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楼主: niehuiyao

[好书连载] 愛すべき不思議な家族

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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:08:34 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 14

他人の子供と遠慮して扱うより、ここはドラマなどで見るような父親タイプを演じるべきだ。悠長に照れ臭いなどと言ってる場合じゃない。
  松島葉月はまだ納得しておらず、唇を尖らせて不満を露にしている。本人からすれば、せっかく出会えた父親とコミュニケーションをとりたくてどうしようもないのだ。
「あとできちんとママに謝るんだ。いいな」
「……ヤだ……」
  近頃の子供のわりには素直なタイプだと思ってただけに、松島葉月の反応は春道にとって予想外だった。
「だって、葉月はパパと仲良くしたいんだもん。パパは葉月とおしゃべりするの嫌?」
  今にも捨てられる子犬のごとき瞳で見つめられれば、間違っても「もちろんだ」などとは答えれない。やはり子供は面倒だ。そう思っても、もはや後の祭りである。
「今のままだと嫌になるな。でも葉月が素直ないい子になるなら、これからはなるべく一緒に遊べる時間ができるかもしれないな」
  それまでは不満一辺倒だった葉月の表情が、春道の台詞でガラリと変わった。にこやかな笑みを浮かべ、何度も「本当?」と聞き返してくる。
「ああ、本当だ。その代わり――」
「うん! 葉月、ちゃんとママに謝る」
  まるでどこぞのテレビ局で放映している昼メロを見てる気分だった。挙句にはその中の登場人物――しかも主役級になってるのだから質が悪い。
  本音は子供と遊んでる時間はほとんどないに等しいのだが、先ほどのように言わない限り彼女は納得しなかったはずだ。実現できるかは別にしても、決して間違った選択ではなかった。無理やり感は否めないが、春道はとりあえずそう思うことにする。
「これで話は終わったな。悪いが俺はまだ仕事中だ。遊んだりするのはまた後でな」
「……うんっ!」
  松島葉月はすぐにでも遊んでほしそうな顔をしてたものの、駄々をこねるだけ損とふんだのか、わずかな沈黙のあとで元気よく頷いた。
  少女が退室したあとで、春道は大きくため息をついた。相互干渉なく平和な生活を送る予定だったのに、気づけばどんどんドロ沼にハマっている。それも春道から足を踏み込んでるのだ。
  いい加減にしないとなと思っても、ここまできてしまったら簡単には引き返せない。春道が家を出たとしても、半端じゃないくらいに葉月が泣き喚くだろう。そうなると、和葉がその方法を選択するとは考えにくい。
  結局は春道次第なのだが、すでに情が移ってしまったのか、当初みたいな素っ気ない態度を葉月に対してとれなくなっていた。
  だからといって、あまりに仲良くなりすぎても松島和葉の怒りをかうだけだけである。頭の中がこんがらがってきて、何をどうすればいいのかまったくわからない。
  そうして悩んでいるうちに、気づけばすっかり夜になってしまっていた。
  何か用でもない限りは一階へ降りないので、松島母娘が現在どうしてるかなんてわからない。ただ今夜は松島和葉の足音が春道の私室へと迫ってこないので、恐らくは平和なのだろう。
  外はすっかり暗くなっており、松島和葉もすでに帰宅している。娘との一件を想像以上に気にしていたに違いない。これで落ち着いてくれればいいのだが。私室でまったりと食後のひと時を楽しみながら、春道はそう考えていた。
  あまり松島母娘を気にかけていたら、仕事が全然手につかなくなってしまう。他人の親子関係に世話を焼くのもほどほどにしないといけない。
  厳密には結婚してるから他人ではないのだが、和葉は今でも春道を他人としか認識してないはずだ。
  春道も松島和葉の方針に異論はなかったのに、様々な松島葉月への同情心から現在のややこしい状況になってしまった。もはやなるようにしかならない。それぐらいの心境で生活していくしかなかった。
  明日になったら、気晴らしにどこかへ出かけるのもいいかもしれないな。幸い仕事の納期までには余裕がある。多少の融通はきくのが、この仕事の一番の利点だった。
  そのために今夜は少しでも仕事を進めておくか。食休みを終了させ、春道は私室から仕事部屋へと向かうのだった。

 丁度その頃、一階では松島和葉と、娘の松島葉月がリビングテーブルに向かい合って座っていた。
  本当なら今日も残業して深夜帰宅になりそうだったのを、仕事を切り上げて帰宅してきたのだ。それもこれも、昨日の葉月との一件があったからである。
  これまでロクに反抗なんてしてこなかった娘が、声を荒げてまで和葉に激怒したのだ。母親になってから初めての経験だっただけに戸惑いを覚え、仕事なんてほとんど手につかなかった。
  なんとか娘と仲直りをしたくて、会話の時間を多めにとろうとシフトどおりに定時で帰宅した。昨夜みたいに自室に篭城されたらどうしようと心配していたが、こうして無事に二人でリビングテーブルに座っている。
  腕によりをかけて作った和葉の料理を、美味しいといつもどおりの笑顔で葉月が食べてくれている。その光景を見てるだけで、胸が熱くなった。
  時には喧嘩もする。でもすぐに仲直りできた。これも親子だからだ。不安定な要素はあるけれども、何も心配する必要はない。
  ホッとしながらも食事を終えると、葉月の方から昨夜のことを謝罪してきてくれた。これも和葉にはとても嬉しかった。注意したことを葉月もわかってくれたのだ。
  それなら、これからはパパにあまり迷惑をかけないでくれるわよね――。
  和葉が念を押す直前に、葉月がまったく予想してなかった台詞を口にした。
「ママにちゃんと謝ったら、これからはパパが遊んでくれるって約束してくれたんだー」
「え……?」
  ズキリと和葉の胸が痛んだ。
  娘が謝罪してくれたのは、和葉との関係を気遣ってではなく、あくまで父親である高木春道に促されたからの結論だったのだ。しかも代償は和葉がもっとも望まないものだった。
  娘が……あれほど可愛がっていた葉月が自分から離れていく。頭の中が真っ白になって、途方もない絶望感を一緒に連れてくる。
「は、葉月……」
「ごちそうさまでしたー。あ、葉月、宿題があるからお部屋でお勉強するねー」
「え? え、ええ……」
  屈託のない笑顔で告げられると、和葉は何も言えなくなってしまう。
  使い終わった食器をキッチンに下げ、リビングから退出していく娘を、和葉はただただ呆然と見送る。
  引き止めようとして唇を開くも、どんな言葉を繋げたらいいのかわからずに、みっともなく開け放たれたままになっている。普段キリッとしている和葉だけに、会社の部下たちにはとても見せられない表情だった。
  リビングのドアがバタンと閉められる。娘の行為に、和葉は親子関係を拒絶されたような気がした。
  どうして? どうしてこんなことになっているの。私が悪いの? 葉月が悪いの? それともあの男――。
  思考が暗黒の世界に堕ちかけた和葉を制止するかのように、突然リビングにある固定電話機が鳴り出した。
  ショックが大きすぎてすぐには動けなかったが、ベル音は諦めきれない様子でいつまでも鳴り続けている。
  仕方がないと混乱を収拾できないままで、受話器を取った。
「和葉か、大変だ。親父が倒れた」
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:09:18 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 15

 それは松島和葉がとても聞き慣れた、それでいて懐かしい声だった。この声を聞くのは何年ぶりになるだろう。完全に働かない頭で、ぼんやりと考える。
  ああ、そうだ。あの件があって、私が家を飛び出してからだから――。
「おい、葉月。聞いてるのか? 返事くらいしたらどうだ!」
  強い口調で怒鳴られ、一時的に葉月の言動によって受けたショックを忘れる。
「……聞こえてるわ、兄さん」
  電話の相手は和葉の二つ上の兄、戸高泰宏だった。幼少時は随分と遊んでもらった記憶が今もしっかりと残っている。
  兄と名字が違うのは、相手がどこかの家の婿に入ったからではない。和葉自身も、以前は戸高姓を名乗っていた。
  姿は見えなくても、電話向こうにいる兄も和葉がボーっとしてるのに気づいていたのだろう。わざわざもう一度同じ台詞を繰り返した。和葉たちの父親が突然倒れたと。
「……とにかく一度こっちに帰ってこい。話はそれからだ」
「どうして?」
「どうしてって……家族だからに決まってるじゃないか」
「そう思ってるのはきっと兄さんだけよ。いいえ、もしかしたら兄さんも世間の目があるから一応連絡しただけかもしれないわね」
  図星だったのか、それとも怒りを覚えたのか。血を分けた実兄である泰宏が少しの間沈黙した。
「……あの人は、兄さんがこうして私に電話をかけていることすら知らないんでしょう? バレたら兄さんがあの人に怒られるわ」
「あの人なんて言い方はよせ。お前の――」
「私はそうとは思わない。とにかく余計なお世話だわ」
  瞼を閉じて和葉は首を左右に振った。脳裏には幼い頃からの思い出が蘇ってくる。そして数年前で突然に終わりを告げる。
「……もう、電話を切るわ」
「そうか……けど、気が向いたら――」
「あり得ないわ」
  泰宏との会話を打ち切ると、抑えきれない感情から受話器を叩きつけるように電話機へ置いた。
  その音がよほど大きく響いてしまったのか、自室から娘の葉月が再度リビングへとやってきた。クリクリっとした可愛らしい瞳を真ん丸くさせながら、どうしたのと近寄ってくる。
「……何でもないわ。宿題は終わったの?」
「ううん、まだだけど……」
「駄目じゃない。それなら早く終わらせないと。あんまり遅くまで起きてると、明日の学校に遅刻しちゃうわよ」
  できる限り優しい笑顔を作ったつもりだったが、きちんと笑顔と呼べるものになっているかどうかは自信がなかった。
  和葉の微妙な態度を敏感に察知したのか、葉月も「……うん」と頷いたものの、微妙な表情をしている。
「ママも会社でいじめられてるの? だったらパパに――」
「――やめてッ!」
  ビクッと葉月が身体を震わせるのを見て、和葉はハッとしてしまった。
「ご、ごめんなさい……葉月、マ、ママが困ってると思って……」
「あ……い、いいのよ。ママこそごめんね。でも大丈夫だから、葉月はお部屋で宿題をしなさい」
  ギスギスした雰囲気をなんとか立て直そうとしたものの、さすがに無理だった。立ち去る葉月の顔は、最後まで今にも泣き出しそうに悲しげだった。
  ひとりきりになったリビング。電話の前にしばらく立ち尽くしたあとで、和葉は自分の頬をペシッと叩いた。
  どんな事情があったにせよ、娘に八つ当たりするなんて最低だ。自責の念が募る。
  苛々した状態で高木春道の名前を出され、つい声を荒げてしまった。和葉も本当はわかっていた。葉月も高木春道も何も悪くはないのだ。すべての元凶を作ったのは自分自身なのだから……。

