台(後編)



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風もない夜に、電灯が明りを投げかけていた。

月は煌々と丘を照らしていた。

明るい夜。



展望台のベンチに、赤毛の少女が座っている。

着ているのは、青い、第一中学の制服。



惣流さん..



レイは、その姿を見たとき、足が止まった。

何を、どう話せばいいのか。

ただ、たどり着く事だけを考えていた。

だから、何も考えていない。



やっぱり、帰ろうかな



..それもできない。

どうして?

わからない、でも..話したいの



レイは、アスカの方に、静かに歩み寄る。

軽い体重のせいか、それとも歩き方か、足音は微か。

アスカは、ずっと向こうを向いている。

気付いていない。

と思っていたのに、アスカが急に振り向いた。

レイの歩みが凍り付く。



振り向いたアスカの顔は、隠しきれない期待に満ちていた。

意外だった。



そして、自分を認めた途端に、消え去ってゆく。

レイには、それが分かった。



次に表れる表情は、怒りか?

その口から吐き出されるのは、嫌悪か罵倒か?

レイは身をこわばらせた。



しかし、予想に反して、アスカの顔は、穏やかだった。

関心の無い物に向ける穏やかさだった。

驚きすらもなかった。

その口からは、

「..なんだ、転校生か..」

というつぶやきだけが聞こえてきた。



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アスカは、目の前にいるのがシンジだとばかり思っていた。

なぜか?

アスカをみてくれるのは、一緒に居てくれるのはシンジだけだから。



なのに、シンジはまだ来てくれない。

私を助け出してくれない。



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アスカはまた向こうを向く。

レイにはまるで関心が無い。



レイは、どうしていいか分からず、立ちすくむだけ。



電灯に時々虫が飛び込んではパチパチと音をたてる。

近くの鉄道を走る列車の音が、聞こえてくる。

列車が過ぎると、ふと沈黙が降りる。



そのまま、数分間が過ぎる。



何か、言わなくちゃ。



レイは、そう思う。

でなければ、何の為に、ここに来たのか。

何をすればいいのか、何を話せばいいのかは、分からないけど。

何かをしなくてはいけないこと。

話さなくてはいけない事があるのは、分かる。



レイは、小さく息を吸い込む。

微かな言葉を吐き出す。



「あの..惣流さん..」



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アスカは、声をかけられて、初めて綾波を意識した。

そして、綾波がここにいることの、その不思議さに気付いた。



どうして転校生がここにいるの?



転校生、綾波レイ。

嫌い。

嫌な、存在。

何故か、私をおびやかす。

だから、私は,もっと、怒って、怒鳴ってもいいはずなのに..



失望が怒る気力を失わせている。

何故ここにいるのかを詮索する気力も。

だから、アスカは、穏やかにただ綾波を見る。

穏やかに、ただ見る。



制服も、髪も乱れた転校生。

それでも、改めてみると、とても綺麗。

ただ造形が整っているだけじゃない、不思議な美しさ。

それは何だろう。

この、生きている現実の世界の美しさとは違う、べつの世界の綺麗さ。

月の美しさ。

青白い、綺麗さ。

人になるには、何か足りない。

それは、何だろう?



「リボン、どうしたの?」



言葉もなく、うつむくレイ。

顔が影になる。

屋上の再現。



「やめちゃったの?折角似合ってたのに?」



そう、とても似合ってた。

色鮮やかなだけでなく。

彼女の美しさに、人の息吹を吹き込んでいた。



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レイは、顔をあげた。

意外な言葉だった。

しかも、その響きは皮肉でもなく、

素直な言葉だった。

アスカは、穏やかに微笑んでいた。



分からない。

どうして、あの時は怒ったのだろう。

どうして、今はこんな事を言うのだろう。



--------------------------------------------------------------------------------

レイの後ろ下、展望台の下で、誰かの足音がする。

ちらちらとする光り。

近付いて来る。

後ろを振り向こうとするレイ。

その時、その様子には構わずに、アスカが言った。



「シンジに見せたかったんでしょ?」



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レイは、息をのむ。

頬が、赤く染まる。

全ての風景が、目の中で遠くなる。



とても、恥ずかしい。

怖い。



怖いのは、自分の心が、見られているから。

恥ずかしいのは、その心。

白くて細い腕が、我が身を抱き抱える。

心を、守るように。

うつむいて、表情を隠す。



なのに、アスカは、まだレイの心を、明るい月の光のもとにさらけださせようとする。

穏やかな、優しい、でも有無を言わせない、声で。



「あなた、シンジが、好きなの?」



碇君。

優しく、笑って欲しい。

見て欲しい。

分かって欲しい。

そう、好かれたい。



それは、好きだということ?



「うん..」



レイは、こくりとうなずいた。

髪に反射する月の光、細かく揺れる。



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アスカは、レイの告白を聞いた。

いつもの自分なら、昼の学校なら、怒り狂ってるだろうと思った。

まして、シンジが関心を寄せている子ならば、なおさら。

でも、何故か今は穏やかな気持でいられる。



疲れてるのかな?



いいえ、違う。

月の光に照らされた転校生は、

なにか悲しいから。

なにか、私に似ているから。

シンジがいない世界の、私。



だけど、私は二人も要らない。

言うべきことは、言わなくては。



「でも、駄目よ。シンジは、私が好きだもの」



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アスカは、何故そこまで言えるのだろう。

人の心を断言できるのだろう。

レイには、不思議だった。

だから、訊いてみた。



「どうして、分かるの?」



「だって、私がシンジを好きだもの」



顔をあげると、アスカの月に照らされて青白い顔がある。

まっすぐ、私を見てる。

怒りも、嫌悪もない。

ただ、穏やかだけれども、強い意志の宿る、青い眼。

レイは、強く美しく澄んだ眼に、自分の姿を見た。



私は、碇君に、好いて欲しい。

でも、私は、碇君を好き?



私は、暖かい手を伸ばしてくれる人を、待っていた。

自分の、影の中で、膝を抱えて、ずっと。



歩み寄って、手を伸ばさないでいたら、

弱い、はかない惨めな自分になっていた。 嫌だった。

心が溢れて来て、レイは、また涙をこぼした。



また、泣いてる。

アスカは、思う。

なんで、この子は、泣くのだろう。



よく光る涙だと思う。

慰めてあげた方がいいような気がする。



アスカは口を開こうとした。



その時、アスカは、綾波の言葉を聞いた。

涙が溢れていても、強い意志の宿る眼を見た。



「でも、私は、碇君が、好き。そう思う。」



アスカの同情が、別の感情に変わりつつあった。



「だから、駄目よ。それに、無駄。」

はっきりと宣言してやる。



「でも、好きなの。」

レイは、その言葉に屈しなかった。

それは、アスカを脅かす、強い意志だった。

穏やかな気持は、もう去りつつあった。

変わって、きつい心が現れる。

「シンジは、誰にでも優しいのよ。あなた、勘違いしてるのよ!」

最後は、叫んでいた。



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..勘違い?

そうかもしれない。

よく分からない。

でも、碇君は、あの人だけは、優しくしてくれた。

好かれたい。

だから、私も好きになりたい。

好きに、なる。



「それでも、好き。」



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アスカの眉が跳ね上がる。

腹が立つ。

しつこい。

にらみつけてやった。

すると、綾波はボロボロと涙をこぼしはじめた。

でも、うつむかない。

アスカの眼から、視線を外そうとしない。

月を背に、孤独な姿だった。

さびしい子が、なにかにすがろうとしていた。



ずっと前の、私だ。

シンジと会う前の。



もし、ここで、彼女の、すがる細い手をふりきったら?



もし、私に、シンジがいなかったら?



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誰かが、展望台に上がって来た。

二人は、そちらの方を見た。

手元の懐中電灯に照らされたその顔は



「シンジ!」

「碇君..」

「アスカ!それに、綾波!?」



意外な展開に少し戸惑うシンジ。



眼の前に、アスカと、綾波がいる。

綾波は、泣いている。

シンジは、状況がつかめない。

何をいうべきか、分からない。



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アスカは、ベンチから立ち上がった。

シンジの方へ、黙って歩み寄った。

少し微笑みながら。

シンジは、何を言うべきか、まだ考えている。 --------------------------------------------------------------------------------

レイは、一人残されると思った。

涙に霞む眼で、アスカとシンジを見た。

裸にされた心に、孤独はとても痛かった。

とても、とても痛かった。



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アスカは、シンジの傍らで、レイの方を振り返った。

レイの、細い身体が、電灯に照らされていた。

そして、そのまま闇のなかに溶かされてゆきそうだった。

誰も、手をさしのべてあげなかったら。



アスカは、レイに優しく、微笑みかけた。 寄る辺なき心に、手をさしのべた。



「さ、帰りましょ。」



涙が、もっと溢れてきた。

手で拭った。

薄い肉と、白い骨を感じる。

暖かい涙を感じる。



レイは、こくりと、うなずいた。

「..うん。」



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ビルと電線の隙間に見る、午前8時20分の空は、白く青い。

商店街にはまだ昼の騒がしさは無く、

電線に止まる鳥の声、一斉に飛び立つ音、

街路樹の涼しげにさらさらという声が、聞こえる。



アスファルトの上に響くのは、走る子供達の靴音。

そして、元気な声も。



制服の少女が、走っている。

青いスカートが高く翻っている。

しなやかに、あらわに動く白い足。



「どーしてアンタは、そんなに愚図なのよ!」



朝の陽に、赤くきらめく髪を振り乱して、少女は叫ぶ。

その斜め後ろを走る少年が、答えを返す。



「だって、アスカ、父さんが、昨日、ハァ、それに、宿題も、フゥ、」



少年の息は荒い。

汗が滲み、姢~に貼りついている。

苦しい顔は、前を走る少女のさわやかな顔と対象的で、

その走り方は、前の少女の軽やかさに欠ける。

それでも少年は駆ける。



なぜなら、時計の針は休みなく進むから。

もう、時間は少ししか無い。



学校は、この曲り角を越えれば..



アスカの勘は、とてもいい。

誰もが認める位。

だから曲り角の前で、急停止。

靴底がきゅっと鳴る。



シンジは急に止まれない。

危うくアスカにぶつかりかける。

鼻の先が、アスカの豊かにこぼれる髪にもぐる。

シャンプーの匂い、汗の匂い。

甘い匂い、いい匂い。

鼻の中に入ってくる。

すこし、陶然とする。



次の瞬間、

アスカの目の前に一人の少女が飛び出して来る。

青い髪を乱して走っている。



アスカはにこやかに、息も切らさず言う。



「レイ!おはよう」



レイは振り返り、アスカを認める。

足を止める。

少しうつむいて、流れる汗も拭わずに、細くきれいな声で、おずおずと挨拶する。



「お、おはよう、惣流さん..」

「私は、アスカ、でいいって、昨日いったじゃない!」



レイは顔を少し上げて言い直す。



「おはよう、アスカちゃん..」

「それでいいわ」



うなずき微笑むアスカ。

その後ろからシンジが声を掛ける。



「綾波、おはよう!大変だね、あんなに遠くから。」

「おはよう、碇君..」



思わず、頭に手をやるレイ。

そこには、新しい赤のヘアバンド

走ってきた御蔭で、頬の紅潮が悟られない事に、レイは感謝する。





そして、残された時間はあと僅か。

三人は和む暇もなく学校へ急ぐ。



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時間は8時29分。

何とか校門の前を通り過ぎる。



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朝の下足室は、学生で混み合っている。

声変りした男子の低い笑い。

まだ子供の声。

かしましく高い女の子の声。

汗の匂い。

石鹸の匂い。

整髪の匂い。

白のシャツ、ぅ亥堀蟆⑶啶ぅ攻`ト、赤いネクタイ。

肌色にん姟

色とりどりのリボンに髪飾り。



レイは、こういう人混みが苦手だった。

だから、早く来ようと思っていたのに、

でも来れなかった。

今日は、赤のヘアバンドを着けて来たから。

いままで着けたこともないものを、鏡の前で着けるのは難しかった。



今日は、見てくれるかな。



そう思いながら、灰色に塗られたスチールの下足箱を開けた。



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味気ないスチールの戸。

上に開くと、中から手紙の束がとさとさとこぼれてくる。

白い封筒に混じって、赤やピンク、チェックの柄も見える。

アスカの足元に落ちてくる、アスカ宛のラブレター。

いつもはそのまま野ざらしにしていく。

そのほうが、アスカの気持ちが差出人に伝わると思うから。

しかし、最近、生活指導の先生に注意されたばかり。



どうして、私が怒られなきゃならないのよ!



