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楼主: niehuiyao

[好书连载] 愛すべき不思議な家族

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 楼主| 发表于 2009-6-4 11:12:42 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 33
松島母娘が抱き合ってるシーンを眺めながら、誰にともなく春道が呟いた。葉月が時折感じさせた年齢不相応な雰囲気は、こうした苦労から無意識のうちに身につけたものだったのだ。
「……ごめんなさい。葉月、ごめんね……」
「葉月こそごめんなさい。葉月ね、ママが大好きだよ。本当だよ」
「ええ、わかってるわ。ママもよ。葉月が大好きなの。だから……これからも貴女の母親でいさせてくれる?」
  わずかに顔を離し、松島和葉が正面から葉月の目を見つめる。もちろん少女が首を左右に振るはずもなかった。
「葉月のママは、ママしかいないもん! だからママも、ずっと葉月のママだよ!?」
「……もちろんよ。葉月が嫌だって言っても、一生ママを続けるからね」
  ここでようやく二人が笑う。大きな胸のつかえがとれたような、とても爽やかな心からの笑顔だった。それにつられたかのように、天まで雨を降らせるのを止めてしまった。
「……春道君……君は……その……」
  これまで黙って成り行きを見守っていた戸高泰宏が、小声で春道に話しかけてきた。これもまた当然の展開だった。先ほどの松島母娘の会話からすべてを把握するのは不可能でも、何か不自然な点を感じるのはさして難しくない。
「……ただの雇われた父親ですよ」
  そう言って春道は小さく笑った。それ以外に言いようがなかった。多少呆れてはいたが、別に怒ったりはしていない。むしろこれでよかったのだと思っている。快適な生活を失う結果にはなったが、そもそも計画自体が異常だったのだ。
「雇われた父親……って、どういう……」
「言葉のとおりですよ。まあ、その役目も終わりましたけどね」
  元々、春道と松島和葉が結婚したのは葉月のためだった。愛娘が欲した父親として適当に指名し、奇跡的に近所で出会ってしまった。そこから今の生活が始まる。けれど、今回の一件でその必要はなくなった。
  葉月は自分の生い立ちを知っていた。そして父親を求めたのは、母親のためだったのである。
  実家から勘当されたのが、少なからずショックだったのだろう。それゆえ不意に寂しそうな顔をしてしまい、その場面を松島葉月に偶然目撃されてしまったのだ。
  何のことはない。お互いがお互いを想って、父親を欲しがったのだ。それがわかったのだから、これからはそれぞれの寂しさを母娘で補っていけばいい。努力すれば、きっと血よりも濃い絆を作れる。心の中で、春道は松島母娘にエールを送った。
「役目が終わった……? ちょっと待ってくれるかな。俺には何がなにやら……」
「そんなことより、誰か呼んでますよ。行かなくていいんですか」
  恐らくは親戚のうちの誰かだろう。何か泰宏に用があるらしく、遠くからこちらをじーっと見つめている。
  戸高泰宏も視線に気づいたようで、そちらを向くと「あ、いけない」と声をあげた。どうやら何か大事な用を忘れていたようだ。
「とにかく、あとで話をしよう。春道君も葬儀とかには参加してくれよ」
  それだけ言い残すと、戸高泰宏は慌てた様子で見ていた人がいる方へ走っていく。忙しないことだ。去っていく背中を眺めながら、春道は苦笑する。
「あの……」
  そんな春道に遠慮がちな声がかけられた。松島和葉だった。隣には愛娘の葉月もおり、小さな肩をしっかり片手で抱いている。今回の一件で、二人の絆はより強くなったみたいだった。
