私感注釈
◎ これも李煜が京に囚われていた時の作。
※烏夜啼:詞牌の一。相見歡ともいう。この作品の詞牌を相見歡としているものもある。これは、烏夜啼でないとおかしい。詞調は同一でも、曲調が違う。烏夜啼はその名の通り暗い音楽だったはず。げんだいでもそのイメージを利用して、本のタイトルにするくらいである。なお、烏夜啼には異体があり、四十七字のものもある。これは逄么骸⒙}無憂ともいう。双調。換韻。詳しくは下記「構成について」を参照。
※無言:だれと話すこともなく、独り無言で、ことばの無い静寂を表す。『喜遷鶯』「曉月墜,宿雲微,無語枕頻欹。」というのもある。
※獨:独りぼっち。
※月如鈎:三日月のように鈎型になった月を言う。電灯のない昔のこと、当然月明かりの乏しい真っ暗な夜の景色を見ていることになる。鬼気迫る情景である。この詞は相見歡という詞牌だが又の名を烏夜啼ともいう。烏夜啼は本意であるとも思える。
※寂寞:さびしげな。
※梧桐:あおぎりときりの木。落魄、零落を暗示する働きを持つ語。
※深院:奥庭。中庭。院とは、塀や建物で囲まれた中庭。中国の伝統的な御殿は、塀で幾重にも区切られた庭園がある。
※鎖とじこめる。封じこめている。
※清秋:薄ら寒い秋、寂しげな秋、であって、清らかな秋ではない。前出『喜遷鶯』にも「啼鶯散,餘花亂,寂寞畫堂深院。片紅休掃盡從伊,留待舞人歸。」がある。
※剪:剪は、はさみで切ること。斧できるのや、小刀で切るのは別の語(漢字)を使う。
※剪不斷:「きっても断ち切れない」という、為し得ないことを表現する際の語順。もし「断ち切らない」という自分の意志の否定だと、敢えて言えば「不剪斷」となる。
※理:整える。整理、理髪の理。
※還:なおまだ。現代口語でも、この用法はよく使う。
※理還亂:整えても またすぐ乱れる。
※是:これ。…は…である。断ち難く、収め難いのは、離愁である。という働きをする。
※離愁:遠く京にいて、故郷金陵の宮廷を始めとする南唐への思いをいう。
※別是:べつに これ。この語だけでは訳しにくい。
※一般:詞語では、一種の。一種独特の。「一般」を「一番」とする書もある。
※滋味:あじわい。
※心頭:こころ。頭は名詞などの後ろに付く接尾辞。取り立てて訳せない。
※別是一般滋味 在心頭:(断ち難く、収め難い)離愁が李を襲ってくる。何とも言い表せない特別な一種独特のあじわいが心に生じてくることだ。「是」字を「これ」と読んでいるが、この場合、指示詞ではない。当然その機能もない。蛇足だが、現代語では「別有一般滋味」(一種異なった味わいがある)というのがあるが、その祖形は、これか。
◎ 構成について
双調。三十六字。換韻。韻式は「AAA bbAA」
九字句は六字と三字等に分かれること。(異体有り)
○●○○,(A平韻)
●○○。(A平韻)
●○●・●○○。(A平韻)
●,(b仄韻)
○●。(b仄韻)
●○○。(A平韻)
●○●・●○○。(A平韻)
韻脚:「樓鈎秋」は「第十二部平声」。「斷亂」は「第七部去声」。「愁頭」は「第十二部平声」。
この作品は極めて正確に作られている。
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