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楼主: niehuiyao

[好书连载] 愛すべき不思議な家族

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 楼主| 发表于 2009-4-25 14:08:20 | 显示全部楼层
非常抱歉!
忘记放 愛すべき不思議な家族 7
大家原谅!

愛すべき不思議な家族 7

 目を開けると、薄暗い室内だけが春道にお早うと告げてくれた。
  朝に眠る機会も多いので、私室の窓にはすべて真っ黒なカーテンをかけている。
  新たな住居となった松島家の二階の部屋は、どちらも超がつくぐらい日当たりが良かった。高さのある建造物が少ない田舎物件の特権とも言えるが、その中でもここは群を抜いて素晴らしい。松島母娘も良い物件に当たったものである。
  しかし、仕事中は日光の爽やかさが心をリフレッシュさせてくれるケースがあっても、こと睡眠中に関すると話は別である。徹夜明けで疲れていても、燦々と頬に日光が当たり続ければ、ぐっすり眠るのは至難の業だ。
  幸い、前のアパートでも使っていたカーテンが、こちらでもそのまま使えたので早速重宝してる。
  布団から上半身を起こし、枕元に置いてある時計を見ると、すでに正午を過ぎていた。この時間であれば、今は家に誰もいないはずである。
  松島和葉は市内にある大手小売店で、総務の仕事をしていると教えられた。一部上場企業の地方店で、若いながらも課長の肩書きを持ってるらしかった。春道にあれだけの好条件を出せるくらいなのだから、給料も結構な額を貰ってるはずである。
  娘の松島葉月は地元の小学校へ行っている。五、六歳程度だと思っていたら、実は小学二年生で七歳なのだと言う。今年十二月に誕生日を迎えれば八歳だそうだ。
  これらの情報も、すべて松島和葉から得たものである。丁度、二階に洗濯物がないか見に来た彼女とばったり遭遇し、夕食を共にとれなかったのを謝るついでに春道から質問したのだ。
  ちなみに食事に関しては、別に一緒にする必要はないと言われた。気が楽になると同時に、春道は和葉に好かれてない事実を再認識させられたのだった。
  起床した春道は、脳を少しでも働かせるために洗面所で顔を洗う。元々二世帯住宅として作られた家だけに、一階とは別に二階にも洗面所やトイレがある。特別な用事がない限りは、わざわざ一階に足を運ぶ必要はない。
  洗顔と歯磨きを終えてサッパリすると、次は俺たちの番だとばかりに腹がぐーっと大きな音を立てた。
  仕事がひと段落して、眠ったのが今朝の五時過ぎ。夜食として、仕事をしながらスナック菓子を食いまくったりしたのだが、それでも胃袋は今日も元気に餌を催促してくる。
  何気なく二階の廊下に置いてある小型冷蔵庫を開くと、中にはラップに包まれたお盆が入っていた。
  取り出してみると、おかずが一式乗っている。どうやら春道が仕事をしてるあいだに、和葉が作って入れておいてくれたらしい。食事の乗ったお盆はみっつあり、朝昼晩の分が一気に用意されていた。
  昔なら冷えたまま食べなくてはいけなかったご飯も、今では文明の力で一分も待てば温かくできる。春道はお盆のひとつを冷蔵庫から取り出し、私室へと戻った。
  私室にある電子レンジでメニューに温かみを復活させてから、少し遅めの朝食にする。
  松島和葉の手料理は初めて食べたが、相当な腕で、小さな定食屋ぐらいなら営業できそうな味である。あっという間に、春道は朝食に選んだメニューを平らげてしまった。春道が男性なのも考慮して、量は多めに用意されていたので充分に満足できた。
  腹も膨れたら、あとは仕事にとりかかるだけである。空になった容器が乗ったお盆に再びラップを戻して、冷蔵庫の横に置いておく。空になった茶碗等を冷蔵庫にしまうのも変だったし、こうしておけば和葉も片付けやすいかと思ったのだ。
  仕事部屋へと入り、パソコンと向かい合う。電源を入れて、起動するのを待つあいだ、春道は自分自身をまるで引きこもりみたいだなと思っていた。
  仕事の性質もあるが、二階からほとんど降りたりせず、食事や洗濯は和葉がやってくれる。そういう約束なのだから、引け目を感じたりはしてなかった。
  ただし近所の人間からは、そのうち駄目亭主とか言われだすのはほぼ間違いない。シーンを想像して、春道はまたひとり苦笑いを浮かべるのだった。

 人間、本気でひとつの物事に集中すると時間を忘れてしまうものである。今現在の春道がいい例だった。
  いい加減にしろよと、腹の虫に怒鳴られてキーボードから手を離せば、すでに午後の十時をまわっていた。
  仕事部屋を出ると、昼に置いておいた容器は変わらず廊下に存在していた。松島和葉まだ二階へ上がってきてないようだ。
  もしかして毎日朝にまとめて作って、ついでに容器もさげるのだろうか。だとしたら、春道ひとりでずいぶんな量の皿や茶碗を使うことになる。
  もっとも百円ショップで簡単に揃えられる今の時代、それほど費用はかさんだりしない。
  春道は冷蔵庫から、本日ふたつ目のお盆を取り出す。冷凍食品もあるが、手作りもきちんとあって、しかもほとんどのメニューは被っていない。春道も自炊経験者だけに、素直に感心した。
  見れば、もうひとつのお盆に乗ってるおかずもほとんど同じものがない。さすがに一品や二品はあるが、それでもかなりの気の遣いようである。何せひとつのお盆には、白米が入った茶碗の他に五品程度のおかずが用意されてるのだ。
  自炊少々、コンビニ弁当多数の日々を送ってきた春道からすれば充分すぎるほどだった。日中と同じように私室で電子レンジを使ってから、お盆と一緒に用意されていた箸を使って食事をする。
  箸はデザインのない真っ黒な色だけのタイプで、すべて同じ箸がお盆とセットになっていた。家族のと区分するために、松島和葉がこの箸を春道用に選んだのだろう。
  相変わらず味は抜群で、前回同様に幸せなひと時を堪能させてもらった。空になった食器は昼の残骸の横に並べておく。
「次は風呂か……」
  ここで春道は考えた。松島家にも風呂はあるが、銭湯に慣れているだけにどちらを利用しようか迷ったのだ。しかしすぐに疲れをとるには、大きな浴槽でゆっくり湯に浸かるに限ると判断する。
  女家族の松島家だけに、男の春道には使われるのは嫌かもしれないし、銭湯は幸いにして午後の十一時まで営業している。急いで向かえばギリギリなんとかなりそうだ。
「よし、決めた」
  春道は私室に戻り、風呂道具を持って部屋から出た。下に降りてチラリとリビングを見ると、電気はついていなかった。
  玄関には葉月の靴はあっても、和葉の靴はない、もしかしてまだ会社から帰宅してないのだろうか。
  考え込みそうになったところで、ハッと春道は我に返った。今はそんなことを考えてる場合じゃなかったと気づいたのだ。急がないと銭湯が閉まってしまう。
  鍵を開けて外に出ると、事前に預けられていた合鍵を使って、しっかりと戸締りをする。小さな少女ひとりしかいないのに、玄関のドアをフリーパスにしていくほど春道もアホではなかった。

 閉店時刻が迫りつつあったので、烏の行水になってしまった。それでも足をゆっくりと伸ばして浴槽に浸かったおかげで、かなりの体力を回復できた。
 
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 楼主| 发表于 2009-4-25 14:08:52 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 7

濡れた髪を夜風になびかせながら家路につく。冬場だと間違いなく風邪をひいただろうが、幸いにして季節は緩やかに夏へ進んでる最中である。ドライヤーの代わりになってくれるし、火照った肌を程好く冷ましてくれる。
  家に到着する頃にはあらかた乾いていたが、念のために私室でドライヤーを使うことにする。合鍵を使ってドラを開けると、そこにはまだ松島和葉の靴はなかった。
  地方店とはいえ、大手企業の管理職。担当する業務と責任は、想像以上に凄いのかもしれない。フリープログラマーなんて仕事をしてる春道には、あまりの縁のない状況や感情だった。
  意外なのは娘命みたいに見えていた和葉が、平気――じゃないかもしれないが、葉月をひとりぼっちにさせてる現状である。
  春道の勝手な想像では、毎日きちんと定時で帰宅して、温かな手料理を振る舞いながら明るく一日の報告をしあってるとばかり思っていた。
  舞台となるべきリビングは今も明かりがなく、暗闇と静寂に包まれている。物音が一切しないところを見ると、葉月はもう自室で眠ってるのかもしれない。
  似てるな。靴も脱がずに玄関で立ち尽くしてる春道は、ふと己の幼少時代を思い出した。
  実家は決して裕福ではなかった。そのせいで春道が小さい頃から、両親は共働きで夜遅くまで必死に仕事をしていた。
  二十代後半にもなった現在なら大変さも理解できるが、当時はとても悲しく、切なかった記憶しか残ってない。
  生まれ育った実家はボロアパートで、リビングなんて上等な空間はなかった。両親と一緒に寝てる部屋で、電気もつけずに早い時間から布団にこもっていた。
  両親が常に一緒だった人間からは羨ましがられるかもしれない。テレビのチャンネル争いなんて存在せず、夜更かしをしても、宿題をしなくても誰にも注意されない。
  一部の人間から見れば、まさに幸せの極致だろう。だが当事者たる高木春道少年は、微塵もそんな考えを持ってなかった。
  好きなテレビアニメを見ても妙に楽しくなく、ひとりで座る食卓は無意味に広かった。それはとても無慈悲で、まるで君は陸の孤島に住む唯一の人間なんだよと宣告されてるみたいだった。
  冷めたままのご飯を食べ、宿題をすませたら、とりたててすることもないのでひたすらボーっとしている。そんな小学生時代を終えて、中学生になると両親からプレゼントだとパソコンを与えられた。
  その頃になっても経済力はあまり変わってなく、両親は相変わらず共働きだった。
  罪滅ぼしの意識でもあったのか、パソコンに遊び相手をしてもらえということだったのか。意図は未だにわからないが、両親が知り合いから譲ってもらったパソコンが春道の大親友となってくれた。
  パソコンとプログラムの楽しさにハマり、高校生になればバイトをして、新たなハードやソフトウェアを購入した。
  こうした学生時代を通過して、今の高木春道という人間が形成された。
  友人はいないわけではないがそれほど多くなく、人付き合いはあまり得意ではない。だからこそあまり人と顔をあわせなくてすむ、在宅でのプログラマーなんて職業に落ち着いたのだ。
  他人の目からは寂しい人生に見えるかもしれないが、後悔はしていない。天職だと思える職業に出会え、ご飯も食べれるだけの収入もあるのだ。もっとも今現在はイケメンホストよろしく、ヒモ同然の生活をしているが。
  とその時、唐突に背後で物音がした。驚いて振り向くと、松島和葉がようやく帰宅をしたようだった。
「どうしたんですか、こんなところで」
  春道とは違い、さして驚きもせずに和葉が声をかけてきた。
  返事をするまえに、春道が持っていた風呂道具を見て、なるほどと頷く。
「銭湯に行ってきたのですね」
  何故、家風呂を使わなかったのかとは聞かれなかった。お互い不干渉を約束しているからか、単に興味がないだけなのか。
  恐らく後者だろうなと春道は思った。松島和葉という女性は、とても綺麗なのだがどこか冷めた目をしている。今風に言えば、クールビューティとでも形容するべきか。とにかく、並の男では近寄れない雰囲気を漂わせている。
  春道にしても、向こうから声をかけられてなかったら、とてもこうして会話ができる関係にはなれなかっただろう。通常とは違う特殊な関係ではあるものの、一応は夫婦なのだ。
「今、仕事の帰り?」
  答えはわかりきっていたが、なんとなしに聞いてみる。
「ええ、そうです」
「いつもこんなに遅いんだ」
「早めに帰宅できる場合もありますが、基本的に遅番という夜のシフトをこなす機会が多いです」
  別に答える理由はないのだが、質問に対して松島和葉は丁寧な答えを返してくれた。
「じゃあ、あの子はいつもひとりで?」
「葉月ですか? そうですね、今日みたいなケースではそうなりますね。でもきちんと夕食は朝のうちに作って冷蔵庫に入れてありますので、心配はないと思います」
  なるほどと春道は頷いた。要するに春道に食事を提供してくれるパターンと一緒なのだ。
「……子供は苦手だと伺ってましたが」
「え? ああ、苦手だ。嘘を言った覚えはない。それがどうかした」
「いえ、葉月を心配してくださってるような発言でしたので」
「それで本当は子供好きなんじゃないかって思ったのか」
「そこまでは……ただ何となく気になったものですから」
「その台詞のとおりだ」
  春道がそう言うと、松島和葉は「え?」と顔にハテナマークを浮かべた。
「俺も小さい頃は両親の帰りが遅くてね。いつもひとりきりで飯を食ってたんだ。当時の俺になんとなく状況が似てる気がしてさ。それでさっきの言葉どおり、何となく気になっただけだ」
  和葉は春道の答えに、素直に納得してくれたようだった。
「あの……」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
  不意に松島和葉が顔を俯かせ、玄関に沈黙が舞い降りた。気まずくなった春道は部屋に戻って仕事をすると告げて、やや急いで靴を脱いで二階に上がっていく。
  その途中で頑張ってくださいと、和葉の小さな声が春道の背中に届いてきたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 15:04:30 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 9