「気にするな。あの場面で平常心を保っていられる人間の方が珍しいだろ」
「……すみませんでした」
  本当に申し訳なさそうな様子で和葉が謝罪してくる。言い争いをしていた光景を冷静に振り返ってみて、自分も大人げなかったと気づいたのだろう。
  もっとも、怒られるのを覚悟してきておきながら、言い返してしまった春道も褒められたものではない。ゆえに和葉を責める資格はなかった。
「ママをいじめちゃ駄目なんだからね」
「いじめないさ」
  春道の言葉を聞くと、小さな少女がにぱっと笑った。これまで見てきた笑顔の中でも、一番輝いてるように思えた。
「ねえ、葉月もママと一緒にいていいー?」
「……ええ、もちろんよ。葉月にとってもお祖父さんなんだものね」
「うんっ」
  これまた嬉しそうに松島葉月が頷く。そうこうしてるうちに、再び戸高泰宏が家の外に出てきた。
「悪いけど、和葉たちも来てくれないかな」
  これから何が始まるのか、来たばかりの春道にはわからないものの、色々と仕事があるのは間違いない。それに勘当された身とはいえ、一応は血の繋がりがあるのだ。松島和葉が戸高泰宏に必要とされるのも当然だった。
「わかったわ」
  松島和葉が泰宏へ返事をすると同時に、娘の葉月が春道へ手を伸ばしてくる。
「パパもいこっ」
  隣にいる和葉が春道を見ながら頷いた。参加しても構わないという意思表示なのだろう。しかし春道は、松島葉月の手をとることができなかった。
「……取引先から電話がきたみたいだ。仕事の話かもしれない。悪いけど先に行っててくれないか」
  そう言って春道は携帯電話をズボンのポケットから取り出し、受話ボタンを押して耳に当てた。少女は少し寂しそうにしたものの、母親に「仕事だから邪魔しちゃ駄目よ」と言われて、仕方なしに引き下がる。
「ちゃんと後で来てね。約束だよ」
「……ああ、すみません。ええ、その件でしたらもう大体できてます。はい……」
  再び泰宏に呼ばれたこともあり、松島母娘は春道ひとりをこの場に残して玄関へ向かっていく。そうして視界から誰もいなくなったのを確認して、春道は携帯電話を切った。唐突だったが別に構わない。どうせ最初から電話などかかってきてないのだ。
「……じゃあ、行くか」
  春道はゆっくりと歩きだす。戸髙家の玄関へではなく、向かっているのは愛車をとめている場所だった。
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 楼主| 发表于 2009-6-10 09:11:06 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 34

「パパ、遅いねー」
  松島和葉が異変に気づいたのは、愛する娘である葉月にそう言われた時だった。昨夜から引き続いての訪問客の相手や、段取りを消化するのに一生懸命でそこまで気が回っていなかった。確かに遅すぎる。
「葉月、呼んでくるねー」
  止める暇もなく、葉月はパタパタと走っていってしまった。知り合いもいないに等しく、幼い少女にとってはかなり心細いに違いない。
  けれど、仕事相手との商談なら長引く可能性もある。電話をしてる最中に葉月がまとわりつけば、高木春道に迷惑をかけてしまう。ただでさえ、和葉はみっともない姿を見せているのだ。これ以上の失態はさすがに避けたかった。
  ひとまずの作業を終えたところで残りを泰宏へ任せ、和葉もまた娘を追って高木春道を探しに行く。恐らくは車の中で電話をしてるはずだ。
  和葉が玄関から外へ出ると、今にも泣きそうな顔の少女がひとりで周辺をうろうろしていた。
「葉月、どうしたの」
  名前を呼ばれてこちらを向いた葉月は、涙を両目からこぼしながら駆け寄ってくる。