そう思っても、来るものは仕方がない。

アスカが、処理しなくてはならない。

そ叶わぬ想いを拾い集めて、紙袋に入れようとする。

鞄からデパートの名前入りの紙袋を取り出し、

いつもより少ないなと想いながら、

腰を屈めた、その時、





「きゃあ!」という声とともに、彼女のおしりに誰かがぶつかってくる。

押されて、アスカのおでこが下足箱にぶつかる。

薄い金属音がなり、白い額が赤く腫れる。



「いったあーい!誰よ!まったく、信じらんない!」



そう言って振り向くと、レイが口に手を当てて立ちすくんでいる。

「ちょっと、どうしたのよ!」

レイは、アスカの方を振り向く。

自分の足元を指さす。

赤い眼は大きく開かれて、困惑の色がある。

細い指の先には、細いくるぶし。

その下は、手紙で埋まっていた。

ひときわ大きな封書があって、太く、力強く、下手な字で、「綾波レイさんへ」と書いてある。

アスカを上回る、すごい量のラブレターだった。



「アスカちゃん、どうしよう、これ

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第七話....「ラブレター」



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チャイムの音が鳴り始める。

レイも、傍らのシンジも呆然としている。

恋文の、あまりの量に。



「何してるの、授業始まっちゃうじゃない!とにかくこれに入れて!」



アスカが自分の持って来た紙袋を提供する。

手紙を拾い集め出す。

レイもシンジも我に返り、慌てて集め出す。

周りの男子学生も、手伝ってくれる。

女の子達は、知らんぷり。

暗い眼でレイ達の方を見て、ひそひそと言葉を交わしながら立ち去って行く。



紙袋は膨れ上がる。

アスカ宛のとレイ宛がごちゃまぜ。

なんだか増えてるような気もする。

持つと、レイの小さい手の平に、把手のひもが痛く食い込む。



「僕が持とうか?」



とシンジが申し出るが、

レイは小さく首を振って



「..いい..」



と断る。

そして、手伝ってくれた人たちに、ぺこりと頭をさげる。



「ありがと..」



小さく細い、綺麗な声。

上げた顔がほんのり赤い。

顔はいつものとおり無表情なのに、とても可愛い。

男の子達は、妙に嬉しく誇らしい気になる。



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レイの机の横に置かれた紙袋は、教師達の注意を引いた。



「綾波君、それは何かね?」



初老の数学教師がレイに尋ねる。

別に怒っている訳ではない

だけれど、レイは答えられない。

うつむいたまま。

代わりにアスカが立上り、



「先生!セクハラはやめてください!」



と怒鳴る。



「セクハラ?!」



定年直前の頭脳には、さっきの質問がなぜセクハラ、性的嫌がらせになるのか分からない。

誰にも、きっと分からない。

ただ、この初老の教師は、知っていた。

自分が、若い世代の事を良く知らない事を。

またセクハラ事件というものが、彼からみて良く分からず、しかし厄介なシロモノである事を。



怒鳴っている生徒は、たしか数学の良くできる子だ。

その子が、可愛いらしい眼でこちらを睨んでいる。

きっと、これにも何かあるのだろう。



「ああ、すまなかった、綾波」

内面の動揺を隠し、とりあえず謝る数学教師。



レイはまだうつむいたまま。

アスカは席に着きながら思う。



まったく、世話のやける子ね。



でも、そうやってお姉さんぶるのも、まんざら悪い気はしない。

なんとなく、楽しい。



そうして、授業時間は過ぎて言った。



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休み時間、シンジがトイレに立つ。

そのときを見計らって、アスカは紙袋を担いだ。

シンジがいると、見ないで捨てるのはどうかとか、うるさいから。



全く、私を他の男にとられてもいいの?!



もちろん、そんなことは有り得ない。

少なくとも、アスカはそう思ってる。

でも、シンジのそういう無頓着なところが気に障る。

それに、シンジにとって、アスカは大事でないのかも。

嫉妬のタネになるような存在ではないのかも。

そんな恐い考えにたどりついてしまう。

だから、そんな想いは、全部焼いてしまう。



アスカが席を立つと、レイもついて来る。

無言の二人は、中庭の焼却場に行く。

古びた、年代ものの焼却炉。

煤がこびりついた、元は赤い煉瓦製。

アスカは、重い鉄の扉を上に上げる。

重い音。

火は、ついていない。

紙袋を、放り込もうとする。



「待って..」



レイの、その小鳥のような声にアスカは振り向く。



「燃やしちゃうの、それ?」



う、分かってなかったのか、この子は。



「何、読みたいの?」

「..アスカちゃんは、読まないの?」

「どーせ、男の子なんて馬鹿ですけべなんだもん。嫌いよ。」



そう、男の子はみんな馬鹿ですけべばっかり。



ん、レイが、不思議そうな眼で見てる。

人生経験が浅いのね、あの子。



「じゃあ、碇君も馬鹿で、すけべなの?」

「もちろん、そうよ」



朝、シンジの布団を引き剥したときに見たあの膨らみ

アスカの頭のなかにが浮かんで来る。



「じゃあ、どうして碇君だけ、いいの?」



小首をかしげて、レイが訊いて来る。



「他の男はね、いやらしいのよ」



そう、他の男はいやらしい。

そりゃ、シンジも男の子だがら、ぜんぜんすけべじゃないってこともないけど。

でも、ほかの男みたいにいやらしくない。

見る眼が、恐くない。

なにか狙っているような感じじゃない。

一緒に居て、落ち着かなくなることがない。



「..どう違うの?」

「..難しいわね、口で説明するのは。でも、見てて分かるでしょ」



..なんとなく、分かる気がしない事もないかも知れない。



「じゃ、捨てるわよ。」



レイの理解を得たつもりのアスカは、今度こそ紙袋を放り込もうと反動をつける。



「待って!」

レイがそれを引き留める。

「やっぱり、読む..」



だって、読まなきゃ..みんな、書いてくれたんだから..

読むだけなら..多分、大丈夫だろうし



アスカはそんなレイを、だだをこねる幼い妹みたいにに見る。

まだ、世の中が分かっていない存在

やっと歩きはじめたヒト



まあ、いつ捨ててもいいものだし。

ま、いいか。



「分かった。じゃあ、お昼に私のと、分けましょ。」

「うん。」



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レイはこのごろ、よく視線を感じる。

顔に、よく感じる。

細くてしろいうなじにも、よく感じる。

あとは、胸とか、腰、おしり。

むき出しの腕やすねにも感じる。

熱い視線。

どの位の熱さかというと、熱を出したに触れるおでこの熱さくらい。

38、9度位。

ちょっと、気持ち悪い。



いまこうしてアスカと廊下を歩いていても、なんとなく感じる。

つと顔を上げて見ると、きまって男の子。

慌てて、顔を背けている。

なんだか、嫌な感じ。

なにか、服が、頼りない。

視線は熱いのに、肌が寒い。



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昼休み、レイとアスカ、シンジ、ヒカリは屋上にいた。

風は止んで、白く厚い雲は動かなかった。

空より青いビニールシートの上には、ヒカリの淡いピンクの弁当の包み、アスカ、シンジのお揃いの赤と青の弁当箱、レイの、家からもって来たパン。

そして、その中央に、手紙でふくれあがった紙袋。



ヒカリは、吊眼気味の眼をひらいて、まじまじとその手紙の山を見る。

半分以上が、レイへのラブレターだという。

彼女には、信じられない。

自分の身には、起こり得ないことだから。

確かに、レイはきれい。

女の私からみても。

嫉妬をそそるような美しさではなくて、もっと違った種類の美しさ。

でも、最近はそれだけではない。

ただ、今日の赤いヘアバンド。

そして、整った顔を彩る、最近見せるようになった、わずかな表情。

それらが、とても可愛いらしい。

血の通った、白皙の人形。

その血は、でも人のように赤くて、温か。



当り前よね、綾波さんは人間なんだから。



人形めいて見えることがあったとしても、現実的に、綾波は生きている人間だ。

だから、こうやって今、手をうごかして、おしゃべりして、手紙をより分けている。



「これはレイのね」

「これは、アスカちゃんの」

「これは綾波、これも、これも」

「レイ、レイ、これ私の、レイ、レイ、」

「綾波、『レイちゃんへ』、綾波、」

「これアスカの。例の子の字ね、これ」

「ああ、あの気取り屋のバカ、懲りないわね」



やがて、レイとアスカの前に、大きい山と小さい山が出来る。

そして、どちら宛なのか分からない手紙が一通。

アスカは、その小さい山を、別の紙袋に入れる。

封も切られずに燃やされる呙摔ⅳ胧旨堖_。



そして、レイの前には大きな山。

色とりどりの封筒の中で、やけに目立つ封筒がある。

「綾波レイさんへ」

骨太の、やたらとめりはりの効いた、ヘタクソな字。

ヒカリとアスカ、それにシンジにも見覚えのある字。

レイは、しかしそんなことに構わずその目立つ封筒を取って開けようとする。



アスカは、嫌な予感がする。

恐らく、ヒカリも同じ予感がしているはず。

慌ててレイを止める。



「あんた、そんなものは一人の時に読みなさいよ!」



レイが、不思議そうに顔を上げる。



「でも、アスカちゃん、前に碇君に来たラブレター、取り上げて読んでなかった?」



> うっ、よく見てるわね、この子。



「それとこれとは話が別よ、後にしなさいそんなことは」



不満げに見えないこともない顔で、アスカをみるレイ。



「それより、このどっち宛か分からない手紙よ。」



アスカが手にしているのは、白く何も書かれていない封筒。

淡いピンクのシールで封をしている。

振るとカサコソと紙の擦れる音。

陽にすかすと便箋の影。



「なんだろね、これ」

「開けてみないと分からないわ、これじゃあ」

「じゃあ、開けよう。怪しいものは入ってなさそうだし」

「僕は向こう向いてるよ。」

「私も」

「じゃあ、開けるけど。いいわね、レイ?」

「うん。」



そして、宛先不明の封筒の封が、開けられる。

アスカの白く細く長い指が、封筒の端を破いてゆく。

振って中身を少しだす。

便箋が出てくる。

引っ張り出す。

三ツ折の、白い便箋。

白さが陽を受けてまぶしい。

開いて見る。

便箋には、綺麗な字が並んでいる。

凛として、流暢な字。

どうみても、男の字ではない。

アスカとレイは、文面を読む。





あなたの、白さが好き

ふるえる、声が好き

目の色が好き

細い手と足が好き

匂いが好き。

しない、匂い。

どことなく無機質

だから、好き

私に近いから、好き



だから



もうすぐ、迎えに行きます





そして、文面の最後に、名前が書いてあった。



「渚カオリ」





「なにこれ、女の子じゃない!」

アスカは思わず叫んでいた。

レイは、ちょっと驚いていた。



そして二人に近付く影があった。

影の持ち主は、薄く笑っていた

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第八話....「カオリ」





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広い空に、少女の叫び声が響く。

電線に留まっていた鳥、一斉に飛び立つ。

後ろを向いていた、シンジとヒカリも飛びあがる。

驚いて、アスカ達の方を振り向く。

校庭にいる人達も、道ゆく人も、誰も彼もみんなきっとこちらを見上げているだろう。

そう思いながら。



仁王立ちで、手紙を鷲掴みのアスカ。

その脇からレイがひょっこり首を出している。



一体、何があったの?