 大きく伸びをしてから、高木春道は仕事部屋の椅子から立ち上がった。腰痛防止のクッションを敷いてはいるものの、長時間座っていればさすがに尻が痛い。
  仕事に精をだすあまり、結局徹夜してしまった。この状態では、とても外に出て気晴らしをしようなんて気にはならない。おとなしく仮眠をとるのが無難な選択だろう。
  そう言えば今は何時なのだろう。時計の針さえ目に入らないほど集中していたので、正確な現在時刻を把握できていない。
  春道自身の感覚では、まだ早朝だったのだがすでに正午をまわっていた。PCに集中しすぎていたせいで、時間間隔はまともではなくなっていたらしい。
  そう言えば、随分前から外が明るかったような気もしていたが、どうやら気のせいではなかったみたいだ。
  昼過ぎだと気づくと、急に空腹を覚えた。さっきまでまったく減っていなかったくせに、我が腹ながら現金なものである。
  廊下に出て、いつもどおりに冷蔵庫から用意されてる食事を取り出す。
  ここで春道は「ん?」と一度手を止めてしまった。冷蔵庫にあった三つの膳を比べてみたのだが、似通ったメニューばかりだったのである。
  これまでこんなケースはなかった。どうしたのだろうとも思ったが、毎日春道の食事を用意してて疲れたのだろうとすぐに思いなおした。同じおかずが続いたとしても、食事を用意してもらえるだけで有難い。
  さして気にせずに選んだメニューを持って私室へ入り、テーブルに乗せてからさっそく朝食兼昼食となった食事をとる。
  ここでも春道の手が止まった。味は確かに美味しいのだが、それでもいつもの松島和葉の手料理に比べれば少し劣ってるような気がしてならない。単なる気のせいなのか。
  全然食べれるのでたいして問題はないが、ここ毎日和葉の料理を食べている春道だから気がつけたのかもしれない。もしかしたら、まだ松島葉月とのいさかいが続いてるのかもしれない。
  けれど、仮にそうだったとしても春道ができるフォローはすべてしたつもりだった。あとは余計な口を挟まないのが無難かつ、解決への近道となる。
  結論がせっかくでたのに、嘲笑うかのごとく、食事を終えた春道の部屋で足音が向かってくる。考え事に夢中で、誰かが帰宅した事実にさえ気づいてなかった。
  忙しない足音は松島葉月のものだろうと簡単に推測できた。母親の松島和葉が走りながら階段を上ってくるのを、見たことも聞いたこともないからだ。
  春道から声をかけるまえに、まるでいるのをわかってるみたいに私室のドアがノックされた。いつもは少し躊躇いがちにノックするのに、今日に限ってはそういった様子はない。
  とりあえず春道は来客を室内へと招き入れる。私室のドアをノックした人物は、予想どおりに学校帰りの松島葉月だった。
  教科書などを自室へ置いてすぐに、春道の部屋まで直行してようだ。息を切らしながらドアを閉めて、春道の側へちょこんと座る。
「ママが変なのっ!」
  松島葉月が春道の袖を掴み、そう叫んだあとでグイグイと引っ張る。事態はとても深刻なのだと、全身を使って示してきた。
  そこまでは葉月の仕草からわかっても、詳しい事情は何ひとつわからない。何せ、春道ひとりだけが二階で生活してるのだ。監視カメラと盗聴器でも仕掛けてない限り、一階にいる松島母娘の動向など知る由もない。
  とにかく情報がなければ話にならない。そこで春道は葉月に話を聞いてみる。
「……なるほどな」
  松島葉月はかなり興奮していて、時折支離滅裂になってしまうので理解するのは大変だったが、要約すると昨夜の電話以降様子がおかしいということだった。
  話はある程度わかったものの、肝心の電話をしてきた相手や内容については、葉月も把握していない。これではどうしようもない。
「しばらく様子を見るしかないな」
  ボソっと口にしたひと言に、松島和葉が絶句する。もしかしたら、俺ならすぐに解決してくれると幻想を抱いてたのかもしれないが、内情を知れないのだからそれは無理だ。
「葉月の時みたいに、すぐになんとかできないのー?」
  やっぱりな質問が、戸籍上は娘となっている少女から春道に放たれた。適当にあしらえば、松島葉月もきっと春道に幻滅する。母親の和葉にしても、余計な真似をされるより有難がるかもしれない。
  春道は少し考えた後に、頭の中によぎった案を却下した。後々どうなろうが、本気で母親を心配してる少女に適当な返答などできないと判断したのだ。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:09:37 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 15


それにこう見えて、松島葉月は頭の良い少女である。冷静になって考えれば、春道の意見にどれだけ信憑性があるのか、すぐに判断できるだけの能力を備えている。変に誤魔化すのはやはり得策ではない。
  繰り返しになるものの、電話をかけてきた相手や内容を知らないとどうしようもない。春道は改めて松島葉月にその旨を告げた。
「そっか……」
  憐れなくらいガックリとする姿を見ても、こればかりは仕方がない。いくら春道といえど、何でもできるわけではないのだ。松島葉月もわかってはいるのだろうが、期待をしていた分、落胆も大きかったと見える。
  トボトボと部屋から出て行こうとする背中は、いつもよりさらに小さかった。幼いながらに母親を助けたいと願う心は立派だが、やはり子供が大人を救おうとするのは難しい。
「せめて内情がわかればな……」
  春道の私室から退出した松島葉月が、階段を下りていく音を聞きながら誰にではなく呟く。そして、またも松島母娘の問題に干渉しようとしてる自分に春道は苦笑する。
「俺もなかなか救いようがないな」
  常に自由を求めていながらも、孤独に寂しさを覚える。ひとりになりたくてなってるのに、ひとりだと寂しいと泣いている。虚勢を張っているわけではなく、どちらも本心なのだ。だからこそ矛盾さの中で悶々とする。
  人間とはかくも厄介な生き物だ。哲学的な思想と戯れるのも時には必要だが、今の春道にはもっと大事なことがあった。
  それは睡眠である。食事をして腹が膨れたせいで、いよいよ本格的に睡魔が襲ってきたのだ。徹夜してる状態で抗ってもロクな結果にはならない。春道はおとなしく仮眠をとろうと、さっさと着替えて布団で体を横にするのだった。

 小さな足で階段を下りきったあとで、松島葉月は最後にもう一度だけ二階を見つめた。二階には葉月の父親が住んでいる。
  最初から同居していたわけではなく、仕事が忙しいと家にいなかった父親の高木春道を、葉月が近所の銭湯の外で偶然に発見したのが始まりだった。
  父親がいないせいで幼い頃から、なにかと同年代の子供たちにからかわれてきた。それに母親の松島和葉も、近所のオバさんたちから色々とよくない噂を流されてるようだった。
  そんな状態で長い年月を過ごしてきただけに、父親と同居できると決まった時は本当に嬉しかった。これで母親も葉月も幸せになれると本気で思った。
  最初はどこか怖くて。近寄りがたかった春道とも近頃はだいぶ親密に話せるようになってきた。
  ……と葉月自身は思っている。けれど、母親の松島和葉と父親の高木春道が仲良く笑い合ってるシーンは未だに見ていない。それも心配の種のひとつではあった。
  けれど高木春道は葉月の想像どおりに優しく、和葉も含めて3人仲良くなれるのも時間の問題だと思っていた。そこに今回の事件である。
  正確には事件と呼べるものなのかどうかはまだわからない。しかし先日見た和葉の様子は、娘の葉月でもこれまで目撃したことがないくらいに苛々していた。
  お母さん、大丈夫かな。なんか変な病気にでもなったのかな。
  自室に戻ってから椅子に座り、机の上に今日の宿題を広げてみたものの、とてもじゃないがやる気にはなれない。
  これまでは小学校で、同級生からいじめられる問題で頭を悩ませる時間が大半だった。どう解決したらいいのかまったくわからなかった葉月に、ひょいと横から救いの手を差し伸べてくれたのが高木春道だった。
  そのことを話した時も母親の松島和葉は機嫌が悪くなったけれど、昨日の夜ほどではなかった。せっかく悩ましい問題が解決したと思ったのに、直後に新しい問題が発生して、葉月はまた頭を抱えるハメになる。
  いじめを解決してくれた父親に助けを求めたが、期待していた答えは最後まで返ってこなかった。
  春道は事情を詳しく知りたいと話していたが、昨日の様子では葉月が何を聞いても和葉は答えてくれないに決まっている。
  どうしたらいいんだろう。結局はこの言葉に行き着く。悩んでも悩んでも答えはでない。
  リビングでお水でも飲んでこよう。葉月が席を立つのを見計らってたかのように、突然電話が鳴りだした。
  家には葉月の他に春道もいるが、仕事の邪魔になっては駄目だからと、二階と一階の電話番号は別々になっている。和葉が仕事で不在にしてる以上、一階で鳴ってる電話機は葉月がなんとかしないといけない。
  電話機はリビングにあるので、トコトコと葉月は早足で現場へ向かって受話器を取る。
「はい、もしもし」
「あれ? もしかして、君は……」
「どちら様ですか?」
  呆然としてる電話向こうの相手に名乗るよう促すと「初めまして。僕は君の伯父さんだよ」と挨拶されたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:09:56 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 16