「パパがいないのー」
  慌てふためいていた娘の行動から、大体の察しはついていた。和葉はまず葉月を優しく慰める。
「きっとお車で電話してるのよ。きちんと探してみたの?」
  言われて初めて、葉月は「あっ」という顔をした。どうやら高木春道の姿だけを探していたようである。
「そっかー。さすがママだね」
「フフ。それじゃ、ママと一緒に探そうか」
「うんっ」
  元気に頷いた娘と手を繋ぎ、和葉は戸髙家の敷地内にある車をとめれるスペースへと向かう。他の弔問客の車もあるだけに、高木春道が使用するとしたらそこしかない。
  だが和葉の予想は見事に裏切られた。戸髙家に来てるのは年配の方が多いだけに、高木春道のようなスポーツカーがあればおおいに目立つ。それを見逃したりするはずもない。念のためにもう一度確認してみるも、やはり該当の車は存在しない。
  なら別の場所だろうか。和葉は葉月の手を引いて歩きだす。
「ママ……」
  時間が経過するたびに、娘が悲しげに顔を歪める。どこを探しても、高木春道の車が見当たらないのだ。それでも戸髙家へ戻る気にはなれず、ひたすら葉月と二人で周囲を探索する。そうこうしてるうちに、戸高泰宏も玄関から外へやってきた。
「どうかしたのか」
「パパが……パパがね、いないの……どこにもいないの」
  泣きじゃくりながら、必死に戸高泰宏へ葉月が訴える。それを聞いて兄も吃驚したみたいだった。
「それなら、電話をかけてみたらどうだ」
  至極まっとうな提案が泰宏からされた。そんなことにも気づけないなんて、もしかしたら和葉は自分が思っていた以上に慌てていたのかもしれない。
  とりあえず三人で家の中へ戻り、和葉はバッグの中から自分の携帯電話を取り出す。アドレス帳から高木春道の番号を呼び出し、ディスプレイに表示させたところで発信ボタンを押す。
「パパ、どこにいるの?」
  横から葉月が、しきりに和葉の服の袖を引っ張ってくる。相当に心配してる様子だが、娘を喜ばせれる返答はできそうになかった。何度電話をかけても通話中になってしまうのだ。
「もしかしたら……」
  電話をかけるのを諦め、発信を終了させたあとで和葉は口を開いた。
「急ぎの仕事が入って、先に家へ戻ってしまったのかもしれないわ」
「そうなの?」
  葉月が小首を傾げる。可能性としては否定できないが、確率はかなり低い。そうはわかっていても、娘へ正直に告げたりはできなかった。そんな真似をすれば、すぐに自分も帰ると言いだしかねない。
  いくらねだられたところで、それだけは応じられなかった。和葉自身も気にならないといえば嘘になるが、散々迷惑をかけてきた手前、こういう時ぐらいはしっかりと兄の泰宏を手伝ってあげたかったのである。
「けど、それだったらいくらなんでもひと言ぐらい――」
「――言う暇もなかったのよ。それに現代には携帯電話という便利な道具もあるわ。後からでも、好きなだけ連絡をとることは可能でしょう」
  葉月を安心させるための言葉を並べつつ、和葉は視線で泰宏に余計なことを口にしないよう釘を刺す。意図が通じたらしく、兄はすまないといった感じで軽く頭を下げてきた。
「少しだけパパのことは我慢してくれる? 葉月だって、お祖父さんへ会いに来てくれたんでしょう」
  そう言われると何も反論できないらしく、不満げな表情ではあるものの葉月も納得してくれた。とにかく、今は父の供養をする方が先なのである。
  嫌な予感を覚えつつも、それからは忙しく時間が過ぎていった。そうして気づけば、外では太陽と月が主役を交代していた。といっても、厚い雲のおかげで月明かりが窓を照らしたりすることはなかった。
  高木春道が行方不明になったことでグズるかと思っていた葉月も、悲しそうな顔を見せずに和葉の仕事を手伝ってくれた。おかげで現在は、だいぶ状況も落ち着いている。