 自分でも気持ちの整理がつかないうちに、春道は血の繋がってない娘と並んで外を歩いていた。日中なら近くのスーパーが営業してるので、そこへ行くつもりだった。松島母娘と、二度目の対面を果たしたあの店だ。
  道順は葉月も知ってるらしく、先導するかのごとく少し前を歩いている。
  表情どころか、全身から一緒にお出かけができる嬉しさみたいなオーラが放出されていた。ここまで喜んでもらえると、子供が苦手な春道もさすがに悪い気はしない。
「パパとこうしてお出かけするの、ずっと夢だったんだ」
「そうなのか」
「うんっ。ママから初めてパパがいるって教えられて、写真を見せてもらってからはずっと頭の中で想像してたの」
  もう一度春道は「そうなのか」と同じ台詞を返した。愛想がないわけでも、少女を嫌ってるわけでもない。本当にそれ以外の言葉が思いつかなかったのである。
  学校でいじめられ、友達もおらず、頼りの母親は深夜まで帰ってこない。辿り着いた暇つぶし方法こそ、想像世界でのひとり遊びだったのである。
  引越し当日、作業の邪魔をしないよう遊びに行って来いと春道は言ったのだが、もしかしたら凄く残酷な要望だったのかもしれない。
「学校は楽しいか」
「うん。友達もたくさんいるし、凄く楽しいよ」
  ニッコリ笑顔で葉月が答えた。春道がいじめの事実を知ってるとは夢にも思ってないのだろう。恐らく母親の松島和葉にも、心配をかけさせまいと同じように言ってるに違いない。
  まだ十歳にもなってないのに、まるで大人みたいな心配りの仕方だった。
  子供なんて憎たらしいぐらいにしか思ってなかった春道に、急速に少女への同情心が芽生えていた。
  父娘らしく手を繋ぎ、スーパーを目指す。傍から見る分には、本物の親子に見えてるだろう。しかし実際には違い、まだ親子関係に慣れてない春道は顔が赤くなるほどに照れていた。
  顔面が火照ってるのが自覚できるだけに、急いで気分を落ち着かせようとする。このままではまるで変質者だ。
  葉月との会話には上の空になってしまったが、努力の甲斐あって目的の店に到着する頃には平常心に戻っていた。
「このお店にママと来た時、パパと会ったんだよね。きっとまた会えるって思ってたから、葉月はすっごく嬉しかったんだ」
  当時の喜びを表現するかのごとく、少女はその場でピョンピョン飛び跳ねる。さらに言葉を続けた葉月は、スーパーに来るのはそれ以来だとも教えてくれた。
  松島母娘と、この店で偶然の再会をしたのは二週間近くも前である。
  少女がひとりで外出した形跡はほとんど見られないだけに、もしかしたらそのあいだはただ学校と家を往復する日々だったのかもしれない。
  引きこもりも仕事の一部になってるどこかのフリープログラマーじゃあるまいし、不健康極まりない生活である。
  しかも登校すればいじめられ、家へ帰ればひとりぼっち。精神科医じゃない春道でも、この調子なら遠くない将来に少女が鬱病になる可能性が高いとわかる。
  他人の家庭問題なのだからと、割り切れれば楽にはなれる。なのに実行できそうにないのは、知らないうちに葉月へ情が移ってしまったからだろうか。
「それで、パパは何を買いに来たの」
  自分は一体どうするべきかと悩む春道に、葉月が明るい声で聞いてきた。出かける前に一瞬だけ見せた落ち込んだ表情が、今ではすっかり消えている。どうやらこの買物は、彼女にとっても気晴らしになってるらしい。
  先々のことはわからないにしても、今はそれで充分かもしれない。単純に春道は思った。
「買いに来たのは、ジュースやお菓子さ」
  入口付近に積み重ねられている、買物カゴを左手でひとつ取りながら答えた。
  ジュースとお菓子。子供なら誰でも喜ぶ単語に、葉月もパッと表情を輝かせた。
「パパもそういうの食べるんだねー」
「そりゃ、そうさ。いくつになっても、美味しいものは美味しいからな」
「うん、わかるよ。葉月もチョコレートとかプリンとか大好き」
  女の子らしく、甘い食物の名称が横からポンポンと出てくる。
  楽しそうな少女を連れて、真っ直ぐ春道は目的地であるお菓子やジュースのコーナーに突き進む。何回も利用してるだけあって、店内の間取りはほぼ正確に頭の中へインプットされていた。
  迷わずに飲料水コーナーへ到着すると、缶のコーヒーやらココアやらをまとめて二十缶はカゴに入れる。
  大量買いに縁がなかったのか、初めて見たかのような驚きぶりを葉月が示した。
「次は菓子だな」
  すぐ側にあったスナック菓子売場で、これまた大量に確保する。あっという間にカゴは満杯になり、筋力トレーニングでもするつもりかぐらいの重さになる。
  これで春道自身の買物は終わったが、ツカツカと歩いていき、あるデザートを最後に二個カゴに入れた。子供に大人気のビッグサイズプリンである。
「一個は……お前にやるよ」
  言葉のあいだにわずかな間を入れて春道が伝えると、飛び上がらんばかりに少女が喜んだ。人目も気にせずにおおはしゃぎである。
「本当!? 本当にいいの」
「ああ、約束だ」
「ありがとう」
  ぴょんぴょん飛び跳ねながら、何度も何度もお礼の言葉が口にされる。よほど嬉しかったのだろう。そんな少女の姿を見ていたら、不意にまた昔を思い出した。
  たまに母親が早く帰ってきて、買物に行くと聞くと、荷物持ちをするなどと理由をつけてとにかく一緒に行きたがった。
  当時は小学校の低学年だったので、荷物持ちとしてたいした戦力にはならなかったが、それでも母親は春道の言葉に微笑んで頷いたものだった。
  近所のスーパーでおまけ付きのお菓子をねだり、一個だけ買ってもらう。小学生だった春道少年は、それが楽しみで仕方なかった。
  状況は多少違っているが、あの時の母親も今の春道と同じ、微笑ましい気持ちになっていたのかもしれない。
  そこまで思ってから春道は苦笑いをする。子供が苦手だと自負してるくせに、これではまるで子供大好きの親バカである。
「どうかしたの」
  小首を傾げて見上げる葉月に、春道は何でもないと答えてレジへと向かう。生活環境が変わったせいで、心の調子が少し狂ってるのかもしれない。
  プリンを買ってやる時、途中で一瞬言葉を詰まらせたのも、相手の少女を名前で呼ぼうかどうか悩んだせいだった。結局面と向かって名前で呼ぶのは照れ臭くて、お前なんて無骨な言い方になってしまったが。
  レジで会計を済ませると、レジの女性が商品を入れてくれた袋からプリンを一個だけ取り出して、そっと少女に手渡した。
 
  一緒に店を出てからも、まるで宝物を扱うように両手で大事に持っている。時折じーっと手の中のプリンを見つめては、何かを思い出したかのように無邪気な笑顔を見せる。
「そんなにプリンが好きだったのか」
  あまりに同じ光景が繰り返されるため、たまらず春道が聞いた。
「違うよー」
  楽しげな笑みを浮かべたままの少女が、ブンブンと小さな顔を左右に振った。
「プリンも大好きだけど、それよりパパに買ってもらえたのが嬉しいんだよ」
  なんとも泣かせる台詞だった。考えてみれば、子供だった頃の春道もお菓子やおまけなんかより、母親が自分のためにお菓子を買ってくれた事実の方が嬉しかったのかもしれない。
  幼少時代の自分の姿が脳裏に蘇ってくると同時に、その時の親の気持ちまで流れこんでくるようだった。
  共働きで忙しいなりにも、子供のことをきちんと両親は考えていたんだなと再認識させられる。子を持って初めて親の考えや心情がわかると言われるが、実際そのとおりかもしれないと春道はつくづく実感していた。
「うふふ、楽しみだなー」
「楽しみにするのはいいけど、ちゃんと夕食後に食べるんだぞ。甘いものを先に食べると、ご飯を食べる量が減ってしまうからな」
  言い終えて、また苦笑いをする春道。今の台詞は、自分の子供時代に散々口うるさく両親から言われたものだった。それをまさか、春道自身が口にする日がこようとは夢にも思ってなかった。
「わかってるよ。ママにもよく言われてるしね」
  返ってきた反応も、当時の春道のとよく似たものだった。もっとも、隣を歩いてる少女の方がずっと素直な性格をしてはいるが。
  和やかな雰囲気のまま、松島家――葉月にとっては自宅に到着する。厳密に言えば、春道にとっても現在の自宅なのだが、まだそう呼ぶ気にはなれなかった。自分は居候であるという認識が未だに強いからだ。
  家の中に入ると、春道は仕事をすると少女に告げて、二階にある己の居住区へと向かった。葉月は名残惜しそうにしてたが、わかったと返事をして、改めてプリンのお礼を言ったあと部屋で宿題をすると教えてくれた。
  冷蔵庫に缶ジュースを一本だけ除いてしまいこみ、菓子類を専用の場所に置いたあとで春道は敷きっ放しの布団の上に座った。差し迫った仕事はないため、いるのはDVDデッキ等が揃ってる私室だ。
  仕事に関してはひと段落してるのだから、別に葉月と遊んでやってもよかったのだが、これ以上彼女と一緒にいると、さらに情が移りそうで怖かったのだ。
  同じ屋根の下に住んでるものどうし、仲良くなっても住みにくくなったりはしない。ただ仲良くなりすぎると別れが辛くなる。もしかしたら、それを危惧して松島和葉は相互不干渉を決めたのかもしれない。
  いつになるかは不明だが、離婚すると決まってる人間と必要以上に親しくなっても、お互いに得は少ない。
  であるならば、どこかで一線を引いて付き合った方が、最終的に受けるダメージをいくらかは軽減できる。
  これからは不用意な行動や言動には気をつけるようにしよう。そう決意した春道は、とりあえず仕事で溜まったストレスを癒すため、缶コーヒーとスナック菓子をお供に、今度こそDVD観賞を始めるのだった。