 おじさんって誰だろう。それが電話で応対している松島葉月の感想だった。
  日頃、母親の松島和葉が昔の思い出を語るケースはまったくと言っていいぐらいにない。葉月も親戚と呼ばれる人間たちとは会った経験がなかった。
  それが当たり前の状態になっていたので、とりたてて会いたいと思ったことはない。伯父さんとはどういうものか、電話相手から詳しく聞いてようやくわかったくらいである。
「ほ、本当にママの……お兄ちゃんなの?」
「ああ、そうだよ。ママはいないみたいだね。何時頃、帰ってくるかわかるかな」
  和葉の行動予定を葉月もある程度把握してないと、万が一の事態に対応できなくなるので、毎月の和葉の出勤シフト表は毎月渡されていた。
  リビングの伝言ボードに張ってあるシフト表を見ると、今日の勤務終了は午後六時になっている。とはいえ、残業が多いだけにアテにはできない。
  シフト表の隣には、和葉が勤めている会社の電話番号と、直通の内線電話の番号が書かれたメモ帳もあった。緊急の用事なら連絡しても文句は言われない。
「いつ帰ってくるかはその日によって違うから、詳しくは……」
  最近はオレオレ詐欺なんてのも流行しているし、顔も見えない相手の言葉を額面どおりに信じるのは無用心だ。何せ葉月は、伯父さんと言われても、顔どころか声も聞いたことがないのである。
「そうか……なら、君に伝言を頼もうかな」
  電話向こうで少し考えた後、伯父と自称する人物は戸高泰宏と葉月に自己紹介してから、本題に入った。
「実はお母さんのお父さん……要するに、君のお爺さんの具合が悪くなってしまってね」
「えっ!? お祖父ちゃん!?」
  これまたビックリな発言だった。父親がいるとは教えられていても、祖父がいるとは教えられてなかった。何故、母親の松島和葉がその事実を隠していたのか考える余裕もなく、葉月は伯父にその話は本当なのかしつこく尋ねる。
「もちろんだよ。どうやらお母さんは君に教えてなかったみたいだね」
「うん。伯父ちゃんのことも知らなかった」
「そうか。仕方がないかもしれないね。そうだ。まだ君の名前を聞いてなかった。いつまでも君って呼んでるのも失礼だからね」
「私は葉月。松島葉月って言います」
  続いて自分の年齢も伯父に説明する。
「まだ小学校の低学年なのに、きちんとした受け答えができるんだね。伯父さん、感心したよ。これなら安心して伝言を頼めるよ」
  葉月が戸高泰宏から頼まれたのは、一度ど実家に帰ってきてほしいというものだった。
「葉月ちゃんだって、お祖父さんに会ってみたいだろ?」
  会いたいかどうかで問われれば、葉月の答えは決まっている。母親以外の家族はいないと思ってたのに、本当はお祖父さんまでいるのだ。会いたくない理由など見当たらない。
  昔からお正月が明ければ、今年はお祖父さん、またはお祖母さんからどのくらいお年玉を貰ったという話ばかりが聞こえてきた。
  葉月もお年玉は貰っていたが、あくまでも母親の松島和葉ひとりからだけだった。決まってそういった話には加われず、幾度も疎外感を味わってきた。そんな葉月だからこそ、お祖父さんがいる事実だけで胸が熱くなった。
「うん……会いたい」
  素直な気持ちを葉月は口にしていた。相手の満足そうな様子が、電話から伝わってくる。
「なら、お母さんと一緒においで。お祖父さんも伯父さんも葉月ちゃんを待ってるから」
  きちんとした会話はそれで最後だった。あとは簡単な別れの挨拶をして電話を切った。何もかもが突然の展開で、心の整理ができない葉月の心臓はドキドキしっ放しである。
  それにしても母親の松島和葉は、どうしてお祖父さんの存在を内緒にしていたのだろう。もしかしてお父さんなら何か知ってるかもしれない。急いで葉月は再度二階へと向かうのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-27 09:10:15 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 16


ドンドンと部屋のドアがノックされる前に、高木春道は松島葉月の来訪に気づいていた。足音に特徴があるので、松島母娘のどちらが来たかはすぐに判別できる。
  つい先ほど松島葉月の相談に乗ったものの、何もしてあげれずにガッカリさせてしまったばかりだった。
  普段は仕事の邪魔になるからと、あまり二階に上がってこない少女にしては珍しい。よほど重大な事件でも起きたのかもしれない。ノックの音もいつもより荒々しかった。
「パパー。お祖父さんがママで内緒だったから、凄いビックリしたのー」
「……そうか。俺も今驚いてる最中だ」
  慌てふためく少女は、部屋に入ってくるなり口早に台詞を発したが、支離滅裂で理解できる内容ではない。
  とりあえずストックしてる飲料の中から、葉月でも飲めそうなジュースを探す。徹夜明けの気分を落ち着かせる際によく飲むグレープフルーツジュースしかなかったが、コーヒーよりはマシだろうと手渡す。
  興奮のしすぎで彼女自身も喉の渇きを自覚していたのだろう。受け取ったと同時にプルタブを開けて、一気にジュースを飲み干した。
「酸っぱいよー」
  一気飲みしてから言う台詞ではないと思うが、とにかく多少は気持ちを落ち着かせられたみたいだった。
「で、何がどうしたって?」
  当初の説明ではまったく意味がわからなかったので、少女の呼吸が整うのを待って再度尋ねた。
「そうなの。ママが内緒でお祖父さんだったんだよー」
  飲んだジュースの代金を払え。思わず春道はそう言いそうになる。駆け足でここへやってきたと思われる少女は、まだ頭をパニくらせているようだった。
「ママがお祖父さんだったら、俺はお祖母さんになるのか」
「違うよー。ママがね、お祖父さん隠してたの。で、葉月が見つかったの」
  何のクイズだ、これは。そうは思っても、これ以上具体的な話は望めそうもない。頼みの綱の少女は興奮しっぱなしで、フンフンと荒い鼻息を室内に放出している。
  少ない情報量から、葉月が何を言いたいのか考える。重要になってくるキーワードは「ママ」と「お祖父さん」だろう。それにさっき彼女は何て言ってたか。
  ほんの数秒前に交わした会話の記憶を手繰り寄せる。ママがお祖父さんを隠してた。そうだ。確かに隠してたと言っていた。
  ここまで考えて、ようやくぼんやりと解答が見えてきた。もしかして――。
「葉月にはお祖父さんがいたけど、ママが内緒にしてた。これで合ってるか?」
「うんー。何でー?」
  問いかけに問いかけが返ってきた。恐らく少女の発した疑問符は、何故母親が祖父を隠していたかということだろう。
  祖父の問題なら、父親も知っていて当たり前。少女がそう考えるのは、むしろ自然の流れだ。しかし実際問題、戸籍上のみの父親である春道にわかるはずもない。
「ママが帰ってきたら聞いてみな」
  無難にこう答えるしかなかった。お祖父さんと言われても、松島和葉の父親なのか、それとも少女の本当の父親の父親なのか。それすらも春道は知らないのだ。
  迂闊なことを言って墓穴を掘ったりしたら、それこそ松島和葉に何を言われるかわかったものじゃない。
「えー。パパ、教えてくれないのー? ズルいー」
「俺は仕事中だ。邪魔をしちゃ駄目だって、ママに言われてなかったか?」
「そうだけど……」
  葉月が言葉を詰まらせる。少々意地悪な気がしないでもないが、この状況から無事に春道が逃げるためにはやむを得なかった。
「でも、パパっていつもお布団の隣でお仕事してるのー?」
  うっ……! 発生した呻きを、なんとか春道は声に出さすに心の中で処理をする。慌しい足音に邪魔されたが、仕事ではなく睡眠をとろうとしていた最中だった。
  疑惑の視線が、最近娘になったばかりの少女からじーっと向けられる。最終兵器を繰り出し、確実な勝利を手に入れたとばかり思ってたのに、まさかの反撃を食らってしまった。
「ちょっと忘れ物を取りに来たんだ。すぐに仕事をする部屋に戻るさ」
「パジャマ着てるのに?」
  まるで松島和葉ばりの洞察力である。以前なら、何も言わずにすんなり退室してたはずが、迂闊に仲良くなってしまったせいで簡単にツッコまれる状況を作りだしてしまった。まさに自業自得である。
  これだから子供は嫌いなんだよ。そう思ったところで後の祭り。こうなれば仕方ないと、春道は開き直って強引に会話を終了させる道を選ぶ。
「そのとおりだ。俺は気合を入れて仕事をしたい時はパジャマ姿でやるんだよ。知らなかったか?」
「でも、この間はちゃんとお洋服――」
「さあ、仕事だ仕事。葉月も宿題があるんだろ。部屋に戻って勉強しないとな」
「え? ちょ……パ、パパ!?」
  まだ何か言いたそうな少女の背中を押し、半強制的に部屋から退室させる。急な出来事に抵抗もできず、廊下に追いやられた松島葉月はドア越しに「パパのけちー」となんとも可愛らしい声で、なんとも子供らしい文句を口にした。
「お祖父さんがそんなに気になるんなら、きちんと今夜ママに聞いとけよ」
  明日もこんな騒ぎに巻き込まれたら洒落にならない。予定外の事態が続くほどに、人間はボロをだしやすくなる生物なのだ。
  それは春道だけに通じる論理かもしれないが、とにかくややこしそうな問題は松島母娘だけで解決してもらうに限る。
「わかったー。パパも仕事頑張ってねー」
  部屋から追い出されたのに別段怒ってる様子はなく、独特の語尾を延ばす口調で逆に春道を気遣ってくれた。
  もしかしたら、仕事をしてたという嘘を完全に見抜いた上での高度な嫌味かもしれないが、松島葉月が意図してそんな台詞を言うとはとても思えない。
  何か返事をしてやろうかと思案してる間に、トコトコと少女の足音が部屋の前から遠ざかっていくのが聞こえた。
  しょうがないから仕事をするか。一度は本気になった春道だったが、襲いくる睡魔に結局勝てず、私室の布団で横になるのだった。

 ドタドタとうるさい足音が、一直線に惰眠を貪ってる春道の下へと向かってくる。寝ぼけた状態でも正体が誰だかはわかる。松島葉月だ。また何か問題でも発生したのだろうか。
  ドアがドンドンとノックされる前に、上半身をのっそり起こす。時計を見ると、すでに夜を通り過ぎて朝になっていた。仮眠のつもりが、しっかり熟睡してしまった。
  仕事はあるものの、緊急を要してはないだけに問題はない。たまにはゆっくり眠るのもいい。結果的に強烈な目覚ましで、途中覚醒するハメになってしまったが。
  案の定、慌しいノックの音が室内に響く。そう言えば昨日、祖父の問題で母親の松島和葉とよく会話するように言っていた。その報告だろうか。
  パジャマ姿のまま、春道は「開いてるよ」と声をかけた。
「パパー、お仕事は……」
  笑顔のまま、松島葉月が絶句した。パジャマ姿でボサボサ頭の春道を直視している。
  ……相手の反応で、昨日仕事をするからと部屋から追い出した光景が脳裏に蘇ってきた。
「何だよ。せっかく仕事を終えて、眠ったばっかだったのに」
  ちょっと怒った声をだし、ずっと寝てたわけじゃないとわざとらしいアピールをする。ドアを開けて廊下に立ってるのが松島和葉だったら、一発で嘘だと見抜くに違いない。
「ご、ごめんなさい……」
  信じてくれたのか、それとも怒声に畏怖してしまっただけか。葉月はすぐに謝罪してきた。素直な反応をされれば、春道も他に何も言えなくなる。
「で、どうかしたのか」
「そうだった。パパを呼びにきたのー」
「呼びにきた? 何のために」
「一緒にお祖父ちゃんの家に行くんだよー」
  にこやかに葉月が本題を告げてきた。なるほど、お祖父ちゃんの家へ一緒にねぇ……。
「――って、何ィ!?」
  予想外の展開に驚く春道を、松島葉月は嘘じゃないばかりに、瞳をキラキラ輝かせながら何度も頷いたのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:53:15 | 显示全部楼层
昨天比较忙所以都没有空放上来----
对不起各位啦
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:54:08 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 17

