|
|

楼主 |
发表于 2004-12-10 21:41:43
|
显示全部楼层
荒木由美子さん - 6 -2 n! E% I# W: S. J
, |: v$ a0 @. J1 }. I' u! N, n' a3日間、昔の心が戻る0 v% P& S7 p W8 `0 f5 \
% r4 d0 N" ^3 v. v% u- M- i' S$ z; U
/ r2 j$ p1 f( v! e ◆永眠前に「ありがとう」 2 a4 G r4 d4 ~
/ t5 U; A- D$ y 一昨年の暮れ、義母(タレントの湯原昌幸さんの母、吉(よし)のさん)の白血球が異常に増えていると病院で告げられました。急性白血病でした。
0 n. v8 L1 x6 \5 A2 d) r, r3 Y& D9 A2 R1 y- l. ]5 s! P j& X
明けて正月、義母はとても元気でおだやかでした。「明けましておめでとう」と言い、孫の顔を見て、「昌幸にそっくりだ」と笑いました。
$ a" Q/ v5 q8 C- M8 r3 M0 C$ H9 ^* E" N+ S% q p+ G- {) o6 X
夫の実家のあたりでは、「亡くなる3日前、花が咲く」というようです。3日間、昔の心が戻ってくる。「そうやって亡くなる人は幸せなんだって」と親類に言われました。
3 K9 b* z) c0 T( Q2 v( Z
+ t; Q2 E3 w7 g' m$ d" t3 g 正月の3日間、義母は痴呆(ちほう)の症状が本当に治まっていました。こんなに家族で笑いあったのは、ひさしぶりのことでした。
* Q5 N- `% n0 q, c! R5 g/ g! X( E9 @' e5 A3 S# C
顔つきが男か女かわからず、魂が抜かれたようになっていたのが、最後は若いころのおだやかな、美しい顔に戻っていました。 9 e/ _7 k) V: S, w6 u4 Z* I
}& t h. b( p; e1 r! I" A O. H
幸せな時間が終わって、だいぶ容体が悪くなりました。私が手をさすっていたら、義母は「由美ちゃんありがとう」とはっきり言いました。私のほおやおでこをさすって、何度も何度も「ありがとう」と。私に触れることでこの世に生きていることを感じているようでした。
0 g# G$ u% _. p# b6 D1 t0 r
" w5 l( x6 A5 j 義母と私にしかわからない思いが、この3日間できれいになりました。息子をみて「男を連れ込んでいる」と言ったことも、夫に「由美ちゃんがいじめる」と言ったことも、すべて。
8 Y2 t# f! C' z5 l$ Z! e. w6 P2 Q5 ]$ w
義母も自分の意思とは違うところで、長年、つらかったり苦しかったりしたでしょうが、すべてが浄化されたのだと思います。
% }( C {" A7 V! n) _. A- V
* y R5 t4 }: |$ s% Z* ? 最後、バイバイという風に手を振って、それから、こん睡状態。手を握っていると気持ちよさそうに大いびきをかいて寝ている。 ! f( o2 { d4 G, l O
! c @$ c* O; F. n% P- r2 e! r 義母は昨年1月9日に、静かに息を引き取りました。
) w% X, X* M0 h8 f% U% X
, k) U* W, S. u 人はだれでも、役割があって生まれてくるのでしょう。私の役目は義母をみとることだったのだと思いました。めげないでやってきて良かった。 : s2 u% E$ n+ c7 p
) L5 I6 U5 S8 ?4 M u$ [$ } 私は、夫よりも義母のことはよく知っています。 4 Y, G3 ~- E6 d4 n/ |6 f
3 K( j+ N2 _9 }8 Y3 | 告別式も私が喪主を務めました。夫は生放送がはいっていて、放送が終わって駆けつけたのは、火葬が終わったあと。芸能人ならしかたのないことなのです。
3 h! f( v7 T; ]0 ^
1 a1 a$ E" z9 Y3 b/ U7 P- ~ 義母と私の間にいかなる縁があったものなのでしょうか。夫との縁も、実は義母が呼んだものだったような気がするのです。(タレント) 7 F- [* a e, A: i4 R$ r
6 q! I5 [& M7 y5 u* |* z" V* R+ D3 Z! \ (2004年7月12日 読売新聞 無断転載禁止) |
|