そんなに大声だして。



シンジは、そう口を開きかけ、言葉は、しかし喉に止まった。

出ることなく。



後ろから、シンジの身体に廻される、透き通るように白い手。

右手は、白い制服の胸に。

左手は、腰、ぅ亥堀螭违佶毳趣无xりに。

シンジの背中には柔らかい膨らみ。

きゅっと押しつけられる。

囁くような声。

うなじの辺りから聞こえる。



「久しぶり、碇君」



シンジは、大いに慌てる。



手紙の謎に向けられていたアスカの集中は、シンジの狼狽の叫びによって破られた。

振り向くと、シンジが女の子に抱きつかれている。

アスカの眉が跳ね上る。

シンジに抱きついている子。

あれは、見覚えのある子。

銀の髪、赤い目。

あの、慣れ慣れしい態度。

それは、手紙の署名、その本人。



渚カオリ。



そのカオリが、シンジに抱きついている。

こともあろうに。



「あんた、何やってるのよ!」



白い顔を真っ赤にして、カオリを指さしアスカは吠える。



「や、アスカちゃん、久しぶり」



カオリは、涼しげに答える。

いつも変らぬ、にこやかな顔。

爽やかそうな、笑顔。



私、こいつ嫌い!

すぐに誰とでもベタベタして!

いやらしい!

しばらく見ないと思ったら、あんな事を!



アスカはずんずんと、赤い顔したシンジの方へ歩きよる。

カオリはもがくシンジを離しもしない。

朗らかそうに笑い顔。



「放しなさいよ、この!シンジも嬉しそうな顔してるんじゃないわよ!」

「そんなことないって、わ、止めてよ渚さん!」

カオリはくすくす笑いながらシンジの脇腹をくすぐっている。

シンジはもがく。

もがくが、本気で振り切らない。

アスカにはそう見える。赤毛の少女の血管は、切れる寸前。



ああ、もうハラが立つ!

シンジの奴、私以外の女の子で興奮してるだなんて!

男の子って、ホントすけべなんだから!



それにこの女!

私のシンジに触るんじゃないわよ!

変態じゃないの!?



アスカは、シンジに絡み付いている細い腕を掴もうとする。

その指は、でも空を切る。

カオリはあっさり素早く、手を放していた。

腰のカオリの手を取りにいった指は、そのままシンジの危ない場所へ。



堅い布越しに、柔らかい感触。

その感触に硬直する二人。

赤い顔が、更に赤くなって。

そんなアスカに、カオリは抱きつく。

大きなぬいぐるみのクマに抱きつく様に、嬉しそうに。



「相変わらず、可愛いね、ほおずりしたいくらい」



そして、アスカの柔らかいほっぺに頬ずりしている。



「ふっくら餅肌、いい感じだわ」



その感触に、我にかえるアスカ。



「な、なにしてるのよこの変態!」



カオリの抱擁のなかでもがく。

もがいても、カオリの白くて細い腕は、意外に力強い。

なのに、シンジは、助けに来てくれない。

まだ赤く硬直してる。



他の二人。

レイは、おろおろしてる。

口に両手を当てて。

驚きに目は開かれて。

ヒカリは、いやいやをするように首を振っている。

「不潔、不潔よ」とか言って。



「甘い匂いは春の夢から」

カオリは、アスカのお尻を撫でる。

発育具合を、確かめるように。

撫でるその手には、硬く締まった感触。

アスカの背筋を冷たく震えるものが駆け登る。



「や、やめなさいよ、アンタ!」

「あら、こういうのが向こう流の挨拶なんじゃないの?」

「で、でたらめいわないで!」

「前に、碇君にやってたじゃない。私の、目の前で。」

「あ、あれは」



一年前の自分の行為を思いだすアスカ。

カオリの目の前でした事。

見せつけるためにした事。

もう二度としていない事。

もう恥ずかしくて出来ない事。

思い出してしまう。

その瞬間に、カオリも手を放す。



「相変わらず、一次的接触を嫌うのねぇ。そんな調子じゃ、」



カオリはちらとシンジをみる。

まだ赤い顔をしている、内気そうな少年。



「まだかな。」



白い顔を赤く火照らせた、アスカ。



なんでこいつは、こんなに知ったように喋れるの?

なんで、分かるの?

嫌だ、こんなやつ。

嫌。

心を覗かれて、あんな風に笑われてるの?

とっても、嫌!



「でも、今日はあなた達に会いに来たわけじゃないの。いまのは、ほんのご挨拶。」



そう言って、カオリは、シンジとアスカにウインクする。

そして、両手を胸の前であわせて戸惑っているレイの方へ歩み寄る。

体重の存在を感じさせない、軽い足取り。

微笑む顔は邪気のない、真昼に現れた、天使。

太陽を背に、にっこりと笑う。

レイは、上目遣いにカオリの顔を見る。

そのまま、後ずさりする。

進み寄るカオリ。

後ずさる、レイ。

その背中に、冷たい鉄の感触。

屋上の手摺。

もう、これ以上下がれない少女に、カオリは顔を寄せる。

その腕は、翼のように広がる。

一瞬、白い肌は陽を受けて輝き、青い制服に影を落す。

レイの顔には予期できない事物への、不安。

そして



「可愛い!」



次の瞬間、細身の制服の中身は、もっと小さく、

レイはカオリに抱きすくめられていた。

その姿は、もっと幼い少女が、柔らかい人形を抱いているよう。

ほほえましいと言えるかも知れない。

もし、レイが本当に人形であったなら。

そして二人が年頃の娘でなかったら。

「ああ、小鳥、時計に棲まう」



レイは、いつもしているように、眼の前に起こっている現象。

我が身に起こっていることを、一生懸命に理解しようとした。

でも、分からなかった。



どうして、このきれいな人は、私を抱きすくめるのだろう。

こんなに、嬉しそうに。

初めて。

こんなこと、されたの。

柔らかい。

暖かい。

だけど、恐い。

その意味が分からないから。



レイは、少し見上げる視線で、カオリの顔をみる。

笑っている、切れ長のその眼は、赤い色。



私と同じ色の、瞳。

人の中で、初めて見る瞳。

その意味は?

分からない。

こわい。



「ちょっと、やめなよ、渚さん!」



カオリの背中で、声がする。

シンジが、カオリの肩に手をかける。



「ん?」



カオリは振り向く。

眼の前には、気の弱そうな少年の、少し怒った顔。

どうしてもからかってみたくなる、顔。



「あら、やきもち?」

出来るだけ魅力的だと思う顔をして、問いかける。



「な、なに言ってるんだよ!」



また赤くなってるシンジ。

そのシンジを押し退けるように、後ろからアスカが詰め寄る。

こちらは怒りに顔を染めて。



「一体、アンタは何なのよ!この変態!」



カオリにグーが飛んで来る。

銀髪の少女は、怒った顔もあら可愛いと思いながら、レイからすっと離れてかわす。

アスカのグーは、レイの額へ。

コチンと音がした。

次の瞬間、レイは額を押えてうずくまる。

しまったという顔のアスカとカオリ。



「ごめん、大丈夫?!」



二人の声が同時に響く。

慌ててかけよる、シンジとヒカリ、アスカとカオリ。

こうして子供達の昼休みは、慌ただしく過ぎていった。



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5時間目は、体育。



女子は、水泳。

プールで涼しく。



男子は、陸上。

トラックで汗だくへろへろに。



しかし、苦しみの中にも楽しみはある。

特に今日は張り切っている連中がいる。

その視線は、まだ誰もでてきていないプールに向かっている。



プールの更衣室は、年頃の女の子の声で溢れている。

教室より一層、騒がしい。

そして、緊張をはらんでいる。

向かい合う級友の体の線を、チェックしている。

そして、自分と比べている。

それは、重要な関心事であり、それゆえに一層かしましくなる。



アスカは、水泳が好き。

でも、嫌い。

泳ぐことは、気持ちがいい。

汗もかかない。

でも、プールで泳ぐと男子の視線があちこちに突き刺さる。

いやらしい。

嫌い。

でも、自分の体が女らしいのは、好き。

胸の膨らみは、好き。

細い腰。

小さいおしり。

しなやかな手足。

もっと女らしくなりたいと思う。

でも、そんな目で見られたくない。

願望が矛盾している。



しかし、そんな面倒臭いことは、いまは考えていない。

下の下着を脱いでビニール袋にいれると、学校指定の水着に、スカートがあまりめくれないように注意しながら、足を通す。

なんとなく、きつくなってきたような気もする水着を、腰まであげる。

そうして、スカートを脱ぐ。

紐ネクタイを外して、それはなくしやすいので、きれいに畳んで、ブラウスの胸ポケットに入れる。

そして、ブラウスのボタンを外す。

一番上のひとつを外したところで、レイと目が合う。



レイは、着替えもせずに、ただ立っている。

額には大きな湿布が貼られ、包帯で止められている。



「着替えないの、レイ」

「うん。私、見学。」

「やっぱり、おでこの、ゴメン..」



アスカの胸に少し、痛いもの。

そのアスカの声に、レイは少し首を横に振る。



「違うの。私、あんまり陽に照らされると、駄目なの。だから、部屋のなかから見学。」



「ふーん。残念ね。」



そうなんだ。

色白いからね、レイは。

私も、陽焼けすると結構辛いんだけど。

でも、なんか可哀想。

私がそんなのだったら、嫌だな。



「そう、私達、あなた達みたいに丈夫にできてないから。」



いきなり声がした。

声の主は、銀の髪。

渚カオリ。

ふらりと更衣室に入ってくる



「なにしに来たのよ、アンタ」



アスカは恨みの护盲堪丹つ郡潜伺颏撙皮い搿

カオリは両手を上げて、降参のポーズ。



「何って、体育の授業受けにきたんだけど」



その顔には苦笑い。



いつも笑っている。

この笑いが、けっして厭味な笑いじゃないのに、さわやかな笑みなのに、嫌い。



「ずっと、学校サボってたくせに、何で今ごろ。それなら、サッサと着替えたら」

「でもね、私も直射日光は駄目なの。」



ということは



「だから、レイちゃんと一緒に見学」



そしてにっこりと笑う。

隣でレイがひいている。



こ、こいつは...それが目的か。

一体何考えてんの。

もしかして、本物の変態?!



一瞬、我が身に危険を感じるアスカ。

水着が頼りなく感じる。



そんなアスカに、カオリは腕時計を見て告げる。



「もうそろそろ、ヤバいんじゃない、時間?」



はっとして周りをみると、人が少なくなって来ている。

慌てて着替えを再開するアスカ。

白くなめらかな背中に、視線を感じる。

カオリの視線。

いやらしい視線ではない。

もっと、冷静な、分析的視線。



「こっちを向くなぁ!」



アスカは振り返り怒鳴る。

カオリは苦笑いして



「別にいいじゃないの。女の子同士なんだから。」 と言う。

さわやかな、笑みで。

冷静な、目で。

その時、アスカは理解する。

笑みと、冷たい目。

これが、嫌なのだ、と。



良すぎる人当たりに隠れて、いつも何かを探している。

人を慌てさせて。

その隙に、人の心に勝手に踏み入って。

そして、いろんなものをみて。

それが、でもカオリにはどうでもいいもので。

でもそれは、ヒトにとって、むきだしの震える神経。

触られるととても痛いもの。

だから、彼女の事、嫌い。



アスカはさっさと着替え終える。

時間は迫っている。

荷物を乱暴に棚に詰め込む。

プールにでようとする。

その時に、一つの気がかり。

レイが、困った顔でこちらを見ている。

でも、時間は無い。

アスカは、プールサイドに飛び出す。

足には灼けたタイル。

空にはさんさんと輝く太陽。

そこではもうほとんどのクラスメイトが集合している。

すでにシャワーを浴び、消毒槽に浸かって。



レイは、横目でちらりと銀髪の少女を見る。

少女は笑顔でそれに答える。

細められる、赤い目。

レイは、横歩きにカオリから離れようとする。

そんなレイを見ながら、カオリはこっと微笑む。



「さあ、二人きりだね。なにお話しようか?」 --------------------------------------------------------------------------------


 


 

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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第九話....「薄暗がり」



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「おおおっ、みんなええ胸してんなあ」



邉訄訾摔い肽凶舆_の、プールに注ぐ視線。

それは頭上に白く輝く太陽よりも熱い。



「おっ、惣流が出てきたぞ」

「おお、相変わらずいい体してるなあ」

「あの腰がたまらん」

「さすがハーフ」



アスカに向けられる視線、それはひときわ熱い。

その赤毛の美少女を独占するのは、彼らの目の前にいる色白の少年。

シンジの背中にはとびきり冷たい嫉妬の視線が浴びせられる。

しかしシンジは気にしない。

気づいてさえいない。

その目は、アスカを見ている。

白くてしなやかな、少女を。



アスカ。

最近は、少し遠くなった感じがする。

相変わらずいつも一緒だけど、でも、昔の様に、心が休まらない。

一緒に着替えたり、お風呂に入ったり..もうしなくなった。

それは、当り前なんだけど、ずっと昔のことだけど。

いつからだろう、触れ合えなくなったのは。

いつからだろう、隙間が出来るようになったのは



でも、こうして離れて、肌もあらわな姿を見ると、

アスカは、そう、とてもきれい。



プールサイドの少女達。

陽に灼けたタイルは、乾いた足にとても熱い。

点呼の声もそこそこに、嬌声をあげてプールに飛び込む。

アスカもまた、勢いよくざぶんと飛び込む。

まだ冷たい水しぶき。

高く元気な声がそこかしこに響きわたる。

アスカはひとしきり泳ぐ。

まずは体ならしのクロール。

手が青い水をかき分け、足は水を蹴り、体はぐいぐいと進む。

対岸に着いた所で一旦プールサイドに上がる。

男子の視線を感じる。

いくつも、いくつも。



いやらしい顔。

いやらしい目。

嫌い。

嫌い。

大っ嫌い。



でも、そのなかにシンジの顔を見つける。



どこ見てる?

