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本帖最后由 foxshin 于 2009-8-4 07:58 编辑
2009年8月3日(月)付
待っていた坊やが今年もやってきた。とは言っても人間ではない。わが家の鉢植えミカンに姿を現した柚子坊(ゆずぼう)のことだ。葉っぱと見まがう保護色も鮮やかな、アゲハチョウの幼虫をそう呼ぶ▼
我一直翘首以待的的小家伙今年也来了。这里说的并不是人哦,而是我家盆栽上现身的柚子虫---此般称呼保护色鲜艳得足以跟树叶以假乱真的扬羽蝶之幼虫。
芋虫、と聞いただけで総毛立つ人もいる。蝶(ちょう)よ花よの成虫にくらべ、幼虫の人気は散々だ。その芋虫も、柚子坊と呼べば愛らしい赤子のように思われてくる。わが柚子坊は、すでに葉を何枚もむさぼり、健康優良児よろしく丸々と肥えている▼
青虫,有人光听见这名字就汗毛竖立惊悚不已了。跟似花如蝶的成虫比起来,幼虫的人气可谓惨不忍睹。若把那青虫称为柚子虫的话,听起来就像可爱的婴儿了。我们家的柚子虫已经吃了很多片叶子,像个健康优良儿般圆圆的胖嘟嘟的。
柚子坊が1匹育つのに、何十枚も葉を食べるそうだ。何年か前に、1本だけだったミカンが派手にやられた。そこでユズやハッサクを増やした。今なら5、6匹は養える。それでも果実は育つから、収穫の楽しみもある▼
据说一条柚子虫长成会吃掉几十片叶子。几年前我们家仅有的一个盆栽就被吃了个精光。随后多养了几盆柚子和芦柑,现在够养活5,6条柚子虫了,即使这样盆栽也结了果,期待盆栽的收获。
〈二つ折りの恋文が、花の番地を捜している〉と蝶をなぞらえたのは、『博物誌』のルナールだった。のどかな春の蝶のイメージだろう。片や炎天に影を落として舞う夏のアゲハは、身を焼くかのように情熱的で美しい▼
勒那而的《博物志》将蝴蝶比喻成“对折之鸿雁,飞寻花之所在”。这里他说的大概是恬静春日里蝶的景象吧。另一面飞舞着投影在热天里的夏日扬羽蝶,如同身体在燃烧一样的热情和美丽。
わけても日盛りの黒アゲハは神秘的だ。その姿を、宙を舞う喪章にたとえた人もあった。幽明の境をひらひら飛ぶ。そんな想像だろうか。精霊の戻り来るお盆の頃にふさわしい、飛翔の姿かもしれない▼
阳光最烈时的黑扬羽蝶尤其神秘。有人将其姿态比作在空中飞舞的丧章。于幽明之处翩翩起舞,是那种景象吧,或许是适合在精灵们回来的玉兰盆节时节的飞翔姿态。
さて、わが柚子坊である。羽化まで今しばらく、鳥たちから逃れなくてはならない。あの大きな目玉の模様は敵を威嚇するためにあるらしい。それを見て徳川夢声は「団十郎のような立派な目」と驚いたそうだ。武運つたなく餌食(えじき)にならぬよう、名優の威にあやからせたい。案じつつ願いつつ、夏の日がゆく。
话说回来,我家的柚子虫还有一段时间就羽化了,一定要避开鸟类啊。那大大的眼睛似乎是专为了震慑敌人而存在的。见此番情景的德川梦声惊讶不已“如同团十郎一样的大眼睛”,望其能效仿名演员的威力,别背运地成为鸟饵被吞食。亦忧亦愿,夏日渐远。 |
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