 話は半日ほど遡る。
  父親の部屋から追い出された松島葉月は、トボトボと階段を下りて自室へと戻った。突然現れたお祖父さんに、頭脳は混乱しっぱなしである。
  母親である和葉が会社から帰ってきたら話を聞こうと決め、それまでに学校からの宿題を済ませようとする。
  まるで手につかない。腰を下ろしてる椅子の上で両手を組む。机の上で開かれたノートの上で、直前まで使用していた鉛筆がコロコロと転がる。
  どこまでいくのか見てれば、ノートのすぐ隣で同じように開いてあった教科書にぶつかって、鉛筆のひとり旅は終了した。
  いつもなら宿題に手こずったりはしない。学級内でも葉月の成績は常に上位で、勉強に関して和葉に怒られた経験はない。
  もっとも別に勉強が好きなわけじゃなくて、友人もおらず、やることも他になかったので仕方なく教科書を開く生活をしてたら、いつの間にか成績が上昇してただけだった。
  それでも学力テストでいい点をとれば母親が褒めてくれる。閉鎖的だった葉月の社会において母親の存在は非常に大きく、褒められるために勉強してたといっても過言ではない。
  だがこのところその図式は崩れつつあった。勉強は今までどおりしてるけれど、葉月の個人社会において父親である高木春道の存在が非常に大きくなっていたのだ。
  だからこそ問題が発生すれば、常に忙しそうな母親よりも先に春道へ相談に行く。今日は邪険にされてしまったけど、大抵は面倒臭そうにしながらも話を聞いてくれる。
「お父さん、きっと寝ちゃってるよね」
  仕事と言っていたが、どう考えてもパジャマ姿でするとは思えない。仮に葉月なら、パジャマを着て宿題をしたりしないからだ。
  同級生の中には、眠る前にパジャマ姿で宿題をする子もいるみたいだけど葉月は違う。母親の和葉から、幼い頃にきちんとパジャマは眠る前に着るものだと教育を受けたせいもあり、私服でないといまいち集中できないのである。
  一度パジャマで宿題をしようとしたけれど、すぐに眠くなってしまって、それどころではなくなった。
  結局、翌日に早起きをして慌てて宿題をしたのを昨日のことのように覚えている。
  本当はもっと父親とたくさん話をしたかった。でも眠ろうとしてた春道を起こすのもかわいそうである。
「お祖父さんか……どんな人なんだろー」
  気を取り直して宿題をしようとするも、すぐにまだ見ぬ祖父のことを考えてしまうのだった。

「駄目です」
  帰宅したばかりの母親に、葉月が電話での内容を告げた途端に即答された。
「どうしてー」
「どうしてもです」
  唇を尖らせて反論した葉月に、母親は一切譲ろうとはしない。
  何故、お祖父さんの存在を内緒にしてたのか聞いても教えてくれない。会いに行きたいと言えば、ロクに考えもせずに拒否される。意地悪をされてるとしか思えなかった。
「いいもん。じゃあ、パパに連れてってもらうもん」
「いい加減にしなさい。最初にママとした約束を忘れたの? パパの仕事の邪魔をしないはずでしょう」
「……う~……」
「パパがママと離れて暮らしてたのは仕事のためだと説明したわよね。それでも家族のためにパパは一緒に暮らしてくれてるのに、葉月が仕事の邪魔ばかりしてると、また出て行ってしまうかもしれないわよ」
「いやっ!」
  反射的に葉月は叫んでいた。いると聞かされてた父親と一緒に暮らすのを、心の底から望んでいたのは葉月だった。せっかく願いが叶ったのに、また離れ離れになるのは絶対に嫌だった。
「それならわかってくれるわね。ママも仕事で都合がつかないし、パパもお仕事が忙しい。仕方ないの」
  母親である和葉の言いたいことは充分理解できた。けれど、どうしてもお祖父さんに会いたいという心を抑えこめない。
「わかった……」
「よかったわ。今度休みがとれたら、代わりにどこか他の場所に連れて行って――」
「葉月がひとりで行ってくる」
  この申し出はまったく予想してなかったみたいで、さしもの和葉もすぐには言葉を見つけられず口を半開きにしてしまっている。
「地図とお金さえ貰えば、ママとパパに迷惑かけないようにするから」
  考えた末の結論だったが、これも和葉には承諾してもらえなかった。
「まだ小学生の娘を、知らない場所にひとりで行かせられるわけないじゃない」
「なら、ママがついてきてよ!}
「いい加減にしなさい。いつからそう聞き分けが悪くなったの? 素直じゃない子はママ、嫌いよ」
「だってお祖父さんに会いたいんだもん!」
  周りにいた子供たちは、皆お正月とかになれば両親だけじゃなく、お祖父さんやおばあさんからもお年玉を貰っていた。
  他にもお祖父さんの家で虫を取って一緒に遊んだとか、母親しか知らない葉月にとっては羨ましい限りの夏の思い出がクラスメートたちにはあった。
  以前ならこうした我侭を口にはしなかった。働いてる母親が大変だと子供ながらにわかっていたからだ。けれど父親と一緒に住めるようになって、少しずつ欲がでてきたのかもしれない。
  何度もベッドの中で思い描いていた理想の家族が作れるような気がして、葉月の感情は自分でもコントロールできないぐらいに昂っていた。
「駄目よ」
  どれだけ葉月が頼みこんでも、相手の答えは一貫して同じだった。
「……ママとママのパパ――葉月のお祖父さんは仲が悪いの。だいぶ前に絶交してるの。だから会いたくないのよ」
  いつまでも葉月が引かないので、理由を話して納得させようと思ったのか、いつになく怖い顔と口調で和葉がそう告げた。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:54:28 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 17

あまりに迫力があったので、葉月は一瞬何も言えなくなってしまった。いつの世も子供より親が強いもので、本気で言われると太刀打ちできない。まして葉月はまだ子供だ。
  いつもならここで勝敗は決する。だからこそ、和葉も少し強めの口調を選んだに違いない。しかし今回だけは勝手が違った。
「喧嘩してるんだったら、仲直りしなきゃ駄目でしょ! 自分だけじゃなく、他の人のことも考えなさいって、ママがいつも葉月に言ってるんじゃない!」
  ほとんど泣きながら葉月は叫んでいた。どうしてもお祖父さんに会ってみたかった。
「ママ、お願い! 一回だけでもいいの」
  涙ながらの懇願を続ける葉月を、母親の和葉はしばらく真っ直ぐ見つめていた。やっぱり駄目かと、諦めかけた時だった。
  和葉が目を伏せて、小さくため息をついたのだ。
「仕方ないわね。わかったわ。ママと一緒にお祖父さんのお家へ行きましょう」
  葉月は目を輝かせる。和葉はかなり頑固なところがあるので、連れて行ってもらえるとしても、もっと苦戦すると想定していた。まさしく嬉しい誤算だった。
「じゃあ、パパにも言わなきゃ」
  葉月の提案に対して、母親が反対する前に言葉を続ける。
「お祖父さんに会いたいって言ったら、パパがママに相談しなさいって言ったの。だからパパも一緒なの」
  かなり強引な理由づけだったが、母親と父親、それにお祖父さんも一緒になって遊ぶ。それこそが葉月の夢のひとつでもある。父親の高木春道が一緒でなければ叶わないのだ。
  これに母親の同意を得るのも、かなり大変だろうと葉月は予測していた。しかし結果は予想を裏切るものだった。
「……いいわ。ただし、パパが一緒に行ってくれるって言ったらの話よ」
「うんっ」
  葉月は元気一杯に返事をした。
  それからは楽しい気分で一日を過ごせた。食事もいつもより美味しく感じられ、お風呂もいつもより楽しかった。
  幸いにして明日からは土日になる。学校は休みなので、翌日には出発することになった。残っている問題は、父親の高木春道である。
  普通に頼んでも一緒に行ってくれるかは五分五分。しかも日中眠そうだったので、もしかしたらまだ寝ているかもしれない。無理やり起こして、機嫌を悪くさせては元も子もない。なので葉月は明日の早朝に狙いを定めた。
  起きるて準備を終えると同時に、春道の私室へ行って寝ぼけてる状態の父親に有無を言わさず同行させるのだ。
  土壇場の状況になれば、高木春道は味方になってくれる。半ば確信めいたものが葉月にはあった。
  すべては明日だ。楽しみにしながら、葉月はベッドに入るのだった。

 廊下から松島和葉は、自室に戻った娘の様子を窺った。どうやらすでに眠ったようだ。
  リビングに戻り、椅子に座ってテレビもつけずにボーっとする。すでに睡眠を開始するのに最適な時間になっており、必要な家事もすべて終えていた。
  まさか葉月を狙ってくるとは予想外だった。兄に電話をして文句を言おうかとも思ったが、葉月が祖父にあそこまで会いたがってる以上、相手を責めたところでどうにもならない。
  父親と絶好している。娘の葉月に言ったとおりだった。正確には和葉が自分の父親――つまりは実家から勘当されていた。
  実家を出た時に、和葉は二度と戻るまいと心に決めた。それがこんな形で自分にたてた誓いを破る結果になろうとは想像もしてなかった。
  加えて、本来なら何の関係もない高木春道も同行するかもしれない。同居したての頃なら拒否されただろうが、現在の彼は葉月が頼めば応じる可能性が高い。
  それをわかった上で、和葉は娘の申し出を全部了承したのだ。実家に戻れば、確実に娘だけじゃなく、夫の顔も見せろと要求されるのは明らかだったからである。
  結婚したことは実家には告げてない。だから兄も知らない。和葉自身から言うつもりはなくても、娘の葉月が兄に教えるケースは十二分にあり得る。
  そうなった場合、その場に戸籍上の夫である高木春道がいないと、またややこしい問題に発展しまう。
  あまり関わりたくない問題だったからこそ、父だけじゃなく、兄とも実家を出てから一度も会ってなかった。
  けれどこうなってしまったからには、もう関わりたくないなどとは言ってられない。どうせ直面するのなら、この機会に一気に片付けてしまおう。それが和葉の考えだった。
  実家は車でも電車でも、一日あればゆっくり着くことができる。近くもないが、極端に遠くもない。現代は交通整備がされており、車の場合は高速道路。電車の場合は新幹線を使えばいいだけである。
  どちらもオフシーズンなので、お正月やお盆みたいに帰省客でごった返すこともない。スムーズに目的地へ行けるはずだ。
  夕食後に会社に電話して、明日と明後日の二日間を有給休暇にしてもらった。ここのところ働きづめだったので、直属の上司である店長も快く休みをくれた。
  何気なく天井を見上げる。実家に住んでいた頃の思い出が蘇ってくる。
  地元には仲の良い友人もいるし、家族とも決して仲が悪いわけじゃなかった。そのすべてを変えてしまったのがあの問題だった。和葉が実家から勘当されることになったあの――。
「……とにかく明日ね」
  下手に夜更かしをして体調を崩しても仕方ないので、和葉も自室に戻って眠ることにする。
  そして、久しぶりに実家に戻る運命の日を迎えるのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:54:56 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 18