誰を見てる?



もちろん、私。



期待のかなっている嬉しさ。

そして、不安の解消。

アスカの心が満足と、安心で満たされる。



「シンジー」



呼びかけて、大きく手を振ってやる。

手から水滴が跳ねて夏の陽に輝やく。

太陽よりもまぶしい声。



遠くでシンジが小さく手を振っているのが見える。

恥ずかしそうに、振ってる。



あ、シンジ赤くなってる。

ふふっ。



アスカにとって、それは最も心地よい瞬間。

見てもらいたい人に、見てもらっている。

それはつまり、守られているということ。

そして、意識されている。

それはアスカが、少年にとって特別な人だということ。

だから、とても心地よい。



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レイとカオリは二人切りで更衣室にいる。

賑やかな声も絶えたその部屋は薄暗くて、得体の知れない人といるのは恐い。



レイはカオリを見上げる。

白い顔。

銀の髪。

切れ長の目。

赤い、瞳。

口の端には、ほのかな微笑み。



「..あの、もうそろそろ行かないと..」



外からは、クラスメート達のはしゃぐ声が聞こえる。

外は、明るい。

日陰でも、十分に。



「どうして?」

「先生が、あの、見学は外の..」

「あら、いいじゃない。折角二人きりになれたんだから、ちょっとお話しましょうよ。」



わずかに沈黙が落ちる。

不安な、沈黙。

レイの不安。

顔が冷たく人形めいている。



突然、カオリが苦笑する。



「そんなに恐がらなくてもいいよ、あなたって、ほんと面白い。」



レイは、そんなカオリを何も言わず見つめる。

ますます無表情に、人形めいた顔になる。

カオリはそんなレイの顔に手を差し延べる。

白い指先が、白い頬に触れる。

白磁のように白く、でも柔らか。

そして、暖か。



「きれいね、可愛いわ。」



頬に触れるカオリの手は、少し冷たい。



「私はね、あなたの事もっと知りたいな。聞かせてくれない、あなたの事」



カオリの、薄暗がりにも白い顔が近付く。

レイは、半歩下がる。

それ以上は下がれないコンクリートの壁。



カオリは朗らかな声で問う。

暗い部屋に響く、不釣合に明るい声。



「ね、転校する前は何処にいたの?」

「..第二東京市..」



これは、なんでも無い質問。

答えられること。

でも、この人の言いたいことは、違う。

もっと、その先。



「へえ、じゃあ長野生まれなんだ?」

「...」



明るい、声。

偽りの明るさ。

レイは目を伏せる。



違う。

でも、この先に、私は進みたくない。

何も見えない、暗闇のなかに。

だから、答えない。

訂正しない。



「こっちへは、お父さんの転勤か何か?」

「...」



レイは、また何も言わない。

小さく可愛いらしい唇は、きっと固く閉じられたまま。



「ね、いまは何処に住んでるの?」



また、どうということのない質問。

調べれば分かる事。

目を伏せたまま、レイは答える。



「商店街の北の、丘の下の..」

「へーえ、遠いところに住んでるんだ、ここまで歩くの大変ね。」

「..別に、そんなに..」

「でも、一人じゃ、朝とか誰も起こしてくれないし、ねえ。」



何気なくさりげなく話される言葉に、レイの目は大きく見開かれる。



知ってた?!



カオリは、くすりと笑う。



「だって、あそこのアパートって、独身者用しかないもの。」



それは、そう。

確かにそう。

でも、これは推理じゃ、ない。

この人、知ってる。

知ってて、訊いてる。



カオリは、まだ口元に微笑みを湛えたまま。

その赤い瞳は、レイのやはり赤い瞳を見すえて続ける。

レイの目には恐怖。

次に何が来るかは、分かる。

とても恐いもの。

忘れていたもの。

暗くて、何も見えないもの。



「あなたには、家族はいないでしょ。その記憶もない。古い過去の記憶もない。私と、同じ。」



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「おれへんなあ..」



いつもより熱心に、いや、真剣な眼差しで女の子達のプールを見ていたトウジがつぶやく。

12分間走を終えて戻って来たシンジが、額の汗を拭いながら問う。



「誰が?」



誰に向かって言ったのでもない言葉を問われて、トウジは慌てる。



「い、いや誰でもないわい!」



慌てる顔は赤い。

シンジもプールをみる。

委員長を探す。

洞木さんなら、いる。

アスカと歩きながら、話している。

では、誰を探している?



「綾波だよ、あ、や、な、み」



戸惑うシンジの後ろから、ケンスケが声をかける。



「う、うるさいわい!お前の番やろ次、はよ行って来い!」

「別に恥ずかしがる事もないさ、うちのクラスのほとんどが綾波の水着姿に期待してんだから。」

「な、何言うとんねん!ワシはそんな事考えてへん!はよ走ってこい!」

「ま、いいけど、じゃ、これ碇よろしく。」



そういって、·丹伽分丐い猡韦颔伐螗袱问证搜氦忿zみ、ケンスケはトラック似向かう。

シンジの手の中にはハンディカメラ、そして心には複雑な重いが残される。



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「私が思うにはねえ、きっと作られたのよ、私達。」

「えっ?」

「人形みたいなものかしら?だから、こんな事が出来る。」



そういって、カオリは自らの上椀に、もう片方の手をやる。

白い腕が、細い指に掴まれる。

そのまま、手の動きにあわせて、腕がつけ根から、外れてゆく。



「ほら」



レイは、灰色のコンクリートの床にへたり込む。

硬直したまま、返事も出来ない。

純然たる恐怖。



「人形は、手も首も心も、取り外しが出来る」



そんな事,私出来ない!

なに、このヒト!

恐い!



「というのは冗談なんだけど」



そういうと、制服の袖口から、もう一本の手が出て来る。

取り外された手とそっくりの、しかしこちらは本物の、手。



ああ..



レイは、気が抜ける。

目を閉じて上を向く。



              「驚いた?」



まぶたの向こうで、カオリが笑いながら喋っているのが聞こえる。



「でも」



カオリの声の調子が変わる。

壁の向こうで終業のベルが鳴り始める。



「私達って、どこから来たんだろう..」



それは、分からない。

考えるだけで、こんなに恐い。

こんなに、震えてしまう。



目を開けると、良くできた作り物の腕が揺れてる。



このヒトも、きっと恐がってる。

誤魔化さずにいられない。

きっとそう。

だって、とてもとても恐い事なのだから。

私は、私が何者か知らない。

ヒトですらないのかも。

知らない自分がいて..



にぎやかな声が近付いて来る。

授業を終えた女の子達が帰って来る。

もう少ししたら、この更衣室の薄暗がりも消えるだろう。

でも、レイの心のにある暗がりは消えない。



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明るい教室。

明るい窓際で、頬杖をつきながら、レイは昔の事を思い出していた。

昔といっても 数年前の事。

そして始めの記憶は、白い部屋。

広くて白くて、清潔な部屋。

ベッドの白いシーツ。

自分は白い包帯に巻かれていて、半身をおこすと点滴の袋が揺れていた。

枕元で、小さく電子音が鳴る。

しばらくして、数人の白衣を着た人達が来た。

そして、また記憶喪失が途切れる。

いつからだろう、人の中で暮らし始めたのは。

気付いたら、人の中で生きていた。

お金は、口座に振り込まれる。

誰が?

どうして、転校したのだろう。

そうしろと、言われたから。

誰に?

憶えていない。

私の話は、「足長おじさん」に少し似ていると、思う。

ただ、もっと無機的。

きっと、いい話には終わらない。

何も見えない、暗がりがあるから。

考えるだけで、震えてくる。



「どうしたの、綾波。暗い顔して。」



いきなり、耳元に、シンジの声を聞いたレイは慌ててしまう。

でも慌てても、慌てた顔にならない。

冷たくて、無機的な表情になる。

もう嫌いな顔になってしまう。



「な、何?」

「あ、ゴメン、いきなり声かけちゃって..」



シンジに謝られて、レイは、ますます慌てる。

顔の赤くなるのを感じる。



やだ、またこんな顔。

もう、嫌なのに。



心の中で慌てて慌てた末に、なんとか口元に笑みを作ることが出来る。



「う、ううん、何でもないの」



出来るだけ、にっこりと笑う。



「そう」



シンジも安心して、笑う。



「今日、もう何もないなら、そこまでだけど、一緒に帰ろうかな、と思って。」

「あ、うん、いいよ。」



首をこくりと縦に振って、立ち上がろうとしたレイの足に、重い紙袋が当る。

その中には、レイ宛の手紙が詰まっている。



あ、読んでない..

忘れてた..



でも、放っておくわけにはいかない。

レイの華奢な指には重すぎるその紙袋を持って、鞄も持って、席を立つ。

振り返って、シンジは教室の入口に向かう。

教室の入口にはアスカが立っている。

立って、待っている。

シンジは、歩いてゆく、アスカの所へ。

レイは、その後を追いかける。



「あ、綾波、さん」



後ろから声。

振り向くと、ぅ弗悌`ジの男の子。

名前は、えと、確か、鈴原、トウジ君。

委員長さんと、仲のいい人。

怖い目で、こちらを見てる。



な、なに。



また不安なこと。

怖いこと。

今度は、なんだろう。



レイが、冷たい、不信の、今の少年の心にはつらい目で見るので、トウジは視線を下にそらす。

細くて小さな手に、紙袋が下げられているのが見える。

自分の、手紙がある。

他のたくさんの手紙の中に。

まだ、封も切られず。



「い、いや何でもあれへん。さよなら言おうとおもて..」

「..うん、さようなら。」



トウジは小さな声で別れの挨拶を聞く。

小さな声で別れの挨拶を告げたレイが、すぐにシンジ達のところにへ行くのが見える。

レイのそばのシンジが、別れの挨拶を言って手を上げるのが見える。

トウジなど気にせずに、シンジに話しかけようとする惣流が見える。

そのうちに、三人の姿は、教室の外に消えた。

トウジの視界から、消えた。



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三人の、帰り道。

まだ明るい太陽の下、鮮やかにきらめく街路樹の下で喋るのは、ほとんどアスカ。

授業の事、先生達の事、友達の事、今日聞いた音楽、昨日読んだ本、料理の事、テレビの事、いろんな事を、ずっと喋っている。

シンジは、時々口を挟んだり、返事をするだけ。

レイは、聞くだけ。

でも、楽しい。

アスカの話も楽しい。

三人で帰ることも楽しい。

はじめて、道行くことが楽しい。

そうレイが思っていたら、



「レイ、さっきの鈴原さぁ、何話したの?」

「え、あの、さよならって言っただけ。」

「鈴原が?」

「..うん。」

「ホントにそれだけ?」

「..うん。」

「へーえ、あの鈴原が、女の子に、挨拶!」



そんなに、珍しいことなの?