  親戚の叔父さんたちが見知ってる客の相手をしてくれているので、和葉たちはこうして父親の部屋の整理に専念できていた。明日になれば火葬場へ行き、その翌日に葬儀となる。
  本当は早く自宅に戻りたいだろうけど、説明を受けた葉月は「ママと一緒にいる」と言ってくれた。和葉にはそれが何より嬉しいと同時に、娘へ申し訳なさを覚える。
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 楼主| 发表于 2009-6-10 09:11:36 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 34

少しでも不安を解消してあげようと、父親の部屋へ来る前に再度高木春道の携帯電話を呼び出してみたが、結局話し中のままだった。これにはさすがの和葉も怒りを覚えた。家に戻るなら戻るで、ひと言くらい残していくのが普通なのだ。
  何故、そんな当たり前のこともできないのか。もしくはする気がなかったのか。だとしたら――。あまり望ましくない解答へ辿り着いたところで、和葉は小さく首を左右に振る。娘の心情を考えても、頭の中に浮かんだ展開にだけはなってほしくなかった。
「おい、和葉。これ」
  急に泰宏が慌てた声をだした。何事かとそちらを見れば、兄の手には遺言書と書かれた封筒があった。わずかに特徴のある大きくて力強い字。間違いなく父親の書いたものだ。幼い頃から何度も見てきてるだけに、確かな自信が和葉にはあった。
  戸髙家の次代当主となる泰宏が、代表して封を開く。中には薄い紙が一枚だけ入っていた。書かれている内容を兄が声をだして読む。
「自分の死後、財産を息子の泰宏と娘の和葉にそれぞれ譲るものとする。娘が拒否した場合は、孫である葉月に権利を与える」
「え……?」
  思わず和葉は素っ頓狂な反応をしていた。あの父親のことだから、てっきり勘当した娘は他人であり、遺産相続の権利はない。ぐらいのことを書いててもおかしくないと考えていた。
「ど、どういうこと……?」
  まだ状況がよく理解できず、和葉は泰宏に尋ねる。遺言書の内容はそれだけだったらしく、顔を上げた兄は該当の紙を手渡してきた。
  震える右手で受け取り、紙に書かれている文字をひとつひとつ両目で確認していく。泰宏が気を遣って発言したわけではなく、紛れもなく遺言書の内容どおりだった。それが和葉には納得できない。
  戸髙家にそれなりの資産があるのはわかっていたが、最初から父親の死後に遺産を貰おうなんて思ってなかった。勘当された以上、それは当然である。むしろ要求する方がどうかしてるのだ。
「ママー。お祖父さん、葉月を孫だってー」
「ああ、そうだな。きちんと和葉のことも娘って書いてある」
  何がなんだかわからず、無言の和葉に代わって泰宏が葉月に言葉を返していた。
  本来なら喜ぶべきことなのかもしれない。けれど、素直に「ありがとう」なんて口にできなかった。何故、今さらそんな遺言を残したのか。疑問ばかりが浮かんでくる。
「口ではなんやかんや言ってたけど、やっぱり心の底から和葉を勘当したりできなかったんだろうな」
  感慨深そうに泰宏は呟くが、それは当事者ではなかったからこそ言える台詞だ。証拠に、とても和葉にはそんなふうに思えない。
「……気まぐれに決まってるわ」
  ひねくれてると思われても、そう簡単に割り切れるほど、家を出てからの年月は楽なものではなかった。
「違うさ」
「どうして断言できるのか、私にはわからないわ。証拠でもあるのかしら」
「あるよ。ほら」
  そう言って、泰宏がひょいと和葉へ何かを投げてよこした。相手の突然の行動に戸惑いつつも、両手で飛んできた物をなんとか掴む。