 一本、二本と見終わり、夕食をとったあとで三本目を見ようかと思ってると、珍しく私室のドアがノックされた。
  もしかしたら葉月だろうか。春道は廊下にいるであろう人物に対して「どうぞ」と告げた。
  ドアが開かれ、室内に入ってきたのは松島和葉だった。
「部屋に鍵をかけたりはしないのですか」
  春道が用件を尋ねる前に、逆に和葉から質問されてしまった。
「一応は企業秘密の資料なんかもあるから、仕事部屋には鍵をかけてるさ。私室にはわざわざかけておく必要もないだろ」
  この家に住んでるのは松島母娘と春道の三人だけ。ふたりとも寝込みを襲うタイプではないし、今のところ命を狙われる理由も見当たらない。
  基本的に戸締りはしっかりと和葉がしてるだけに、家外から侵入者がやってくる可能性は極端に低いはずだ。
「そうですか」
「まさかそれを聞くために?」
  静かに松島和葉が首を左右に振る。元気いっぱいの娘とは対照的な動作だ。
「お礼を言いに来たのです」
「お礼?」
  最初、相手が何を言ってるのかピンとこなかった。和葉には世話になりっぱなしで、世話をした記憶は一切ない」
「プリンの一件です」
  そう言われて、ようやく昼間の出来事を思い出した。見ていたDVDがなかなかに面白くて、すっかり忘れてしまっていたのだ。
「食後にどこからかプリンを取り出してきて食べ始めたので、どうしたのと聞いたらパパ――高木さんに買って頂いたと」
 
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 楼主| 发表于 2009-4-25 15:05:12 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 9

食後の娘の様子がわかったということは、今日は早めに返ってきていたのだろう。そう言えば、現在時刻もまだ午後八時前だ。
「冷蔵庫に閉まっていたみたいで、とても美味しそうに食べてました」
「それは良かった。それとも余計なお世話だったか」
「いえ。あの子も喜んでいたようですから」
  表情を変えずに、淡々と和葉が言葉を続ける。
「そこでお礼を言うついでに、代金をお返ししようと思いまして、お邪魔させていただきました」
「代金って……いいよ、そんなの」
  パタパタと右手を振りながら春道が答えた。買ってやったと言っても、百円ちょっとのプリン一個だけである。
  確かに春道の年収は大手企業で役職についてる和葉より少ないだろうが、そこまで金にガツガツしてるわけでもない。それに、あれはあくまで葉月へのプレゼントだったのだ。
  理由もきちんと説明したのだが、それでも松島和葉は納得してくれなかった。
「貴方に結婚してほしいと頼んだのは私ですが、何も本当の家族になってほしいと頼んだ覚えはありません」
  まるで謎かけのような台詞を和葉が告げた。目は真剣そのもので、適当な気持ちで言ったりしてないのは明らかだった。
「私はあの子とふたりだけで生きていければよかったんです。それがあの子を傷つけまいとついた嘘から、こんなことになってしまうとは夢にも思いませんでした」
  自分の不在時に、愛する娘にちょっかいをだされたのが不愉快なのか、棘のある言葉がズバズバと唇から繰りだされる。
「自分がついてしまった嘘である以上後にはひけないので、やむを得ず夫婦となる道を選択しました。ですがご承知のとおり、私と高木さんは何も大恋愛をして今の形に落ち着いたわけではありません」
「それはわかってる。この生活はあくまでお互いの損得勘定に照らし合わせた結果生まれたものだ。離婚してほしいと言われれば、俺はすぐにでも応じる」
  春道の言葉を聞いた和葉が頷く。
「それにそっちの魂胆も大体読めてる。俺に無愛想な態度をとらせて、あの子が持ってる父親像を壊そうとしてるんだろ。そうすれば、予定してる期間よりずっと早く母娘だけの生活に戻れる」
「そこまでご理解していただけてたのでしたら、改めて私から申し上げることはありません」
  悪びれもせず、春道の目を見据えたまま松島和葉はそう口にした。
  たいした女だと春道は思った。隠していた本心を知られてもなお、狼狽した様子を微塵も見せずに相対してるのだ。
  いや、もしかしたらすでに自分の意図が見破られてると想定してたのかもしれない。バレてなければ変わらず接しておけばいいし、そうでなくても対応はさして変わらない。あくまで春道が和葉との結婚に応じたのは、待遇の良さにあると知ってるからだ。
  春道にしても、松島和葉が好意を寄せてくれてるなんて微塵も思ってない。利害関係の一致のみによる仮面夫婦。そんな現実は百も承知だった。
「頭の良い高木さんなら、何も言わなくても察していただけますよね」
「要するに、お嬢ちゃんとあまり関わるなってことだろ」
  和葉が頷く。やはり表情は変わらない。
「冷たい女だとお思いでしょうが、これもあの子のためなのです。仲良くなり、高木さんを慕えば慕うほど、別れの時はよりショックが大きくなるでしょう」
  そのあとで和葉は、万が一真実を知られてしまった場合もと付け加えた。それに関しては同感だったので、特に春道に反論する理由はなかった。
「わかった。これからは気をつける」
  春道が言うと、ようやく松島和葉が少しだけ笑顔を見せた。
「ではプリンのお金を――」
「それはいらないと言った。代わりにこれをやるよ」
  相手の台詞を途中で制し、春道はズボンのポケットに入れたままにしてあった一枚の紙切れを和葉に差し出した。葉月と出かける前に玄関で拾った、悪口が書かれたあのメモ紙である。
「いけません。こちらがお世話になったお返しに来ておいて、さらに物を受け取ったりなどとてもできません」
  何を勘違いしたのか、そう言って松島和葉が首を左右に振った。
「紙切れ一枚を他人へのプレゼントにする人間なんてそういないだろ。これは恐らく葉月が落としたものだ」
  娘の名前が出たことで、和葉の視線がスッと鋭さを増していく。
「そこまでわかってるのなら、どうしてあの子に返さず、高木さんが所持してるのでしょうか」
「非人道的な行為だと責めるのも結構だが、まずは中身を見てみろよ。それで理由がわかる」
  どうしようか少し思案してたようだったが、結局促されるままに和葉はクシャクシャのメモ用紙の中身に目を通した。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 16:37:16 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 10

「これは――」
  書かれていた内容を知った松島和葉が、驚きに満ちた声とともに目を見開いた。
「こんなの……あの子、一度も……」
  成熟した女性らしく、色っぽい唇がショックでわなわなと震えている。
「いじめられてるなら、ひと言相談してくれてもよかったのに、どうして黙って……」
「心配をかけたくなかったんだろ」
  春道には葉月の気持ちが、痛いほどよくわかった。
「どうしてそんなことがわかるんですか」
「俺も同じだったからさ」
  相手から視線を外し、少し俯き加減で呟いた。それは春道の中で、あまり思い出したくない出来事の部類に入るからだ。
「小学生の頃、いじめられた経験があるってだけだけどな」
  いまいちピンときてなさそうだった松島和葉に説明の言葉を付け足した。
  どう返したらいいのかわからず、困ったような、それでいて悲しそうな顔をしている。ポーカーフェイスな彼女にしては珍しい反応だった。もしかしたら同情してるのかもしれない。
「そんな目で見るのはやめてくれ。昔の話だ。それより、娘の現状をどうにかするために知恵を絞らないといけないんじゃないか」
「わかりました。この情報を教えてくださって感謝します」
  そう言うと松島和葉はテーブルの上に千円札を一枚置き、そのまま立ち去ろうとする。
  春道が「オイッ」と慌てて声をかけた時には、すでにバタンと音を立ててドアが閉まっていた。
  部屋にやってきた当初から床に座らず、立った状態で会話をしてたので、行動に移る速度がかなりのものだったのである。
  本意ではないが、こうなってしまっては仕方がない。松島和葉はいなくなってしまったが、一応お礼を言ってから春道は千円札を手に取ったのだった。

 翌日は午前中から松島母娘はいなかった。葉月は学校へ行ってるので当然なのだが、和葉は珍しかった。いつもなら掃除をしてる音や、洗濯機の音が聞こえてきたりする。
  それがない理由はたたひとつ。外出してるのだ。今日に限ってシフトが朝だったのかどうかは不明だが、とにかく家にはいなさそうだ。
  仕事がひと段落したおかげで、昼夜逆転の生活を元に戻すのに春道は成功していた。現在時刻は午前十時。春道からすれば立派な早起きである。
  例によって冷蔵庫から食料を取り出していると、玄関のドアが開く音がした。松島和葉が外出してるのであれば、きちんと鍵をかけてるはずなので、合鍵を持ってる母娘のどちらかが返ってきたのだろう。
  昨夜、改めて必要以上に関わるなと忠告されてるので、朝食を持った春道は気にせずに自室へと戻る。
  腹も減っていたので早速ガッついていると、廊下から足音が聞こえてきた。葉月はこれまで二階へ来たことはないので、どうやら帰宅したのは和葉だったようである。
  ドアがノックされ、春道が入室を促すと、現われたのは予想どおりの女性だった。
「美味しく頂いてるよ」
  食事中だった春道は持っていた茶碗を軽く掲げ、私室にやってきた松島和葉に声をかけた。
「お口にあってるのでしたら、何よりです」
「味には満足してるよ。料理が上手なんだな。で、今日はどうした」
「はい。今朝、学校へ行ってきまして、担任の先生にいじめの件についてお願いしてきたところです。高木さんにはお世話になったので、一応ご報告をと思いまして、失礼ながら伺わせていただきました」
  相変わらず事務的な口調で告げたあと、話はそれだけですと言い残して、足早に退室していってしまった。
  娘がいじめられてる情報を提供したのが春道だけに、経過を報告する義務があると判断したのだ。大手企業の役職者らしい律儀な性格である。
  朝食を平らげたあと、食後の缶コーヒーで食休みをとる。
  放っておけと言われただけに何もするつもりはないが、恐らくいじめは止まらないだろうと考えていた。もしかすれば――。
  そこまでで、春道は思考するのを止めた。手出ししない人間が、あれこれ悩んでもしょうがないからだ。それに松島和葉が選択した対応策で、いじめがおさまる可能性もある。
  松島母娘のことを頭から放り出し、春道は仕事の合間に得られる数少ない休日を堪能しようと決めたのだった。