どうして、私に?



あの鈴原が?

どうして、レイに?

さては..



やっぱり、トウジのやつ..



でも、そんな疑問を解き明かす暇もなく、道が分かれる所に来た三人。

レイは一人で商店街の方へ。

シンジとアスカは、マンション街へ。

「また明日ね。」のお別れを言って歩き出す。

歩みは少し速くなり、手の荷物が少し重くなる。

家は、まだ少し遠い。



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夜。

暗い夜。

窓の外は真っ暗。

星は輝くけど、明りとするには余りに、かぼそい。

レイは、電気スタンドの明りをつけて、朝のラブレターを読んでいた。

どれも、レイの事が、好きだ、好きだと書いてある。

レイの事が、きれいだ、きれいだと書いている。



きれいかな、私。



レイは、鏡を見る。

鏡に向かって、微笑んでみる。



青い髪。

透き通るような白い肌。

赤い、瞳。



どうして、赤い?



また暗く恐い思考にのみ込まれそうになったレイは、両手で胸を押さえる。

その考えを、心から追い出そうとする。

激しい、動悸。

大粒の、汗。

しばらくそうしていて、ようやく心は静まる。

鏡には、自分の姿が映っている。

その姿には、自分の心が映っている。



とても、きれいだとは思えない。

とても、好かれるとは思えない。



前は、そうでも良かった。

今は、嫌。

嫌われたくない。

好かれたい。



でも、どうしたら、いいんだろう?

どうしてこの人達は、私の事を好きだというのだろう?

きれいだというのだろう?

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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第十話…「食卓」



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くつくつくつ、鍋の中身は煮えていた。

匂いをかぐと、いい匂い。

思わずお腹が鳴るくらい。



慌ててアスカは周りを見回す。

誰もいない台所。

蛍光灯の灯が白くて虚しい。



でも、灰色の壁の向こうには、少年とその父親がいるはず。

彼女を待っていてくれているはず。



アスカは再び鍋に目を戻し、左手に持った、鉛筆手書きのレシピに目を落とす。

焦げ付かない様、お玉でぐるっとかき回した後、一口すくってすすってみる。



これは、温かい美味しさ。

これは、家庭的な美味しさ。

まさに、完璧。



うん、バッチリ!

さすがはヒカリ、感謝感謝。



その時、玄関で鍵を回す音が、聞こえた。

扉が開き、また閉まる音。

疲れたように、重くのろい、足音。



「あら、ママ、お帰りなさい。」



アスカは、廊下に向かって声を掛ける。

台所の脇を通る廊下に、アスカの母、キョウコの姿が見える。

アスカの方も向かずに、ただ「ただいま…」。

疲れた顔で、歩いてくる。



その背に、声を掛けてみる。



「ママ、ご飯は?」



答えの分かっている、質問。

" いらないわ、食べてきたから。"

でも、一応は訊いておく。

なぜって?

一応、これでも親子だから。



「いらないわ…食べて来たから…」



ああ、やっぱり。



アスカの見ている前で、アスカの方を見向きもせずに、キョウコは自室の方へと姿を消す。

廊下の向こうで、カタンと戸の閉まる音。

その音を聞いて、アスカは却ってほっとする。



だって、この特製シチューは、3人分しか作ってない。





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こんこんと、玄関のドアをノックする音。

アスカは「は~い」と返事をしながら、弱火にしていたコンロの火をかちゃんと消す。 「アスカ、入るよ。」



少女の返事を全然待たずに開けられる、玄関のドア。

アスカは元栓を捻って、小学生のときに作った不細工なウサギのアップリケつきの赤い鍋掴みに手を通す。

それから、よっと気合いをいれて、鍋を持ち上げる。



なるべく早く、食べさせて、早く、食べた時の顔が見たい。



アスカは、廊下をとたとた、鍋を撙帧

シンジの待っている玄関へ。

細腕に鍋は、重たそう。



「僕が持とうか?」

「ん、いい。それより、シンジの家の玄関開けていて。」

「うん。」



アスカが、スリッパを脱ぐ。

シンジは、その足の降りる先に、サンダルを置いてやる。

そうしてから、自宅の玄関の扉を、開ける。

アスカが、鍋を抱えて通りすぎる間、扉を支える。

その後、アスカの家にもどる。

玄関には、アスカの赤い靴。

それにあと、もう一足。

白い、大人の靴がある。



おばさん、帰って来てるのか。



気安く上がる訳に行かなくなったシンジは、一応声を掛けてみる。



「すいません、隣の碇ですけど。」



答えは、ない。

シンジはわずかに迷った後で、音を立てないように、しかしなるべく素早く上がりこむ。

目指すは台所。

そのテーブルの上には、赤いプラスチックのカニのキーホルダーにつけられた、惣流宅の鍵がある。

鍵を取ったシンジは、やはり静かに急いで玄関に戻る。

アスカの家の戸締りをして、改めてシンジは自宅に入る。



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アスカの家と全く同じ間取りの台所では、アスカが鍋を既におろし、エプロンを脱いでいた。

下は白いシャツにホットパンツ。

白い手足が、少年の目にまぶしい。



「はい、鍵」

「ありがと。」



少女は渡された鍵を、ホットパンツのポケットに仕舞いこむ。

パンツのポケットの中で、アスカの手がもぞもぞと、動いている。

どうしても、少年の目は、そこにいってしまう。

そんな視線に気づかずに、アスカは尋ねる。



「ねえ、どうして二人分しかお皿ないの?」



そう、食卓には食器が二人分しかない。

あわてて、顔をあげて、シンジが答える。



「ああ、父さん、急な仕事で戻れないって、さっき電話があって。」

「また研究所の実験かなぁ。いろいろあるみたいなのよね、うちのママも。」

「そういえば、今日、おばさん帰って来てたじゃない。」

「うん、まあね。」

「じゃあ、おばさん代わりに、」

「もう食べて来たって。」



不機嫌そうになってきたアスカに、シンジは気の効いた返事を返せない。



「…そう。」



お互い、目を相手の顔からそらせる。

束の間、明るい部屋に似合わない暗い沈黙が降りる。



その沈黙を振り切るように、アスカが明るい声で宣言する。



「さ、もう食べましょ、折角のビーフシチューが冷えちゃうわ!」

「うん、そうだね。」

「今日のは、すごいわよ。食べたら、シンジ絶対こう言うわ。」



アスカは両手を胸の前で組んで、斜め上を向きながら、大げさな調子で語る。



「『ああ、僕はアスカ様の手料理が食べられて、なんて幸せな男なんだ』。」



「なんだよ、それ。」



ご飯をよそおうとシャモジを手にしたシンジは苦笑するしかない。



「そんな台詞はこれを食べてからにして欲しいわね。」



シチューを皿によそおいながら、アスカが言い返す。



二人の楽しい食事が、始まる。





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カチンという音がして、野菜たっぷり缶切不要特売大安売りのミネストローネの缶詰の蓋が開く。

赤茶色の半固形の中身が鍋に注がれた後、缶一杯分の水が鍋に足される。

点火した、そのままの火の強さで、鍋は煮られる。

右手のお玉で底をかき混ぜながら、レイは左手の詩集を読み耽る。





「暗く暗い穢闇の中から

ほろほろと現れ出でたるは

青白く光る者たち

(その姿はきれい)

(その声は優しい)

…… 」



やがて、ぐつぐつと鍋が、煮たってきたので、コンロの火を止める。

カチンという音が、静かな部屋にやけに響く。

温められたインスタントスープが、皿に注がれる。

その横には食パンの、袋

さびしい食事の始まり。





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熱くドロリとして香ばしいビーフシチューが、真鍮のスプーンから口の中へ。

シンジの動く口と喉を、アスカはじっと見守る。

少しの間、凍る時間。



「どう?」

「うん、おいしいよ、アスカ!」



緊張が融けて喜びが、少女の心に川と流れる。



「まあ、当然よね、私が作ったんだから。」



うそ。

本当は、とっても不安だった。

ドキドキしてた。

いまでも、ほら、こんなに響いてる。



「でも、本当に料理うまくなったよね。今度教えてよ。父さんの料理って、ちょっとね。」

「ええ、今度みっちり教えたげるわ。煮かたにちょっとコツがあるのよ。」



でも、いつでも私が作ってあげるよ。

言ってくれれば、いつでも。



「さ、どんどん召し上がれ。まだまだたっぷりあるんだから。」



楽しい食事。

楽しい食卓。

かちゃかちゃと皿と箸、お椀とスプーンの音。





弾む会話。 「ふーん、そうなんだ、」

響く笑い声。 「それでね、その子ったらね、」

おいしい。 「今度シンジにも、見せてあげるね。」

楽しい。 「アスカはさあ、」





--------------------------------------------------------------------------------

かちゃり、かちゃり。

一人きりの部屋に、食器の触れる音はやけに響く。

スープは、あまり美味しくない。

食パンは、乾きすぎている。

あんまり淋しい食卓だから、レイは本を読んでいる。

意味は、分っていないと、自分でも思う。

字面を追っているだけでは、ないのだけれど。





「…物質とは、延長よりなっている。延長とは、完全なものの…」



かちゃかちゃ



「…人はその感覚をもって実在を証することは出来ない。なぜなら…」 かちっ、ぱさ、もぐもぐ



「…かかるがゆえに、思惟は物質に先行して存在するのであり…」



こくこく、ことん





食事が、終わる。

パンでスープの跡を拭って、それを口にいれて、おしまい。

あとは、一口水を飲むだけ。



窓の外をみると、まるく満ちた月。

食器を流しに置いて、電灯を消す。



部屋に、青く差し込む月の光。

それをみて紡ぎ出される言葉。





「白い月

青ざめた顔

青い顔に口づけする

青い雫…」





--------------------------------------------------------------------------------



「シンジ、おかわりはもういいの?」 断わらなければ、際限なく注ぎ足しそうなアスカ。



「あ、もういいよ。お腹いっぱいになったし。父さんの分も少し残しとかないと。」

「そうね、おじさまにも分けてあげなきゃね。」

「じゃあ、ご馳走様。」

「ごちそうさま!」



二人とも両手を合わせて、それから食器を重ねてゆく。

陶器の触れる音はかちゃかちゃと快い。

重ねた食器は流しに。

余ったシチューの鍋は、コンロの上に。



「温めるときは、少し水足してね。」

「うん、分った。」



そう言ったアスカの手は、流しのスポンジをつかもうとする。

シンジもスポンジを掴もうとしていた。

アスカの手が、シンジの手に重なる。

手の感触に顔を見合わせる二人。

赤くなる二人の顔。



「あ、洗うのは僕がするよ。」

「え、いいわよ、私がするから。シンジはテレビでも見ててよ。」

「でも、ご馳走になったんだから、僕が洗うよ。」

「私が洗うからいいって言ってるのに。」

「僕が洗うったら。」



二人は、しばしにらみあって、





「…クスクス。」

「…ハハハ。」

「いいわ、じゃ、二人で洗いましょう。」

「そうだね。」



狭い流しで、二人で洗いものを始める、アスカとシンジ。時々、腕や、指が、むき出しの肌が触れ合う。

温かいその感触に、触れ合う度に赤くなる二人。



楽しい。

嬉しい。

快い。



ずっと続けていたいのに、洗いものはすぐに無くなる。





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…夜の雫

インク壷に溜ってゆく

綴られるのは夜の夢の話



ああ、私のことを書かないでください

私が、夢になってしまう…





--------------------------------------------------------------------------------



「お茶でも入れようか?」

「私、紅茶がいいな。この前、おじさまが持って帰ったの、まだある?」

「うん、あるよ。じゃ、僕の部屋にいっててよ。新しいゲームあるから。」

「うん。」



アスカは台所をでて、自宅と全く同じ作りの家の中を、シンジの部屋に向かう。

ドアノブに手を掛け、かちゃりと開く。

自分の部屋と、同じ作り。



ゲーム機とモニターがある

。チェロのケースが立てかけている。

本棚には、楽譜とわずかな漫画、それに教科書。

机の上は片付いている。



なのに、ベッドのうえは、ぐちゃぐちゃ。

シーツはぐちゃぐちゃ、掛け布団がわりのタオルケットは半分床に垂れ下がっている。

しかも、その上には脱ぎ捨てた学生服。

ろくに畳みもせずに放ってある。



あ~あ、しわになっちゃうわよ、これ。

全くしょうがないわね。

いつまでたっても子供なんだから。



ズボンとシャツのしわを伸ばしながらハンガーにかけるアスカ。

次に、タオルケットに手をかける。

きれいにちゃんと畳もうと、端を掴んで持ち上げたとき、

そこからばさりと本が一冊、落ちて来る。



女性の写真が表紙の雑誌。



なに、これ。



なによ、コレ!