 何でこんなことになってるんだ。私室でスーツに着替えている高木春道の脳内では、巨大なハテナマークが無数に並んでいた。
  仕事をし終えたあとで、戸籍上で最近娘となった松島葉月から相談を受けた。確か内容は祖父に関するものだったと記憶している。
  父親をほしがる娘のためにと、葉月の母親である松島和葉は春道に結婚してほしいと頼んできた。数々の好条件と引き換えに、愛のない結婚を了承する。
  その時に決めた約束事のひとつに相互不干渉があった。お互いの生活を尊重するために、必要以上に相手の生活に入りこまないようにしようということだ。
  それがどうしたわけか、子供嫌いなはずなのに春道から松島葉月の世話を焼いてしまった。それ以来、どうも懐かれている。
  好ましくない状況だと、何度も松島和葉から怒られ、その度に気をつけようと思うものの、どうしても決意したとおりにはいかない。
  そして今日。これまた何でか、松島和葉の実家に春道も同行することになったのだ。
  緊急の仕事ではないので日程に余裕があり、なおかつ和葉の承諾も得てるらしきことを葉月が言っていた。そうなれば居候に等しき春道は従わざるを得ない。
  祖父に関しては、戸籍上は父親でも実際は他人の春道がどうこう言える問題ではない。だからこそ、母親である松島和葉に相談しろと葉月に言った。
  わりと素直な性格をしてる松島葉月は、そのとおりに母親と話し合ったのだろう。どういういきさつがあって、家族三人で実家に行くことになったのかは不明なままだ。
  仮初の夫婦である春道と和葉だけに、ひょんなことでボロがでないとも限らない。スーツに着替え終えても、春道の気は重かった。
「乗りかかった船か……」
  一度大きくため息をついてから、決定してしまったのは仕方ないと気合を入れる。松島和葉は一階で、娘の松島葉月は二階の廊下で春道を待っている。出発の時間もあるので、そろそろ部屋を出ないといけない。
  私室のドアを開けると、即座に葉月が駆け寄ってきた。よく懐いてる子犬みたいだ。
  合流した松島葉月を連れ添って階段を下りると、すでに松島和葉は突き当たりの玄関で待っていた。準備したものを入れたバッグを二つ側に置き、すでに靴をはき終えている。
  荷物のうちのひとつは可愛らしいリュックサックで、見つけた葉月が楽しそうに背負う。まるで遠足気分な我が子を見て、少しだけ和葉が微笑む。春道には決して見せない表情だ。
  一泊したとしても明日には帰ってこれるので、春道は一切着替えなどを準備していない。元々無頓着なタイプなので、同じ服を二日続けて着てもわりと平気だったりする。
「で、実家にはどうやって行くんだ」
  今朝方、松島の実家に向かうと告げられたばかりなので、移動方法などはまるで知らされていない。葉月に聞いてもよかったが、朝からだいぶ興奮してるので、まともな返答が得られるとは思えなかった。
「新幹線でと思っています。実家も田舎なので、結構電車を乗り継ぐことになります」
  となると時刻表を見ての移動になる。何事も余裕を持って望みたい性分だけに、キツキツのスケジュールには若干の抵抗がある。万が一不測の事態に陥った場合、次の手に困ってしまうからだ。
  そこで春道は車では駄目なのか和葉に聞いてみる。車ならいちいち乗り継ぐ必要はない。それに文明の発達した昨今では、高速道路なんて便利なものも存在する。
  悩む和葉に、隣で話を聞いていた少女が「葉月もパパのお車がいいー」と春道の考えに賛同した。こうなれば娘を溺愛している和葉が反対するわけもなかった。
  車で移動することになり、春道が鍵を開けると和葉が葉月を後部座席に乗せた。それから自分が助手席へと乗る。一応は夫婦なのだから、家族で出かける配置としてはこれが普通なのかもしれない。
「では、おせ――いえ、お願いします」
  途中で和葉が言葉を変更した。恐らくは春道に「お世話になります」と言おうとしたのだろう。けれど、それではあまりに他人行儀すぎる。そこでわざわざ言い直したのだ。
  とはいえ、途中まで台詞が出かかるあたり、やはり葉月とは違って家族とは認めてないようである。
  当然の話だった。春道とて、未だこうして和葉たちと暮らしてる現実に違和感を覚えたりするのだ。ほとんど初対面に等しかった男女が、何の感情もなく突然結婚したのだから無理もない。
  とりあえず松島の実家までのナビを和葉に頼み、春道は車のエンジンをかける。マフラーから威勢のいい音が鳴り響く。今日も愛車はご機嫌のようだった。
  ガレージから車を発進させ、松島和葉の案内で目的地を目指すのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:55:14 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 18
高速道路を使い、途中途中でパーキングエリアにも寄りながら、なんとかその日のうちに松島の実家へと到着する。
  考えてみれば、松島和葉と結婚したはいいものの、春道は相手方の両親へ一度も挨拶をしていない。
  それは和葉も同様だったが、春道はわざわざ両親に紹介する必要もないと思ってたので、実家に連れ帰ったりはしてなかった。頼んでも断られそうだったし、どうせ松島葉月に父親が不要になれば離婚する約束なのだ。
「うわー。おっきいお家ー」
  田舎と和葉が称してたとおり、この近辺で目撃した景色と言えば田んぼと森程度だ。春道たちが住んでるところも都会とは言えないが、この地域こそ田舎と呼ぶに相応しい。
  平屋が多い一帯の中で、ひときわ目立つ立派な家。昔ながらの由緒正しき家柄といった感じで、一見すると武家屋敷を連想させる。
「こ、ここが……本当に……?」
  思わず春道まで上擦った声をだしてしまう。テレビでしか見た経験のない建物だった。車から降りた松島和葉は、どこか忌々しげに春道の問いかけに頷いた。
  道中から機嫌が悪かったが、実家が近づくに連れて拍車がかかっていた。無愛想ながらもきちんと応対してくれるいつもとは違い、迂闊に話しかけられないオーラが全身から発せられている。
  何かとんでもない事態に巻き込まれてしまったんじゃないか。嫌な汗が春道の頬を流れた。
「なんかねー。ママはお祖父さんと絶交してるんだってー」
  ぴょんと後部座席から地面に飛び降りた松島葉月が、にこやかな笑顔でとんでもない事実を通告してきた。
  絶交――それはすなわち、松島和葉が実家から勘当されてるということではないのだろうか。そんな事実はまったく聞かされていなかった。
  葉月に前から知ってたのか聞くと、さも当然そうに「うんー」と肯定の言葉が返された。
  道理で松島和葉が、父親――葉月にとっては祖父の存在を隠していたわけである。どんな理由があるかは不明だが、そんなデリケートな問題に娘を関わらせたいはずがない。
  恐らくは何度も松島葉月の頼みを拒絶したに違いない。それでも最終的には娘の熱意に折れた形になったのだろう。そうでなければ、こんな展開になるとは考えられなかった。
  かなりヘビーな問題なのに、自分なんかが関わってもいいのだろうか。漠然とした不安を春道は感じていた。それでもここまで来た以上、和葉たちと一緒にいくしかなかった。
  松島和葉も肉親などに、春道と結婚した本当の意味を教えてるとは思えない。ならば、春道と和葉はれっきとした夫婦なのだ。妻の問題は夫の問題でもある。ここで春道がいなければ、後々面倒事に発展するかもしれない。
  逃げたところで厄介な事態が好転するはずもない。どこかで必ず向き合わなければならない。それが本当の夫婦だったらの話だが。
  春道と松島和葉の夫婦関係は独特なので、どちらかと言えば巻き込まれたような気がしなくもない。今更そんな恨み言を口にしても後の祭り。なるようにしかならない。
  覚悟を決めて、春道も車から降りてロックをする。家も広大なら、土地も広大。駐車スペースには困りようもなかった。
  和葉は自分の荷物を持ち、少し離れた場所で娘と一緒に春道を待っている。とっくの昔に置いていかれたと思っていたが、そうではなかった。
  少し嬉しく感じたものの、よくよく考えてみれば初めて来た嫁の実家で、夫をひとり置き去りにして行くケースもそうそうない。
  葉月に「パパ、早くー」と呼ばれ、少し急ぎ足で春道は二人に追いつく。
「ここが私の実家です。訳あって勘当されてますが」
  淡々と松島和葉から、実家と現状の説明がされた。勝手知ったる我が家のはずなのに、やはり嬉しそうな様子は微塵もない。
  春道自身も、自分の顔が引きつってるのがわかった。どんな事情があるにせよ、実家から勘当されたからには複雑に決まっている。
  実家とは割と疎遠な春道でさえも、両親から勘当だと通告された経験はない。何をどうすれば、そこまで事態が発展するのか想像もつかなかった。
  何はともあれ、必要以上に松島家の問題に口を挟むつもりはなかった。解決するかどうかも含めて、あくまで松島和葉の判断次第なのだ。ここで春道が変に横槍を入れれば、さらに面倒な事態になるのは想像に難くない。
  あまり実家のことは語りたくないのか、それきり無言になった松島和葉がスライドタイプの古めかしい入口を開ける。
  ガラガラと特有の音が鳴り、玄関が姿を現す。視界に映った景色は、これまたテレビでよく見るような由緒正しきものだった。
  帰宅すれば「ただいま」と言うのが普通なのだが、松島和葉の場合は「ごめんください」と感情のこもってない声で、玄関奥に向かって声をかけた。
  小さな声だったがきちんと届いたようで、奥から足音が聞こえてくる。葉月が春道の私室へ来る時みたいな慌しさはない。あくまでも、家の雰囲気どおりの丁寧さを備えていた。
  玄関からの道筋は一本で、突き当たりで廊下が左右に別れている。初めて来た春道には、もちろんどちらにどんな部屋があるかなど知る由もない。
  やがて右側の廊下から、ひとりの若い男性が姿を現した。すぐに玄関までやってきて、まずは一度ぺこりと頭を下げた。
  年齢は春道より少し上程度。顔つきはいたって穏やかで、見るからに好青年といった感じである。かけている眼鏡が育ちの良さをより際立たせている。
  体型もスラッとしているけども、痩せすぎといった感じはしない。標準体型という形容が一番相応しい。面影がどことなく松島和葉に似ていると思っていたら、男性はまず最初に「よく帰ってきてくれたな」と和葉に声をかけた。
「葉月まで使って、そう仕向けたのは兄さんでしょう。別に帰ってきたわけではありません」
  瞼を閉じ、不機嫌さを隠そうともせずに、松島和葉は兄と呼んだ目の前の男性にそっけなく言い放った。
  辛辣な台詞を浴びせられた男性は苦笑いを浮かべながら、今度は春道の方を向いた。
「初めまして、戸高泰宏です。和葉はおしとやかそうでいて、気が強いから貴方も大変でしょう」
「い、いえ、そんなことはありません。あ、私は高木春道です」
  同情の視線を向けられても、そのとおりですよなどと春道は口が裂けても言えない。差し障りのない言葉を返してから、春道も自己紹介して頭を下げた。
  それと同時にある種の疑問も生じた。
「戸高……?」
  思わず頭の中に浮かんだ疑問を口にだしてしまった。マズいと思った時には、増した濃度の苦笑いを浮かべる戸高泰宏がいた。
「ある程度の事情は妹から聞いてると思いますので、正直に話します。妹――和葉は戸高家から勘当された身ですので、母方の旧姓である松島を名乗ってるのです」
  無礼な態度をとってしまったにもかかわらず、それを咎めることもなく懇切丁寧に戸高泰宏が事情を説明してくれた。どうやら普通にいい人のようである。
  それにしてもずっと松島の実家だと思ってたのが、まさか戸高家という別姓の家だとは予想もしてなかった。
  和葉は当然ながら、葉月もある程度は承知してたようであまり驚いてない。それとも単に事態が理解できてないだけなのか。それは松島葉月本人にしかわからない。
「おじさんがママのお兄さんなのー?」
  ここまで大人たちのやりとりを黙って聞いていた松島葉月が、ここで初めて口を挟んできた。春道と歳がさほど変わらない相手を、平気でおじさん呼ばわりするとはさすが小学生である。歳の若さなら最強の部類に入る。
「そうだよ。伯父さんがママのお兄さんだ」
  それでも戸高氏は嫌がりもせず、しゃがみこんで葉月と目線を合わせてから笑顔でそう答えていた。
「積もる話や聞きたいこともあると思うけど、とにかく父と会ってくれないか」
「……そうね」
  気乗りはしてなさそうだったが、一応松島和葉は頷いた。実家へ来た本来の目的は、葉月が祖父と会いたがっていたからだ。娘の希望を叶えるためには、どれだけ嫌でも一度は勘当した父親と会わなければならない。
  はたしてそういった時の心情とはどんなものなのか。同じ事態に直面した経験のない春道にはわからなかったが、とにかく和葉や葉月とともに、戸高家にお邪魔させてもらうのだった。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:55:45 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 19