 午前中からDVD観賞に精を出し、昼ごはんを食べてからは、ゆっくりと好きな作家の小説を読んでいた。
  平和な生活が続くはずだった午後に、突然の異変が訪れた。
  この家は田舎にあってなお、商店街から少し離れた場所に建っているので、周囲の喧騒が気になったりなどほとんどない。なのに、今日に限ってはやけに外で子供たちの声が響いてるのだ。
  何事だと思って窓から玄関前を覗いて見ると、ひとりの少女が複数の男子小学生に追われているところだった。
  遠くからでは判別しにくいが、恐らくは小石を投げつけてくる相手に怯えながら、追われてる同じ小学生の少女は急いで松島家の玄関の鍵を開け、家の中へと逃げ込んだ。いじめられてたのは、この家の住人である松島葉月だったのだ。
  まだいじめ足りないとばかりに、三人のランドセルを背負った男児たちは、家の周りをウロウロしながら何事か叫んでいた。
  せっかくの休日を楽しんでいる春道にとっては、うるさいことこの上ないのだが、松島家の問題にタッチしてほしくないという和葉の意向は無視できない。
  男児たちを放置したまま観察していると、篭城した葉月を外に引っ張り出すのは難しいと判断したのか、最後に何事か捨て台詞を叫んで帰って行った。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 16:37:44 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 10

嵐が去って多少は恐怖が和らいだのか、ようやく一階から物音がし始める。
  多分部屋にこもって泣いたりするんだろうなと思ってると、意外にも葉月は二階へと向かってきてるようだった。シンとした状況で読書してただけに、室外の様子がはっきりとわかるのだ。
「……パパー」
  さすがにいつも変わらない調子で呼ぶのは無理だったようで、その声には少女が本来持ってる明るさはなかった。
「……こっちの部屋にいる」
  一瞬どうしようか迷ったが、無視するのもかわいそうなので、一応用件だけでも聞いてやろうと呼びかけに応じた。
  春道の声が聞こえたのか、真っ直ぐ少女は私室へと向かってくる。遠慮気味にドアが開かれ、松島葉月が部屋に入ってきた。
「あ、あのね……」
「――悪いけど、少し休憩してるだけで、すぐに仕事へ戻らないといけないんだ。用があるなら和葉――ママが帰ってきたら伝えておいてくれ。そうすれば後で聞く」
  用件を切り出す前に春道からこの場で聞くつもりがない旨を告げられ、少女は絶句してしまっていた。
  かわいそうな気がしないでもないが、家主である和葉の指示だけに、不用意に相談に乗ってやるわけにもいかない。
  それでも何事か言いたそうにしていたが、春道が目もあわせないでいると、やがて蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」とだけ口にした。
  部屋に来た時よりも、暗く沈んだ顔で退室する少女を春道は黙って見送る。これでいいんだという気持ちと、彼女への同情心が春道の中で対立して激しい渦を巻く。
  だが戸籍上は本当でも、真実の意味で自分は本当の家族ではないのだ。そう言い聞かせて、なんとか自分自身の気持ちを落ち着かせる。
  それにしても、やはり松島和葉の選択した方法は逆効果だったか。半ば予想していたので、結果に驚きはしなかった。
  恐らくは和葉に抗議を受けた担任教師あたりが注意したのだろうが、いじめっ子たちはそれが気に入らなくて葉月に報復を開始したのだ。
  実情を知らない男子小学生たちは、松島葉月が教師に告げ口をしたと思ってるに違いない。
  チクるなんて生意気な奴だと、いじめはさらに教師の見てないところで、巧妙さを増しつつエスカレートしていくはずである。
  何故ここまで詳しく想像できるのかと言えば、他ならぬ春道自身の経験談だからだ。
  いじめをなくすには常に一緒にいて、共に戦ってくれる親友を作るか、いじめっ子たちを味方につけるかのどちらかしかない。
  突き詰めれば他に方法は沢山あるのかもしれないが、春道の人生経験に基づいた解決策だった。ちなみに春道の場合は前者のパターンでいじめを克服しており、その友人とは未だに親しくしている。
  松島和葉が娘のためにと選んだ対応策は、決して間違ってはいない。成功する可能性が必ずしもゼロではないからだ。
  しかし、教師に口頭で注意されたぐらいでおさまるのなら、昨今のいじめが社会問題になったりはしない。むしろ逆効果になってしまうパターンがほとんどだ。
  仮に熱血教師が、体罰で心と体の痛みをいじめっ子側に教えようとしても、現実にそんな真似をすれば、凄まじい速度でPTAやら何やらが学校に乗り込んでくるだろう。昔と違って、教師が校内のいじめを抑えるのはかなり難しくなっている。
  それなのに教師を頼ったということは、よほど松島和葉は平和な学生時代を送ってきたのだと簡単に推測できた。
  三十路まであと少しなのに、すっぴんでもあれだけの美貌である。きっと幼い頃から学校のアイドルとして、周囲からもてはやされてた可能性が高い。
  加えて、今の歳にして大手企業で役職をもらってるのだから、学歴もあれば能力も確かなのは明らかだ。
  こんな人間をいじめようと考える人間はまずいない。仮にいたとしても、強固な意志を持ってる女性だけに、己の力だけで解決したりしても不思議ではない。
  いじめても面白みがない人間に対しては、いじめる側もすぐに興味を失う。加害者がいじめをする理由は単純だ。もっとも多いと思われるのが、楽しいからなんて理由だろう。
  次にありそうなのが、好きな異性に対するちょっかいから、次第にエスカレートしてしまうケースだ。原因が後者であれば、ふとしたきっかけでおさまる場合がある。
  質の悪いのが前者のパターンだ。首謀者が飽きるまでいじめは続けられ、飽きたら飽きたで別の標的を定めて新たないじめを展開する。テレビのニュースで話題になるのは、高確率でこのケースである。
  春道は松島葉月に関しては、最悪のパターンではないと予想していた。楽しいだけの理由だとすれば、もっと葉月を困らせる要求をするはずだ。例えば金銭なんかも該当する。
  葉月の様子を見てると、結構長期間いじめられてそうなのに、金銭を要求されたりはしてなさそうである。
  されていれば、とっくの昔に小遣いでは間に合わなくなり、最終的に親の財布から抜き取ろうとする。
  見るからにしっかり者の和葉が、お金にルーズだとは考えにくいため、そんな真似をしようものなら一発でバレること間違いなしだ。
  そこまで切羽詰まってる状況になってたら、とてもじゃないが父親をどうこうと言ってる場合ではなかったはずだ。
  とはいえ、このまま放置しておいても大丈夫とは決して言えない。現に松島葉月は憔悴しきった表情をしてたし、いじめっ子グループもわざわざ自宅まで追ってきたのだ。
  俺はいつから、こんなにお節介な性格になったんだろうな。気づけばもどかしい気持ちを抱いて、悶々としてる自分自身に春道は苦笑する。この家に住ませてもらってから、何度同じことを自問自答しただろう。
  わかったのはどれだけ孤独を愛してたとしても、そう簡単に人間は情を捨てられない事実だった。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 16:38:15 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 11