「これは……」
  自らの両手の中身を確認した和葉は、瞬間言葉を失ってしまった。兄が投げたのは、和葉名義の預金通帳だったのである。
「見てみろよ」
  泰宏に促され、震える指先で通帳をめくる。そこには和葉が勘当された日から、毎月一定の金額が振り込まれていた。先月まで休みなく継続されており、相当な金額が貯まっている。
  何故。どうして。そんな言葉ばかりが浮かんできては、ぐるぐると和葉の頭の中を駆け巡る。まったく意味がわからなかった。
「……これが、せめてもの罪滅ぼしだったとでもいうの……」
「いや、違うだろう」
  またも和葉の呟きに対して、兄の泰宏が否定の言葉を返してきた。どうして断言できるのか、やはり疑問に思いながらも、相手の次の台詞を待つ。
「単純にお前がいつ帰ってきても、頼ってきてもいいように貯めておいたんだろ。そんな場面になってたとしても、どうせ適当な理由をつけて怒鳴ってただろうけどな」
「……わからないわ。私には……」
「親父の心は親父にしかわからないさ。けど親父は確かにお前を愛してた。それじゃ、納得できないか」
「できないわよ!」
  これまでの苦労も思いだされて、たまらず和葉は叫んでしまっていた。幸いにして家の中にいる他の人間には聞こえなかったらしく、騒がしく誰かが乱入してくるような事態にはならなかった。
「……じゃあ、なんで勘当なんかしたのよ……この家で……葉月を育てさせてくれなかったのよ」
「……なあ、考えたんだけどさ。お前がもしこの家に残ってたら、色々な誹謗中傷に晒され続けなければいけなかったんじゃないか」
  和葉は何も答えない。わざわざ肯定する必要もなかった。現実に出て行くまで、ずっと後ろ指を差されていたのだ。
「どれだけ親父や俺が守ろうとしても、陰口は決してなくならない。最終的にいたたまれなくなって、お前は家を出たんじゃないだろうか」
「……そうかも……しれないわね……」
「本当にお前を娘と思ってないなら、違法な手段まで使ってまで望みを叶えたりはしない。本来なら、無理やり諦めさせればいいんだ。親父にはその力があった」
  確かにそのとおりだ。それに万が一事態が露見すれば、当事者である父親も無傷では済まない。自分のことで精一杯だったけれど、和葉以上に相手はリスクを負っていたのだ。
「わざわざ勘当することで、お前が出て行きやすい環境を作った。そうは考えられないか? 仮に葉月が戸髙家の養女になっていたら、事情を知る人間がたくさんいるこの土地で幼少期を過ごさなければいけなかった」
  兄の言いたいことは和葉にもわかった。そうなっていれば、恐らく葉月はこの間まで受けていたいじめより、もっと辛辣で酷い目にあっていた可能性が高い。
「誤算があったとすれば、二人とも頑固だったってことだけじゃないか。片方は援助したくてもそれを言い出せず、もう片方は頑ななまでに頼ろうとしなかった。難しいな、人の心ってのはさ」
  やはり和葉は何も言えない。胸に預金通帳を抱いたまま、その場に両膝を突く。何もかもが衝撃的すぎて、そう簡単には自分の中で整理できなかった。
  そんな和葉の肩がポンポンと誰かに叩かれた。顔を向けると、そこにはこれまで無言だった葉月が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「やっぱり葉月のお祖父さんだったね」
  意味が通ってそうで、通ってない台詞なのに、何故か和葉の心は温かいものに包まれる。
「……そうね」
  頷いたあとで、和葉は父親の死後初めて涙を流したのだった。
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 楼主| 发表于 2009-6-18 10:24:53 | 显示全部楼层
早上好!