「何しにきた」
  春道たち一向が戸高泰宏の案内で、葉月の祖父――言わば松島和葉を勘当した実の父親の部屋へ入った瞬間に、室内にいたひとりの男性から発せられた言葉がそれだった。
  老齢と呼ぶにはまだ少し若い。中年と形容するのが一番妥当に思えた。恐らくは五十代半ば程度から後半ぐらいだろうか。口元には立派な鬚を生やしており、春道の初見のイメージは田舎の大地主といった感じだった。
「親父。せっかく和葉が戻ってきてくれたのに、そんな言い方はないだろう」
  春道たちと一緒にいた戸高泰宏が、食ってかかるようにベッドで横になっている男性に近づいていく。
「俺は帰ってこいと頼んだ覚えはないぞ」
  自力でベッドから上半身を起こし、戸高泰宏の父親と思われる男性がきっぱりと言い放った。昔ながらの頑固親父の印象で、素直に謝ったりするタイプにはとても見えない。
  この父親と話がこじれたら大変だろうな。春道でさえも、他人事ながらそう思ってしまう。松島和葉の場合はそんな人間と、喧嘩どころか勘当されてしまってるのだ。
  ちらりと横目で様子を窺うと、何の感情も抱いてないようだった。ベタなドラマだったら、ここで孫の葉月が父娘の雪解けのための重要な役目を果たしたりする。
  考えてから、まさかそんな展開はないだろうと頭の中で春道が否定してると、母親の和葉よりも早く娘の葉月が口を開いた。
「アタシのお祖父さんなんですか」
  初対面の相手だろうか。いつもみたいに自分のことを名前で呼ばずに問いかけた。そう言えばと春道も記憶を蘇らせる。
  銭湯で初めて松島葉月と出会った時も、彼女は自分をアタシと呼んでいたはずだ。記憶力はさしてよくないはずなのに、何故こんなことを覚えてるのか不思議だった。
「違う」
  松島葉月の問いかけに対して、見事なまでのぶっきらぼうな答えが返ってきた。表情ひとつ変えてないところを見ると、どうやら強がりなどでわざと口にしたわけではなさそうである。
「余計な世話を焼いてくれたのはお前か、泰宏」
  ギロリと男性に睨まれ、戸高泰宏氏は何も言い返せずに押し黙ってしまう。完全に迫力負けしていた。
  それでもはるばる来てくれた春道たちに悪いと思ったのか、若干弱々しい口調ながらも戸高泰宏は必死に反論する。
「親父が頑固だから、こんな機会でもないと和葉と和解できないだろう。いい加減に意地を張るのは止めてくれ」
「ほう。俺が意地を張ってるだと。何故、お前にそんなことがわかるんだ? 是非とも理由を教えてくれないか」
  威圧感たっぷりにプレッシャーをかけられると、せっかく集めた気力もどこかへ飛び散ってしまう。
  恐らくは父娘を仲直りさせようと、戸高泰宏は妹である松島和葉にあの手、この手で勘当された実家に帰宅させようとしたのだ。
  とりあえずの目論みは成功し、こうして家族揃って実家へ戻ってきたわけだが、父親をどうやって説得するかまでは頭がまわってなかったみたいである。
  戸高泰宏氏に思慮が足りないとは一概に言えない。理由はあの男性の頑固すぎるくらいの性格にある。仮に素直に仲直りをしてくれと頼んでも、まず間違いなく首を縦には振らない。そこで娘である和葉から歩み寄らせる方法を考えついた。
  父親にとっては孫となる葉月も同行してくるし、多少は素直になってくれる。そう考えたくなるのもわからなくはない。だが兄妹ならわかるだろうが、松島和葉もおしとやかそうに見えて芯は頑固だ。改めて実の父娘なのだなと実感する。
「もういいわ、兄さん。どうせこうなるのがわかっていたもの」
  相変わらず感情のこもってない顔と声で、松島姓を名乗ってる娘が他人事のように呟いた。悲しみさえ表面に出なくなるほどの冷め切った親子関係。勘当されたのはだいぶ前だと簡単に想像がつく。
「わかっていたのに、泰宏の口車に踊らされたのか。相変わらず愚かな人間だ。少しも成長していないようだな」
「……他人である貴方に言われる筋合いはないと思いますが?」
  父娘の間で背筋がゾクリとするほどの緊張感が生まれる。何でこんな場所に着いてきてしまったのか、今更ながらに春道は後悔していた。
「ママ、それはめー、でしょ!」
  戸高泰宏氏も口を挟めない状況の中、複雑に絡み合った空気を甲高い声が打ち砕いた。
  声の主は松島葉月だ。子供だからこそ、大人では口出しできない状況下でも発言できたのかもしれない。
  いや、意外と洞察力が鋭い少女だけに、わかっててピリピリとした空気を壊した可能性もある。そうだとしたらたいしたものだ。
「葉月……?」
  きょとんとしてる母親の前に立ち、松島葉月はもう一度「めー、なの」と唇を尖らせて母親を注意する。こうした仕草だけを見てると、小学生というよりまるで幼稚園児だ。
「喧嘩してても、お祖父さんは他人じゃないの。葉月のお祖父さんなの」
  真剣な顔つきで、必死に松島和葉へ抗議をする。親しい人間が母親ひとりしかいなかった少女にとって、祖父の存在は春道たちが思ってるよりも大きいのかもしれない。
  父親を求めた状況からも、葉月が何より家族を欲しがってるのはよくわかる。戸高家へ来るまでは、楽しい話でもしながら皆で夕食をする。そんな光景を何度も頭の中に思い描いていた可能性も否定できない。
  本当は父親とは会いたくなく、勘当された自宅にも帰りたくなかったはずの松島和葉でさえ、娘の熱意に動かされたといっても過言ではないのだ。
「お祖父さんも、喧嘩したら仲直りしないと駄目なのー」
  プンプンと怒る松島葉月が、祖父にも苦言を呈する。これまたベタなドラマだったなら、ここで父娘がお互いに謝罪して一件落着となる。しかし現実は甘くなかった。
「俺に孫はいない。どこの子供かは知らないが、勝手に家に入ってくるとはよほど躾がなってないのだな」
  元気印がトレードマークの松島葉月も、強面の顔にギロリと睨みつけられればさすがに怯む。
  葉月が春道の顔を見て助けを求めてくるが、生憎と何を言ったらいいのかわからない。基本的に結婚の挨拶さえしてないし、そもそもこうした家族間の問題に口を挟める立場ではなかった。
  それは松島和葉も重々承知しているのだろう。春道に被害が及びそうと見るや、娘の髪の毛を撫でながら優しい声で「帰りましょう」と呟く。
「でも……だって……」
  葉月は何度も祖父と母親の顔を見比べる。綺麗に輝く瞳からは、現状をなんとか打破したいという強い意志が伝わってくる。
  松島和葉とその父親に仲直りしたがってる空気があれば話は別だが、春道の目からはどうにも両者の溝は深いように見える。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:56:03 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 19