 気づけばいつの間にか夜になっていた。空腹に負けて考えるのを止めるまで、春道は数時間もひとりで悩んでいたことになる。しかも自分以外の人間の問題についてだ。
  考えるのも疲れたので、夕食をとろうと廊下に春道が出た時、丁度松島和葉が帰宅したようだった。まだ午後八時前であり、彼女の帰宅時間からすれば比較的早い部類に入る。
  冷蔵庫から夕食を取りながら、春道は耳を澄ましてみた。もしかしたら、母娘でひと悶着あるかもしれないと思ったからだ。
  教師に密告したという理由で、葉月は更なるいじめを受けた。しかし当の彼女はそんな行動をした覚えはない。
  となれば、いきつく結論はただひとつ。自分ではない誰かが、担任にいじめの実態を報告したのだ。いかに鈍感な人間でも、ここまで条件が揃ってれば誰の仕業か気づく。
  今日の様子を見てる限り、松島葉月の味方になってくれてるクラスメートは存在してない可能性が高い。
  松島葉月にしてみれば、母親のせいでいじめの悪性度が高くなったとも言える。普通の家庭であれば、子供が親に「余計な真似をするな」と、くってかかってもおかしくない状況だ。
  この家に来てから、春道は少女が怒ってる姿を見たことがない。顔をあわせる機会が極端に少なかったせいもあるが、それでも松島葉月が怒鳴ってるシーンは想像しづらかった。
  春道の心配をよそに、一階から修羅場になってるような物音は聞こえてこない。いつもどおりの静かさが、平和だと証明していた。
  若干拍子抜けしつつも、ホッとした春道は私室に戻って夕食を平らげた。基本的に他人事だったとしても、争いは好きではないのだ。
  そのあとは食休みも兼ねて、溜まっていたDVDの観賞を始める。気になったテレビ番組をDVDに撮り溜めておき、仕事がひと段落してる期間に一気に消化する。それが春道の生活パターンの一部だ。
  仕事に精をだすようになれば、当然娯楽に使える時間は大幅に減る。好きな番組があったとしても、悠長に見てはいられない。
  医療を特集した二時間番組を見終わり、次はお笑いにでもしようかと、夜食のスナック菓子を片手にDVDの保管場所を漁る。しかし目的のDVDを見つける前に、私室のドアが何者かにノックされた。
  午後九時にもなると、少女は自室にこもってるのがほとんどだ。ましてや日中、春道に冷たく追い返されてるのだから、松島葉月が来訪する可能性は限りなく低い。
「開いてるよ」
  春道が入室を促すと、現われたのはやはり母親の方だった。
「今度は何?」
「最終報告です。先ほど葉月から、いじめが止まったと聞きました。いじめられだしたのはつい最近からだったようで、大事にならないうちに対応できたのが幸いでした。これも高木さんのおかげです。どうもありがとうございました」
「……どういたしまして」
  ペコリと頭を下げた和葉に、春道はそう言うしかなかった。家まで追い回される目にあってもなお、娘は母親に心配をかけまいと嘘をついたのだ。そこまでの決意があるのなら、彼女の嘘を覆す必要はない。
「どうかしましたか。なにやら難しい顔をしておられますが」
「いや、何でもない」
「そうですか。では、私はこれで失礼させていただきます」
  退室する前にもう一度礼をして、松島和葉は廊下へと戻っていった。
  こちらの微妙な表情の変化を見破れるのなら、娘の嘘も簡単に見抜けそうなものだが、彼女に葉月の言葉を疑ってる様子はなかった。
  娘に全幅の信頼を置いている。言葉にすれば格好いいかもしれないが、それは大人のエゴに他ならない。ひょっとしたら、子供は心の底では親が真実に気づいてくれるのを待ってるかもしれないのだ。
  すっかりお笑いのDVDなど見る気が失せ、座りこんだまま腕を組む。
  松島母娘は相手を思いやった方法を互いに選んだわけだが、結局は何の解決にもなってない。下手をすれば、事態が悪化する可能性もゼロではない。
  人間関係とはなんと面倒なものか。それでも人は、決してひとりでは生きていけない。
  などと柄にもなく哲学的なことを考えていたせいか、銭湯に行く時間が過ぎている事実に気づくのが遅れてしまった。
  ――ヤバい。急いで春道は準備を整え、駆け足で近所の銭湯へと向かうのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 16:38:34 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 11
翌朝、春道が起床した時には、すでに家には誰もいなかった。和葉はともかく、葉月は毎日いじめられるとわかってるのに登校してるのだ。学校など行っても楽しくないだろうに、たいした根性である。
  もしくは「絶対に休むな」などと脅されていて、行かざるを得ないのか。担任教師が注意をしただけに、表立っていじめられる回数は減るだろうが、今度はより陰険かつ悪質な手法を使ってくるようになる。
  いや、クラス全員がいじめに加担しているか、見て見ぬふりをしてるのなら、以前よりも堂々とやってくるかもしれない。
  とにかく、松島葉月のいじめ問題は何ひとつ解決していない。なのに、母親の松島和葉は終了した事案だと思っている。
  厄介な事態にならなければいいのだが。そう思いながら春道は洗顔を済ませ、専用の冷蔵庫から朝食を取り出す。この作業も半月ほど繰り返してると、もはや慣れたものである。
  朝食に選んだセットを私室に持ち込んで、いざ手をつけようとした春道だったが、寸前で動きをピタリと止めてしまう。調味料を切らしてたのを思い出したのだ。
  味覚に関しては人それぞれの好みがあるので、春道が使う調味料は自分で用意することになっていた。別に松島家のを使ったら駄目だとかではなく、単純に自分専用の調味料を用意することにしたのだ。
  例えば目玉焼きにしても、塩で食べる人間もいれば、醤油やソースなど様々な味付け方法がある。たかが調味料とバカにできない。
  素材の味をそのまま楽しむのも食の一興と言えなくもないが、やはりないよりはあった方がいい。背に腹は変えられず、春道は松島家の調味料を借りに行くことにした。
  幸いにして松島母娘は外出している。一階のキッチンをうろついたところで、顔を合わせる可能性はない。
  松島和葉と結婚の話をして以来のリビングとキッチンに到着する。しっかり者の彼女らしく、仕事と家事の両立を見事にこなしている。きっちりと片付けされており、すぐに散らかってしまう春道の仕事部屋や私室とはえらい違いだった。
  目当ての醤油を見つけ、誰もいない空間に一応「借ります」と声をかけてから、醤油入れを手に取った。
  さて、二階へ戻ろう。リビングをあとにしようとする春道だったが、視界の隅にある物を捉えて足を止める。
  それはゴミ箱だった。一番上にプリントのような紙が丸められて、無造作に放りこまれていた。
  本来他人のゴミ漁りをする趣味はないが、何故かクシャクシャになってる一枚のその紙が気になって仕方なかった。
  とりあえず中身の入った醤油入れをテーブルに置き、可愛らしいサイズとデザインのゴミ箱からプリントを拾う。
  どうやら少女が通っている小学校からのお知らせみたいだった。何だろうと思って紙を元に戻していくと、すぐに父兄参観の太い文字が飛び込んでくる。
  なるほどなと春道は思った。昨日の松島葉月の行動はこれのせいだったのだ。初めて二階に上がってきて春道の私室のドアをノックしたのは、いじめをなんとかしてほしかったのではなく、父兄参観があると伝えたかったのだ。
  プリントをよく見てみれば、授業参観は今日の午後二時からとなっている。
  リビングにある時計で現在時刻を確認する。午後一時を少し過ぎた頃だった。
  プリントはもっと前に貰っていたはずだろうに、遠慮からなかなか春道に話せなかったに違いない。だがプリンの一件から、少し打ち解けた雰囲気になったため、彼女からすれば一か八かでお願いしようとした。
  あくまで春道の想像でしかないが、当たってる自信は十二分にあった。決死の勇気で春道の部屋に来たところ、冷たく追い返されてしまう。相当に落胆していた様子が、クシャクシャになってるプリントから見てとれる。
  どういうわけか春道は悩んでいた。
  母親の松島和葉からは、あまり娘と深く関わらないでくれと言われている。それなのに、今から準備をしても授業開始に間に合うかどうか計算してるのだ。
  フリーのプログラマーなんて仕事をしてるだけに、人付き合いは得意じゃない。春道の性格を知ってる友人が、今の心境を聞いたらきっと驚く。お前はいつから、そんなお人好しになったんだと。
  もしくはロリコンの気でもあったのかと、白い目を向けられてしまうかだ。
  さらに悩みは深くなるが、考え込んでる間にも時計は正確なリズムとともに秒針を動かす。もはやゆっくりと思考を重ねてる余裕などなかった。
  ――やらなくて後悔より、やって後悔。どちらも後悔する可能性があるのだとしたら、いっそ何も考えずに前へ進めるだけ進めばいい。覚悟を決めた春道は醤油入れを元の場所へ戻し、急いで二階の私室へと駆け込む。
  授業参観なのだから、身だしなみくらいはきちんとして行かなければならない。久方ぶりに髪の毛をセットし、数少ないスーツに袖をとおす。手鏡を探しだし、どんな感じかチェックしてみる。
  急ごしらえにしては、なかなかである。ハンサムとは言えないまでも、決して容姿に不自由してるわけではない。きちんとした格好をすれば、しっかりとした大人になる。
  普段はラフな服装に、セットとは無縁の髪型をしてるのでモテそうなタイプには見えない。だが事実は少しだけ違う。
  異性にモテたいと願い、おしゃれに精をだしてた学生のひと頃はそこそこ女生徒からの人気もあったのだ。
  けれどある時急に、着飾って自分を偽るのがアホらしく思えた。それ以来、女性に執着しなくなった。格好をつけて相手に気を遣って、運良く恋人をゲットできたとしても、その努力を持続させなければ女性はすぐに離れていく。
  元々内気ではなくても奥手な性格だっただけに、女性を繋ぎとめておく行為や苦労が面倒臭くなったのだ。
  容姿ではなく、マメな男こそが女性にモテる。昔、誰かから聞かされた言葉だったが、歳を重ねるごとに意見の正しさを実感した。もうすぐ三十歳になるというのに、未だ春道が童貞なのがいい証拠である。
  それでもたいした問題に思ってなかった。一生を女性経験なしで終わるのも一興だと思っていたし、縁というのは自分から探しに行かなくても、時がくれば向こうからやってくるものだという持論を信じていた。
  現に少し特殊なパターンではあるが、松島家との縁は春道が望む望まないに関わらず、突然目の前に現われた。だからこそ、こうして既婚者になれたのである。さらに縁あって、自分の血を分けてないにしろ娘もできた。
  幼少時代の春道と、松島葉月の現状が似てるのも、ひょっとしたら何かの縁かもしれない。今ではそう思っていた。
  都会のホストばりにキめて、春道は家を出る。愛車に乗って、目指すは当然松島葉月の通う学校である。
  スポーツカーらしく豪快なマフラー音を轟かせ、勢いよく発進させる。腕時計をチラリと見ると、すでに授業開始時刻に迫りつつあった。ギリギリ間に合うと思っていたのだが、予想以上に準備に手間取っていたようだ。
  普段から格好つけ慣れてるのなら、そうでもなかったに違いない。しかし久しく身なりをビシッと整える生活とは無縁だっただけに、考えていたより手つきがおぼつかなかったのである。
  歩けば結構な距離でも、車という文明の産物を使えば目的地までさほど時間はかからない。田舎には似つかわしくない爆音を響かせて、車が小学校の敷地内に定められた駐車場に到着する。
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 楼主| 发表于 2009-4-25 16:43:13 | 显示全部楼层
现在看了一下发现我并没有漏掉第7章未放上来.
可是刚刚怎么都找不到---------
难道自己会隐藏??

这个小说有点长,大家慢慢读.希望各位喜欢------
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:04:57 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 12