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 楼主| 发表于 2009-6-18 10:25:30 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 35

「本当にいらないのか」
  和葉と葉月が自宅へ帰る日の朝になっても、兄の泰宏はまだそんな台詞を言っていた。幾度も重ねてきた討論。それは父親が残した和葉名義の預金通帳をどうするかである。
  兄の泰宏は持っていくように言ってくれたが、和葉に受け取るつもりはなかった。長年のわだかまりが単純に消化できるはずもなく、頭では理解していても、心にはまだもやもやしたものが残っている。
  それに父親が和葉をずっと娘だと思っていてくれたのなら、何ひとつ親孝行できないままに旅立たれてしまったことになる。ならばせめて、最後くらいはという思いもあった。
  だからこそ、和葉は泰宏に残されたお金をお葬式代などに使ってほしいと告げた。しかし、人がよいせいか単純には頷いてくれない。これは親父が娘のために残したものなんだからの一点張りである。
  何度も何度も口論になったが、和葉の決意の固さを認識した泰宏がようやく昨夜になって諦めた……はずだった。
「結論は昨日でたはずよ」
  和葉に残されたお金であるならば、和葉の好きなように使いたい。その言葉が泰宏を頷かせる決定打となった。それでも残りはお前のものだと譲らなかったが、和葉に受け取るつもりはない。
  今後、必要になった時のために預かっておいてほしい。そう言って兄を納得させたものの、受け取りにくることはないだろう。最後まで父親に頼らず、残りの人生をまっとうに送ることが一番の恩返しになるのではないか。そんなふうに考えていた。
「わかった。このことにかんしてはもう何も言わないよ。けど、春道君のことは……」
「それも大丈夫よ。急ぎの仕事が入ったから先に家へ戻ったと、私の携帯電話へ連絡があったわ」
「そうか。それならいいんだ」
  泰宏が心からホッとしたような様子を見せた。同時に、手を繋いでいる娘も顔を輝かせている。葉月もまた、ずっと高木春道がどうしてるのか気にかけていた。
  そんな二人の表情を見て、和葉は心が痛んだ。電話があったというのは嘘だった。実際にはいくら連絡をとろうとしても、高木春道の携帯電話に繋がることはなかった。
  だがそれを今この場で言ったところで、心配性な兄を余計に心配させてしまうだけだ。そうすればあれこれと、また世話を焼きたがるだろう。自分の問題であまり迷惑をかけたくなかったのである。
「じゃあ……行くわ」
「ああ……ちょくちょく遊びに来い。ここはお前の実家なんだからな」
  小さくながらも、和葉はコクンと頷いた。頻繁に戻ってきたりはしないだろうが、これまでみたいに何年も音沙汰なしということにはならないはずだ。
「バイバイ、伯父さん。またねー」
  和葉と繋いでるのとは別の手を、泰宏に向かって葉月は大きく左右に振った。和葉の父――お祖父さんに嫌われてたわけではないとわかって、過去の冷たい仕打ちについても全然気にしないようになっていた。
  それでも時折寂しそうにしてたのは、やはり生前に仲良く祖父とおしゃべりをしたりしたかったからに違いない。今となっては不可能だが、できれば望みを叶えてあげたかった。
  和葉がそう思えるようになったのも、父親が残してくれた遺言書や通帳のおかげで、わずかながらも本心を理解できた気がしたからである。
  別れの挨拶を済ませ、少し歩いたあとで和葉は幼少時代を過ごした戸高家を振り返った。
「――え?」
「ママ、どうしたのー」
「……いいえ。何でもないわ」
「あ。伯父さん、まだ手を振ってくれてるね。バイバーイ! またねー!」
  玄関の前に立ってこちらを見てるのは、紛れもなく実兄の泰宏だった。葉月の呼びかけに応えて、何事か大きな声で叫んでいる。
  ……やっぱり気のせいよね。泰宏へ最後にもう一度頭を下げて挨拶してから、和葉は前を向く。
  ――また来いよ。
  聞きなれた声が、どこからともなく和葉の耳へ届いてきた。それは兄のものでなければ、他の親戚たちの誰でもない。やはり先ほどのは気のせいじゃなかったのだ。
「……またね」