「さっさと帰れ」
  これまでと何ら変わらないキツい口調。何者も寄せつけない厳しさがそこにあった。松島葉月と、彼女を戸高家に導いた泰宏氏だけが落胆の表情を浮かべている。
  これ以上の会話は無意味だ。第三者である春道でもはっきりとそうわかるのだから、当事者たちはより強く感じてるに違いない。
「帰るわよ」
  もう一度、松島和葉が娘に告げる。戸高泰宏氏は何も言わない。父娘を仲直りさせるのを、すでに諦めているふうだった。
「いやだもんっ! こんなのいやだもんっ! だって、だって……」
  嗚咽を漏らし始めた松島葉月が、両目から溢れてくる涙を洋服の袖で拭う。大人たちとは違い、特殊な事情を知らない子供だからこその反応だった。
  それゆえにとてもストレートで、感情が各人の胸に深く突き刺さる。なんとかしてやりたいとは思うが、直面している問題の根の深さを知らない春道が発言しても焼け石に水どころか、余計に事態を複雑化させる原因になりかねない。
「……帰れ」
  その場を動こうとしない少女ひとりに、松島和葉の父親冷たい台詞をぶつけた。会うのを楽しみにしていた親族からの心無い仕打ちに、葉月は何も言えずに俯いて泣きじゃくる。
  申し訳なさそうな顔をしている戸高泰宏を横目に、和葉は娘の背中を押して、ともに父親の部屋から退出する。
  残っていても仕方ないので、春道もそれに倣う。すぐに戸高泰宏氏も部屋から出てきた。
「……帰ってくるべきではなかったわ」
  実兄の顔を見もせずに言い放ち、和葉は葉月の手を握ったまま歩き出す。春道の記憶が間違ってなければ、向かった先には玄関がある。
  松島和葉からすれば、元々ここは勘当された実家。別姓を名乗ってる以上、自分には関係ないとすでに割り切ってるのだろう。そこへ愛してやまない娘への今回の一件。怒りがマックスレベルに達してると推測するのは、さして難しくもない。
「確かに、和葉の言うとおりだったかな」
  自嘲気味に戸高泰宏氏が笑う。この人はこの人なりに家族を想って、今回の一件を演出したのだ。結果は失敗に終わってしまったが、決して悪い人ではない。
  父親に似て、頑固で芯の強い一面が松島和葉あるのは、兄である戸高氏が一番よく知っている。だからこそ、あえて急いで後を追おうとしないのだ。
  表面では平静を装っていても、内心ではマグマのごとく彼女の怒りは沸騰してるに違いない。そんな状況で無理に会話をしようとするのは、火に油を注ぐようなものである。
  なかなか意見を曲げようとしない女性だけに、戸高氏が引かない限りは喧嘩になるのは必至。それぐらいは兄妹ではない春道でも十二分にわかっていた。
「せっかく来てもらったのに、申し訳なかったね」
  だからというわけではないだろうが、戸高泰宏は春道にペコリと頭を下げていた。相手はどういった経緯で、春道と松島和葉が結婚したのか知らないだけに、自分はただの付き添いなのでと軽く受け流すわけにもいかない。
「まさか親父があそこまで意固地になるとは思わなかった。完全にこちらの読み違いだよ。無駄足を踏ませてしまった」
  丁寧に謝罪してくれる戸高泰宏氏に、春道は「気にしないでください」と返答する。それしか言いようがなかった。
「そう言ってもらえると助かるよ。和葉は容姿は母親に似たんだけど、性格は父親似でね。兄妹だからなんて理由は通じない。母親が生きてれば、まだ少しは違ったのかもしれないけどね」
  どうやら松島和葉の実母はすでに他界しているらしい。お互いの家族構成など報告しあってないので、初めて知った。何て返したらいいかわからず、春道が無言でいると戸高泰宏は構わずに台詞を続ける。
「幼い頃に母親を亡くしてから、親父は男手ひとつで俺たち兄妹を育ててくれた。和葉だってそれぐらいはわかってるはずなんだけどね」
  そう言って、どこか寂しそうに戸高氏がフッと笑った。困った。やはり何を言っていいのかわからない。春道が葉月を連れて、先に車へ向かうべきだった。今更ながらに後悔する。
「あんなことがあったからしばらく連絡はとってなかったけど、たったひとりの妹だからね。ずっと心配はしていたんだ」
  戸高氏の会話内容から、他に兄弟はいない事実も判明する。こうして自分だけ、松島和葉の家族構成を知っていくのは不公平な気もしたが、何も春道から質問したわけじゃない。相手から積極的に話してくるのだ。
「でも無事に結婚もしたみたいだし、安心したよ。妹をよろしくお願いします」
  これまでで一番丁寧なお辞儀だった。兄妹だからこそ遠慮のないやりとりがあるのかもしれないけど、血の繋がりは決して消えない。心配するのは当然だった。
  春道が「わかりました」と返事をすると、満面の笑みで戸高泰宏が頷いた。この場で真相を暴露したところで誰も得はしない。真剣に受け止めて間違いはなかった。
「それにしても、よく和葉との結婚を決意したね」
  松島和葉の頑固な性格を言ってるのだと思ったが、互いの損得だけを考えての結婚だけにキツくあたられたりした経験はない。むしろきちんと食事等の世話を、事前の約束どおりにしてもらってるので感謝したいくらいである。
「いえ、特に問題はなかったですよ」
「そうか。君は器が大きいんだな。奥さんと血が繋がってない子供も、きちんと自分の娘として受け入れたんだからね」
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:56:25 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 20

 ……え? 頭の中に無数の疑問符が発生する。春道は戸高泰宏の台詞を思い出す。奥さんと血が繋がってない子供も、きちんと自分の娘として受け入れた。それが意味するのはつまり――。
「……あれ? もしかして、知らなかったのかな……」
  返事をしない春道の態度を見て、戸高氏がまたやらかしてしまったのかと、実に気まずそうにする。
「いえ、大丈夫ですよ。少し考え事をしてただけですから」
「ああ、よかった。余計なことを言ってしまったのかと思ったよ。和葉に怒られる案件が無駄にひとつ増えてしまうところだった」
  心の底からホッとしている戸高泰宏に、充分余計な情報を与えてくれたので、あとで妹さんから大目玉を食らうと思いますなんて春道にはとても言えない。
  妹との結婚を受け入れたのだから、当然娘の問題も承諾済みだと相手は思ってたのだろう。勝手な推測で物事を口にするあたり、慎重かつ冷静な松島和葉の実兄とはとても信じられない。
  むしろ戸高泰宏と松島和葉に血が繋がってないと言われた方がピンとくる。
「昔から大事なところでひと言多くてね。親父からも妹からもよく怒られたよ。こういうところは母親に似てしまったみたいでね」
  愛想笑いを浮かべてはいるが、春道にとって戸高泰宏の性格が父親似だろうと、母親似だろうとそんなのはどうでもよかった。
  重要なのは、松島和葉と松島葉月に血が繋がってない点についてである。もっともそのあたりの事情を知ってる感じをだした以上、戸高泰宏に実情を聞くわけにもいかない。
  仮に問われた時点で「知らなかった」と答えていても、春道と和葉の夫婦間の問題になるので相手は答えてくれなかっただろう。
  ただ松島の実家を訪ねるだけと思いきや、とんだ重大な情報を得る結果になってしまった。松島葉月は知らない可能性が高いし、直接松島和葉に尋ねても「貴方には関係ありません」で終わりそうだ。
  そのあたりの事情については、時期が来たら松島和葉が娘に直接教えるに違いない。春道が余計な口を挟むのは、それこそ筋違いになる。ここは知らないふりをしておくのが一番いい。それが考えた末に導き出された結論だった。
  ふと気づけば、戸高泰宏はどうやら自分たちの母親についての話をしていた。父親とは違っておっとりしており、滅多に怒ったりしなかったらしい。
「その代わり、一度怒ったら親父でさえも手をつけられなくてね。優しさと厳しさを兼ね備えた人だったよ」
  戸高泰宏氏の母親についての話がひと段落すると、それを待ってたかのように足音がひとつ近づいてきた。
「ここにいたのね」
  スッと姿を現したのは松島和葉だった。玄関まで行ったはいいものの、なかなか春道がついてこないので心配になったのかもしれない。
「……悪かったな」
  気まずそうに謝罪した兄に、妹は無表情のままで首を左右に振った。
「勘当された実家に戻ると決めた時に、こうなると大体予想はついてたから。わからなかったのは、きっと兄さんだけよ」
  穏やかな口調ではあったものの、言ってる内容はかなりドギつい。要するに、戸高泰宏氏の思慮不足を暗に責めたのである。
「そうかもしれないな」
  妹の真意に気づくと同時に、父親と積極的に仲直りするつもりもないと悟ったのだろう。兄である戸高氏はどことなく寂しそうだった。
「……兄さんのせいではないわ。何もなかったとしても、いずれはこうなっていたと思う。私とあの人は、まるで火と油だもの」
  娘だからこそ、父親との相性がよくわかっているのだ。加えて頑固な性格をしてる松島和葉は、自分からは決して頭を下げない。
  意地を張り合ってしまうだけの事件があったのだと簡単に推測できるが、わざわざ春道が自分から首を突っ込むべき案件ではないのだけは確かだった。
  戸高泰宏氏の迂闊な発言のせいで、半分程度は巻き込まれてしまっているが、今後気をつければ問題はない。
「そうか。でも、このままでお前は本当に後悔しないか?」
  あくまで長男として、家族の不和を心配しての戸高氏の発言だった。それがわかってるからこそ、松島和葉も邪険には扱えないのだ。
「……わからないわ。でも、今はこのままでいいと思ってる。心配しないで」
  わからない――。正直な和葉の心境に違いない。兄である男性ももそれを理解して、これ以上うるさく言うつもりはないようだった。
「わかった。和葉の好きなようにすればいい。最後はお前の問題なんだからな」
「ごめんなさい。兄さんにはいらない迷惑と心配をかけてしまったわね」
「いや、気にしないでくれ。これまでは親父と一緒に住んでるだけになかなか連絡できなかったけど、今回はなんか嫌な予感がしてな。和葉を呼んだ方がいいような気がしたんだ」
「嫌な予感?」
  戸高泰宏氏が発した言葉に、松島和葉がピクリと眉をひそめた。
「あ、また余計なことを言ってしまったな。気にしないでくれ。何かの確証があるわけじゃないんだ。あれだけ元気だった親父が急に倒れたから、変に神経質になってるのかもしれないな」
「そう……」
  これまで素っ気ない態度をとっていた松島和葉の表情に、かすかな暗い影ができた。勘当されてても、血を分けた実の父親である事実に変わりはない。意味深な発言をされれば気になって当然である。
「ま、何かあっても大丈夫だ。こうして長男である俺が一緒に暮らしてるんだからな」
  ほんの少し不安顔になった妹を元気付けようと、戸高泰宏氏が笑みを見せた。名字は別になってしまっても、二人はやはり兄妹なのだと実感する。
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:57:06 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 20