 よほど聞きなれない音だったのか、窓際の席に座っている何人かの児童が、校舎から駐車量をチラ見してきた。
  その後春道が車から降りると、窓越しに見える児童の顔が増えていた。生徒が教室内を自由に動けてるので、なんとか授業開始にはギリギリセーフのようだ。
  だがホッとしたのも束の間だった。滅多に鳴らない携帯電話が、何をトチ狂ったのかスラックスのポケット内で暴れだしたのだ。
  授業の邪魔になれば申し訳ないと思い、事前にマナーモードにしていた。したがって、購入時から一度も変えてない着信音が鳴ったりはしなかったが、代わりにさっさと電話にでろよとばかりに本体が振動している。
  無視をしてやろうかとも思ったが、携帯電話のディスプレイに表示された名前を見て、選択できない方だと判明する。
  発信者は懇意にしてくれてる会社の社長だったのだ。小さい会社ながらも、業績を最近グングンと伸ばしてるところで、昔から付き合いがあった。
  フリープログラマーとなった春道に、初めて仕事をくれたのがこの会社なのだ。以来ほとんど専属で仕事を発注してくれる。年収の大半を占めており、これまでなんとか生活してこれたのもそのおかげだった。
  そんな理由から無視できない春道は、マナーモードになっている携帯電話の受話ボタンを押す。
「あ、高木君?」
  もしもしと応答するよりも早く、相手の声が耳に届いてきた。
「どうかしたんですか」
「いや、例の仕事に関してなんだけどさ」
  少しばかりの休みを満喫してから、とりかかろうと思っていた仕事のことだろう。まさか納期を早めてほしいなんて要望じゃないよな。内心ビクビクしながら、春道は相手の次の台詞を待った。
「ちょっと量が増えそうなんだけど大丈夫かな。その分報酬も上げるし、納期も少しくらいなら延期してもいいからさ」
「大丈夫です」
  春道は即答した。納期の変更なしで、仕事量が増えるのなら少しは考えたかもしれないが、延期してもいいのだったら話は別だ。ましてその分、ギャラもきちんと上乗せしてくれると言ってるのだから、仕事を貰ってる側からしたら断る理由などなかった。
「それは良かった。なら追加分の指示をメールで送っておくから、あとで見といて」
「わかりました。それじゃ、失礼します」
  電話を終えると、校舎内はシンとなっていた。どうやらすでに授業が始まってるらしい。用件だけ聞いて通話を早めに切り上げたはずなのだが、どうやら思ってた以上に時間がかかっていたみたいだった。
  業務上の話だった場合、第三者に聞かれたらマズいと判断して車内で通話していたので、再び春道は運転席から地面へと足をつける。
  少し遅刻してしまったな。一度ため息をついてから車にロックをかけ、小走りで授業中の校舎へと向かう。
  靴箱が並ぶ懐かしい光景の玄関を通り抜け、教室の脇を通過するたびに児童たちの元気な声が聞こえてくる。
  一階には理科室等の特別教室があり、プラスして一、二年生の教室。二階に職員室や三、四年生の教室。そして三階に五、六年生の教室等がある。
  田舎の小学校だけに生徒数はさほど多くなく、一学年に二クラスずつしか存在していない。しかも一クラスに二十数人程度だ。
  春道が小学生だった頃も児童減少が叫ばれていたが、それでも今ほどではなかった。一学年に三クラスはあったし、一クラスあたりの人数も三十人台だったと思う。
  対岸の火事みたいに思っていた少子化問題だが、こうして小学校の現状を見て初めて大変な事態なのではないかと感じる。
  とはいえ、今は将来の日本を憂いてる場合ではない。すでに授業は開始されてしまっているのだ。
  ご丁寧に廊下のあちこちに校内の案内図が設置されているので、それを見て春道は自分が行くべき教室の位置を確かめる。わざわざ授業参観用に教師たちが用意したのだろう。
  松島葉月は小学三年生なので、在籍してる教室は二階になる。止めていた歩を再び進ませる春道だったが、途中でふとした疑問に頭を悩ませる。授業参観に来たはいいが、肝心の葉月の教室が何組かわからないのだ。
  松組、竹組とある二クラスのうち、どちらに所属してるのかわからない。偶然家で見つけたプリントには書いていたはずだが、そこまで確認してなかったし、そのプリントも持ってきてはいない。
  まいったな……。そうは思っても、家にプリントを取りに戻ってる時間はない。立ち止まって悩んでても仕方ないし、いっそ勘で選ぶしかなかった。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:06:18 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 12
といっても二クラスしかないのだから、確率は二分の一である。仮に松組に入って松島葉月がいなかったら、竹組に所属してるのが確定する。春道はまず、三年松組に入ってみることにした。
  目的のクラスを発見して、いざ教室のスライドドアに手をかけると、まるで春道の到着を待っていたかのごとく教室内から女子児童の声が聞こえてきた。
「先生、松島さんだけ相手がいませーん」
  相手を小ばかにするからかい口調。もしかしたら声の主は、松島葉月をいじめてる生徒のひとりかもしれない。
  教室内でどんな授業をしてるのかは不明だが、とにかく葉月が目の前の松組にいるのだけはハッキリした。
  さらに続くからかいの台詞と、他の児童の笑い声。教師がそれを止めようとするも、あまり効果は現れていない。声の感じからして、担任は若い女性のようだ。
  教室内での様子を廊下から分析してても埒が明かないので、春道は意を決してドアを開いた。
  ガラガラと特有の音が鳴り、教室内の視線が春道ひとりに集中する。生徒も教師もシンとなり、突然の乱入者に驚いてるようだった。
  教室内を見渡せば、予想どおりに若い女性が教壇に立っている。生徒たちは机を教壇から見て横向きにし、それぞれパイプイスに座っている大人の男性と向かいあっていた。
  どうやら生徒たちの父親みたいだが、スーツ姿の人間さえあまり多くなく、春道のようにビシッと決めてる男性は皆無だった。
  もしかしてやりすぎてしまったか。雑音が止んだ周囲の様子からそう思い、少し後悔をし始めた時、松島葉月の嬉しそうな声が飛んできた。
「パパッ!」
  その言葉に、教室内が再び騒がしさを取り戻す。
「葉月ちゃんのお父様ですか」
「ええ、そうです」
  多少気恥ずかしかったが、否定したら単なる不審者なので、女性教師の問いかけに頷く。
  歳は春道よりも三つ、四つ程度は下に見える。まだ新米教師といった感じだが、その分若々しく、顔もスタイルもなかなかのレベルだった。
「それでは、娘さんの向かいのイスに座ってください。丁度、生徒たちにお父さんの似顔絵を描いてもらおうとしてたんです」
「そうなんですか」
  と言って春道は、立ち上がって手を振っている松島葉月の席へと近づいていく。他のイスは全部埋まっているのに、そこだけポツンと空席になっていた。
  どうやらひとりだけ相手がいないのを、同級生にからかわれていたようだ。そのせいもあるのか、春道が正面に座ると、松島葉月の笑顔は未だかつてないほど明るく輝いた。
「似顔絵か。カッコよく描いてくれよ」
「うんっ!」
  小学三年生にもなって、授業参観で親の似顔絵を描かせるのもどうかと思うが、学校――もしくは女担任の方針なら仕方ない。
  大体親密な学校関係者でもない春道が、こんな状況で変にツッコみをいれようものなら、教室内にいる全員に空気の読めない男と思われること間違いなしである。
  おとなしく絵のモデルになっていると、松島葉月は真剣な表情でスケッチブックに鉛筆を走らせている。真面目にやってる相手からすれば失礼かもしれないが、どことなく微笑ましく思えてしまう。
  春道は決してロリータコンプレックスなどではない。ただ、子を持つ親の気持ちが少しだけわかった気がしたのだ。
  ――ん? ふと視線を感じ、周囲を見渡すと数人の女児が慌てて春道から目を逸らした。来ないと思っていた同級生の父親――つまりは春道がやってきた事実にまだ驚いているのだろうか。
「どうかしたの」
  左右に気を配っていた春道に、可愛らしい声が目の前からかけられた。
「いや、なんでもない。それより似顔絵はできたのか」
「えへへ~」
  大切な宝物でも隠そうとするかのごとく、葉月がスケッチブックをギュッと両手で抱きしめた。恐らくもう完成したのだろう。
  春道が教室に到着して十五分程度が経っている。他の児童たちも、続々と自分の父親の似顔絵を書き終えたみたいだった。
「では、皆の作品をひとりひとり発表してもらいます」
  キリのいいところで女担任が両手を叩き、似顔絵を描く時間を終了させた。
  出席番号の若い順から黒板の前に呼ばれ、教卓の上で作品を発表していく。
  なんと言えばいいのか、非常に小学生らしい完成品の数々にどこか和やかな気分になっていた。春道が日頃接する絵といえば、グラフィックデザイナーが手がけたアートばかりだからかもしれない。
  そんな感想を抱いてる間に、いよいよ松島葉月の番となった。しっかりと両目で春道を見つめながら、誇らしげにスケッチブックを教卓に乗せる。
  児童の父親たちから「おおー」と感嘆の声が漏れた。元々デザイン系の素質でもあるのか、小学校の低学年とは思えないくらい上手だった。
  無論、プロの作品と比べるのは失礼にしかならないレベルだが、それでもこれまで見てきたクラスメートたちの作品の中では群を抜いている。
  娘さんの作品はどうですかと女担任に尋ねられたので、春道は「ええ、とても上手です」と答えて拍手をした。
  すると他の父親たちからも拍手が起こり、照れくさそうにしながらも、松島葉月はまんざらでもない様子だった。
  最後に子供たちから父親に似顔絵がプレゼントされ、父兄による授業参観は幕を閉じた。今日だけは掃除も免除され、児童たちは父親と一緒に帰ることが許された。
  春道もそうしようと思っていたところ、女担任に突然呼び止められた。用件を尋ねると、どういうわけか女性教師は頬を朱に染めてもじもじとしている。
「あの……失礼ですが、葉月ちゃんのお父様はどんなお仕事をなさってるのですか」
  春道の職種が葉月と何の関係があるのかと思ったが、担任教師からの質問だけに邪険に扱ったりもできない。
「フリーでプログラマーをしています。昔からPC関係は強かったので、気づいたら今の仕事をしていました」
  そう言ってガラにもなく愛想笑いを浮かべると、女担任の顔の赤みが一段と増したようだった。
「そうなんですか。以前に葉月ちゃんから、お父様はお仕事が忙しくて遠くにいるのだと伺っていたものですから」
  聞けば松島葉月の入学時から、ずっと担任はこの女性教師が務めてるとのことだった。
  生徒数も多くない学校だけに、特別な事情がない限りは同じ教師が複数年担任をするらしい。
  それなら大層仲が良いのかと思いきや、松島葉月はあまり担任に懐いてるようには見えなかった。
  それも当然かと春道は思う。担任教師と仲が良かったら、葉月がいじめられてる問題についてもっと真剣に取り組み、いじめが拡大するのを防いでくれていたはずである。
  現在こうして向かい合っていても、相手の口から紡がれるのは雑談ばかりで、いじめのいの字もでてこない。松島和葉が娘のいじめについてクレームをつけたのだから、事情を知ってるはずなのにである。
  さらに女担任が何事か口にしようとした時、思いがけない人間から声をかけられた。葉月の同級生の男子児童である。その顔にどこか見覚えがあるなと思っていると、素早く松島葉月が春道の背に隠れた。
  葉月の行動で相手の正体を思い出す。春道の記憶が確かならば、松島家前までやってきて、執拗に葉月をいじめようとした男子児童のひとりだったはずである。
「プログラマーってことは、ゲームとかも作ったりするんですか」
  いじめっ子らしく生意気な口をきくだろうと想定していたのに、男児は春道の予想を裏切って丁寧な言葉遣いで尋ねてきた。
  よく見れば背後には仲間らしき男児も2人ほどいる。保護者の姿が見えないので、恐らく子供たちを残して先に帰ったのだろう。
  どことなく緊張してるような男児たちからは、それほど悪辣ないじめっ子である印象は受けない。
「そうだな。そういった種類の発注も受けたりはするな。例えば――」
  相手の態度がわりかしきちんとしていたので、春道もそれなりに対応し、自分が手がけたゲームソフト名を二つほど教えた。
  有名メーカーの作品ではなく、あまり大作でもなかったが、どちらもそこそこ売れたタイトルだった。男子生徒たちも知ってたらしく、一様に目を輝かせて「すげー」などと小学生らしく感激する。
  この状況はうまく使えるかもしれない。そう判断した春道はその場にしゃがみこみ、男児たちに目線の高さを合わせた。
「君は葉月の友達なのか」
  春道が事情を知ってると思ってない男児たちは「はい」と元気よく返事をする。
  そんなの嘘だと言いたいのか、背後では松島葉月が春道のジャケットの裾を強く握り締めてきた。
  両者の対応に内心苦笑いを浮かべながら、春道は言葉を続ける。
「なら安心だな。実は娘が学校でいじめられたりしてないか、とても心配だったんだ」
  この台詞に、男児たちがギクリとして顔色を変える。見れば、成り行きを見守っている女担任も同様だ。もしかしたら、この女教師は積極的に生徒間の問題に対処してないのかもしれない。
  悪質ないじめをする児童はもちろん悪いが、しっかり注意できない担任教師も問題である。もっとも、モンスターペアレントなんて言われる非常識な保護者が増えてきた昨今では、仕方のないことなのかもしれない。
  とにもかくにも、松島葉月を娘と呼ぶのに多少の照れを感じながら、春道は彼女がいじめられなくなるための工作過程を進行させる。
「君らが仲良くしてくれてるのなら、娘もいじめられる心配はないな。仮にいじめられてたとしても、守ってくれるよな」
「も、もちろんだよっ」
  実は自分たちがいじめをしてる張本人なんです。そんな台詞が言えるはずもなく、男児たちは揃って元気よく首を上下に振る。
「あ、あの、こ、今度遊びに行ってもいいですか」
「葉月がいいと言うならな」
 