  ほんの一瞬だけ、玄関前で小さく手を上げていた男性の姿を思い浮かべながら、和葉は小さな声で別れの挨拶を口にした。
「お父さん……」
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 楼主| 发表于 2009-6-18 10:26:22 | 显示全部楼层
愛すべき不思議な家族 35
長い時間電車に揺られ、ようやく戻ってきた自宅。家の中にあった光景は、和葉が予測したとおりの状態になっていた。
  帰ってくるなり、高木春道へ会いに行こうとした愛娘を、あえて和葉は止めなかった。どうせ、いずれはバレる。それがいつになっても同じだと判断したのだ。
  ひとつ小さなため息をついたあとで、和葉もまた葉月同様に階段を上る。部屋の前で呆然としてる娘を見つけるのは、その直後のことだった。
「……ママ……パパは……」
  大きく開け放たれたドアの横で、室内を見て葉月が呆然としている。覗かなくても結果はわかっていたが、それでも一応部屋の様子を確認する。
  高木春道の私室として貸していた部屋は、見事なまでにもぬけの殻となっていた。持ち込まれた道具類はすべて運び出されており、葉月と二人だけで生活していた頃の光景に戻っている。
  連絡がつかなくなった時点で、ある程度予測はついていた。しかし、あの状況で抜け出すわけにはいかなかった。葉月には恨まれるだろうが、仕方なかったのである。
「……どうして……」
  いつも元気一杯な葉月も、これにはかすれた声をなんとかしぼりだすのがやっとだった。和葉が側に来たのを知ると、顔を向けて「どうして!」と大きな声を発した。
「だって、ママ……パパが連絡あったって……だから、葉月……なんで……」
  混乱しきっている葉月は、動揺しまくりの台詞を投げかけてくる。すぐには何も答えられず、しゃがみこんで相手に目線を合わせた和葉は、大事な愛娘を両手で抱きしめた。
「ママ……?」
「……ごめんなさい」
「……どうして? どうして謝るの!?」
  あまりにまっすぐな視線をまともに見つめ返せず、和葉はたまらず目を逸らしてしまう。高木春道が出て行った理由も、ある程度の予測がついていた。
  元々この結婚は、父親を欲しがった葉月のために和葉が提案したものだった。せめて娘が成人するまでは、本当の父親のふりをしてほしい。そう高木春道に頼み込んだ。その代償として、衣食住を提供すると約束したのである。
  お互いにメリットがあったからこそ、これまで共に生活をしてこれた。だが戸髙家での出来事で、その状況は一変する。当の葉月自身が、和葉の本物の娘でない事実を知っていたのだ。それは高木春道に関しても当てはまる。隠すべき真実はなくなった。
  それに加えて、葉月が父親をしつこいくらいに求めた理由も明らかにされた。母親である和葉が寂しそうだったから。それゆえに父親の存在を求めたのである。
  二つの事実を知った高木春道は、母娘が互いの存在をもっとも大事にしてると理解した。そして自分がこの家にこれ以上滞在する理由はないと判断したのだろう。仮に和葉が相手の立場だったとしてもそう考えていたに違いない。
  もう一度、高木春道が私室として利用していた部屋を見渡してみる。すると床に一枚の紙切れが落ちているのを見つけた。葉月から両手を離し、立ち上がった和葉はゆっくりと近づいていく。
  拾い上げた紙には、離婚届と書かれていた。高木春道の名前が記入され、印鑑もしっかりと押されている。あとは和葉が必要な欄を埋め、役所に提出すればすべてが終わる。
「ママ……ねえ、ママ……?」
  部屋の真ん中で立ち尽くしている和葉へ、とことこと葉月が近寄ってきた。目には涙を浮かべ、今にも号泣しそうな勢いだ。娘は悲しむだろう。それでも真実を告げないわけにはいかない。
「聞いて……葉月」
  今一度、目線を相手に合わせてから、和葉は落ち着いた声で娘へ話しかける。
「高木春道さんは、葉月と血が繋がってないわ。それはわかってるのよね」
  他ならぬ葉月自身が、戸髙家においてその事実を認めている。今さら「違う」なんて答えが返ってくるはずもなかった。小さく頷いた娘へ、さらに和葉は言葉を続ける。
「あの人がパパになってくれたのは、ママが頼んだからなの。実際には知り合いでも何でもなく、ただ偶然あの場で出会っただけの人だったのよ。だから――」