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月を見上げているレイ。



手を伸ばしても、月には届かないけれど。

でも、言葉は月をとらえる。

今日は三つの詩ができた。



足元に散らばるラブレター。



これも言葉で捉えようとするもの。

遠い、心を。

手を伸ばしても、捕まえられないから。



遠い、心。

あの人の心。

私も、書いてみようかな。





--------------------------------------------------------------------------------



シンジがティーカップとポットをお盆に載せて部屋に入ったとき、まず見たのはアスカの怒った顔。

どうして、怒ってるの?



「シンジ、なにこれ!」



目の前に突き出された雑誌。

隠すのを、すっかり忘れていた。

うっかりしていた。

シンジの顔から血の気が失せる。

とても、危険だ。

とても、危ない

弁解しなきゃ。

言い訳しなきゃ。



「あ、これは、その、と、トウジ、そうトウジとケンスケが無理矢理…」

「いやらしい、けがらわしいわ!」



アスカは聞く耳まるで持たない。

白い顔が紅潮している。



「こんなもの!」



細い手が、雑誌の端と端を掴む。

そのまま引き裂こうとする。



「ま、待ってよ。」



それは、借りた(無理矢理貸された)本だ。

しかもそれは外国産の無修正、日本では貴重な本らしい。

シンジは必死に手を伸ばす。



ああ、でもそれは遅かった。

アスカの細腕は既に雑誌を引き裂いていた。



「なによ、こんなもの!」



引き裂かれた雑誌の半分が、シンジの顔めがけて投げつけられる。

ぶちあたる。

持ったお盆が、カップとポットごと、落ちる。



「こんなもの!」



残る雑誌の片方が、さらにシンジの顔にめりこむ。

落ちたカップとポットが、床で砕ける。

舞い散るページ。

紅茶が飛び散る。

シンジの鼻からは、血。

それを片手で押えながら、片手をアスカに伸ばすシンジ。 「アスカ、ちょっと話を聞いて…」

「不潔!でて行って!」



アスカに、両手で突き飛ばされる。

部屋の外までふっ飛んでゆく。

それでも健気に、アスカに手を伸ばそうとするシンジの目の前で、扉が乱暴に閉められる。



「入ってこないで!」

「あの…ここ僕の部屋、なんだけど…」



扉越しに弱々しく語りかけるシンジ。

その顔に、さらに、乱暴に開いた扉がぶちあたる。

アスカが、荒々しい歩みで出て来る。

眉はつりあがって、その目には涙。

ずかずかと、廊下を歩いてゆく。

壁と扉に挟まれたシンジの耳に、その音が小さくなってゆき、玄関のドアが激しく閉められる音が聞こえ、やがて壁越しに、隣の家でまた扉の激しく閉められる音が、遠く聞こえる。

最後のは、アスカの部屋だ。



ああ、またアスカを怒らせてしまった。





--------------------------------------------------------------------------------



難しい。

とても難しい。



レイは、そう思う。

心の中にある言葉を、紙に書き移してみた。

電気スタンドの明りで照らされた言葉は、とても貧弱だった。



私の心。

それは、言葉の手をすり抜ける。

銀の背の魚のように。

私は、でも、それを捉えようとする。

そして、渡すの。

白い封筒に詰めて。



碇君…



でも、これでは、駄目。

破れ目の多い網。



レイの口からため息が一つ、洩れる。

月は煌々と照る。

窓を開ければ、風は涼しい。



--------------------------------------------------------------------------------

鼻にちり紙を詰めたシンジが、アスカの家の前に立って、ドアを叩いてる。



「アスカ、ねえ、聞いてよアスカ!」



ずっと、呼びかけているのに、答えてくれない。

閉じたドアは、開かない。

インターフォンを押してみる。

むこうで呼出音が鳴るのが、聞こえる。

誰も、出ない。

また、ドアを叩く。

もう、手が痛くなってきた。



「アスカ…」



--------------------------------------------------------------------------------

赤い髪の少女は、暗い部屋で、膝を抱えて座っていた。

遠く聞こえていた、ドアを叩く音が、聞こえなくなった。

少女を呼ぶ声が、聞こえなくなった

涼しくなってきた夜に、身を震わせる。

じっと、膝を抱えて座っていた。

しばらく、そうしていた。



やがて、ふらりと立つ。

部屋の扉を開ける。

廊下には明りがついていて、白々しく明るい。 お風呂場。

髪留を外す。赤い髪が、広がる。

シャツを脱ぐ。

細くて、まだ少年めいた体。

でも、鏡には、ふるえる、小さいけど形の良い乳房が、映っている。

ホットパンツを、下着ごと脱ぐ。

匂い。

小さな腰。

滑らかな肌。



鏡に映る自分の姿。

アスカは、鏡像に向かって語る。



「あなたは、女の子。シンジは、男の子。」



どうして、そんな事を?

分りきっている、当り前の事を?



だって、嫌なんだ。



シンジが、男だなんて!

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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第十一話…「ほんの少しの眠り」



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カーテンの隙間から、明るい光が差し込む。

ガラスの向こうから、鳥の鳴き声が聞こえる。

ベットの上には、眠る女の子。

赤い髪が、白いシーツの上に広がっている。



少女は、寝返りをうつ。

身体が、うつぶせになる。

胸の膨らみが、身体の下に。



「う、うーん。」



パジャマがすこしはだけて、白い肩がむき出しになる。

眠りは、もう浅い。

目覚めの時間は、もうすぐ。



いきなりけたたましい音で、目覚し時計が鳴り響く。

金属のベルの音が、部屋中にこだまする。

少女の白い腕が、頭の上に伸びる。

その目は、まだ開かれない。

音源を、細い指があてずっぽうに探す。

少し迷った後、指が、自らの音響に震えている時計に、触れる。

手慣れた手付きで、指はベルのスイッチを切る。

再び、静寂と、鳥の声。

まだ、少女の目は閉じている。

手を戻すと、もう一度寝返りをうつ。

また、あお向けに戻る。

少女の、その白く可憐な顔に、カーテンから漏れる朝の光。

閉じられたまぶたを透かしても、とてもまぶしい。

余りにまぶしいので、少女は、目が覚める。



まぶしい…もう、朝?



アスカは、寝惚け眼をこすりながら、枕元の時計を掴んで、目の前に持ってくる。

時計の針。

長いのと、短いのと、ずっと動いているの。

こちっと、長いのが動く。

ローマ数字の上で、針は動いている。

じっと、見る。

ようやく、意味が理解できる。



あれ、もう起きる時間。

どうして鳴らなかったのかしら?

いいや、とにかく、起きなきゃ。



でも、今日は憂鬱…



アスカはものうげに、上体を起こす。

ベッドから降りる。

とりあえずは、洗面所へ。

鏡に映る少女の髪はぐしゃぐしゃ

それは一旦おいておいて、まず顔を洗う。

冷たい水。

頭の中が少し、覚めてくる。



部屋に戻ったアスカは、パジャマのボタンを、外す。

朝の空気に、胸のまだ小さな膨らみが晒される。

箪笥を開けて、中学生の女の子らしい、可愛いけど色気とは程遠いブラジャーを出して、着ける。

ハンガーに架けておいた、白く、シミ一つ、しわ一つないブラウスの袖に手を通す。

ボタンを留める。

パジャマのズボンも脱ぐ。

まだ丸みと肉感に欠ける、でもしなやかな足が、白い下着ともに現われる。

その足にスカートを通す。

腰まで、引っ張り上げる。

下着が、隠れて、太腿も、隠れて。

制服を着たら、パジャマはちゃんと畳んでおく。

それから、鏡にむかってリボンタイを結ぶ。

こちらも、曲がらないように、ずれたりしないように。

準備万端。

鞄をもって、台所へ。

エプロンを着けて、シンジと自分の御弁当の準備に取り掛かる。

卵焼きやお浸しを、手慣れた様子で作る。

ウィンナーを炒めて、かまぼこを切って。

作ったおかずとご飯を、プラスチックのお揃いの御弁当箱につめて、一部だけ皿に分ける。

皿に分けた、まだ暖かいおかずを朝食として、一人で食べる。

朝食に限らず、家で食べる食事は、いつも一人。

別に、淋しいとは思わない。

単に、いつものこと。

ただ、同じものなのに。どうして朝と昼ではこんなに味が違うんだろう、と思う。

朝一人で食べるのは、美味しくない。



テーブルの上に書置がないところをみると、ママはまだ寝ているらしい。

ご飯を、黙々と食べ終わる。

お茶を、飲み干す。

カップや食器は洗って、洗いもの置場へ。

かちゃんと、陶器の触れる音。



それから、再び洗面所へ。

次は歯磨き。

良く磨いて、白くてきれいか鏡で確認。

それから、髪を、ブラシで丹念に丁寧にとかす。

髪を頭の後ろでひっつめ、髪飾りを着ける。

鏡を、前から見る。

少し前屈みになって、上目使いに見る。

左を向いて、横目で見てみる。

右を向いて、横目で見てみる。

おかしいところは、なにもない。



うん…



アスカは、鞄を持って、家をでる。

赤い靴を履いて。

なにも言わずに。

鍵を閉めて。





見慣れた、隣の碇家の扉。

飾り気のない扉。人がいるときは、鍵は、いつも掛かっていない。

アスカは、いつもの様に勝手に入ってゆく。

同じつくりの台所では、シンジの父、ゲンドウが昨日の残りのシチューをすすっていた。



「おはようございます、おじさま!」



なるべくいつものように、なるべく明るく朗らかに挨拶。

ゲンドウは、いつもの通り不機嫌そうに見える顔で、



「ああ、おはよう、アスカ君。シチュー、美味しく頂いている。いつも、すまんな。」

「いえ、喜んで頂けると、嬉しいです。」



そんな会話を交わした後、アスカはシンジの部屋へ向かう。

今日はなんだか、やけに廊下の音が響くような気がする。

なんだか胸が、苦しい。

シンジの部屋の扉に、手をかける。

少しためらった後に、思い切って開く。

少年は、ベッドの上で丸くなってる。

まだ、寝ているようだ。

足もとをみると、カーペットが変色している。



「シンジ…」



離れた所から、声をかけてみる。

いつもなら、いきなり揺さぶって起こすのに。



少年は、目覚めない。



そっと近寄ってみる。

もう一度、耳もとで囁いてみる。



「シンジ、朝よ…」



やはり、目覚めない。



アスカは、タオルケットの端を摘む。

そろそろと、めくってみる。

目は、シンジの、股の間に。



やだ…



パンツが、膨らんでいるのが、見える。



その時、シンジが震えた。

もうすぐ、少年が目覚める。



「う、うーん…」



アスカの手は、タオルケットを急いで離す。

タオルケットはまた少年にかぶさる。

ちょっと慌てるアスカ。



いつもの通り、いつも通りよ、アスカ



胸に、息を吸い込んで、そして威勢良く、元気良く、



「起きなさい、バカシンジ!」



大きな声がでた。威勢のいい声。

いつも通り出来た、良かった…



少年のまぶたが、はっと開く。

はっと開いても、しっかりと目覚めていない。

目をこすって、彼の目の前に立っているのが誰かを、考えて…そこでいきなりはっきり目が醒める。



「あ、アスカ!」

「ようやくお目覚めね、バカシンジ。」

「あ、あの、昨日は…」



シンジの言葉を遮って、アスカは告げる。



「もう、いつまでも寝てるから、また時間無いわよ。早く学校いかなきゃ。」

「あの…」

「さっ、起きて起きて。全くいつまでたっても子供なんだから、シンジは。」



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レイは、まだ寝ていた。

そして、今ようやく起きた。

起きたとき、いつもより、部屋が明るい気がした。

時計に目をやる。



8時15分。



寝坊しちゃった!