「本来なら早く結婚して、跡継ぎでも見せてやれば親父も喜ぶんだろうが、いかんせん相手がいないからな」
  春道に視線を移したあとで、戸高泰宏が照れ臭そうに笑った。妹に先を越されたと思ってるようだが、実際には松島和葉も独身みたいなものだ。
  もちろん相手はそれを知らないので、妹をお願いしますと春道に握手を求めてきた。
  ここで真実を説明するわけにもいかず、春道は「わかりました」と応じるしかなかった。戸高泰宏とガッチリ握手をしてる光景を、側にいる松島和葉が複雑そうに見守っている。
「親父が何と言おうと、ここはお前の実家なんだ。好きな時に帰って来い」
  春道と短い握手を終え、泰宏が実妹にそう声をかけた。
「追い返されるだけだわ」
「……それを言わないでくれよ」
  戸高泰宏が苦笑いを浮かべたのとほぼ同時に、松島葉月もまた春道たちのところへやってきた。
「ごめんなさい。待たせてしまったわね」
  実兄との別れの挨拶もそこそこに、母親でもある松島和葉は娘の下へ歩み寄っていく。
  春道も戸高泰宏へ挨拶をしてから、和葉の後をついて戸高家の玄関へと向かう。相当な広さなので、ひとりで行動すれば大人でも迷子になる可能性があった。
  戸高泰宏氏は結局玄関先まで見送ってくれ、春道たちが車に乗り込む姿を眺めている。途中で葉月に小遣いを渡そうとしたのだが、それは妹の和葉が丁重にお断りしていた。
  例え兄といえど、戸高家の人間に借りみたいなものを作るのが嫌だったのかもしれない。本来なら文句を言いそうな葉月も、祖父との一件がよほど応えたのか何も言わなかった。
  全員が車に乗り込んだのを確認したあとで、春道は戸高泰宏に運転席で一礼してからアクセルを踏んだ。
  田舎には不似合いな豪快なマフラー音が響き渡り、戸高家の窓がカタカタと震える。出発した時同様に、松島和葉が何かを言いたそうにしながらも途中で口をつぐむ。
  恐らくは排気音のうるささに文句をつけたいのだろうが、戸高家まで連れてきてもらった手前、なかなか言い辛いのだ。ましてや溺愛してる娘の松島葉月は、春道の車を特に気に入ってるようだった。
「……いいのか」
  春道の問いかけに、松島和葉は頷いて答えとする。事は和葉の問題であるだけに、本人の意思に従えばいい話だ。
  本格的にアクセルを踏み、長い時間をかけて来たわりにはほとんど滞在しなかった戸高家――松島和葉の実家を後にする。
  このまま自宅に戻るのもいいが、それだと次の日の朝になってしまう可能性が高い。ほとんど休みもなく運転してきて、帰りも徹夜になるのはさすがにキツかった。
「……宿を取った方が良さそうですね」
  助手席から見てるだけでも、春道の疲労具合が想像できたのか、思いがけない提案が松島和葉からされた。
  これに喜んだのは松島葉月だった。後部座席から身を乗り出し、ホッとしてる春道と、背筋を伸ばしたまま座っている和葉の間に割り込んでくる。
「どこかにお泊りするのー?」
  祖父である人物に冷たくされ、しょんぼりしてたかと思いきや、すでに本来の明るさを取り戻している。
「ええ。温泉があって、料理がおいしいと評判の旅館よ」
  娘に説明しながら、和葉が春道に道順を告げる。実家に泊まるものとばかり思っていたが、松島和葉はこうなるのを予測して事前に宿を予約していたのだ。
  春道が大丈夫そうなら宿を電話でキャンセル。大丈夫じゃなさそうなら、予約していた宿に向かう。大手会社の役職をもらってるだけあって、なかなかの手際のよさである。
  松島和葉も色々とショックを受けていたので、嫌なだけの思い出にしないためにも母親らしく気を遣ったのだろう。例え血の繋がってなくても、葉月は大事な娘なのだ。
  そこまで考えてから、春道は小さく舌打ちをした。血の繋がり云々は松島母娘の問題だ。変な態度をしてしまって、葉月に不信感を抱かれでもしたらマズい。
  あくまでも春道は何も知らない。そういった意識で松島母娘に応対しなければいけないのだ。和葉が真相を告白する前に、事が露見してはどうしようもない。
「……」
「……どうかしたか?」
  いつの間に娘と話し終えたのか、松島和葉が助手席から春道の横顔をジーっと見ていた。
「……いえ。そこを左です」
  まったく表情を崩さずに、松島和葉は口頭でナビの役割を果たす。一体何だったんだと悠長に考えてる暇はない。ここは春道も通った経験のない場所なのだ。うっかり助手席からの指示を聞き逃すと面倒なことになる。
「温泉ってどれぐらい広いかなー」
  そんな春道の微妙な焦りを露知らず、にこにこと楽しそうに松島葉月が声をかけてくる。
「ママが見たパンフレットでは、なかなか綺麗で大きかったわよ」
「えー。ママひとりで泊まるところ、決めちゃったのー」
「だって、葉月は気持ち良さそうに寝てたもの。起こしたらかわいそうでしょう」
「そういう時はいいのー。あーあ、葉月も一緒に決めたかったなー」
  拗ねかたも、すっかりいつもの松島葉月に戻っている。これなら何の心配も――。
  春道が何気なく、戸籍上は娘になっている少女の顔を見ると、頬に薄っすらと涙のあとが残っていた。細かく観察すれば目も充血している。幼い少女にとって祖父のキツい態度は、精神的なダメージが大きかったのだ。
  いつまでも悲しんでると、春道や和葉が心配するかもしれない。幼い少女は大人の二人を気遣って、わざと気丈に振舞っていた。衝撃の事実に気づいて、春道は思わず苦笑する。
  もしかしたら、自分なんかより松島葉月の方がよっぽど大人かもしれない。和葉もそうした心遣いに気づいたからこそ、いつもと変わらぬ調子で娘と会話をしてるのだ。
「ごめんなさい。次は葉月が起きてる時間に決めましょう。そうすれば、自然と話に加われるもの」
  お祖父さんと仲良く遊ぶつもりだった葉月の前で、万が一の保険として宿を取っておくね、などと説明できるわけがない。春道が和葉の立場でも、間違いなく同じようにしていた。
「うんー。その時はパパも一緒だからねー」
  何て返事をするべきか。春道が迷ってると、助手席から凛とした声が発せられた。
「見えました。あそこにある旅館が本日の宿です」
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 楼主| 发表于 2009-4-29 08:57:38 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 21

「あー……いい気持ちだ」
  思わず高木春道はそう呟いていた。
  オフシーズンだったこともあり、辿り着いた旅館に宿泊客はそれほどいなく、こうして時間ぎりぎりになれば温泉はほぼ貸切状態だった。今頃は松島葉月も母親とともに温泉を満喫してるに違いない。
  部屋に案内してくれた客室係の女性が、この旅館の売りは温泉なので、お食事前にどうですかと勧めてくれたのである。
  長旅で葉月も疲れてるだろうからと、松島和葉が賛成した時点でとりあえずの行動指針が決定した。
  スポンサーとなるのは松島和葉なだけに、簡単に反対はできないし、またするつもりもなかった。基本的に春道も温泉が好きだったからである。
  足を伸ばして温泉に浸かれば、心地良い温かさが全身を包む。一日中のアクセルワークに疲れた足を労わってくれて、たちまち夢見心地になってしまう。
  銭湯と違って湯船の温度は控えめだが、そのぶんゆっくり入れるというものだ。あまり長湯が好きではない春道であっても、温泉に関しては話が別だった。
  もっともあまり長時間浸かってると簡単に逆上せてしまう。普通のお風呂と違い、温泉成分が肌に染みこむため、上がってから一気に汗が噴出してくる。これがたまらないと同時に、気をつけないと大変な事態になる。
  家の風呂に縮こまって入浴するのがあまり好きではないからこそ、春道は松島家に居候してる現在でも毎晩銭湯に通ってるのだ。
  住んでいる地域は田舎だけに温泉もそこそこの数があり、たまに足を伸ばしたりすることもある。温泉経験値を着実に積み重ねてきたからこそ、注意点もよくわかるのだ。
  松島葉月が温泉ではしゃぎすぎてないか心配になったが、すぐに頭から振り払う。冷静でしっかり者の松島和葉がついてるので、危険な事態にはなりそうもない。
  それよりも問題は他にあった。松島和葉が予約していたのは一部屋だけだったのである。戸籍上は家族になってるのだから当然なのだが、さすがにこれには春道もまいった。
  邪な願望があるわけではなかったが、同じ部屋で一晩を過ごすとなれば嫌でも意識するに決まっている。もっとも松島葉月も一緒なので、間違った展開にはなるとは思えない。
  いなくても、春道が万が一迫ったところで鉄の意志でシャットアウトされて終わりに違いない。杞憂に終わるとわかっていても、簡単に割り切れないのが男心というものである。しかも春道は未だチェリーボーイなのだ。
「……考えてても始まらないか」
  思考を重ねすぎた末に、湯あたりをしてダウンなんて洒落にもならない。春道は温泉からあがるとフェイスタオルで身体を拭いてから、脱衣所に向かうのだった。

 浴衣というのはどうも肌に合わないので、春道はスーツ姿のままだった。元々が安物だったので、ぞんざいに扱うのも抵抗はなかった。着替えを持ってこなかった春道は、最初からスラックスのまま眠るつもりだったのだ。
  旅館内にある休憩スペースに用意されていたソファに座りながら、松島母娘が温泉から上がってくるのを待つ。一人旅なら自由に行動できるが、今回は同行者がいる。勝手な真似は慎まなければならない。
  黙って待ってるのも暇なので、春道は共用のスペースをひととおり見物する。オンシーズンになると家族連れが多いのか、色々な遊ぶものがある。
  ゲームセンターにあるようなアーケード台から、卓球台まである。自動販売機もジュースだけじゃなく、アイスもある。普通の旅館なら当たり前なのだが、ここしばらくは旅などしてなかったので新鮮に感じられた。
  ましてや春道は、旅館に泊まってもひとりの場合が多かったので、多数で遊ぶ空間には興味を持ってこなかった。こうしてマジマジと見物するのも初めてだった。
「あ、パパだー」
  聞き慣れた元気いっぱいの声で現実に引き戻される。温泉の出入口を見れば、しっかりと髪まで乾かした松島葉月が飛び跳ねながらこちらへ向かってきた。
  祖父に冷たくされたショックも、少しは温泉が癒してくれただろうか。なんて柄でもない心配をする自分自身に気づいて、春道は苦笑する。本当にいつからこんなお節介焼きになってしまったのだろうか。
  と、ここで春道はふとある事実に気づく。戸高泰宏氏は、松島和葉と松島葉月の血が繋がってないと口を滑らせた。そうすると松島葉月と戸高泰宏の父親――つまりは祖父との血も繋がってないことになる。
「どうかしたのー」
  考えこんでいる春道の顔を、すぐ側までやってきた松島葉月が下から覗きこんでくる。クリクリとした大きな瞳が爛々と輝き、好奇心旺盛な一面が顔に表れている。
  直前まで考えていた内容を当事者に言えるはずもなく、とりあえず春道は曖昧に誤魔化しておく。
  少女は納得してなさそうだったが、それ以上追及してきたりはしなかった。元気が有り余ってる年頃だけに、周囲に存在している多種多様な遊戯台に興味を惹かれてるようだ。
  鋭い洞察力と大人な心遣いができる少女も、やはりこのへんは子供なのだなと安心する。
  きょろきょろと葉月が周囲を見渡してると、娘を追うようにして松島和葉も女性用の入口から出てきた。半乾きの髪と浴衣が絶妙にマッチングして、なんとも悩ましい。
  何を考えてるんだと、春道は慌てて頭を左右に振る。夫婦なのだから、妻に欲情するのは別に悪くない。ただ、普通の夫婦関係の場合に限る。
「やっぱり、パパ、なんか変だよー」
  春道の挙動不審ぶりは、周りにある数々の遊戯代よりも松島葉月の興味を惹いたようだった。間近で首を振ったりしてれば当然だが、今回の場合は誰も春道を責めたりできない。
「パパに迷惑はかけてない」
  昼間の一件を和葉も気にしてるのか、必要以上に優しげな声で娘に尋ねる。
  すると葉月はすっかりいつもどおりの笑顔を浮かべ「かけてないよー」と返す。普段の日常でも、最近はよく見かけるようになった光景だった。
  松島和葉は春道の隣に腰を下ろし、片手で愛する娘の髪の毛を撫でる。見つめる視線は母親の慈愛に満ちており、とても血が繋がってない娘に向けるものとは思えない。
  戸高泰宏氏の台詞は何かの間違いだったのではないか。そう思えてくるものの、身内の言葉だけに真実味もかなりある。
「ねえ、パパ。卓球やろー」
  何度となく同じ考えを頭の中で展開している春道に、松島葉月が生来の明るい声で袖を引っ張ってきた。
  葉月も和葉も浴衣を着ており、何より三人ともお風呂上りである。これで卓球なんてしたら、せっかくの入浴が無駄に終わること間違いなしである。
  今夜ばかりは、どんな我侭も許してやろうと決めてたに違いない松島和葉も、さすがに呆れて口をあんぐりさせている。
「無理を言って、パパを困らせたら――」
「――わかった。やろう」
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