「――違うもんっ!」
  突如として葉月が大きな声を発した。首を勢いよく左右に振り、和葉の説明を拒絶する。あれだけ慕うようになっていたのだから、こうした結果になるのもある程度予測がついていた。けれど、もう我侭は通用しない。
  和葉はできるかぎり丁寧に、結婚前に喫茶店で高木春道と交わした約束事についても教える。普通はこのぐらいの年齢の子に話すべきではないのかもしれないが、葉月は思っていたよりもずっと大人だった。下手に誤魔化す必要はないと判断したのだ。
「高木さんが提案に賛同してくださったのは、待遇だけじゃないと思うの。こちらの境遇にもある程度同情したからこそ、あんな変な結婚にも応じてくれたのよ」
  結婚するというのは簡単なことじゃない。和葉だって、娘のためとはいえかなりの決意が必要だった。相手は得ばかりだから、特に反対はしないだろう。当時はそんなふうに軽く考えていた。
  けれど今になって初めてわかる。和葉みたいに何の支えもなく、知り合ったばかりの異性と簡単に結婚なんて決断できない。立場が逆だったら、はたして自分は応じていただろうか。答えはでない。それぐらい難しいのだ。
  既婚者となれば、必然的に足枷をつけられるようなケースもでてくる。何も得ばかりではないのだ。もしかしたら、和葉や葉月が知らないところで、高木春道はずっと苦労していたかもしれない。
  それは本人でなければわからないが、もしそうだとしたらそろそろ足枷を外してあげるべきなのではないだろうか。和葉はそう考えていた。
  望む望まないにかかわらず、高木春道のおかげで解決した問題もある。葉月や父親との関係にしてもそうだ。これが和葉ひとりだったら、ここまでうまく事は運んでいなかったに違いない。
  もしかしたら、途中で万が一の事態になっていた可能性も否定できない。お節介ぶりにいらいらしたこともあったが、高木春道が家に来た効果は想定していたよりもずっと大きかった。
「高木さんには、高木さんなりの人生がある。葉月だって同じでしょう? それを私たちの都合で好き勝手に左右させてはいけないの。わかるわよね」
「わかんないっ!」
「……葉月」
  しゃくりあげながら叫ぶ娘の姿に、心が強烈に締めつけられる。
「パパは……葉月のパパなんだもんっ! 偽者とか本物とかないもんっ!」
「……でもね。高木さんは家を出て行った。これは紛れもない事実なの。私たちと暮らしたいと思っていたら、こんな真似はしなかったと思うわ。だから……仕方ないの」
「そんなの……でも……やっぱり葉月、パパと一緒がいい。せっかく仲良くなれたと思ったのに……こんなのいやだよぉ」
  悲しみに号泣する娘を前にして、和葉は母親としてただ抱きしめてあげることしかできなかった。少しでも心の傷が癒されるように、両腕にギュッと力を入れる。その腕を葉月がそっと掴んできた。
「ママは……?」
「……え?」
「ママは……パパがいなくていいの? 寂しくないの? 悲しくないの? 辛くないの? 葉月みたいに泣きたくならないの?」
「それは……」
  なんとも言えなかった。正直に白状すれば、考えたことがなかった。――いや、もしかしたら考えないように意識してたのかもしれない。口ごもったままの和葉に、葉月はなおも強い口調でたたみかけてくる。
  「葉月、ママもパパも大好きなんだもんっ! 二人とも大切な家族なんだもんっ!」
  ズキンと胸が痛んだ。まさか葉月から、そんな台詞を聞かされるとは思ってもいなかった。一緒に過ごした時間は少なくても、娘の中ではかけがえのない人生の一ページになっていたのだ。
  長い時間をかけて信頼関係を構築してきたのに、高木春道は一年もかけずに愛娘からそれを得てしまった。嫉妬しないと言えば嘘になる。しかし、それよりも――。
「……そんなに……パパと一緒がいいの?」
「三人がいいの。それにママのお兄さんとかがいて、皆で楽しく遊ぶの。にこにこ笑顔で一緒にいるの」
  顔どころか洋服まで涙を濡らし、必死で訴えかけてくる葉月に、和葉はこれ以上我慢するように告げたりできなかった。
「――わかったわ。それなら、ママと一緒にパパを迎えに行きましょう」
「うんっ!」
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