慌てて、レイはベッドから飛び降りる。

寝まき代りの白い大きなシャツを脱ぐ。

机の引出しから、白いなんの飾りけもないブラジャーを取り出して着ける。

ブラウスを着る。

スカートをはく。

テーブルの上には食パンがあるが、食べている暇は無さそう。

仕方なく、朝食はあきらめる。

鞄を持って、急いで家を出ようとした時、レイは足を止めた。

鏡の前に引き返す。

鏡をのぞき込む。

レイの青いくせっ毛は、ぴんぴんと、跳ねている。



ああ、どうしよう、でも時間無いし…



足は、学校に向かおうとする。



でも、こんな頭、碇君に見せたくない…



躊躇する。

迷う。



やっぱり、きれいにしていく!



結局、レイは櫛を選ぶ。





早くしなきゃ…遅刻しちゃう…



レイはせっせと髪をとかし始める。



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アスカはシンジの半歩前、通学路を今日も走っている。



どうして男の子は、あんなの見たがるんだろう。

いやらしい。

シンジも、やっぱり見てるんだ、ああいうの。

どんな顔してみてるんだろう?



「あの、アスカ、」



いやらしい顔して?

はあはあとかいって?

やだ、信じられない。

そんなシンジ想像できないよ。



「はあ、はあ、ちょっと、アスカ、」



でも、やっぱりそうなのかな…

いやだな、そんなの。

分かんないよ、シンジが。

分かんなくなってきた。



「はあ、聞いてる、アスカ、そんなに、急がなくても、ぜい、はあ」



そう、この頃、分からない。

見えない、心がある。

触れられない、心がある。

越えられない、壁がある。



昔は、思うことがなんでも分かった。

今は、分からないことがある。

私の心が、小さくなっていく感じがする…

小さく、小さく、閉じ込められて行く感じ…





気がつくと、アスカはもう校門の前にいた。

知らぬまに汗が、顔を伝って流れ落ちている。



「あれ?」



時計をみると、まだ8時25分。

後ろではシンジが、膝に手をついて、荒い息を吐いている。



「思ったより、早目に着いちゃったわね。」



シンジは、声も出ない様。

まだぜいぜいと、下を向いて息してる。

顔から汗が、白いコンクリートに滴ってる。

白いコンクリートに、に郡蓼辍ⅳい膜狻ⅳ荬膜荬膜萛



私達、そんなに速く走ってたっけ?

でも、そんなに辛かったんなら一言いえばいいのに。

ほんと、バカなんだから!



白いハンカチで、アスカは顔の汗を拭う。



「もう、なにへばってるのよ、だらしがないわね、バカシンジ!」



そう言いながら、シンジに今自分が使ったハンカチを差し出す。

でも少年は、膝に手をやったまま受け取らない。

まだ荒く息を吐いている。

アスカは、手を伸ばし、汗で熱くぬめるシンジのあごに、手をやる。

顔を、上にあげさせる。

そうして、少年のその顔の汗を、少し乱暴に、でもしっかりと、アスカは拭ってやる。

少年の鼻腔を、自分の汗の匂い、甘い少女の匂いがくすぐっていることを、まるで意識もせずに。





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8時29分。

レイは、通学路を一生懸命走っていた。

髪が乱れないように気をつけながら。



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いつもと変わらない朝の教室。

子供たちの声。

並べられた机。

何も書かれていない濉

蛍光灯の照明。

窓から差し込む陽の光。



シンジは彼の男友達、銀縁メガネの相田や、年中弗悌`ジの鈴原と話している。

楽しそうに。

アスカは、物思いに耽った顔で、そんなシンジを見ている。



「どうしたの、アスカ?元気無さそうだけど…」



その声に振り向くと、ヒカリが学級日誌を持って立っていた。

すこし、心配そうな顔。

そんな顔に、アスカは答える。



「ううん、なんでもない。」



なのに、ヒカリの顔は、"碇君となにかあったんでしょう?"と言っている。

だから、もう一度アスカは答えた。



「ほんとに、なんでもないったら。」



「そう?」



納得しない顔で、ヒカリはうなずいて、話題を別の事、また新しくできるお店や、雑誌の事、TVの事に変える。

女の子二人の会話が、明るく盛り上がる。





始業のチャイム。

先生は、まだ来ない。

一時間目は、ミサト先生の授業。

やがて廊下を走る音が聞こえてくる。

足音は大きくなりやがて教室の前でとまって…教室の戸が開く。



現れたのは、レイだった。

みんなの視線を一身に受けて、びっくりして、鞄を抱きしめて思わず後さじっている。

しかし健気な勇気を降りしぼって、顔を伏せながら自分の席に急ぐ。

席に座っても、まだ顔は伏せたまま。



「どうしたの、綾波。遅かったじゃない。」



というシンジの声に、ちょっとだけ顔を上げて、顔を赤らめて答える。



「…朝寝坊して、それで…」



シンジは、くすくすと笑う。

レイは、またうつむく。



なんだか、とても恥ずかしい…



それに、少し恨めしい気もする。

だけどレイには、「あなたのせいでこうなったのよ」と告げてみる勇気までは、無い。







数分後、ようやくミサト先生が入ってくる。



「ごっめーん、ちょっち車がね~」



入って来るなり遅刻の言い訳。

そんな彼女の弁解に構わず、委員長であるヒカリが号令をかける。



「起立!」



がたがたと椅子の音、一斉に教室に満ちる。



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二時間目。

レイの時間は、途切れていた。



開けてある窓から入ってくる風が心地良かったのだろうか。

それとも、昨日の夜更しがたたったのだろうか。

レイは、机にうつむいたまま、眠っていた。

小さな唇から寝息が洩れている。



その寝顔は、きれいだった。

安らかで、可愛いらしい。



ただ、それを見下ろす若い女教師は、非常に怒っていた。

伊吹マヤ(25)は、授業中のおしゃべり居眠りには、はなはだ非寛容だった。

潔癖主義なのかもしれないし、昨日、何かあったのかもしれない(男にふられるとか)。

とにかく、非常に怒っていた。



「綾波さん。」



すうすうと、レイは眠り続ける。



「あ?や?な?み?さん!」



色素を欠いた少女は、安らかに眠っている。

騒がしき真昼の夢など全く気にせずに。



シンジは、心配だった。

ヒカリも、心配だった。

クラスの皆も、成行きをドキドキしながらみていた。



ただ、アスカだけは、ぼんやりとシンジの顔をみていた。

髪を、もう少し伸ばして、それでスカートを履かせれば女の子に見えるかも知れない。

そんな、色白の繊細な顔に、あのけばけばしい、不潔な雑誌は似合わないと思いながら。



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 楼主| 发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
第十二話…「学校風景」



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アスカの目の前で、シンジが、ふりかえった。

シンジの、ねⅴⅴ攻蛞姢俊

アスカの青い目を見つめて。

その目は、何かを訴えていた。

すがるように、頼んでいた。

何を?

アスカには、分からない。

その目を、大きく見開いて、シンジの目を見ても。

分からない。

周りを見ていなかった少女には分からない。

少年しか見ていなかった、少女には、分からない。



ただ、想っていたことが、少女がずっと少年を見つめていたことが、分かってしまいそうだったから。

だから、アスカは照れて、意味もなくうつむいてしまう。



いつも勝気な赤毛の少女が、白い頬を桜色に染めてうつむく姿。

それはそれで、とても可愛い。



だけど、シンジは、その振舞に違和感を覚えるだけ。

問題は、レイにどうやって助け船を出すか、それだけだから。



ただ、今回は、アスカのその優しい救いの手が、青い髪の少女に差し出される事は、無い。

それだけは、分かった。



怒れる若い教諭伊吹マヤの目の前で、綾波レイはすやすやと眠り続ける。

赤い眼を閉じて

机に、うつぶせになって。

静かな呼吸のリズムで、制服の薄い肩が揺れて。

顔は、組まれた白い腕の向こう。

薄い青色の髪の向こう。

だから寝顔を見ることは出来ないけれど、みんなきっと可愛い寝顔をしているのだろうと思っている。

耳をすませば、小さな口から洩れる寝息が聞こえて来る。



ただ、今はそれどころではなくて…



「起きなさい、綾波さん!」



怒れるマヤ先生の手が、眠れる少女の肩に伸びて…

静まりかえった教室。

煮詰まる思考。

窓の外から聞こえる虫の声。

流れ落ちる、汗。

十数センチの距離を埋める、ほんの一瞬の時間。



そこに、大きな声が、響き渡った。



「センセ、そないに怒っとったら赤木センセみたいにシワふえまっせ。」



クラスの皆が、一斉に振り返る。

そして、声の主をみる。

声は、一番後ろの席から。

そこには、一人だけ弗悌`ジを着て、手を頭の後ろに組んで、背持たれに寄りかかるトウジがいた。

皆の視線に、全く動じる様子もなく。

先生の眼差しにも動じずに、そっぽを向いて。

傾けた椅子をギコギコと、揺らして。

鼻をほじってピンと飛ばす。



ああ、また鈴原がバカやってる。



アスカは、皆と同じように振り向きながら、そう思った。

そう思って、それで終りだった。

心の焦点は、そこには行かない。

彼女には、考えることが他にあるから。



でも、別の少女には分かった。

委員長の洞木ヒカリには分かった。

わざと先生を怒らせることを、どうして、トウジが言ったのか。

だから、とても悲しかった。



「鈴原君!私語は慎みなさい!それにちゃんと座って!」



やっぱり、伊吹先生は更に怒る。

なのにトウジは涼しい顔。

クラスメートは固唾を飲んで、成行きを見守る。

教室の中は静か。

壁の向うからは隣の教室で授業をする老教師の声。

窓の外からはくぐもった蝉の声。

市長選挙の街頭宣伝の拡声器の音。



その時、がたりと、椅子の音がした。

振り返る皆の前で、シンジは立ち上がった。

少年は、斜め上の天井を見ながら、台本をそのまま棒読みするように言った。



「先生、授業を進めて下さい。僕達、勉強をしに来ているのに、時間、終ってしまうじゃないですか。」



それは、誰もがウソだと分かる。

自分だって心にもない、言葉。



そんな発言に、振り向いた伊吹先生、何を言うべきか、迷ってしまう。

みんなは唖然としている。

アスカは我がことのように慌てている。



何言い出すのよシンジ!

ホントにバカシンジになっちゃったの…?





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レイは、腕が痛いのに気付いた。

気がつくと、自分は、自分の腕に頭を下ろしている。

机の上に、覆いかぶさっている。



えっ…



頭を上げる。

赤い目を射す、眩しい、光。

窓硝子を通り抜けて来る、陽の光と、蛍光灯の、白い光。

耳には、窓を通して、蝉の声。

腕を上げて遮ろうとするが、腕が痺れて持ちあがらない。

みれば、透き通るような白い肌に、赤い跡。

頭の、跡。

眠りの、後。



ここは…



慌てて周りを見渡すと、すぐ横に白いブラウスの、背中。

伊吹先生の背中。

そして、クラスの皆。

教室の中は、とても静か。

誰かと、伊吹先生を見てる。

誰かは、伊吹先生の背中が邪魔で見えない。

その誰かが、今椅子を引いて、着席した。



また、静かになった教室。



そこに、いきなり終業の鐘が鳴った。

スピーカーから流れて来るチャイムの音、鳴り終わらないうちに、ヒカリが委員長としての号令をかける。



「起立!」



みんな、一斉に席を立つ。

レイも慌てて席を立つ。

伊吹マヤはどうしようか迷う。

なにか言うべきことがあるような…

しかし、若い頭に思いつかない。

声に押されるように、教壇に戻る。

戻るなり



「礼!」



その声に押し出されて、伊吹マヤは教室の外に出てしまう。

廊下に出た伊吹マヤ先生。

とりあえす、一番近くの女子トイレに駆け込む。

手洗いの前の鏡で少し前屈み。

鏡に顔を近付けて。

うつった顔を、じっと見る。

眉間や目尻に、小じわなんかあったりしないか。

まだ若々しい、お嬢さんといっても通じる自分の顔を、調べはじめる。

脳裏に浮かんでいるのは、保健室の赤木リツコ先生の顔。

憧れの先輩といえど、30にもなれば…



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レイは、起立したあと、また椅子にペタリと、座り込んだ。

まだ頭がぼうっとしている。

教室の空気も、空けた窓から入って来る風も、暑くて、けだるい。

ちょっと、廊下に出て、ウォータークーラーの冷たい水でも飲みに行こうかな。

そう思って、机に小さい手をついて、立ち上がろうとした時、横からシンジから声をかけられた。



「おはよう、綾波。」



レイは、いそいで振り向く。

目の前に、優しく笑っている、彼女の碇君がいる。

少女は、いそいで言葉を返そうとする。



「おは…」



そこで…



おはよう?