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:06:51 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 12


恐る恐る尋ねてきた男児のひとりに対して、キッパリとした口調で春道は告げた。
  児童らの目的はわかっている。制作途中や新作のゲームがないか、春道の仕事場を見学したいのだ。
  自分たちの目的を達するには葉月の機嫌が第一条件だと教えてやった以上、男児たちが彼女をいじめたりする回数は激減するだろう。もしかすれば点数稼ぎのために、他の児童たちによるいじめから松島葉月を本当に守ってくれる可能性もある。
  逆に松島葉月を脅したりして、春道の仕事場からゲームを盗んで来いとか、力ずくで家に遊びに行くのを了承させる等のパターンも考えられるが、そうなったらまた別の対策を施すしかない。
  要はいじめをなくすには、こうやって仲間を作らせればいいのだ。とはいえ、仲間でいさせるために万引き等をさせたりするグループには決して入れてはならない。
  そうなるとなくなったようでいて、新たな形でいじめに近い行為が展開する結果となってしまう。
  できればこれで万事うまくいってくれればいいがと思いつつ、春道は男子生徒たちとの会話を切り上げる。教室内で結構話し込んでいたせいで、帰宅してない児童はほとんどいなかった。
「それでは私たちもこれで失礼します」
  まだ何か話したそうな感じだったが、引き止めるほどの話題ではないのだろう。女担任は頷いて、春道たちを見送ってくれた。
「じゃ、帰るか。それとも、どこかに用でもあるのか」
  校舎から外に出て、愛車の前まで来たところで春道は松島葉月に尋ねた。
  ブンブンと首を左右に振った葉月だったが、相変わらず春道の車に乗ろうとはせずにジーっと見つめてるだけだ。
  もう一度どうかしたのか聞くと、今度はにぱっと無邪気な笑顔が向けられる。
「葉月、パパの車に初めて乗れるから嬉しいのー」
  春道からすれば、たったそれだけのと言える理由なのだが、彼女にとってはまったく違うみたいだった。松島葉月はそれほどまでに、父親とコミュニケーションをとるのを望んでいたのだ。
  父親としての経験など皆無に等しい春道は何と言っていいかわからず、ただ「そうか」とだけ口にして愛車の助手席のドアを開けてやった。
  やはり嬉しそうな顔をして葉月が乗り込む。
「なあ」
  ドアが閉まったのを確認してから、車内で春道は葉月に声をかけた。
「多分、明日からいじめは止むと思うけど、そうならなかったら俺に言えよ。こう見えても、いじめの切り抜け方なら結構知ってるんだぜ」
「――ウンっ」
  一瞬きょとんとしたあとで、松島葉月は心からの笑顔を浮かべたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:07:31 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 13

 松島葉月の授業参観に行ったその日の夜。夕食を平らげ、私室で資料整理をしていると足音が近づいてきた。
  やっぱりかとため息をつきつつ、春道は足音の主がやってくるのを待った。
  足音が部屋の前で止まると、ドアをノックされるより先に春道は「開いてるよ」と廊下にいる人物に声をかけた。
  少しの沈黙の後、部屋のドアがゆっくりと開けられた。廊下に立っているのは、春道が想像したとおりの姿だった。
「失礼します」
  丁寧に告げたあと、入室した松島和葉が丁寧にドアを閉める。元々が自分の家の部屋だけあって、実に慣れた手つきだった。
  松島和葉は床に座っていた春道と、正面から向かい合える位置で腰を下ろした。瞳には強い意志力が満ち溢れており、言いたいことを言うための準備は万端そうである。
「……用件はおわかりですよね」
  とりあえずは落ち着いた静かな声だ。もっとも、松島和葉が声を荒げて喚きたてるシーンなんてなかなか想像できない。
「授業参観の件か」
「そうです。一体どういうつもりですか」
  春道を責めるような口調で、和葉が尋ねてくる。
「捨てられていた父兄参観のプリントを発見しちまってな。気づいたら教室にいたわ」
「ふざけないでください」
  松島和葉の声に怒気がこもる。ふざけてるつもりは全然ないのだが、相手はそう思ってはくれなかった。
「そういったのを見つけたのなら、まずは私に教えてくれるべきではありませんか。それを黙っていたどころか、勝手に参加してくるなんて理解に苦しみます。それに私の記憶が確かなら、貴方は子供嫌いなはずですが」
「そのとおり。鬱陶しいから子供は嫌いだ。記憶は間違ってないな」
「そうですか? 今回の貴方の行動は、とても子供嫌いの男性とは思えませんが」
「それについてはまったくの同意見だ。だから俺も自分自身が不思議で仕方がない」
  別に相手をからかったりしてるつもりはない。その台詞は嘘偽りのない正直な春道の心情だった。
  松島葉月に構うほどに、こうして面倒な事態になるのは目に見えていた。なのに、今日の父兄参観に行ってしまったのだ。
「貴方は一体何がしたいのですか」
  苛々した口調で松島和葉が春道に言葉をぶつけてくる。普段は冷静なのに、娘のこととなると途端に落ち着きを失う。一人娘を溺愛してるのだろうが、やや過保護に思える。
「別にしたいことはないけどな」
「だったら何故――」
  これでは堂々巡りだ。頭の痛い展開に、春道は軽くため息をつく。
「愛娘が大事なのはわかるけど、もう少し子離れしたらどうだ」
  思わず口にしてしまったひと言。これが余計に相手の怒りを呼ぶ。
「な、な、何で貴方にそんなことを言われないといけないんですか!」
  まさに家中に怒鳴り声が響き渡る。あまりの激しさに、家が揺れたような気さえした。
「葉月は私の娘です。貴方の子供ではありません!」
「だったら父親がいるなんて嘘をつかないで、正直に親は自分ひとりだと言っておけばよかったんだ」
「できるものならそうしてます。こちらにも色々と事情があるんです!」
  丁寧な言葉遣いは変わらないが、口調はどんどん強くなってくる。真正面から睨みあう形になり、ピリピリとした緊張感が室内を包みこむ。
  大きく息を吐き、春道は肩をすくめる。喧嘩をしても春道に得などないので、先に引いたのだ。
「悪かったよ。怒らせるつもりはなかった。以後は勝手な真似をしないと約束する」
「……わかっていただけたのなら、それでいいんです。父親としての役割を期待してるわけではないのですから」
  相変わらず松島和葉はズバッと言葉を突き刺してくる。話を終えれば長居は無用とばかりに、さっさと和葉が退室する。
「台風は去ったみたいだな」
  遠ざかっていく足音を聞きながらボソッと呟く。余計な問題を起こし、それをこじらせた挙句に今の生活が壊れる。これはかなり勿体ない。世間一般的に見ても、春道の現状はかなり恵まれているからだ。
  元々深く関わる気はなかった。当初の予定どおりになっただけで、何も問題はない。娘がまたいじめられれば、母親の和葉がなんとかすればいいんだ。こっちにはもう関係ない。
「……仕事の準備でもするか」
  わずかな休みを終えれば、すぐに次の仕事が待っている。もやもやした気分を晴らそうと、春道は仕事部屋へと向かうのだった。

 春道が仕事にとりかかりだした頃、一階のリビングでは松島家の母娘が顔を合わせていた。
  普段から仲が良く、起きていれば和葉が帰宅するなり玄関まで走ってくる。そんな愛娘に抱擁するのが、仕事で疲れた和葉の数少ない癒しのひとつだった。
 
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:07:54 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 13