どうして、昼なのに?

あ、今起きたからか…でも、朝じゃなかったらそんなこと言わないから…

ああっ、碇君、私のこと、からかってるの!

じゃあ、どう言えばいいんだろう…



分からなくなって、うつむくレイ。

透けるように白い頬に赤みがさすのが良く分かる。



「ほ~んと、良く寝てたわね!」



そこに、明るい、発辣とした声が降ってくる。

レイが顔を上げると、シンジの横に、アスカが立っている。

同じ背の高さで、立っている。

レイは、なんだか眩しく二人を見上げる。



くすっと笑ってアスカは言う。



「だけどレイって優等生だと思ってたのに。」





どうして、笑うの?

それに、どうして、私のこと、優等生だなんて、思うの?



「だけど、アスカだってぼけっとしてたじゃないか。」



そう言われて、アスカも顔を赤くする。



「あ、あれはちょっと考え事してただけよ!シンジだっていつもぼけぼけっとしてるんだからいいじゃない!」

「なんだよそれ~」

「なによ、本当のことじゃない!あのときも、このときだって…」



言い争う、シンジの顔は不満そう。

アスカの顔はちょっとすねて、いつもの"夫婦ゲンカ"の様子。

クラスの皆にはとうに見慣れた。

レイにとっては、ただ見上げるだけの。

うらやましい、とてもうらやましい、光景。



その、ただ眺めているだけのレイに、シンジが声をかけた。



「あ、そうだ、綾波、後でトウジにお礼言っときなよ。」

「どうして…?」

「さっき、綾波がいねむりしてて先生に怒られそうになった時に、トウジがフォローしてくれてたんだよ、意外だけどね。」

「そうなの…」



そして、次の授業時間を知らせる鐘が、鳴り始めた。



3時間目は、レイは、もう寝たりしなかった。

教科書を広げ、澶蛞姟ⅴ惟`トをとり、先生の質問には模範的な正解を返した。ただ、トウジにお礼を言いに行く。

そのことを思うと、憂鬱だった。

別にトウジが嫌いなわけじゃない。

お礼をいうのが嫌な訳じゃない。

でも…

鈴原君…よく知らない、人。

確かに同級生、だけど。

でも、大きくて、いつも、大きな声で、大きな歩み、とても威勢が良くて…

なんだか、怖い人。

そんな人に話しかけるの…なんだか怖い…

いい人とは、思うのだけど…



でも、ちゃんと言っておかないと、シンジにも嫌われるような気がして。

だから、レイは憂鬱だった。

それに、もう決心はついている。

ちゃんと、言おうと。

だから、レイは憂鬱だった。



次の休み時間、教師が教室の戸を後ろ出に閉め、クラスのみんなが立ち上がったり、後ろを向いて、話し始めて。

教室にわだかまる暑さを押し退けるように騒がしさが教室に満ちると、レイは、立ち上がる。

手には、椅子を床に引きずった震えが残り。

心には、青ざめた震え。

そして、体の向きを変えて。

机の並ぶ、その間を、教室の後ろへと、歩きはじめる。

教室の床の上を、級友達の無遠慮に伸ばされる体、足、腕をさけて歩いてゆく。

鈴原トウジの席まで、歩いてゆく。

そして、ふと考える。



どうして、私は、こんなことで、苦しいんだろう…

もっと、明るく、何でもないように、強く、出来ないんだろう?

そう、アスカちゃんみたいに…



そして、教室の後ろの、澶胜辍⑾蝸Kぶ後ろまで来た。

体を横にして、爪先立ちで、極端に狭い後ろの壁と椅子の背もたれの空間を通り抜けて。

レイのとても細い体は、同級生の女の子の大きなお尻に、遠慮なく後ろに押し出された椅子にも壁にもつっかえたりせず、踵が再び床に着き。

赤い瞳をした少女は、鈴原トウジの席の横に着いた。



トウジは、前を向いていた。

側までやってきたレイの方を、見ずに。

弗悌`ジをまくりあげた腕をくんで。

骨太だけれども、まだ少年らしい、薄い筋肉のついた腕。

むすっとした表情で、前をみている。

前の、どこを見ているか?

それは、分からない。

レイには、そこまで詮索する余裕はなかった。

ただ、声を掛けること。

それだけのことで、薄い胸は押し潰されそうだった。



「鈴原くん…」



語尾の、透明に消えてしまいそうな、呼びかけ。

トウジの顔がすこしだけ、レイの方を向いた。



「ああ…」



不機嫌そうな顔。



「…あの、さっきは、その…ありがとう…」



途切れがちに、でも、うつむかずに、レイは、トウジの、横顔に近い顔を見ながら、言った。

その返事は、短く。



「ああ、なんでもないわ。」



そう言ってすぐに、弗悌`ジの少年は、立ち上がった。

レイの目の前で、そのまますたすたと、開け放しの教室の戸から、廊下に出ていった。

廊下に出るとすぐに向きを変えて、教室の壁の影に。

レイの赤い瞳に映らなくなった。



少年は、廊下に出ると、ほっとした。

不機嫌な表情の下、そこにはやはり緊張があった。

急いで外に出たのは、緊張に居たたまれなくなったから。

不幸なのは、その原因の少女が、そんな心の動きなど、到底理解出来ないくらい、まだ人生に疎く、まだ生きることだけに懸命だったこと。

さしたる意味もなく廊下に出て来てしまった彼は、教室にも戻れないので、仕方なしに便所にいく。

ちょうど、友人、碇シンジもトイレに入る所だったので。





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…何か、おかしなこと言ったのかな…

…何か、おかしなことしたのかな…



残された、赤い瞳の少女の心は、震えるように揺れていた。





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一足先に排尿を終えたシンジがズボンのチャックをしっかり上まで上げた時、トウジは、言った。



「そうや、シンジ、この前、お前に貸した本なあ…」



トウジに借りた本。

それは、…大人の(少なくともシンジ達から見る限り)女の、裸の写真のいっぱい載った、雑誌。

アスカが既に引き裂いてしまった、本。

こんな所で話に出て来てしまった。



蛇口をひねって出て来る水が妙に熱い。

その生温い水で手を洗うシンジは、返事に詰まる。

トウジが用を終えて、弗悌`ジのズボンを上げながら、こちらに向かってくる。

顔には、猥談用の、サルめいた表情を浮かべて。

いや、いつもよりは若干、陽気に。



「…ごめん。」



シンジの返事に、トウジの顔がいぶかしげになる。



「やぶいちゃった…全部」

「なにいい!」



トウジが洗ってもいない手で、シンジの襟首を掴む。

そのまま押して来る。

シンジは押されるまま、後ろに下がる。

そのまま、便所の外へ。



「あれ、人の本なんやぞ、それをやぶいたやと!」

「あ、あの、ゴメン…」

「ゴメンですむかぁ!」



「きゃ!」



手を白いハンカチで拭きながら女子トイレを出て来たアスカに、誰かがぶつかってきた。

「なにするのよ、エッチ!」といって怒鳴って、ひっぱたくつもりで手を上げて、ぶつかってきた、色白のきゃしゃな少年をよくみると。



シンジ!



万年弗悌`ジ男、錫原に胸倉を掴まれている。

シンジの顔をにらみつけていたトウジは、きっと、アスカの方に目を向ける。

そして、何かを納得する。



「惣流やな、本をやぶいたんは。シンジがわざとヒトのもん壊したりとかする訳ないからなあ。」

そんなことをいきなり言われてもよく分からない。

しばしアスカは考える。



本…やぶいた…「あ、あれはトウジと…」…

あ、あの本!



少女の脳裏に甦るのは、あの、いやらしい本の表紙。

そして怒り。

アスカは、だから逆に言い返す。



「あんたが、悪いんでしょ、いやらしい、すけべ、変態!」



トウジの顔をはっきり指さして、廊下中に響きわたる声で。



「なんやと!」



トウジも劣らず激こうして、シンジの胸倉を激しく揺さぶる。

それを見るアスカ。



ああ、何するのよ!壊れちゃうじゃない!



シンジの体に細い腕をまわし、細い体に似合わない力で、トウジからシンジをもぎとる。



「返して!私のシンジを、あんたみたいなヘンタイバカの世界に引きずり込まないで。」



後ろから、ぎゅっと、シンジを抱きしめて、トウジを睨みつける。

子供を守る、母親の様に。

子供は少女より大きいけど。





その、少女に抱かれるシンジの胸には、柔らかい手。

背中には、もっと柔らかい、少女の胸。

ほおの近くには、薄く赤く染まったほおがあって、熱い息と、甘い匂い。

シンジは、その余りの甘い心地よさに一瞬うっとりとしかける。

その耳に、周りの子供達の声。



「へ~またケンカしてるんのかぁ」

「ちょっと、『私のシンジ』だってぇ。」

「やっぱりねえ。」

「くぅ~」

「あついねえ…」

「あついあつい」



廊下にいる子供達はお互いに囁きあう。

教室にいる友達を呼んだりする。

そうして、遠巻きに、アスカとシンジ、トウジ達を見物している。

夏の、あつい戦い。

女の子に抱かれている、シンジ。

とても、恥ずかしい。

トウジとアスカは、周りなど眼中に無い。



きっと、恥も外聞もない言い争いが始まる。

僕を挟んで!



休憩時間のチャイムが鳴る。

なのに誰も動こうとしない。

アスカとトウジは睨みあったまま。

あつい、あつい。

シンジは恥しさであつい。

夏はなんてあついんだろう!



そこに、救いの神が登場する。

人垣を押し退て来て。

アスカとトウジの頭をコチンと、手に持ったファイルで小突く。



「「ミサト先生!」」



振り向くアスカとトウジ、シンジの目の前に、苦笑を浮かべたミサト先生が立っている。

「まあ、シンちゃんを巡っての恋争いもいいけど、もう授業時間だからね~。さ、教室に入んなさい。」

「恋争い!?。せ、センセ。それはちゃいますで!」



必死になって弁解するトウジ。

その彼の耳に、聞こえてくる、聞こえてくる、周りの生徒達の声。



「やだ、鈴原って、そうだったの。」

「変態~」

「でも、碇君って、ちょっと女の子みたいだもんね。」

「きゃあ~」

「やっぱり、受けるほうかしら。」

「最悪だな。」



ミサトの冗談が、波紋を広げている。

物見高い、子供達に。



「あの、アスカ、離して、くれない。」

「え、ええっ。」



アスカは、ぎゅっと、苦しくなるくらいシンジを抱きしめている事を、思い出した。

ぱっと、手を離す。

よろめく、シンジ。

怒りに赤くなってたアスカは、恥しさに赤くなって、その両手を頬にあてる。



「もう、授業だから、教室に入ろうよ。」



そう言っても、アスカは動かない。

赤くなった頬に手を当てたまま動かない。

シンジは、その手を取る。

細い手。

きゃしゃな、手。

女の子の、手。

柔らかい、手。

そして、その手を引いて、シンジは、アスカと教室に入る。

昔とは、反対に。

アスカに引かれていくのではなく。



廊下には、トウジの声が、こだましていた。







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发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
晕,打包下载不更好吗
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发表于 2003-11-9 23:00:00 | 显示全部楼层
看得我真的晕了。

我只能用最笨的办法全部打印了下来。
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发表于 2003-11-30 23:00:00 | 显示全部楼层
是不是h小说呀!我看不太懂!有中文版的还可以对照看!
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