だからこそ、同居人の高木春道による子離れをしろ発言に腹がたった。たまらず声を荒げてしまったほどである。
  娘に寂しい思いをさせたくないばかりに、難儀な状況になってしまった。よもや適当な写真から選んだ男性が、近所に住んでるなんて想像ができるわけもない。
  さらに偶然が偶然を呼んで、たまたま出かけた銭湯で出会ってしまう。葉月が最初に高木春道を見つけたのだが、あの時はビックリしすぎて心臓が止まるかと思った。
  教えた父親は嘘でしたなんて、長年信じさせてきた和葉には言えなかった。混乱する頭をフル回転させ、とっさに春道を父親に仕立て上げる計画を思いつく。
  できるかぎり相手に有利な条件を提示し、首尾よく承諾を引き出した。色々とリスクも高いが、当時はそれがベストではなくてもよりベターだと判断したのだ。
  結果として、娘の葉月は父親だと信じてる男性と暮らせて満足そうである。高木春道も見た目どおりのタイプで、同居をスタートさせても和葉の肉体を求めてきたりなんてことはなかった。
  いくら性交はなしの項目を条件に含んでいても、遊び人でナンパ好きな軽い男ならこうはいかない。その点では運が良かったとも言える。けれど最近になって誤算が生じてきた。
  初対面時の葉月に対する態度から考えても、子供好きな雰囲気はなかった。それなのに、段々と高木春道が娘に構い始めてるのだ。葉月があの男に近づくたび、いつボロがでて偽の親子関係がバレるか和葉はひやひやものである。
  和葉には娘の葉月の存在こそがすべてだった。現在の関係が予期せぬ形で解消されたとしても、春道は損をしたな程度にしか思わないだろう。誰が一番傷つくかと言えば、他ならぬ可愛い葉月なのである。
  それを避けたいがために、ほとんど面識のない男性と結婚までしたのだ。数々の犠牲を払ってきた以上、バッドエンドだけは絶対に許されない。
「パパとお話してきたのー?」
  にぱっと笑顔を見せて葉月が聞いてくる。和葉も笑みを浮かべて「そうよ」と言葉を返す。
「ね、葉月」
「なあに」
「あんまりパパに迷惑をかけては駄目よ」
  食後のデザートでもあるプリンを食べていた葉月の手がピタリと止まった。顔もにこやかさが消えて、真面目な表情になっている。
「葉月、パパにめーわくかけてないもん」
  唇を尖らせて反論してくる。これはかなり珍しかった。普段から聞き分けがよくて素直な子なのだ。
「学校の行事があるならママに話してほしいの。できるかぎり何とかするから」
  娘が高木春道と仲良くなるほどに、別れの時が辛くなる。確実に訪れる将来へ向けて、今のうちから準備をする必要があった。そうすればいざそういった展開になっても、葉月が負う心のダメージは少なくてすむ。
「葉月が授業参観のプリントをママに見せてくれてたなら、パパに迷惑をかけずに済んだのよ」
  なるべく優しい口調を心がけたがあまり効果はなく、段々と葉月は泣きそうになっていく。
「……だって、ママじゃなくて、パパがくるやつだったんだもん。葉月ひとりだけ、ママがくるのは変だもん」
  だからこそ葉月は、和葉に知らせたりせずにプリントを捨てたのだ。それを偶然にも高木春道が発見した。
  ここで終わってれば何の問題もなかったのに、よりにもよって春道は葉月の通う小学校へ行ってしまった。あまり娘に構ってほしくない和葉からすれば、まさに小さな親切余計なお世話だった。
  高木春道の軽率な行動によって、葉月は父親への慕情の念を募らせる。まったくもって好ましくない事態だった。
「そんなことないわ。父兄参観だから、ママが行ったら駄目なんてことはないのよ」
  諭すように説明しても、相手はまだ幼い小学生。大人の理屈にはい、そうですかと簡単に納得してはくれない。
「でも、今日はパパが来てくれたもん。全然めーわくしてなかったもん」
「それは……きっと、葉月に心配をかけさせたくなかったのよ。パパはお昼に仕事ができなくなってしまったわ。けれど葉月がママに話してくれてれば、そんな結果にはならなかったのよ。わかるわね? だから次は――」
「どうしてそんなこと言うのッ!」
  リビングテーブルを両手でバンと叩いて、葉月が立ち上がった。勢いがつきすぎたせいで、ガタンとイスが倒れる。
  これほどまでに激しい反応を示すのは珍しかった。相手は自分の娘なのに、和葉は一瞬ビクンとしてしまう。
「せっかくパパと仲良くなれたのに、葉月は嬉しかったのに、なんでママは怒るの」
「怒ってるわけではないわ。ただ、あまりパパを困らせてほしくないの。仲良くなるのはとてもいいことよ。だけどパパのお仕事が遅れれば、困る人がたくさんいるの」
  なんとか説得しようとすればするほど、葉月の機嫌はどんどん悪くなる。ずっと父親を恋しがっていた彼女にとって、やっと会えた男性。しかも当初はロクに相手をしてもらえなかったのに、ここ最近になって親密度を増すのに成功した。
  葉月にしてみれば、理想の展開に違いない。それなのに母親の和葉が、高木春道と仲良くしないよう注意したのだから、気に入らないのも当然の話だった。
  わかっていても妥協したりはできない。娘が父親だと信じてる男性は、いずれ去っていくのである。
「どうしたの。葉月はそんな聞き分けのない子ではないでしょう。少しおかしいわよ」
「葉月、おかしくないもん。おかしいのはママだもんっ!」
  完全に駄々っ子モードに入っている。滅多にない状態だけに、かなり手こずりそうだ。
「パパはすっごく優しいもん。いじめだって、助けてくれたのはママじゃなくてパパだもんっ!」
「――!? ど、どういうこと……?」
  娘の発言にビックリして説明を求める。
  葉月の話によれば、和葉が担任にいじめをなんとかするよう頼んだことで逆に酷くなったらしい。それを高木春道は見越していて、うまくいじめっ子たちを諭してくれたのだという。
  初めて耳にしただけに、さすがの和葉も驚きを隠せなかった。道理で、急激にあの男を娘が信頼するようになったわけである。
  保護者としての対応力は向こうが上だったのだ。認めたくはなかったが、認めざるを得なかった。そんな悔しさも相まって、思わず和葉は声を荒げてしまう。
「とにかくママの言うとおりにしなさい。わかったわね!」
「いやだっ! ママなんてだいっ嫌い!」
  涙をボロボロとこぼしながら、葉月がリビングから走り去っていく。
  ただでさえ小さな背中がさらに小さくなる。遠ざかる娘の姿に後悔の念が強まる。嫉妬心から芽生えた怒りで冷静さを欠いてしまった。
「待って、葉月」
  急いで娘のあとを追うも、一歩遅かった。和葉の目の前で無情にもドアが閉まる。鍵をかける音が聞こえ、ドアノブを回しても空しくガチャガチャと鳴るだけだ。
  万が一の事態に備えてと、各部屋に鍵をつけていたのが災いした。ドア越しにいくら娘の名前を呼んでも返事すらない。完全に和葉のミスだった。自室に篭城されると、もはや今日に限っては手の施しようがない。
  今夜中の説得を諦めた和葉は、ひとりトボトボとリビングへ戻る。イスへ座り、ダイニングテーブルに両肘をついて、顔を両手で覆う。
  目を閉じれば、どうしてという思いだけが浮かんでくる。何年もかけて築いた娘との信頼関係が、たったひとりの男の存在で瞬く間に崩れていく。
  けれど高木春道だけを責めたりはできなかった。彼は和葉によってこの生活に巻き込まれたのも同然なのだ。
  いっそ契約を破棄して出て行ってもらおうかとも考えたが、そんな真似をすればいよいよ葉月は和葉を許さないだろう。もしかしたら、父親だと信じてる春道と一緒に家を出て行ってしまうかもしれない。
  ならば彼は本当の父親ではないと告白してしまおうか。いや、駄目だ。和葉はかすかに顔を左右に振って、頭の中にある考えを追い払った。
  そもそも無謀な生活を始めたのは、娘に父親がいないと言いたくないからだ。素直に答えてしまえば、当然理由も説明しなければならない。
  それだけはどうしても嫌だった。和葉のため、そして葉月のためにも、架空であれ父親を存在させておく必要があったのだ。
  少し考えれば、こういった状況になる可能性も充分に想定できた。しかし父親だと娘に教えてきた男性が偶然にも見つかってしまった以上、棘が多くてもこの道を選ぶしかなかったのである。
  どうすればいいのか。いくら悩んでも答えが見つからない。とにかく今夜は休もう。明日になれば、お互い冷静になってしっかりと話し合えるはずだから……。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:08:14 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 14

 高木春道が朝――と言っても正午近くに起床すると、家の中に人の気配はなかった。松島和葉は会社に、松島葉月が小学校に行ったのだろう。
  部屋から出ると、まずは洗顔と歯磨きをしてサッパリする。そのあとで、例のごとく用意されていた朝食を冷蔵庫から取り出して口にする。
  昨夜もめてしまったため、変な味付けになってるんじゃないかとも思ったが、どうやら松島和葉は陰険なタイプではないらしい。
  きちんと今日の食事が用意されてた時点でわかっていたが、こうして自分の舌で確認するとより安心できた。
  今朝も無事に食事を終え、仕事にとりかかるべく専用の部屋へ行く。
  イスに座って、早速デスクトップPCの電源を入れる。
  それにしても昨日はまいった。ディスプレイに映しだされた起動を告げるメッセージを見ながら、元凶となった出来事を思い出す。
  自分でも理由はわからない。とにかく無性に、松島葉月の小学校で行われていた父兄の授業参観に行きたくなったのだ。
  決して春道は厄介ごとを好む性格ではない。それでも春道は参加してしまった。昨日みたいな事態になると、充分に考えられたのにである。
  結果、松島和葉と言い争いになった。しかも売り言葉に買い言葉的な展開で怒らせてしまう。さすがにあれは失敗したと、ひとりになってから反省した。あとで機会があれば、松島和葉に謝罪するべきだろう。
  考えがまとまったところで、タイミング良くOSの起動が完了した。まずは目前にある仕事を優先しなければならない。一度深呼吸をして集中力を高めてから、春道はキーボードに手を伸ばすのだった。

 ふーっと大きく息を吐き、両手の動きを止めた頃にはすでに正午を過ぎていた。
  いつの間にこんな時間になってたのか、なんて驚いたりはしない。こういったケースはこれまで何度も経験している。
  子供の頃から物事に没頭すると、時間を忘れてしまう質なのだ。大人になってもそれは変わらない。食事の時間を逃してしまい、一食を抜くなんて松島家に来るまでは日常茶飯事だった。
  今回は幸いにして、食事時間を大幅に過ぎてるわけではない。用意されていたセットの中から昼食を選択し、私室にて平らげていく。仕事のペースは順調で、この分なら余裕を持って納期には間に合わせられる。
  それもこれも衣食住のうちの2つが、松島和葉によって援助されてるからだった。いくら相手の状況に合わせての結婚とはいえ、多大に世話になってるのには変わりない。やはり相手の意向を充分に尊重する必要がある。
  それでなくても、春道は昨日彼女を怒らせてしまったばかりなのだ。これからはもっと冷静に物事を考え、下手に怒らせないようにしないとな。
  昼食を終えてひと休みすると、すでに結構な時間になっていた。夕方にはまだ時間があるとはいえ、そろそろ学生たちも帰宅を始める頃だ。そうなると松島葉月も――。
  玄関のドアが開いた音が聞こえたかと思うと、すぐにドタドタと何者かが勢いよく階段を上ってくる。
  こちらの都合などお構いなしで、ノックもなく私室のドアが開かれた。正体は松島葉月で、走って帰ってきたのか息を切らしている。
  まさか、また同級生にいじめられたのか。けれど、松島和葉には関わらないでくれと何度も怒られている。ここは一体どうするのがいいのか。
「ママなんてだいっ嫌い!」
  ランドセルを背負ったままの葉月の第一声がそれだった。とりあえずいじめられてはいないみたいだが、何のことかわからない春道は呆然としてしまう。
「だってね、だってね。葉月とパパが仲良くするの、駄目って言うんだよ」
  よほど頭にきてるのか、かなりの剣幕と早口でまくしたててくる。これまで春道に迷惑かけないようにと、二階に来るのを散々躊躇っていた少女と同一人物とは思えなかった。
  やはり本音では、本物の父親と信じてる春道に甘えたくて仕方なかったのだろう。丁度このぐらいの年齢が、一番両親を必要とするのかもしれない。
  我慢していたのが、先日の授業参観で春道に優しくされたのをきっかけに、一気に爆発したのだ。春道から歩み寄っただけに文句は言えないが、元来の子供嫌い――と言うよりかは苦手意識が払拭されたわけではない。
「そういうことを言うな。彼女――いや、ママだって、葉月や俺のことを考えたうえでの発言だろ」
  一応は松島葉月は娘で、松島和葉は春道の奥さんなのである。あまり他人行儀な呼び方もできなければ、呼び捨てにするのもいまいち抵抗がある。向こうが春道を好いていないからだ。
  そこで照れ臭いのを我慢して、あえてママなんて単語を選んだ。これからは葉月の前では、和葉をママと呼ぼう。恥ずかしくても、何かと好都合だ。
  春道にしても、松島葉月にどうやって接するべきか未だ悩んでいた。心の奥底にお人好しが眠ってるのには気づいてたが、こうまでややこしい事態に発展する原因になるとは想像もしていなかった。
  ここで突き放すような態度をとったとしても、あらゆる意味での絶妙なタイミングで、またお人好しに目覚められたら何の意味もなくなる。きちんと方針を決めておかなければならない。
「仲良くするのが駄目なんじゃなくて、俺の仕事が遅れたりしないか心配してるんだ。葉月もそれぐらいはわかってるな」
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